魔曲序章〜調べよ、奏でよ〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月27日〜03月04日

リプレイ公開日:2009年03月07日

●オープニング

 響き渡れ、この声よ。
 空を覆い、天を駆け、海を渡り、永久(とこしえ)を呼び起こせ。
 全ての生は、土の下より出で、
 全ての生は、土の下へと還る。
 生まれし時より、その魂は神に縛られ、
 その鎖は永劫に断ち切れぬ。
 
 呼び覚ませ、その因業を。
 腐り落ちても忘れぬその絆を。
 そして歌え。そして奏でよ。
 縛られしその魂を解き放て。


「やぁ‥‥ここに来るのも久しぶりだ」
 その日、冒険者ギルドの扉を一人の青年が開いた。頭に様々な色の布を巻きつけた、明らかに人目を引く格好をしている。
「あれ‥‥アンドレさん。1年以上お会いしていなかったように思いましたが、どちらへ?」
「うん。あちこちね。ほら‥‥月道も開いた事だし、私も実に満足の行く調査を行う事が出来たよ」
 朗らかに笑うと、アンドレは手近な椅子に腰を下ろした。それから受付員を手招きする。
 アンドレはバードである。貴族の生まれだが芸術に身を投じ、他の貴族から是非にと言われるほどの絵や彫刻の才能も開花させているのだが、彼はあくまで本職はバードであると言い張っていた。そんな彼は好奇心旺盛で、珍しいモンスターを絵にしたいだのと言う依頼を冒険者に出した事もある。
「どうしました?」
 あまり人に聞かれたく無い内容のようだ。だが周囲の人々が遠巻きに注目している状況は、予測出来なかったのだろうか。
「‥‥耳を隠すのでしたら、いつもの頭巾を被れば良かったのでは?」
 近くに座った受付員に、アンドレは苦笑して見せた。ハーフエルフの耳を隠す為というには派手過ぎる。
「アントニナが受付嬢を辞めたと聞いたけれど、ちょくちょくここに来ているそうじゃないか。今日は見当たらないようだけど」
「えぇ‥‥まぁ、色々ありまして‥‥」
「色々?」
「身内の事で色々あったようです」
「そうか‥‥弱ったな」
 首を振り、アンドレは天井を仰いだ。
「すまないが‥‥ひとつ、頼まれてくれないか」


