或る少年と動物達

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月08日〜07月13日

リプレイ公開日:2008年07月16日

●オープニング


 その少年は、物心ついた時から他の子供と違っていた。
 外を走り回る子供達を、いつも窓から見下ろす日々。何度外に出たいと願っただろう。だが、彼の希望が叶えられる事は無かった。
 年月が過ぎ、子供は少年へと成長した。だが、相変わらず少年は外を眺める事しか出来なかった。
「‥‥つまらん」
 その頃には、少年も自分が病を抱えている事を知っていたので、大人達にその事で我が儘を言う事は無くなっていた。だが、代わりに彼は。
「おい、お前」
「は、はい!」
 部屋の隅で控えていた使用人がびくっと肩を震わせる。
「俺が面白いと思うまで踊れ」
「ひ、ひえぇっ」
「ほら、踊れ」
 有無を言わせずベッドの上から命令して、少年はへっぴり腰で踊り始めた使用人を鋭い目で見つめた。
 だが、それも数分と持たなかった。彼は首を振って、窓際に立っていた男へ振り返りもせず声を掛ける。
「つまらん」
「承知致しました」
「お、お許し下さい!」
 体格の良い男が、踊っていた使用人を捕まえ扉を開けた。悲鳴を上げながら使用人は連れ去られ、再び室内を静寂が包み込む。
 その部屋には、まだ使用人が3人残っていた。少年の両親が彼を可哀想に思い、あらゆる我が儘に応える為に、たくさんの使用人を置くことにしたのだ。それは彼の我が儘を一層加速させたが、彼自身我が儘を言う事さえ内心空しく思っているのだった。
「‥‥つまらん」
 今年9歳になったばかりの少年は、その人生の中で最もその言葉を多く発している。
 全てが退屈で、何もかもが面白くなくて、何を与えられても満足出来なかった。貴族の息子である彼は十二分に贅沢な生活を送っているのだが、それでも彼の視線は窓の外へと向けられる。そこで毎日貧しくとも楽しそうに笑っている子供達の声に、引き寄せられる。
「‥‥何か‥‥面白い芸はないか」
 そうやって外を見つめながら、彼は呟いた。

「恐れながら、申し上げます」
 しばらくの沈黙の後、1人の若い使用人が声を上げた。
「何だ」
「芸と言えば詩人、踊り子、それらの楽団などですが、ミロ様はどれもお好きでは無いとおっしゃいました」
「あぁ、つまらん」
「では、動物はいかがでしょうか」
「‥‥動物?」
 彼は興味引かれたように目を見開く。
「はい。ミロ様は動物をご覧になった事はほとんど御座いませんよね? 鳥と旦那様がお飼いになっている愛犬ベルベ様くらいでしょうか」
「あぁ‥‥。他にも居るのか?」
「たくさん居りますとも」
 使用人は微笑み、大きく手を広げた。
「誰もが全ての動物を見た事は無いでしょう。この世には、無数の動物が居ります」
「見たことも無いのに、無数の動物が居るとどうして分かる」
「世界各地を回る商人達も旅人達も、それから冒険者からも私は話をよく聞く機会が御座います。その話はどれも限りない夢のようでは御座いますが、その中に出てくる動物に限りが御座いません。冒険者でさえも、まだ見ぬ動物を追い求めているとか」
「冒険者とは何だ」
 少年の素直な疑問に、使用人は簡潔かつ丁寧に教えた。
「そうか‥‥。そんな風に、世界を走り回れる奴らが居るのだな‥‥」
「そうです。冒険者をお呼びしてはいかがでしょう?」
 ぽんと手を打ち、使用人は朗らかに笑う。
「冒険者はごくありふれた動物から、稀に見る珍しい動物まで知っているとか。また、飼ってもいるという話です。是非話をお聞きになって、実物をご覧遊ばしませ」
「それは面白そうだ」
 またもや少年は素直に言った。
 自分の知らない外の世界。それを冒険者達が見せてくれると言うならば。
「よし、呼んで来い」
「冒険者は国の為に働いている者達で御座いますから、呼び立てするのに少々お時間がかかります」
「分かった。どうせ俺の時間は腐るほどに余っているのだ。待とう」
「ありがとうございます。では早速」
 上手くやったなという同僚の視線を背に、若い使用人は部屋を出て行った。


