別離のとき〜アンジェルの選択〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月15日〜12月20日

リプレイ公開日:2008年12月29日

●オープニング

 おわかれは、とうとつにやってくるもの。

「‥‥」
 どうすればいいのだろう。彼女はぼんやり考える。
「‥‥出て行くから、平気」
「あ、そういう事を言っているんじゃないのよ」
 すらりとした体型の美女が、慌てて手を振った。
「追い出そうというわけじゃないの。おばさんにはノルマンに親戚が誰もいないでしょう? だから、この家と店の事もね‥‥」
「あなたがいるから」
「私も血が繋がってないわ。貴女と同じ」
「でも、あなたは人だから」
「貴女だって人でしょ」
 あっさりそう言ったその女性は『良い人』だ。自分のようなハーフエルフを差別しないから、という事よりも先に、この家に入って来た時から何となくそう思っていた。だから彼女は考える。どうすれば、自分がこの人に迷惑を掛ける事なく生きる事が出来るかを。
「‥‥ジプシーは、家が必要ないって。そう、言ってた」
「貴女はジプシーじゃないでしょ?」
「ジプシーに、なるの。‥‥踊り‥‥踊った‥‥見てもらって‥‥『スジがいい』って。だから‥‥『仲間』に‥‥」
「私は心配なの。ジプシーは旅人よ。貴女は沢山苦しい思いもするし、辛い事もある。貴女は多くの傷を負っているから、これ以上、苦しんで欲しくないのよ」
 まっすぐで正直で、言葉を飾らない人。『良い人』は、自分と同じように『傷ついて』くれる。人の悩みを同じように考えて『苦しんで』くれる。だから、駄目なのだ。この人の気がかりになってはいけない。
「‥‥平気。もっと苦しい人、たくさん居るから。私は、1人じゃないから」
「子供は子供らしく、大人に甘えなさい。アン」
 びしっと指差して、女性は少女の前で膝を折った。
「私は大人だから、おばさんの保証人になってたわ。だからと言って、おばさんの遺産を全て受け取る権利が私にあるわけじゃないの。私はおばさんと暮らしていなかったし、貴女はおばさんと暮らしていたわ。おばさんは‥‥結構口うるさくて頑固で、あまり人付き合いがいいほうじゃなかったけど、でも貴女とは上手くやってた。だから、貴女にも受け取る権利がある。断る権利もあるけれど、考えてみて欲しいの。貴方は子供だけど、欲しいものは全部我慢してきた。誰も住まないこの家に1人で住むのは辛い事だから、住みたくないと思ってるでしょう。だから、今までの生活を全部捨てて、去っていく。‥‥貴女は、我が儘を言う事を恐れているだけよ。我が儘を言うと、不幸な事が起こると思ってる」
「‥‥そんな事、ない」
 言いながら、少女は遠い過去を思い出している。
「私の希望はね。貴女に、ここに居て欲しいの。ジプシーに憧れがあって、その道に進みたいなら止めないわ。でも、ジプシーになってもこの店に居る事は出来るんじゃないかな。‥‥私も流浪の生活に憧れるけれど、私なら‥‥『劇団』を作るわ」
「げきだん‥‥?」
「そう。踊って歌って‥‥ジプシーもそうよね。その中に脚本を入れて、劇を作るの。それを見せて回るのよ。指人形の劇もいいし、ただ花を売りながら歌って踊るのもいいわよね。私が流浪の民になるならば、生きる喜びを全身で表して見せたいわ。‥‥だから、1人で生きているなんて顔して生活しないで欲しいの」
「‥‥」
「貴女を縛り付けたいわけじゃない。でも、色んな事に挑戦して欲しい。そう、思っているから」
 女性の言葉に、少女は小さく頷いた。

 少女の名はアンジェル。
 パリにある酒場で住み込みで働いていた。
 歌の才能は無いが、踊りはそれなりに見込みがある。
 彼女は、元々はハーフエルフが多い村で暮らしていた。だが、村はモンスターの襲撃に遭って全滅。彼女も目の前で父親を殺されたが、そこを騎士達に助けられた。
 助けてくれた騎士に淡い恋心を抱いていた彼女は、騎士から貰った羊皮紙を使って文通をしていたが、一方で貧しい生活を余儀なくされ、冒険者の力添えがあるまでは、衣食住の全てが乏しい暮らしをしていた。そんな中、冒険者の紹介で酒場に住み込みで働くことが出来るようになり、また、恋心を抱いていた騎士とも再び会う事が出来るようになった。
 その騎士は結婚してしまったが、彼女の後見人でもあり、また、冒険者に彼女の後見を頼んでもいる。
 そんな事も知らず暮らしていたアンジェルだったが、或る日、突然悲劇は訪れた。
 酒場の女主人であり、彼女の暮らしを支えていた女性が、物盗りに殺されてしまったのだ。

