致命的な花嫁日誌

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月02日〜07月07日

リプレイ公開日:2008年07月11日

●オープニング

 その娘の名はキャロル。17歳になったばかりである。
 貴族の家に生まれ、天真爛漫に育ち、前向きに明るく健やかに成長して、『花のよう』な娘だと皆に褒め称えられた。3人の姉と4人の兄を持つ末っ子の娘は、誰からも愛される素直さと愛らしさを備えており、華美な大輪のような美しさでは無いけれども、そこに咲いているだけでふと目が吸い寄せられるような、鮮やかで優しい色をした花だと、誰もが彼女をそう評した。
 だが、彼女は貴族の娘である。
 会ったことも無い相手の所へ嫁入りする事が決まったのは、ほんの半年前の事であった。彼女は貴族の娘らしく、素直に父親の意向に従って結婚の準備を始める事になった。
 しかし、そこに罠は潜んでいた。
 娘の嫁入り相手というのは。

「私、致命的なんです」
 鈴を転がすような声で、娘は両手を組んで小首を傾げつつ受付員をじっと見つめた。
「な、何がでしょう」
 その黒い澄んだ双眸に吸い込まれそうになって、受付員は半歩後退する。
「本当は今日、結婚式の予定だったんです。でも父にお願いして、1ヶ月伸ばしてもらって」
「えぇ」
「その1ヶ月の間に、私、家事を覚えないといけないんです」
「なるほど」
 落ち着いた色合いだが上質なドレス。外出用に動きやすいようあつらえてあるが、涼しげな色の帽子と言い、小さな手を覆う白系の手袋と言い、どう見ても貴族にしか見えない。貴族の娘が家事を出来ないというのは、割と聞く話だ。彼女も習っていないから出来ないのだろう。
「冒険者さんは、何でも出来るとお聞きしました。私に、家事を教えていただきたくてお願いに来たんです」
「お嫁入り先も貴族の家柄では無いのですか?」
「はい。でもとても貧乏なんです。使用人もほとんど雇えないみたいです。父が昔とてもお世話になった貴族のおうちで、子供は1人だけ。今年30歳になったそうなんです。おうちを潰すわけには行かないからと父が」
「それは大変ですね」
「はい。でも貧乏生活って初めての体験なんです。楽しみです」
 娘は実に世の中を知らない笑顔を見せたが、敢えてそれを諭しても意味がない事だろうと受付員はそれ以上何も言わなかった。
「それで、家事を覚えないといけないんですけど、私‥‥致命的なんです」
「先ほどもおっしゃいましたね。それは?」
「私、昔から細かいお仕事が苦手なんです」

 本来、娘というのは物心ついた頃から母親に家事の一切を教わり始める。貧しい家では尚更で、糸紡ぎも裁縫も自分で出来なければ話にならない。家事の全てが出来てこそ、一人前の娘となるのである。
 しかし、このキャロルという娘は、貴族として育ったことを差し引いても家事に非常に向いていなかった。
 裁縫や刺繍をさせれば、ありえない形の物が出来上がる。むしろ、完成すればいいほうで、大抵細かく刻まれて終わってしまう。盆に載せて物を運ぶのも苦手だ。大抵途中で躓いて落として割ってしまったり、時には勢い良くそのまま転がって行ったりする。勿論掃除をさせれば、する前より酷くなる事請け合いだ。料理? それは聞かないほうが身の為です。
 結婚が決まって半年。彼女には何人もの教育係がついた。だが、誰もが匙を投げて逃げ出してしまった。
 そもそも彼女は社交界に出た事が無い。踊りも歌も楽器を奏でるのも苦手だし、自分が得意とする物が何も無いからだ。絵を描かせれば幼児が描いたような物が出来上がり、手紙を書かせれば『うちの7歳の娘のほうが字が綺麗』と言われる。とにかく不器用。限りなく不器用。この歳になっても、食事の席で時折スプーンを飛ばしてしまう事があるくらいなのである。