 使用人はその足で冒険者ギルドの扉を開いた。
「本当に我侭なお坊ちゃまなんですけれど、多少性格が捻くれているだけで、根は腐ろうとしている良いお子様なのですよ〜」
 と極めて酷い事を言って、使用人は微笑む。どうやら相当鬱憤が溜まっているらしいが、それを外で堂々と言うのはいかがなものか。
「それで、そのお坊ちゃまが動物を見たいというのです。本当に冒険者さんにはお忙しい所申し訳ないのですけれど、動物を連れていただけないかな〜なんて」
「動物をお見せすれば宜しいという事ですね?」
「何せ気まぐれですからねぇ。気に入らなければ何をするか分かりませんが、冒険者さんはほら、お強いから、がつ〜んとやる事も出来るでしょう? 何たって、国の大英雄、大勇者、素敵なパリっ子の味方、冒険者様ですから、がつ〜んとやっても、誰も逆らいませんよ。むしろ大いに推奨したいくらいで」
「‥‥あの、そのような事をおっしゃるのはいかがなものかと」
「だってあれは相当我侭ですよ。幾ら病弱で歩けないからって、あれは酷すぎますよ。世の中には、自分の我侭が通用しない相手がいるんだってよく噛み締めるといいんです」
「はぁ‥‥」
 使用人は実に活き活きとした表情で、受付員にまくし立てた。
「ですから、表向きの依頼は勿論動物や飼っておられるペットを紹介していただいて、芸が出来るようなら見せていただいて、動物の話でもしてもらったりして欲しいんですが、モンスターを動物と言って紹介してもいいですし、連れて来てもらっても構いませんし、いっそ襲‥‥いえ、まぁそれは置いておいて、裏としては、やっぱり坊ちゃんにがつ〜んと鉄拳食らわすくらいの勢いでやって欲しいんですよね〜。そうすれば腸煮えくり返る皆の腹の中も一応収まるというか、とにかく気に入らなければ人を平気で鞭打つ子供ですからね! 子供のうちからそんなんじゃ先が思いやられるってもんですよ!」
 使用人を鞭打つ貴族はそれなりに居る。別に特別珍しい事ではないが、とにかく使用人は洗いざらいぶちまける。
「ですから矯正して欲しいっていうのもありますね。あ、これは同じ依頼になるので追加料金いらないんですよね?」
 自費を出したくない使用人が尋ねて、受付員は苦笑しながら頷いた。
「じゃ、そういうことで‥‥お願いしますね〜」
 満面の笑みで、依頼人は足取りも軽やかに去っていく。
 それを見送りながら、受付員はさてどんな柔らかな文章で依頼文を書こうかと思い悩んだ。

●今回の参加者

 ea5242 アフィマ・クレス(25歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec1752 リフィカ・レーヴェンフルス(47歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)