 アンドレは、自分と全く接点の無いギルド員を選んで、『ある場所』に行って欲しいと頼んだ。
 そこは、パリ郊外にある小さな村の教会。本当はその村の近くにある、子供達を育てる『家』に預けるつもりだったが、誰も居なくなっていたので仕方なくそこにした、と彼は告げた。その理由はすぐに分かった。小さな村の教会の奥で、一人の少女がベッドに寝かされていたからだ。その肌は恐ろしいほどに白く透き通り、生死の判別も付かないように見えた。牧師が『生きてはいる』と告げたが、その顔もすぐに曇った。『生きているだけに過ぎない』。こうして寝ている間も彼女の命は奪われつつあるのだ。何者かの呪いによって。
「あれが何の呪いなのか、私は知らないんだ」
 顔見知りの受付員に、アンドレはそう呟く。
「彼女と会ったのも‥‥初めてだった。私がしばらくノルマンを離れている間に色んな事があって‥‥。世界中でデビルが虫みたいに溢れ出してるって噂もあるし、一度は地獄に行って絵にしてみたいとは思うけれど、さすがに不謹慎だろうか、とかね。そうしたら‥‥『彼』に会ったんだ。『彼』とは前からたまに会っていて‥‥彼も『世界不思議発見』が大好きだからさ」
「『彼』とは?」
「『彼女』に掛けられた呪いは2つ、らしいんだ。1つは『彼』の逃亡抑制。『彼女』が死ねば『彼』も死ぬ。もう1つは分からない。『彼』の事を不用意にぺらぺら喋って、2人の命を危険に晒したくないんだ。けれど、2人を助けたいし、それに‥‥知りたい。『彼』が追う、『魔曲』の事を」
「『魔曲』‥‥」
「私はバードだから‥‥気になるよ、どうしても。デビルの手に渡ると圧倒的な力を与えるという『譜』と『楽器』。でもそれは、本当にデビル専用の物なんだろうか。人も使う事が出来るんじゃないだろうか。‥‥もし、人が奏でる事が出来るなら‥‥奏でてみたい」
 アンドレの言葉に、受付員は慌てて首を振った。
「それは、奴等が作った『もの』なのでは? であれば、手にする事で破滅を呼ぶのでは‥‥」
「むしろ、奏でる事で破滅を呼ぶ可能性はある。じゃあ、歌うだけならどうなんだろう。歌わなければ? 『譜』や『楽器』にも悪魔の呪いが掛かっているんだろうか? それとも、『楽器』はただの楽器なんだろうか? 全てが揃うと『デビルに圧倒的な力を与える』と言うんだ。だったら、『一部だけ持っている事でも何かある』のだろうか」
「‥‥それは、何とも‥‥」
「だから調べたいんだ」
 そう言うと、アンドレは立ち上がった。その拍子に布の何枚かが頭から落ちる。その隙間から見えた光景に、受付員は愕然とした。
「‥‥アンドレさん‥‥そ、それは‥‥」
「大したケガじゃないよ」
「ケガなどというものでは‥‥」
「『癒えない呪い』。デビルに関わると、どうしても色々あるものだ。『彼』は自分に残された時間は僅かだと言っていた。私も近いうちにそうなるのかもしれない。だったら、『彼』が調べた事を継いだ私の意思を継いでくれる人が必要だ。アントニナに話すつもりだったんだが、彼女が居ないとなると‥‥冒険者に頼むしか無いと思う」
 でも、あまり大っぴらには動きたくないとアンドレは言う。デビルの注意は自分に向けられるよう敢えて目立つ格好をしているが、教会に居る『彼女』の身が危ういような事になれば、『彼』も死に至る。それを避ける為、『彼女』には教会に預けた後、会っていないのだと言う。
「冒険者に頼みたいのは2つ。教会に居る『彼女』を守る事。今のところ‥‥多分、デビルには『彼女』の居場所は知れていない。知られれば攫われていると思う。だから、目立つような行動は避けて欲しい。そして、もしデビルが襲撃に来たら‥‥仮にデビルを皆殺しに出来たとしても、部下が帰ってこない事で上役のデビルが異常を察知すると思うんだ。そうすれば、次はどうなるか分からない。でも取り逃しても‥‥報告するだろうから同じ事だ。ただ、そのときは先手を取れるかもしれない。逃がしたデビルを追って速やかに襲撃する。‥‥可能ならば、だけれども。けれど、それはあまり起こって欲しくない事なんだ。一番良いのは、『彼女』の呪いを解くことが出来る事。2つ目の呪いが何か分からないから、かなり難しい事だろうとは思う。けれど、呪いを解くことが出来れば、『彼』も助かるかもしれない」
「貴方も?」
 問われて、アンドレは苦笑した。
「実は‥‥私がこの事態に遭遇したのは、かなり急な事だったんだ。だから正直、何故自分がこんな状況に居るのか‥‥未だに分からないんだよ。でもまぁ、私も冒険者だし‥‥」
 そして彼は、ギルドに入ってきた時と変わらぬ朗らかな笑みを浮かべる。
「バードだしね。‥‥伝えられる事は、伝えないと」



 アンドレの依頼は2つ。
 1つは、パリ郊外の小さな村の教会に居る少女をそっと守る事。目立つ行動は避けるように。
 もう1つは、『魔曲』について調べる事。図書室、賢人を頼る、情報屋を雇う‥‥様々な方法はあるだろうが、大掛かりな行動を取るとデビルに知られる可能性がある。『魔曲』に関係のある『譜』や『楽器』は幾つかあるらしい。それらは点在しているようだが、幾つあるかは不明。それらの所在、形、伝承、或いは『魔曲』そのものがどういったものなのか。少しでも分かれば、依頼人の今後の行動の指針となる事だろう。

●今回の参加者

 ea3692 ジラルティーデ・ガブリエ(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec2438 レイシオン・ラグナート(27歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ec6164 文月 太一(24歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

