6月の花嫁〜迷いし心〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月12日〜06月17日

リプレイ公開日:2008年06月18日

●オープニング


 娘の名はマリー・オリオール。
 大商人の父を持ち、自らも金に苦労した事は無い。
 同じような金持ちの奥様、娘達だけが参加する『慈善会』の一員であり、年に何度か貧しい人々の為に様々な事を行っている。例えば親を失った子供達の為に、小さな催しを開いて喜ばせた事もあった。劇を見せて楽しませた事もあった。災難に遭ってあらゆる財産を失った人の為に、小さな結婚式を開く資金を提供した事も。
 それらの活動は、まだ若いマリーにとって楽しくまた、日々の活力ともなっていた。
 1年前までは。

 マリーは両親ではなく、近年は祖母と2人で暮らしていた。
 祖母の名はアンヌ。年老いてからは病気がちで、マリーは祖母の面倒を見る為にと祖父を失い1人暮らしを始める事にした祖母について家を出たのだった。
 そして、彼女は出会う。
 かつて祖母が初めての恋をした相手。一時は将来さえも誓った相手。だがそれが赦されなかった相手。
 幼い頃に祖母から聞いたその話は、マリーの胸を熱くさせた。そんな恋をしてみたいと思っていた。その人は時折連絡をくれて、冒険者としてあちこち今も巡っているようですよ、と祖母が優しく言うのが自分の事のように嬉しくて、ずっと会ってみたいと思っていたのだ。
 だが、数十年の年月が過ぎても、その人はまだ若かった。
 オリオール家の者は人間。だが祖母の初恋の相手、エルネストはエルフだったのだ。

 それから、毎年冬になると彼はパリにやって来て、時折彼女達と会う事になった。
 いつも2人は物静かで、穏やかな時を過ごす。今でもまだ好き合っているのだとすぐにマリーは知った。彼女は2人を応援して冒険者にも度々協力をお願いしたが、結局2人の穏やかな距離は変わらないままだった。アンヌに残された時間は短い事を知っていながら、2人は揃ってパリの町を出歩く事さえせず、それがマリーには歯痒かった。
「恋や愛というものは、詩人が歌う詩のように激しいものでは無いのですよ、マリー」
 指摘される度に、アンヌは穏やかな口調でそう告げる。
「傍に居る時間も、傍に居ない時間も、ただ相手を想って時を過ごす。その喜びこそが恋なのだと私は思います」
 それってまるで神職者みたいねとマリーは答えた。好きな人とはいつでもいつまでも傍に居て、一緒に出かけたりするのが一番の喜びだろうとマリーは言った。
 そう言う度に優しく微笑んだ祖母の顔が、今は切なく思い出される。
 アンヌは1年前、静かにこの世を去ってしまったから。


「マリー。お父上の許可は貰った」
 アンヌが亡くなって、マリーには恋人が出来た。『恋人』或いは『婚約者』。だが、そう呼ばれる事に未だに違和感がある。
「‥‥そう」
「浮かない顔だな」
 『恋人』の名はバージル。蝋燭職人だ。金を持っているとは言えない仕事だから、マリーの父親も結婚には反対だった。
「結婚したくないのか」
「‥‥したいわ」
 それを半年掛けて通って口説き落として、やっと結婚の許しを得たのだとバージルは告げる。淡々と。
「彼の事が忘れられないのか」
「諦めたけど、忘れられるものじゃない」
 アンヌが居なくなって、初めてマリーは気付いた事がある。いつの間にか、マリー自身も祖母の想い人エルネストに恋をしてしまっていた事に。
「‥‥私は、恋がしたいんだわ」
「まだそんな子供のような事を」
 心底呆れたという風に、バージルは言った。
「一生賭けて恋したいって思ってた。わくわくどきどきするような恋。楽しい時も泣きたい時も、波のように激しい恋」
「そんな絵空事は存在しない。物語の中だけだ」
 冷たい響きのする声が、窓の外を眺めるマリーの背中に突き刺さる。
「おばあ様もそう言ってた。‥‥でも、このまま結婚するのは嫌」
「お前はもう21歳だぞ。今更そんな幼稚な事を」
「バージルには分からない! 幼馴染って言うだけで私と結婚する事決めて。うちの財産目当てとか商売の跡継ぎ目当てというほうがまだ分かるわよ! そんな男ならたくさん知ってる。そんな男と駆け引きするほうがマシだったわ! 貴方みたいなつまらない男!」
 勢い良く椅子から立ち上がると、マリーはバージルの脇を抜けて部屋を出て行った。


