恋し花咲く 忘れられし場所

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月15日〜05月20日

リプレイ公開日:2008年05月25日

●オープニング

 その場所は、かつては忘れられていたかのようにひっそりとしていた。
 訪れる者も無く、その庭園を手入れする者も無く、人々にとっては薄気味悪い場所のように思えて、近付く者もほとんど居なかった。
 だがそれも、もう過去の話となるのだろう。
 今この場所は、色とりどりの花咲き乱れ、動物達が跳ね回り、暖かな昼下がりには人々がのんびり散歩できるような、穏やかに談笑出来るような、そんな場所となっている。そんな光景に包まれて静かに佇むは、今は使われていない聖堂。そのまま朽ち果てても可笑しくなかったその場所が‥‥。

 もう、生まれ変わっている。


「最近、パリでは女装が流行っているそうで」
 いつもの執務室で何気なく男が口を開いた。
「いやこれが、意外と楽しいらしいですよ」
 爽やかに言ってのけた男に、皆は『又何か言い出したぞ、こいつ』という顔をする。顔をしたが、とりあえず皆はそれを傍観した。
「ほら、緑分隊のお方も女装されていて」
「あれは任務上やむを得なく、だろう。仕事や祭り以外の仮装変装はどうかと思うが」
 それを聞いていたこの室内唯一の女性は実に真面目な言葉を返す。
「冒険者も結構やってるそうですよ、女装。勿論、仕事、お祭り、パーティなどでであって、決して『趣味』ででは無いと思いますが」
 変わらぬ笑顔を返しながら男はゆっくり奥の机に近付いた。
「それでですね。冒険者との交流を深める事を目的としたパーティを開きたいと思っているんです。今後も円滑な連携を取れるよう、力を借りる時に不都合が無いよう、冒険者と太い絆で結ばれておく事は重要かつ最大級の任務でもあると思うわけですよ」
「お前の言う事はいちいち大仰だが、概ね認める。それで?」
「やはり今、仕事をする上で『流行』だという女装を外してはいけないと思うのですよね‥‥。そこで、分隊長に於かれましては是非『女装』して頂きたく」
 にこやかに男は言ったが、その内容にぎくりとしたのは周囲の数人だけで、当の本人は少し考え込む。
「『女装』か‥‥」
「パーティと言っても大仰なものは考えていません。場所も場所ですので晴れた日を選んで立食で、自然と咲いた花々に囲まれて穏やかな交流を、と思っていますので」
「『場所も場所』‥‥? 外か。どこを考えているんだ?」
 問われて男は大きく頷いた。
「『旧聖堂』ですよ」

 いつもは必ず口を突っ込む他の分隊員も黙っていたので、その話はトントンと進んだ。
 5日後には冒険者ギルドに『橙分隊と冒険者の交流の宴を旧聖堂で』という話が伝えられ、『一般人の参加も可能。誰でもどうぞ』という言葉も添えられる。とは言え、その話は冒険者ギルド以外に伝えられる事は無く、つまり冒険者が一般人を連れてくるのは構わないよという主旨らしい。
「興味を持った人には伝えてもらいたいんだが」
 その話を持ってきた人物は、至極真面目な表情でギルド員に告げた。
「今回のパーティは、冒険者同士の交流会でもあると考えている。簡単に言うと、『春だしデートシーズンだ』という事なんだが」
「‥‥は、はぁ‥‥」
「というわけで、『紳士淑女よ。大いに恋愛せよ。我々はこれを恋愛奨励の場と名付け、大いに激励する』という触れ込みがなかなか良いと思うんだ」
「‥‥そ、そうですね‥‥」
「なのでまぁ、うちの分隊はそっちのけでカップル同士楽しんで貰っても構わないという事だ。今はお役目を果たしていない聖堂だが、それでも歴史ある素晴らしい建造物でもあるし、将来を誓い合える2人ならば中に入れて貰って誓うも良し、残念ながら将来の結婚を誓い合えない2人でも、中に入って神の慈悲を歌うも良し。勿論そこには厳かぶっている司祭も居なければ厳しい戒律を語り続ける神官も居ない。ただ見ているのは神のみだ」
「あの‥‥それは、異種族同士の話でしょうか‥‥。それはさすがに大っぴらに言える話では‥‥」
「君。あの聖堂には足を運んだ事があるかい?」
 ブランシュ騎士団の騎士とは思えぬ言い草にギルド員も落ち着かないで居たのだが、彼は実に楽しげに話を続ける。
「いえ‥‥」
「聖堂の周囲は花畑になっていてね。きちんと手入れされているわけでは無いが、それが又良い風情なんだよ。でもあの花畑にはひとつ、秘密がある」
「ひ‥‥秘密、ですか‥‥?」
「そう」
「‥‥それは‥‥?」
「『恋が叶う花』が咲いているのさ」

