魔曲序章〜敗戦を余儀なくされるだろう〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月09日〜12月14日

リプレイ公開日:2008年12月19日

●オープニング

 響き渡れ、この声よ。
 空を覆い、天を駆け、海を渡り、永久(とこしえ)を呼び起こせ。
 全ての生は、土の下より出で、
 全ての生は、土の下へと還る。
 生まれし時より、その魂は神に縛られ、
 その鎖は永劫に断ち切れぬ。
 
 呼び覚ませ、その因業を。
 腐り落ちても忘れぬその絆を。
 そして歌え。そして奏でよ。
 縛られしその魂を解き放て。
 

「困った事になった」
 その男は、多少しわがれた声で呟いた。
 かつて、歳の割には精力的に冒険や探索を重ね、その知識を増やして行く事を仕事と課していた男だった。時として戦う事も恐れず、敵が何であろうとも立ち向かって行った男。既に老域に達していたが、背筋は伸び声も若々しく、エルフと言えども実際年齢を聞けば誰もが驚く。自らの研究の為とあれば、どこであろうと出向いた男。
 だが、今彼は。
「‥‥見つからん‥‥。何故、だ‥‥」
 男の顔には深い皺が刻まれ、声には張りが無かった。その背は多少曲がり、深く嘆息をつきながらも手に持った杖を床に落とす。
「‥‥闇‥‥光‥‥天‥‥地‥‥。そうだ。確かに‥‥あったはずの‥‥あの、曲‥‥」
「‥‥『灰色の導き手』よ」
 そこは酒場の片隅だった。声を掛けられ、男はのろのろと顔を上げる。
「‥‥お前‥‥は‥‥」
「そなたに残された時間は僅か」
「‥‥待ってくれ。もう少し、だ‥‥。もう、少しで‥‥」
「‥‥時は待たぬ。今この時も、着々と前に進むのみ」
「もう少し‥‥で、解けるのだ‥‥。在り処が‥‥」
 酒場内は、人々の声で埋め尽くされていた。その中、ただ静かな時だけがその片隅で流れる。
 男の前には、黒いフードとマントに身を包んだ者が立っていた。だが、誰もその姿を視界に入れようとしない。誰もその姿に気付いていないかのように。ただ、そこに座る老いた男以外には。
「‥‥だが、あの地は最早‥‥入れん。間違いなく、あの地にあるはずなのだ‥‥!」
「そなたの『契約』は間もなく完了する。そなたの罪は、その時浄化されるだろう」
「‥‥私に力を。後少しだ。後少し‥‥」
「彼の地にはデビルが居る。それを打破するだけの力は、人一人の身には余りに重い」
「力を‥‥貸してくれんのか」
「力ならば、既に貸した」
 黒に埋もれた者は、静かにそう告げた。
「故に、再びは貸さぬ」
「待ってくれ。‥‥まだ足りない。後少しなのだ」
「罪深きは人の業よ。欲こそが、そなたの身を滅ぼす。‥‥我は、別の者を探すとしよう」
「待っ‥‥」
 呼び止めようとした男の前で、黒き者はゆっくりと姿を消す。それへと手を伸ばした状態のまま男は固まり、ややあってからその手をだらりと落とした。
「‥‥別の、者‥‥」
 男は目を伏せ、テーブルに向かって呟く。
「別の者‥‥」
 何度か呟いた後、男は顔を上げた。
 その目には、執念に似た強い光が宿っている。


