彼(か)の人に贈る詩(うた)

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月03日〜12月06日

リプレイ公開日:2006年12月11日

●オープニング

 暖炉から、ぱちぱちと爆ぜる音が聞こえてきた。昼間は陽が差し込めば幾分室内も暖かくなるが、朝晩の冷え込みは厳しく、火の力を借りなければ快適に過ごすことなど到底出来ないだろう。
 そんな中、男は暖炉の傍に椅子を置き、それへと薪をくべていた。
「アンヌ。寒くない?」
 振り返って尋ねると、ベッドの中で座っていた女性は黙って頷く。
「‥‥ごめん。今年は約束を守れなくて」
 すぐに火へと顔を向け、男は静かに呟いた。
「1人で行ったけど、やっぱり駄目だった。高い崖にある卵を取って来いと言うんだよ。崖の上から下を見下ろしただけで‥‥そのまま落ちるかと思ったよ」
 女性は穏やかに笑い、男も苦笑する。
「君の好きな花。いつか、君をあの場所に連れて行きたいと思ってた。せめてもっと早く見つけていれば。あの花が一面に咲く光景を‥‥。持って帰ることが出来なくても、君に」
「気にしないで。‥‥気にしないで、エルネスト。私は幸せなのよ」
 女性の言葉に男は顔を上げた。
「毎年必ず帰ってきてくれる。それだけで充分なのだから」
「足りないよ、それだけでは。君に満足してもらわないと。もっとたくさん、君に喜びや楽しみをあげないと。もっともっと幸せになって欲しい。だから‥‥」
 男は何かを考えるように、天井を見つめる。そんな男を見ながら、女性は寂しそうに微笑んだ。

 翌日。冒険者ギルドに1人の娘がやってきた。
 彼女は受付で名を名乗り、
「依頼人は私では無いんですけど」
 と付け加えた。
「では、依頼人の名前も」
「えぇ。名前はアンヌ=オリオール。私の祖母です」
「あぁ‥‥存じてますよ。穀物商をなさっているオリオール家の先代の。昔、家が近所にありまして‥‥」
 世間話を始めようとした受付員を手で遮り、娘は「話を始めていいですか」と尋ねる。受付員は仕方なく頷いた。
「祖母は祖父を亡くしてから、私と使用人との3人暮らしをしています。父も母も、祖母の面倒を見ることを避けたので、小さな家で私達は暮らしているのですが、その事に祖母は感謝しているそうです。私も、今の祖母のほうが幸せだろうなと思います」
「それは、小さくない商売をなさっているお家でしょうから、いろいろ有るだろうとは推察いたしますが」
「祖母には、将来を誓い合った初恋の相手がいたんです。でも種族が違うからと‥‥まぁそれは今話す事ではないので、本題に入ります」
 身を乗り出した受付員は少々がっかりしたような表情を浮かべたが、娘はそれを無視して話を続ける。
「数年前から、その相手の男性が毎年、祖母に珍しい花を贈って下さるんです。でも今年は取って来れなかったということで、祖母は気にしていないのですが、相手の方は非常に気にしておられる様子でした。このままだと、更に大きな物を用意するか、危険な冒険か何かをやって珍しい物を取って来そうな勢い。‥‥心配してるんです、祖母は。自分の心が伝わらなくなってしまうんじゃないかと、そして彼が何か大きな怪我でもして、帰らなくなってしまうんじゃないかと」
 娘は、それが自分自身の事のような深刻な顔つきで訴えた。
「私がここに来たのは、友人も‥‥些細な事、けれども本人にとっては重大な事を解決して欲しくて、お願いした事があると聞いたからです。そして助けてもらったと。私が、いえ祖母が依頼したいのは、『彼に、祖母の心を伝えて欲しい』ということです。言葉だけでは納得してくれない彼に、ささやかな幸せを教えてあげて欲しい。大きな物、立派な物、珍しい物だけに価値があるわけでは無いと言う事を」
 受付員は何か思い当たる事があるらしく少々渋い顔になったが、ややしてから頷き羊皮紙を取り出した。
「分かりました。では、冒険者達にその依頼を公開しておきます」
「宜しくお願いします」
 