●今回の参加者

 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea2499 ケイ・ロードライト(37歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2554 ファイゼル・ヴァッファー(30歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ロックフェラー・シュターゼン(ea3120)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ 美淵 雷(eb0270

●リプレイ本文

 その花は、昔からその場所にあった。
 忘れられた旧聖堂の片隅で毎年密やかに小さな花を咲かせ、秘めたる想いを胸に訪れた者がそれを一輪摘む。そして、その花が美しく咲き誇っている間に恋しい相手に贈ると願いが叶う‥‥。
 そう伝えられる、恋の花。


「だそうだよ」
 今や色とりどりの花に包まれたその場所で、男は皆にそう伝えた。
「‥‥探すのも一苦労だろうな」
 特に興味が無い風に辺りを見回すのはロックハート・トキワ(ea2389)。
「なるほど‥‥。『恋が叶う花』は意外と近くに咲くものなのですな。私にも一輪、可憐な花が見つかるでしょうか」
 ふむと頷くのはケイ・ロードライト(ea2499)。
「お花も恋が実るお手伝いをしているのですね〜♪」
 のんびり笑顔で皆を見ているのはエーディット・ブラウン(eb1460)。
「頼まれて花を探しにきましたが‥‥私も素敵な人と巡り合いたいです、どこにあるのかしら」
 頬に手を当てて溜息をつくのはエルディン・アトワイト(ec0290)。
「エルザ殿。良ければあたしも手伝うのさね」。
 持参した菓子をテーブルに並べているのはライラ・マグニフィセント(eb9243)。
「見て。あそこの人、フィルにそっくりね」
 そんなライラを手伝いながら『恋花の噂』を伝えた男を指すレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。
「本人じゃないの? 明らかに変な格好だけど」
 一応そう答えるのはユリゼ・ファルアート(ea3502)。
「っていうか‥‥なぁ、何でお前らそんなに平気なんだぁぁぁ!」
 そして。そんな彼らより少し離れた場所で恥ずかしさの余り花畑に埋もれてしまっているのはファイゼル・ヴァッファー(ea2554)。
「はっはっはっ。何言ってるんだ、ファイゼルさん。これはそういう趣向のパーティだろ? 最早抵抗は無意味。潔く散ってこその漢だ!」
「参加者は皆人間とエルフ? なら、力仕事は俺が。何故メイド服必須かは分からんが」
 そんな彼を、長身のロックフェラーとジャイアントの雷が慰める。
 春色の優しい光景の中、それはあった。
 どう見ても『男』な者達が華やかなドレスやメイド服を着て佇んでいる。
 きっと通りすがりの者はこう思うだろう。
『春の陽気に当たって寝ぼけたかな』と。


