【黙示録】魔行進曲〜デビルロード〜序

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月01日〜03月08日

リプレイ公開日:2009年03月10日

●オープニング


 その日、その場所は赤い闇に覆われた。
 夕刻に織り成す橙の空を染め上げていく緋の帯。赤い陽よりも赤く、辺りを染め上げる。
 その色を知る者は、その時その場所には居なかった。そして、その色を初めて見た者達は、大地を彼らの色で染める事となった。
 その日、その時から、その場所はこう呼ばれるようになった。

『悪魔の道』。デビルロード、と。


「ここに『門』を造った理由‥‥聞かせてくれるわよね?」
 闇の中にあっても、赤い霧のようなものが絡み付いてくる。重く澱んだ空気の中に立つ黒髪の女が、腕を組みながら口を開いた。
「貴女がもたもたしてるからですよ、勿論。今更『放牧場』として肥えるのを待っているという言い訳は通用しませんよ?」
「仕事はこなしているわよ。それに‥‥上質な『餌』なら、ねぇ‥‥。『冒険者』。探さなくても‥‥向こうから飛び込んでくるわよ?」
「いっその事、『餌』に食われてしまってはいかがです? 貴女がどれだけ私に迷惑を掛けて来たか‥‥。えぇ、そろそろ償って頂きましょうか?」
 女から少し離れた場所に、バード特有の帽子を被った者が立っている。美しい顔立ちをしているが、声からすると男か。
「神の僕のような物言い‥‥。私も昔から気に入らなかったわ、貴方の事は。手柄の横取りをした事もあったわね。今、返して貰ってもいいのよ? ユェル」
「いいでしょう。その代わり‥‥今まで私に押し付けてきた『罰』です。ひとつ、仕事をして頂きましょうか」
 男は澄んだ声でそう告げ、柔らかな微笑みを浮かべた。
 信者に手を差し伸べる、慈愛に満ちた神官のように。



「『デビルに魅入られた場所』‥‥。噂は‥‥本当だったんだな‥‥」
 ここ数年、この領地は酷い事の連続だった。山賊に脅かされ、村ひとつが消えるほどの企みに巻き込まれ、ノルマン中に広がった天災の後に復興が進んだものの、200人規模の盗賊団に襲撃され、村ひとつを失った。災難の中の幾つかは、この領地の地下に眠る巨大迷宮に原因があったと言う。実際、その巨大迷宮はこの地上をかつて脅かしていた。年月を経ても尚、地上に住む人々を苦しめるその迷宮。冒険者達が何度も彼ら領民を救う為に動いてくれた。だがまだ、根本の解決には至っていなかった。
 そこに来て。
「‥‥隊長。この砦はもう捨てるしか‥‥」
「駄目だ。砦を捨てては、あれを見張る場所が無くなってしまう。このまま領内を蹂躙されてもいいのか」
「しかし‥‥我々も無駄死にするだけです」
 広がる森の近くに、砦は建っていた。この領地、ドーマン領の端に存在するこの砦は、森から現れるモンスターを警戒して建てられたと言われている。だがかつて、冒険者達と共に護ったこの砦から森までの間には、何本もの道が出来ていた。重なり合い倒れ伏す人が繋がって出来た、赤い道が。犠牲者だけで作られた道の奥には、赤黒く光るものがある。つい2日前までは無かった『もの』だ。それは森の中にあるが、この砦からも僅かにその姿は確認出来た。『扉』と彼らはそれを呼んでいる。時折それが動き、中から何かが出てくるからだ。だがまだ動く気配は無い。森から出てくる気配はない。しかし、最初に『扉』が確認された後にそこへ向かった兵士達は、一瞬にしてその命を失った。彼らを助けに行った者達も全て犠牲となり、眼下に見える『道』となっている。
「領主様の指示は‥‥」
「パリに伝令を飛ばせた、と‥‥」
「‥‥我らがここに居る事で、或いは時間稼ぎが出来るかもしれん」
 隊長は、低く呟いた。
「森の中にある兵士の姿が消えている‥‥。あれを喰っているのであれば、『食料』がある間は留まらせる事が出来るという事だ‥‥。この砦が落ちれば‥‥奴らはドーマンを滅ぼす」
 それだけでは済まないだろう。隊長は広がりつつある闇色の空を見上げ、祈った。
 何千、何万もの魂が上納されるような事態になってはならない。自分たちの犠牲の上に、更なる犠牲が積み重ならぬよう。闇を闇で塗り尽くすような世界にならぬように。



