君に佳き日を〜芽生えの春〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月11日〜03月16日

リプレイ公開日:2008年03月20日

●オープニング

「だ〜か〜ら〜っ。プロポーズでも何でもしろって」
 いつも通りの偉そうな態度で、ポールはマルクに詰め寄った。
「そんな‥‥まだ早いよ」
「甘いっ! そんな事言ってるから、この前! 女に! 獲られそうになったんだろ!」
 強調してテーブルをばんと叩くが、どうにもマルクは煮え切らない。
「だああああ! そんなんじゃお前、これからもどんどん虫みたいにライバルが湧き出るぞ!」
 叫ぶだけ叫んで、ポールはマルクの工房を飛び出した。
「‥‥あいつにまかせといたら、後10年はかかる!」
 そう往来で大声で呟きつつ。

 ポールとマルクは幼馴染である。
 かつて2人はフローラという幼馴染の女性を取り合った。取り合ったと言っても、喧嘩をしたり罵りあったりしたわけではない。互いの想いを掛けて、冒険者の支援も受けて正々堂々とフローラに想いを告げたのだ。
 結果、フローラが選んだのはマルク。それが丁度1年ほど前の話になる。
「‥‥咲いてるわけねぇか」
 パリ郊外にある『さくらんぼ農園』の樹は、蕾さえも膨らんでおらず寒々とした様相だけが並んでいる。捲れた樹皮を触りつつ、ポールはその樹を見上げた。
 1年前、ここで彼らはフローラと宴を楽しんだ。その記憶は淡くも尊いものとなって心に刻まれている。
 あの頃は良かったと‥‥時々ポールは思う。1年前は、まさか自分が冒険者になるとは思いもしなかった。その原因となるものと遭遇もしていなかった。マルクとフローラと過ごした時間は優しい色に包まれて、変わっていく自分に囁きかける。真綿に包むように大切に、大切にしてきた想い。複雑で、まだ昇華しきれていない心と‥‥夢。
「‥‥よし」
 ひとつ頷き、ポールは農園を後にした。

 
 それは、祝福と決別の為に。


「ってわけで、いい加減いらいらいらいさせるカップルを、ここで強引にくっつけようぜ! っていう作戦なんだ。マルクがいつまでもフローラにプロポーズしないから、フローラだって不安がってるはずだ。ここでどーんと告白させて、ついでにみんなの前で簡単に結婚式! なんてものが出来たら最高だよな! って思ってさぁ」
 受付でだらーんとカウンターに体を伸ばし、ポールが告げた。かなりやる気が無いような姿だが、最近熱心に剣の稽古を始めたおかげで筋肉痛になっているのだということを、受付員は知っている。
「そういう突発的なイベントって女は大好きだからな! ってわけで、冒険者に手伝って欲しいんだけど」
「それはいいけど‥‥ポール。噂は本当かい?」
 問われてポールは首を傾げた。
「何が?」
「旅に出るという話だよ」
「あぁ、それか」
 事も無げに頷いて、ポールは胸を張る。
「おう! 春になったら旅に出るぞ。立派な冒険者になる為の修行だな!」
「‥‥大丈夫なのか?」
「だから、2人の結婚式をやるんだよ。俺がいる間にさ」
 そう言って笑顔を見せたポールだったが‥‥。
 その笑みは、僅かに寂寥とした色も帯びていた。

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5283 カンター・フスク(25歳・♂・ファイター・エルフ・ロシア王国)
 eb2195 天羽 奏(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4540 ニコラ・ル・ヴァン(32歳・♂・バード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 その出会いは奇跡だろう。
 人が人と出会うは、奇跡なのだろう。
 私があなたに出会った事。
 あなたが私に出会った事。
 その瞬間は、いつでも偶然じゃない。


「お着替えできたですか〜?」
 そっとテントの中を覗き、ラテリカ・ラートベル(ea1641)は、ぱぁっと顔を輝かせた。
「すごく綺麗なのです‥‥」
 目をまん丸にしてうるうるさせているラテリカの頭にぽんと手を乗せ、カンター・フスク(ea5283)は背後のテントへ指を向ける。
「向こうも出来たよ。まぁ悪くないかな」
「悪いわけないよね〜♪ 何たって、今回の主役カップルの片割れなんだし!」
 横笛を持って笑うニコラ・ル・ヴァン(ec4540)の背後から天羽奏(eb2195)もやって来て、重々しいつもりで頷いた。
「準備が出来たなら始めようか。ポールはどうなんだ?」
 皆が振り返り、木にもたれ掛かっていたポールは慌てて体を起こす。
「おう。俺はいつでも準備完了だ!」
「ボタン外れてるよ」
 突っ込まれて慌てて身だしなみを整えるポールの前に、テントの中から2人が現れた。


