ラティール再興計画〜猫男爵の挑戦状〜

■イベントシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:21人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月06日〜03月06日

リプレイ公開日:2009年03月14日

●オープニング

 その土地の名はラティール。小さな領地を有するが、現在その場所に領主は居ない。
 さまざまな事があったが、今、この地は新しく生まれ変わろうとしている。
 
 観光的な名所と‥‥知識の宝庫となる為の場所として。


「‥‥驚いた。君は‥‥帰って来ないと思っていたよ」
 現在、この地を実質上治めているに等しい人物、領主代行のオノレは、来訪者を見つめて首を振った。
「君は平凡な幸せを望むだろうと」
「ミシェル様の婚約者になるという話‥‥。兄が姿を消すまで、父がその話を強力に推し進めていたそうですね。本当に‥‥色んな事を何も知らなくて、だから償わなければと思いました。でも、私が裁判に出て罰を受けたとしても、それだけでは‥‥何の償いにもならなかったのですね。私には結局覚悟が足りなくて‥‥」
 来訪者の名前は、エリザベート。元ラティール領領主の娘であり、ラティールを混乱の渦に叩き落した父、何も知らずに命を失った母、何者かと共に姿を消した兄、という3人の家族を失ってしまった娘でもある。だが彼女は家族を失うまで、自分が置かれている状況を全く把握していなかった。父親が用意した贅沢な暮らしに何一つ疑問を感じる事無く、あらゆる情報を耳に入れる事もなかった。
 何かしなければ、償わなければと思いながらも、彼女はパリの教会で日々変わらぬ生活を送っていた。その年月はあまりに長く、元より彼女に期待する者は少なかったが、更に彼女の存在は忘れ去られるほどになっていた。
 だが、オノレは彼女のことを気に掛けてはいた。ラティールがきちんと再興したら、エリザベートを領主にと考えてはいたのだ。それは彼の上司でありエリザベートの親戚でもあるエミールの考えでもあった。ミシェルというのは、エミールの兄でありシャトーティエリー領領主代行でもある人の名である。
「それで‥‥君が、正式にこの場所を継ぐと言うんだね?」
 言いながらも、実際そう簡単に行かないことをオノレは知っていた。
 エリザベートの父親は領民に恨まれている。エリザベートの事も良く思われていない。その上、ミシェルは3領地を再びひとつに統合しようと考えている。
「私に出来るとは思えませんけれど‥‥でも、私が継がなくても、支えていかないといけないんですね。最近‥‥大切に想っている方に言われました。『故郷で成したいと思っている事。それを叶える手助けが出来れば』と。‥‥手を差し伸べて下さっているんです。支えて頂いているんです、いつも。その方だけではなく、たくさんの方に支えられていたから、護られていたから生きて来れたんだと言う事に、やっと気づきました。だから‥‥私も。‥‥キッカワさんが領主として立って頂くのが、一番良い事なんだと私は思うんです。ラティールが素晴らしい場所になったのは、貴方が上に立って指示を出していたからだと思いますし。‥‥それから、冒険者の皆さん‥‥」
「彼らには、何度も尽力いただいたからな。是非、名誉職にでも就いて頂けたらと思うんだが‥‥」
「‥‥どんな?」
「そうだな‥‥。例えば、職人の為の学校があるんだが、『職人学校名誉会長』という座を設ける事も出来るな。それから猫屋敷‥‥治療院‥‥あぁ、そうだ。『図書館名誉館長』という座もあるな。暇な時に寄って頂いて仕事をして頂く‥‥時には講演して頂く‥‥そんな形も取れるだろう」
「猫屋敷‥‥? レスローシェの男爵ではなく、ラティールにもそんなお屋敷が?」
 幾つかの場所の名前が出てきたにも関わらず、彼女が注目したのは『猫屋敷』であった。
「あぁ‥‥『温泉』が出来た時に。」
「キッカワさん。『猫男爵』は、この事‥‥ご存知なんですか?」
「‥‥これを見るといい」
 オノレは軽く息を吐き、テーブルの上から手紙を手に取った。
「『猫男爵』からの‥‥挑戦状だ」



