弱者の栄光? 強者の嘆き?

■ショートシナリオ


担当:国栖くらげ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月18日〜09月23日

リプレイ公開日:2005年09月26日

●オープニング

 ギルド係員は常にお客様のことを考えて動かなくてはいけない。
 それが彼の信条であり、普段のスタイルでもある。相手がどんな人物であれ、対応はおろそかにしてはいけない。
「わわわわ、私の、き、キャロラインや、フロリエンスの敵討ちの、てて、手助けをお願い、したいのです」
「先生、落ち着いてください」
 そう。相手がどんなであれ、対応はおろそかにするのは信条から外れることなのである。それが内股になった足をカクカク痙攣させながら、悶えるようにギクシャクした喋りしかできないようなのでも、それは変わらない。
 ギルド係員は微笑みながら椅子を勧めると、依頼の内容を少しずつ聞き始めた。
「あああ、悪魔が、私のたたたた大切な庭園を、ああ荒らしていくのです」
「ちなみにキャロやフローラは先生が大事にしてるバラのことです」
 依頼人の同行者の丁寧な説明に相槌を打っては先を促す。勿論急かしたりしてはいけない。依頼主はパリのすぐ近くに住む園芸家で、家庭菜園から庭園まで様々なスタイルの園芸を手がける、いわゆるその手の『先生』と呼ばれる人物である。どうやら弟子らしい青年に抱えられたその女性は、痩身や華奢という言葉を通り越し、ほとんど骨のような存在だと係員は思った。口には出さないでいるが。
 依頼主は酷くその悪魔に腹を立てている様子で、何度も声を荒げ激しく咳き込みつつ敵討ちの手伝いを求めていた。
「私どものほうでも色々調べてみたのですが、インプ、というんでしょうか。それが先生の庭園に目をつけて‥」
「それでお困りになっているということですね」
「はあ。それだけなら良いんですが」
 息も絶え絶えになっている依頼主を椅子に半ば無理矢理座らせ、弟子が泣きそうな顔をする。何でもこの依頼人、非常に執念深いというか、負けず嫌いというか。直接自らの手でインプどもを二度と悪さができないくらいにコテンパンにしてやりたい! と意気込んでいるそうだ。意気込みはいいのだが、本人を見る限り、放っておいたらこっちのほうがコテンパンにされそうである。誰にされるというものでもないが。
「ぼ、冒険者のみ、みみ皆さんにはインプを探したり、おびき出す、ててて手伝いをして欲しいの、です。悪魔、には、私が直接いいいい引導を」
「せ、先生、落ち着いてください。目、白目になってて怖いです」
「解りました。インプを依頼主様の手で退治できるよう、最適の人員を送らせてもらいます」
 ご安心ください。その手のプロを集めるのが私どもの仕事ですので、と笑顔で言ってのける係員。満足したような、安堵したような依頼主の顔を見ながら心得る――時にはハッタリも必要。
 感極まって鼻血と吐血を垂らす依頼人を見送りつつも、係員は弟子と意味ありげに目配せをするのであった。


「それで、貴方のほうからの依頼はどのようなものでしょうか」
 先ほどの依頼人、園芸の先生が扉の向こうに消えて数分。それまでの笑顔と同じものを貼り付けたまま、係員は青年に尋ねた。
「先生を止めて欲しいというのが本音なんですが、それは出来ませんから‥どうにか、なりませんか?」
 尋ねるまでもないこと。弟子の青年にも彼の師匠が紛いなりにもモンスターであるインプに敵うわけないのは明白なことで、今回の依頼が無理難題であることも解ってた。とは言え、その師匠を止めたら、それこそ師匠の状態によろしくない。彼女の性格上、自分の手で敵をとらないと気がすまないどころか、過度のストレスにより生死に関わるようなことになりかねない。
 それはどうしても避けたいという想いが、このギルドの一角に重苦しい雰囲気を作り出していた。
 無理難題。全く持ってその通り。半病人に近い状態の人間をインプと戦わせるなんて、殺人と違いはそれほどないようなことだ。だが。
「つまりは、依頼人の方が安全かつキッチリとインプにトドメを刺せる状況を作り出せば良いと。そういうことでよろしいでしょうか」
「え、いや、それが出来るのなら非常にありがたいのですが‥」
「インプは比較的多数で現れるものなのですが、複数いるということで間違いないですね? あと依頼人の方の家のそばに庭園はある、と」
 端的に依頼内容を青年から引き出すと、係員はテキパキと状況を聞きだす。一通りの情報を整理すると、依頼を受ける旨を青年に伝え、係員は微笑んだ。
「こちらで出来る最大の努力をさせていただきます。どうぞ、ご安心ください」