 娘が去った後、受付員はカウンターの裏をちらりと覗き見た。
「‥‥大きいプレゼントのほうが喜ぶと思うがなぁ‥‥」
 そこには、両手で抱えなければ運べないほど大きな箱が、赤色の紐で飾りつけされて置いてある。
「何が悪いって言うんだ‥‥?」
 納得しないまま彼は、羊皮紙に依頼文を書くためにペンを取った。

●今回の参加者

 ea1407 ケヴァリム・ゼエヴ(31歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9960 リュヴィア・グラナート(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

皇 茗花(eb5604

●リプレイ本文

「ただいま。帰ったよ〜」
 表の扉を開けると、ふわふわのもこもこが白い息を吐きながらころりんと転がり入って来て、笑顔で皆に挨拶をした。
「お帰りなさい」
 毛布を持って来たシェアト・レフロージュ(ea3869)が、全身ずぶ濡れのケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)を自分が濡れる事も厭わず抱き上げるようにして、微笑みながら迎える。
「随分たくさんあるのだな」
 ケヴァリムの後ろから羊毛を運んで来た人を手伝いながら礼を言いつつ、リュヴィア・グラナート(ea9960)は感心したように呟いた。
「いっぱいあるように見えるけどね。毛糸にしたらすごく減っちゃうんだよ」
 濡れてしまった、もこもこのふわふわを暖炉で乾かしながらケヴァリムは、座ってペンを走らせているウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)を覗き込む。
「手紙を書いてる途中を見てはいけないんだよね。想いが中途半端になって抜けてしまうのだね」
 素早く羊皮紙を隠しながらウィルフレッドは言い、そこへ皆も羊毛と共に部屋に入って来て、部屋の主に会釈をした。
 ベッドの上で身を起こし穏やかに微笑んでいた老婦人はそれへと会釈を返し、そこへ孫娘のマリーが盆を持って入って来る。
「どうぞ、お菓子とお茶を食べながら、のんびりして行ってくださいね」
 まるでお客をもてなすかのように彼女は告げ、盆ごとテーブルへと置いた。
 外は冷たい雨が降っているが、室内は暖かな色で満たされている。それは決して暖炉の温もりだけでは無い。
 穏やかな時間が流れようとしていた。

「その‥‥私も、重ねてしまう所が無いわけでもなく。エルネストさんのお気持ちも、分かるんです」
 今回、老婦人アンヌと孫娘マリーからの依頼を受けた4人の内、エルフは3人。シェアトもハーフエルフの恋人を持っている。だからこそ、アンヌの女性としての気持ちも分かるし、エルフであるエルネストの気持ちも理解出来た。
「僕はシフールだけど、僕だって分かるよ。‥‥大好きな人が生きてる時間と、自分が生きてる時間が違うと気付いた時って、本当に切ないよね」
 羊毛から毛糸を作りながらケヴァリムも続ける。その作業を皆も手伝って、部屋中がもこもこになっていた。
「冒険者やってると、街にいると、いろんな種族と会うのだね。皆、生きる時間は様々だから、出会いも別れも様々なのだね。その中でも確かに共に生きる時間がある、何気ない日常の良さを伝えたいのだね」
「時間は移ろうものだが、移ろわないものも存在するだろう。それを形にする事で、同じ時を過ごす思いを伝えられればいいのだが」
 皆の言葉を聞きながらアンヌは、まどろみの中にいるような優しい笑みを浮かべている。
 糸車も使いながら1日で羊毛から毛糸を紡ぎ、その後、皆は質素だが美味しい食事を戴き、清潔なベッドで眠りにつく事となった。