「‥‥それで‥‥たった5日で何とかせよ‥‥と‥‥?」
「7日後に、新しい先生がお見えになるんです。その時までに、基礎とか少しでも何かが身についていれば、今度こそ出来そうな気がするんです」
「‥‥気がするだけで、絶対無理だと思いますよ‥‥」
 小さく受付員は呟くが、娘には聞こえなかったようだ。
「旦那様になる方は、小さい頃にお母様を亡くされてますし大変だったと思うんです。それを少しでも楽にして差し上げたいと思うんですけど‥‥」
 尚更苦労するんじゃないだろうかと受付員は思ったが、今度は口に出さなかった。
「ですから、冒険者の方にお願いして下さい。私、がんばります」

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文


 キャロルの住まう屋敷は、立派な邸宅だった。
「冒険者さん達のお手を煩わす事になって申し訳ない」
「いえ、家事が不得意というのが他人事と思えなくて」
 主人に言われてクリス・ラインハルト(ea2004)は両手を振った。
「キャロルです。よろしくお願いします」
「ウェールズのライラだ。宜しくな。こちらがラテリカ殿とエーディット殿。ラテリカ殿はお若いが既に結婚していて」
「えへへ〜。ラテリカの旦那様はパリでも評判の仕立て屋さんなのです」
 えっへんと威張って見せたラテリカ・ラートベル(ea1641)と、
「話は聞いてきました〜。つまりキャロルさんはドジっ子属性なのですね〜」
 亀に乗りながら挨拶するエーディット・ブラウン(eb1460)を紹介したライラ・マグニフィセント(eb9243)は、ほんわりとした雰囲気の中、そっと手に持っていた棍棒を隠した。
「あれ? ライラさん、それ何ですか?」
 素早くそれを察知したクリスが指摘すると、ライラは苦笑のような何か企むような笑みを浮かべ。
「これはな。何かやばい物が飛んできたら叩き落す為のものさね」
「?」
 ともあれ立ち話も何ですからと皆は屋敷内へと招かれた。

●初日
「ばばばーん。これが! 『キャロルさんとついでにボク達も育成しちゃおう5日間講座』の計画表なのです」
 有難くも紅茶と品の良い菓子を戴き、キャロルの幼少時の事を両親に聞いてから皆はキャロルの自室へと移動した。そこでクリスが木板を取り出して皆に見せる。勿論この内容はあらかじめ皆で決めてきたものだ。
「家事が不得手なのは生まれつきって聞いたです。でも、キャロルさんは素敵な笑顔をお持ちで前向きなのです。要は慣れの問題だと思うです」
「やる気もあるようだから何とかなるさね」
「心配しなくても属性は日々変わる物なのです〜。早速、イヴェットさん風衣装にお着替えしてみましょう〜♪ 偉い人の服装になれば、自然と気が引き締まるかもですよ〜」
 エーディットがひらりんと男性用貴族服を取り出してきた。騎士風の衣装もある。
「一箇所アクセントがあると良いのですよ〜」
 男装では味気ないからと皆の頭にも飾り付けをして行き、メイドドレスを着ているラテリカにはカンザシを挿した。
「あ、カンザシならラテリカ持ってるです」
 月桂樹の葉を模った飾りのついたカンザシを付けると、エーディットとライラもそれに倣った。
「ボクだけ違うカンザシなのです‥‥」
「綺麗ですね。それは何処に行けば手に入るのですか?」
「ブラン商会さね。ジャパンに纏わる催事も行っているんだが、今度紹介しようか」
「はい、是非」
 キャロルも貰い物というカンザシを挿して、世にも奇妙な風体の5人の娘が出来上がった。だがパリでは割とよくある事である。
 その格好で皆は豪勢な夕食を戴き、満腹になったところで本日の『講座』を開始する事になった。
「今日はラテリカさんとボクとでお歌の授業なのです」
 ぱちぱちと手を叩くエーディットとライラは一緒に生徒役である。
「楽しい、嬉しいお気持ちで頑張れるよに、希望や夢を音に乗せてみましょうです。鳥さんみたいにお空を渡って、旦那様までお気持ちが届くよに」
「歌なら躓く心配も無いし道具も使わないのです」
「いきなり歌うのは恥ずかしいだろうから、先生が先に見本を見せたらどうだろうか」
「ラテリカさんとクリスさんは本場物ですから、お2人が一緒に歌うのは貴重なのです〜」
 言われてクリスとラテリカは顔を見合わせたが、すぐに歌を決めて一緒に歌い始めた。伸びやかに溌溂と、明るく楽しくなるような歌を。
「バードさん達の歌は本当に素敵です」
 一曲歌い終わってお辞儀した2人に、キャロルも惜しみない拍手を送る。
「キャロルさんはお母様から子守唄を歌って頂いた事はないですか?」
「あります」
「お婿さんが早くにお母様を亡くされてるなら、子守唄は2人の絆を深める歌になるです」
 子守唄なら習得するのは容易い。それも見込んでクリスはそう告げた。
「分かりました」
 頷いてキャロルは思い出すかのように歌い始める。
「‥‥」
「えと‥‥。お気持ちよくお歌いでしたら、それが一番思います」
「‥‥は。そうです。歌は、お料理のときの時間を計るのにも使えますよ。歌は心で歌うのです!」
 バード2人にフォローされたが、キャロルは首を傾げた。
 何か違うと呟く彼女に、毎日歌えばきっと違和感が無くなると伝え、キャロルも満足そうに頷いた。

