我が家崩壊の危機!

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月23日〜11月27日

リプレイ公開日:2006年11月30日

●オープニング

 ぐつぐつぐつ‥‥。
 厨房で、40歳になろうかという男が1人、真剣な表情で鍋をかき混ぜていた。
「‥‥」
 しかし鍋の中で音を立てているものは、何やら得体の知れない色と化している。
「‥‥」
 その背後の台や調理スペースでは、ゴミなのか器なのか食材なのか分からないものが、今にも床に崩れ落ちそうな勢いで山盛りになっていた。
 ぐつぐつぐつ‥‥。
「うがぁあああああっ! やってられるかぁっ」
 突然、男は錯乱寸前の声を上げた。そのまま持っていた調理器具をぽいと捨て、火も消さずに部屋を飛び出す。
「えっ‥あれ、お父さん‥‥?」
 そのまま部屋に入って目一杯の荷物を袋に詰め込んでいると、物音に気付いた少年がやってきて、怪訝そうな顔でそれを見つめた。
「ジュール! 父さんはもう我慢ならん。逃げるからな!」
「えぇっ?」
「後は頼んだぞ、我が息子よ!」
 持てるだけの荷物を持ち上げて、よたよたとなりながら男は部屋を出て行く。
 後に残された息子は、きょとんとした顔でそれを見送っていたが。
「えぇぇっ?!」
 馬のいななきで我に返り、慌てて部屋を飛び出した。

「あの‥すみません。他に‥頼るところが思いつかなくて‥‥」
 2時間後。
 やや長めの黒髪を後ろで1つに束ねた少年が、恥ずかしそうに冒険者ギルドの受付前に立っていた。
「えぇと‥。マオン家のご子息でいらっしゃいましたね」
 受付の青年は、彼の一家を知っているらしい。頷いて、椅子を勧めた。
「はい。その‥先日、冒険者の皆さんに本当にお世話になったので‥」
「えぇ。お母様とご一緒にお見えになって、依頼をなさって行かれましたね。あの時は、お役に立てて幸いでございました。ですが、今日は‥‥お一人のようにお見受け致しますが?」
「母は‥その。旅行に‥‥」
「ははぁ、なるほど」
 受付員は、理解したように2度頷く。
「又、使用人を全員連れて、お出かけになられたのですね。それは、お父様もさぞ大変でございましょう」
「それが‥父も‥」
「お父様もご旅行に?」
「実家に帰る、って‥。出て行っちゃったんです‥」
 目の端に涙を溜めながら、少年は受付員を見上げてそう告げた。

 少年ジュールいわく。
 マオン家では、突発的に母親が使用人を全員連れて、ふらっと旅行に出かけてしまうことが時々あり、婿養子としてマオン家に入った父親が、後に残されていつも苦労しているらしい。
 しかも父親は、マオン家に入るまで一度も家事の経験が無く、おまけに全く才能が無い為、いつも家の中は泥棒集団に入られるよりも酷い有り様となるらしい。そんな時に母親が帰って来ようものなら、烈火の如く怒り狂った挙句、『庭木逆さ吊りの刑』に遭うこと間違いなし、だということだ。
 ジュールは家事は好きなほうなので父親の手伝いなどはするのだが、手伝いをしている時に母親が帰ってくると、更に過酷な刑が父親を襲うので、そろそろ帰ってきそうな時は手伝いをしないようにしていたのだが‥。
「つまり‥」
 『夫婦別居の危機ですね』とは受付員も言わず。
「お父様を、お母様が帰っていらっしゃる前に、お屋敷にお連れすれば宜しいのですね?」
「いえ、そうじゃないんです」
 ジュールは両手に拳を作って力を込め。
「母が帰ってくるまでに、家の掃除とか‥洗濯とか‥後、料理とかもしてくれる人を、お願いしたいんです」
「それはまぁ‥広いお屋敷ですから‥人は多いに越したことは無いと存じますが、冒険者がそのような仕事をするかどうかは‥。臨時の使用人などをお雇いになるのはいかがでしょう」
「そんな人達をどこで雇えばいいのか、分からないんです。それに冒険者の人なら、もしかしたら‥僕に、勇気を与えてくれたみたいに、父にも‥」
 真剣な表情の少年に、受付員はしばらく考えた様子だったが。すぐ安心させるように頷いて、羊皮紙とペンを取り出した。
「では、そのご依頼を確かに。こちらでお預かり致します」

