アナスタシアポイント〜不適合冒険者教育〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 84 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月22日〜02月27日

リプレイ公開日:2008年03月04日

●オープニング


「探したよ、アナスタシア」
 澄み渡るような冴えた空気の中、1人の男が駆けてきて女に声を掛けた。
「珍しいな、教会に居るなんて」
「別に」
 女はそっけ無く呟き女神像を見上げる。美しき彼らの女神は、両手をそっと広げて2人を見下ろし微笑んでいた。
「君が道楽でやってる個人依頼だけど、あれで少し鍛えて欲しい冒険者達が居るんだ。君なら造作も無いだろう? 協力してもらえないか?」
「いいわよ」
 赤毛を振って女は答える。頭の上のほうで2つに結んだ髪が顔の両脇で揺れる姿を皆は『若作りしすぎ』と言っているが、彼女は気にも留めていない。丁寧にリボンまで掛かっているから、『いい加減犯罪の域だろう』とも言われているのだが。
「でも‥‥そうね。遊びもそろそろ終わりにしようと思ってた」
「冒険者に戻るんだね」
 思わず女は振り返る。
「君が受付をやってる理由ももう無いしね。冒険者に戻って‥‥探すんだろ?」
「‥‥何、知ってたんだ」
「そりゃ君が冒険者の頃からの長い付き合いだ。探し出してガツンと一発殴ってやると息巻いていたじゃないか」
「‥‥」
「違うのか?」
「恨みも怒りもしたわ。ずっと憤りを感じてた。でも‥‥最近思う。本当にどうしようも無い男でも‥‥愛してたんだわ」
 軽く首を振って、女は肩を竦めた。
「で? その冒険者って?」


 それは、数日前に遡る。
 依頼内容は、洞窟内に潜んでいるゴブリン退治。比較的簡単な依頼で、新米の冒険者達がそれに挑んだ。
「よし! じゃ、斥候はレンジャーの俺に任せろ!」
「あ、ボクも行きたいですよ」
「おいおい。クレリックのお前が斥候に行ってどうするんだ?」
「だって、間近で敵を見てみたいじゃないですか」
 だが、それはあり得ないほど破綻した組み合わせの冒険者達で‥‥。
「斥候なんてうざってぇ! 俺が先に突っ込む!」
「ちょっと、あんた狂化しかかってるじゃない! これだからハーフエルフは駄目よね〜」
「ハーフエルフだからと言うより、神聖騎士として何かが違うかと‥‥」
「んだとぉ?!」
「まぁまぁ。とりあえずレンジャーさんに行っていただきましょう」
「ところで‥‥そこの籠を被ってる人は何なの?」
「あぁ、彼はボクの友達で‥‥家から出たくない病のジプシーなんですけど」
「っていうか、飛ばないシフールなんざただの羽虫じゃねぇ?」
「‥‥どうせ僕は羽虫さ‥‥。踊れもしないジプシーさ‥‥」
 洞窟に入る前からその騒ぎで。
「とりあえず! 俺が先だな! 任せとけ!」
「では私達は‥‥どうしましょう?」
「ねぇ、1つ聞いていい?」
「はい‥‥?」
「何でそんなに小さい楽器持ってるの?」
「えっ‥‥。あ、あの‥‥ジャイアントに合う大きさの楽器がなかなか無いって言うか‥‥その、高くて‥‥」
「あんた何でバードなわけ?」
「うぅっ‥‥ごめんなさい。音痴なバードでごめんなさいぃ」
「うぎゃーっ」
 そこへ、洞窟から脱兎の如く逃げてくるレンジャーの姿が。
「こえーっ。殺されるかと思ったぜ‥‥」
「‥‥あれ? クレリックさんはどうしました?」
「もしかして、一緒に中に入って行ったんですか‥‥?」
「あ、そーいや付いてきてたっけ。俺が名乗りを上げたら、大喜びでゴブリン見に行ってたけど」
「それは大変です。急がない‥‥っ‥‥いてて‥‥」
「どうしました? ファイターさん?!」
「す、すみません‥‥。ちょっと、持病の腰痛が‥‥」
「って言うか、お前なんで両手持ち剣背負ってんだよ」
「も〜。頼りにならないわね〜。先いっちゃうわよ〜」
「あ。ジプシーさん。行きますよ〜」
 そして、彼らは洞窟内へ‥‥。
「ひゃ〜っ。皆さん遅いですよ!」
「あんた、凄いボロボロなんだけど?」
「遠くからじゃよく見えないので、近くまで行ったんですよ。ボク、ゴブリン初めて見たので!」
「あんたバカでしょ。クレリックが前線張ってどうするわけ?」
「えへへ〜。昔から、探究心だけは並外れてるって褒められてまして〜‥‥うっ‥‥ちょっと傷が深かったみたいです‥‥」
「リカバーって言うのが使えるんじゃなかったっけ? クレリックって」
「あはは〜‥‥。ボク、そんなのつかえないです〜」
「ゴブリンが来ました! 私の魔法で眠らせますね!」
「生っちょろい事言ってるんじゃないわよ! これでも食らいな!」
「ぎゃーっ」
「ウィザードさん! こんな狭い所でファイアーボールは!」
「おい、ファイターとジプシーはどうした?!」
「洞窟内なんて‥‥。どうせ僕は太陽が見えなきゃ何も出来ないジプシーさ‥‥」
「イジケてないで何かしろよ!」
「‥‥す、すまないみんな‥‥。私は腰痛がまだ‥‥」
「きゃーっ。這ってまで来なくても〜っ」
「ファイアーボール!」
「ぎゃーっ」
「てめぇ! 俺にまで当てる気か!」
「神聖騎士さんも狂化しかけてますから〜っ」


