魔法探偵クレーメンス〜花嫁誘拐事件〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月24日〜06月29日

リプレイ公開日:2008年07月02日

●オープニング


 その村は、パリから1日歩いた所にあった。
 鄙びた村だったが長閑で、人々はのんびり暮らしている。
 そんな村の片隅に、一軒の家があった。看板も目印もないこの村で、唯一看板が吊り下げられている家。建物自体が新しく、村の中でも浮いた存在に見えるその場所は、村人達にとっても気持ちの良い物ではなかった。村の小さな教会に住まう神官があまり良い顔をしないものだから尚更だ。
 だがそれも、少し前までの話。相変わらず『変』な場所である事に変わりは無かったし、そこに提げられている看板の『じっくり見ても何か分からない謎の絵』が可笑しくもあり不気味でもあったが、穏やかな昼下がりに村人達が裏手に集まって古ワインを飲むほどには、その家の住人達と親しくなっていたのだ。家の住人‥‥特に家主が話す言葉はどれも謎めいているが、少なくとも神官よりも物事を広く知っているようだった。自然と村人達は些細な事でも彼らを頼るようになって来たのである。
「それに、あの香草茶も美味しいしな」
「焼き菓子も美味しかったわ」
 結局、他に娯楽もないこの村で、彼らの話す言葉と持て成しは大きな娯楽となっていたのだ。
「パリの結婚式は、運が良ければブランシュ騎士団に同席してもらえるそうよ」
「羨ましいわぁ。あたしの結婚式にも出ていただけないかしら」
「教会によっては、そこで飼われている動物達も祝福してくれるそうよ」
「まさか、そんな静粛な場で?」
「芸もしてくれるとか」
 そんな風にあるのか無いのか分からない話がこの村では飛び交っている。嘘か真か。そんな事は大して重要な事では無い。楽しめるかどうかが鍵なのだ。

 そして、今日も近所の人々が見守る中、木の扉が開いた。中から10代半ばくらいの少女が出てきて看板に手を掛け、くるりと引っくり返す。
『魔法探偵クレーメンス 営業中』


「先生。4軒隣のお嬢さんの結婚式に出すお祝いですけれど」
 村人に貰った籠入り野菜を両手で抱え、少女は奥の部屋に居る男に声を掛けた。
「うん、もうすぐだっけ。どうしようか。本がいいかな?」
「お嬢さんのお祝いに何故本なんですか!」
 そう言う男の周りは物で溢れている。羊皮紙、スクロール、和紙、木片、ペン、インクは勿論の事、一見ゴミにしか見えないような物も放置されているかのように置いてあるのだ。ゴミかと思って移動すれば、『ここにあったあれは?』などと訊かれるので油断ならない。雑多なゴミ溜めに見えるこの部屋は、家主曰く『整理整頓されて』置かれている。
「本は貴重品。一生物の嫁入り道具になると思うけどなぁ」
「煮ても焼いても使えないような物は喜ばれませんよ」
「煮なくても焼かなくても売れば金になるだろう?」
「‥‥それはまぁそうですけど。でも先生は、大事な本が売られたら悲しくないですか?」
「人にあげた物をどうしようと、その人の勝手だよ」
 あっさり言って、男は立ち上がった。
 男の名はクレーメンス。少女の名はエステル。2人は師弟関係にあり、同じ家で暮らしている。専ら家ではだらだらする(エステル談)のが日課のクレーメンスに対して、エステルは家事一切をこなして走り回っているのだが、村人達は『あの2人も結婚するのかねぇ』などと噂していた。本人が耳にすれば大慌てで否定するだろうが、エステルとしては『結婚』という言葉に憧れが無いわけではない。
「結婚かぁ‥‥。パリのお式は派手なんでしょうね〜」
 野菜を切りながら呟く。
「人それぞれじゃないかな」
「何故この距離で聞こえてるんですか!」
「ハーフエルフだから。それよりも、パリに居る親戚から連絡があったよ。近々結婚するらしい。式に参加して欲しいとあったが、それとは別に依頼があってね」
 その言葉に、エステルは手を止める。
「どうやら脅迫されているらしい」
「夫側、妻側、どちらがですか?」
「『式を中止せよ。さもなくば、花嫁を誘拐する』というような内容の文が、6月に入ってから頻繁に届けられるらしい。シフール便もあったし、家の前に置いてある事もあった。夫側、妻側どちらの家にもね」
「‥‥恨みを買っていると言う事でしょうか‥‥」
 部屋に入って、エステルはクレーメンスに近付いた。
「まぁ誰かの恨みを買ってはいるんだろう。それが至極真っ当なものなのか不条理なものなのかは分からないが」
「それで、先生はお式に出席なさるんですよね? それまでに解決しないと」
「尻尾を掴むなら、式当日が一番早いだろうね」
 1人頷き、彼は箱から服を取り出す。
「ただ、僕とエステルだけでは人手が足りないだろう。ギルドに依頼を出してきてくれないか。僕は別に動くから、君は冒険者と動きなさい」
「はい、分かりました。この前は『魔法探偵』の人数が足りなくてご一緒出来ませんでしたけれど、今回は冒険者の皆さんと一緒にお仕事できると嬉しいですよね」
「そうだね。‥‥あぁ、そうだ。『スクロール工房』のニシ君が、事件解決にお役立て下さいと言っていたよ。顔見知りのメンバーが来たなら伝えておいて貰えるかな。僕の名を出して自分の名を名乗れば、スクロールを貸して下さるそうだ」
「随分太っ腹なんですね」
「僕はこう見えても贅肉が腹に乗るような鍛え方はしてないつもりだけど」
「そういう意味じゃありません!」
 ともあれ、2人はパリへと発った。
 クレーメンスは先に現地に向かうが、エステルは1人冒険者ギルドの扉を開く。
 一生に一度の結婚式。それが祝福の内に終わる事を祈りながら。