●サポート参加者

マリー・アイヒベルガー(eb1894)/ セルシウス・エルダー(ec0222

●リプレイ本文


「坊ちゃん、客だ」
 護衛のジャイアントが扉を開けて無表情に言った。ベッドの上で窓の外を見下ろしていたミロは、その声に口を開く。
「‥‥あれか?」
 覗いた先に、荷馬車に岩を積んで運んでいる男の姿が見えた。リフィカ・レーヴェンフルス(ec1752)。暑そうに汗を拭っている。
「あれは何だ」
「岩だろう」
「岩はペットなのか?」
「ペットは動物とも限らん。本人の趣味嗜好による」
 いきなり会う前から変人扱いされているリフィカであった。
 そんな彼に、驢馬を連れて肩に妖精を乗せている男が挨拶をしながら近寄る。ラファエル・クアルト(ea8898)。楽しげにリフィカと言葉を交わしつつ、岩を軽く撫でた。
「あの岩、人気があるな」
「取り寄せるか?」
 笑いながらラファエルはふと顔を上げ、窓の向こうに人影を見つける。そして軽く手を振った。
 そこへ、貴婦人らしきドレス姿の女性がやって来た。リリー・ストーム(ea9927)。その後ろから、ぺったんぺったんと揺れながら変な物体が歩いてくる。
「‥‥」
 リリーは2人に淑女らしい作法で挨拶をし、優雅に彼らのもとを去った。その後を、やはり前脚(?)を前に出すように揺れながら変な物が付いていく。
「‥‥動く人形か?」
「最初に来た客はな」
「僕、アーシェン。ヨロシクネ」
 不意に部屋の出入り口から声がして、ミロは慌てて振り返った。そこには、いつの間にか人形を持った娘の姿がある。
「今回お見せするペットはこれ。『あふぃま』という人間です。はい、ご挨拶」
『おはよーございます』
「もうお昼だからこんにちは、なのに。仕方のないやつ」
 人形がぺしりとアフィマ・クレス(ea5242)の頭を叩いた。それを見てミロの表情が急に硬くなる。
「何だ、道芸か」
「違うヨ。このあふぃまはネ、心が死んでしまって、ほら、身長すら伸びなくなったので僕が飼ってるんだヨ」
 確かに背が低い。娘の顔は無表情でどこを見ているか分からない目をしていた。だがミロは興味を失ったように窓の外へと目を戻す。いつの間にか冒険者達はもう屋敷の中に入ったようで、そこにはぽつんと荷車と岩だけが置かれていた。


 挨拶の後に、皆はそれぞれのペットを紹介する事になった。
 場所を彼の私室から1階の広間へと移す。そこから中庭に出る事が出来、大きなペットも庭で披露する事が出来るからだ。広間から庭も存分に眺める事が出来る。
「この子はロホ。粗相はしないと思うけど宜しくね」
『ヨロシク、だ!』
 ラファエルの頭に乗って髪を引っ張っていた火のエレメンタラーフェアリーは、羽をぱたぱたさせながら挨拶した。彼専用の洒落こんだ衣装が実に愛らしい。
「‥‥何だ、お前も道芸人形か」
 だがミロは全く興味を示さなかった。
「違うわよ。この子はフェアリー。フェアリーの話、御伽噺で聞いたことないかしら?」
「知らん」
「ん〜‥‥そうねぇ‥‥。じゃ、芸でも見せようか。ロホ」
『見とけよっ』
 くるりんと空中で回って、ロホはその小さな両手に炎を出して見せた。彼が動くとそれもゆらりと動き、そのままふわりと護衛の頭の上に降りる。頭上に炎があってはさぞ嫌な思いだろうが、護衛はじろりと上方を見ただけで動きはしなかった。
「あんた、出来るのこれくらいだもんね」
『だもん、な!』
「随分長い操り糸だな」
 だがミロの感想はそれだけである。ラファエルはかくんと膝を落としたが、すぐに立ち直って彼に近付いた。
「糸があると思うなら触ってみなさいよ」
『うひゃ、くすぐったい』
 ロホは触られて暴れて逃げ出し、ミロは変な顔をする。
「変な虫だな」
「ふぇ・あ・り・い!」
 そこからミロが『フェアリー』というものを理解するのに、更に数時間を要す事となった。