●今回の参加者

 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea5227 ロミルフォウ・ルクアレイス(29歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea8078 羽鳥 助(24歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 ひたひたと足元まで忍び寄っている冬の足音を背に、ユリゼ・ファルアート(ea3502)は富裕層の人々が暮らす一画へとやって来ていた。依頼人の屋敷は中では比較的小さめだったが、まず門は開けっ放し。その先の庭の向こうに玄関もきちんと見えるが、そこの扉さえも半分開いて何かが出て来ていた。
「えーと‥‥すみませ〜ん」
 ノッカーさえも見当たらないので、中に向かって声をかけると。
「あ、ごめんなさい。依頼の方ですか?」
 庭のほうから袋を引きずりながら少年が現れた。そんな少年へとユリゼは頷き。
「はじめまして。ウィザードのユリゼよ。家事は別段得意じゃないけど、それでも何とかするのが冒険者だから安心してね」
「僕は‥ジュールと言います。よろしくお願いします。でも‥ちょっと今、玄関からは入れなくて‥‥」
 厨房のほうから出入りしている状態だと聞き、ジュールに案内されてそちらへ向かいながら、ふと思い出したようにユリゼは少年へと向き直る。
「この前、冒険者が来た時にエルフのバードのお姉さんがいたでしょ?」
『今回お手伝いする事が出来なくてごめんなさい。でも、皆がいれば絶対大丈夫ですから、元気を出して下さいね。次に会える日を楽しみにしていますから』
 ふわりと優しい笑みを向ける娘からの言葉を伝え、ユリゼはジュールの頭をぽんぽんと撫でた。彼は僅かに驚いたように目を見開いたが、すぐにそれは恥ずかしそうな笑みに変わる。
 そして2人は厨房から屋敷内へと入った。

「‥‥何と言いますか‥戦場、ですわね‥‥」
 それよりも1時間程前。ロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)が、荒れ放題の屋内を見回っていた。
「いいですわ。私もやりがいがあると言うものです!」
 持ち前の前向きな姿勢で、彼女は早速厨房から掃除を開始する。
 そこへライラ・マグニフィセント(eb9243)もやって来て、彼女の手伝いを始めた。
「兎にも角にも、ここを徹底的に何とかしないとだ。まともな食事を出せないのさね」
「えぇ。食事は大事ですわ。せめて昼食を用意するだけの場所を確保しないと」
 水周りを整えつつ、怪しげな臭いを放出している鍋に取り掛かろうとした時、外からの扉が開いてユリゼとジュールが入って来る。彼女達は挨拶を交わしつつ、本格的な掃除に着手した。
「うわ、すごいな〜‥‥」
 同じ頃。玄関を無理矢理越えてきた羽鳥助(ea8078)は、廊下を歩きつつきょろきょろしていた。既にジュールには、『こう言う時こそ息抜きと思っとけよ』と励まし済みである。
 4人の中で羽鳥とユリゼは家事など大した経験も無く、ライラは自宅での家事をそつなくこなすくらいである。だがロミルフォウは。
「あれ‥もう、片付いちゃったんですか‥‥?」
 昼食の用意をしっかりと整えている姿と厨房の変わりように、ジュールが目を丸くするくらい完璧迅速かつ丁寧に、それらをこなして行っていた。結果として、他の3人は彼女のサポートにつく状態となり、力のあるライラが重い物を運んだり動かしたりし、ユリゼが部屋掃除や食事の手伝い。羽鳥はと言うと。
「ジュール、ここの掃除の仕方教えてくれないかな? 教えてもらった通りにやるからさ」
 やはり同じように掃除と後片付けを行っているジュールに、くっついて回っていた。
「えーと、やり方‥は、無い、です。あるかもしれないけど、いつも適当で‥‥」
「あはは。じゃ、みんなで適当にやってすっきりしたらさ。一緒に遠乗りでも行くか?」
「もう、外はだいぶ寒い‥ですよ?」
「そっか。そうだよな。じゃあ‥‥」
「羽鳥さんはジャパンの人ですよね? パリの寒さは平気ですか?」
 ジャパン人が珍しいのか興味深々に尋ねてくるので、羽鳥は様々な話をジュールとしながら掃除の手を動かした。ジュールは温泉と日本の祭りに興味を示し、羽鳥はその素晴らしさを語りつつジュールが楽しそうにしているのを見て安堵する。
 そうして彼らは、依頼人の少年の心も安らぐよう気を配りながら仕事を続けた。

