【北海の悪夢】橙分隊と海の幸と浴衣の波
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月17日〜08月24日
リプレイ公開日:2008年08月28日
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●オープニング
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ブランシュ騎士団橙分隊の紅一点にして分隊長である女性、イヴェット・オッフェンバーク。
女子供に甘く、それ故女性分隊員が他に居ないという隊は、結成されてからまだ5年ほどしか経っていない。彼女は、女性として最も輝いていた若い時期に復興戦争を戦い抜いた。その後、結婚まで考えていた騎士とは破局を迎えたと言われる。その原因は定かではないが、ノルマンの混乱の時期にブランシュ騎士団の1人として個人の幸せを求める事を厭い、互いに国の為に働き続けた為ではないかと言うのが最も有力な話だ。
「私はもう気にしていないよ、マルセル」
自分の隊のみならず男性にはとことん厳しい(自分の隊員に対しては地獄の特訓を受けさせるらしいが)と噂の彼女だが、ただ1人、かつての彼女の上司でもある現在の部下、橙分隊員の1人マルセルに対しては、時折心の内を漏らすらしい。
「しかし、昔より過酷な戦いを強いられてきた方々が、今も尚それを強いられている事は、内心穏やかでは無いと推察致しますが」
「彼は、彼の友であり主でもある‥‥勿論陛下以上の主はおられないだろうが、その人を守る為ならばどこにでも行くだろうと思う。その生き方は尊敬しているし、同じ騎士として貫いて欲しいと思っている。最近、アルノーと、その相手をなさっている女性を見るにつけ思うのだが、私達騎士の生涯の伴侶は、同じ騎士では務まらないのでは無いだろうか。愛しいと思う相手が傍に居れば、それは確かに幸福な事だろう。だが、同じ戦場に相手が見える事で本分を全うする事が出来るだろうか? 私達は、このノルマン、陛下、民を越えて一個人を特別に想う事で課せられた使命を投げ打ってはならない。目の前の1人を救う事が騎士の道だと言う者も居るだろう。だが、私は1人を救う間に他の10人が失われるのであれば、10人を優先する」
「おっしゃりたい事は分かりますが、この老いぼれに戦場以外の場所での晴れの舞台を見せて頂きたいと願っております」
「その台詞、どこのどなたかが陛下におっしゃっているのを良く拝聴するな。でもマルセル。私もあの人も後悔はしていない。私は確かに騎士を辞し、嫁す選択もあっただろう。けれども」
その時。使用人が静かに中庭に入ってきた。香り豊かな紅茶を主人と来客の為に置き、更なる来客者があった事を告げる。その名を聞いて、イヴェットとマルセルは知らず苦笑した。
「やれやれ‥‥あの若造は、今度はどのような厄介事を持って参りましたかな」
「又、ジャパンの何かを持って来たのだろう」
勤務中の来訪だというのに、全く信用されていない来客者であった。
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来客者の名は、フィルマン・クレティエ。橙分隊副長である。一応。
「ご歓談中とは存じませず」
形式通りに礼をした男は、珍しく従者を連れていた。暑いから『何か』を背負ってくるのが嫌だったのだろうとマルセルは想像する。
「短い休暇を取っている我々の邪魔をする位だから、それ相応の用件だろうな?」
「無論、ある程度急を要する話でございます」
「聞こう」
日陰に設けられた席に腰掛け、フィルマンは従者に向かって頷いた。従者は背負っていた袋からあれやこれやと出して石造りの露台に並べて行く。
「これは、ジャパンの夏の風物詩、『浴衣』と申す衣類でございまして」
「マルセル。地方の教会に収容されている者の話なのだが」
「嫌だなぁ、分隊長。即座に無視するとは、随分高等な技をお使いに」
「お前のジャパンかぶれは聞き飽きた」
冷たく言い放つイヴェットと頷くマルセルに、フィルマンは大袈裟に頭上を仰いで見せた。
「ジャパンが如何に素晴らしい文化を持っているか、その情熱が伝わらない事は真に遺憾であります」
「お前の言うジャパン文化の何たらが多少捻じ曲がっている事は、どう説明するつもりだ」