「至急なんです! 一刻を争うんです! 今すぐ出発できる人をお願いしますっ!」
 冒険者ギルドに飛び込んできたシフールが、一息つく暇もなくカウンターにしがみついた。
「話は道中詳しく。って言っても、詳細なんて誰もわかってないんですが、馬車も用意しました! どなたかいらっしゃいませんか!」
 今度はギルド内を見回し、室内にいる冒険者建達に向かって叫ぶ。
「夜が来る度に、どれだけの人が犠牲になってるか分からないんです! お願いします、ドーマン領を助けて下さい!」
 必死の形相で叫ぶシフール。だが、顔を見合わせる人々の中から、一人の少年が駆け寄った。
「ドーマン領に知り合いの方が居るんです。僕はとても弱いですけど‥‥知ってる人に話してみます。助けになってくれそうな人、探してきますから」
 言うと、少年はギルドを飛び出して行く。それを見送り、伝令シフール、リン・レンは、再び冒険者達に向かって声を上げ始めた。


 ドーマン領、領主館。
 そこに、一人の来訪者があった。
「領主殿、時間が無い。『譜』、或いは『器』について教えて貰おうか」
 かつて何人かの使用人と兵士を抱え、妻と娘と共に暮らしていた領主は、今はその広くない館内で一人暮らしをしている。誰に咎められる事なく入り込んだその男に、領主は首を傾げた。
「何の話かな、シメオン殿」
「暢気にしている場合か。領地の端に『門』が現れたと聞いたぞ。世界の各地で騒ぎになっている『地獄』。それと関係が在る事くらい分かっているのだろう。さぁ、話せ」
「地方の貧しい領地を治める一介の領主が、何を知っていると?」
「『領主』は知らぬだろうな。だがお主は『覡』だろう。‥‥知らぬはずがない」
「そんな事まで知ってしまうとは、困った御方だ」
 領主は苦笑し、来訪者を見つめる。
「デビルと契約を交わしたのですね。既に‥‥魂の幾許かを奪われている。だから貴方には時間が無い。魂と引き換えに貰ったものは‥‥『知識』ですか」
「そうだ。知ったからには、果たさねばならん。‥‥あの『デビルロード』の発現を、お主は分かっていたはずだ。先代が予知したはずだからな。あの中に譜か器があるんだろう?」
「‥‥分かりました、ご一緒しましょう」
 そう言うと、領主は立ち上がって来訪者に巻物を手渡した。
「但し、あの『門』には恐らく『門番』が居ます。そして回廊に入り階層へと抜け塔を見つけたとしても、私も貴方も最初の階層を抜ける事は出来ないでしょう。架せられたものがある者は、あの幻を抜ける事が出来ない。そして、階層の最深部にある『宝石』は人の魂を好みます。‥‥お分かりですね」
「‥‥元より、犠牲なくして目的は達成されぬ」
「分かりました。‥‥後継の為に、出来る限りの事はやっておきましょう」

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ラファエル・クアルト(ea8898)/ 玄間 北斗(eb2905

