Sing the Spring〜誰が為に水は鳴る〜
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■ショートシナリオ
担当:国栖くらげ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月03日〜05月08日
リプレイ公開日:2005年05月15日
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●オープニング
美しく、繊細で、淡く白く浮き立っている人の容(かたち)。
だが人ではない小さな小さな影。たゆたう清水に映る翅の薄紅。
見とれていた。その息遣いを感じるように。
魅せられていた。月の明かりがそうさせたのかもしれない。
ふと顔を上げたソレと目があった。
青い明かりに目立つ瞳が一瞬大きくなったかと思うと‥‥
気づけば夢のようにただ一人、そこに立っていた。
今日もギルドには様々な人が依頼をしにやってきている。目の前にいる青年もそうなのだろう。こちらの一挙動すらも見抜くような、射抜かれるような目つき。静かな佇まいがそれをさらに強調する。
まともな仕事をしている人間なのだろうか? これが依頼人だとしたら、どんな仕事を頼まれるのだろうか‥‥
「早い話が調査です」
思いに耽ったように喋ろうともしない青年の代わりに係員が口を開いた。依頼主の村には井戸がなく、井戸の代わりに近くの森の中にある泉から水を汲んで生活をしているらしい。その泉に調査で向って欲しいということだった。
「依頼主の方は村で狩人をしていらっしゃるのですが、最近その泉で不可解なことが多く起こっているそうなのです」
怪訝な顔をしていた冒険者たちはようやく合点いったように頷いた。村で唯一の水場に異変がれば依頼事になるのも当然であるし、何よりこの青年の目つきの悪さも動物を狩って生計を立てている狩人なら仕方ないことのように思える。
ちらりと青年のことを盗み見るが、やはり表情の少ないまま何も語ろうとしない。
「その村の方が言うには、泉の近くでモンスターのような影を見たり、夜道で月明かりが消え道が見えなくなり泉まで行くことができなかったとか。水を汲もうと足をつけたら膝までしかないはずの泉が深くなり溺れそうになった、ということもあったそうです。詳しい情報はないにしても不可解なことばかり起こっているのは本当のようです」
ただ毎度そういうことが起こるのでなく、時折起こっているらしい。それ以上のことはギルド係員も知らされてないようだ。調査の依頼ですからそういうものです、と言ってくる係員の言い分は、つまりそこから先は御自分でどうぞということなのだろう。
「とりあえずこの事件の原因究明が目的です。可能ならば原因を取り除くこともしたほうがいいでしょう。現時点では村人に実害が出たとか言う報告はありませんが、村の方は不安がってますし。あとここの村まである程度距離がありますので、向こうでの実働時間は1日程度になると思います。時間には気をつけてください。ということで、よろしくお願いします」
相変わらず表情の読み取りづらい依頼人に見守られ、冒険者たちは支度を始めるため腰を上げるのだった。
月の綺麗な夜が森を落ち着かせるように覆っている。ひょこりと顔を見せたのは小さな影。
「今日はアレは来てない‥‥かな」
どこか落ち着かない仕草で周りを見回し、少し大きめな赤い目をぐりぐり回す。
周囲に動物の姿もないことを確認して、影は茂みの中に潜り込みモソモソ動いたかと思うと。水音と一緒に、森の泉からご機嫌な歌が流れてくるのだった。
●リプレイ本文
冒険者たちが使える時間は限られている。一行は手早く準備を整えると、村への道を歩いていた。
「村で唯一と言っていい水源が使えないって大変ですから、気合を入れて臨みましょう」
「お前、真面目だな」
あくまでもクール、事件に取り組む姿勢を口にした楼蘭 幻斗(eb1375)に紫微 亮(ea2021)が軽口を叩く。
「月の浮かぶ森の泉、か。いいねぇ♪ 幻想的な一夜を楽し‥‥もとい、事件解決に力を入れないとな」
思わず本音が出そうになるのを押しとどめたのは、幻斗と依頼人の目に感情が窺えなかったせいだろうか?