「それもこれも愛と情熱と勇気が成せる技でございまして」
「前口上はもういい。結論から言え」
あっさり言われて、フィルマンは更に大袈裟に首を振る。彼は本題に入るまでが非常に長い。
「結論‥‥結論から申しますと、『ギルマンの結婚式を阻止せよ』という事なのですが」
「‥‥」
余りに突拍子も無い話に、2人は黙り込んだ。
「つまりですね‥‥」
北海が俄かに騒がしくなってから、かなりの月日が経過していた。
そんな折、1隻の船が沈められる。その事自体は珍しい事では無かったのだが、後日、海に着物がぷかぷか浮いているのを見て近付いた漁師達が襲われるという事件が多発した。かろうじて生き残った者達の話から、襲撃者がギルマンである事は分かったのだが、彼らはどうやら着物を羽織っていたりそれを隠れ蓑に水中を動いたりしているらしい。何故そんな目立つ行動に出ているのかは分からないが、その着物というのが沈められた船に積んであった物だと判明。その後、更に別の沈められた船もジャパン物を運んでいたと分かり、特定の縄張り内のギルマンが狙っているのではないかという噂が流れた。
そんな或る日、海辺で浴衣を着てらぶらぶと歩いていた男女がギルマンに襲われた。彼らは冒険者だった為死なずに済んだのだが、後日別のバードが命を掛けてギルマンと交信。彼らが着物などに執着する理由を知ったのである。
「ギルマンに雌雄の別があるのかは定かではありませんが、多分あるのでしょう。派手な物に興味を惹かれた彼らの主人が、贈り物に使うと言っているそうです」
「そこで何故『結婚式』に結びつく?」
「贈り物をするという事は求愛行動でしょう。水底での結婚式にはさすがの我々も参列出来ません。残念ながら」
「それで?」
「行動が拡大して、村々を襲う可能性があります。水辺に設けられた砦で見張りはしていますが、既にひとつ、村が襲撃されたとの事。早急に対処せねばならないでしょう」
「早急ならば、『ある程度急を要する』と言うな」
イヴェットは立ち上がり、控えていた使用人に騎士団の略装を出すよう指示を出す。だがそれへ、フィルマンは笑顔を向けた。
「海上での鎧は危険です。それに、今回は我々が囮になる役目もある。これを着て戦いましょう」
そして、彼は持参した浴衣の数々を、真夏の太陽の如き眩しい笑みで紹介した。
●リプレイ本文
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「海だーっ」
「海ですね〜っ」
「風が気持ちいいですー」
「やっぱり夏は海よねー」
北海。今やモンスターの巣窟と化したその海は、夏の日差しを受けてぎらぎらと水面を輝かせていた。それに向かって叫ぶは、アーシャ・イクティノス(eb6702)、アイシャ・オルテンシア(ec2418)、鳳双樹(eb8121)、アン・シュヴァリエ(ec0205)。
「にしても、ジャパンフリークス‥‥この国にゃ多いよな」
きゃあきゃあ浴衣を選んでいる4人を視界に入れつつ、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は早速日陰を探している。
「で、あんたも着るのか、ファイゼル?」
「『北海に浴衣でデート』‥‥。この機会を逃したら、男が廃るっ。自信を持つんだ! 俺っ!」
「ま、やんなら死なん程度に強引に行っとけ」
他人事なので実に適当。ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)も気合を入れつつ4人娘の所に向かった。
「小物はブラン商会で揃えたし‥‥『ローレル』は帯飾りにして‥‥着付けは双樹さんにお願いしないと厳しいわね」
「双樹殿には負担を掛けるな」
「いいえ、ほとんど趣味のようなものですから」
ユリゼ・ファルアート(ea3502)とライラ・マグニフィセント(eb9243)も双樹の持つ浴衣を眺めている。何せ彼女、20着からなる浴衣持参である。
「私、浴衣大好きなんですよ♪ 故郷で買ったり人から頂いたりで集めてますし」
「いやぁ、いいよね。浴衣美人」
さりげなくその中に混ざったフィルマンは、満面の笑みだ。
「フィルマンさんがどんな浴衣を用意しておられたのか、気になっていたんです。出来ましたら、一着交換してもらえると嬉し」
「双樹さん! そんな危険な事言っちゃ駄目」