「‥‥で?」
 神聖なる教会内で、アナスタシアは非常に嫌な顔をして男を見つめた。
「まぁ‥‥付いていった記録係の話によると、こんな感じだったらしい。7人で行ってジャイアントのバード以外はズタボロだったようだが、一応ゴブリンは倒したらしい。かなり強引にな」
「狂化した神聖騎士と、狂ったように撃ちまくったウィザードの働きで、でしょ」
「どちらも味方にも損害を与えているがな」
「で、その7人を冒険者として教育しろって言うわけ? 馬鹿げてるわね」
「まぁ大なり小なり‥‥問題は個々様々だが、このままだと先が危ない。何とか冒険者として‥‥。中には冒険者に向いていない者もいるかもしれないが、本人は冒険者としてやる気なのだし、そこを説得とかね。それに、冒険者を辞めてすぐに職にありつけるご時勢でもない。何とかしてやってくれないかな?」
 言われてアナスタシアは溜息をつく。
「それで先輩冒険者の出番ってわけ。何とかなればいいけどね」

●冒険者名簿
ポール 剣の使えないレンジャー、忍ぶことを知らない 男
ナッティ エルフファイター。細身で腰痛持ち 男
ドミカ ドワーフウィザードにして鍛冶師。ファイアーボール大好き。女
フェム パラクレリック。探究心が強いが目が悪く、前線に出てしげしげと敵を観察してしまう。男
カーナ ジャイアントバード。音痴で自分に合った楽器がないのが悩み。女
タタ シフールジプシー。自分に自信が無く引き篭もっている。男
コニット ハーフエルフ神聖騎士。狂化しすぎで破門寸前。男 

●アナスタシアポイント景品一覧表(1度の依頼につき1種類1回のみ使用可能、景品引き換え後はポイント減)
2点 ワイン 
4点 肩叩き券(さりげなく点数変更)
6点 毛糸の靴下、毛糸の手袋、毛糸のマント、毛糸の敷物、毛糸の褌から1つ
10点 ピグマリオンリング、マジックプロテクションリング、火霊の指輪、ブラックリングから1つ
    武器:ライトソード、ラージクレイモア、セントクロスソード、ニードルホイップ、シルバースピア、シルバーダガー、シフールの礫から1つ
    スクロール初級:ウインドレス、ファイヤーバード、リトルフライ、レジストファイヤー、クーリングから1つ
    防具:トワイライト・マント、ウルの長靴、タートルシールド、ブリガンダイン、ヴァイキングヘルム、刺繍入りローブから1つ