 ポールの依頼に参加したのは4人。
 5日後午前に式を行う事が決まっているらしく、実質用意は4日間しか出来ない。だがそれだけあれば充分なのが冒険者というものだ。
「可愛いのです‥‥。カンターさん、ラテリカもここにリボンとか付けてもいいですか?」
「ん? そうだね、春色をイメージしたドレスだからその7色のリボンは悪くないかな。アクセントにもなる」
「はい〜」
 いそいそとドレスにリボンを合わせるラテリカ。それを後から外せるように縫い合わせ、カンターはラテリカに立つよう指示をした。
「? 何をするですか?」
「合わせてみるんだよ」
「えぇっ‥‥えっと、フローラさんはラテリカより背高いですよ?」
「細かいサイズは分からなくても大丈夫なように作ってある。でも一応合わせてみないとね」
 真っ赤になって棒立ちになっているラテリカの体にドレスを手馴れた仕草で合わせ、カンターはひとつ頷く。
「うん、悪くない」
「カンターさんのドレスは、パリ一番なのですー」
 言いながらも、再び作業を再開したカンターをラテリカは見つめた。
(「カンターさんのドレスを着た花嫁さんは、幸せになれるって知ってるですけど」)
 頬を染めながらラテリカは思う。愛しい人の手から生み出されるものの素晴らしさは、彼女が一番知っている。

 カンターが花嫁の衣装を作っている間、奏はポールを連れて食材の買出しに出かけていた。
「どんだけ回るんだよ〜」
 すっかり疲れ果てて道端に腰を下ろしたポールに、奏はキッと視線をやる。
「銅貨1枚でも安く! 売買の基本だ。だが安く買い叩くだけでは程度の悪い物を売りつけられる。そこの見極めが大事なんだ。その為に、市場中を回るのは基本」
「でももう3つ目だぞ‥‥」
「冒険者には体力も必要だ。こんな事でバテてどうする。立て。立つんだ、ポール!」
 気合を入れられて渋々立ち上がったポールの背中を叩き、奏はふと真面目な顔で彼の背中を見やった。
 奏は前にも一度、ポールと会っている。それはラテリカも同じだったが、奏は共にある『強敵』と戦った者として、感慨深い思いを抱いているのだった。ポールが旅立つ話は聞いている。それを少し寂しく思‥‥。
「いや、思うはずがない。うん、彼は新しい旅を始めるんだ。それは勇敢な事だからな」
 呟いて、荷物を持ってふらふらしているポールの背中をばしと叩いた。
「いてぇ!」
「馬鹿者。そんな歩き方して、買った物を泥棒に盗られたらどうする。ちゃんと筋肉に力を入れて持て」
「へ〜い」
 お子様ご主人様とその従者という風に、彼らはその後も市場を巡る。その買出しは、2日間掛けて行われた。


「やっぱり、びっくりさせる為には劇的な展開がいいよね」
 笑顔で皆にニコラが告げたのは、『びっくり作戦』。
「真剣な顔だったのが、あっけにとられて‥‥それからぱっと笑顔に変わる感じがいいな」
「具体的には?」
「フローラの大切なものか何かを奪って逃げて、必死で全力でマルクに追っかけさせるんだよ〜」
「フローラさんの大切ななにか‥‥ですか?」
 きょとんとしたラテリカに、ニコラは大きく頷く。
「そう。そのまんま農園におびき寄せて、そのど真ん中で音楽鳴り響きお出迎え〜ってわけ」
「後でポールさんが怒られないといいですけど‥‥」
「大丈夫じゃない? きっとびっくりでそれ所じゃないと思うよ!」
「でも、どうやってフローラの大切な物を盗ったとマルクに分からせるんだ? そのまま衛視呼ばれたらどうする」
「それは、ポールが取れば万事安泰。ポールが取ったなら、マルクだってまさか衛視に言ったりしないだろうし」
 皆の注目を浴びて、ポールは肩を竦めた。
「俺は別にやってもいいけど。昔やったことあるしな」
「えぇぇ?」
「まぁでも‥‥あいつらに負担は掛けたくないよなぁ。騙すような事はしたくない」
「それでいいんじゃないか?」
 奏とポールが買ってきた食材の皮を剥きながら、カンターが言う。とにかく働き詰めのカンターがほとんど1人で式の大黒柱を担っているわけだが、疲れが見えないのはさすがと言った所か。
「誰より長い間、傍に居たんだ。互いの事は分かってるだろうし、向こうも‥‥」
「向こう?」
 マルクとフローラがポールの為に、同じようにパーティを開こうとしている事。それをギルドの張り紙で皆は知っていた。知らないのはポールだけだ。だから顔を上げて、カンターは微笑を浮かべる。
「フローラとマルクも、君が何をしたとしても分かってくれているんじゃないかな。そう思うよ」