 レスローシェ。
 シャトーティエリー領にある、エミールが治める町の名前だ。『娯楽の町』として有名である。金を湯水の如く使わされる場所としても。
 そのレスローシェの中に、『猫男爵』と呼ばれる男が居た。当然貴族。しかし独身。そして猫好き。猫をこの上なく愛して止まない男である。それはもう、病的な程に愛して止まないのである。彼はとにかく、『猫物』を集めるのが大好きだ。猫そのものもたくさん飼っているのだが、猫の絵柄が描かれた器、猫の絵、彫像、猫型の何かなどなど大量に収集している上に、とうとう自宅まで猫の顔っぽい外観にしてしまった。中庭の花壇も猫の顔型。銀の燭台には銀の猫が彫られ、蝋燭も変な形である。ただし、人の体が乗る場所には猫の模様が一切入っていない。絨毯、床、ベッド、椅子などに描いてしまったら、『痛いじゃないか』という事である。
 そんな彼は、とにかく猫っぽいものを見つけたら大金を払ってでも手に入れようとしてきた。その上、猫を3匹以上飼っている家の話を聞くと、偵察に出かけてしまう。レスローシェでは、猫男爵の襲撃(?)を恐れて、『猫を飼うなら1匹だけ』という暗黙の掟があるくらいなのだ。
 そういう人物だから、当然、ラティールに猫屋敷が出来たという話は聞いていた。そして彼は、『猫達が客寄せに使われている。その上、人間の都合で抱き上げられたり面倒を見られたりしているそうじゃないか。何と酷い環境なんだ!』とご立腹していると言う。ただ、彼も貴族。自分よりも上に位置する貴族に楯突くほど愚かではない。そこで、直々に『猫飼育指導』に出向く、という手紙を送ることにした。何とありがたい事か。その上で、『猫を客寄せに使っては猫達が可哀想である。呼び物にするつもりならば、猫アイテムの作成に力を注いではどうか。素晴らしい出来であれば、わたくし、猫男爵のお墨付きとして売り出せば宜しかろう』という大層素晴らしい名案を提供したのである。


「どうせならば、彼が持っていない物で猫の意匠を作ってみたい。私もレスローシェ暮らしが長かったからな‥‥。こういう『娯楽事』にはつい力を入れてしまう」
「私はあの人‥‥苦手です。偉そうなんだもの。猫は好きだけど‥‥あの人の飼ってる猫も偉そうだし」
「まぁ、何かを大事にする事は良い事だ。度を過ぎている事は否めないが」
 苦笑しつつ、オノレは手紙を片付けた。
「さて、エリザベート殿。そろそろまた、冒険者の手助けを請いたい。もうすぐ冬も終わるし、終われば本格的に建築作業にも入れるだろう。『学者村』の土台は作った。実際に建築をするのは少し後になるが、土台の石は固めてある。『学者村』に関しては、次は内装‥‥或いはもう少し具体的に煮詰める段階だろうな。それから‥‥そろそろ、学者などに呼び込みをする必要もある。若い学者を集めるのか、或いは‥‥。それから、温泉を中心とした『京都村』に、もう少し何かを加えるか‥‥。もちろん、猫男爵が言うように、猫物を作る事は進めてみたいと思う。こういう内容で、手助けをしてくれる冒険者を‥‥」
「では、私の様子をたまに見に来て下さっていた方に、ギルドに依頼を出すようお願いしてみます。私は‥‥ここで待ちます。『猫男爵』の対処方法も考えなくちゃ‥‥」
「パリに行く機会を与えたつもりだったんだがね。いいのかな?」
「いいんです」
 娘は頷いて、笑顔を見せる。
「それで、『猫男爵』は‥‥いつ来るんですか?」

