星に 祈りを

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月13日〜08月19日

リプレイ公開日:2008年08月22日

●オープニング

 昔から、星は見上げればそこに居た。
 無数の星の煌きに手を伸ばせば届きそうで、でも永遠に届かない距離だと思った。
 届かない。でもいつも見守ってくれている。

「アンジェル。そろそろ寝ないと明日起きれないよ」
「はい」
 外に出て星を見上げるハーフエルフの少女に、家主が声を掛けた。こくりと頷いて少女は酒場兼宿屋の中に入り、現在彼女を養ってくれている養母に礼をする。
「お休みなさい」
 そのまま彼女用の小さな部屋に入って硬いベッドに転がった。
 彼女はかつて、小さな村に住んでいた。ハーフエルフの村だった。だが両親も友達も村人達もモンスターに殺され、彼女は偶然救われて今パリに居る。助けてくれた人と冒険者の計らいで、こうして屋根のある家で寝泊りが出来、食事と仕事も与えられている。素晴らしい事だ。スラム街で生きていた頃もそれを苦痛だと感じた事は無かったが、自分は運良く恵まれた生活を貰う事が出来たのだと彼女は思っている。自分より遥かに恵まれた生活を送っている人々の事は考えない。僅かな給金を貰っても、彼女は自分の為に使う事を考えない。
「いい加減、そろそろそのボロ服何とかしたほうがいいと思うけどねぇ」
 彼女の養母は苦笑交じりに言うが、服は高い。大事に大事に使わなくては。
 冒険者から貰った帽子も夏になる度に養母から苦情が出る。もこもこの毛がついていて、見ているほうが暑くなるからだ。だから夏は部屋の中に大事に片付けておいて、秋になったらまた被る。
 たくさん貰った羊皮紙も、以前と同じように何度も使った。これは、自分を助けてくれたとても大切な恩人と近況を伝え合う為に使う物。今の彼女にとって、命の次に大切なものだ。
「‥‥結婚式」
 ハーフエルフばかりの村に暮らしている時は気付かなかったが、パリに来てからは嫌でも気付かされる。ハーフエルフが、どれだけこの社会で嫌われているか。ハーフエルフと言うだけで虐げられた生活をしている人がどれだけ居るか。スラム街に居た頃は、罵声を浴びせられた事が幾度もあった。今こうして働いている酒場でも、酒に酔った客に何度言われたか知れない。でも別に、彼女はハーフエルフである事を嘆いたりはしなかった。神様がこの世を平等に作ってくれなかった事は知っている。だから彼女は怒りも悲しみも感じない。ただあるがままに受け止め生きている。
 でも。
「‥‥秋‥‥」
 寝転がって羊皮紙を見ながら、アンジェルは呟いた。
 大切な、大切な人から送られてきた羊皮紙に、いつも通りの柔らかい文字が並んでいる。
『秋に結婚します。結婚したら、今までのように頻繁な手紙の交換は出来なくなるね。君の後見人として、満足の行く事が出来ないばかりで御免。僕が結婚した後も君の後見が出来る人を、それまでに必ず見つけておくから心配しないで。君の将来の事も話し合いたいから、結婚式の前に一度おいで』
 何度も読み返して、一緒に送られてきたお金の入った革袋を見て、アンジェルはその羊皮紙を抱きしめる。
 結婚式の前においで、と手紙は言っていた。では、自分は結婚式に出る事は出来ないのだ。大切な大切な人の一生の記念日に、自分は同じ場所でお祝いする事が出来ないのだ。
 それは分かっていた事だけれども、少し悲しかった。大切な大切な人‥‥レオンは貴族の出身で人間だから、ハーフエルフで身元の知れない自分がお祝いの席に居てはいけないのだろうと分かっていたけれども。
「結婚‥‥」
 それは、パリに来て初めて彼女が感じた『悲しみ』かもしれない。
 
 傍に居てくれるわけじゃない。
 星はいつも見下ろしているだけ。
 手が届くはずもない。
 いつでも星は近くて遠い存在。

 冒険者ギルドに、アンジェルが依頼を持って来た。
 大切な人が結婚するから、その前に会いに行く。途中にあるという『星鏡の泉』に祈りを捧げて行きたい。1人では道や道理が分からないので、一緒に行ってくれる人を募集したい。
 淡々と彼女はそう言って、手数料を置くと去って行った。


