ラティール再興計画〜資金収集作戦〜
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■イベントシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:25人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月02日〜04月02日
リプレイ公開日:2009年04月13日
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●オープニング
その土地の名はラティール。小さな領地を有するが、現在その場所に領主は居ない。
さまざまな事があったが、今、この地は新しく生まれ変わろうとしている。
観光的な名所と‥‥知識の宝庫となる為の場所として。
だが今回は、それを成功させる為の根本的な‥‥お話。
●
長い冬が終わり、春がやってきた。
まだ時折寒いし、花が咲き乱れるような季節でも無いが、それでも春である。
仕事は、寒いよりは暖かいほうがやりやすい。そこで、ここラティール領の各地でも、計画の実行が次々となされていた。整地は終わっている。その上に土台を組み、建物を建てる。内装はその後だ。店や展示室には何を置こうか。そういった物も集めなければならない。
「資金か‥‥」
領主代行のオノレが、計画図を見ながら呟いた。このラティールに、『京都村』と『学者村』を作る。計画は着々と進んでいるが、思ったよりも金がかかりそうだ。娯楽の町レスローシェはかなりの資金、資産を蓄えた場所だが、レスローシェだけでラティールを支えるのはそもそも限界がある。後から資金を回収できるとしても、まずは纏まった金が必要だ。
「人材もまだ育ち始めたばかりだ。教育にも金が要るな‥‥」
「そんなにお金って要るんですか? 父の残した財産を売って何とかならないでしょうか?」
猫耳のついた帽子を被ったエリザベートが、首を傾げる。箱入り娘だった彼女には、金銭感覚だとか計算だとか、そういうものが備わっていなかった。領主としての教育など一切受けていないのである。
「先代ラティール領主は多くの資産を持っていたが‥‥その殆どはシャトーティエリー領に移送されてしまっている。あの館には何も残っていないだろう」
「そうですね‥‥。火事で燃えましたし‥‥。あ、でも地下に‥‥」
「地下に?」
「宝物庫というほど大したものじゃないですけど、あったはずなんです。私も一度、あの後地下に降りた事があって‥‥」
言いかけ、エリザベートは黙り込んだ。そのままちらとオノレを見ると、彼は頷く。
「君には君の立場もあるだろう。言い辛い事は言う必要も無い」
「兄と会う機会があって、会ったんです‥‥。でも何だか遠い昔の事のようで」
「彼は何か言っていたかい?」
「心配してくれました。それから、宝物庫の場所を教えてくれて‥‥。子供の頃に遊びで行った事がある場所だったんですけれど、『遺産』で開く特別な場所だったようです。でも、今も開いたままならもう、何も無いかもしれないですね」
「今は、あの館は我々が管理している。取り壊す話も出ているが‥‥やはりあのままにしておくべきか」
「そうですね‥‥。3領地の領主館は、封印だと兄が言ってましたから‥‥」
「とりあえず」
オノレは、エリザベートのように感傷に浸る事は無い。話が出ればそれを進めるだけである。
「行ってみようか。君にも同行してもらう。ただ地下と繋がっているならば危険も考えられるな。兵士を連れて行こう」
「分かりました」
そして、2人はその日のうちに、領主館へと向かったのである。
火事で燃えた上に、他領やかつての使用人達に根こそぎ物を持って行かれたその館内は、がらんとしていた。
2人と兵士達は地下も隈なく探し回り、幾つかの物を運び出す。途中に置きっぱなしになっていた『遺産』はエリザベートが確保し、残りの物を売り出そうという話になった。だがそれだけでは資金など到底足りない。
「‥‥パリで売りさばくのが良いとは思うんだが、一石二鳥の方針で進めたいと思う」
「一石二鳥、とは何でしょう?」