●今回の参加者

ラテリカ・ラートベル(ea1641)/ ミカエル・テルセーロ(ea1674)/ シャクリローゼ・ライラ(ea2762)/ ジェイミー・アリエスタ(ea2839)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)/ レティシア・シャンテヒルト(ea6215)/ リリー・ストーム(ea9927)/ ベアータ・レジーネス(eb1422)/ アニエス・グラン・クリュ(eb2949)/ アリスティド・メシアン(eb3084)/ 磯城弥 魁厳(eb5249)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ リン・シュトラウス(eb7758)/ アクエリア・ルティス(eb7789)/ 鳳 双樹(eb8121)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302)/ セイル・ファースト(eb8642)/ 尾上 彬(eb8664)/ エフェリア・シドリ(ec1862)/ ソペリエ・メハイエ(ec5570

●リプレイ本文

●京都村
 雪も消えたこの場所では、朝早くから作業員達がうろうろしていた。
「『京都村』を作っていると聞いたのじゃが、ジャパン名物『温泉』『茶屋』『町並み』だけでは心もとなかろうて。そこで『からくり屋敷』を提案なのじゃが」
 魁厳の提案は、ノルマン大工の頭を『?』マークでいっぱいにする。そこで彼は現地采配中の棟梁らしき人物を探し、詳細を説明した。
 ジャパン忍者愛用(?)からくり屋敷は、罠、隠し通路、隠し部屋に溢れた家だ。魁厳は『それはやめてくれ。私達はまだ犯罪者になりたくない』と言われてしまうような罠を設置する事も出来る戦場の玄人だが、一般人でも楽しめるのが前提であるからそういう物は作らない。家の間取りやからくりの説明をすると、それは面白いと頷かれた。家自体は出来ていないものも多いから、今からからくりを設置する事は容易である。土台に仕込む事だって可能だが、さすがにそれは止めておく。
 そして彼は、せっせと部品を作り始めた。
 その傍ではメグレズが木材を運んでいた。木材、石材は既に大量に切り出されて置かれているが、これを作業場まで運ぶという地味な仕事がある。
「すまんなぁ‥‥。冒険者の、それも神聖騎士様にこんな事させて‥‥」
「とんでもない。建物建築をお手伝いする事で『京都村』計画を支援したいと思っています。これは、立派なお仕事ですよ」
 彼女は微笑み、馬を使って木材を運んでいた。その後は建築計画に沿って建築の手伝いだ。大工達と相談しながら進めていく。
「京都村に、舞楽殿と芸術学校を作るのはどうかしら? 文化の薫り立つ街、ラティール。そういうのって、素敵じゃない?」
 リンはオノレにそう提案していた。
「歌や舞いを捧げる為の殿堂が舞楽殿。芸術家に開放し、若い芸術家たちを優遇するのが芸術学校。勿論、バードや踊り手も含みますけど」
「芸術家の支援はレスローシェの管轄だな‥‥。あそこは学校もあるし幾つもの団体も居る」
「あ、と言っても住む所や仕事の紹介がメインですね。学者と同じで日々の糧を得るのも大変ですから、倉庫や空き家を改築して共同で暮らせる場所を作り、仕事として『芸術講座』を準備し、祭りや行事のさい協力してもらうの」
「祭り‥‥?」
「聖女降臨祭とか、職人競技会とかね」
 温泉と薬草園を見に来たユリゼが、軒先に居た二人を見つけて話に加わる。
「お祭りをする余裕があれば、だけれど‥‥」
「それは是非やりたい所だ」
 血が騒ぐねと笑うオノレはジャパンに居た事もあった。リン、ユリゼと共に『祭り』の話をしばらくした後、リンは竪琴を持って働く人々の応援に。ユリゼは薬草園へと向かう。
「前に花の名所としてアーモンドを増やしたいと話したけど、仮に植えても花が増えるのは数年後‥‥。観光と実益を兼ねて薬草園も見られる様に、一部庭園風に植え方を工夫してみたらどう?」
「ジャパン風に?」
 この場所には猫屋敷もある。その建物はジャパン風では無かった。まだまだ『京都らしさ』『ジャパンらしさ』は出来上がっていない。
「ジャパン風の庭園‥‥。うぅん‥‥松‥‥梅‥‥? 難しいかな‥‥砂利とか‥‥」
 植物に関しては風土の違いもある。似たもので何となく雰囲気を作るしかないだろう。
 ともあれ、確実に『京都村』は出来つつあるようだ。