次回でポイントが清算される為に、在庫処分(?)で11点以上の景品は10点に引き下げられました。
景品と交換するならば、今回か次回の内にしてしまいましょう。

●今回の参加者

 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea2554 ファイゼル・ヴァッファー(30歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7871 バーク・ダンロック(51歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5413 シャルウィード・ハミルトン(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec0129 アンドリー・フィルス(39歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

ウリエル・セグンド(ea1662)/ 鳳 令明(eb3759)/ アンリ・フィルス(eb4667

●リプレイ本文


 新米冒険者達は、ギルド員の仲介を経て一人ずつ挨拶をした。先輩冒険者達も自己紹介をし、それを見て面倒そうにアナスタシアが皆を見回す。
「じゃ、後はよろしくね」
 そしてとっととギルドの裏に引っ込んでしまった。
「では‥‥」
 それを見送り、こほんとゼルス・ウィンディ(ea1661)が咳払いをする。
「強くなりたいかー! 英雄になりたいかー!!」
 いきなりギルドの隅で声を張り上げた彼に、他の者達が何事かと目を向けた。
「む‥‥どうしました? 声が出ていませんよ? さぁ、返事はー!?」
 いきなりの大声に周囲の先輩諸氏も半歩下がったが、彼はじっと新米達を見つめる。
「なりたいでーす」
「もっと大きな声で!」
「なりたいでーす!」
「よろしい。その気合で頑張りましょう」
 ゼルス改め引率の先生に案内され、皆はぞろぞろとギルドを出て行った。

「貴方達の冒険者になった理由と今の職を選んだ理由を聞かせてもらえますか? そこから根本的な心構えの話をしましょう」
 まずは座学。ミカエル・テルセーロ(ea1674)の質問に、新米達は簡単に理由を述べた。
「では、前回の冒険の報告書を読みますね」
 テッド・クラウス(ea8988)が、ギルド員からあらかじめ、彼らが受けた全ての依頼の報告書を貰ってきていた。7人は全員が全くの初めてというわけではなく、中には2度ほど冒険に出た事がある者もいる。それらも簡単に読み上げた後、ミカエルは彼らを見回した。
「はい。ではこの仕事、自分達の何がいけなかったか分かりますか?」
 問われても彼らは顔を見合わせるだけだ。或いは分かっている者もいただろうが、ここで発表する勇気は無いらしい。
「根本的な話です。皆さん、『冒険者』は英雄か何かと勘違いしていませんか? 1人で出来る事には限界があります。自分に出来ない事は仲間に補ってもらう。その為の仲間なのですよ。‥‥言っておきますが、これは他の仕事をしても同じ事です。鍛冶屋であっても商人であっても、何かを成す為には自分の実力、仲間の実力を把握した上で出来る事、やりたい事を纏めなければ、必ず失敗する事でしょう」
「もっと簡単に言うなら‥‥前回の失敗点を考えてみましょう」
 ミカエルの言葉に微妙な表情をしている新米達に気付き、横からテッドが口を挟んだ。
「依頼の成功よりも、一時の興味やしたい事を優先した。それが最大の失敗点です。あの時、安くないお金を支払って依頼を出した方の気持ちを考えましたか? 貴方の行動が仲間に及ぼす影響を考えましたか?」
 その言葉には、何人かがバツの悪そうな顔をして見せる。
「自身の欲求を抑え、最も良い結果を導けるよう努力する事。これが冒険者としての努めです。しかし、そうして努力しても失敗する事もあります。僕もたくさんの失敗をしてきました。ですが、その度仲間に助けて貰い、今こうして生きている事が出来ています」
 先輩冒険者達の何人かも頷く。
「ここで、ミカエルさんの話に戻るわけです。‥‥冒険者と言えど、1人では事を成す事は出来ません。仲間を信じ協力する事。これが成功の最大の秘訣です。そして、その為には事前の入念な打ち合わせも必要なのです」
 しっかりした口調でそう告げると、テッドは目元を和らげて新米達を見つめた。
「次は良い結果を出せるよう、頑張ってくださいね」