 厨房と食堂はあらかた片付き、皆が寝泊りする部屋もシーツを干したりし、廊下の物はとりあえず脇にどけて、1日目は終わろうとしていた。
「厨房にある物で、鍋を作りましたわ」
 すこぶる美味しそうな匂いと共に、皆の前に鍋が運ばれてきた。それを手早く器に盛りながら、ロミルフォウは最初にそれをジュールの前へと置く。
「お食事は、皆で食べた方が何倍も美味しいんですよ♪」
「そうさね。皆で1つの鍋を囲む。港町なんかでは、たくさんの船乗り達がそうやって連帯感を深めて行っているからね」
「冒険者達もよくやるわ。でも私達は今日、みんなで一緒に1つの目標に向かって頑張ったと思うの。だから、仲間」
「掃除、仲間‥‥ですか?」
「ダメ?」
「とんでもないです!」
 ジュールは慌てて首を振って、皆を見回した。
「僕、今まで‥‥その、友達とか‥あまりいなくて、それで‥嬉しいです、すごく」
「じゃ、今日から俺も友達な」
 その横でがつがつ食べていた羽鳥が顔を上げ、にかっと笑う。
「えっと‥いいんですか?」
「じゃ、私も〜」
「私も〜」
「あたしで良ければ」
 それが彼らの本心の言葉かは分からない。けれどもジュールは目の端に涙を溜めながら小さく頷いた。何度も何度も。

 その日の夜は、羽鳥の提案で少しだけ雑魚寝してみたり、或いは保存食の味を少しだけ実体験してもらったり、皆の連れてきたペットを囲んで和気合い合いしてみたりした。  
 ともかくジュールにとっては、久しぶりに楽しい夜だったに違いない。翌日からもペット達と遊びつつの片付けとなった。
 初日は最もひどい厨房の清掃に追われたが、2日目からは長い廊下と各部屋という、広いスペースを相手にしなければならなくなった。ユリゼが大きな桶にクリエイトウォーターで水を入れ、ロミルフォウの指示の元、廊下と各部屋で散乱している物を、燃える物、燃えない物、ゴミではなさそうな物に分類し、ジュールの意見も聞きつつ着々とそれらを分けて行く。そしてゴミを袋に入れてひとまず外に置いたら、いよいよ掃き掃除と拭き掃除。4人で片付くのかと思われた屋敷が、確実に綺麗になって行く。
「この木の実は食べれないから気をつけて。あ、このハーブはお魚と煮込むと美味しいのよ」
 掃除の合間にユリゼは近くの森へジュールを誘う。料理に使えそうな物が無いか散歩がてら2人で見に行き、課外授業を行った。
「細々とした事は苦手なんだがね。でも、たまには良かったと思ってるさね」
 釣り竿を垂らしつつ、ライラもジュールと話をする。彼女は釣りを教えたが、のんびり感がジュールは気に入ったらしい。楽しそうに笑いながら魚を釣り上げていた。
 そうして得た木の実や魚を食卓に並べ、皆で分かち合う。勿論食堂の長いテーブルの真ん中を、狭く使って。その食事の席でジュールは、体験した事の素晴らしさを皆に話した。本から得る知識だけではない、体験する事で得る知識も大切なのだと言う事を学んだと、皆に感謝の言葉を伝える。
「父さん、母さんが居なくてやりたい放題やれるんだから、今の内にいろいろやっとくといいぞ」
 羽鳥の言葉に、今までそんな自由を味わった経験がほとんど無いのだろう。ジュールはきょとんとしたが、そんな彼に羽鳥も手品などを教える。
 そうして時は過ぎて行った。
 