アンジェル ハーフエルフ 12歳 女 レオンに命を救われた。今は文通仲間 パリ在住
レオン・ビュック 人間 20歳 男 アンジェルに慕われている地方騎士。マルティル村在住

星鏡の泉 シャトーティエリー領内の森にある泉。泉の真上だけが木の翳りもなく、夜になると星を映す。風がほとんど無い場所で、その深い色と静謐な雰囲気から、精霊に祈りを捧げる場所として密かに利用される。

●今回の参加者

 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec0828 ククノチ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec2472 ジュエル・ランド(16歳・♀・バード・シフール・フランク王国)

●リプレイ本文


 馬車を借りるとウリエル・セグンド(ea1662)が告げると、アンジェルは首を振って金の入った袋を差し出した。
「‥‥節約は‥‥美徳、だから‥‥」
「あの人から貰ったお金は‥‥皆で使うの」
「浮いたお金でお洒落したらどうかな‥‥少しだけ」
 アリスティド・メシアン(eb3084)が腰を屈めて横から覗き込む。
「レオンさんも、君の可愛い姿を見られたら嬉しいと思うよ」
「あの人のお金はそんな事には使わない。‥‥私は働いて‥‥自分のお金があるから」
「まぁそやね。タダほど怖い物は無い、っちゅうてな。でも皆の好意も受け取っときや」
 ジュエル・ランド(ec2472)がひらりひらり飛びながら言ったが、アンジェルは頑固だった。
「これは古着だが‥‥簡単な飾りを買い足して手直しするなら、金も使わないと思う」
 ククノチ(ec0828)が取り出した『古着』は明らかに蝦夷風である。つまりククノチが手違いで大きなサイズを買ってしまい、自分で手直し出来るもののそのままにしておいた物だが、アンジェルはしばらくそれをじっと見た後、小さく頷いた。
「この裾を緩やかな弧に切って、ここと縫い合わせれば今流行りの形になるんじゃないかな。柄と色は元の物を生かして、上から飾り布や紐を使うといいね」
「では、馬車の中で作業しようと思う」
 アリスティドの助言を元にククノチが馬車の中でそれを作成する事になった。自分の物やレオンへのプレゼントには自分の金を使うと言い張るので、出来る限り出費を抑えるべく市場を回り、結局パリを出発したのは午後になってからである。
「贅沢じゃなく‥‥工夫、なんだけどな‥‥」
 御者席に座ったウリエルが呟くが、アンジェルが物を大切にしている事は一目見て分かっていた。
 彼女が今着ている服。それは1年以上前の初夏に初めて会った時にある冒険者が渡した古着。猫の刺繍が入っているが刺繍にほつれのひとつも見当たらない。
「‥‥これ」
 動き出した馬車の中で、アンジェルは御者席に手を伸ばしてそっと叩いた。
「‥‥乗り出したら、危ない」
「隣‥‥寂しくないように」
 そして彼女は空いている場所に一輪の花を置く。それを片手で手に取り、ウリエルは振り返って微笑んだ。


 真夏の馬車の旅は、以前と違って厳しいものだった。出来る限り日陰を通りながら、皆は流れ行く青々とした麦畑を見つめている。
「‥‥最近、何か、あった?」
 話のきっかけはウリエルの一言。
「そうだね。出来るようになった事や、これからしてみたい事はある?」
 アリスティドにも問われ、アンジェルはジュエルを見た。
「空‥‥飛びたい」
「ウチが飛べるんはシフールに羽があるからや。アンジェルが飛ぼう思おたら、どっかで羽調達して来んと」
「ジュエルの羽綺麗」
「お‥‥おおきに」
 褒められて、ジュエルは何となく照れる。
「あ、そや。空飛ぶ絨毯なら持っとるわ」
 馬に乗って並列に並んで進んでいたジュエルは、馬の荷の中にがさごそと潜った。
「乗ってみぃへん?」
 彼女が持つにはかなり大きなそれを半分出し尋ねると、アンジェルは馬車に乗っていた一行を振り返る。皆は頷き、その場に馬車を止めて絨毯を広げた。そろりと座ったアンジェルの後ろにアリスティドとククノチも保護者として乗り、念じる。ふわりと浮かび上がったそれは突如急激に高度を上げたが、アリスティドに言われてふらふらしながらも馬車に近い位置にまで下りて前へと進みだした。安定するとしばらくそのまま進もうと言う事になり、ウリエルが馬車を動かす。馬車と馬と絨毯がのんびり進む旅。その間、アンジェルは本当に楽しそうだった。
 絨毯の旅が終わって馬車に乗り込んだ後、最初に高度が上がった時驚きのあまり狂化しかけた事を彼女はこっそり告げた。
「高い所で狂化したら大変だ。落ちなくて良かったよ」
 アリスティドは思わず苦笑しながらそう返し、アンジェルも珍しく微笑を見せる。
「みんなが居るから‥‥平気。1人じゃないもの」
「そうだね。人は皆、1人じゃない」
 大きく傾き始めた陽を背に、馬車は東へと進み続けた。