 彼女にとって、別れはいつも唐突だった。予期せぬものであった。
「酒場の切り盛りを‥‥12歳くらいの女の子1人に任せるなんて無理な話よ。分かってるわ」
「それこそアンジェルに苦労を背負い込ませるって事じゃない。何考えてるのよ、ベアトリス」
「マッディ。あの子は人を頼ろうとしないの。人と分かち合い、助け合う喜びを知らないの。このままずっと1人で生きていくような‥‥そういう生き方はして欲しくない。あの酒場をどうしようと自由。売り払って、別の事に使ってもいいと思ってるのよ。ただ‥‥その選択は、彼女にやって欲しいの。他の人と話をして、自分の中にその答えを見つけ出して欲しいのよ」
 シフールと話しながら、女性‥‥ベアトリスは、小さく溜息をついた。

●今回の参加者

 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec0828 ククノチ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

 離れても、消えない絆はあるよ。‥‥忘れないで。


 少女は扉を開き、そこに立つ大人達の姿をじっと見上げた。
「話は聞いた‥‥。大変だった‥‥な」
 ウリエル・セグンド(ea1662)が、彼女にとっては大きな手の平を伸ばし、そっとその頭を撫でる。
「まずは、酒場の主人の冥福を祈ろう。そして感謝を」
 悼む気持ちは誰もが同じ。ククノチ(ec0828)の言葉の後で、アリスティド・メシアン(eb3084)が片膝をついてアンジェルの細い体をそっと抱き締めた。
「‥‥怖かったね」
 詩人の澄んだ声を聞き、少女はそっと目を閉じる。
「一人は寂しいわよね。あたし達と5日間、短い間だけど一緒に暮らしてみない?」
 最後に入ってきた、冬を感じさせない格好のアニェス・ジュイエ(eb9449)が訪問理由を告げ、少女は皆を見回した。
 そして頷く。