●2日目
「裁縫の基礎は、まず針に糸を通す事と、直線裁ちさね」
「はい、先生」
 本日の講座は『裁縫』。服が縫えなければ一人前の女性ではないと言うが‥‥実は本日の講師ライラ以外は似たりよったりの腕前だったりする。冒険者に主婦業を期待してはいけないのかもしれない。
「ライラさんは裁縫お上手なんですよ〜♪ いろんなステキ服も作れるのです〜」
 エーディットはいつも以上に満面の笑みだ。
「ステキ服が作れるように頑張るですよ〜。ゾウガメも応援してますから〜」
 亀の手を持って上げて見せるエーディットに、キャロルは嬉しそうに頷く。
「まず、こう針を持って‥‥」
「はわっ」
 ラテリカが指に針を刺して変な声を出した。
「見てるは簡単ですのにねぇ‥‥」
「目が‥‥目が霞んできたです‥‥。もうボクはおばあちゃんかもしれないです‥‥」
「いや、そんな難しい事じゃないんだが」
 キャロル以外にも最初から躓いている人々を見て、ライラは苦笑する。
「通りました〜♪」
「エーディットさん早いのです」
「ラテリカも通してみせるです」
 と奮闘する事数十分。何とかキャロルもそれを達成し、皆は大いに盛り上がった。
「一歩一歩確実に出来てますね〜」
「次は裁断なのです。先生、ばしっとお願いするのですよ」
「あぁ、そうさね。まず、こう布を持って‥‥キャロル殿。縦横逆なんだが」
「あ、こうですか?」
「いや、それはひっくり返しただけだから‥‥」

 合間に休憩を挟みながら、皆は裁縫の時間を戦い抜いた。キャロルは真っ直ぐ切れなかったり実に縦横無尽に縫っていったりしていたが、ライラはそれに一言一言助言をする。
「キャロル殿は元々おっとりのんびりしていると思うのさね。でも家事は出来ないのに早く仕上げようとする。それがまずいけないのさね。一針きちんと縫えただけでも大進歩と考えて、ゆっくりやって行けばいい。時間が掛かっても確実に進めていけば、いつかは出来上がるんだからな」
「ものすごーく時間が掛かっても良いのですか?」
「ものすごーーーく時間が掛かっても、例え1年2年かかってもいいじゃないか。そうやって完成させる事が、何よりキャロル殿の宝物になると思うがね」