「隊長さんを信用させる為に、分隊の人達にもドレスを着て貰うですよ〜」
 エーディットが参加者全員の為の衣装を並べた。
「着るかどうかは本人の意向次第ですけど、隊長さんにその気になってもらう為に、前向きに考えて欲しいです〜♪」
 一見おっとり。笑顔は実に愛らしい。だがその口から紡がれる言葉は、今までにどれだけの男を恐怖の渦に叩き込んできたのだろう。
「‥‥それは脅しか」
 と、エルフの分隊員が呟いたが、エーディットは頭から足の先までざっと見た後に、
「これがお似合いだと思います〜♪」
 黒を基調としたドレスを持ってきて差し出した。
「こちらの服は丈を詰めるさね」
「はい、お願いします〜」
 一目見て似合う衣装を見繕うのは得意でも、実際にその人に合った寸法の物を作るだけの技術は無い。家事が出来る者がそれを手伝い、世の男達を陥れる為の衣装が着々と出来上がって行く。
「ライラさんのドレスは‥‥白はもう少し先ですね」
 ほにゃっとした笑顔でシェアトがライラのドレスを見ていた。隣にエーディットが呼んだジュールが控えていて、彼女が言うままにシェアト用の『フリル満載可愛い蒼のドレス』を用意している。
 一方、巨体にメイド服と致命的な2人が会場のテーブルなどを設置している間に、レティシアは魅酒『ロマンス』をこっそり用意していた。
「‥‥何か企んでるだろ」
 しかし無理矢理花嫁衣裳を着せられているファイゼルが、そっと忍び寄ってそれを奪い取る。
「別に。幻影で再現できる程に、この先何年もお酒の席でネタにするだけよ?」
「そんな悪夢作り出すなぁっ!」
「仕方ないわね」
 大げさに溜息をついて、レティシアは別に用意してあった物を取り出した。
「はい」
「‥‥何だ?」
「分隊長、誕生日でしょ? 贈り物と思って」
 言われて受け取り広げると、レースふりふりの純白エプロンがそこにあった。
「これを俺が贈れ、って?」
「違うわよ」
 レティシアはにっこり微笑む。
「れっつ新妻」
「は?」
「それを貴方が着けて分隊長に言うの。『お嫁さんにして下さいっ』って」
「それ絶対殺されるから!」


 シェアトが新しい1年の祝福と綻ぶ花のような幸福の歓びを歌う中、皆はパーティの準備をして、冒険に行った冒険者達の留守を旧聖堂で務めているペット達と話し込んだり(?)、餌をあげたりしつつ、花を愛でて分隊員の来訪を待った。
 初日はお披露目のみで、本番は2日目からである。
「‥‥折角お美しいのに勿体無いですわ? イヴェット『さま』?」
 緑分隊長直伝の黒い派手な衣装を身に纏ったロックハートが、少女のような声音を使って分隊長の所にやって来た。黒漆の櫛を贈ると、彼女は優しく微笑む。
「有難う。貴女も洗練された美しさを持っていますよ」
「‥‥フン‥‥騙されたな。俺はロックハート・トキワ。男だ」
 にやりと笑って勝ち誇った顔を見せるロックハートに、イヴェットは軽く首を傾げた。
「そうでしたか。子供の性別は衣装を変えると判別できませんね」
「‥‥子供じゃない」
 子供好きなイヴェットに子供認定されてしまったロックハートだった。
「イヴェット様。噂通り素敵な方ですね、ファンです♪」
 そこへ、つけ毛に頭に犬耳をつけてメイド服なエルディンが、にこやかにやって来て握手を求めた。
「‥‥有難う」
 微妙な表情で微笑むイヴェットに、エルディンは密かに心涙する。
(「私の正体を知ったら、こんな笑顔は向けてくれないでしょう‥‥。本当にお美しい。貴女の支えとなり、夫となれる人が羨ましい」)
 女装が恥ずかしくて妹のフリをし、エルザと名乗ってやって来たエルディンは、他の分隊員の生暖かな視線に耐えつつなりきっていた。本名で呼ばれそうになる度に相手を高速詠唱コアギュレイトで縛りつけ、
「え、やだ空耳ですわ」
 などと言ってのける彼は、イヴェットに誕生日プレゼントを渡して笑顔で手を強く握った。
「これからも応援してます♪」
 そんな彼らの後方で、ユリゼが魔法で水を躍らせている。飛沫が春の柔らかな光を浴びて煌くのは、彼女からの誕生日プレゼントでもありライラへの祝福でもある。
「どうぞ、イヴェット様」
 薄紅色の花を一輪差し出し、ユリゼは恭しくお辞儀をした。
「宜しければ、食事の席までエスコートさせて頂ければと」
 男装のユリゼに言われてイヴェットは苦笑したが、その手を取って立ち上がる。
「‥‥そこの清楚なお嬢さんも如何ですか?」
 ロックハートにも裏表の無さそうな笑みを向けると、彼は腕を組んでにやりと笑った。
「‥‥清楚とは言い難いが、言う相手が違うんじゃないのか?」
「‥‥何の事?」
「‥‥こっちより、さっさとハニワとの逢瀬を楽しんで来い」
「‥‥! ロックハートさん。イヴェット様の前でっ‥‥」
「早くバレたほうが‥‥身の為だぞ?」
 急にぼそぼそ話し始めた2人に首を傾げたイヴェットは、その隙にエルディンに伴われて食事の席に連れて行かれてしまったのだった。


