1年後の預言〜N様護衛〜 護衛編
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月28日〜09月04日
リプレイ公開日:2008年10月16日
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●オープニング
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1年前のその日。
その国は滅びようとしていた。
国の名はノルマン。預言によって滅びを約束された場所。
そして最後に、パリが目標に挙げられた。
国の要人達と冒険者達の相談の場として、旧聖堂にはたくさんの人が集まった。
この国と彼らの場所を守る為、共に力を合わせて戦った。
各地に及んだ預言が呼ぶ災害の爪跡はすぐには癒えず、戦いが終わった後も復興には時間を要しただろう。
だがそれもこれも、今となっては遠い過去のようにも思える。
勿論、デビルは暗躍しているし、冒険者の戦いに終わりは見えない。この国は、今もあらゆるものに脅かされている。
常に新しい何かに脅かされ、新しい何かを喜び、或いは悲しむ。日々が経つのは早く、人々は過去の悲劇を思い出して嘆くよりも、今を生きる。
だから、人々の多くはもう忘れてしまっているのかもしれない。
かつて、彼らを脅かした恐怖の言葉。
ノストラダムスの預言の事を。
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「これは、秘密裏に運んで欲しい依頼なのだが」
その日、珍しく冒険者ギルドにブランシュ騎士団橙分隊長が訪れた。本人がそう言うくらいなのだから、当然服装も目立たないものを着用している。応対したギルド長は、ワインを振舞いつつ話を聞いた。
「ノストラダムスは今、地方の修道院で暮らしている。貴女もご存知のように、一連の騒動の責任をどう取らせるか、紛糾した御仁だ。本来ならば修道院で奉仕活動を行う程度では到底済まされないが、デビルに利用されただけで、本人は敬虔なる神の僕である事は明白だったからな。だが、彼がその誤った預言を信じ、人々の生活と心を乱した事は事実。我らの国に多大なる被害をもたらした事も」
「えぇ‥‥」
ノストラダムスの処遇は人々には知らされていない。今も尚、彼の教えを妄信する狂信者が居て、何処かに潜んでいるという話には事欠かないし、彼らが変わらずノストラダムスを自分達の主として祭り上げる為、その行方を捜しているという話もある。過去にも彼を巡って狂信者が騒ぎを起こした事もあり、彼が今現在どのような状況にあるのか、一切公にされていない。
「元よりその一生を神と人に捧げると誓った男だが、一層謙虚に生涯通して生きてもらわねば困る。あの男は、仮に死体であったとしても‥‥利用される可能性が今尚高い。このままノルマンで飼い続けるのは危険だと、進言はしたのだが」
「まぁ。陛下にそのような事、おっしゃったのですか?」
「団長には。だが、あの男に今も価値はあるだろうか。あの男を利用したデビルの企みは1年前に潰えたはずだ。担ぎ上げる事を望むのは、狂信者のみだと思うのだが‥‥」
ワインを口に運びながら、橙分隊長は窓の外へ目を向けた。夏と言えども、朝晩は多少涼しさを感じるようになってきたこの季節。セーヌに落ちる陽が映り、時折柔らかな風が吹き込んで来る。
「これはあくまで噂なのだが、狂信者に動きがあるらしい。だが背後にデビルが居る可能性も無いとは言い切れない。情報の成否を確認したいが、それまでに万が一ノストラダムスの居場所が知れて行動を起こされては厄介だ。内密に、冒険者に様子を見に行って貰いたい。必要があれば護衛を行い、周囲に不穏な動きあらば阻止をする。‥‥私が行く事が出来れば良いのだが、生憎我が隊は北海へ向かう事が決まっていてな。情報の成否に関しては、藍分隊に任せてある。そちらでも冒険者と行動を共にする予定のようだから、協力して事に当たって貰っても構わないが‥‥」
とにかく極秘任務であると彼女は重ねて告げた。
ノストラダムスは現在も厳重に監視されているはずである。だがその居場所が外に漏れれば新たなる問題が発生しかねない。彼の事を担ぎ上げたい者が居る一方、確かに彼を憎む者達も存在するのだから。
「馬車は用意する。寝食はその修道院で行い、ノストラダムスから目を離さないようにして貰いたい。噂によると、狂信者の決起は近いようだ。彼らの襲撃があるかもしれない事を充分に覚悟した上で、ノストラダムスを連れ去られないよう、重々気を配って貰いたい」
そう告げると、彼女は席を立つ。