●治安維持
 ラティール領は小さな領地である。
 京都村、学者村、その間に位置する『聖女像』があるラティール中心部。北部にある港。それだけで2/3埋まってしまうほどである。
「意外と‥‥上手く行っているみたいですわね」
 道路や井戸、公共施設の開発整備が、生活に影響を与えるほど進んでいない村や、治安維持が行き届いて村が無いかを確認しに来たリリーは、横に立っていたセイルを見上げた。
「そうだな。昔は7つ村があったけど‥‥もう、村という垣根も殆ど無いみたいだ」
「良かったですわ」
 この地の昔を知っている者としては、復興が進んできている事は喜ばしい。だが逆に観光を重視する余り、民の生活が窮屈になっている可能性もあった。土地には限りというものがある。
「盗賊のアジトでも探すか」
「そうですわね」
 そして2人は、森の中へと入って行った。

●学者村
「メインは‥‥図書館でいいと思うのですよ」
 ミカエルは、土台だけが並ぶ『学者村予定地』に居た。隣にちょこんとエフェリアが立っている。種族差から考えるとミカエルと同じ位の背丈でもおかしくないのだが、エフェリアはかなり小さい。兄弟のような2人を作業員達が微笑ましく見ていた。
「展示場は併設施設だし、図書館の中に自習室を作成し‥‥講義に使用とか」
 メイン会場である『図書館』内部構成に没頭するミカエルの隣で、エフェリアが口を開く。
「展示、研究するのに、古いもの、集めないといけないのです。近くに、遺跡とかないでしょうか?」
「遺跡? あぁ‥‥なんかそういえば最近掘れたのがあるな」
「調査、するのです」
 てくてくてく。作業員に案内されたエフェリアは作業員用の軽い兜を被せられ、借りたスコップを握り締めた。
「階段が、あるのです。古いもの、あるでしょうか」
「ちょっ‥‥エフェリアさん、待って! それ‥‥『地下帝国の入り口』じゃ‥‥」
「『地下帝国の入り口』、古いもの、でしょうか」
「‥‥古いと思うけれど、危ないと思う」
「古いと思うけれど、危ない、のですね」
 頷いて、鼻先まで被っていた兜をエフェリアは取る。
 だが即座にオノレに報告したミカエルだったが、逆に護衛を連れて中に入ることになった。
「古いものは、良いのです」
 そう主張するエフェリアによって大量の『古いガラクタ』を入手する事になったが、研究するうちに何かの発見に繋がる事を期待しておこう。
 展示場所はしっかりと空間を空け、研究場所は便利な場所に。保存にも注意を払い、防犯、防災はしっかりと。以上がエフェリアの提案。
 一方、学者集めの告知は、他の主要図書館代表者や、パリの諸侯宛に送られた。だが知識人はどこでも必要とされる。他の場所にわざわざ送り込んでくれる事は無いだろう。そこで、パリなどに張り紙を張る事にした。エフェリアが看板の絵を描いていると、ベアータがオノレの元にやってきた。
「久々に生業が活かせそうだと思ってやってきたのですが、まだ建物は出来上がっていないのですね」
 考古学者であるベアータは、簡単に説明を聞いた後、本を2冊取り出す。
「これを図書館に資料としていかがでしょうか」
「これは在り難い。すぐに写本させよう」
 まだ建物は出来ていないから、それらはオノレの屋敷で預かる事になる。
「私はモンスター知識、動物、植物知識、精霊碑文字の知識があります。人に教える事が出来る程度にはありますから、講師として必要な事があればお呼び下さい」
 自分に出来る形での支援。それをベアータは伝え、それらの知識を貰った羊皮紙に書き始めた。
 その頃ソペリエは、学者村の建築に携わっていた。基本となる柱を立て壁の為の柱を組み立てる。補強の梁を加えた後は屋根と壁造りになるが、建物によって工程も異なるだろう。それらを手伝いながらソペリエは、『倉庫』をふと見た。『展示室』に置くものを保管してある建物だが、まだ分類されずにそこにある。
「あの‥‥もし宜しければですが」
 そこに武具があるのを発見し、彼女はそれの手入れを申し出た。展示品が少しでも良くなるように状態を保つ事。商品と同じである。それは重要な事だ。