 最後の日。
 思うよりも早く屋敷内は片付き、掃除で汚れた物等をまとめて洗濯をする。水はかなり冷たいが、ロミルフォウはどこか楽しそうにそれをこなし、一通り済んだ所でふと視線を感じて振り返った。
「どちら様でいらっしゃいますか?」
 門から体半分出して様子を窺っている男へと何気なく穏やかに声をかけてから、はっと気付く。
「もしかして‥お父様‥‥」
「!!」
 一瞬飛びあがった男へ服の裾をつかんで走り寄ると、男は慌てて逃げ出そうとした。
「父さん?」
 だがその現場を通りかかったジュールが目撃し、男はその声に動きを止める。それを、集まってきた皆が取り囲んだ。
 とりあえず綺麗になった屋敷内へと連行された父親は椅子に座らされ、肩を落とす。
「息子さんは1人でも術を考えて私達を頼ってきてくれたのに、あなたは逃げるだけなんですか? 情けないにも程があるわ」
 ユリゼの言葉に益々縮こまる父親。
「でも、何で一人なのに使用人まで連れて行っちゃったんだろうな?」
 そんな父親が少し可哀相になったのか、思っていた疑問を羽鳥が口にすると、父親はがばっと顔を上げて彼に取りすがった。
「そ〜なんですよ! ど〜して俺も連れて行ってくれないんでしょ〜か!」
「自分の子供も連れて行かないのに、何で旦那を連れて行くかね」
 呆れたようにライラが追い討ちをかけると、父親はその場に崩れ落ちる。
「お父様は、それを奥様におっしゃいました? 一緒に行きたいと」
「いや‥言ってない。言えるものか!」
「言葉にしなければ伝わらないと思いますわ」
「それはそうだが! だが!」
「ジュール君は頑張ったのよ? 汚いままにしておいたら、あなたが怒られると思って」
「そうそう。息子が頑張って1人でギルドに頼みに来たって言うのに、あんたは1人じゃ何も出来ないのかね」
 再び顔を上げジュールのほうを見る父親へ、ライラもはっぱをかけ。父親は顔を引き締めて拳を作った。
「分かった。‥‥今日こそ、言おう」
 そんな父親を、息子は不安げに見てはいたのだが‥‥。

 西の空が染まる頃、馬車とその周りを囲む集団が帰ってきた。
 豪奢な格好の女性を見るなり転がるようにして飛んで行った父親だったが、何を言ったのか、あっさりと扇で殴られてしまっていた。
「すみません。お世話になりました」
 そんな彼らからは見えない建物の陰で、ジュールは冒険者達に深々と頭を下げる。
「もしも皆さんが母に見つかったら、その‥‥」
 言葉を濁す少年に、言いたいことを察しつつロミルフォウも裾を持ってお辞儀した。
「ジュール君もお疲れ様でした。又、困った時はこっそり呼んで下さいね」
「遊び相手なら幾らでもなるからさ」
「結構やりがいもあったし、楽しかったさね」
「この子も又、連れてくるわね」
 ユリゼの防寒着の中から顔だけ覗かせている猫と、ロミルフォウの連れて来た子猫と牧羊犬を惜しそうに撫でてから、ジュールは彼らに小遣いから捻出した報酬を手渡す。
 そのまま手を振りながら裏門から去って行く4人を、少年はいつまでも見送り続けた。

 こうして冒険者達の働きによって、マオン家は何とか『夫婦別居の危機』を逃れ、少年の心に新たな思いを抱かせる事となった。それは、少年が小さな箱の中から飛び出す事が出来るようになる、きっかけだったのかもしれない。
 或いは。