 バージルには分からない事がある。
 バージルは幼い頃からマリーを知っていた。明るくて行動的な彼女が眩しく思えていた。だが時折無謀な事をするのが危なっかしく、何かとついて回って面倒を見てもいた。だが彼女がいつも友達に選ぶのは、彼女と似た活動的な者達ばかりで、彼女が自分を見る事はほとんど無かった。
 マリーを宜しくと、アンヌに生前告げられていた。必ず守るとそう彼女に誓った。その事は、マリーも知っている。
 マリーにはきちんと告白もした。好きだと告げた。折りしもマリーの両親が縁談の話を持ってきて、乗り気で無かった彼女はバージルの告白を受けた。
 そして今に至る。
 一番の壁だった彼女の両親は説得した。マリーがエルネストを好きだった事は聞いたが、結局フラれたようだった。だからもう、壁は無いはずだった。
 彼女の心以外には。

 マリーの心は、バージルにはいつも分からない。
 両親の結婚話もバージルの告白も、マリーは断る事が出来たはずなのだ。だが断らなかった。そして話が進むと彼女は文句を言い始める。
『恋がしたい』。
 したいからと言って出来るものでは無いのが恋愛だ。だが、マリーはエルネストに恋をしていたでは無いか。これ以上何をどうしたいのか。さっぱり分からない。
「‥‥今月の終わりに結婚の予定があるのだが」
 仕方なく、彼は冒険者ギルドを訪ねた。
「彼女は結婚したくないと言っている。何とか出来ないだろうか」

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb2321 ジェラルディン・ブラウン(27歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec2307 カメリア・リード(30歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文


「風がきらきら。陽がほわほわ」
 うっとりとした表情に目を輝かせて、カメリア・リード(ec2307)は両手を広げて大きく息を吸った。
「はぁ‥‥花嫁さんの季節ですねぇ」
 そんな穏やかな昼下がり。ミフティア・カレンズ(ea0214)はマリーの家を訪ねていた。
「マリーさんとは劇以来だよね。元気してた?」
 金の髪が光を浴びて鮮やかに輝くのをマリーは羨ましそうに見てから、彼女を家へ案内しようとする。
「あ、家じゃなくてね。ぱーっと甘いもの食べに行こう?」
 少し楽しげに言って、ミフティアはその場でくるりと回った。
「結婚するかもって噂を聞いたの。でもあんまり幸せじゃなさそう? だから、ね。甘い物食べたらちょっとは元気になるかも。私、ゼリーが食べたいな」
 あまり乗り気では無いマリーを連れ、ミフティアは店に入る。
 笑顔で注文して頬が落ちそうな顔でゼリーを食べつつ、彼女はマリーの様子を窺った。ほとんど交流は無かったが、以前はもっと明るかった気がする。だが今は、つまらなそうに飲み物を口に運んでいた。
「恋愛と結婚かぁ‥‥」
 ご馳走様でしたと食べ終わってから、ミフティアは呟く。ぎくりと顔を向けたマリーを真正面から見て、ミフティアは口を開いた。
「実は詳しい話、もう少し聞いたの。何で断らないの?」
「何でって‥‥」
「結婚するならバージルさんのどこが好きなの? 好きでいてくれるから好きなの?」
 ミフティアはマリーと会う前に、彼女の実家をギルドで聞いて訪ねていた。既に亡くなっているマリーの祖父の話を聞く為に。
 だが彼の息子は両親の恋愛話には興味が無く、ごく普通に結婚したと聞いていると答えた。彼は知っていたのだろうか。彼の妻となった若い娘が、心の内に他種族の男を想い続けていた事を。
 一瞬表情の抜けたマリーを見ながら、ミフティアは彼女が出す答えを待った。