●騎士学校
「実はですね‥‥。ノルマンにも、騎士学校を作れないかと思いまして」
『して〜』
 アニエスの隣で、月妖精が鈴のような声で主人の言葉尻を真似する。
「イギリスのフォレスト・オブ・ローズ騎士訓練校で有意義な体験をした私としては、後続の方にもそういう場を提供できたらいいと考えています」
「騎士学校か‥‥これは又、難しい話だな」
「夢、ですから」
 そしてケンブリッジ校舎の内観を『参考程度として』伝えた。
「出来れば講堂は欲しいですよねー。専門外でも興味を引く先生の講義を聞いたりなど聴講制度もアリかと思います」
「職人学校を学者村側に移設する計画はある。だが大規模な学校、しかも騎士学校併設となると、金銭面だけではなく様々な問題も絡んでくる。考えてはみるが‥‥」
「勿論、心に留めておいて頂ければ、それだけでも」
 微笑み、アニエスは学者村予定地を上空から見るべく、フライングブルームにまたがった。

●猫男爵屋敷
 レスローシェ。の、猫男爵の屋敷。の、前に。
「一名様入りまーす! 食事ですかっ休憩ですかっ!」
 一軒の酒場があった。そこにジラルティーデという名の不幸な青年が居た。彼は勿論、猫男爵の家に向かうつもりだった。だが、最近知り合ったポールという男の名を使ってツケで払おうとしたのが全ての始まりだった。ポールはその店に大きな借金を抱えていたのだ。後は坂道を転げ落ちるような転落人生。今やタダ働き。哀れ、ジラルティーデ。そろそろ『神聖ローマ帝国出身のナイト』という看板を下ろしたほうがいいかもしれない。
 そんな前置きを踏まえて。
「猫男爵家、襲撃〜」
「襲撃〜なのです。あ、先にご連絡してからにするですね」
「猫男爵さんってどんな方なんでしょう‥‥。猫さんは大好きなので楽しみですね♪」
 シャクリローゼ、ラテリカ、双樹の3人娘が、屋敷の前に立っていた。
 その後方から、光の如き素早さで間合いを詰めた男が1人。ラテリカの背中にがしっとしがみついた。
「きゃ〜〜〜〜っ?!」
「サンレーザー」
 じゅう。
「ここ‥‥歩合制なんだ‥‥本当に、頼むよ‥‥」
 実も心も疲弊した熟年騎士の弱弱しい微笑みを浮かべながら、悪は地面に倒れ伏した。
「びっくりしましたね〜」
「助かりましたです」
「真昼間から物騒な所ですわね」
 そう言いながら、3人娘は屋敷の中へ入っていく。
「猫さんが大好きな偉い方が猫さんとのお付き合いの仕方を講釈してくれると聞いて、参りました」
 双樹の挨拶を軸に、
「猫屋敷の猫さんが辛い思いをしてるでしたら、改善したい思いますです。でも、無秩序も良くないですよね」
 ラテリカがうるりん目で、出迎えた猫男爵を見上げ、
「わたくし、どーも猫ちゃんと相性悪いみたいで‥‥。どうしたら仲良くなれるんでしょう‥‥ご教授いただけません?」
 シャクリローゼが柔らかな口調で尋ねた。
「猫と仲良くか。それは愛だ。万感の愛だ。愛に勝るものはない! ‥‥こら、そこの。うちの猫と魔法で話すなら一言断ってからな」
「ごめんなさいです」
「私も宜しいですか?」
「構わんとも。存分に楽しみ給え。疲れさせんようにな」
「ありがとうございます〜。猫さんは大好きです♪ 猫さんに埋もれて生活できたら素敵です」
 うっとり猫と戯れる双樹と、この屋敷の暮らし向きを猫に尋ねるラテリカ。
「猫男爵さまにとって『猫』ってどこまでです? トラとか‥‥熊(?)とか‥‥猫科猫目?」
「長靴を履いた猫までだな」
 その間、シャクリローゼは当たり障り無い話をしていた。