玄間 北斗(eb2905

●リプレイ本文

 黄昏より出で、暁に落つる。
 其の命は、太陰の間に力を蓄え、広がり、辺りを覆い尽くすだろう。
 陽が覚める前に、全てに等しく優しき静寂が訪れる。
 其れが。


「どうした、ジラルティーデ。珍しいな」
 気安く声を掛けた来た男に、棲家周辺警備で汗を流してきたジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は頷いて見せた。
「再会の祝いに、まぁまずは酒でもどうだ」 
 冒険者酒場直行は彼の日課でもある。椅子に座り、学者肌の男と酒を酌み交わした。
「そーいや昔、酒場の無料ミルク通商で一稼ぎしようとしたら、発酵して使い物にならなくなった時があったなぁ‥‥」
 などと言う会話をしている内に酔い潰れたジラルティーデは、男に『棲家まで送ってくれ』と頼む。微妙な顔をした男だったが、
「送ってくれないと小娘のように俺は泣く! えーん!」
 と言って脅したので、仕方なく男は送ることにした。
 ジラルティーデはフォレスト・オブ・ローズ騎士訓練校の生徒である。学者肌の男も未だ生徒のままらしい。冒険者の中には未だ卒業出来ない者がそれなりに居るらしいが、深く追求してはならないのだ。そんな彼が棲家に入るなり男に要求したのは、
「月道でケンブリッジに飛んで、悪魔専門の機関や蔵書で調べて欲しい事があるんだが」
 であった。しかし必要経費は出すし報酬も出すというジラルティーデの言葉に、男は首を振る。
 確かに月道を通るのは便利になった。しかし、ケンブリッジはイギリスの領土内にある場所である。そこにある貴重な情報を、他国であるノルマンにもたらすわけには行かない。蔵書を持ち出すなど勿論言語道断だが、情報の流出も避けたいのだ。黙っていれば分からないだろうという理屈は通らない。学者肌の男は知識に関しては人一倍敏感だった。知識がもたらす価値は計り知れない。イギリスで得た知識はイギリスの為に使うべきである。
「ノルマンにもそういう場所くらいあるだろう。自分で調べたらどうだ。情報屋だってそこまで親切じゃないぞ」
「今回は、堂々と調べる事が出来ない理由がな‥‥」
「変装して調査すればいいだろう。お前、そこそこ得意なんだろう?」
 と言うわけで、ジラルティーデは男の協力を得る事が出来なかった。だが彼は悩む。パリに知れ渡る名声を持っている自分が、果たしてどこまで目立たないよう行動出来るのか。いちかばちかの賭け! と博打を打つことが出来ない依頼なのである。
「とりあえず‥‥一般人の格好だな」
 そして彼は、衣装箱の中から穴の開いたボロボロの服とボロボロの傘を取り出した。一般的な一般人の姿とは言い辛い格好になったジラルティーデは、こそこそと家の扉を開けた。


 国乃木めい(ec0669)も、パリで一、二を争う実力者と言われている。そんな彼女の取った対策は。
「玄間さん。変装の指南をして欲しいのだけど」
「分かったのだぁ〜」
 北斗の棲家を朝早く訪れる事であった。目深くフードを被り、一介の敬虔なクレリックに見える変装を施してもらう。
 文月太一(ec6164)は古着屋を訪れていた。めいと自分用の変装用服と化粧道具を購入。北斗によって見事な変身を遂げためいの化粧直しなどを行う予定だが、素人よりはマシな程度の太一では、多少不安もあった。
「とにかく目立たない事、いるって思わせない事。物を護るにはそれが一番だよね」
 いつか教えて貰った言葉を胸に、太一は何回かの練習と失敗の末、何とか自分の印象を変える事が出来た。後はそれを持続できるか、だ。そして。
「めいばぁちゃんに似せて人遁で化けて、別の場所に行ったように見せかけたいけど‥‥背がね‥‥。うーん‥‥」
「そうねぇ‥‥」
 めいとは種族による致命的な違いがある。身長が40cmも違うのだ。当然横幅も異なる。そもそも同性で同じ標準体型だとしても、体つき、筋肉の付き方からして違うのが種族差というものだ。人遁では種族を変える事が出来ない。賢くないデビルなら細かいことを気にしない‥‥と言うより、そもそも特定人物の見張りなどしていないだろう。見分けがつかないようなデビルには細かい作業は不向きだ。
「下手に大きな小細工はしないほうが良いかもしれないわね。かえってそれが目立つ事になると困るものね‥‥」
「じゃあ、俺は情報屋を当たってみる」
 素直に太一は自分の案を捨て、次の策に取り掛かった。


 小さな村の小さな教会に複数人で訪れるのもおかしな話である。そこに何かがあると言っているようなものだ。だから皆は、個別にこっそり行く事にした。
 冒険者ギルドを出る時から全ては始まっている。まずめいが、徒歩で教会のある村へと向かった。寒空を思わせる重い空気が漂う中、彼女は教会を静かに訪ね、事情を説明する。
「何と言う事‥‥」
 彼女は僧侶であるから、クレリックとは神への祈り方が異なる。仏へと祈った後、ベッドに横たわるエルフ少女の世話を始めた。
 少女の肌は陶磁のように白く、唇は青ざめている。髪は艶を失い、閉じられた瞼はくぼんでいるようだった。死臭が全身から匂い立つようだ。それ程に、死の気配は濃い。
「呪いの進行を幾許かでも抑える一助になれば良いのだけれど‥‥」
 呟き、めいは『呪い返しの人形』を少女の胸元に抱かせた。そこへ、同じ物を持ったレイシオン・ラグナート(ec2438)が入ってくる。
「考える事は同じでしたか‥‥」
 苦笑しつつ、彼も枕元にそれを置いた。
「何、御利益は一つでも多いほうが良い。それ位見逃す度量を御母はお持ちでしょう」
「えぇ、そうね‥‥」
 眠る少女を見つめながら、めいは少女の為に流動食を作る。レイシオンは一通り少女の状態を確認した後、教会を出て行った。


