春の良き日にあなたとお茶を
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月11日〜03月15日
リプレイ公開日:2009年03月24日
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●オープニング
春間近。そんな頃合を感じさせる柔らかな風が、穏やかな日差しの中通り過ぎて行った。
「実に残念だよ。もうすぐ、『これ』を堂々と着れなくなるのかと思うと‥‥」
と、男が『まるごと大仏』を寂しそうな瞳で見つめる。
「季節問わず、いつも着てるでしょ」
それに対して女が簡潔に突っ込んだ。男は尤もらしく頷きつつ、長槍を低木の間に引っ掛ける。そしてその上から水も滴る『萎れまるごと大仏』を掛け、ふぅと汗を拭った。
「うん、良い天気だ」
防寒着を洗う事は正しい行いである。しかし、この庭にある低木の間に悉く棒が引っ掛けてあって、その間に悉く『萎れまるごとさん』が掛かっている光景は、なかなかシュールであった。
ここは、男の家である。女は、そこにたった一人招待されるくらいの仲ではある。だが招待されたにも関わらず男が洗濯に精を出していて、自分が男と使用人の為に香草茶を淹れて焼き菓子まで用意しているのはどういう事なのか。いや別に、茶を淹れたり菓子を準備したりするのは全く構わないのだが。
「あのね、フィル」
そうだ。女は一応客の立場である。なのに、その客人を放置して洗濯をしているというその態度が可笑しいのだ。だからと言って、一緒にざぶざぶ洗濯するのも何か違う気がする。
「この前の『バレンタインデーパーティ』で‥‥私、籤は引かなかったのよね」
「うん、知ってる」
「去年のパーティでダンスも教えてもらったのに、結局今年はダンスも出来なかったし」
「着物だったからね」
女の名はユリゼ・ファルアート(ea3502)。先日のパーティは大規模なものだったが、去年のバレンタインパーティは、様々な思惑も混ざり合って小規模に行われた。それに参加していた彼女は、その時の籤で、アルノー・カロンのパートナーとなっている。バレンタインパートナーとは1年間仲良くすると良い事がある、という話だった。だが実際は。
「アルノーさんにはダンスを教えて貰ったのに、私はパートナーらしい事、何も出来なかったから‥‥。もう、パートナーじゃなくなったけど、せめて最後にね」
「最後に何? 『王子様のキス』でも?」
「『王子様』は、女の子相手限定なのっ。大体、アルノーさんには‥‥」
去年のパーティでの思惑は、『橙分隊長に男を作って結婚させるべく、男をバレンタインパートナー相手として、そこから色々始めてみる』というものであった。だが実際は、その座を射止めてしまったのはライラ・マグニフィセント(eb9243)である。その場で彼女はブランシュ騎士団橙分隊長、イヴェット・オッフェンバークにダンスの女性パートを教わった。イヴェットは女性パートを踊る事は少なかったのだが、過去に冒険者に教えて貰った事もあるし、女性相手に踊る事で相手の動きも十分見ている。教える事は特に問題なかった。
ライラとアルノーは、その『橙分隊長に男を! 計画』の一環で出会ったのだが、何故かとんとん拍子で恋愛模様が進行している。そんなわけでユリゼは。
「‥‥あのね。ライラさんのお店を一日借り切ってお茶会をしようと思って。出来れば当日は二人きりにしてあげたいのよね。3月に貸切したいって言ったら、ライラさんは『雛祭り?』って聞いてくれたから、それも良いと思うし。‥‥だったら、前日までにお菓子を全部仕上げてもらって‥‥ノワールのお菓子を持って野外お茶会なんてどうかしら?」
「ふむ。夢が広がりまくりだね」