 その依頼内容を聞いた時、受付員は耳を疑った。
「何故‥‥そのような‥‥」
「金に糸目はつけん。‥‥急がねばならんのだ」
「しかし‥‥」
 受付員は、目の前の老域にどっぷり浸かった男をよく知っている。長年、この冒険者ギルドにも通っている男だ。依頼も出すし、依頼を引き受ける事もある。かつては冒険者としても活動していた、研究好きの男。今は『ダンジョン研究家』として、あちこちのダンジョンを巡っては知識を増やしていたはずの男が。
「『強襲』‥‥。そんな依頼は‥‥」
「彼の地には、デビルがおる。あれを野放しには出来んはずだ。たとえ小さな粒でも、ひとつひとつ潰して行かねばならんはずだ。デビルは人を出し抜くが、我ら人が奴らを出し抜けん理由があると思うか」
「確かに‥‥最近の冒険者はどんどん強くなっております。今や、国の最高峰に位置する騎士団の方々に匹敵するほどに。しかも、強い武器防具を使いこなしていますし、レミエラも‥‥」
「であろう。躊躇する理由などあるまい」
「しかし‥‥」
 依頼内容はこうだ。
 デビルが支配する領地がある。そこにはデビルが欲する『宝』があるのだが、その『宝』は、ひとつではない。たまたま、その地に『宝』のひとつがあり、デビルはそれを手にする為にその領地を乗っ取ったのだ。
 その宝は『譜』。歌、或いは曲が書かれた羊皮紙であると言う。そして、『楽器』。それをデビルが全て集めてしまうと困る事になる。何故ならそれは。
「『魔曲』と呼ばれておるそれらを使われた時、我ら人は奴らに対抗する手段を失うのだ。何としてでも奪わねばならん。運の良い事に、『魔曲』はバラバラにされて各地に散らばっておる。先に我ら人が全てを集めてしまうのだ! それしか道は無い」
「ですが、彼の地は、デビルが治めているという明確な証拠もありませんし、それにたくさんの人々も暮らしています。強襲すると言う事は、その人々の生活を脅かすということですし」
「愚かな。放置すれば、その人々の命も魂も危ないのだぞ。‥‥いや、もう手遅れかもしれん。今までにも彼の地に対して探りを入れるような真似は度々してきたようだが、そのような手緩い手段ではデビルを炙り出す事も出来ん」
「‥‥ですが‥‥」
「冒険者がこの依頼を受けようと受けまいと、傭兵にも声を掛ける。速やかにデビルが住まう館を襲い、デビルを始末し『魔曲』を手に入れる。デビルと我ら人の間には、寸分の理解や和解という言葉は存在しない。ただ、デビルとデビルに従う者は討つ。それしか無いのだ」
 そう言うと、彼は皮袋を取り出しカウンターの上に置いた。ゴトリと重い音が木を伝わり響く。
「‥‥シメオン様。貴方がそのような事をおっしゃるとは‥‥思いもしませんでした」
「人は簡単に変わるものだ。老いても尚、な」
 そして男は、踵を返しその場を後にした。

●依頼内容
 デビルが治めるシャトーティエリー領に向かい、領主館を襲撃する。
 領主館内に居る者は全てデビルの支配下にあり、全て悪魔崇拝者である。遠慮する必要は無い。
 ただし、領主館内外にはかなりの数の兵士が居ると考えられる。激しい戦いも予想される。
 ポーション、ソルフの実、食糧、水の保証はするが、他の保証はしない。不足すると思われる物は前もって用意して欲しい。
 領主館内のどこかに、『譜面』または『楽器』があるはずである。それらしい物を見つけたら、速やかに依頼人に渡す事。数は幾つ見つけても構わない。
 又、傭兵団を雇って共に行動するつもりである。数は50人ほど。彼らへの指示は冒険者に任せる。
 シャトーティエリー領の領主館がある町は、川を南に配し商業が盛んな場所である。背面を山が囲んでおり森も広がっているが、領主館は町の中央に近い場所にあるので、山や森に潜んで一気に飛び出すような作戦は使えない。正面からの強襲しかないと考える。

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3991 フローライト・フィール(27歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec1713 リスティア・バルテス(31歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 空は澱み、大地は穢れ、館は燃えて、生命は朽ち果てるだろう。
 差し出す手は腐り、掴もうとする手は落ちて行き、世の儚さは、一夜の夢の如きと悟るだろう。
 人よ。人の子よ。
 今、眠らん。この不浄なる地の底で、永劫の眠りにつかん。
 
 其こそが、ただ一条の哀れみである。


 僅かな水音が、辺りの壁に反射した。
 地下の水路には、まだ水が薄く流れている。かつて、ここを通った時と同じように。
「音が少し響くな‥‥」
 尾上彬(eb8664)が眉を顰めるのも無理はない。館の地下牢屋へと繋がっていたこの通路は現在も塞がれているはずである。そこをドヴェルグの黄金を使い、地下へと侵入する計画がその一。それ以前に悟られて待ち伏せされては困る。
「それ、どのくらいの大きさの穴が開くんだっけ?」
 帰ってきた彬から話を聞いたフローライト・フィール(eb3991)が、天津風美沙樹(eb5363)へと振り返った。
「大きさは1mくらいだと思いますわ。深さもそれくらいですわね」
「通っている間は無防備になるね」
「人員を少し、増やす?」
 男装のまま、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が問う。この領地で警戒されている者も居るので、ここまで来るのに商隊を装ったりして来たのだ。だが、二手に分かれるとしても結構な大所帯である。
「‥‥少し、まずい気もするわね」
「レティもそう思った?」
 領内に入り、目的地である館のある町へと入ると同時に、アリスティド・メシアン(eb3084)も気づいていた。バードである彼らは、人々の流れや表情に敏感だ。今、この場所は。
「ん〜‥‥。活気がないようには見えないですけどね〜」
 アーシャ・イクティノス(eb6702)の目には、賑やかな町並みのようにも思える。
「中規模以上の商隊が入るほどの活気が無いなら、この侵入の仕方は少し大胆だったかもしれないわね」
 リスティア・バルテス(ec1713)はスキールニルの杖を持ち直して思案した。
「まぁ‥‥今更、考えたって仕方がないですよ! バレる前に行動です! ‥‥って、ミカエルさん、暗いですけどどうしました?」
「えっ‥‥。いえ、大丈夫ですよ」
 顔を覗き込まれ、ミカエル・テルセーロ(ea1674)は笑顔を作る。
「大丈夫です。‥‥行きましょう」