 野宿の準備はアンジェルも手伝った。皆と何かを一緒にする事は、故郷の村を思い出して楽しいと彼女は言う。
 ククノチはアンジェル用の服を作成する一方で、彼女に簡単な裁縫の手ほどきを行った。
「こちらの婦女子は『べーる』なるものを被るらしいな。作ってはみないか」
 耳を隠す事も出来るから一石二鳥である。ヴェールに細い紐を付けてみたり、いろいろな工夫を話しながらククノチは告げる。
「秋には収穫祭もある。晴れ着のひとつ、自身の手で作るなら誰も何も言わぬと思うが‥‥」
「晴れ着‥‥?」
「祝いの席では皆、華やかな衣装を身につけるな。年に何度も無い事だ。そのような衣装を持つ事は贅沢ではない」
 曖昧な表情をしているアンジェルに、ジュエルが近付いた。
「アンジェルは、歌とか演奏とか芸事に興味無いん?」
「歌は好き。踊りも‥‥ククノチの踊り、良かったから。酒場にもたまに来るの。歌ったり踊ったり‥‥楽しいと思う」
「ほな話は早いわ。『芸は身を助ける』っちゅうて、芸事は自分の取れる選択肢を増やしてくれるンや」
「‥‥うん?」
「ジュエルさんに任せとき。少し考えがあるんや♪」
「芸事か‥‥。楽士の一団でも皆、衣装を着ているね。華やかな舞台を演出する事で、人に夢を見せる‥‥そんな役割をバードやジプシーは持っているのかもしれない」
 ジュエルが手にするシフールサイズの竪琴も、アリスティドが持つ黄金の竪琴も、常人では表せないような音色を奏でる彼らの道具だ。
「歌‥‥は、いいかもしれない」
 ウリエルが薪を焚火にくべながら呟き、ククノチも立ち上がった。
「では、私はもう一度踊ってみよう。蝦夷の民族舞踊だが‥‥」
 星が見守る中、バード達が奏でる音に合わせて踊り子が踊る。夏の日の、一夜の夢のように。