●3日目
「お給仕ですね〜」
 ひらひらエプロンを身につけて、エーディットは早速亀の上に盆を置いた。
「とりあえず給仕のコツは〜‥‥自分がやりやすいように運ぶ事です〜」
「ゾウガメさんの上、危ない思うです‥‥ドキドキするです」
 ラテリカが冷や冷や見守る中、エーディットはゾウガメの上の盆にゴブレットと木の器を載せる。
「格好に囚われる必要は無いですよ〜♪」
 そのままのそのそ動き始めたゾウガメの横について、エーディットも歩き始めた。しばらく進んでから自分で盆を持ち、テーブルの上に器を並べて行く。
「えと‥‥旦那様になる方の肖像画を立てると良い思います」
「借りてきましたよ〜」
 クリスがてってけやって来て、小さな肖像画をテーブルの上に乗せる。品の良さそうな顔立ちだ。
「‥‥ラテリカも‥‥」
 こっそり持ち歩き用肖像画を出しかけて、やはりやめようと思い直した所を目ざとくエーディットが見つける。
「はい。これも飾るですよ〜♪」
「はわ‥‥」
 ぴょいーんぴょいーん跳び上がるラテリカの手に当然それを返さず、エーディットは2人分の肖像画をテーブルにしっかり置いた。
「旦那様に給仕すると思って頑張るのです〜」
「うぅ‥‥お2人とも羨ましいのです‥‥」
 こっそりクリスが片隅で泣いてみせたが、頷くライラに慰められる。
「じゃあボクは卓に付いてお客さん役をするですね」
 まず最初は何も入れず、落としても壊れないような木の器で実践する。キャロルは盆を持って歩く段階でふらふらしていたが、テーブルの近くの何も無い所で躓いた。
「あ」
 そのままテーブルに激突しそうになった所を素早くライラが助ける。
 皿をテーブルに並べる際も手が激しく揺れていたが、何度か繰り返すうちにそれも落ち着いて行った。
「最初から上手く出来る人は居ないです〜。だから小さいことから少しずつ練習して、出来る事を重ねていけば良いですよ〜」
 繰り返し何度もやる事で、それは確かに身につくはずなのだ。自信がつけば、それは自分の物となる。
「薔薇や蝶な感じの素敵なお店や、まるごとレストランに行ってみるといいですよ〜。いろんな格好で給仕をしていて勉強になりますから〜♪」
 特に最後の店は防寒着を着て行っているのだと聞き、キャロルは目を丸くした。

 落ちても良いように生の野菜を入れての給仕は、更に困難を極めた。どうやら力も足りないようだと判断。毎日野菜を入れて運ぶ訓練をしたらどうかと告げる。そうして僅かながらにもキャロルは給仕の技術(?)も習得したのであった。

●4日目
「火を点けた事は?」
 厨房に立ち、ライラが振り返った。だがキャロルが首を振ったので、火打石の使い方から教える事になる。
 3日間、キャロルはかなり頑張っているようだったがやはり体力も足りないようだった。時折休憩を挟みバード2人が歌を歌って安らぎを与えつつの4日目である。
「まぁ‥‥火は点けれないなら他の人に頼んだほうがいいな」
 何度か挑戦しても上手く行かないのは仕方ないだろう。火を点けるのはかなり難しい。慣れればどうと言う事も無いが、キャロルにはその経験が無い。
「火の気の無いところで練習するのもいいと思うがね」
「これはお鍋言うですよ。このお野菜は玉葱言うです」
 ラテリカがひとつひとつ名前を言いながらキャロルに手渡し、クリスは羊皮紙を片手にライラが言う事を聞いていた。エーディットは亀と待機である。
「料理が失敗してもゾウガメが食べてくれるので大丈夫ですよ〜。でも食べ過ぎると太ってしまうので、合間を見て皆さんを乗せて辺りを散歩させないと〜」
 いろんな意味で丈夫な亀であった。
「まず、ナイフの持ち方だが」
「ふむふむ」
「手から抜けたりしないよう、こうしっかりとだな‥‥クリス殿」
「ふぇ‥‥はい?」
「前に座っているのは危ないぞ」
 言った瞬間、キャロルの手からナイフがすっぽり抜けてクリス目掛けて飛んで行った。
「‥‥うぅ‥‥危うく酒場の読み物のトップに載る所でした‥‥」
 逃げかけたクリスの椅子の背もたれに刺さって落ちたそれを見て、クリスは胸を撫で下ろす。
「と言う風に危ないから注意するようにな」
 力の弱い彼女の為に軽いナイフを用意し、握る力加減を何度も練習した。強すぎれば何も出来なくなってしまうし、軽すぎれば危険である。
「材料を切るのは適当でいいのさね。大きさなど最初は出鱈目でも」
「はらはら‥‥玉葱さんは涙が出ますです‥‥」
 隣で玉葱を切っていたラテリカが大粒の涙を零したが、本日の夕食の一品、野菜と肉の煮込み料理を作るべく、皆も手伝い始めた。
「味付けは‥‥そうだな。貧しい貴族の家では香辛料は無いかもしれないが、今の時期ならハーブも豊富にあるし材料を入れる手順と煮込み時間さえ間違わなければ、後はさほど問題ないさね」
 その後も時折切っている野菜を飛ばしたり、危うく鍋をひっくり返しそうになったりしたものの、何とか鍋料理が完成する。
 味見をしたライラは一瞬動きが止まったが、ちらと亀とにこにこしているエーディットを見て頷いた。
「‥‥多分‥‥食べれる、と思う」
「ゾウガメはいつでも待ってるですよ〜♪」
 一応食べられると言う事で試食を開始した皆だったが、お味は実に微妙であった。何を入れればこうなるんだというような破壊的な味ではなかったが、味は薄い上に微妙に甘ったるい。
「一体何を入れたら‥‥」
「蜂蜜があったので入れてみました」
「‥‥それは別の料理に入れるものさね‥‥」
 ともあれ残り半分を亀に提供し、皆は再び美味しい煮込み料理目指して頑張った。