「貴方は今、悩んでいるわね?」
 とある教会の一室で、ポーラ・モンテクッコリ(eb6508)はバージルに話しかけていた。とは言え、互いの顔は見えていない。間に木の板を置いて遮っているからだ。
 バージルの心の底に溜まっているものを吐き出せば、彼自身が自分の気持ちや相手の気持ちに気付くのではないか。そう考えた彼女は、教会の司祭に頼んで部屋を借りたのである。迷える者、苦しむ者を救うのは、白クレリックの役目なのだから。
「貴方の気持ち、思っている事をありのままに全て聞きましょう。こちらからは決して批判しないし、不平も不満もありのままに全て聞きたいわ」
「‥‥自らの悩みを人に打ち明けるのは勇気が要る話だな‥‥」
「今更でしょ?」
 他に人の居ない部屋で、ポーラは落ち着いた、だが明るく響く声を出した。湿った声を出せばそれは相手の心情に影響する。顔が見えない分、穏やかで優しく心に伝わるような、そんな声でなければならない。
「勿論、聞いた事は、一生秘密にしておくわ」
 どう言い出すものかと悩むような気配を感じ、ポーラは少し考えた。
「結婚の事‥‥彼女の事。いろいろ鬱憤も溜まっているのでしょう? 本当の所はどうなの?」
「彼女は『恋』をしたいと言うんだが。結婚が決まってから言い出した事だ。以前、好きになった男が居て、それは彼女の祖母の恋人だったという話だが‥‥」
「えぇ、知っているわ」
「その男の事が今も好きで結婚は乗り気で無い、と言うなら話は分かる。だが彼女はその男の事は諦めたと言った」
「彼女は簡単に諦めてしまったのかしら?」
「それも分からない。大体、彼女の言う事はいつも突拍子も無いんだ」
 息を吐いて、バージルは首を振ったようだった。
「その事について、不平不満は無いの?」
「自分に無い、天真爛漫さが好きだったからな。育ちの良い娘らしく無邪気で前向きで楽天家。夢見がちで夢を追いかけて‥‥『慈善会』もそうだ。あんな事は金と体力と掌握術が無ければ出来ない。誰かの為に無償で何かを行う。それが楽しいと言い切ったからな」
 不平不満は彼の口からは出てこなかった。いつも呆れる、と彼は言う。何を考えているか分からないとも告げる。だが、彼女に変わって欲しいとは思っていない。話の中からポーラはそう判断した。
「‥‥貴方の本当の気持ち。マリーさんへの気持ちは今はどうなの? 今ももし、彼女が他の人を好きなままでいたら。貴方はどうするの?」
「彼女が祖母の二の舞を犯すと思うか」
「それは‥‥貴方はどう思うの?」
「彼女はそんなに愚かでは無い。本当に好きな男が居るなら、今頃飛び出している。結婚の話が決まってから別の男を好きになったとは思えない」
「そう‥‥」
 そっと微笑んで、ポーラは木板の向こうのバージルに呼びかけるように声を出した。
「そこまではっきり彼女の事を言えるのに、彼女の事が『分からない』のかしら‥‥?」