 家族のように暮らそうとアリスティドが言った。さしずめククノチがお母さんだねと笑った先で、パラの娘は厨房に椅子を運んで戸棚から食材を下ろしている。
「じゃあ‥‥アリスさんがお父さん‥‥」
 床やテーブルの上は掃除されていたが、アンジェルが手の届かない棚などは埃もかぶっている。ウリエルはそういった場所を掃除していた。
「アンジェル殿が好きな玉葱スープを作ろうと思う。玉葱は家から持ってきたから、後の材料は市場で揃えよう」
「ククノチ菜園の玉葱?」
「菜園と言うほどのものでもないが」
 笑って答えると、アンジェルの目が僅かに輝く。そうだ、彼女は大勢で何かをやる事を楽しんでいた。
「今度一緒に畑いじりでもしようか。冬は寝かせることが多いが、春になれば」
「うん」
 鍋や器も出して洗った後、市場に買出しに行こうとしたククノチは、荷物持ちを申し出たウリエルの傍で子犬のように佇むアンジェルを見る。
「‥‥一緒に行こうか」
「うん」
「じゃあ、みんなで行きましょ。ジプシー志望で踊りに興味があるって聞いたけど、市場に行くまでにジプシーやバードに沢山会えるわよ。いろいろ見てみない?」
 そして、皆は市場へと向かった。
「聖夜祭の飾り付けもしたいね。何か家にあった?」
「‥‥物置にあると、思う」
 時折、アンジェルは歌い奏でるバード達、踊り占うジプシー達を見つめる。デビルに関する不穏な動き、衝突、それらの多くはまだパリに住む民に伝わっては居ないだろう。だが、物々しく騎士団が出動するのを見る事が増え、人々の不安は徐々に募りつつある。だからこそ、聖なる夜を祝い祈る気持ちは強くなるのだ。街中で進む飾り付けと、稼ぎ時を迎えようとする芸人達の仕事ぶり。
「ただ、生活を得る為の術だけにして欲しくないのだ」
 ククノチがぽつりと告げた。
「アンジェル殿。舞の道を志そうとしている事は喜ばしいが、舞う事は楽しいか?」
「‥‥憧れなの」
「そうか。‥‥アニェス殿もいる。様々な種の踊りを見、演じ感じてから道をもう一度考えられると良いだろう」
「‥‥酒場で‥‥」
 鳥肉を買い、高値だったが月道貿易で入ってきた味噌を買い、他にもあれやこれやと買い込んだ後、アンジェルがぽつりと呟く。
「‥‥歌も楽器も‥‥下手。料理も掃除も上手く出来ない。‥‥助け、に。なりたかったから」
「だから舞を習得して、客に見せようと?」
「そう」
 始めはバードだった。冒険者達が励ましてくれた、見せてくれた歌や曲。皆で歌ったり踊ったりした事が楽しくて、心に響く歌を歌えたらと望んだ。だが、その道の才能が無い事は分かっている。だから次に考えたのが踊る事。
「‥‥人と、繋がって、いたいの」
「人と繋がろうと‥‥手を伸ばせば‥‥世界は広がるな。それが『共に生きる』ってことだ‥‥」
 ウリエルは、アンジェルが誰にも頼ろうとしていないとぼやくベアトリスの事を考えている。
「負担じゃない‥‥だから‥‥頼ればいいと思う」
「君の進む道は、君が望んだ道でなければいけない」
 家に着いて荷物を降ろし、使わない酒場のテーブルや椅子は隅に片付けた。広く空いた空間の中に一つのテーブルと人数分プラス一人の椅子を並べ、ククノチは厨房に入り、アリスティドは物置から持ってきた聖夜の飾りの埃を落としてから装飾を始め、ウリエルは装備を床に並べて、アニェスは占い道具一式をテーブルに置いた後、飾りを手作りする。
「この酒場を盛り上げたい、と君は思っていた。でも、君はここをベアトリスさんに引き渡して旅に出たいと考えているんだね。どちらも本当なのだと思う。だから、急がなくても良いよ。君が、君の第一を探し出す事がまだ出来ないでいるなら、見つかるまで待てばいい」
「そうね。いろんな生き方があるし、踊りひとつにしても色々よ。あたしには、ジプシー楽しいわ」
 アニェスの声は、彼女の生き方そのもののように弾んで聞こえた。
「寄るものの無い生活は不安定だけど‥‥選んだのは自分だから。占いや曲芸やる人も居るけど、あたしは踊り中心ね。踊りって、生きる事だと思うの」
「うん」
「喜怒哀楽、色んな事を表現するわ。冒険者として初めて舞ったのは‥‥追悼の舞だったかな‥‥。感情も、死も、全部‥‥生きる上での営みだから」
 そう言うと軽やかに立ち上がり、手を伸ばして見せる。
「最初は簡単な踊りから覚えるといいわ。あたしの踊り、見てみる?」
 頷くアンジェルに微笑みかけ、アニェスは狭い空間を存分に使って踊りを披露した。
「ククノチの舞は、あたしも一緒に学びたいわ」
 夕食が出来、皆は一つのテーブルに付いて玉葱鳥肉スープを頂く。味噌味には最初アンジェルも目を丸くしていたが、何も言わずに味わって食べているようだった。
 食後はククノチの踊りが披露される。
「蝦夷の種蒔きの動きを模した踊りだ。これは一人ではなく、皆で輪になって踊る。見せる踊りとは少し違うがな。こちらとは、踊りも違えば使う楽器も違う。故郷の踊りは、神に捧げ共に楽しむものが多い」
 二人の舞い手の踊りが終わった後は、ウリエルが剣舞を行うと告げる。だが慣れないから、二人の踊り手に師事を仰ぎ、アリスティドには音楽を頼む。アンジェルは、人と居るのが好きだ。だが、人に頼ろうとはしていない。頼り頼られる。そう言った関係を見せる事が必要だと彼らは考えていた。