 翌朝。
 リュヴィアは市場に行って亜麻布を買い、昨日作った毛糸も使いながら何かを作ろうとしていた。
「造花だ。婦人に毎年贈るという珍しい花を‥‥枯れずに残る花を作るのも良いのでは無いかと思ってな」
「素敵ですね」
 何を作っているのか訪ねたシェアトも、毛糸で何かを編みながら嬉しそうに微笑んだ。
「昨日おっしゃっていた、移ろわないもの。その心でしょうか」
 皆は、アンヌの伝えたい思いを、言葉と物という形としてエルネストに贈ることに決めていた。言葉だけではなかなか分かってくれない彼に、彼女の切なる想いを伝える為、それぞれにその形を作る。
 ウィルフレッドとリュヴィアに尋ねられて、アンヌは初めてその珍しい花を貰った時や、それよりも過去の話などをしていた。それは思い出の中でいつでも花開くような、どこか美化されているけれども楽しくも穏やかな思いなのだろう。45年前初めて彼に出会った時、まるで花畑に留まる風のように感じたと、彼女は微笑みながら告げた。
「あの花は知っている。この辺りでも咲く花だ」
 アンヌから話を聞いたリュヴィアは、さらさらと羊皮紙に絵を描いて彼女に見せた。彼女は驚いたように頷き、それを元にリュヴィアは布で造花を作っている。
「聖夜祭の頃に咲く花。雪の聖夜という名も持つ花で、寒くならなければ花が開かない。その別名が示すように純白の花が咲くが、稀に紅色もあるらしいな。私も実際に見た事はないのだが、そうか‥‥その森にあるのか」
 植物学者である彼女は、エルネストが毎年その花を取りに行っているという森の場所を聞き、頭の中にメモをしていた。そして当然彼女が作っている花は、やや濁ってはいるが赤色である。
「その花なら私も見た事があります。可愛いお花ですよね。‥‥聖夜祭に純白のお花をいただけたら。舞い上がってしまうかもしれないです‥‥」
 少し赤くなりながら、シェアトは懸命に手を動かした。編み物は慣れていない。形が曲がるたびに修正しているのだが、微妙にいびつになっていた。
「ねぇシア。風の精霊が全てを見届けて、ひっそり手助けをしてくれるかな」
 その隣の部屋で。ウィルフレッドは代書屋である自分の能力を生かして、手紙を綴り続けていた。傍らに伏せていた若い狐が、主人の声に反応して耳を立てる。
「ささやかな日々の幸せが大切で、彼に会えることそれ自体が大切な幸せ。プレゼントの為に無理をして寿命を縮めてしまわれる事を恐れているのではないかな」
 その横で、手紙に興味津々なのだが邪魔出来ないケヴァリムが、毛糸をくるくると球状に丸めていた。
「うん、そうだよね。エルネストさんは冬しか帰ってこないし、その間すっごく心配だよね!」
「大切な人に会えること、それ自体が最大のプレゼントになるのだよね」
 どんな贈り物よりも。結局それが彼女にとって一番の贈り物なのだろうと。何よりも、どんな言葉や物よりも。
 ウィルフレッドはペンを置き立ち上がって隣の部屋に行き、手紙をまとめるリボン代わりになる物は無いか、造花作りと編み物をしている2人に尋ねた。後からついて行ったケヴァリムは毛糸玉を床に落とし、シェアトの傍にいた猫に飛びつかれてごろごろしながら、ちらと眠っている老婦人を見上げる。
「伝わるといいね‥‥。伝えようね」
 そっと呟いて立ち上がり、彼はシェアトの編み物の手伝いを始めた。