 翌日、バージルの家をジェラルディン・ブラウン(eb2321)が訪ねた。
 銀の髪が風に揺らいで舞うのを見ながら、バージルは彼女に椅子を引く。
「彼女が『恋をしたい』と言った理由が分からないのよね?」
 腰掛けて出された古ワインに口だけ付け、バージルが持っていた蝋細工を軽く褒めてから彼女は話を切り出した。
「私にも分からないわ。もしかしたら彼女自身にも分かっていないのかもしれない」
「彼女自身にも?」
「えぇ。でも、ここで『分からない』と投げ出すのは他人がする事よ」
 器を置き、ジェラルディンは向かい側に座った男へ目を遣る。
「結婚をしようと言う男なら、彼女に詰め寄って問い質すなりプレゼント攻撃でご機嫌を取るなり、出来る事はいろいろあるでしょう?」
「そう言うのは余り好みじゃないな」
「好き嫌いの問題じゃないの。彼女がどう考えていて貴方がどうするにしても、忘れてはいけない事があるわ」
「それは?」
「心の篭もった言葉は、必ず相手の心に届く。貴方はまだ、彼女に届けていない『自分の言葉』があるのではないかしら?」
 言われて考える男を見ながら、ジェラルディンは古ワインを再び口に運ぶ。酸い香りが鼻腔を刺激しその味が口内に広がる。よくある古ワインの味だ。
「俺は‥‥自分の言葉しか伝えていないつもりだが」
「本当に心を籠めたの? 心を籠めるというのは、自分の都合だけを自分の言葉で伝える事ではないわ。相手を想って、祈るように捧げる言葉。貴方はもっとがむしゃらになってもいいんじゃないかしら。彼女がどう行動しようと冷静であろうとしているだけじゃないかしら」
「‥‥そうだろうか」
「彼女の望みも想いも私には分からないわ。でも、彼女が本当に望んでいる事って、『物語のような恋をしたい』。その言葉の通りだと‥‥そう思う?」


「別に‥‥そういうわけじゃないわ」
 しばらくの後に、マリーは呟いた。不満そうな響きに、ミフティアは首を振る。
「あのね。お祖母さんの道筋の真似は出来ないんだよ」
「真似なんてしてない」
「もし、見捨てないでくれるバージルさんを捕まえておいて、他の人と恋をしたいって言うなら、ちょっとずるいと思う」
「そんな事言ってないわ!」
 頬を紅潮させてガタと立ち上がったマリーに、突然犬が飛びついた。
「‥‥あぁっ! アンバーさん、待っ‥‥」
 べしゃり。犬の後を追っていた娘が盛大に転倒して床に頭をぶつける。そのフードから鳥の雛が転がり落ちた。
「ひぃやぁ! セレス、だいじょ‥‥」
「お姉さんも大丈夫?」
 てけてけとミフティアが椅子から降りて駆け寄ってくるのを、カメリアはほっとした表情で見上げる。
「ありがとうございます。あ‥‥あの、そちらのお嬢さんも、ごめんなさい‥‥アンバーさんが」
「驚いたわ」
 マリーは軽く犬の頭を撫で、2人を見やった。
「お詫びにシトロンでも如何でしょうか? グレープオレやポワールも」
「は〜い。シトロンひとつ〜♪」
 椅子に座り、運ばれてきた飲み物を飲む。カメリアはう〜んと伸びをしてにっこり笑った。
「良い季節になりましたね。6月は花嫁さんの月ですねぇ‥‥私はご縁が無いのですけれども」
「こちらのお姉さん、もうすぐ結婚するんだよ」
「あらあら〜。素敵ですね、おめでとうございます」
 ほわほわと言った笑みでぺこりとお辞儀するカメリアを、マリーは苦笑して見つめる。
「ええと‥‥どうかしました?」
「少しね」
「愚痴でも何でも‥‥ありましたらお聞きしますよ? 他人に話す事で気持ちの整理の助けになれればと思います」
「見ず知らずの人に話す事でもないわ」
「‥‥そうですよね‥‥。出すぎた真似をして申し訳ありませ‥‥」
 ずーんと沈んだカメリアに、マリーは慌てて立ち上がった。その様子を、シトロンを飲みながらミフティアが見守る。
「大した話でもないのよ‥‥本当に」
「結婚は人生の一大事ですよ?!」
「大事件だよね〜」
「そ、そんな大袈裟なものじゃないの。質素にやるし、それに大恋愛の末とかでもない、地味なものだから」
「大恋愛」
 深く溜息をつき、マリーは2人を見つめた。
「ミフティアさん、さっきは怒鳴ったりしてごめんなさいね。バージルから聞いたんでしょ? 私が『恋がしたい』って話」
 ギルドに依頼が出ていた事を知らないマリーの言葉に、ミフティアはこっくり頷く。
「私もきつい言い方だったかも。でも、バージルさんの良かった探し、もっとして良いんじゃないかな? って」
「バージルは冷めてるの。私の事好きだって言うくせに、そんな素振り全然見せないのよ? 私はね、恋がしたいの」
 言って、慌てて彼女は付け加えた。
「バージルの事は、私も好きだとは思う。でもそれは恋愛じゃないの。だから、私はバージルと『恋がしたい』の」
 その言葉に、ミフティアの顔が輝く。
「ん〜‥‥。マリーさんは、それをお相手さんにきちんと言いました? 幼馴染も婚約者も『他人』ですから〜。きつい言葉には傷つくし、大切な事は勝手に伝わってくれないんじゃないでしょうか?」
「うん、そうだよね。折角長い時間を一緒に居る始まりの日なのに、笑顔じゃないのは悲しいもん。笑顔にしよ。ね?」
 マリーは頷き、2人は彼女と一緒に店を出た。