 カンターの指導により、マルクとフローラ宛の手紙を書かされたポールは、時にはハリセンで叩かれつつ何とかそれを仕上げた。
 まずあらかじめ、フローラにだけ昼食には少し早い時間に農園に来るよう手紙を渡す。マルクには内緒にと告げ、マルクはポールがおびき寄せる作戦だ。
 その後、カンターは式の料理とお菓子作りに本格的に取り掛かった。パンにはナイフを入れ、間にチーズやハムを挟めるようにする。スープは浅い皿ではなく、深い器に入れる。パンケーキにフルーツの盛り合わせ、各種ジャムを用意して色々な味を楽しめるように。
「本当に指定が細かかったな‥‥。パリの主夫とはこれほどのものか」
 と奏が呟くほどの材料だったが、それをちょこまかラテリカが動いて手伝っている。奏はその間、マルクとフローラに協力する冒険者達と式の時間を簡単に打ち合わせ、式の進行を煮詰めた。ポールに神父役など教えられる者が居なかったので、そこは野放しである。
 ニコラはテーブルを設置してみたり、楽器の練習をしてみたり、ポールと話をしてみたり、歌ってみたりしていた。時にはポールと神父の真似をし、笑い転げる。音痴なポールの歌に又、腹を抱える。そうして過ごす当たり前のように平和な日々は、相手をしていたニコラは気付かなかったのだけれども、ポールにとっては本当に楽しい時間のようだった。
「誰かを幸せにするのは大好きー♪ でも、ただ障害のない道なんてつまんないよね」
「なぁ。お前はさ〜‥‥。好きな子とかいるの?」
「え〜‥‥。何で♪」
 笑うニコラに、ポールも笑った。
「ここに来ると思い出すんだよなぁ。1年前振られた時の事をさ。俺はでも、本当は少し分かってて‥‥本当は楽になりたくて、決めたんだ。フローラに選んでもらおう。マルクと俺。あいつが選べば、楽になれる」
「楽になったの?」
「ならないなぁ‥‥。でも、そういうもんだよなぁ‥‥。だからいいんだ」
 首を傾げるニコラに、頷き返す。
「だから、これでいいんだ」