セーヌ河を染める夕刻の色は、深みを帯びて光を失っていた。
●リプレイ本文
二日ほど掛かる移動の間、冒険者達は窓に厚く覆いをされた馬車の中にいた。別手段での移動は受け入れられなかったことで、向かった先の詳細な位置は分からない。道は修道院の手前でこれまでになく傾斜し、何度も曲がった後に目的地に到着した。
馬車も通れぬ急勾配は存在しないが、なだらかな一本道でもなく、手前の村だろう場所以外を通り過ぎて以降は人の気配はこそともしなかった。そうしたことは陰守森写歩朗(eb7208)と十野間空(eb2456)が消耗しすぎぬように使用したスクロール魔法で得た情報だ。
村の外の森の中、獣の気配もほとんどないのが異常の発生を示している。
けれども、辿り着いた修道院の中は、あまりにも静かで、勝手の分からぬリュリス・アルフェイン(ea5640)やエイジ・シドリ(eb1875)、天津風美沙樹(eb5363)は不審に感じたが、聖職者達は修行の場ならば当然と受け止めていた。
「修道院にも人と交わって聖書の教えを説くことを中心とする場と、こうして髪の教えをより深く理解するために修行する場とがあるのです」
リーディア・カンツォーネ(ea1225)が説明する間に、建物の外観だけでウェルス・サルヴィウス(ea1787)はおおまかな造りを見て取っていた。あちらが礼拝堂、こちらは人が寝起きする建物と示していると、到着の知らせを受けた修道院長の遣いが皆を中へと招いた。
途中、数名の修道士とすれ違うも、いずれも穏やかな表情で会釈を寄越すのみ。明らかに場違いな者ばかりの集団だが、到着は知らせられていたのか誰一人として面食らった様子はなかった。布で包んであるとはいえリュリスの持つ刀、またエイジの弓と矢筒など皆の武装に気付いた者もいたようだが、それらにも不審の目を向けられることもなく。
「こちらの者は、ミシェルと申します。皆様のご案内を勤めさせましょう」
予言者と呼ばれていたノストラダムスのことを知りつつ、泰然と構えて見せた修道院長と副院長とが引き合わせてくれたのが、何人かには一年振りの再会となる神学者だった。
よろしくお願いしますと深く頭を下げたミシェルことノストラダムスは、顔色も良く、身体つきもしっかりとしていた。明るい表情はしていないが、ただ苦悩していた一年前の姿はなく、深く何かを考え込んでいるような顔付きで‥‥見知った顔を見付けた時には、それが少しばかり綻んだ。
その後、簡単に修道院内の案内をしてもらい、見取り図も見せてもらった。説明するノストラダムスの口調は落ち着いていて、危機が迫っていることを知っているのかさえ窺えない。
さすがに個人の部屋や重要なものがしまってある場所は覗けなかったし、リュリスやエイジが望んでいたように目立たないようにも出来なかったが、そもそも女性がいる時点で修道院では不自然なことだ。修道院長の影響力か、明朗な説明がされていなくても冒険者達がいることは皆に受け入れられていて、誰もがいつも同様に暮らしている。
「この修道院の者は、決められた時にしか外に出ません。毎日この中で、決められた仕事をしています。滅多に人も訪ねてきませんが、応対する者も決まっていて、私は詳しいことはわからないのです」
幽閉ではないが、外界とは隔離されている生活。リーディアやウェルスはそれが修道院で特別なものではないと知っていても、なんとなく重苦しいものを感じる。他の者であれば尚更だが、当人は問われるままに修道院での生活を語った。
世俗と隔離された生活でも、不自由はない。冒険者からしたら堅苦しいかもしれないが、他の修道士との関係も良好で、ノストラダムスには心安い生活である。この一年、国の要職にある者と面会は出来なかったが、彼が話したことは全て書き留められてパリに送られたのは聞いている。多分、修道院長は定期的に彼のことをどこかに報告しているのだろう。
そうしたことは承知しているが、ここでは互いの過去のことなど尋ねない。他の者にもここで過ごさねばならぬ理由があるのかも知れないが、そうしたことを思い浮かべるのも良くないこととされているので、今あるがままを受け入れている‥‥など。
そのように語られれば、陰守や美沙樹も思い当たる節がある。彼らの武装を見て取った際の目の配り方が常人と違う者もいた。
これで内通者がいれば、情報は何もかも相手に筒抜けだが、空の石の中の蝶、陰守の退魔の錫状は異常を知らせては来ない。話からして、内通者がいても外に連絡を取るのは至難の業だ。魔法で外から働きかけて来ているとしたら、流石に発見は難しい。