 汝に問う。
 其の心、何処に在るか。
 汝に問う。
 其の想いの深さは、如何ほどか。
 汝に問う。

「質問があります」
 アーシャを筆頭にアリスティド、リスティアがシメオンの前に立っていた。リスティアは、
「依頼人に何かあったら事だしね」
 と、早いうちから出来る限り同行するようにしていたのだが。
「どうしてこんな強引な方法になったのか‥‥。館に居る全員が悪魔崇拝者とは考えられないし、ミシェルさんはむしろそういう人達と戦っている気がします。だから無駄な血を流すのは反対です」
 何か隠していないのか、危険な任務だからと情報提供を求めるアーシャ。その言い分は最もである。
「僕からも少し。『魔曲』が揃うと何が起こるのか‥‥危険ならば、見つけ次第破壊したほうが得策なはずですが」
「じゃあ私も。デビルが支配しているといきなり言われても、突拍子な気が誰でもすると思うの。何か、根拠があるんでしょ?」
「行けば分かる」
 だが彼は、そのほとんどの問いに答えなかった。
「私のやり方に不満があるならば、今からでも引き返して貰って結構だ。私はもう歳だし時間が無い。だがデビルには無限に等しい時間がある。相手のフィールドで戦っては勝てん。そういう事だ」
「では、もし確証が無かったら? そこにデビルが居なかったら」
「居る」
 彼は、短くそう答える。
「シメオンさんが気付かなくても、私達なら気付く事があるかもしれません。襲撃するなら、それなりの材料が要ります。リシーブメモリーしてもいいですか?」
「その魔法」
 アーシャの言葉は、真摯でいて素直すぎた。相手の心に添わぬまま要請しても、肯と言われるはずがない。
「人の心を惑わすは、月が見せる幻。多用するものでは無かろう。軽んじては‥‥痛い目に遭う」
「でもっ‥‥私達は、信じたいんです。こんな無茶を言い出す人じゃないって思ってましたから」
「それはお前達の理屈だ。何を信じるかは、他人が決める事ではない」
「‥‥アーシャ」
 まだ追いすがろうとするアーシャを、アリスティドが止めた。
「‥‥僕達は、彼を信じきる事が出来なかった。だから、彼の心を見抜けなかった。今は諦めよう。彼は多分心を開いてくれない」
「老獪ねぇ‥‥」
 二歩下がってそれを見ていたリスティアが呟き、去るシメオンの後を追った。


 襲撃の時を迎え、レティシアとフローライトは傭兵達に指示を与えていた。
 事前にポーションやソルフの数は確認し、作戦内容と決め事は徹底させてある。
「はい、これ」
 レティシアが、角笛を渡した。戦闘になってシメオンを守りきれないと判断したら、退却の目安となるように吹く為に。
「とにかく、依頼内容に偽りがあるかもしれないからね。被害は最小限にしたい。だから、不殺は徹底して欲しいんだ」
 包帯を巻いた手を振りながら、フローライトはシメオンの傍を陣取る傭兵に別口で話を進める。
「もし、大掛かりな火の魔法を、味方への被害も考えずに使うようなら‥‥分かってると思うけど」
「スタンで対処しよう」
 だが、この時の彼らは知らなかった。
 傭兵団の中でも大きな爆弾を抱えていると言う事を。