「英雄願望は悪くないが、堂々と真正面からぶつかっていくのはレンジャーっぽくないな〜」
 一度『この職で』と登録した冒険者が、『やっぱり合わないからこっちで』と簡単に登録内容を変更する事は許されていない。ある程度以上の実力を持つようになってからならともかく、新米の頃は向いていないと思っても冒険者としての職業を変える事は出来ないのだ。それを承知で、ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)は新米達に冒険者以外の職業も一応勧めてみた。だがまぁ、新米達はそれぞれに冒険者である事に愛着も感じているらしい。
「それで、剣は駄目らしいが‥‥弓のほうはどうなんだ?」
 というわけで皆が個別に新米達に指導を行う事になった。ファイゼルの担当は、レンジャーのポール。
「弓なんてもっと駄目だぞ」
 しかしポールは胸を張って答えた。
「‥‥じゃ、何が使えるんだ? 一応、攻撃を避けるだけの囮役とかもあるけど」
「ん〜‥‥逃げ足かな! 後は、罠を見破る!」
 ともかくこのポールという男。些か自信過剰の気があった。その上、話を聞いてみるとどうやら武器はまだまともに使えるレベルではないらしい。
「まずそこからだな‥‥うん」
 がっくり肩を落としながらも、ファイゼルはポールに剣を教え始めた。

「皆さん個性的で何よりだと俺は思う」
 アンドリー・フィルス(ec0129)の感想は少し他の者とは違う。彼の兄は「一度全員心身共に修行するが良かろう」などと腕を組んで言ったものだが、アンドリーが考えた策は。
「成程。父上の形見の剣か。ならば愛着を持つのも当然だな」
 温めた布を腰に当てているナッティへと大きく頷いて見せた。
「見た所、剣の筋は悪くない」
「本当ですか?!‥‥いてて」
 褒めて育てよ。それを今まさに実行中である。
「無理をしては駄目だ。ファイターを続けるつもりならば、きちんと療養する事をお勧めする。腰は一生ものだし、戦士は常に前線に立つものだ。万全な状態で挑まねば自分と仲間の生死に直結する。体調管理も戦士の役割。其の上で、片手で扱えるような軽い剣から始める事も考えて欲しい」
「そうですね‥‥。じゃあ、やはり父の剣は封印するべきでしょうか」
「いいや、そうとも限らない。父上の形見の剣ともなれば、いざと言う時は心の支えともなるだろう。普段は片手剣を使い、ここぞと言う時に両手で持って一気に穿つような使い方をしたらどうかな」
「成程!」
 アンドリーに尊敬の目を向けながら、ナッティは何度も頷いた。

「お前さん、範囲攻撃魔法が好きか? かっこいいもんな」
 少し退屈そうにしていたドミカに声を掛けたのは、バーク・ダンロック(ea7871)。
「けど、仲間の後ろから仲間を巻き込む魔法を使っちゃかっこ悪いぜ。いっそ前に出てやってみろよ」
「ウィザードのあたしが、一番前に出るわけ?」
「魔法使いが鎧をつけちゃいけないなんて決まりは無いだろ。お前さんなら出来る」
 何なら俺のお古の武者鎧や兜を譲ってもいいぜと取り出したバークに、ドミカは嫌そうな顔をした。
「そんながちゃがちゃしたの付けられないわよ。鎧はもっと機能性を重視すべきだわ」
「はっはっはっ。まぁそう言うなよ」
「あたしの美意識に反するわ」
「‥‥美意識‥‥ですか?」
 そろりと2人の後ろから少年ミカエルが現れた。
「貴女は鍛冶師で火魔法のプロでしょう。貴方の魔法の使い方は無駄が多すぎます。なのに機能性何だのと‥‥笑止千万!」
「何ですってぇ!」
 同じ火魔法のプロとしては断固として譲れない。睨み合うミカエルとドミカの背後でしゅぼーと炎獄が広がった。
「まぁそこまでにしておけよ。とりあえずこれ着て魔法使ってみろ。な?」
「嫌よ!」
 