 さて、この依頼を受けに来る冒険者たちはどうやってこの状況を打破するのだろうか?

●今回の参加者

 eb2678 ロヴィアーネ・シャルトルーズ(40歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb2879 メリル・エドワード(13歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3000 フェリシア・リヴィエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb3243 香椎 梓(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3385 大江 晴信(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3536 ディアドラ・シュウェリーン(21歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 白く可愛らしい門をくぐると、彩りを失った園が広がる。先ほどから灰色の帳を下ろした空にカラスが飛び交い、それを助長させる。
 かつては美しかったであろうバラの花も傷んだ布のように垂れ下がっていた。純白に色づけされた塀に幹を折られた木々がコントラストを作り、そこに黒い鳥がとまる様子はさながら朽ちた獣の肋骨を思わせた。
 衰弱したように、その花園は佇んでいた。
「わ、わわわ私の、ああ愛すべき園へ、ようこそ」
 決して依頼人がそんな庭園の異様さを助長させているとは言ってはいけないと、賢明な冒険者たちは直感した。そんな思いを抱いてしまうほどに、庭園の荒れようは酷かった。
 この惨状を見て黙っていられるほど、人の良い冒険者は少ないだろう。
「うぬぬ、人が大切にしておる庭園をこうまでに無残にするとは‥インプどもめ、超肉体派ウィザードであるこの私が退治してくれるのだ!」
 小さな身体を奮わせるようにメリル・エドワード(eb2879)は感情をあらわにした。明らかに自分の身体的特徴を無視したことを口にしながら、その瞳は燃えている。燃えるのはいいのだがここまで現実を直視してないとなると、ちょっとだけどこか可哀相な人に見えなくもない。だが誰も突っ込まないから不問にしておくのが正解であろう。
 そんな状況をこれっぽっちも感知しないまま、メリルはそれにしてもと燃え滾っていた視線を依頼人に移した。
「しかし、まったくもって貧弱。貧弱すぎるのだ。時間があればこの私が直々に鍛えてやるというのに」
「ここここの私が、ちょ、超肉体派になななれるというのですか?」
「うむ。私のような、超肉体派に鍛え上げるのだ」
「す、すす素晴らしい!!」
 きっぱりと現実をどこかに置き忘れたメリルに、これで愛しき庭園を己の手で守れると生者を呪うように大喜びする女性。側に佇む弟子という立場の青年が物凄く不安げに顔をしかめる様は、あくまでも見てるほうとしては面白い。
 もっとも見てて面白くはあるのだが、やることを忘れてはいけないわけで。
「バラに目をつけるってことは、美しいものが好きなのかしらね」
「さあ、どうかしら。とりあえずインプはアンデッドと違うし、ホーリーライトはあまり意味ないとは思うけど試してみるわ」
 着々とインプたちを迎え撃つ準備を進めようとしている人たちはそれぞれ自分が思いつく方法を語り合っていた。インプの狙いはバラ、即ち美しい物と推理し、ディアドラ・シュウェリーン(eb3536)が漆黒の髪を気だるげにかきあげる。
「美しいといったら、私の色香とか?」
「ええと‥効果がありそうなら、それでもいいと思うわ」
「なんつーか、大した自信だな」
 そんな彼女にフェリシア・リヴィエ(eb3000)と大江 晴信(eb3385)はそれぞれ感想を漏らしていた。冗談よ冗談、宝石とかがいいと思うわ、とディアドラが笑い飛ばすまで、彼らがどんな顔をしていたかは窺い知れない。
 ディアドラはそのまま庭園内を歩き回り、庭を飾っている玉石を拾い上げていった。
「宝石っていっても本物を使うわけじゃないわ。偽物で十分でしょ?」
「まぁ細けぇことはそっちに任せるわ」
 敵がどう動くかについては全く考えていないことを証明したような答えをあっけらかんと言い放つ晴信に、フェリシアは何ともいえない顔で笑みを作った。