「パリでただ物を売るだけというのも勿体無い話だ。宣伝も大事だろう。そして宣伝するならば、特有の物を売る事で売り上げにもなる。サービスも大事だな」
「そういうものなのでしょうか」
分かっていないエリザベートに、オノレは『商売の心得』と書かれた写本を渡した。
「例えばその、猫耳帽子。それは土産物屋用の衣装だな。それを着る事で売り上げ増を見込むわけだ。とにかく一度、パリに行ってやってみなさい。冒険者に依頼を出して、協力してもらう事も忘れないように」
「分かりました」
素直に彼女は頷く。共に仕事をするようになってから、彼女の知る身近な大人達の中で最も尊敬できる人物だと彼女は考えていた。冒険者は別である。彼らは特別な存在だ。
彼の言う事は、素直に聞く事が出来る。彼が父親だったら良かったのに、と彼女は少し思ったが、それを口に出す事は生涯無いだろう。
そして、エリザベートは護衛兼お供兼荷物係兼御者を連れて、パリへと向かった。販売物を馬車に満載にして。
●今回の選択肢
1.ラティールに行って、京都村、学者村作成に携わる(人材育成含む)
2.ラティールに行って、ラティール領内の地下(領主館以外)に潜り、探索、発掘を行う(展示品、販売用)
3.新たなるお土産品の開発
4.パリで商品、ラティール土産品の販売と、ラティール宣伝
5.ぶらりラティール又はぶらりレスローシェ又はシャトーティエリー特攻(財産返還要請用、敵扱いの人は不可)
6.パリにあるミロの『動物園』に行き、ラティールへの誘致を働きかける(猫屋敷の発展版)
●リプレイ本文
●販売準備中
その日、エリザベートとお付の者は、冒険者達にラティールから運んできた荷物を見せた。
依頼を受けて集まった彼らは、自分の購買希望物を述べたり相談したりしながら路上の片隅でそれを見、その場所は露店のような賑わいとなった。売り物の中の一点ものの殆どは、かつて領主館で使われていた貴族用の家具であるとか、絵や室内装飾である。中には高価な宝石だけ抜かれた残骸などもあって売れないような物も混ざっていたが、冒険者達が次々と購入して行く。結果として、一部の絵以外の一点ものは一般客に売る前に売れてしまい、一般客には土産物を中心に売り込む方向になりそうだった。
「えーと‥‥皆さんが買っていただいた分だけで、291Gの売上になりました」
計算も得意では無さそうなエリザベートが補助を受けつつ金貨枚数を数えた結果、結構な金額となった。この中にはラティール土産も含まれる。今回同行していたお付の者が魔法で多少保存していたとあって、生ものはまだ美味しく食べる事が出来そうだ。それを土産にどこかに出かける冒険者も居る。
そして、冒険者達はそれぞれの行き先へと旅立って行き、後には。
「いや〜ん、アリスさん。すっごく、似合ってます!! ラティールのアイドルになれますよ!」
「‥‥うん、君の気遣いがとても心に染み渡るよ‥‥」
商品販売組の中で真っ先に着替えたアーシャ。巫女服姿に春らしい簪を付け、アリスティドに獣耳ヘアバンドを渡して装着させている。傍で猫耳帽子を被ったエリザベートが、その光景をじっと見ていた。実にいたたまれない。
「さぁ! 次はメイド服です!」
「‥‥彼女は命の恩人で、借りがあるんだ」
大いに乗り気のアーシャから視線を逸らし、彼はエリザベートに説明した。
「おししょさま‥‥目立つ衣装で宣伝は効果的と思うですけど、ラテリカは‥‥恥ずかしい、思うです‥‥」
少し離れた所で、エリザベートが複数持ってきた猫耳帽子を被ったラテリカが、じいっと目が零れそうな表情で見ている。
「『女装のパリ』と噂されるくらいだもの。今更よね? あ、この温泉水借りて良い? 新しいお土産を作れたらと思うんだけど」
こざっぱりとした男装衣装を用意したのはユリゼだ。
「新しいお土産でしたら、アーモンドの匂いのお酒はどでしょうか? ラティールにアーモンドの木、あるですし。‥‥猫屋敷お土産の販売するですから、猫尻尾も良い思うです。お子さん用に、スカートやズボンのお尻に縫えるよな」
「猫の手もいいかもしれないですね」
「みんなで猫さんなるですね」
「ネコの街として可愛らしさをアピールしてみて人を集めてみるのはいいですね♪」
ラテリカとエリザベートとフィーネは、猫仮装話で一時盛り上がる。