亮が何となしに森の緑で眼を休めるのを横目に、幻斗は行く先に視線を戻した。依頼人の視線は易々とは外れなかったのだが。
「何でもかんでも睨みつけんじゃねぇよ。ったく、喧嘩売ってんのかよ」
その依頼人の態度に噛み付く女が一人。というよりずっと彼の目つきが気に食わなかったらしい。
ここぞとばかりにアリア・プラート(eb0102)が言葉を吐く。言うだけ言ったらにやりと笑っているのを見ると、単にここまで一緒に行動してきて溜まった鬱憤を晴らしたかったのかもしれない。
だが狩人の青年はその言葉を真剣に受け止めたようだ。ぎろりと三白眼で彼女を見る。
「自分としてはこれが普通なのだが、何故か他人には目つきが悪いとよく言われる。謎だ」
「‥天然系かよ」
本気で考え込んでいる青年を見て、面白半分スカされ気分のアリアの顔は妙なものになっていた。
「だが自分で解らないことへの助言は有難い。善処しよう」
「マタマタそんな怖い顔しないヨロシよ? それより依頼人のお兄サン、今回のことで何か知ってないアルカ?」
泣いてる子供を黙らせそうな目をした狩人に喋りかけるような人間は、アリアの他にもいたらしい。微妙なイントネーションでゲルマン語を操るのは操 群雷(ea7553)である。
彼は料理勝負で美味しいスープを作るための水を求めて依頼に参加していた。愛馬に積んだ空き樽をガラガラ言わせながら、狩人の横に滑り込むと細い目をさらに細めた。
「ワタシとしては甘露水気持ちよく分けてもらえるようにしたいネ。お兄サンも泉のことで何かあったら教えて欲しいアル」
「だな。旅人からも何か関係ありそうな情報を聞ければ良かったんだが」
いつの間にか隣を歩いている亮も相槌を打つ。亮は旅人からも情報を得ようとしていたが、道行く人々に村の泉について知る者がおらず成果が上がらないでいる。自然と一行の視線が泉のことを知っている狩人に集まっていた。
「モンスターの痕跡でも、泉の水量に変わりがあったとか、何でもいいんだよ。最近気になったこととかねぇのか?」
「特にそのようなことはない」
冒険者たちの視線を気にも留めず、狩人の返事は素っ気なかった。
「そろそろ村に着く。水場へは自分が案内しよう」
口早にそう告げる狩人の横顔が依頼に来たときと同じ表情であるのに、一行は何も言わず後をついていくのであった。
「この村の近くで、ワシらが知らんようなモンは見てねぇなぁ」
宮崎 桜花(eb1052)はすでに何回目になるか解らない回答に、少し残念そうに礼を言うと農家を後にした。村中で泉の話題は持ちきりだったがさすがに村にまで不審者が出入りしているという情報はなかった。また泉に関する言い伝えがないかとも憶測したのだが、生活用水として利用されているそれに住民は特別な感情を抱いていないようだった。
「でも泉でモンスターのような影とは別に、小さな影を見たという話が結構聞かれましたね」
「あと夕方から夜にかけて泉に近づいた人に限って例の現象に遭っているのは間違いないと思います」
村に着いてから聞き込みを始めてかなり時間が経っている。だがこれらの情報こそ自分たちの求めているものだと、サーシャ・ムーンライト(eb1502)は桜花に微笑みかけた。
「特別村の誰かを遠ざけているわけではないようですが、この不可思議な現象の内容からして月魔法によるものだということは十分に考えられそうです」
「それと、『影』の大きさは人の膝の高さくらいのようですね」
「力もなくてちっけー奴、だな」
夜にしか現れない、幻で威嚇をするような非力な犯人‥‥時間をかけて収穫した情報は、少しずつだが確実に実を結ぼうとしている。サーシャが頷くと、桜花もそれに応え、アリアがにやりとする。
彼女たちが村で情報収集をしている間に、他の冒険者たちを泉へ案内していた狩人は、ようやく帰ってきたようだ。気づけば村全体の影が伸び始めている。そろそろ移動を始めなくては。三人は狩人とともに泉のほうへと歩き出した。
村の近くまで張り出した森は常に緑の香りに満たされ、全体を爽やかな空気が包んでいる。だが桜花たちが着いたとき、夕焼け色の森には香ばしい匂いが漂っていた。
「お肉ですか?」