●登場人物
花嫁 20歳 女 人間 身長160cm程度 体重標準 十人並みの器量
花婿 22歳 男 人間 身長170cm程度 体重標準 それなりにモテた
花嫁花婿共に両親健在。家族は全員パリ在住。
式参列者は親族、近所の人、友人で30人程。
参列者は依頼期間初日からパリに居る。内、20人はパリ在住。
式は、依頼期間の3日目午前に行う。

エステル 14歳 女 人間 地ウィザード初級8(魔法:アースダイブ、グリーンワード)

●今回の参加者

 ea3692 ジラルティーデ・ガブリエ(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5588 カミーユ・ウルフィラス(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec0234 ディアーナ・ユーリウス(29歳・♀・ビショップ・人間・神聖ローマ帝国)
 ec4179 ルースアン・テイルストン(25歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

レムリィ・リセルナート(ea6870

●リプレイ本文


「魔法探偵、か‥‥久しぶりだね。ま、今回もよろしくねー」
 カミーユ・ウルフィラス(eb5588)が手をひらひら振って挨拶した。
「探偵できるだけで幸せ気分浪漫飛行(?)のジャンです♪ どうなるか胸がわくわくします!」
 同じく『魔法探偵』の名を持つジャン・シュヴァリエ(eb8302)が勢い良くお辞儀。
「結婚式は、聖なる母の恵みを賜る神聖なる儀式。脅迫や誘拐など決して許される事ではないわ。犯人は必ず捕まえるわよ」
 ディアーナ・ユーリウス(ec0234)が艶っぽく言ってルースアン・テイルストン(ec4179)が頷いた。
「皆、早速親睦を深めないか? これ以上無いほど濃密に」
 どこからか酒を持って来たジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)が皆を見回し、この上なく輝かしい笑顔を見せた。
「んー‥‥解決事前祝い? せっかちな男だねぇ」
「お仕事中のお酒はどうかと思うわ」
「私、お酒は強くないですから‥‥」
「じ、じゃあ何かジュースでも」
「お兄さんっ」
 突然ジャンが、がばっとジラルティーデにしがみつく。
「結婚式の前祝いですよね?! 素敵です! お兄さんと呼んで良いですか?!」
 何がどうなのか分からないが、ジャンの心をがしっと掴んだらしい。
 オーラセンサーを発動しやすくする為のジラルティーデの策(?)は、結局ジャンにしか効果が無かった。


 さて。皆の犯人予想はこうである。
 カミーユの場合。
「花婿、花嫁に片思いの女性、男性又は元恋人が1。他に好きな人が出来て、結婚をやめたくなった花婿、花嫁の自演が2。結婚に実は反対している花婿、花嫁の親が3ってとこかな」
 ジャンの場合。
「1、花嫁本人。2、片思いの親族。3、元恋人かなって思いますね〜」
 ルースアンの場合。
「私も自演の線はあると思います。花嫁さんが花婿さんに、どれだけ愛されているか知りたい。或いは、お2人のどちらかに憧れている親戚のお子さんの悪戯‥‥でしたら、可愛らしいですわね」
 ディアーナの場合。
「別れた恋人や振った人物という線は濃厚ね。ありきたりすぎるかしら?」
 ジラルティーデの場合。
「よし。交渉は皆に任せた。俺は花嫁の警護を行おう」
「予想は?」
「皆で必ず解決できるという予想だ」
 少しずれていた。
 ともあれ、皆は行動を開始する。