 3日目。
 濡れたフードを暖炉の前で乾かしながら、エルフの男は皆の作業工程を見ていた。
「あ、あ、あの。そんなに見られると‥‥恥ずかしいです‥‥」
 相変わらずどこかいびつな物を編みながら、シェアトは真っ赤になっている。彼女達が作成している様子を隠さないで見せる事も、アンヌと話しているその姿も含めての贈り物だと考えている彼女だったが、さすがにじっと見つめられると恥ずかしい。
「彼女に編み物を習ったそうだね。さっき、楽しそうに話してくれたよ」
 それへ、エルネストは穏やかに話しかけた。
「でも、彼女も昔は下手だったなぁ‥‥。初めて会った時は、糸も紡げなくて怒られていると言ってたよ」
 暗にシェアトの編み物は下手だと言っているわけだが、彼女は気にせずエルネストの話に耳を傾ける。
「その花。ありがとう、上手だね。‥‥本当は、彼女には赤よりも白が似合うと思っているけど、それだと心に残らない気がしてね」
「彼女は充分に理解していると思うが。だが、その言葉を婦人に伝えた事は?」
 既に何本も作り上げ、最後の仕上げに一纏めにする作業を行っているリュヴィアは、男の気持ちの揺れを感じ取り素早く切り返した。
「無いよ。‥‥置いて行かれたくなくてね。彼女はとても早く大人になって、私は子供のままで。君達ならきっと分かると思うけれども、彼女に結婚の話が持ち上がって、それでも抵抗し続けた彼女が結婚適齢期も過ぎようとした時に、どうしても断れなくて結婚する事になったけど。私は助ける事も、奪って逃げる事も、支えてあげる事も出来なかったんだ。それからも、支えられるのはいつも私のほうでね」
 初めて会ったのは、共に種族年齢で15歳の時。だがそこから10年で精神的にも成長した人間と、僅か10年では簡単に成熟する事など出来なかったエルフとでは、全ての反対を押し切って結婚する事など、元より叶わなかったのだろう。
「どうして人間は、簡単に変わって行けるのだろう。その内、簡単に私の事なんて忘れてしまうんじゃないかと思ったよ」
 だから。忘れられない贈り物をしたいのだと彼は告げた。それが、珍しい物だったり大きい物だったりした理由。彼の不安の証。
「言葉にしないと伝わらないのだけどね。30年生きて、まだそんな事を言って意地を張って残された時間を有意義に過ごさないのは、私でも呆れてしまうのだね」
 手紙を持って入って来たウィルフレッドが、リュヴィアの作る花束にそれを添えるようにしつつ、エルネストに言葉を返した。
「俺はシフールだけど、エルフさんがいつまでも子供のままで、人間さんが早く大人になっちゃう気持ち、分かるよ」
 エルフに囲まれながら、一応強調してケヴァリムも口を開く。
「アンヌさんと出会った頃の気持ち。本当の素直な気持ち、思い出してっ! 自分だけに向けられる笑顔。それが何よりの幸せだったんじゃない?」
 しばらくの間、静寂がその部屋に広がった。考えるエルネストの邪魔をせず、皆はそっとアンヌの部屋を訪れる。彼女はちょうど目覚めたらしく、マリーに支えられながら身を起こしている所だった。
 間もなくして一同がその部屋に集まる。やがて、彼女の気持ちを伝える為の贈り物が始まった。

 アンヌがペンも持てない為にウィルフレッドが代筆した手紙と、彼女がアンヌの思いを書いた手紙、シェアトが編んだマフラーとリュヴィアが作った造花が、エルネストに手渡された。
「あまり、見栄えの良いものでは無いのですが‥‥。アンヌさんのお気持ち、エルネストさんから貰った温もりがそのまま、貴方を温めてくれれば良いなと‥‥」
 そっと小さく、お部屋で着けてくださいねと付け加えたシェアトが渡したマフラーを巻き。
「プレゼントを渡すのは相手に幸せになって欲しいから、笑顔を見たいからだろう。ではキミは? 幸せを感じたのなら、贈り物には何が大切か良く考えるんだな」
貰った花束をアンヌに見せつつ、リュヴィアの言葉に頷き。
「手紙にすべてをしたためたのだね。もう分かっているようだけれど、もう一度噛みしめて欲しいのだね」
 ウィルフレッドが書いた流麗な文章を読む。
 その後方からケヴァリムが飛んで来てシェアトをつつき、彼女も頷いて手になじんだ竪琴を取り出した。
 やがて、心が震えるような穏やかな優しい声と詩が、室内に広がる。それに合わせて空中で、ケヴァリムがくるくると祝福の踊りを踊った。
「心に見える風景も、思いがあれば本物の風景に負けまい」
 そう呟いたリュヴィアの声は届いただろうか。恐らく、2人の表情を見れば分かる。互いの立場を思いながらもすれ違う心を、これからは伝えて行けるのだろう。
「皆さん、ありがとう。最後に、人間よりも長く生きる貴方がたにわたくしからひとつだけ」
 曲が終わり、アンヌが静かに囁くような声で言葉を紡いだ。
「わたくし達人間は、短い命を悔やんではいません。人間は短い生の中、いつしか失われた人を忘れてしまう。その人の子供や孫はもう、憶えていてくれないでしょう。でも、長い生を生きる貴方がたが生きている限り。わたくし達が死んでも残るのです。歌い、言葉にし、時折思い出してくれる人がいる。それはとても幸せな事。だから」
 
 もしも大切な人を先に失っても、残された事を悲しまないで。
 貴方達の中に思い出がある限り。その人は生き続けるのだから。