リーディアが危機が迫っていることを教えたところ、それは院内には知らされているとの事だった。白魔法の使い手がいるわけでなく、討伐隊が来ていることも承知しており、礼拝堂では不浄のモノを除けるための祈りに時間が割かれているそうだ。
「それでもこう落ち着き払って仕事してるってのは、理解しにくいな」
「慌てふためいているよりはましだろう」
リュリスが肩をすくめ、エイジの指摘には頷いたものの、狙われている理由を知れば変わるのではないかとの不安は全員にある。
空が一度ならず試したテレパシーは距離の都合でなかなか繋がらず、村にズゥンビが迫ることを知らせてきたのは、一羽の鷹だった。これとて、日があるうちでなければ飛べず、空にデビルが現われれば日中でも動けない。
修道院長の許可が貰えたので、美沙樹は修道士達が使う出入り口付近と、日頃は使わぬ場所を選んで接近を知らせ、動きを絡める罠を張った。心得があるものは手伝い、そうでなければ中の様子をもう一度確かめる。
事前に打ち合わせていたこともあり、これらの準備は着々と進んだが‥‥そうした計画が全ては終わらないうちに、異変は襲い来た。
夜半、天にあるはずの月が雲に隠れて重く垂れ込める。
今にも降り出して来そうな湿った空気に、重い物が落ちる音が続いて、やがて腐臭が混じった。
「今、何かが上を通ったか?」
陰守の呟きに、リュリスが『でかい鳥』と答えた。もちろんそれだけのものではないのは誰もが承知しているが、デビルを感知するアイテムの反応は僅かの間だけで途切れている。
「下の村に何か‥‥」
ウェルスが少し強張った声を上げたものの、あいにくと確認する手段はない。下は下で、そちらに向かった者達が全力を尽くしているはず。ただ、運悪く彼らの敷いた防衛線を抜けてきたものがいるか、それともなんらかの方法で飛び越えてきたか。
陰守のスクロール魔法で、全員に士気高揚の魔法が施される。合わせてウェルスのレジストデビルもだ。付与された者から、留まることなく、敵が進んで来そうな場所に展開していった。
「来ました。‥‥数も多いですね」
空が示した先には、闇夜に少し白く見える雷雲を黒く染める染みがある。それは羽を持ち、群れて下りてくるデビルの群れだ。下級と呼ばれるもの達だが、数がいればやはり脅威となりえる。
「院長様、皆さんとどうか避難を」
あらかじめ予想していた襲撃の形式により、修道士達の避難誘導先は決めていた。リーディアがそちらの向かってと声を上げれば、何もかも心得ていそうな院長が流石にこれには驚愕した修道士達を叱咤して、出入り口の一つに向かう。
「ミシェル、皆様を下に案内できますね」
ノストラダムスだけは残ることになるが、院長の一言でそれが彼の役目になる。ウェルスが目礼で送る中、修道士達はこんな時でも整然と並んで歩き去った。
「いいねえ、警戒先が一つ減るってのは」
リュリスは内通者の存在がなかったようだと喜ぶ風情で、鼻を蠢かせていた。風が舞うのでどの方角からズゥンビが登って来るのか分からないが、まずは飛んでくる厄介者払いが先だろう。
落ちてきた雨粒を透かしながら距離を測り、美沙樹が鳴弦の弓をかき鳴らす。その音を嫌って飛び離れるデビルもいるが、注意が散漫になったところでエイジの矢が襲う。これで落ちてくれば、リュリスと陰守が待ち構えていたが、そんな陣形も最初のうちだけ。
すぐにデビルの群れが、修道院の庭と出入り口に近い内部に取り付く。得物を振り回すには屋内では狭く、隠れるなら庭は不向き。回廊に近い部屋に陣取っても、人気が他にないのだからデビルも皆を追い詰めるのは幾らか容易だったろう。
けれども、目指す相手と思しき姿を発見して、喜び勇んでもデビルはそこには近付けない。ウェルスのホーリーフィールドの効果である。他に聖なる釘も併用されて、いざと言うときの治療の場は確保されていた。
挙げ句に目深に頭巾を被って顔立ちが定かならぬ者が二人いては、どちらを襲えばいいのか迷うデビルもいる。所作が似ているウェルスが、同じ服装で頭巾を被ってかがんでいると、味方でも背後から見たときは一瞬迷う。髪の染め粉も用意したものの、他の修道士達に見咎められることを避けているうちに使う機会を逸したので、服装と頭巾で間に合わせたものだ。リーディアもほぼ同じ姿だが、こちらは見慣れていれば判別は容易。でもデビルには難しかったらしい。雨もこれについては味方である。
「ドコだ、いるのか、イナイノカ」
「アノ方ノ、道具ハドコダ」
右往左往して、それでもノストラダムスを探しているらしい。
どうやら、確実な情報を手に入れて動いたわけではないのかもしれない。そんなことを皆が考えたが、狙われている当人はただ聖句を唱え続けている。それはヘキサグラム・タリスマンを発動させるための祈りだった。