「文字通りの強襲では、こちらも大被害を受ける事が確実な上に、成功もおぼつきませんわね」
 美沙樹は、シメオンに具体的な作戦を話していた。二手に分かれる事。片方の水路は奥で塞がれている為、少人数で出向く事。どちらの水路もシメオンは存在を知っていたが、その作戦にケチを付ける事は無い。だがこの作戦には、第3の手があった。
「大丈夫ですの?」
 説明したその足で、美沙樹は目立たぬ姿に扮した彬に声を掛ける。
「単騎で‥‥。彬さんの腕を信じないわけじゃないですわ。ただ」
「あの内部を一番知っているのは俺だからな」
「余裕があったら、テレパシーを飛ばすわ」
 レティシアが歩いてきて腰に手を当てた。
「お人良しな所があるんだから、無茶はしないで」
「お人良しとどう繋がるか分からないが、善処しようか」
「また、明日の日の出を共に迎えられるよう、無事を祈りますわ」
 2人の女性の激励を受け、男は頷く。

「刻が移ろうな‥‥。これ以上、間を置かないほうがいいだろう」


 汝に問う。
 其が求めるは、何ぞや。
 汝に問う。
 其が求めるは、手か足か。
 汝に問う。

「‥‥気配があるわ」
 領主館をぎりぎり範囲に入れる距離で、デティクトアンデッドを使用したリスティアが呟いた。見つかりにくい場所を選んだが、敷地全てを入れて探知する事は出来ない。
「まさか‥‥本当に居るとはね」
 反応が無い事をシメオンに突きつけるつもりだった彼女は、護衛として同行したフローライトと遠目から館を見つめた。
「一応‥‥偽りが無かった、の第一段階になるのかな」
「居るなら対処もそれに切り替えないと」
「厄介だね。数は?」
「2。ただのインプだった‥‥というオチを期待したいわ」
 2人は素早く陣営に戻り、それを皆に伝える。やはりデビルは居るのだ、気を抜くな、という雰囲気が漂う中、彼らは2手に分かれた。

『でも、強硬手段をとらなければならない理由が‥‥ある、のですね』
 過去の声が、ミカエルの脳裏を掠める。
「気‥‥散ってる?」
 隣から声がして、彼は我に返った。
「レティシアさん‥‥。暗視を生かして前衛を務めていたのでは?」
「気になったから戻ってきたわ。傭兵のレンジャーも居るし」
 小声の会話を隊列の後方で行いながら、ミカエルは視線を落とす。
「いざとなればシメオンさんを止めようと思っています。弟子ですから。でも‥‥」

「魔曲、デビルの存在を確証する材料、教えていただけませんか」
 ミカエルも又、そっとシメオンにその問いを投げかけていた。
「知や目的を奪うのではなく、助力になりたいんです」
「知を追う事が、同時に深き業であり罪になり得ると自覚した事はあるか?」
 だが返ってきた言葉は予期せぬものだった。
「知らねば良かった、という類の事だ」
「それでも、知らなかったよりは良い事だと思っています。知を追い求める事は悪い事ではありません。問題は、得た知識をどう使うかという事」
「だがお前も、知を渇望しているはずだ。それは知を求める者の業。力を求める者と同じ事だ」
「‥‥貴方は、後悔しているのですね」
「後悔はしていない。故にこう言うのだ。『その感情こそが業だ』と」
 何があったのか。そう聞こうと思っても声が出ない。何か、踏み込んではいけない領域をミカエルは感じた。
「知りたいならば教えよう。お前が自らの欲と向き合う決心がつくならば」


「問題は、この先ですわね」
 明らかに色が違う壁。かつて空いていた穴を塞いだ跡だ。
 美沙樹が罠が無いかを確かめながら先頭を行った、少数水路組は、穴を開けて潜り込む。後を続くアリスティドがレティシアにテレパシーを飛ばし、互いの無事や状況を確認した。4度開けて向こう側に到達した一行は地下牢屋へと乗り込んだ。
 がらんと広い地下を抜け、ミカエルが事前に行ったバーニングマップで反応した場所に向けて地上への階段を探す。
「‥‥誰もいませんね」
「地上はそうは行かないだろうけど」
「デビルは近くに居ないみたいですわ」
 用心深く階段を昇り、見張りをアリスティドが眠らせる。だが館内もやけに静かだ。
「‥‥この状況、どこかで記憶がある」
 呟き、彼はテレパシーを放つ。