●リプレイ本文

●砦
 デビルロード。デビルが通った後を示す言葉。或いは、デビルによって出迎えられる場所。
 伝令人リンに案内されて馬車で砦に来た一行は、そこに降り立っただけで大体を把握した。
「仕方ありませんわね」
 真っ先に降り立った、純白に彩られた装備に身を包んだリリー・ストーム(ea9927)が、斧を横方へ薙いだ。ズバッと勢い良く胴を真っ二つにされたズゥンビが、恨めしそうに大地の上で体を震わせる。
「格好からすると、新兵か一般人‥‥。可哀想に」
 話を聞いた時から最悪の状況は考えていた。下手すると領地内にインプ共が広がっているかもしれない。だが道中見えた範囲では、村々はまだ侵略を受けていないようだった。
「酷い事を‥‥。許せません!」
 次に降り立ったデニム・シュタインバーグ(eb0346)が、強い眼差しで砦を見上げる。門は開かれ、中からズゥンビが次々と出てくるのが見えた。
「クリエイトアンデッドを使った者がどこかに居るはずです。急ぎましょう。‥‥中に生存者が居る可能性も‥‥0では無いはずです」
 ミカエル・テルセーロ(ea1674)がそう言って振り返ると、中から出てきたアリスティド・メシアン(eb3084)が頷く。
「ムーンアローだね。射程を考えると砦内に居るとしてもぎりぎりまで近付きたいかな。相手も動くからそれを追うなら一気に」
「‥‥アンデッド用の武器持って来れば良かったです‥‥」
 わらわらとやって来るズゥンビを悲しそうに見ながら、鳳双樹(eb8121)も日本刀を抜いた。空から注ぐ弱い光が、刀身を鈍く輝かせる。
「お師匠様。回復のお願いを出来ますか?」
「数が多いならコアギュレイトの援護も出来るが‥‥」
 シェアト・レフロージュ(ea3869)の言葉に応じて、ベルトランも馬車を降りた。彼の侍従であるジュールは、他の応援の者と共に村で待機している。リンにもここは危険だから戻るようにと告げたベルトランの視界の先で、応援組のポールが馬車の外、半分身を隠して様子を窺っていた。
「アンデッドきら〜い‥‥。ぐちゃぐちゃどろどろいや〜」
「‥‥」
 目を見張るような装備類に装備強化を施している冒険者達から見ると、ポールの装備は余りに貧弱である。ベルトランは見なかった事にして、向かってくる敵と戦いを始めているデニム、双樹の後を追った。
 そこへ。
「ポール君‥‥? 少しは己を磨けたかしら?」
 眩いばかりの純白戦乙女、リリーが不意に彼の視界を遮る。
「ここで逃げても良いんですのよ‥‥?」
 じりじりじり‥‥。リリーの圧倒的な迫力に押されたポール。彼は過去にリリーから実に素晴らしい教育を受けた経験がある。
「うわーん。逃げちゃだめなんだぁあああ!」
 そう叫ぶと、馬車の上に飛び乗って弓矢の準備を始めた。


 通常、砦を攻めるには圧倒的な戦力が必要とされる。だが今のドーマン砦は、そこを護る意志を持つ者が居ないが故に、簡単に侵入できた。
 次々やって来る敵は、兵士達のなれの果て。助ける事が出来なかった。間に合わなかったのだと落胆するのは戦いが終わってからである。アリスティドのムーンアローが弧を描いて飛んでいくのを確認しながら、皆は砦の城壁へと駆け上った。
「援護、頼みますわ!」
「分かりました!」
 リリーが突撃し、デニムが殿で上ってくるズゥンビを叩き落す。双樹はリリーの後方に立ってアリスティドを護り、少し離れた所でミカエルがファイヤーボムを放ち、ベルトランがコアギュレイトで敵を縛り付けた。
 一方馬車の所ではシェアトとポールが待機している。月魔法がアンデッドに対して大きな効果を挙げる事は少ないし、ポールを1人にするわけにも行かないだろう。尤も、少人数部隊で戦力を分散するのは賢い選択ではない。
 リリーの戦斧が、そこに居た男の胸に食い込んだ。血を吐いて倒れる男に2、3質問を浴びせたが、男はけたたましい笑い声を上げるだけだ。そのまま止めを刺し上空を仰ぐ。そろそろ陽が沈む頃合だ。
 その後は、アンデッドを掃討するだけとなった。結局、生き残った者は見当たらない。ズゥンビとならなかった遺体も、無残な姿と化していた。ベルトランがデッドコマンドで情報を得た後、皆はその遺体を燃やして骨を土へ埋めた。アンデッドとして蘇る事が無いようにと祈りながら。
 そうこうする内に夜が明けた。得た情報は、『門』『護らなければ』『デビルロード』『森』など‥‥。護って欲しいという念が強いとベルトランは告げる。
 皆は交代で仮眠を取り、森を眺めた。砦の外も森にも見える範囲には敵も遺体も無い。不気味なほどに静まり返った森へと入ったのは、その日の昼過ぎの事だった。