男、フィルマン・クレティエは、『まるごと埴輪』の頭部を干して頷く。
「そんな訳でフィル。他にも人を誘って皆でお茶会をしようと思うの。アルノーさんを含めて、皆のお目当ての人を引きずりこめるよう、協力してね?」
香草茶を飲みながら、ユリゼはにっこり微笑みかけた。
●リプレイ本文
●
春を思わせる甘い香りを含んだ風が、辺りに広がった。
ライラ・マグニフィセント(eb9243)の店の庭はまだ肌寒い。だがそこには卓と椅子が用意され、温かな香草茶から緩やかに白い湯気が立ち上っていた。この季節でも咲く花を集めて植えられた花壇には枯れ草雑草一つ無く、躓かないよう小石なども取り除かれている。決して大きな庭ではない。そこにテーブルセットと臨時の簡易竈が置かれると、後は参加者全員が自由に行き交うだけの空間も無いような場所だ。だが、その小さなお茶会会場には温もりが詰まっている。ささやかだからこそ。
「癒されますね‥‥」
至福の表情で、リーディア・カンツォーネ(ea1225)が香草茶の入った器を両手で持っていた。
彼女がここに来た理由は『癒される為』。彼女のその至福の表情だけでも他の人は癒されそうだが、2匹の猫を膝に乗せてほわんと癒され中である。
お茶会の為、彼女は3日間働き続けた。勿論他の参加者もなのだが、白のクレリックである彼女は念入りに庭掃除を行った。簡易竈を置く所は土を平らにと熱中し、草も石も葉も取り除いた。これらは全て再利用すべく別の場所に一旦保管。更に恋人同士の参加者達が2人きりになれるよう、上手く時間を合わせる算段まで立てる。
そんな3日を過ごした彼女は今、参加者達を眺めつつ幸せに浸っていた。目の前で繰り広げられる穏やかな光景に口元も目元も緩みまくりである。
「パイが出来上がったのさね」
「わぁ‥‥いただきます〜」
ライラが盆に載せて、菓子を運んできた。わらわらと、されど慌てる事無く皆が群がる。
「ライラさんの料理にお菓子、本当に美味しいですけどっ、この生クリームのお菓子は本当にもう‥‥。幸せのふわふわ‥‥」
アトランティスからもたらされた知識である生クリーム。焼き上げたパイに詰めるだけでも、天にも昇る食感と味が楽しめるのである。
「ライラさんのお菓子、とっても楽しみだったんです♪ 雲母ちゃんも食べます?」
『ますー』
儚げな表情で頷くウンディーネ。鳳双樹(eb8121)はリーディアと似た表情でパイを食べ、半分をペットに手渡した。
彼女の3日間は、思えばひっそりとしたものだった。メインがデートだから、相手の居ない自分は邪魔にならないよう‥‥と気を配ったのである。と言うのも、恋人達が時間を見つけてやってきていたので、準備期間中も遠慮して2人きりにさせようとしていたのだった。
「侍の力の見せ所なのです!」
と、無い力こぶにぐっと力を入れ、簡易竈作りにも精を出している。簡易竈作りは、楓や亀達も手伝った。
「荷物を運んだり持ち上げたりは得意な子達ですから〜♪」
エーディット・ブラウン(eb1460)の飼っている亀達は、『カメ?』と訊きたくなる図体の者も居る。庭に入って自由に動けるうちに働かせ、彼女は椅子や卓を磨いていた。
「晴れるように、吊るしておきましょう〜♪」
『てるてる坊主』を6体用意。参加者其々に似た顔を描き込み木に吊るす。彼女のおかげなのか、良い天気に恵まれた。
そんな彼女は亀達の甲羅に毛布を掛け、まったり座っている。他人事のようにほけーと座っているリーディアを見、それからのんびり室内を見た。
庭に繋がる部屋は開放されている。そこにも卓や椅子があって、ユリゼ・ファルアート(ea3502)がヒートハンドで温めた石が、卓の下に置かれていた。厨房からの熱気が届いているが、庭との間の扉も窓も開き放しにしている為、涼しい風が吹き込んでいる。