 まずは当事者達から話を聞かねば前に進まない。
「エステルさん。先生のご親戚は花嫁さん側じゃないですか?」
「その通りです。よく分かりましたね」
 ジャンの問いにエステルは頷いた。だが彼女が知っているのはそこまで。ルースアンがクレーメンスに会って依頼人達を紹介してもらうべきと言ったので、先にクレーメンスのもとを訪れる。
「調査の進み具合はいかがですか?」
 ルースアンの問いに、彼は順調だよとだけ答えた。
 あらかじめ言ってあるからという事で、皆はその足で新郎新婦の家を訪ねる。2人は近所に暮らしており、互いの行き来は容易い。皆はそれぞれの家に行って両親も含めて一人ずつ話を聞いた。
 別れた恋人は居ないか、誰かに告白されたか、後をつけられた事は無いか、何か恨みを買うような事はしていないか。これらの質問をまずカミーユがまったりとした口調で尋ねる。その後はディアーナの出番だ。聖職者である2人が話し相手ともなれば、幾分彼らの不安も和らぐ。じっくり腰を据えてディアーナはそれぞれの両親と話をした。相手側の本人含めた家族に不満などが無いか、柔和な表情を見せながらしっかり探りを入れていく。
 ルースアンが聞くのは、結婚に向けての気持ち。不安な事や相手方をどう思うのかなど表情仕草に注意しながら聞いて行く。ジャンは本人達よりむしろ花嫁の兄弟に重きを置いた。付き合いだしたきっかけや友人関係を彼らから聞き、花嫁が居なくなる寂しさに理解を示してみせる。
「‥‥家族って特別なんですよね。僕にも姉さんがいるから分かりますよ。いつもは離れてても、自分は1人じゃないんだってそう思えます」
 ジラルティーデは花嫁の警護を申し出た。本人と家族の希望により、脅迫されている事は列席者に伝わって欲しくないという事で、警護は堂々とは行えない。式当日までなるべく1人、或いは2人きりにならない事を本人たちに注意し、ついでに何気ない世間話から新郎新婦と仲良くなろうとしたが、何かと忙しい事もあってのんびり世間話というわけには行かないようだった。
 そして、彼らは初日の調査を終えた。


「本人たちに恨まれている自覚は無し‥‥最近告白してきた人物も無し‥‥昔に別れた恋人は有り‥‥後をつけられた事は有り‥‥か」
 皆で情報を出し合い、それをもとに話し合う。カミーユはテーブルをとんとんと幾分大仰に指で叩きながら頬杖をついた。
「新郎新婦の周辺も当たってみたんだけどね。後は参列者一覧。不仲だけど近所だから呼んだ‥‥という事は無いみたいだったけど、2人のあまり近しくない人も混ざってたようだね」
「元々ご近所と言う事もあって、両家の仲は悪くないようよ。夕食の料理を互いの家に持っていくくらいだもの。円満と言えるんじゃないかしら」
「お2人のお爺様など近しいご親戚の方もお伺いしたのですが、今回の結婚を非常に喜ばれているようでした。元々お2人はご友人同士で、幼少時から知っていると花嫁さんのお爺様が」
「花嫁さんの弟くんも、『お兄ちゃんとはたまに遊んでもらってるし、結婚しても遊びに行くんだ!』って言ってました。家族ぐるみの付き合いは間違いないみたいですけど、変なところとか無かったですか?」
 尚、花嫁警護のジラルティーデはこの場に居ない。今もきっと夜空の下、花嫁の家を外から守っている事であろう。
「昔別れた恋人というのは‥‥花婿側の話よね?」
 ディアーナは聖像があしらわれた指輪に触れながらカミーユに確認する。
「うん、そうだね。5年前だって。でも相手はもう結婚してるみたいだよ」
「ご本人同士も、お相手に特に不満は無いようでしたし‥‥」
「『リードシンキングを使えるから、ウソをついてもムダだよ?』って言ってみたんだけどねぇ‥‥」
「そんな事を言ったの?」
「一応軽くね。冗談っぽく。でも表情に変化は無かったし、笑ってたしね」
「参列者はどうだったんですか?」
「2人とそんなに言うほど仲が良い‥‥ってわけじゃない人に当たろうかな。後はシフール便と教会内や周辺も調べておかないとね。隠れる場所や逃走ルートも目星つけないと」
「あ、それジラルティーデお兄さんも言ってました。シフール便」
 式は翌日。それまでに調査できる所は終わらせておかなければならない。
「届けにきたシフールの容姿を聞いて、シフール便の元締めを当たりたいって」
「利用台帳に当たるつもりだったけど、だったらお願いしようかな‥‥。僕も体はひとつしか無いしねぇ」
「お兄さんは護衛で忙しいですから、僕が行ってきますね!」
「わたしはエステルさんと家の周辺に行ってみるわ。グリーンワードで何か聞けるかも」
「私はクレーメンスさんから調査状況を聞いてきます。それからもう一度、お2人の家に伺いますね。お邪魔している時に手紙が届くかもしれませんし、手紙の届くパターンがあるならそれも詳しくお聞きしておきたいですから」
 と言うわけで、二日目は皆それぞれの場所へとばらばらに向かった。