 ロヴィアーネ・シャルトルーズ(eb2678)は傭兵だ。人に雇われ、戦力という名の実力を発揮して日々を食べている。
 そのためにはどう振舞うか。彼女はそれを一番良く知っていたのかもしれない。
「依頼人さん。私はロヴィアーネ・シャルトルーズよ。これを最初に渡しておくわ」
 彼女はバックパックから白く輝く刃を差し出した。依頼主の思惑を実行することを明示するためのパフォーマンス。それが傭兵としての立ち振る舞いと言えるのかもしれない。
「インプにトドメを刺すのなら、これでするといいわ。仮にも相手は悪魔と呼ばれるモノだからね」
 そう付け加えて、シルバーナイフを依頼主の手に握らせる。そのナイフは依頼主が敵に最期を与えることを暗に示す。
 無論、それだけでは依頼主を危険に晒させるだけであることを、彼女は理解している。言葉巧みに依頼主を説得し、弟子ともども冒険者たちから体よく遠ざけた。
 依頼主に怪我をさせたりしたら何かと大変だからと考えてのことか。何かあっては依頼の報酬に影響があるととってのことか。
 彼女は傭兵なのである。
「先生に、何を言ったんですか?」
 人員をどう分けて配置するか悩んでいた香椎 梓(eb3243)が、妙に意気込んで鼻血と痙攣を割り増しさせている依頼人の様子にふと顔を上げた。
「なに、大御所は最後のいいとこで登場するものだって言っただけよ」
 にやりと笑って返すロヴィアーネに、梓も口元を緩めた。それにしてもと志士の青年は腕を組み直した。
 依頼開始期日まで参加者が集まらなかったこともあり、作戦はかなりおざなりなものになっていた。誰の責任でもないので仕方ないと青年は自分に言って聞かせる。
 だが、庭園を守りながらインプたちを半殺しにするというのが今回の依頼であり、せめて庭園内と庭園外で人員を分けておきたいところだった。
「連絡係を置いて、内外で連携を取りやすいようにするまで考えたんですが‥」
 如何せんそれを仲間に説明しているだけの時間がなかった。バサリと塀にとまっていたカラスたちが飛び立つ。
 冒険者たちはそれぞれ自分たちの準備で手一杯であったし、何より今、敵が庭の小門から顔を出しギョロリとこちらを睨んだところだったからだ。
 梓は一息、嘆息をすると、デビルスレイヤーと銘のある剣を引き抜いた。