「ふふふふ。来たですね〜♪」
パイを食べ終わったエーディットは、毛布亀に乗ったままのそのそ動き出した。
「ヨシュアス殿だな。外は寒いからここがいいだろう」
ルザリア・レイバーン(ec1621)が、『ふわふわ帽子くろやぎ』を被ったまま、来訪者を室内に案内していた。暖かいが愛らし過ぎる。来訪者は微笑んで言われるがままに腰掛けた。
「飲み物は」
「ワインで」
ルザリアの3日間は、ライラの手伝いが主だった。
彼女はこのお茶会に参加したものの、初見の者達ばかり。もしかしたら、ノルマンに来たのも初めてかもしれない。
「イギリス語とゲルマン語は話せるのだが、ノルマン語は出来ない。何かと面倒を掛けるかもしれないが、宜しく頼む」
と、ゲルマン語で挨拶して皆に暖かく迎え入れられたのだった。そして、ノルマンはゲルマン語が主言語だと知ったのである。
彼女は神聖騎士らしく実直で、ライラの指示通り素直に動いた。食材を切り、卵を割り、食材を混ぜ、時には運んだ。ライラの仕事状況を注視しつつ、尋ねる事の出来るタイミングを見計らって声を掛ける。まず指示を仰いでから作業を行う。勝手に自分では行動しない。それは上下関係の厳しい騎士、神聖騎士だからこそ身についたものなのだろうか。そんな彼女の補助のおかげで、ライラは計画通り、作業を終える事が出来たのである。
「ワインだな」
「新しいものがいいな」
「心得ている」
厨房へと去っていくルザリアの後姿を眺めていた『ヨシュアス』は、不意に背後から破壊音が聞こえてきたので振り返った。
「痛‥‥い、けど‥‥ガマンですっ‥‥」
そこには派手に転んだ娘の姿が。
「ここで、移動毛布と一緒に待ってるですね〜♪ 一緒に乗ってらぶらぶ空間を作るのですよ〜♪」
毛布亀の上のエーディットに手を振られ、リーディアは室内に乗り込む。その一部始終を見ていた『ヨシュアス』は、穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「あ、の‥‥ようこそお越しくださいました。お寒くは‥‥無いですか?」
「お招きありがとう。うん、少し寒いかな」
「あわわわ‥‥こ、これをっ」
慌てて椅子に掛けておいた毛布を差し出す。一瞬の間の後に、彼は毛布を受け取って頭から被った。
「あぁぁぁっ‥‥使用方法がっ‥‥」
あわあわするリーディア。しかし本人が暖かいならそれでいいかもと思い直した頃。
「どう使うんだろう? こっちに来て教えてくれないかな」
毛布を被った笑顔の主に呼ばれた。
「肩か、膝に掛けて頂いてですね‥‥」
「どう使うんだろう? 掛けてもらえないかな」
確信犯的笑みで再度呼ばれる。
「ハ、ハイ‥‥。デハ‥‥」
本当は、触れる事さえも恐れ多い事である。実にフレンドリーで、変装、偽名の常習犯であっても。
「リーディアさん、もう少しなのですよ〜♪ 急接近のチャンスなのです〜♪」
「‥‥ハラハラします‥‥。頑張って下さいね、リーディアさんっ」
エーディットと双樹に見守られながら、リーディアが恐る恐る頭の毛布に手を伸ばす。そして。
「‥‥何をしているのか訊いても?」
「ななななななっ‥‥な何っ、何っ‥‥なんでしょうか‥‥」
突然声を掛けられ、リーディアは毛布をとっさに頭から被った。
「ワインをお持ちした」
「ありがとう」
何事も無かったように、『ヨシュアス』はにっこり微笑んでルザリアからワインを受け取る。
「君も飲む?」
「わ、私は古ワインで‥‥えぇと。頂きます」
返答を貰い、男は彼女の為に椅子を引いた。もうひとつゴブレットをと言われ、ルザリアは再び厨房へと戻る。
「‥‥ん? あぁ、あの方か」
ルザリアから話を聞いたライラが、厨房から顔を覗かせた。