 ポーラに付き添われてやってきたバージルと、マリーは広場で出会った。
 ミフティアとカメリアにそっと押し出されて、マリーは下を向きながらバージルの前に立つ。
「‥‥昔から、君の事が好きだった」
 いつも通りの真面目な顔で、バージルはそう先に告げた。
「君を生涯守ると、君の祖母とご両親に伝えた。でも、君にはまだ告げていなかった。君を生涯守る。生きている限り、永遠に」
「‥‥私は恋がしたいわ」
 顔を上げ、マリーは婚約者を見つめる。
「貴方と恋がしたい。あちこち出かけて、一緒にご飯を食べて、楽しく時を過ごしたいの。そんな風な‥‥普段言ってくれないような甘い言葉を、もっと聞かせて欲しいの」
「‥‥甘‥‥」
 男は絶句し、女の潤んだ瞳から目が離せなくなった。
「‥‥君は‥‥結論を言う前に、まず説明するべきだ‥‥」
「これからはそうするわ」
「おめでとう、お2人さん」
 離れた所で見守っていたポーラが、見計らって声を掛けた。ロザリオを手にとって微笑み、2人へと近付く。
「誤解は解けたようね。喜ばしい事だわ」
「貴女には世話になった」
「祝福されるべきカップルの仲を取り持つのはクレリックの本分だもの。お式には呼んで頂戴ね」
「勿論」
「私も宴で舞わせて貰える?」
 たたたとミフティアが走ってきて、満面の笑みでひらりと舞った。
「花弁を袖に隠して、フラワーシャワーと一緒にふわって高く舞うからね」
「綺麗でしょうね。楽しみだわ」
 広場の片隅で和やかに笑う人々を、少し離れた木の陰からカメリアがじっと見つめている。
「うぅ‥‥良かったですぅ‥‥」
 半分顔を出してうるうる目を潤ませながら、彼女はそっと目を閉じた。
「優しい時間が‥‥幸せが、ふたりのものになりますように」

「‥‥人の成長は早いわね」
 賑やかな広場の片隅が見える位置に、2人のエルフが立っていた。
「雛があっという間に若鳥になるようだわ」
 ジェラルディンが呟いて、隣に立つエルフの男を見上げる。
「そう思わない?」
「そうだな」
 静かに男は頷いた。
「離れて見守ると言っていたけれど、ずっとパリに居たの?」
「時々は。基本的には前に居た村に居る」
「そう」
 しばしの沈黙。エルフの時は長いから、そのような時間でさえも一瞬のように思えるのかもしれない。
「人の成長は早い。でも、だからと言ってエルフが何も変わらないわけではないでしょう?」
「森を出たエルフの『時』は、人間に近付くのかもしれないな。変化を恐れなくなった」
 そして、男はジェラルディンを見下ろした。
「君は? 君は‥‥この短い時の間に何か変わったかい?」
 

 そして、6月の花嫁はひとつの恋を選んだ。
 恋と結婚を両立させていきたいと、花嫁は望んだ。
 その相手は、到底そのような生活とは無縁と思われる花婿だったけれども。
 互いに歩み寄り時には妥協し、互いを認め合って許しあう事が出来れば。
 彼らの生活はきっと上手く行くだろう。
 存外長いようで短い、人生を共に歩む相手として。