 特に気になるお相手が居ない者達は、ライラが用意した菓子を味わいつつワインなどを片手に恋愛相談会などを開いていた。
「依頼で出会いが無い訳ではないのですぞ」
 ケイは皆を見回しながら、過去に想いを馳せる。
「『お兄ちゃん』と慕う人の結婚式に向かう8歳‥‥。姉と慕う冒険者への想いの為、成仏出来ない12歳‥‥。大釜を操るバード志望の14歳‥‥。鷹が相棒のクールな道化師19歳‥‥」
「年下すぎる彼女もステキですよ〜」
 ゾウガメにもたれかかってのんびり日向ぼっこしているエーディットは、皆の話をにこにこ聞いていた。
「‥‥でも、私が恋に落ちるには皆若すぎましたな‥‥」
「それは残念です〜」
「‥‥これは友人の話なんだけど」
 恋愛経験実は皆無のレティシアは、少し悩んだ末にこう切り出す。
「友人に恋人が出来て微妙に付き合いが悪くなったり、彼女の前では仲間内に見せない笑顔を見せたりで、これを寂しく感じるのは‥‥変わらずに在りたいと思うのは、友人として悪い態度だと思う‥‥?」
「願うのは構わないと思うぞ。大切に思うのは良い事さね。ただ‥‥思う余りに相手を傷つけたりするのは良くないな」
 皆に新しい菓子を振舞いながら、ライラが彼女にそう告げた。
「レティシア殿。日持ちがするお菓子を持って来たんだが」
 ブレットとウーブリを渡すと、レティシアはそれを受け取って微笑んだ。
「そうね‥‥」
「人は変わりますからな」
 それを父的目線で温かく見守りながら、ケイはガレットを口に入れる。
「変わっても別れても絆はある。その絆を信じ温かく見守る‥‥。そういった事も大事ではないですかな」
「うん、ありがとう」
 皆に礼を言ってから我に返り、レティシアは慌てて付け加えた。
「あ、友人から聞いた話なのよ?」

「騎士団の男連中も女装すればと思っていましたが‥‥」
 エーディットの口車と笑顔に乗せられた者達が次々と女装させられて行くのは、見ていて楽しいものではあった。どこから見ても女に見えるが頭の犬耳が何かを可笑しく見せているエルディンの女装は、とりあえずバレていない‥‥と本人は信じている。花畑の中で『恋が叶う花』を探しながら、彼はふと目を上げてギスランを見つめた。存外に似合っている女装に、エルディンは笑顔を向ける。
「ステキな殿方なので見つめてしまいましたわ♪」
 目が合ったのでそう返し、ウインクを飛ばす。
「うぅっ‥‥」
 自分でやっておいて気持ち悪さに吐き気を覚え花畑に倒れ伏したエルディンから目を逸らし、ギスランはにこにこ皆を見守っているエーディットに近付いた。
「頭に蛆虫でも沸いているような光景だな」
「皆さん、輝いているのです〜。ギスランさんもよくお似合いですよ〜♪」
「お前は着替えないのか」
「私は恋が実るお手伝い係ですから〜」
「女がドレスを着てこそ価値があるというものだろう。お前も着替えろ」
「その気になったらそうします〜」
 穏やかに返されて、エルフ男は黙ってエーディット同様皆を見守った。


「何でもいいわ。話せる事、話して?」
 旧聖堂の扉を開き、流れ込んでくる涼しい空気に触れながらユリゼとフィルマンはその場に腰を下ろした。
「‥‥根掘り葉掘り聞くつもりもないし」
 薄っすら化粧をしているが胸元にローレルを飾って男装姿のユリゼは、フィルマンの少々正視し難いドレス姿を見ながらぽつりと口を開く。
「そう言えば君自身の事も、私は余り聞いたことがないね」
「私は、水や新緑の匂いを含んだこの風が好き。勿論花の香りの春風も好きだけど、森に吹く青い風が一番好き」
 濃すぎる化粧のまま、フィルマンは彼女の声を聞いていた。
「心を透明にしてくれるから‥‥」
「そう」
「フィルマンは何が好き?」
「私も森の匂いは好きだな。貴婦人方の化粧の匂い、戦場の空気、傍に仕える方の重圧を和らげる事。楽しい事は何でも。でも今一番好きなのは‥‥君の声、かな」
「ま、たっ‥‥そーいうっ‥‥事をっ‥‥」
思わず後ろを向いてしまったユリゼだったが、僅かな沈黙の後に呟く。
「‥‥ごめんなさいね。遊ぶには‥‥手応え無さ過ぎるでしょ。もっと良い子や貴方を好きな人は沢山居るでしょうに」
「いや。君が傍に居てくれる事に勝るものは無いよ」
「時間くれて‥‥ありがとう」
「こちらこそ」