「『自称ヨシュアス様』と言われているな」
「自称‥‥?」
「本物の『ヨシュアス様』も居るんだが、あの方はその名を名乗ってたまに酒場に遊びに来たりするのさね」
さすがに、『実は王様なんだ』とは言い辛い。ライラはノルマンの民として生まれ育ったわけではないが、やはり言い辛い。
「そうか‥‥。彼女はでも、随分緊張しているようだ。ユリゼ殿に茶を淹れて頂いて持って行こうか」
「あぁ、そういえば‥‥ユリゼ殿の姿が見当たらないな」
ライラが首を傾げた時、外に通じる厨房の扉が開いた。
「失礼。魚を貰ってきたよ」
「アルノー卿‥‥。足りない材料費を出して貰っているのに‥‥。あぁ、ではえーと‥‥」
ライラはこの3日間、料理作りに没頭していた。日持ちのする物から先に作り、当日も早朝から料理に菓子にと大忙しだったのだが、2日目にはアルノーも竈作りの手伝いに来ており、その際色々貰ったのである。だが、馴染みの漁師に魚を貰って作った海鮮スープは既に出来上がっていた。
「いや、これは君の為に。ロクに食事もしていないんでしょう? 焼くくらいなら私も出来るし、君ほど上手くは出来ないけれどもスープも作れる。ここは君の厨房だから庭の竈でも借りて‥‥」
「あぁ、いや、その‥‥使ってくれるのは構わないんだが‥‥。アルノー卿もでも、客人であるわけだし‥‥」
「作って頂けばいいじゃないか」
2人のやり取りを眺めていたルザリアが声を掛ける。
「そのほうが絆も深まる」
笑って彼女はゴブレットを手に厨房から出て行った。アルノーは大人しく外でライラの答えを待っている。
「じゃあ‥‥。貴方の手料理を頂く事にしようかと‥‥」
「ありがとう。君に美味しいと言って貰えるよう、厨房も大事に使わせて貰うよ」
アルノーは楽しそうにそう言い、魚にナイフを入れた。
その姿を見ながら、ライラは思う。彼は騎士だ。だが彼が生き生きとした表情を見せるのは、いつだってこんな些細な日常を感じさせる時。彼が自分を選んでくれたのは、きっとそんな日常を共に過ごせる相手だからなのだろう。釣りという共通の趣味もある。騎士としてではなく、庶民出の男として、等身大の彼であれる相手。それがライラだったのだ。
だから、この時間を大切にしたい。彼が彼であれる時間を共に、笑って過ごせるように。
●
その頃ユリゼは、大変な事になっていた。
ユリゼの3日間は、皆と大差ない。2日目に来たアルノーにはライラを連れ出すようこっそり声を掛けておいた。同じ日に彼女のお相手フィルマンも来たので、おちば、おばけ、ししまいの『まるごと3点セット』と、トナカイヘッドをプレゼントした。
「‥‥や、今着なくて良いから」
と、ユリゼが声を掛けるまで、まるごとさんを着込みまくった挙句。
「く、くるしい‥‥」
「‥‥えーと‥‥、全部着るからでしょ、って言ったほうがいい?」
遠巻きに橙分隊の別隊員が見守る中、ユリゼはフィルマンがまるごとさんを脱ぐのを手伝う羽目となった。勿論、その姿を見たエーディットと双樹が『らぶらぶですね〜♪』『らぶらぶいいですね〜』と大喜びしたのは言うまでも無い。この時、エーディットは他隊員に、
「今回お相手が居なくて好みの女性が居たら、アタックしてみるのも良いですよ〜♪ 応援するです〜」
と言ったのだが、『遊びならともかく、本気で当たってみるなら、いきなりは失礼かと』と、真面目な返答を貰った。
「そういえば、うちの隊員の1人が、貴女にフラれたという噂なのですが」
「どなたでしょう〜? 記憶に無いのですが〜」
「あいつは、モテる割りにはフラれるからな」
「エーディットさん、橙分隊員の方から告白された事が‥‥?」
「記憶に無いのです〜」
「はぅ。羨ましいです‥‥。私も素敵な恋がしてみたいなぁ‥‥」