●門
 馬車で来る途中、北斗がアンドレからの依頼について告げた。途中で降りて急ぎパリへ行き、アンドレの依頼を受けた者達と情報交換した北斗からのシフール便には、天使の名を冠する楽器があるらしい事、教会で保護されているエルフ少女の状態は芳しくない事などが書かれてあった。ラファエルがミカエルやアリスティドから聞いた『譜』の存在については、北斗からアンドレの依頼を受けた者達へ伝えられたらしい。
「お師匠様、何故『器』を‥‥?」
 その馬車の中で、シェアトはベルトランが持参した食器を眺めていた。自作の自分用の器。ジャパン人に習っているからジャパン風である。
 シェアトは『器』という言葉に敏感になっていた。『魔曲』、『譜』、『楽器』の話を聞く前から、パリで出会った占い師の言葉が気になっていたのである。だが、ベルトランが持っていた『器』は楽器ではないようだった。
 砦を出て森へ入った一行は、臭気に眉を顰める。アリスティドがすぐにスカーフで鼻と口を覆い、他の者にも注意を促した。
 臭気の強い方向へ進むと、それはすぐに見つかった。1本の木の前に立つ、真紅の門。だが高さは、背の高いジャイアントならば頭を下げないと入れないだろうという程度である。門は開かれ、そこから得体の知れない臭いが漏れているのだった。
「‥‥門番が居るという話でしたよね」
 デニムが周囲を窺ったが、不気味に静まり返っている。嗅覚が鋭い双樹は涙をぽろぽろ流しながら袖で顔を覆っていて、戦闘となると大変そうだ。
「‥‥ど‥‥ど〜します‥‥?」
 泣き顔で双樹が皆に尋ねる。
「これを放置するわけには行きません」
「そうだね、見るからに禍々しいし」
 ポールはやはり遠目にそれを見ていたが、皆の視線を浴びて仕方なくついてきた。門の中へ長い棒を入れたり石を投げ入れたりしても変化が無いのを確かめ、そっと覗く。
「何も居ないみたいだな」
 その言葉を受け、一行は隊列を組み門の中へと入っていった。不安そうに見送るベルトランを置いて。