「私がお見せするのは、この子‥‥コウテイベンギンさんのライアス君ですわ」
 リリーが微笑みながらミロの座るゆったりとした椅子に近付いた。その後ろからよっちよっちと変な物体が歩いてくる。
「‥‥コウテイ?」
「えぇ」
 傍の椅子に浅く腰掛け、リリーはこの上なく魅力的に見える笑みでその物体の頭を撫でた。
「この子は鳥なんですの」
「鳥っ‥‥?」
 見つめるミロの前で、『鳥』の首がきゅると動く。だがミロの視線は、その白い曲線を持った腹に釘付けだった。
「‥‥触ってもいいか?」
「構いませんわ。ですが、優しく撫でなければ逃げてしまいますわよ」
「‥‥優しく?」
「女性の扱いと同じですわ‥‥ミロ君には少し早いお話だったかしら」
「女性」
 ぱちくりと瞬きし、ミロはリリーを見える範囲で上から下まで眺め、ぷいと目を逸らす。
「彼らは鳥ですのに空を飛ぶ事は出来ませんわ。ですが、長時間海の中を飛ぶように泳げますの」
「‥‥どうやって」
「この黒い前脚‥‥手で大きく水を掻いて泳ぐんですわ。鳥ですのに、水中でお魚さんに負けませんのよ」
 微笑み、リリーはライアス君の頭を撫でた。気持ち良さそうに彼は目を細める。
「そういう風に神がお作りになったのか、彼らがそう成長したのか私には分かりませんが、そうやって生きてますの」
「ふぅん‥‥」
 その話に感銘を受けた風もなく、ミロは白くてぷっとした腹を眺め続けていた。

「紹介しよう。風精龍のアイオロスだ。‥‥綺麗だろ?」
 リフィカが庭に出、使用人達が椅子ごとミロを窓際まで運んだ。
「そこまでは届かないけど気をつけて。尾に毒を持っているからね」
 その声に、使用人の1人がそのまま椅子を中庭まで運ぼうとしたが、リフィカにじろりと見られて止まった。
「私のペットを使って、あの子を驚かせようとか考えない事だね。そんな事をする為に依頼を受けた覚えは無い」
 リフィカは前もって使用人達にそう言って睨みを効かせている。何せ彼のペットは2匹とも巨体なのだ。
 口笛で上空から降り立ったアイオロスは、両翼を広げて屋敷のほうを見つめる。その身の丈は優に5mはあり、近くで見るとかなり迫力があった。
「それからこちら‥‥只の岩に見えるかい?」
 荷馬車と岩が庭まで運ばれてきた。呆然とアイオロスを見上げていたミロだったが、その邂逅に目を見開く。
「その岩! そうだ。そんなに珍しい岩なのか?」
「いいや‥‥バアル! もう動いて大丈夫だ」
 呼ばれて岩が動いた。いや、動けばそれは大蛇。スモールヒドラである。丸まっていると只の岩に見えるほどに、その表面はごつごつしていた。
「驚いたかい? 大蛇と呼ばれる生物なんだよ」
「‥‥岩」
「いや、蛇」
 その姿に驚いたのか岩ではなかったのがショックだったのか、ミロはしばし固まっている。
「この2匹は私が卵から還して育てたんだ。まさかこんなに大きくなるとは思わなかったけれどね。それなりに苦労したよ」
「卵‥‥卵って‥‥この前、夕餉に出た」
「それは違う卵だよ。生き物がどう生まれるかは知ってるかい?」
「‥‥知らない」
「そうか」
 リフィカは微笑み、写本を取り出して窓にもたれ掛かった。
「生き物の生まれ方は様々だ。これを見てご覧。ここに出ている生物は海に住むものだよ。モンスターばかりだけどね」
「生き物とモンスターの違いは何だ?」
「そうだね‥‥」
 モンスターの線引きは難しい。人に迷惑を掛けるものは全てモンスターだろうが、友好的なものもいる。
「一言で言うのは簡単だけれど、ミロ君が自分で答えを探してみるのもいいんじゃないかな。君は目が見え、耳が聞こえ、言葉を話せ、読み書きが出来る。当たり前と思っている事さえ、実は凄い事なんだ」
 写本の中で水面を跳ねるように飛んでいるモンスターに釘付けのミロは、リフィカの言葉を聞いているのか分からない。
「ミロ君。人が話をしている時は人の顔を見て聞いておくものだよ。それが礼儀だ」
「‥‥聞いてる。それで?」
「‥‥世の中、目が見えず耳も聞こえず言葉も話せず字も読めない‥‥そういう人達もいる。世の中を退屈だなんて思うな。少し違う視点を持つだけでも‥‥世界は変わるんだ」
「世界は変わらない。お前が言う事が出来たからと言って、それが何だ? こんな椅子に繋ぎ止められたまま一生生きるだけの俺に何が出来る?」
「世の中に絶望していると、どんどん心が死んでいくんだヨ」
 不意に、2人の間に『人形』の声が飛んできた。