汚れ無き笑顔の双樹に、ユリゼが横から突っ込む。
「最新作とかあるけど見る?」
そして取り出したるは、激しい色使いの大仏と埴輪柄。更には巨大な般若の顔に裏は虎で色は何故か桃色、なんてものもある。
「‥‥えっと‥‥これなどイヴェット様に似合うのではないかと思うのですが‥‥いかがですか?」
さすがの強烈さに、双樹は話題を変えた。
「有難くお借りします」
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そして、『ギルマン様ご一行ご案内計画』の準備が始まった。
各々身につける浴衣や小物を選び、武器などに注意する。シャルウィードは囮作戦に参加しないから、彼女だけ浴衣は着用せず後方に控える。ライラは自らの武器を偽装していたが、それ自体が変な武器に見えた。しかし本人は真面目に取り組み、橙分隊持参の大型テントを組み立て、借りた漁師小屋の中を片付け、即席の竃を作るなどして精力的に働いている。アンは布に、『大漁』『ぎるまん様ご一行』と書いてテントと漁師小屋の外に吊るした。更に唐傘も置いていたが。
「あーっ‥‥ちょっと待ってーっ」
風に飛ばされて追いかけていた。
ともあれ、用意する者を残して残りの皆で、周囲を訪ねて回る。漁村、砦、ひとつひとつを回って被害が無いか、或いは襲われる気配が無いか、細かく見るのだ。襲撃箇所を集中させる為、人々には海に出ないよう忠告し、食糧も外に干さないよう注意させる。これらの交渉は橙分隊が行い、皆は周囲を見るだけだった。
「さってと♪ 梨割りの準備でーす」
何でも、海では果物割りをするのが流行らしい。アーシャがいそいそと出した梨は、明らかに熟していない色艶をしていた。
「お姉。ブドウもありますよ〜」
「今、旬だもんね〜」
「はーい。私、ちょっと思ったんだけどいい?」
「何ですか、アンさん」
「ブドウ割りって、何だか残酷絵っぽいわよね」
「それより、一応宗教的に不遜って事にならねぇ?」
もぐもぐ。シャルウィードが横から手を出す。
「あーっ。海辺でピクニック計画の一部がっ」
「熟しきってないから、飛び散っても色的に大丈夫ですよ〜」
「凍らせておく?」
クリエイトウォーターで出した水を凍らせていたユリゼが問い、皆は頷く。
そして、万全の準備(?)を整えて、皆は浴衣に着替え始めたのである。
「カップルのお相手、願えるかな?」
浴衣『月見酒』を着たファイゼルが、双樹提供『濡鴉』を着たイヴェットに手を差し出した。青みを帯びた黒地の浴衣に、彼女の白い肌と黒髪が映える。
「別に構わないが」
「ありがとな♪ じゃ、ちょいとこれを預かってくれないか? 鉄扇なんだが胸の間とか‥‥」
機嫌良く言いかけて、静かな視線を浴び彼は笑顔のまま動きを止めた。
「冗談だ。腰の帯に上手く隠せないか? こう、腰に手を回した時に俺の手が当たる位置に挿してもらって、いざと言うときの武器にだな‥‥」
「自分の腰に刺せ」
冷たく言われ、ファイゼルはしくしくと自分の帯に鉄扇を差した。
「アルノー卿。囮はあたしと組んでもらえるだろうか?」
「勿論、喜んで」
狐浴衣を着たライラは、普段着と思われる格好の上に紺の浴衣を羽織ったアルノーに声を掛けた。紺だが、表に寺。背中に牛車が描かれ橙で色付けされている。
「貴女を危険に晒すのは悩み所ではありますが、貴女は冒険者。囮は‥‥とお断りは出来ませんね」
「囮任務とは言え、アルノー卿と共に行動できるのは嬉しい‥‥」
小声で囁くと、アルノーは微笑んだ。
「僕も、とても嬉しく思います。不謹慎ですが‥‥貴女の浴衣姿も見れましたし、少し感謝、でしょうか」
そう言ってアルノーはライラの手を取り、歩きだす。
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「はーい。どっちがどっちでしょ〜」
浜辺で氷が溶けた果物を前に、アーシャとアイシャが抱きつきながら手を上げた。同じ浴衣を着ている2人だが双子である為見分けがつかない。
「んーと‥‥こっちがアーシャさん」
「えぇと‥‥私はこちらがアーシャさんだと思います」
『柴犬浴衣』を着たアンと、『枝垂桜』を着た双樹が2人の相手をしている。
「双樹さんせいか〜い。ほっぺにチュー、ブドウをあーん。ご褒美はどっちがいい?」
「はう‥‥はう‥‥」
おろおろする双樹に両側から抱きつき、双子はその頬にご褒美を与えた。