 式当日。
 ポールはフローラが幼い頃から大切にして来たというペンダントを、彼女の母親から借りた。そしてそれをマルクの工房まで持っていって見せ、
「返して欲しかったら昼前に農園まで1人で来い! 絶対だぞ!」
 と叫んで逃げたのだと言う。
「‥‥子供だな」
 13歳の奏に言われたが、ポールは『それが俺の魅力だ!』と言って憚らなかった。
 先に来たのはフローラ。それを皆で出迎えて、事情が掴めていない風な彼女をラテリカが用意したテントまで連れて行く。そこでカンター作ドレスに着替えさせるのである。
 少し遅れて来たのはマルク。ポールを探してやってきた彼は、いきなりニコラの吹く横笛の音と彼作ファンタズムによる満開の花を咲かせる1本の木に出迎えられ、呆然と立ち竦んだ。
「君はこっち」
 問答無用でカンターに連れ去られ、別のテントの押し込められるマルク。
 やがて出てきた2人は、皆が拍手するくらいお似合いのカップルに見えた。
「これ、ポールさんがご企画なさったです。でも、お2人にはどんな気持ちで準備されたのか、きっとお分かりなのですよね」
「‥‥ポールが、旅に出ると聞いたわ。だから、なのね‥‥?」
 こくりと頷き、ラテリカはフローラの手にそっと花を一輪手渡す。まだ春遠き季節だけれども。一足先に野に咲いた花に、想いを籠めて。
「幸せな花嫁さんになって下さいです」
「ありがとう、ラテリカさん。‥‥あの日からずっと、貴方達がポールを支えてくれてたのね。ありがとう」
 静かに微笑むその人に、ラテリカは思わず涙ぐんだ。
「さぁ、結婚式の始まりだよ!」
 ニコラがくるりと回ってやって来て、横笛を構える。奏がマルクを先に誘導して立つ位置を指示すると、フローラのところに神父っぽい格好をしたポールがやって来た。
「今日は俺が父親役だからな。ほら、手」
 言われてフローラは頷く。マルクはまだ状況が飲み込めていないような顔をしていたが、フローラは分かっているようだった。ゆっくり歩いていく2人を後ろから見守ったラテリカは、奏に呼ばれてひっそり列席していた、マルクとフローラの依頼を受けた者達の傍へと駆け寄る。
「みんなで、賛美歌歌うですよ」
 ニコラの横笛の音色が流れる中、ポールはマルクへとフローラの手を繋げた。
「‥‥」
 一言何かを呟き、ポールはそのまま2人の前に立つ。神父役をする為だ。
「本日は、皆様若き2人の為にお集まりいただき、ありがとうございます」
 だが進行役を務める奏の流れを無視して、ポールは皆へと頭を下げた。
「この式は、神に認められた正式な結婚式じゃない。でも、俺にとってはそれ以上の結婚式なんだ。それ以上にしたいと思う。みんなに手伝ってもらって、最高の式に仕上がってる。みんなが望んでくれているんだ、マルク。フローラに告白したのか? きちんと言ったか?」
「‥‥うん、言ったよ」
 静かにマルクは告げ、フローラを見、ポールへと視線を向ける。
「幸せにしたい、って。結婚しようって」
「‥‥そういう時は『幸せにする』だろ」
 言われてマルクは微笑み、頷いた。
「告白してるなら‥‥いいや。絶対幸せになれよな! よし、誓いのキスをしろ!」
「こ、ここでっ‥‥?!」
 ここに居る人はそれほど多くはない。しかしいきなり言われて辺りを見回すマルクに、フローラが心持ち体を預けた。
「神父役が言っているので、キスしてもらえますか」
 進行役奏にも言われ、マルクは覚悟を決めたようにフローラに向き直る。簡易なヴェールを上げて、そっと顔を近づけた。
「おめでとう!」
「おめでと〜」
 ラテリカが唱えたファンタズム。2人の傍にあった木に一斉に花が咲いた。満開の桜桃の花が風にそよぐように揺れ、ハラハラと花びらを散らす。ニコラが時間差で咲かせた花も彼らを取り囲み、その後方から奏が唱えたライトがそれらを照らし出した。美しくも幻想的な光景に包まれながら、皆は花嫁と花婿を、そしてポールをテーブルへと連れて行く。
 皆がワインを酌み交わす中、カンターが食事を持ってきて並べ始めた。ラテリカが草を編んで作った指輪を嵌めた2人は嬉しそうに微笑んでいるし、ポールも楽しそうに笑っている。ニコラが歌うメロディーの呪歌は、祝福を歌っている。カンターの料理は美味いし、酒も旨いし話も弾んでいるのに。
「‥‥寂しいものだな」
 先ほどまで咲いていた幻の花が儚すぎたのか、その笑顔の裏に潜む想いが滲み出ているからなのか。

『太陽を浴びて 月が黄金色に輝くように
 大空を映して 海が蒼く煌くように
 あなたはわたしを照らすだろう わたしはあなたを照らすだろう
 やがてちりゆく定めならば ともに今を咲き誇ろう
 繋がった2人の姿はまるで 結んだ桜の果実のように』
 
 ニコラの歌う歌は、繰り返し繰り返し告げている。
 寄り添う2人、向かい合う2人に幸せを。生きる歓びをと。


「‥‥遅かったな」
 夕日が沈む頃。
 防寒服の胸元を合わせた奏の元に、荷物を持った男が1人やって来た。
「何だ、こんな所で見送りか?」
「‥‥僕は馬鹿だ」
 小さく呟き、奏は首を振る。ポールの為にマルクとフローラが準備したパーティ。それをこっそり彼が抜け出して旅立とうとするのでは無いかと思っていたのだが。
「忘れ物だ」
 香袋を手渡し、奏は夕日へと目を向けた。匂いを嗅いで笑ったポールに他に声も掛けられず、そのまま奏は黙り込む。
「ありがとな。けどさ‥‥そういう事考えてたの、お前だけじゃないみたいだけどな」
 ぽんとその肩に手を置いて、ポールは後ろを振り返る。そこに、皆が立っていた。
「抜け駆け〜? ずるいよ、奏」
「後片付けもきちんとしてこその冒険者だよ」
「‥‥あ‥‥すまない」
 ちゃっかりポールの為のパーティにも参加していた奏は、実は後片付けも途中で動向を見守っていたのだった。
「‥‥ポールさん、素敵でした」
 涙ぐみながら微笑むラテリカに言われ、ポールはその場に集まる者達を見つめる。
「見送りありがとな。それから、あいつらにまた何かあったら、その時は力になってやってくれ。俺は旅に出るけど‥‥又、パリに帰ってくるからさ」
「気をつけて」
「お前らも夫婦仲良くな」
 大きく手を振りながら、ポールは夕日に向かって去っていった。

 この出会いは奇跡だろう。
 あなた達と会い、この世の慶びを共に分かち合った事。
 その一瞬さえも、偶然じゃない。
 だからこの奇跡を大切にしよう。
 舞い散る幻花の記憶と共に。