 翌夜、皆は森の中に居た。
 『星鏡の泉』。そう呼ばれる泉は、真夏の暑さの中に冷涼たる色を湛えて僅かに水面を波立たせている。深く静かな森だった。精霊が住むと言われても頷けるほどの。だから皆は自然と声を潜め、その泉を見つめた。
「ここは‥‥望みをよく映すから‥‥」
 ウリエルに言われ、アンジェルは頷いて泉を覗き込んだ。星が無数の光を泉に映しこみ、それに触れようとして彼女は手を引っ込める。
「アンジェル‥‥いいか」
 そっとその背に手をやり、ウリエルは傍にしゃがんで囁いた。
「世界は変わりはしない。自然も、摂理も、変わらない。‥‥でも‥‥そこに住む人の気持ちは‥‥変えられる」
 至近距離でウリエルを見上げながら、アンジェルはその声を聞いている。
「望みを‥‥飲み込んだら‥‥何も分からないよ。‥‥この鏡の前で」
「‥‥時には飲み込みきれぬ想いもあるだろう」
 後方からククノチの声が伝わった。
「それがいつ零れるか分からないなら‥‥今零してしまえば良い。この泉に吐き出してしまえば良い。それを誰も迷惑とは思わないだろう」
 反対側でじっと見守るジュエルを見、そしてアンジェルはアリスティドを見る。彼は目を伏せ、その泉に祈っているように見えた。
「いつだって夢みたいな事ばかり願ってた。‥‥今も、そうだ」
 目が合って彼は微笑み、尋ねる。
「アンジェルはちゃんと祈れた?」
 首を振り、アンジェルは泉の真上に広がる僅かな星空を見上げた。遠い、遠い、空。
「でも‥‥近い」
 呟き、彼女は泉を見つめた。水面に触れれば壊れる星空だが、そこにある。
 しばらくの間、皆はアンジェルを見守った。彼女は目を閉じて両手を組み、泉に祈りを捧げる。
「君くらいの頃、大好きだった人に気持ちを伝えられなかった事があって‥‥。ずっと後悔してる」
 立ち上がったアンジェルの肩をぽんぽんと叩くウリエルも視界に入れながら、アリスティドはアンジェルに話しかけた。
「『結婚おめでとう』と言えなかった。悲しい気持ちも、渡せば良かった。アンジェルが辛くないならいいんだ。だけど、行き場の無い気持ちが溢れそうで苦しい時は、我慢しなくてもいい」
「‥‥アリスは、今も、辛い?」
 逆に聞かれてアリスティドは苦笑する。
「人は変わる‥‥。ウリエルが言うように。もしレオンさんに伝えるのが怖いなら‥‥ほら、星が聞いてくれる」
 言われてアンジェルは皆を見回した。優しい人達だ。だから皆、苦しみを抱えた事があるのだろうと彼女は思う。
「‥‥我侭じゃ、ないかな」
「我が儘じゃない」
「望みは、素直に言うたほうが上手く行く事もあるんやし」
「じゃあ‥‥言う」
 泉に映る星を眺め、彼女は小さく言った。


 あらかじめククノチがシフール便を出していた事もあって、マルティル村では皆を迎える準備が整っていた。皆が一泊できるようにと村長の家の客室が整えられ、騎士団の兵舎として利用されている小さな館にも出迎えの兵士が立っていた。中に案内されたが、1年前に彼らが訪れた時よりも騎士の数はかなり減っているように見え、部屋の扉が開き放しの所があちこちにある。聞けば、彼らは近々領主が居る町に戻る事になっているのだと言う。
 レオンとアンジェルが会う前に、皆がレオンと会う機会を設けて欲しいとククノチは手紙で告げていた。とは言え、ククノチのゲルマン語ではかなりたどたどしく簡潔すぎたかもしれない。それでもレオンはそれに従い、アンジェルとそれに従うククノチを除いた3人と会った。
「あの子にとって‥‥貴方はお星様‥‥なんだそうだ」
 挨拶の後、ウリエルが口を開く。
「身勝手な事‥‥頼んでいる。‥‥あの‥‥優しい子が‥‥普通なら得られるものを‥‥折られ、折られて‥‥望むことすら‥‥無意味だなんて、思って欲しくないんだ‥‥」
 ぽつりぽつりと言葉を吐きながら、彼は真剣な表情で頭を下げた。
「世界を諦めて‥‥欲しくない。だから‥‥」
「何の話を?」
 しかしレオンは不思議そうに尋ね、ウリエルに頭を上げて下さいと頼んだ。
「実際問題、『ハーフエルフのアンジェル』が『貴族のレオンさん』の結婚式に『一般参加』で立ち会うんは難しい思うてます。せやけど、アンジェルを旅芸人に変装させて結婚式‥‥かお披露目に参加させる事、できへんやろか。貴族としての立場もあるやろから、無理強いはせぇへんけど、考えてもらえますか」
「勿論これは、彼女が言い出した事では無いけれども、大切だから‥‥口に出せない事もあるでしょう。でも彼女は多分、貴方の結婚式を心から祝福したいと思っていて、同じ場所でそれが適うならと望んでいます。‥‥それが無理ならせめて、遠目からでも」
「‥‥ちょっと待って下さい。彼女が、私の結婚式に出たいが出れない、と?」
 畳み掛けるように皆に言われ、レオンは頭を振る。
「確かに、後見を探さなくてはとは書きましたが‥‥」
「その事も、彼女が本当に貴方以外の後見人を望んでいるのか、考えて貰えませんか」
「彼女が日に日に大人になっていく事は、私も分かっていました。ですが彼女はまだ大人とは言い切れない歳ですし、やはり後見が」
「‥‥本人に、聞いてみるといい‥‥。あの子は‥‥きっと、後見は必要ないと‥‥言うだろう‥‥。貴方の為に」
「分かりました。彼女と話してみます」