 料理は凶器を持っている分、一層の注意が必要である。キャロルはその後も何度かナイフを飛ばしたが、一人で厨房に入る分には問題ないだろう。煮込み時間に合った長さの歌を教え、スプーンで味付けをするよう注意する。作り方をメモ書きし、その通りにまずは何度もやってみる事がいいだろうという事になった。

●最終日
「緊張しないで、肩の力を抜くのです」
 クリスに言われてキャロルは小さく息を吐いた。
 両親に今までの成果を見てもらうべく、夕食会を開くことになったのである。
「体が硬くなったら物を落としやすくなる。失敗してもいいと思ってやるようにな」
「私達もついてますから、大丈夫ですよ〜」
 皆の声援を受けて、キャロルはまず鍋から皿に料理を移した。多分それまでで一番良い出来と思われる煮込み料理が、時折零れながら器に入っていく。まずは1つずつ。一度にたくさん持って行こうとせず1つずつ確実に運ぶのだ。その後は、パンと飲み物。軽くても油断せずにこれも1つずつ。そうして全てを運び終え、キャロルも席に着いた。
「では戴こう」
 テーブルのセットもキャロルが1人で行っていた。多少おかしな点はあるが、誰も何も言わない。
「‥‥どう、ですか‥‥?」
 不安げにキャロルが聞くと、両親は一瞬顔を見合わせた。
「お前の準備、料理、給仕、恐らく片付けも、この屋敷に居る誰に勝つ事も出来ないだろう」
「はい」
「だがよくやったな。お前は諦めずに成し遂げた。それを誇りに思う」
 父親の言葉を受けてキャロルは思わず涙を零す。だがそのまま微笑んで頷いた。
「私‥‥諦めません。旦那様になる方にも喜んで欲しいですから」
 何より自分1人でも出来た事。それが彼女の大きな自信となるだろう。

 旦那様になる方はご苦労なさっているから、家事も得意かもしれないと帰り際ラテリカが告げた。
「でしたら、キャロルさんに覚えていて欲しいは‥‥どんな時も『ありがとうございます』『愛してます』の気持ちを伝える事思うです」
「そうですね〜。らぶらぶが一番ですよ〜♪」
「夫婦仲良くな。それが困難にも勝てる秘訣だと思う」
「苦しい時もあるかもですが」
 キャロルの手を取って、クリスはしっかり頷く。
「そんな時の為に歌があるです。キャロルさんが歌えない時はボクが歌うですから」
「はい」
 手を振りながら帰っていく冒険者達を見つめるキャロルの表情は、5日前とは確かに違って見えた。
 これからも多大な困難と遭うかもしれないが、彼女なら乗り越えるだろう。
 その心の強さがあれば、いつでも。