●ぶらラテ
 ジェイミーは、ラティール領内をぶらぶら歩き回っていた。この地に来るのは初めて。今回の目的は。
「‥‥外貨も必要でしょ?」
 というわけで、観光客である。
 まず買い物。次いで足湯温泉へ。足を温めた後は薬湯、そして香草茶。
「いつでも・きれいで・ひろくて・しずかで(略)」
 客の視点で理想を述べた後は、併設の茶屋で花見団子を頂く。近くのアーモンドの木は花満開。これは良い光景だ。
 そしてジェイミーは、猫屋敷へと向かう。

●治安維持2
「あなた! 行きましたわよ!」
「任せろ!」
 森でテントを張ってべたべた甘えていたセイル&リリー夫妻は、突如敵に襲われた。‥‥いや、襲わせた。
 重装備姿のリリーが出てきたので驚き逃げ出した盗賊達だったが、素早くセイルが回り込む。セイルは素手だ。だがそれに騙された相手は、その豪腕の前に倒れた。
「‥‥弱いな」
「あなたが強いだけですわ」
 いちゃいちゃ。
「でも、大した盗賊は居ないようで良かったですわね。‥‥貴方達。真っ当な営みを望むなら、一度だけ許しましょう」
 捕らえた盗賊達はその迫力に何度も頷く。
 そして2人の治安維持隊は、時間ある限り領内を歩き回るのだった。

●猫屋敷
 もふもふ。もっふもふ。ふにふに。ふっにふに。
「‥‥和むわ‥‥」
 猫屋敷で猫共々レティシアはごろごろしていた。
「‥‥何やってるの、二人共」
「あぁ、猫グッズ作りをだな」
 彬はテーブルに花見団子を並べつつ、『猫と同じ手触りのしおり』を作っている。
「おじさん。遊んでないで手伝って下さいね」
「‥‥うん、遊んでないぞ」
 猫屋敷改善にやってきたアリスティドとジャンが呆れるくらい、観光気分の2人はだらだらしていた。
「まずは現状確認ですね」
 ジャンが確認したのは、猫たちが居心地良く過ごせているか、農家に派遣してネズミを退治できるようにって話はどうなったかの二点。前者についてはインタプリティングリングで尋ね、『概ね』という解答を得た。勿論猫によるが。後者については『猫屋敷癒し度』が高すぎて後回しになっていたようだ。教育して貰うよう頼む。
「それから、猫屋敷の建て増しを。一般向けも兼ねた、動物医院を隣に作るのはどうでしょうか」
「そうだね。これだけ多いと病気もすぐに移る。猫屋敷や客の猫に、薬を処方できるようにしたいね。薬草園も近いし薬師も居る。すぐに出来そうだけれど」
 アリスティドは、これから猫を飼いたい人の為の講座を定期的に行うのはどうかという提案も行った。餌の与え方、病気の見分け方など基本的な所を。
「もしかしたら、猫男爵が引き受けてくれるかもしれませんよね」
 そんな風に案を出し合っている2人から少し離れた所では。
「にゃにゃにゃ〜、にゃにゃにゃんにゃな〜にゃにゃっにゃにゃんにゃ〜♪」
「‥‥訊くの何度目か分からないけど、何やってるの、レティシア」
「邪魔しないで。夏のリベンジ、『猫メロディ最終章』よ。腕も上達した今ならっ!」
「『有栖亭』で『デコチ(デコレーションチーズケーキ)風味団子』貰ってきたぞ〜」
「そんな物作らせるおじさんもおじさんだと思います」
「アリスの誕生日祝いにだな。あぁ、エリザは何日だい?」
「‥‥えっ? えっと‥‥1月‥‥」
「じゃあ一緒に祝うか」
 仕事なんだかパーティなんだか分からない様相を呈して参りました。
「あら? 猫グッズはまだ無いのね」
 そこへジェイミー到着。
「あ‥‥いらっしゃいませ〜。‥‥そうなんです、ごめんなさい。このしおりしか‥‥」
「でもせっかく猫屋敷っていうなら土産の売り子も猫っぽくいかない?」
「あ、それいいですね」
 しおりを購入して、ジェイミーは宿見物に去って行った。
 結局、猫グッズは『しおり』のみとなった。ラテリカ考案『猫男爵による猫さんへの愛の篭もった詞に曲を付けて、ラティールでのお迎え曲に使用』、そして後は今後の猫屋敷の行方を話す。それくらいしか猫男爵対策は出来なかったのであった。尤も対策は二の次だし、猫男爵邸に行った者達が上手にご機嫌取りはしてきたわけだが。
 ともあれ。