 翌日はベアトリスもやって来て、共に夕食をとることになった。
 それまでの間、この季節、パリにはたくさん劇団が来ているだろうから見に行こうと言う事になった。
「沢山見る、話を聞いてみる‥‥大事なことだ」
 パリの外から来ている者達は多い。彼らが集団であれば、広場の一角に彼らのテントが並ぶ事になる。収穫祭の時も、聖夜祭の時も、ジューンブライドの季節も、稼ぎ時にはいつも彼らのテントと衣装が華やかに舞う。
「『ノルマン演芸ダンサーズ』! ダンサーズを宜しくお願いします〜!」
 馬車に乗って身を半分乗り出し大声で宣伝していた男が通り過ぎた。
「『ノルマン演芸ダンサーズ』をよろし」
「‥‥あ」
「ぎゃああああ!!」
 振り返ってそれを見送っていたアンジェルの視界の先で、男が地面に落ちる。
「しっかりしろ、ポール! 傷は浅いぞ!」
「うぅっ‥‥俺はもう駄目だ‥‥。後はたの‥‥がくっ」
「ポールゥゥゥ!!」
 思わず走り出そうとしたアンジェルの手を、アリスティドが掴んだ。
「大丈夫。あれも『演芸』の一つだからね」
「‥‥あれも」
「落ちる時‥‥きちんと受身を取ってた‥‥。大丈夫」
「劇団にも色々あるわ。あれはちょっと大袈裟過ぎるし周りにも迷惑だけどね」
 と言いながらも落ちた男がしっかりケガをしているのを皆は見ていたが、敢えて見なかった事にした。
「最近は‥‥旧聖堂を借りて‥‥劇をする人も居る‥‥そう聞いた」
「旧聖堂‥‥。いらない物、集めてる、って」
「大きな建物と敷地だからね。色々使いようがあるんだよ」
「行ってみる? 聖堂で劇をやったらいい感じになると思うわよ」
 旧聖堂はこの季節、薄っすらと積もった雪に覆われ、静粛な雰囲気に包まれている。時折冒険者が出入りし、朽ち果てられたままで終わる所だったこの場所を管理し、人が訪れる事の出来る憩いの場所として、今はそこに在る。現在はデビルとの戦いに備え、備蓄を貯めようという話が進んでいるようだ。
「見学ですか? 見学なんておっしゃらずに、いつでも遊びに来て下さいね。春になれば花畑が出来ますし、今もペットの皆さんがここを守って下さってますし」
 優しい笑顔の管理人の一人がそう言って、皆を案内する。
 ぐるりと円周を廻って中に入ると、数人が歌を歌っていた。冒険者と一般人混合で、聖夜に歌う歌を練習しているらしい。他にも、劇の練習に励む者、楽器を奏でる者、皆がそれぞれに別のことを行っているはずなのに、何故か調和された雰囲気が漂っている。
「ここでお客を呼んで披露する‥‥そんな話があるといいね」
 様々な劇団、踊り子、楽師、歌い手‥‥。それぞれの演目を順番に披露し、見せる。そんな大掛かりな催し物があれば、パリの民の心も休まるのでは無いだろうか。
「はい、小さなお嬢さん、どうぞ」
 劇の練習をしていた一団の一人が、アンジェルに花を手渡した。赤い、小さな花だ。
「『聖夜の雪』と言うの。これは作り物だけれど、貴女の未来に、幸がありますように。愛しい人の未来と共に」
「‥‥愛しい人の未来」
 彼女が恋心を持っていた相手はもう結婚してしまっている。一瞬ぎくりとした者も居ただろうが、アンジェルは黙って目線を上げた。
「未来」
 その目は、黒髪の男に向けられている。