「心は常に新鮮に保たないといけないよ」
 人形のアーシェンが、多少大袈裟な身振り手振りをしながらくるりと回った。本人曰く『本体』である。
「新鮮に保つには色んな物を見聞きするといい。旅もいいナ」
「‥‥道芸は飽きた」
 だが顔を背けたミロに、アーシェンはやれやれと肩を竦めて見せた。
「世の中には王様という可哀想な生き物がいてね。みんなから玉座に縛られて動けないんだ。だけれど王様は人の話を聞く。知識もたくさん持ってる。玉座から見える景色しか知らないけれど、国の全てを知っているんだヨ」
 ミロはリフィカの持つ写本をぼんやり見ている。
「‥‥ところでお兄さん。瞳がガラスのようになっているよ。心は死にかけてないかい?」
 ぴょいんと窓に乗り、アーシェンは首を傾げた。目前に現れたのでミロは嫌そうに手で払う。
「まぁ心が死んでも大丈夫。みんなから見向きされなくても、僕がペットとして飼ってあげるから」
 言われて、ミロは無表情に立っているアフィマを見た。
「さて。じゃあ、大道芸のお披露目といこうか。人形に操られる娘、ご堪能あれ」
 かくかくとアフィマが動き出す。
「犬マネ猫マネ何でもござれ。さぁてお客さん。何がいいかナ?」


 その5日間は、使用人達にとっても普段の5日間とは全く違う日々になっただろう。
 可愛いものから恐ろしいものまでペットを一度に拝見し、リフィカには睨みを効かされ、リリーには優しく接してもらい、無表情な娘とぴょいんと跳ねる人形のコンビを遠巻きに見つつ、時にはラファエルのペットに髪を引っ張られて叫び声を上げた。その5日間、彼らの我侭な主人が『退屈』と言わず彼らを鞭打たない事も初めての事だった。だから彼らは他力本願でただひたすら祈る。
 どうか、冒険者達が彼らの主人を何とかしてくれて、去った後も鞭打たないような子供にしてくれますようにと。