「気休めにもならないが、パリに帰ったら、時間のある時に私の住処に来ないか」
 椅子に座りながら、ククノチはアンジェルと話をしていた。アンジェルはククノチが作った服に着替えている。
「家には奇妙な木偶しか他に居ない。庭に小さな畑があるから野菜くらいは振舞える。出来すぎると1人では食べきれぬのでな。アンジェル殿に来て欲しいのだ」
「玉葱のスープが好き」
「玉葱ならいつでも採れる。今度振舞おう」
 そんな話をしていると、3人が帰ってきてアンジェルを呼んだ。
「行って、確かめておいで」
 言われて彼女はレオンの元へと歩く。その人は窓の傍に居て、入ってくると彼女に外を見るよう告げた。窓の外の花壇に植えられている花々を確かめ、アンジェルは少し笑う。
「前に貰った花だよ」
「うん」
「良い人達だね、彼らは。君は私以外の後見人は不要だと言ったらしいけれど、彼らは充分君を助けてくれている」
「うん。私は、平気。レオンに会えなくなっても、大丈夫」
「パリで結婚式は挙げるつもりだったんだ」
 レオンの言葉にアンジェルは目を丸くした。
「両親もパリに居るしね。でも式の為にパリに行っても君に会う時間は取れないと思ったから。君のこれからの事も相談したかったし、これを」
 そしてレオンは箱から一揃えの衣装を取り出す。それを彼女の体に当て、微笑んだ。
「裾が足りないかな‥‥。これを着て、僕の式においで。君が望むなら」
「いいの?」
「ハーフエルフである事や出自が問題だと言う人にはこう返すよ。『私が騎士になって初めて、私の力だけで救えた子供です。彼女を救えたから、今の私がある』」
 そう言うと、レオンはアンジェルの頭に手を載せた。


 それから、レオンは冒険者達も含めてアンジェルの未来について話した。自分は遠くに居て彼女を見守る事が出来ない。金は出すからこれからも冒険者達には彼女を見守って欲しいと。アンジェルの後見人役を、冒険者にもお願いしたいと。
 皆は頷き、何かあったらいつでもと請け負った。同じパリに居るしアンジェルが働く店の事は皆知っている。気軽に遊びに行くだけでもいいのだ。それだけで、彼女の心には花が咲く。
「つまり、冒険者が星空っちゅう事やね」
 帰り、ジュエルは人間サイズの楽器をアンジェルにプレゼントしようとして、断られた。素敵な楽器で新品だから、お金を貯めてから買うのだと言い張る。相変わらず強情だが、実際にアンジェルに音楽の才能があるのかと言うと、微妙な線だった。
「‥‥すぐそこに見えて、遠い場所、か。そんな風に思ってた時期も確かに‥‥あった」
 のんびり走る馬車の御者席には、ウリエルとアンジェルが座っている。どうしてもそこに座ってみたいと彼女が頼んだのだ。
「だけど‥‥望めば届く。たとえ届かなくても‥‥星に花を捧げたい」
「冒険者ならいつでも届くな」
 ククノチが、アンジェル用のヴェールを仕上げながら言った。
「そうだね。ジュエルが言うように、冒険者は星の数ほど‥‥世界中を見渡せば居るのかな。冒険者以外にも、君を見守っている人はたくさん居るよ。君は、1人じゃない」
「うん‥‥1人じゃない」
 振り返って皆を見つめ、貰ったドレスを見やり、アンジェルは隣に座る男を見つめる。
「みんな‥‥1人じゃない」
 そして彼女は、手に持っていた花をそっとウリエルの膝に乗せた。
 花は、風に乗って緩やかに舞い上がり、空へと昇って行く。見上げれば夏の日差しに光って、眩しく輝いた。