 レイシオンは、教会の書庫を訪れていた。高い地位に無いクレリックにも開放されている写本はそれなりにある。
 以前、シャトーティエリーまで悪魔の宝を奪いに行く依頼が出ていた。それを聞いていた彼は、周辺地域に纏わる伝説を調べようと考えたのだ。だが、シャトーティエリー領では、極端に『伝承』が制限されていた。つまり、その土地の伝承や伝説などと言ったものは存在しないのである。周辺にあるラティール、ドーマン領については伝説の類もあるようだったが、どれもデビルに関係するようなものではなかった。
 そこで彼は、パリに来ている商人達に話を聞いてみた。現在、シャトーティエリー領は商人達でさえも通行が困難な場所となっている。中の情報は殆ど掴めないようだった。
 次に彼が向かった場所は、楽器職人の工房である。パリでもなかなか高名な職人の居る所だ。
「お尋ねしたいのですが、天使、ないし悪魔が作った楽器の言い伝えや噂など、ご存知ではありませんか?」
「作った、ねぇ‥‥」
 いきなりのクレリックの訪問に、職人は首を傾げながら作業の手を休める。
「えぇ。ローレライの竪琴など、精霊や妖精に纏わる楽器の名は聞きますが、神の名を頂いても、直接手がけた‥‥という物は余り聞きませんので」
「天使の名が付いた楽器があるのは知っとるよ」
「天使の名‥‥?」
 クレリックとしては、これは見過ごせない話だ。一歩近付いた時、レイシオンは工房の片隅に黒い人影を見つけた。室内に入った時は気付かなかったが、その人物は楽器を手に取り眺めている。
「‥‥確か、アナエルとか言ったか‥‥。神秘的な深い青色の‥‥竪琴だったかな」
「青色の竪琴‥‥ですか」
 これは珍しいだろう。木製の楽器に深い色が付いているのだから。
「その伝承はどこで?」
「それは伝承ではないわよ」
 突然、部屋の片隅から声が飛んだ。見ると、全身黒く染めた衣装の上からマントを羽織り黒いヴェールを被った女性が、楽器を手に近付いてくる所だった。
「実際に存在する楽器だわ。店主。これを頂戴」
 リュートを店主に見せる女性を失礼の無いように見つめつつ、レイシオンは口を開く。
「不躾で申し訳ありませんが、その楽器は何処でご覧に?」
「まだ見た事は無いのよ。それに、その色がその名の楽器かは確かじゃないわ。ひとつは‥‥ある大聖堂に眠っている、という話‥‥」
「大聖堂に‥‥。つまり、厳重に保管されていると言う事ですね」
「そうね。でも手にするのはそれ程難しくないと思うわ。貴方のようなクレリックならね」
 そう言うと、女性は買ったリュートを持って店を出て行った。レイシオンは一瞬躊躇したが、すぐに店を出る。
「何故、貴女はその話を僕に‥‥?」
「ただの噂話よ。‥‥でも、もしも他の楽器が見つかったら、教会が保管しても無駄だわ。そこにある事は、多分彼らも知っているもの」
「『彼ら』とは?」
「貴方が調べている事、教えてくれるなら話してもいいけど?」
 それは賭けだとレイシオンは考えた。目の前の女性が味方なのか敵なのか、彼には判別が出来ない。ならば危ない橋は渡るべきではなかった。
「天使や悪魔が作った楽器があるとの噂を聞いたのですよ。私の信じる御母にも影響のある話ですから、真偽を確かめたかったのです」
 嘘ではない。だが完全なる真実でもない。レイシオンの言葉に、女性は踵を返す。
 そうして二人は別れた。レイシオンの調査は続く。