「ソウネ。森に何か生き物潜んでるなら、美味な香りに誘われてくるハズ。コレ間違いないと思うヨ」
森中の食用にできそうな草木や果実などの分布や残量を調べたら、明らかな減りはないものの何者かが定期的に採っているような雰囲気なのだと群雷は続けた。森の中に何かがいるとしたら食料調達は現地で行われていると考えたのだ。
「保存食の一部に味付けしたのだけど焚き火で焼く肉も悪くないアルヨ」
「木の枝にくっきり小さな足跡が残っていました。見た感じ一人分と言った所です」
木の上、彼らを見下ろすようにして幻斗が言った。亮にも手伝わせて泉周辺に村人以外の足跡がないか探していたらしい。熱心に調べていたのかはたまた単に泉にはまっただけなのか、亮は脱いだ靴を肉よろしく焚き火に当てている。
「泉の辺りの地面にはそんな足跡ついてなかったな」
「空も飛べるってか? こりゃもう決まりじゃねーの?」
村での聞き込みもあわせてみると、誰一人として他の存在を思い浮かべることができないほど、しっかりと犯人像が浮かび上がってくる。推測は現実になろうとしていた。問題があるとすれば‥‥
「どうやって誘い出すか、ですね」
「肉そろそろ焦げ落ちそうネ。勿体ナイ」
群雷が残念そうにしているのを見て、一同は頭を寄せ合った。
月下の水面が暗い森を逆さ写しにしている。近づくにつれて、湧水の雫に揺れる鏡面まではっきりと見て取れるほど明るい月夜だ。
一瞬の凪が、逆に不安感を煽ぎたてる。犯人が危害を加えるつもりではないと解っていても、どんなことになるか解らない彼女にしてみれば恐怖感を拭いきることはできなかった。せめてもの救いは仲間たちが狩人と一緒に泉からほど近い茂みに待機していることだろうか。
サーシャは今、たった一人で泉に近づいていた。囮で誘き出すことを考え、その役を買って出たのは彼女自身である。今更引き返すことはできない。
泉の水を汲みに来たように、できるだけ自然な足取りで泉に歩み寄る。張り出した岩の隙間から流れ落ちる水に手を伸ばし、手にした器に注ごうとした瞬間。
彼女は悲鳴を飲み込んだ。顔を上げたところに巨大な蛇が首をもたげ、牙を剥き出しに彼女を睨み付けている。
だがすでに冒険者たちは動き始めていた。すぐに駆けつけた幻斗が蛇に手を突き出すと、手はソレを易々と通過する。
「幻影です。ネタが割れていれば何の痛痒もありません」
振り払うようにファンタズムの幻から手を引き抜くと、少年は座り込んでいるサーシャに振り向く。
さらに泉に近づいてきたのは、どこか楽しい祭りを感じさせる異国風の歌。べべん♪ と特有の弦楽器をかき鳴らして陽気な呪歌を奏でるのはアリアだ。
「こんな明るい夜にコソコソするなんざ、もってーねぇ。ほれ出て来いよ」
「いいねぇ。故郷を思い出す‥‥こんな中だと幾ら吹いても飽きない」
アリアに合わせていた横笛を口から放し、亮は呟くと微笑みを月明かりに晒した。他の冒険者たちも狩人を連れて茂みから出てくる。
突然の大乱入に混乱したのか。冒険者の目の前、泉の向こう側の木々の間で何かが大きな音を立てた。慌てているのがよく解る、ガサガサと騒がしい音だ。
「逃げないで! 私達あなたを退治しにきたわけじゃないわ」
この一声に音が止んだ。通じたのか、桜花が少しほっとして森の暗がりを凝視するとふぅわりと白い影が一つ、水際に現れた。
シフールの女だった。白い肌と流れる銀髪に包まれるスタイルは華奢で、確かに力があるように見えない。はばたかせていた薄紅の翅を一度大きく震わせ、少し大きめの紅い瞳で冒険者たちを見返している。
手に持つ小さな楽器を見止め、彼女が件の人物であると確信して、桜花は再び口を開いた。
「あなたの何が望みなのか教えて。出来ることなら手伝うから」
「‥‥ソレがここに近づかないようにしてくれればいいわよ」
つんけんと言い放って、シフールが冒険者たちのほうを指差した。指差す先には、彼らをここに導いた狩人の青年がいる。
何でそうなるのか冒険者たちには解らない。一瞬、森に静けさが戻った。狩人の表情からは相変わらず何も読み取れない。何か隠し事をしていたのだろうか‥詮索するにしても切り出しづらい雰囲気になっている。