●河原
 門の中は荒涼とした大地が広がっていた。森の中に居たはずなのに、門を潜っただけで別の場所に着いたようだ。空は赤く血と炎の色に染まり、大地は黒く淀んでいる。光と呼べるものはなく、薄暗い世界の中をしばらく進むと水の音が聞こえてきた。
「臭いが‥‥変わりました」
 その頃には強い臭気も失せていたが、双樹が別の臭いを嗅ぎ取ってそちらへ目を向ける。
「何か居ますわね」
 そちらを見たリリーが武器を構えた。更に進むと、そこが河原である事に気付く。澱んだ色の水が流れる川の手前に小石がごろごろ転がっていた。
「誰か倒れてる」
 川を見渡していたアリスティドが、川の近くに倒れている者を発見する。注意深く駆け寄りその顔を見たアリスティドは小さく首を振った。
「ドーマンの領主だね‥‥。何故ここに」
 誰も違和感を感じなかったようだが、リンは領主の伝言として随分細かい話を告げている。当然この場所を知っていたという事なのだろうが、しかし。
「それ、本物ですの?」
 つんつん。リリーが斧の柄で突いたがぴくりとも動かない。
「僕が背負います」 
 デニムが背負ってもやはり反応が無かった。人を背負っての戦闘は開始までに時間が掛かる。サポートする為に双樹が殿へと下がった。
「この川‥‥越えないといけないのでしょうね‥‥」
 見渡す限り橋の見えない川は、どこまでも続いているように見える。だが川を歩いて渡るのも危険だ。その時、ポールがかなりの助走を付けて跳んだ。足先がばしゃと川に入ったようだが、手に持っていたロープを投げ、渡ってくるよう告げる。
「と‥‥跳べるでしょうか‥‥」
 双樹でなくとも躊躇するだろう。鎧を着ている者は当然だが、軽装の者も荷物がある。
「では私が先に行きますわ」
 水深はリリーの腰程度。デニムの荷物を皆で小分けして持った後、底が突然深くならないか確認しながらロープを手に渡った。後は皆が順に渡るだけなのだが、中には渡った後に全身の痺れを感じる者も居た。ポールはとっくに座り込み、「足痛いよ」と言っている。解毒剤で回復したものの、帰りも同じ手しか無いのかと思うとげんなりする所だろう。
 だが、休息は許されなかった。ズゥンビ集団がやってきたからである。
 それらを蹴散らし、皆は先へと進んだ。

●丘
 河原を越えた先はなだらかな丘だった。赤い花が所々に咲く丘の上で、皆は遠くに塔らしきものを見つける。塔は遠くから丘を囲むようにして6本建っていた。後は荒れ果てた大地だけが延々と続いているように見える。
 丘の上は静かだった。だが双樹はすぐにここを離れるべきと告げる。甘い匂いが漂うと言うのだ。皆も即座に賛同した。他に無い赤い花が咲く場所というのが怪しい。
 とりあえず一番近くに見える塔に向かって、皆は歩き出した。