「ん‥‥? 俺にシフール便?」
 ボロ服でうろうろして情報を集めようとしたジラルティーデは、成果を挙げられず家に篭っていた。
 貰った手紙を見ると、差出人は知らない名前だ。中には最初に『これはアンドレさんからの伝言です』と書かれてあった。念には念を入れて、3人くらい経由してある手紙であるようだ。
「『ダンジョン研究者、モンスター研究者が集めた資料を預かっています。其々、アリシア夫人、ベッケル子爵に預けてあります。必要ならば、この手紙を持って訪ねて下さい』。‥‥モンスター研究者か‥‥」
 少女の呪いの解呪、又は進行を遅らせる何かを調べているジラルティーデだったが、デビル資料があれば少しは分かるかもしれないと、早速ベッケル子爵の元を訪ねる。
 ベッケルは快く彼に巻物を見せた。デビルに関しても幾つか書いてあったが、具体的な呪いに直結するような事柄は書いていない。
「これを書いた娘はオデットと言ってね。愛らしい娘だったのだが、最近行方が分からなくてねぇ‥‥。何処に行ったのかもう、心配で心配で‥‥」
「成程。俺は魔法探偵だ。年齢身長特徴性格基本行動など教えて貰えれば、暇な時に探すが‥‥」
「おぉ! 君は好青年だ。実にイイヒトだ。是非頼むよ」
 資料は持ち運び厳禁との事で、後日見たいならば訪ねなければならないのだが、アンドレの手紙があれば他の誰でも訪問は可能である。


 太一は、村近くの森で食べられそうな物が無いか探していた。森に関する土地勘も無いし一人で猟もした事は無いしおまけに方向音痴だが、最後以外は素人よりはマシなはずである。せっせと罠を仕掛けたが、これは『生活しているフリ』であった。教会内に篭ったら逆に怪しいだろうというわけである。
 村人には、一文無しで辿りつき教会にお世話になっている、と言ってあった。
 一方めいは、教会に篭って少女の世話を続けている。少女の状態を鑑み宗教的な知識も合わせて考えた上で、リムーヴカースを何度か試しているが、少女の様子は一向に良くならなかった。
「‥‥魂を、取られているようね」
 魂を取られた者は、心身共に弱っていく。戻してやらなければ永遠に治る事は無い。その状態である事は分かるが、リムーヴカースでも解けない呪いも掛かっているのだ。或いは、前提条件として何かが必要なのかもしれない。
 考えながらも世話をするめいだったが、少女は殆ど目を覚まさなかった。僧侶である身としては、緩やかに蝕まれていく者を回復してやれない事が、何より辛い。
「でも‥‥護るわね‥‥。貴女の事は、必ず」
 その体を拭いてやりながら呟いた時、不意に少女は目を開けた。突然の事に、とっさにめいは周囲を警戒する。少女の覚醒が正常とは思えなかったからだ。
 そして、少女は口を開いた。
「アカツキハオワリ‥‥タソガレハハジマリ‥‥」
 愛犬の反応を見たが、愛犬は少女には反応しない。だがふと外を見たので、彼女もデティクトアンデットを唱えた。
「アカツキハハジマリノチヘ‥‥タソガレハオワリノチヘ‥‥」
 範囲内では魔法の反応は無かったが、愛犬は微動だにしない。碧色の双眸を見開いている少女に、とっさにめいはシーツを被せた。そして寝袋を開く。その中に少女を入れ、再度魔法を唱えるが、やはり反応は無い。
 めいはそっと寝袋を抱え、何とか愛馬の所まで運んだ。その時。
「どちらへ‥‥?」
 教会の庭師が声を掛けた。愛犬が低い唸り声を上げる。
「少し‥‥出かけようかと」
「その女を置いて行け!」
 突如庭師の形相が変わった。ナイフを手に襲いかかってくるのへ犬が飛び掛るのと同時に、めいのコアギュレイトが男を縛り付ける。
「めいばぁちゃん! 大丈夫かっ?」
 植物の蔓を持って帰ってきた太一が、固まっている男を毛布で覆った。剣を手に警戒する太一に、めいは教会の牧師にこの事を伝えるか一瞬迷って尋ねてみる。もしも牧師も見張り役だったら‥‥? そうとは思いたくないが、しかし。
「何日か後に有名人が来るみたいだって言って、敵の注意をひきつけたらどうかな。牧師さんが逃げたらバレると思うし、俺達が逃げるなら言わないほうがいいよ」
「‥‥その女が居ないと俺も死ぬ‥‥死んじまう‥‥置いていってくれ‥‥」
 ロープを掛けられてはいない庭師が毛布の中から顔を出し、二人に切々と告げた。
「そんな危ない事出来ないよ。めいばぁちゃん、行こう」
「‥‥貴方も呪いを掛けられているのね?」
 デビルの斥候。そんな言葉も浮かんだが、めいはどうしてもその男を捨てては行けなかった。
 そして、少女を連れた3人は、別の教会へと逃げて行った。


 どの選択が正しかったのか。
 それは、すぐには分からない。
 いつでも、最善の道を探す事は容易くは無いのだから。