 脅迫状であった事を伝えても、シフール便の元締めはなかなか首を縦には振らなかった。それがただの悪ふざけに過ぎないこともあるからだが、貴族でもない一般人がシフール便を頻繁に使うこという事はあまり考えられない。
 手紙は現在までに花婿宛に3通、花嫁宛に5通来ている。差出人名はあるが誰もその名を知らなかった。渋々調べてくれた差出人もその名前で、届けて欲しいと持ってきたらしい。持って来たのは30代の人間の男で特徴の無い顔立ちだった。
 本人が持って来たとも限らないが差出住所を念のため訪ねてみても、そこは1年前から空き家でその前には老夫婦が住んでいたらしい。その名前は分かっても行った先までは分からないので断念せざるを得なかった。
 カミーユは、参列者の中で両家とあまり親しくない者について周囲の話を聞いてみる。どうやら新郎の元仕事仲間であるらしく、新郎以外に詳細を知る者は居なかった。新郎は『とても良い人だ』と言う。後をつけられていたのは花嫁で、何度か過去にあるらしい。だがよくよく話を聞くと、どうも毎回相手が違うらしく自信過剰がなせる思い込みのように思えた。
 エステルのグリーンワードの結果はバラバラだった。手紙を置いていったのは子供だったり女だったり男だったりで、共通点が無い。
「でも‥‥その男が怪しいわね」
 情報を纏めて、皆はシフール便を頼んだという男に注意する事にした。

「この筆跡に見覚えがあると思ってね」
 ルースアンはクレーメンスからそんな話を聞いた。手紙はどれも貴族から届いたかのように達筆だ。
「どれも同じ人物が書いている」
「お知り合いの方が‥‥?」
「いや、これは代書屋の字だよ。パリ広しと言えど代書屋はさほど多くない」
 そちらを当たってみると言い、彼は去って行った。
 

 式当日。
 馬を借りてきたジラルティーデがそれを厩に入れ、式場内をうろうろし始めた。何か仕掛けがないか探しているのだが、残念ながら彼には建物と壁の事しか分からない。
「これは良い材質の壁だ」
 ぺたぺた壁や床を触っている彼は式の間は外の警備担当だ。
 一方、ディアーナは聖歌隊の一員のフリをし、ルースアンとカミーユは列席者の中に紛れ込んだ。ジャンとエステルは子供のフリをして会場の外から中を覗きこむ。列席者の数が元々多くないので、あまり増えると不審に思われるからだ。
 やがて式が始まった。ディアーナが共に聖歌を歌う中、式は厳かに進んでいく。2人は誓いを交わし、花嫁のヴェールを花婿がそっと上げた。
「今は式の最中だ。参列者以外に中に入る事は禁じられている」
 見入っていたジャンとエステルは、ジラルティーデの声に振り返った。
「でもあの子達も見てるじゃないの」
「彼らは参列出来なかった子供だ。子供が中に居ると何かと煩いからな」
「お兄さんひどい〜」
「おじさんひどいわ」
 演技とは言えエステルが容赦なくおじさん扱いをする。
 2人の前に立つジラルティーデは、階段を上がった所に立っていた。一段下がった所に若い女が1人居て、式場を睨むように見ている。しばらく女との問答が続き、女は苛立ったようにジラルティーデに体をぶつけた。
「‥‥やはりそうか」
 身を引いて柄で女のナイフを止め、そのまま女の腕を掴み拘束すると、会場内からジャンとカミーユが出てくる。
「その人‥‥? 名前は‥‥? 手紙を出したのも君‥‥?」
 微笑しながらカミーユは続けた。
「ディストロイ‥‥って魔法知ってる‥‥? 手加減できないから、バラバラに砕け散るかもよ?」
「ひ‥‥人殺し!」
「どっちが」
 落ちていたナイフはジャンが拾い、切なそうに女を見上げる。
「どうしてこんな事を‥‥? ツラい事があったんですよね? お話聞かせてもらえますか?」
 会場内から歌が流れてきた。式が終わり、後は参列者が外に出て階段を降りる新郎新婦を祝うだけだ。参列者達はこんな騒ぎは知らないから、現場を見せるわけには行かない。ジラルティーデは離れた所に女を連れて行った。それにジャンが従い、カミーユはついて行った後、戻って中に居る仲間に知らせようとして。
 それは起こった。