●塔
 時折皆は野営を行った。野営の度にアンデッドやインプに襲われたが、ここには安全な場所などひとつも無いという事なのだろう。
 丘から塔まで半日ほど行ってやっと、皆は塔の前に着いた。全員が高速移動手段を持っていたならばもっと早く着けたかもしれないが、それはそれで重要な何かを見落としたかもしれない。
 塔の前は赤い霧に覆われていた。まだ向こうが見える程度の薄い霧だが、皆は用心の為に鼻と口を覆う。塔の前には黒塗りの門があって、意匠が細かく彫られていた。
『何種類かの鳥のようだね』
 目がさほど良くない者を気遣って、アリスティドがテレパシーで伝える。鳥の色がやけに鮮やかで、この場所にあっては違和感を感じる所だろう。
 門は閉まっていた。リリーが斧で押したがびくともしないので引いてみると、音も無くゆっくりと開き始める。
「くっ‥‥!」
 だが、それに一瞬気を取られた皆は、デニムを襲った凶刃に気付くのが遅れた。
 背中にあった人物を振り落とそうとしたデニムだったが、ぴったりくっ付いて離れない。鎧の隙間に差し込まれたナイフから鮮やかな赤色が滲み出ていた。
 アリスティドが放ったスリープも効果なく、双樹が斬りかかる。ようやく離れた人物だったが、双樹の目には領主とは違う、別の親しい人物に見えた。
「えっ‥‥。何でこんな所に‥‥?」
「何故‥‥貴女が‥‥」
 隣でデニムも呟く。痛みは思うよりも彼の全身を脅かす。毒だと分かるが、目の前に居る人物から受けた傷だと思うと、剣を向ける気にはならなかった。
「‥‥ラファエルさん‥‥」
 シェアトもその名を呼び立ち尽くす。アリスティドやミカエルにも自分にとって大切な者が見えていたのだが、ミカエルは思い切り自分の頬を引っ叩いた。
「これは幻覚です! こんな所に居るはずが無いんですから!」
 思い切り叫んで赤い空気を吸い込み、ミカエルは咳込んだ。
 一方でリリーはと言うと。
「皆、しっかりしなさい!」
 叱咤しながら、門の向こうからやってきたアンデッドと下級デビル集団を相手にしていた。彼女に傷を付ける事が出来る者など居ないが、この状態では1匹も通すわけには行かない。だがデビルは空を飛ぶ者が居る。すり抜けた相手を攻撃しようとしたリリーの目に、見慣れた姿が飛び込んできた。
「あら‥‥あなたが相手ですの‥‥? 気が重いですわね‥‥」
 微笑みながら彼女は斧を構える。
「マグナブロー!」
 ミカエルの魔法が、皆の大事な者を焼き焦がした。胸を押さえながら次の魔法をと敵を睨んだ彼は、その向こうに別の人物を見る。
「シメオンさん‥‥?」
 近付いてくるその人物も敵だろうと彼は判断した。間髪入れず魔法を放ったが、相手に全くダメージを与えていないのを確認する。だが相手は口を開いた。
「まさか追ってくるとは思わなかったが」
「貴方は大馬鹿者です」
 近付き頬をつねろうとした彼の手は、空しく相手の体を通り抜ける。
「私とドーマン領主は別の塔に居る。その『怠惰の塔』は我々が入る事は出来ないのだ。『愛する者を殺した事がある者は入れない』。赤い霧は幻覚を強制的に見せる。だが範囲は広くない。ここで愛する者を殺した者も中に入れないだろう」
 言われてミカエルは皆の状態を見渡した。そこで初めてデニムとリリーが大変な事になっていると気付く。
「ラファエルさん! 待って‥‥待って下さい!」
 今や得体の知れない姿になっている者の腕にしがみ付くシェアト。蹲ってそれを見上げるデニム。おろおろする双樹。アリスティドは少し離れた場所で黙ってそれを見守っていたが、突如ムーンアローを放った。それが自分に跳ね返ったのを見て、ようやく彼はミカエルへと目をやる。
 立て続けにマグナブローを放つと、敵は赤い霧の中に紛れ込むように消えていった。アリスティドのムーンアローが飛んできた敵を貫き、我に返った双樹もリリーの援護に向かう。シェアトは苦しむデニムにポーションを飲ませた後、ここに来てから幾度と無く歌い続けてきた歌を歌い始めた。デニムが苦しそうに立ち上がって、向かい来る敵に剣を向ける。
 双樹が駆け寄った時、リリーは『愛する相手』を倒した後だった。塔から出てきた相手をあらかた斬り伏せた彼女の表情にはさすがに徒労の痕が見える。
 地上で呻き転がっているポールにも解毒剤を飲ませ、皆は塔を見上げた。
「入れませんわね‥‥」
 リリーが呟く。入れないのはミカエルも同じだった。赤い霧は薄くなっていたが、シメオンの姿も既に無い。
「もう1箇所の塔に、二人が居ると言ったんだね?」
 試しにテレパシーを放ったが当然届いていないようだ。
 様子見で門の中に入った4人は内側に小さな柱を見つけた。7色の小さな石が嵌めこまれており、黒と青の石だけが鈍い光を放っている。青色の門がある塔に二人は居るのかもしれないが、どの塔なのかは近付いてみないと分からないだろう。

●花
 結局6人は、この場所を出る事にした。
 6人だけでは攻略は難しいだろうし、ここが危険な事をギルドに伝える必要もある。そして、ここから地上に湧き出すであろうデビルやアンデッドを止める為の手段も。
 赤い花咲く丘を越えながら、ふと誰かが上空を仰いだ。
 そこに。

 空から生えているような塔が、そこに。
 あった。