双樹がため息をつく。まぁそれも無理は無い。常時応援組のエーディットはともかく、気付けば周囲はカップルばかり。
「じゃあ、俺などどうだ?」
だが突然、椅子に座る双樹は黒髪の男に軽く声を掛けられた。
「はっ‥‥はい?」
「やめとけ。その子、お前の半分も生きてないような娘さんだぞ。犯罪だろ、犯罪」
「枯れ葉色の防寒着にトナカイ頭のお前に言われたくない。火点けるぞ」
「やめて〜いや〜」
いつもより燃えやすい格好のフィルマンが逃げ回っていたが、声を掛けた本人は『悪かったな』と言って去っていった。
「押しが弱いですね〜♪」
「‥‥恋って‥‥色々難しいものなんですね」
そんな事もあったのだが、ユリゼは今、誰からも見えない場所に居た。家の外。隣の家との間の死角に潜んでいたからである。
正確には、潜まされていたからである。
「なっ‥‥何‥‥」
「君は、あの庭でなら少しは素直になれる気がすると言ったけれど‥‥私はここのほうが落ち着くかな」
「落ち着かないっ‥‥とっても落ち着かないからっ‥‥!」
まぁ落ち着くわけが無いだろう。非常に互いの距離が近すぎる。
「君がね。『もしかしてフィル、少し怒ってる?』なんて訊くから」
「だって‥‥じゃなくて、それとこの状況がどういう関係にっ‥‥」
「怒ってたほうが良い?」
「そうでもなくて」
「君は、気を回しすぎるんだ。相手の少しの変化でも気になる。私は‥‥君に心を開いてきたつもりだから、いつも取り繕わないようになってきているから、そういう風に見える事だってあるよ」
「‥‥ごめん」
「謝らないで、ユリゼ。普通に一緒に笑う事が望みだと君は言った。私もそれが理想だと思う。もっと言うなら、君が素直に膝に乗ってくれるようになったら嬉しいんだけどなぁ」
「人前じゃまだ無理っ」
「大丈夫。ここは誰も見てない」
あぁ‥‥自分のペースが乱される‥‥。ユリゼは心の中で泣いた。いつもそうだ。この男はいつも。
「‥‥それより‥‥いつかの答えなんだけど‥‥」
「それより、って‥‥。結構重要な事なのに‥‥」
「本音が見えなくて不安になるけど‥‥一生か二生かけて、あなたの本音を見つけていくのも悪くないかな、って。足りない私の言葉も、少しずつ伝えていけば良いのかなって」
ユリゼの声が、静かに葉を揺らす。シェアトに抜けるくらい梳いてもらった黒髪が、わずかな光を受けて艶を出した。
「‥‥フィルが嫌じゃなければ。‥‥傍に居て、良い?」
「今更?」
男は笑う。
「出来る限り、いつでも。君が望むまで」
「いつもごめんね。ありがとう」
抱き寄せられて、娘は男の頬にそっと口付けた。
「あ、ユリゼさん。こっちへ〜」
「ごめんごめん。今、香草茶淹れるわね」
彼女曰く『手品みたいな魔法』で淹れた茶は、既に皆に行き渡っている。
「いいえ。リーディアさんのお相手さんが‥‥」
双樹に促されて行くと、『ヨシュアス』が帰るという事で部屋を出た所だった。
「以前、旧聖堂の花壇に興味を持たれたと聞いたので、春には花咲く子を‥‥ユリゼさん達に手伝って頂きながら、植え替えたのです」
リーディアが、苗をそっと手渡している。
「アイリスの苗です。あ、花の色は咲いてからのお楽しみ、です」
「ありがとう。家に植えるようにするよ」
勿論植えるのは本人では無いだろうが、本人が一生懸命世話している姿を想像して、リーディアはぽわんとなった。
「はいっ。良い子に育つと思いますっ」
「君みたいにね」
笑って、彼は皆を見回す。
「ありがとう。とても楽しかったよ」
「私が供をさせて頂きます」
アルノーが傍に立つと、『ヨシュアス』は頷いた。
そうして、宴は終わりを告げる。
だが、これからは芽吹きの季節。
又、何かが始まる予感を感じさせる。そんな季節となるのだろう。