 フェリシアがかざした光で、白い塀に小悪魔の影が引き伸ばされる。その明かりに何の恐れもなく踏み込んできた三匹の影に対し、ロヴィアーネがさらに踏み込んだ。裂帛の気合とともに白銀を走らせ、真ん中の悪魔の羽を貫く。
 死に体のように思える位置から身体を反応させ、左右から迫る二つの爪を女戦士はステップを踏んで危なげなく躱す。それと同時に間合いを詰め梓が聖なる剣を振りぬくと、一拍遅れてオーラを纏った刀が残った一匹を切り裂く。
「依頼人がすげぇことになりそうだし、俺もバラにだけは気をつけねぇとな」
「出来れば、庭園外へ逃げてくれれば楽ですけどね」
 自身の心だけでなく、女戦士と青年志士の動きも代弁するように、晴信が歯を見せた。バラに気をとられたためか辛くも避けられた剣を翻し、梓は答えるようにインプの腕を切り飛ばす。
「依頼人さんの分も、ちゃんと残しておくように、ね」
 一旦悪魔から距離を取り、ロヴィアーネは敵を数えていた。現れたのは三匹。梓が相手をしたインプにホーリーが炸裂したことで、うち一匹はすでにかなりの痛手を負っている。この状態で三匹だけなら、何の問題もない。
 だが、さすがにそれだけではなかったようだ。
「上からっ」
「ぐっ! カラスに紛れていたのか」
 ちょっとした油断。この状況下で、弱いとは言えインプが複数いるのに対して手を打つ時間がなかったことが影響したのだろうか?
 後ろに控えていたウィザード二人は上空からの奇襲を受けていた。回避する術を持たないメリルの腕から血が滴り落ちる。痛みを堪え、一瞬で詠唱を成就させ雷の矢で反撃する。そのためか思ったより傷は深くはなかった。
 攻撃を避け地面に転がったディアドラが上空へ放つアイスブリザードに、飛び去ろうとした二匹は逆に苦悶の声を上げる。思わぬ反撃に悪魔たちは地面に降り立つと警戒した目つきで、冒険者たちを睨みつけた。
 拮抗状態というのだろうか、冒険者とインプの攻防の合間に一瞬の空白が生まれる。
 その空白に身を滑り込ませてきたのは、一人の夜叉だった。
「せ、先生ぇ!? ちょっと待ってくださいぃ!!」
「わ、わわわ私のたたたた大切なバラたちの、か、か、か、仇ぃ!」
 どこにそれだけの力があるのやら。半泣き状態の弟子を腰に引きずり、震える拳に握りこんだ銀製のナイフを構え、依頼主がそこに立っていた。その怨々とした雰囲気に気圧されたように、何気にインプたちは後退りしていたりする。
「いいい、今、あの子たちのいいいい痛みを、そそそっくりそのまま返すべく、その、ゆ、ゆ、指の先から翼の根元まで剪定してあげま――」
 色んな意味で危険な状態の依頼主の動きが、インプたちの前あと数歩というところで止まる。ゆらりと依頼主の後ろから姿を現したのは、ずっと様子を伺っていたロヴィアーネであった。
 弟子の青年に気絶した依頼主を預けると、傭兵の女はこう言った。
「とりあえず、後ろからインプに襲われたことにしておけば大丈夫よ。問題ないわ」
「は、はぁ‥」
 目を逸らしながら、多分、と付け加えられた彼女の言に、青年は大人しく従うことにしたらしい。あのまま放っておいてもどの道地獄が見えたはずだから。色んな意味で。
 青年が下がると同時に、すいっとロヴィアーネの槍が構え直される。依頼人を気絶させてまで引かせたのは、あくまでも依頼人の安全のためで、悪魔たちを許すつもりは毛頭ない。すでに片付いたインプたちを後に、梓と晴信が近づいてくるのが目に映る。
 フェリシアがリカバーを行使し、傷が癒えたばかりの腕でメリルが印を結ぶ。ディアドラも服についた黒土を落とし詠唱を紡ぎ出した。
 インプたちが五匹とも全て半殺し以上の状態なるのは、この数分後のことであった。

 インプたちが目覚めた依頼人の前に引っ立てられた後のことは、押して計るべし。
 その惨状を的確に説明する術はないであろう。端的に説明するならば、グッドラックの祝福を受けた依頼人はオーラパワーで強化された銀刃を片手に、文字通り悪魔たちを嬉々(鬼々?)として剪定していき、残った塵を庭園の肥えと化したのである。
 その後、クレリックの少女により傷んだバラの木がリカバーで癒されたり、彼女と冒険者たちの協力により庭園が復活しつつあるのを見て、依頼人は少し気を取り直したようだった。冒険者たちが帰る頃には、雲が流れ柔らかな日差しが差し込む空のように、あの園芸家の顔にも微笑みが生まれていた。