「‥‥あれが欲しいな」
 窓から荷馬車を見下ろし、ミロが呟く。そこにはとぐろを巻いて岩になっている大蛇が居た。
「バアルは私が手塩にかけて育てたペットだ。取引はしないよ」
「それにしても、ほんとデカいわよね‥‥」
 同じように眺めていたラファエルが感心しつつ、ミロをちらと見る。
「あのね。この子達は飽きたら交代! ってわけには行かないの。5年、10年と長い期間面倒見てやれるかって言われて出来るかしら」
「冒険者はいつ死んでも可笑しく無いと聞いた。明日死ぬかもしれないのに飼ってるのか」
「そうね。明日の事は誰にも分からないわ。この子達が寿命を全うする前に、私達が先に死んでしまうかもしれない。でもね、私達には仲間がいる。後を託せる仲間。‥‥不運と与えられないことばかり嘆いて、周りに当たって言う事を聞かせようと押し付けている貴方には、無理な話よ」
「そうだな」
 少年は外を見ながらそう答えた。
「お前たち大人はいつもそう言う。『お前には無理だ』。いつも」
「あのね、そう言う事じゃなくて」
 更に言い加えようとしたラファエルの隣にリリーが立って、軽く首を振る。
「ミロ君。私が依頼で経験した冒険譚はどうかしら。退屈凌ぎになりますわよ」
 そう言われてミロは頷いた。使用人に全員の分の飲み物を持ってくるよう指示し、リリーの話を待つ。
「例えばこんな話はどうかしら‥‥」
 奇抜な衣装で数々の面白可笑しい事をした話、災害、デビルなどで苦しみや悲しみを受けた人々の話、貴族や騎士として交渉に当たった話、同じ依頼を受けた仲間達との交流、苦難を乗り越えた人々と一緒に感じる事の出来る満たされた気持ち‥‥。彼女の長い話の後、リフィカも自分のペットと共に戦った冒険の話や写本に纏わる海のモンスター、桜の木の話をした。そうすると、自然と他の者にもその輪は広がっていく。ラファエルもペットとの出会い、驢馬のエキスに止まれ、来いなどを教え込んだ事、他の冒険者との出会い、大切な人との旅などを話し、アーシェンも左右に揺れながら顎に手をやった。
「冒険の話でわくわくするなら、心はもう冒険の旅に出ているんだヨ。動けなくったって旅は出来る。本を読み話を聞く。それだけでも、未知の世界を頭の中で旅出来るんダ」
 言われてミロは皆を見回した。
 彼の心にとって痛い事を言う人達ばかりだ。慰めて欲しいのに、優しくして欲しいのに。そう何度願っただろう。彼らの言う事は悪意だらけだとも何度思っただろう。けれども、慰めも優しさも、どれだけ貰っても欲は尽きなかったかもしれない。彼はそう気付く。
 どれだけ使用人を鞭打っても同じ。満たされる事は無い。その事と同じだと。
 初めて、気付いた。

「‥‥リリー。結婚してくれ」
 それは最終日の帰り際だった。突然のミロの告白に、その場に居た者は皆動きを止める。
「あら‥‥それはとても魅力的なお話なのですけれども」
 告白された当本人だけが驚きもせず穏やかに、貴族らしく淑女らしく微笑む。
「私、主人がおりますの。素敵なお申し出を有難う。でもごめんなさいね」
 そう言って誓いの指輪を見せたので、ミロは落胆した顔を見せた。が、えっちらおっちら歩いていたライアス君がきゅるとこちらを向くと、嬉しそうに笑う。
「魚、食うか?」
 尋ねるとライアスはきゅるると首を傾げた。
「ねぇミロ君」
 夕暮れ時の窓を開き、ラファエルが手の平にパンくずを載せる。
「ここからだって世界は広がる。外に語りかける事も出来るのよ。小鳥を呼ぶ事も。周りにある物を、もう一度ちゃんと見なさいね」
『見るんだぞ!』
「うるさい、このチビ」
 笑いながらミロはロホに手を上げたが、ロホはひらりと飛んでラファエルの頭にしがみついた。
「では、そろそろお暇するよ。‥‥アイオロス! 先に帰ってるんだ!」
 外に向かってリフィカが叫ぶと、ウイバーンはゆっくりと空へと舞い上がる。それを見つつ、リフィカは荷馬車の上のスモールヒドラを叩き、お疲れと労った。
「‥‥岩‥‥」
「いや、岩じゃないからね?」
 苦笑しながらリフィカが言うと、ミロは未練がましい視線をやめて頷く。
「又、見せてくれ。岩」
「いや、だから‥‥」
「じゃあ、僕達もそろそろ失礼するヨ!」
 ぴょいんと座って居た人形が立ち上がって、腰を揺らした。
「アーシェン」
 それを初めて名前で呼び、ミロは真っ向から見つめる。
「お前はその人間を飼っていると言ったな。飼って旅をしているのか」
「うん、そうだネ」
「俺も飼われたら旅が出来るかな」
 そう言う事じゃないんだけどな〜と思いつつ、アフィマはアーシェンを動かす。
「僕は心を失った人間だけ飼ってるのサ。旅は心でも出来る。君が望めばいつだってネ」