「探究心が強いせいで前線に出過ぎるという話ですが、別の視点から見れば魔物への恐怖が小さいという事でもありますし、むしろ長所ですよ」
 フェムは、ゼルス講座に目を輝かせた。
「神聖魔法の有効範囲は結構狭めですし、前に出る戦い方は是非推奨したいですね。コアギュレイトで敵の動きを封じてから観察が無難でしょうけれど、必ず成功するとも限りませんから、ここはいっそ、もっと攻撃的になってはどうでしょう?」
「攻撃‥‥ですか?」
 きょとんとするフェムの肩をぽんと叩き、ゼルスはふかーく頷く。
「そうです。敵の魔法を食い止めるレジストマジックに、敵を締め上げるホールド。そう、今こそ『肉体言語で神の教えを説いてあげよう、むしろ魔法の奇跡なんて認めないぜ!』的、超絶接近戦クレリックの誕生なのです!」
「わ〜、なんか楽しそうですね〜」
「おまけに‥‥」
 声を潜め、ゼルスは顔に似合わぬ『今ならこれがお買い得ですぜ、旦那』とでも言いそうな笑みを浮かべ。
「敵に密着して動きを封じてしまえば、じっくり観察するだけではなく、あんな事やこーんな事、そぉ〜んな事までやりたい放題ですよ」
 と耳打ちした。
「先生! 僕‥‥頑張ります!」
「はい。頑張りましょうね」
 きらきら目を輝かせるフェムに、ゼルスは混じり気の無い笑顔を見せて頷いた。

「正直言うとな。お前みたいな存在はあたしら他のハーフにとっちゃえらい迷惑だ」
 シャルウィード・ハミルトン(eb5413)の視線を受け、コニットはそれを斜に受け止める。
「ぽこぽこ狂化して悪評振り撒けば、こっちも割を食うんだよ。‥‥そんなわけで矯正するぞ、その狂化癖」
「んなもん矯正して直‥‥おい。何してんだ」
 薬品の数を数えるシャルウィードに、怪訝そうな視線を送るコニットだったが。
「何って、戦闘の準備だ。さっさと準備しな」
「は?」
「これから、あたしとあんたで戦う。その際、あたしは左のみで攻撃する。勿論素手な。ただし、狂化したら大人しくなるまで右のカウンターが飛ぶ」
「‥‥右はナックル嵌めてるじゃねぇか」
「当たり前だろ。以上、説明終わり」
 既に戦闘態勢に入っているシャルウィードに、コニットは諦めて剣を下ろし、自分もナックルを嵌めた。
「ま、死ぬ前には止めてやるから安心しろ」
 笑う女の姿に、コニットはまだ見た事が無いが、悪魔はこういう姿をしているかもしれないと思ったとか。

「とりあえず‥‥陽魔法は‥‥太陽が見えなくても使えます‥‥」
 アルフレッド・アーツ(ea2100)は、ギルドの裏で籠を逆さにして中に閉じこもっているタタにそっと声を掛けていた。
「昼間じゃないと‥‥使えないものはありますけど‥‥でも図書館に参考資料が‥‥ありますから‥‥」
 囁くような声に、籠が少しだけ浮いた。
「踊りがどうしても駄目なら‥‥占いはどうかな‥‥。踊ったり‥‥陽魔法を使ったりするだけが‥‥ジプシーではないのですから‥‥」
「どうせお先真っ暗な未来が出るんだ」
「そこは‥‥これから気をつければ良いと‥‥分かるのですから‥‥充分すぎるほど‥‥意味はあります‥‥」
「お先真っ暗でも?」
「占いは‥‥忠告してくれます‥‥。だから‥‥まずはそれを自分に‥‥慣れてきてから他の人を‥‥占ったらどうでしょう‥‥」
「‥‥嫌がられないかな」
 自信が無くて臆病で自分の殻に閉じこもってしまおうとするのは、他の人の目を気にしすぎているからなのだろう。アルフレッドは籠にちょんと手を掛ける。
「生きていたら‥‥いろいろあります‥‥。でも‥‥占う事で他の人の凶事を‥‥避ける事が出来るかもしれないです‥‥」
「‥‥そうなのかな」
「自分を占ったとき‥‥悪い結果が出ても‥‥それは良い事なんだと思うといいです‥‥」
「‥‥太陽が、教えてくれたって?」
 籠から顔だけ出したタタに微笑を向け、アルフレッドは頷いた。