 幾つかの劇団を見て廻った後、即席劇団として酒場でお客を招いて披露したらどうかという話を、皆はアンジェルに尋ねた。
「あー。美味しい。ほんと美味しい。貴女、天才的ね!」
「‥‥いや、私の家事技術はそれほどのものでは‥‥」
「いいえ、何より心が篭っている! 心が篭れば味も深みが出るのよ!」
 家に泊まりこんだ2日目から、ベアトリスが毎日やってきてククノチの食事を平らげた。あっという間に仲良く(かなり一方的に)なってしまった2人なので、彼女の家庭事情もすぐに聞く事が出来た。
「そうか‥‥。ご主人と2人暮らしなのだな」
「アンジェルを引き取ろうかと思わないわけじゃなかったのよ。でもね‥‥夫はそんなに心が広い人間じゃないのよ。残念だけど」
 冒険者達の中にはハーフエルフも多いから普段彼らは余り気にする事も無いだろうが、ハーフエルフは今も多くの場所で忌み嫌われている。
「本当はね! 抱っこしたりぐるぐるしたりして遊びたいのよ。でも、そんな事して喜ぶ歳じゃないと思うのよね〜」
「それは何とも言えないが‥‥」
 一時栄養が不足した所為か、アンジェルは実際の歳よりも幼く見えたが、精神年齢はどうか分からない。
「ククノチ。これでいいかな」
 そこに、アリスティドが焼き菓子を持って現れた。酒場用のエプロンを付けている。
「上出来だと思う」
「良かった。子供達に喜んで貰えるといいんだけど」
 お客は、家族を中心に呼び込む事にした。子供達が警戒心を解くような笑みでアリスティドが菓子を片手に手招きし、
「人攫いの常套手段よね」
 と言われながらも歌を歌って惹きつける。アニェスが踊ると家族連れよりも男単体がたくさん釣れそうだったので、ウリエルと共に軽く剣舞を見せて客寄せをした。
 酒場内には椅子だけが並べられ、脇に置かれたテーブルの上にアリスティドとククノチが作った菓子、それからミルクや軽い酒が置かれる。子供達用の一画には皆のペットが待機し、大人達用の演目の間、退屈を紛らわせる為に子供達の相手をする事になった。アニェスのフェアリーは女の子に大人気で引っ張りだこだったが、どのペットも終わる頃にはすっかりくたびれていた事だろう。
 演目は、まずウリエルの剣舞から始まった。
 短刀と直剣を持ち、真っ直ぐに立つ。弧を描くように緩やかな動きで曲線的な流れを意識して動いた後は、実戦さながらに速度を上げて剣を振り、回る。後方でアリスティドが横笛を吹き、その音に合わせて与えられた空間をめいいっぱい使った。客席との距離が近く、皆は目を丸くしてそれに見入る。
 荒削りなようでいて、繊細にも見える動き。硬いようでいて、柔らかな動き。その動きを目で追えない者も居ただろうが、数分踊りきると、ウリエルは荒い息を吐きながら軽く礼をした。
 そこへ、アニェスが軽やかに跳びこんで来る。短刀2本を持ち、舞いながら斬りつけた。彼女が動く度にしゃらんと鈴が鳴るが、その音だけでもひとつの曲のようだ。裾が翻り、ショールが彼女の動きに合わせて踊る。華麗な中にも力強さも持った舞。戦いではなく、見せる為の剣舞は動きも大振りで、客席から美しく見えなければならない。あらかじめそれらの助言をアニェスはウリエルに述べていたが、その舞を見るお客の表情からも、彼らが満足行くだけの剣舞が行われた事は間違いないだろう。
 その後は、アリスティドが歌を歌った。子供が鳴き真似、手拍子、身振りで参加できるようなお遊戯のような歌だ。子供達の間を廻りながら歌い、ペットも連れて共に遊ぶ。
 最後はアニェスが一人で踊った。
 アリスティドの伴奏に合わせて飛び出し、床を大きく蹴りながら跳躍する。舞踏のピアスが澄んだ音を鳴らし、アンクレット・ベルが高いながらも強く響く音を立てた。空と大地の間、陽光の照らす所で生き、踊っている‥‥。冬の最中にあって、夏を思わせる力強い踊り。天に両手を伸ばし、全身を揺らして生きる喜びを表現し、跳び、転がり、回って踊る。何よりも、彼女の生き生きとした表情が、全てを語っていた。

「どうだった?」
 拍手喝采を浴びた後に臨時劇団は解散し、お客が帰った後。踊った後の眩しい笑みを浮かべながら、アニェスが尋ねる。
「色んな劇団も見て、あたし達のも見て、どんなのが好きだった?」
「どれも」
 アンジェルは、迷わず告げた。
「歌って、踊って‥‥手品もして。色んな事をしてわくわくする、そんな演芸が見たいから」
「いいんじゃない? 道はひとつじゃないわよ」
「アンジェル。僕らは君が好きだよ。君の選んだ道の結果会えなくなったとしても、どうしているか、怖い思いをしていないか、きっと君を思うだろう。何処に居ても、君の味方でいるよ」
「でも‥‥答えは出た」
 ウリエルがそっと赤リンゴのブローチを手渡す。
「選択は何度でも出来るから‥‥迷ってもいい。誰かを頼ればいい‥‥。これ、聖夜祭の‥‥贈り物。健康であるように」
 頷いたアンジェルの頭を撫で、ウリエルも頷いた。
「今度は我が家で鍋会でもしないか。きっと楽しいと思う」
「うん、きっと、行くから」
「楽しみにしている」
 そして、彼らは笑顔で別れた。
 彼女は選んだ。その結果は‥‥すぐに出るだろう。

 それは、彼女にとって未知なる道、されど夢と希望に満ちた道となるはずだ。