「このドレス‥‥似合うだろうか」
 ライラが手持ちの中から工夫して身につけた深い湖の色を成したドレスと光を受けて輝くショールに、アルノーは穏やかに微笑んだ。
「イヴェット卿にダンスを教わった事だし、折角だからダンスのパートナーをお願いできないだろうか」
「喜んで」
 その手を取って、アルノーは開け放たれた旧聖堂の中にライラを連れて行った。
 自然の音と静謐な空気しかその場には無かったけれども、2人はゆっくり踊って窓から外を眺めた。光を浴びて輝く花畑の中で、ファイゼルやレティシアが花輪を作っている。
「折角だから‥‥一緒に庭園を見物したいがどうだろう」
「いいですね」
 エーディットが見立てた青い礼服のアルノーとライラは、その歳もあって初々しく爽やかなカップルに見えた。
「まだ僕は若輩者ですが‥‥。貴女の事、真剣に考えたいと思っています」
 手を取ってゆっくり花畑の中を歩きながら、アルノーは真面目に告げる。
「いつかブランシュとして恥じる事なき騎士となれた時。貴女を迎えに来ても構いませんか?」

「月に1度とは言わないが、年に数回。『女性』でも良いんじゃないか?」
 花嫁衣裳のファイゼルが、花冠をそっと女の頭に乗せた。女も花嫁衣裳。長い黒髪は結い上げられ綺麗に飾られている。それを崩さないよう髪にそっと触れ、髪留めで留めた。
「その格好は」
 甘い夢を見かけた所で、イヴェットが静かに呟く。
「こっ‥‥これはっ生贄‥‥じゃない、その、イヴェ‥‥分隊長がドレス姿だから皆もだなぁっ‥‥。俺だって女体‥‥いや、女装はどうかと思っているんだがっ‥‥あ、このエプロンはレティシアがっ‥‥」
 言いながら静かに見られているのでファイゼルはエプロンを脱いで渡した。
「‥‥これを誕生日プレゼントに‥‥と」
「彼女には有難うと後から言わなければな」
 女の微笑が自らに向けられたものではないのが、少し寂しい。
 騎士としてのイヴェットは好きだが、純白のドレスを着た彼女を惜しいと思うのは事実。だからこそ。
「‥‥もっと好きになってる」
 小さく呟くと、イヴェットは僅かに笑った。
「こんなに歳の離れた女を好きになっても、良い事など何一つないぞ?」
 それは、女が男に少し心を開いた瞬間かもしれなかった。


 花畑の片隅で、青年は女装姿のまま花を見つめていた。
「‥‥この間会った時は‥‥随分としおらしくなって居たよな‥‥」
 自分にしか聞こえない声で呟くと、頬に紅が差す。
「あれもあれで‥‥いや、あれが良いんだ‥‥。ギャップって素晴らしい」
 呟きながら、1人彼は身悶えた。
「な、何言ってるんだ俺は‥‥!」
「おやおや。恋真っ只中の季節ですかな?」
 そこへケイがやって来て爽やかに笑顔を見せる。
「なっ‥‥何の話だ」
「恋が実ると良いですなぁ」
「違う! そんな事じゃない」
 顔を真っ赤にしながらロックハートは後ろ手に何かを握り締めた。
「恋の叶う花は見つかりましたかな?」
「う‥‥うるさい!」
 すぱーんとハリセンでその背を叩いて、彼は林檎のような顔のままケイを睨みつける。
「誰かに話したら‥‥後ろから刺すからな‥‥!」
 
 そして、それぞれの思いを胸にパーティは終わった。
 花が散った後は実をつけるように、彼らの思いもやがては実るのだろうか。