タリスマンの発動を見計らい、美沙樹が鳴弦の弓を放って小太刀を抜く。エイジもシルバーナイフに持ち替えた。ノストラダムスが祈りを込めたタリスマンを、ウェルスが空に渡して、援護とする。空はムーンアローで後方ともいえぬ場所からの支援だから、少しでもデビルの動きを鈍らせるものがあるに越したことはない。聖なる釘があり、タリンマンも複数あるからこその使い方だ。
やがて、デビルの影が減り、残ったものも叶わぬと見て逃げ出し始めた。その前に倒されたものは、相当の数にのぼり、消費された様々な回復のためのアイテムもそれなりに数になっていた頃、出入り口から入ってきた一団がある。
「ズゥンビのお出まし‥‥ではないな。貴殿らはまだ出るな」
「どうなさったんです。戻ってきたのが今だからまだいいものの」
感知のアイテムを持つ陰守と空が、戻ってきた修道士達に近付いた。どちらもアイテムの様子を気にするが、異常はない。デビルも本格的に去っているようだ。
けれども、修道士達の半数以上は差はあるものの負傷していて、ウェルスとリーディアが慌てて駆け寄ってくる。
そうして聞かされたのが、この修道院を包囲するようにあがってくるズゥンビ達の存在だった。夜道でも下りる道は普段使うもの以外にも幾つか知っている修道士達だが、どこに向かってもズゥンビの囲いの中で下へ向かえず、結局戻ってくるほかなかった。生死に関わるほどの怪我人はないようだが、流石に二、三人は出血と気疲れでへたり込んでいる。
この状態でも門の閂は閉めてきたという人々の手当ては、ノストラダムスとリーディア、ウェルスに任せて、残る五人は手分けして門を確かめに回った。どこもいつもより念入りに閂が掛かっているのを確かめ、ついでにそれを叩く音も耳にして、最も扉の薄い通用門に向かう。
「こんな獣よけ目的の扉じゃ、その内にぶち破られるぜ。他の扉も時間が経つと危ないな」
エイジがあらかじめ確かめておいた材質から導かれる結果を、さらりと口にする。中に入られると、身を守る術がない修道士達に一体でも向かわれたら大変だ。彼らの誰かが、敵に背を向けて駆けつける必要が出る。
そうしないためには、即席で障害物を作っておいて、門の手前で迎え撃つしかない。他の門にいる奴らは、順次、手早く平らげる。
「やれやれ、用意がいいとこういうときに役立つな」
どこまで本気で思っているのか分からない素っ気無さだが、リュリスは実際に障害となりえる木材などを準備してあった。知性がある相手ではないので、ともかく足止めになる程度に積む。
この頃には修道士達の手当てを終えた二人も追いつき、ノストラダムスは予備で渡してあった聖なる釘とタリスマンを握り締めてやってきた。流石に顔色が蒼いが、他の者を巻き込んではいけないと考えたのだろう。ズゥンビは相手が誰でも関係ないが、結界を維持する者が冒険者以外にいればありがたい。
今度はただひたすらに平らげるだけだからとは、誰の言い様か。
洋の東西を問わず、聖職者にはいささか不謹慎と受け止められたようだが、誰かの遺骸をさ迷わせたままではいられない。
「さて、出たら右回りか左回りか」
「敵が多くいるほうで行こう」
門を開くと、それまでも漂っていた腐臭が一気に押し寄せた。
雨粒が落ちて出来たはずの泥濘が、妙に粘っこく感じる。疲れているのか、それとも落ちた腐肉を踏んでいるのか。
リュリスと美沙樹、エイジと陰守が互いの立ち位置を庇うようにしながら、目に付くズゥンビを片端から切っていく。リーディアとウェルスが掲げるのは十字架、灯りとタリスマンを掲げたノストラダムスが、空に庇われるようにしてその後を付いていく。
刃が縦横に動く死者を斬り、魔法が放たれる光景の中で、ノストラダムスが何事か呟いたようだった。一人二人、そちらに目を向けたが、彼は静かに首を振り、死者を送る聖句を唱え始める。
下の様子を知る術は彼らにはなかったが、抗う術のない修道士達が戻ってくるしかなかったズゥンビの群れも、この場の冒険者にとってはデビルの群れよりはまだ容易い相手で‥‥全部を行動不能にしたと時にも、一人も膝を付くものはいなかった。
「ミシェルさん、大丈夫?」
「‥‥ここで弱音を吐いては、あまりにも自分が不甲斐ないので」
大丈夫と答えさせてくださいと、震える膝をかろうじて立たせている男はいたけれど。
「このふざけた有様も現実だしな。気合入れて生きろよ」
掛けられた言葉に、ノストラダムスはしっかりと頷いた。
その様に、彼が何者かに操られることはもうないだろうと、そう希望を見出した者達がいる。
雨が上がり、あたりには彼らに埋葬して欲しいだろう者達が多数いる中だったけれど。
(代筆:龍河流)