 そして5日間の教育が終了した。
 ポールは射撃技術に天才的なまでの不適合才能を見せつけ、結局剣の効率的な使い方を習っただけで終わり、ナッティは令明が聞いてきた『聖女の泉』という名の薬湯温泉で養生した後、体を鍛えてから片手剣修行を始める事にした。ドミカは自作の自分用鎧を作る事にしたものの、前線に出る事は不本意そうだ。フェムはナッティと一緒に温泉に行き、養生するナッティにラテン語を教える傍ら剣を教えてもらう事にしたらしい。7人の中では、彼が一番輝いて見えた。コニットはこの5日間で顔がなんだか変形していたが、極力薬を使わないと彼が決めたからだったようだ。タタはフェムと別れ、占い師の元で占い修行をするらしい。コニットにせよタタにせよ、狂化癖や自信の無さを直すのは一昼一夕で出来る事ではない。それはナッティの腰痛も同じ事だが、誰もが自分を高める為には多大な時間と努力を必要とするものなのだ。だが、その指針を示されただけでも彼らの成長の一歩となったことだろう。
「まぁ個人差はあるみたいだけどね」
 そう告げたアナスタシアは、バークの後方に座っているカーナを冷たく見つめた。
「で? あんたは?」
「あっ‥‥わ、私は‥‥その‥‥」
 何故か真っ赤になる彼女に、バークがにやりと笑いかける。
「カーナはいい女だよな。戦うのが嫌なら冒険者辞めて花嫁修業でもしたらどうだって俺が言ったんだ」
「で?」
「俺ならいつでも隣の席は空いてるからなぁ」
「どうでもいいけど、そこまで言うならある程度の責任は取ってやりなさいよね」
 更に赤く染まったカーナから目を逸らし、アナスタシアは皆を見回した。
「今回もポイントは3点ね。景品交換する分を引いて、ファイゼル6点、アルフレッド5点、シャルウィード2点、テッド8点、ミカエル7点、後は3点ずつ」
「アナスタシアさんだと思って‥‥大事に使わせてもらいます‥‥」
 礫を貰ったアルフレッドの言葉に、アナスタシアは珍しく照れたように笑う
「可愛い事言っちゃって。ね、ぎゅってしていい?」
「だ‥‥だめです‥‥」
 シフール好きのアナスタシアからアルフレッドをそっと隠しつつ、テッドが景品で得たワインを皆に振舞った。
「こういう使い方をしても構いませんよね?」
「それにしても、アナスタシアさんからの依頼ってのもお久しぶりでしたね」
「あ〜、そういやさっきそこのギルド員から聞いたぜ。冒険者に復帰するらしいな」
 シャルウィードが指摘して、ミカエルは一瞬だけ目を丸くした。
「そうでしたか‥‥」
「受付嬢が1人減り冒険者が1人増えるわけか。それも良い選択じゃないかな」
 渋くワインを飲んでいるアンドリーに言われ、アナスタシアは曖昧に笑う。
「‥‥遅すぎたくらいかも」

 解散の後、ファイゼルはアナスタシアに待機するよう言われた。
「な‥‥何をする気だ‥‥」
『アナスタシアのしもべ』として名高くなってしまったファイゼルが戦々恐々とする中、アナスタシアが小さな袋を持ってやって来る。
「はい、これ」
「ん? 景品ならさっき貰ったぞ?」
「‥‥あんた誕生日だったんでしょ」
「へ?」
 確かにこの依頼を受ける前、誕生日を迎えていた。そろっと中を覗いて、しかしファイゼルはがくんと膝を落とす。
「‥‥嫌がらせだよな‥‥うん‥‥そうだよな‥‥」
「何言ってんのよ。ノルマンでは男へのプレゼントは褌が常識だって言うから、わざわざ探して来たんだけど?」
「そう‥‥うん‥‥ソウダネ‥‥」
 レースのついた褌をそっと片付け、ファイゼルは心の中で涙した。
「だから、これを最後にするわ。あんたを解放してあげる。どこかの年増女に熱上げてるんでしょ?」
「ほぇ?」
「あたしはどうせ、そんなに剣も強くないし若作りでは負けてるし? だからまぁ‥‥そういう事よ」
 最後は呟くように言い、彼女は素早く身を翻す。
 後に残されるは‥‥。