 参列者達はぞろぞろと式場から出てきて階段に並んでいた。
 入れ違いに中に入ったカミーユは、そこに新しい夫婦2人と仲間しか居ない事に気付く。彼らに報告しようと足を踏み出した彼の目の前で、不意に新郎が動いた。実に鮮やかに花嫁を後ろから捕まえ、そのまま窓へと駆け寄る。
「あれ!」
 とっさに叫んだカミーユの声に背後を振り返ったルースアンは、新郎が駆け寄った窓の戸をサイコキネシスで閉ざした。だが彼はそのまま壁を蹴り、上から垂れているロープを握る。
「さっきまではロープなんて無かったと思いましたのに」
「新郎が新婦を攫うなんて可笑しいんじゃないかな!」
 声を掛けると、男は服の中からマスカレードを出して顔につけた。そうしてにやりと笑った男の口元が、花婿とは違う事に目の良い者は気付く。
「あの人達の下に行って貰ってもいい?」
 ロープの先は上の窓だ。サイコキネシスで閉ざしてもそれを蹴破って出るつもりなのだろう。ディアーナに言われて2人が彼らの真下に移動したその時、ディアーナの体が柔らかく光った。
「あ‥‥」
 後少しで窓に辿り着くという所で男の動きが不意に固まる。片手で抱えていた花嫁はコアギュレイトの影響を受けず、力を失った男の腕からするりと抜けた。そのままドレスの裾が広がり落ちてくる物体を、細身の2人は眺め‥‥。
「たあああああ!」
 突如、2人の間に何かが割って入った。いや、よく磨かれた床を滑って頭から突っ込んできた男の上に、花嫁がどすんと落ちる。次いで、固まったまま男が落ちてきた。
「‥‥死んだ‥‥かな」
 ジラルティーデをつんつん突きカミーユが振り返ると、ディアーナはくすりと笑う。
「ここは教会よ。瀕死になろうがすぐに治せるわ」
「私達では花嫁さんを支える事も出来なかったでしょうから、助かりましたね。‥‥申し訳ないですけど」
「ドレスを着た花嫁の重さも考えず格好つけて上から逃げようとした間抜けな男はここかな?」
 無言で倒れている3人を見下ろす者の中に、いつの間にかクレーメンスが混ざっていた。
「この男とはお知り合いですか?」
「何故か敵対心を燃やされていてね。今までにも何度か手紙を貰っているけど、挑戦状の無いパターンは初めてかな。詰めが甘いのは変わらないけど」
 クレーメンスの親族が結婚すると知り狙ったのだろう。皆は納得した。だが不可解な点は幾つもある。
 それについてはクレーメンスが説明した。男はシノビの術を身につけている事。最初は花婿の友人のフリでもして会場内に入り、花婿の控え室で摩り替わったであろう事。花婿は自分が室内で発見して助けた事。
 一方女については、後からやってきたジャンが告げる。元々花婿とほぼ面識が無く、一方的に遠くから見ていただけだった事。結婚すると聞いて落ち込んでいた所、男に唆されて脅しの手紙を家に置いたりした事。必ず花婿は連れて行くからナイフを持って教会の前で騒ぎを起こすよう言われた事。
「でも共犯が居るわよね」
 窓を見上げディアーナが呟く。
 そこからロープを垂らした人物。その人物が、居たはずなのだ。

 両家一同とクレーメンスに感謝され、クレーメンスからは無理矢理魔法探偵の名を贈られて、皆は家路についた。
 男と女は捕まり事件は解決したが、これは新たなる始まりなのかもしれない。