●ここから先は、プライベートタイムです
 夜。花咲くアーモンドの木の傍の茶屋で、エリザベートは椅子に腰掛けていた。アリスティドが隣に座ると、彼女は口を開く。
「私、貴方に護って貰ってばかりだった。‥‥貴方の事は今も好き。貴方が領主になってくれれば‥‥私がそのお嫁さんになれればと夢見ていた時もあったけれども、貴方は冒険者だもの。ここに、私に縛り付けてはダメだと思ったから。だから貴方は自由でいて。月の精霊のように綺麗な人。貴方が旅から帰ってきた時に落ち着ける場所。ここを、そんな風にしたいの」
 彼が伝えたい事は、先日のパーティの時に聞いた。それがとても自分の力になったから。彼女はそう言って笑った。
「でも、貴方が『ついて来て』と言うなら、いつでもついて行きます。それが、私の『覚悟』」
 一方、少し離れた薬草園には、ユリゼがフィルマンと共に立っていた。アーモンドの木はフェアリーのライトで照らして幻想的な雰囲気をかもし出し、夜の花見を満喫。だが本命は、薬草園への忍び込みである。
「‥‥もう此処は大丈夫よね? 悪用はされないわよね?」
 カップルを装いながら(?)、2人はこそこそ薬草園内を歩き回った。特に気になる得体の知れない物は栽培されていなかったようだ。胸を撫で下ろすユリゼ。
「今ここは、兵士や衛視の数が少ない。今は勢いに乗っているから治安も悪くないが、何れこのままだと又悪くなっていくだろうな。何でも増やしすぎて財政を圧迫する事で、民に負担を強いている可能性もあるしね。ラティールだけだと限度がある」
「そう‥‥。そうね。悪用されない為には見張りが要るけれど、人を雇うのにもお金はかかるものね」
「レスローシェの援助もそろそろ限界だろうな。‥‥シャトーティエリー自体が浮上するか、或いは『地下帝国の遺産』を拾うか売り払って資産資金を増やすか。昔、シャトーティエリーへの援助という名目で市が開かれた事があったけれども、ラティールもその道を取るという選択が必要じゃないかな‥‥」
 

 同じく夜。レティシアは宿屋から教会にテレパシーを飛ばした。
 元気だろうか。そう念を篭めた彼女に返事が来る。
『今から行くわ』
 外出用に白いコートを羽織り、彼女は教会へと歩き出した。