「パリは王子様がいっぱいいる町だと思ってたけど、意外とお姫様もいるのねー」
「アンさんも欲しいですか?」
「うぅん。『お兄ちゃん』はどう?」
アンに促されて傍に居たテオドールは苦笑する。アンは12歳程度の人間の少女にミミクリーで化けていた。どう見ても兄妹に見える歳の差ではないが、その姿で浜辺デートも実行済みである。正直複雑でアンはそのデートを喜べなかったわけだが、それはテオドールも同じだろう。
「‥‥この集まりは、楽園と見ていいのか‥‥?」
「ハーフエルフ揃いで楽園も何もあるか」
テオドールの呟きに背後からツッコミが入った。白地に鮮やかな花模様の浴衣を着たギスランだが、それを見てアーシャの頬が僅かに赤く染まる。
「何? 気になる人?」
「お姉は修羅の道が好きですねぇ」
「ゆ、浴衣が似合うじゃないかなんて思ってません」
「楽園を築きたいなら、この淑やかなお嬢さんを後3人は集める事だな」
「はうー‥‥そんな私‥‥」
「お前、去年の収穫祭の時は俺に結婚しろと言っておいて、今度は楽園を勧めるか?」
「お嬢さん。エルフでは相手に不足かもしれないが、一緒に回りませんか」
「え‥‥? はい‥‥?」
そうして双樹はギスランに連れ去られた。
「えー。1年パートナーの私を置いて双樹さんなんですかっ」
「まぁまぁお姉。これあげますから」
「うわーん。自棄酒してやるぅーっ」
「リードシンキングでもする?」
何すればいいんだろう。ユリゼは呟き少し後ろを歩く男の視線を感じつつ、貝殻を拾った。
「‥‥わ、悪い? 普通に女の子しててっ」
沈黙に耐えられず振り返ると、フィルマンは笑っている。
「これは、うちのお姫様へのお土産のつもりで、別に自分のお土産じゃ」
「嫉妬するなぁ‥‥」
「‥‥はい?」
男に言われて『睡蓮の浴衣』を着ているユリゼに、正視できない程派手な浴衣を着ているフィルマンが、はいと小瓶を手渡した。
「相手が愛らしい女の子だという事は承知しているんだけどね。‥‥来た」
一瞬何の事か分からずフィルマンを見上げたユリゼだったが、即座に男の周囲の空気が変わったのを読んで海へと振り返った。男がナイフを隠し持つように出している間に、ユリゼは帯に挟んでおいたスクロールを開く。テレパシーだ。
「来たな」
一方、別の場所を歩いていたファイゼルとイヴェットも海の異変を感じ取っていた。
「武器を取りに戻る」
「テントまで釣らないとなっ」
皆は砂浜へと集まって行く。海の中で戦うのは不利だ。だから、充分に引き付けなければならない。
そして。
●
「やっと出番かぁ?」
浜辺で浴衣組が楽しそうに梨割りをしているのを眺めながら、シャルウィードは立ち上がった。波間に幾つかの何かが見える。他に待機していた橙分隊員と目配せし、ぐるりと回りこむようにして歩き波打ち際に立てたテントの裏に潜んだ。
「ファイゼルさん、お帰りなさい〜。一緒に梨割りします〜?」
「青い梨よりはブドウよね」
「イヴェットとデート中だから、後でな」
砂浜に散乱した果物の破片を見ながらファイゼルは遠くのテントへと去っていく。
その時。押し寄せた波と共にギルマンが砂浜に上がってきた。手に持っていた銛を構え、一斉に襲い掛かってくる。
「さぁ楽しく踊ろう、半魚人野郎!」
それへとシャルウィードの剣が叩き込まれた。返す刃で飛び掛ってきたギルマンの銛を弾き返し、他のギルマンの攻撃も容易くかわす。
「次に下ろされたい奴だけ掛かってきな」
「お姉! 私達姉妹の実力、橙分隊の方にご照覧いただくと致しましょうか」
暗器を取り出したアイシャがアーシャの背に回った。そこへ別のギルマンを連れてきたユリゼとフィルマンが戻ってきて、ユリゼは遠くからグラビティーキャノンを放つ。砂浜の上でギルマンが数体転がったが、そこへアンが駆けてきた。
「黒髪のお嬢さんは、私が護るわ!」
ブラックホーリーを立て続けに撃ちながら、アンはユリゼの前に出る。邪悪と言いがたいギルマンの中にはそれを抵抗する者も居たが、連発されれば牽制にもなる。
「うん、宜しく」
「‥‥あら?」
フィルマンへの牽制も込めて言ったつもりだったアンだが、あっさり任されて拍子抜けした。
その頃、ギスランと歩いていた双樹も襲われていた。しかしオーラテレパスで会話を試みる。
『こんにちは、何してらっしゃるんですか? 浴衣を着たりするのはいいですけど、それで他の人を襲ったりしちゃだめですよ!』