 一方で、水路団体組は敵と遭遇していた。
 やれやれ、ばれたか、という表情で肩を竦めたフローライトが、すいと弓を構える。小柄なジャイアントほどはあろうかという背丈は遠目にも目立つが。
 レティシアのムーンフィールドの効果が切れると同時に、フローライトの矢が敵の腕に刺さった。一見、魔法を使う者は見当たらない。だが水路にはあちこちにわき道があり、どこから出てくるか把握しきれなかった。
「動かないで。ホーリーフィールドを掛けるわ」
 リスティアがシメオンを制止するが、元より彼はほとんど動かない。
「敵が出たら、魔法でなぎ倒す人かと思っていたわ」
「私はウィザードだ。情勢と共に動くのが常。先手必勝とばかりに魔法を放つような愚かな事は」
 と言いかけた彼の語尾は、爆発音と共にかき消された。
「ちょっと‥‥スタンは?!」
 慌てて振り返ったレティシアの視界に、笑顔のハーフエルフが見える。確か彼女は、今回の傭兵団を纏める隊長では無かったか。
「何させてるのよ?! ちょっと、誰か止めて!」
 叫んだレティシアの傍を、火の玉が飛んでいって通路に広がった。
「うわぁ〜‥‥その名の通り、火の海だね」
「悠長な事言ってる場合?!」
 こういう場合、彼女の魔法はあまり意味が無い。フローライトが素早く矢を番え、暴走魔術師に向かって放つ。
 その間にも、辺りは混戦となっていた。火の海から逃げるべくより一層、密な空間で対峙する事になる。
「消します! 火が消えたら、前進してください」
 ミカエルがプットアウトを唱え、またたく間に消えうせた火の海の痕を越えて、彼らは戦闘状態のまま進む。


 汝に問う。
 其が信ずる道は、如何様な道か。
 汝に問う。

「久しぶりだね」
 金髪の男は、にこやかに微笑んだ。
「会えて良かったが‥‥花の香りが強い部屋だな」
 月の翳りに乗じてグリフォンで館上空に近付き、インビジリングで姿を消した上で妖精の粉を使って館に降り、天窓から中に入って時折インビジリングを使い、龍晶球を使っても反応が無い事を確かめながら目的地に到着した彬は、禁断の指輪と人遁を使って芸者風の格好でミシェルと会っている。はっきり言って目立つ。
「そうだ。先に伝えておこう。彼女から、だが。愛が足りないそうだ。男らしく誠意を見せてやったらどうだろう?」
「あぁ‥‥」
 ミシェルは薄く笑い、頷いた。
「そう。それは残念だ。‥‥恐らく、最後だったろうと思うのに」
「‥‥最後?」
「猫を取りに来たんだろう?」
 言うと、ミシェルは立ち上がる。芸者も一緒に立ち上がり、ミシェルが開けた扉の後に続く。
 細い廊下の先に扉があり、それを難なく開けるとミシェルは彬を中に招き入れた。途端、非常に強い花の香りが脳を直撃する。
「なん‥‥だ? 新しい‥‥」
 薬の栽培か? と言いかけた彬の視界に、一種異様なものが入った。
 それは、貴族の家に相応しい椅子とベッド。辺りを花々が覆うがその中から音が聞こえてくる。鎖を鳴らす音だ。そしてそれを鳴らしているのは。
「ズゥンビ‥‥か」
 低く、呟く。その2体が何者なのか。一目見て容易に想像がついた。
 それは。

 微笑む、彼の。


 バーニングマップが記した場所。
 そこは、館の別館だった。
「『譜』だね」
 取り上げずに見つめたアリスティドが告げる。
「ここには、これで開けられる場所は無いみたいですね〜。地下も見つからないし」
 アーシャが指輪を持ちながらうろうろしたが、地下に繋がる道も見つからなかった。
「でも‥‥『祝福の歌』と調は違うみたいだ‥‥。ムーンアローもここを指していたし、他には無さそうだね」
「そうですわね。‥‥それにしても、この屋敷‥‥人があまりいませんわ」
 美沙樹が周囲を見回し警戒したが、ここに来るまでに出会った者はほんの3名。アリスティドのスリープだけで全てカタがついた。
「人が住むはずの場所で、人がほとんど見当たらない場合‥‥考えられる可能性はあまり多くない」
 それも、大体良い可能性ではない。
「罠か、先に襲撃されたのか‥‥襲撃に気付いて避難済という可能性もあるけど」
 だが眠った使用人にリシーブメモリーを掛けても、それらしき情報は見当たらなかった。
 触って呪われたりしないかという心配もあったが、彼らはその羊皮紙を持って外に出る。


 花に覆われた部屋で、男は一人佇んでいた。
「‥‥どうなさいましたか」
 問われ、床に落ちたままのバックパックに目をやる。
「侵入者が来たよ。‥‥喰わせてしまったけれどね」
「それはそれは」
 扉から入ってきた男は頷き、それを拾い上げた。
「地下からも侵入があったようです。多少被害はありましたが、館内への侵入は防げたかと」
「そろそろ騒ぎも大きくなってきたようだ」
 男は呟き、踵を返す。
「‥‥計画を、実行に移す時が近いな」