一行は一先ず村の状態がどうなっているかを小さな彼女に説明し始めた。
「そ、そんなこと、私の知ったことじゃないわよ」
「解決しにくいことでしたら相談にも乗りますから」
幻に怯えて村人が泉に近づかなくなっているという指摘にたじろぐシフールに、サーシャが優しく話しかける。冒険者たちに見つめられ、困って落ち着きをなくしたシフールの目がチラチラとある一点を盗み見る。
「もしかして、ソイツの目つきが怖いからなんじゃねぇ?」
その仕草を見ていたアリアの言葉に、小さい体が大きく震えた。シフールは観念したように原因を話し出した。
「えーい、そうよそうよ! ソレが私の水浴びを覗いてたの。その厭ぁらしい目でねっ」
シフールの女は再び狩人を指差し堰を切ったように怒鳴り散らす。
「ここの泉が気に入ってからよく水浴びするようになったわ。そうしてたある日にソレが草陰に隠れて覗きしてたのよっ。その気持ち悪さったら、もうありゃしないって感じで」
「あの、人間とシフールですから別にそういった、同種族の男女の間にあるような感情でそうしたわけでは‥」
「じゃあ、アンタは自分の裸をサスカッチのオスにやたらと力入りまくってる目で見られても全く気にならないの?」
拳を握って喚くシフールに桜花は圧倒されていた。この小さい彼女の言わんとすることは解った。自らの裸を異種であろうと――特にサスカッチとか――『雄』に熱の篭った眼差しで見られるのは、確かにぞっとしない。
半ば納得したようなしてないような冒険者たちに言うだけ言うと、水辺の岩に足を着きシフールは肩と翅をそびやかした。
「暗くてソレかどうか確認しなくて追い返してたのは、悪いと思うけどさ」
何れにせよ、泉は誰か一人だけのものではない。その事実はシフールも素直に認め、明日にでも村に謝りに行くと約束した。
あとはもう一つ、根本的な原因を解決するだけになっていた。
「お兄サンは何か言うことないネ?」
「む、綺麗な動物を観るのが自分の密かな趣味なのだが、こうなるとは思わなかった。以後水浴びをしている動物を観察するのは止めることにしよう」
冒険者の呆れたような乾いた笑みと動物と一緒にされた約一名の抗議の声を他所に、一応の決着はついたようだ。
森の泉に美しい旋律が流れていた。
月の下の音楽会、というには観客が少ないが奏でる者にとってそんなことは関係ない。
「本当にいい月だな。新しい旋律も勝手に生まれてくる」
幻想的な曲を演奏する亮は満足げシフールに笑いかけた。
「知ってる? あの水草ってちょっとした毒をもってるんだ。大きな動物には無害だけど、その毒が水を消毒してくれるからこんなに綺麗な水になるのさ」
「ふ〜ん? 変な味とかしなかったけどなぁ。アンタの故郷はその方面で研究熱心なの?」
「ワタシも初耳アル。さすが華仙教大国。植物研究になみなみならぬ功績挙げてるネ」
湧口に空き樽を当てていた群雷が誇らしげに頷くのを見て、シフールも感心しているようだ。
半分冗談で言った言葉を真に受けられ、亮は頬を伝う汗に勘付かれないよう再び笛に口を当てた。彼らの様子にサーシャはくすりと笑みを溢してしまった。
「あの曲どこかで聴いた覚えがありますが、思い出せませんね」
散々目つきがどうこうと言われ善後策を考えている狩人の横で、幻斗も思いふけっていた。彼の耳が捉えたアリアの歌は、どことなく彼の知っているモノに近く、また違うようにも感じられる。
「三味線ですから、ジャパンの歌であるのは間違いないと思いますが」
「っだー、辛気臭ぇなお前ら。そんなことしてっとタレ目にすんぞ?」
アリアが一緒になって座っている二人をどやしつけた。もうタレ目にしてるじゃないですか‥という言葉を、桜花は胸にしまっておくことにした。今アリアの指は狩人の目尻を押し下げ、狩人の顔は間抜けなものになっている。
「それにこうすりゃ、こいつの目つきも怖かねぇだろ?」
夜風は涼しく、泉は静かに夜が更けてきた。一晩中音楽は絶えず、冒険者たちは泉のほとりでゆったりとした時間を楽しんだ。
朝日が泉を照らす頃、群雷の空き樽が水で満たされ、彼らは森の泉を後にするのだった。そして泉は今日も、変わらぬ水音を奏でている。