『オマエ食ウ。キラキラ貰ウ』
『ですから、駄目ですーっ』
必死のテレパスも空しくギルマンは襲い掛かってくる。かんざしを抜いてオーラパワーを掛ける双樹に攻撃してくる相手を、ギスランが素手で殴り飛ばした。
ギルマンはあちこちで皆に襲い掛かったが、地上では役不足であった。海へと逃げるギルマンを追いかけて泳がれる前に倒し、ユリゼも逃げる相手に次々と魔法を飛ばして行った。
「‥‥デビルの気配はねぇな」
「直接指示してるわけじゃないって事か?」
何度かシャルウィードは石の中の蝶を確認したが、全く反応も無い。だがギルマンを逃がす数は最低限にしたかったので、沸いて出ては逃げていくギルマンを波打ち際で迎え撃った。
「ファイゼル、来い。他の場所を見に行く。フィルマン、テオドール。浴衣は捨てて村を当たれ」
一通りギルマンの掃討が終わった所で、イヴェットが動いた。ファイゼルを連れて砦まで異変が無いか確かめに行く。
「勿体無い。髪も戻すのか‥‥。うなじが‥‥」
「勿体無いならお前が髪を上げたらどうだ」
「いや、俺が上げてもさ」
一方、その時点で砂浜に戻っていない双樹は、ギスランと一緒に少し大きめの敵と対峙していた。ギスランが素手で相手の攻撃を受け止めている間に、暗器かんざしで双樹が地味に刺して行く。だが援軍が訪れた。複数の敵の攻撃をかわす自信は双樹には無い。それでも下がって構えた時。
「シャルウィードさん!」
「こいつがボスか?」
間に入って剣を奮うと、ギスランが下がる。代わりに敵の攻撃を受けて返し、シャルウィードはにやりと笑った。
「弱ぇんだよ!」
「大丈夫さね?!」
援軍のギルマンを相手にし始めた双樹の所に、ライラとアルノーも走ってくる。そうするとたちまちカタがついてしまった。
「この格好に素手はハンデだったな」
「そりゃそうだろ。腕に自信があるからってな。ナイフくらい持てよ」
砦と村を回ってきた者達も帰ってきて、それからは倒したギルマンの数を数える事になった。復讐に来る可能性もあったから、皆は分かれて砦や村々で夜を明かし、襲撃に備える。
だが、倒した45体がほとんど全てだったのか、その日も翌日も敵の気配はなかった。
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浴衣に貧相な武器では、皆が手練であっても無傷ではいられない。
だが、翌日には海岸での魚釣りが始まっていた。
「ライラさんの料理、楽しみですね〜」
「生魚は勘弁な」
「勿論焼くさね。ヒデンノタレも持ってきた事だし」
敵が出てこないか波間を確認しつつの魚釣りだが、皆はそれを楽しむ。
レミエラを使って日本酒を出したユリゼがクーリングで冷酒を用意。
「大物釣るぞ〜」
張り切る者も居る中、ライラはアルノーと並んで釣っている。庶民出のアルノーは釣りの経験も或るのか、上手に釣り上げていた。
ある程度釣れればライラお手製イールパイとイール焼きの調理が始まる。その間、橙分隊員は周囲の村々を定期的に見回りに廻り、それにはファイゼルも同行した。
「デビルは出てこなかったな。簡単に出てくるような下級クラスでは無いと言う事か」
「海で戦えば出てきたかもな」
言われてイヴェットは海を眺める。
「でも海上は不利だよなぁ。‥‥よしっ。一通り廻ったし、帰ってイール焼き食おうぜ」
ゆるゆると沈みいく夕日に照らされる中、ファイゼルは手を差し出した。それへと帯を渡し、イヴェットは砂浜へと歩き出す。
「いい飲みっぷりですね〜。お姉、ほらもう一杯。ぐいっといって下さいね、ぐいっと」
「あはははは。アイシャの顔がぐにゃぐにゃになってる〜♪」
「アンさんは何作ってるの?」
「砂のお城。‥‥夕暮れ時だからかな。儚いから‥‥愛しくなるのかなって」
「‥‥そうね」
「あまり飲みすぎたら、帰りの船で酔うさね」
「あひゃひゃだいじょ‥‥うえー‥‥急に気持ち悪‥‥」
「あう‥‥この梨を食べて落ち着いて‥‥」
「そんな消化の悪い物食べたら尚更具合が悪くなるのさね」
「んじゃそろそろ引き上げようぜ。変なのが上陸しないように埋めとけよ」
砂浜でわいわいやっている人達を見ながら、イヴェットは思う。
彼女達の笑顔は、今のノルマン。彼女達も含めた全ての民の笑顔を守るのが、自分達の使命だと。
そして、北海から吹く風を追い風に、皆はパリへと帰って行った。