「猫耳帽子を被って、ちょっと恥ずかしいですけれどレザードレスを着て売り子をしたいと思います」
「ラテリカもお帽子なのですよ」
ラテリカは、帽子の上から獣耳ヘアバンドを嵌めていた。そこに、
「猫土産なら、『猫焼き』はどうだ?」
巴が、土産物を眺めながら案を出した。調理の腕は達人級、又、ジャパン人である彼女からすると、見た目からして目の前に並んでいる生ものはあまり美味しそうに見えない。もう少し職人は腕を磨く必要があるだろう。
「‥‥猫さん食べっ‥‥食べ‥‥あわわわ」
「それは『猫丸焼き』だ。『猫焼き』は、猫の型を作って中に小麦粉と卵を混ぜたものを流し込む。鉄で作るのがいいと思うんだが、誰に型作りを頼むか‥‥」
「ならば我輩が作ろうかいのぅ」
岩鉄斎が工具一式を並べつつ言った。
「土産物なら、木板を掘り込んで白い布や薄い板に押せる印もどきはどうじゃろう。こういうのなら普通の職人でも作れるし、ラティールで有名なものでもモチーフにすれば土産物にはなるじゃろうし」
「有名な物‥‥。推してるのは聖女か猫よね」
「安価に抑えられるかどうかも考えたほうが良いの。まぁ案だけならどれだけ出しても損は無いじゃろう」
「そうですね。複数案で良い商品が作れるかもしれませんし」
と、まるごときたりすが真剣な表情で頷く。手に道化棒を持った雪華だ。客寄せに大道芸を行おうというのである。
「名物料理なんてどうでしょう〜? 薬草を使った薬膳料理とか」
「薬膳料理ね‥‥。ああいうのって、クレリックのほうが詳しいかも」
「ユリゼさん。作ってみてくださいよ〜」
「とても残念なんだけど、学問にはレシピというものが存在しても、調理技術というものは存在しないの」
「エリザベートさんの可愛い猫耳の姿絵とかはどう?」
美味しそうな話に、絵を描く準備をしていたアンが寄ってきた。
「エリザ。案をメモしておいたらどうだ? 後、これから実際に販売するにあたって、場所の確保が重要だと思うんだが」
「‥‥彬。人遁使う前に巫女服でポーズを付けるのは止めたほうがいいと思うよ」
「彬さんも巫女服なんですねっ!」
アーシャの目が平常営業の3割増しで輝いている。
「人遁使うなんて勿体ないですよ〜。その格好でお店に立ってください〜っ」
「いや‥‥真っ当なお客を呼びたいなら、それは止めたほうがいいと思うんだ。ほら、巡回している兵士に目を付けられても困るし」
「それはさすがに困っちゃいますね〜。彬さんには既にお相手の方が居そうですし〜」
「恋人が? それは初耳だね」
「彬さん、でも長身ですからね〜。彬さんより長身となると、ジャイアントの」
「彬さんとジャイアントさんがどうかしたですか?」
「あ。ラテリカさん。うふふふふ。ちょっとこっちに来ませんか」
「弟子に変な事吹き込まないでもらえる?」
「レスローシェとラティールが提携しているのを前に押し出すなら、男装女装仮装変な格好、どれでもいいかもしれないけど」
「まず客寄せが大事だよな。大聖堂前の広場の一角はどうだろう。フィルに頼めば何とかならないかな」
「その人なら、向こうでまるごと着て雪華さんと楽しそうにしてたわよ。‥‥エリザベートさん。薬草園の薬草って持ってきてる?」
「乾燥ならあります」
「きたりす! この玉を受けてみよ!」
「はぁ‥‥。こう、でしょうか」
「そのバッ‥‥じゃない、棒を下のほうで持って構えてだな」
「それ、大道芸なのか。‥‥とりあえず、『猫焼き』の元は作ってみた。型が無いけど適当に焼いてみる。後は、焼菓子と、クレープと猫焼きの中間的なものを考えているけど、中の具は、季節ごとに変えてもいいと思うんだけどな」
「季節限定って甘美な響きだよね‥‥きたりす。顔に当たったよ」
「慣れると打つのも楽ですね。本番では、玉を投げてそれをかわす芸も入れるといいかもしれません」
「うん。でも顔に当たったから」
「この位避けて下さい」
「鉄製の棒でも用意するかのぅ。それで打てば迫力も出るじゃろうし」
「何となく当たったら死にそうな予感がするからやめて」
「がははは。まぁ何でも言われれば作るぞい」
そんなわけで、賑やかに準備は進んで行った。
●長期的視野資金収集のススメ
「場を設けて下さって、ありがとうございます」
事前にシフール便で連絡を取り、アニエスとブノワは領主代行オノレの屋敷を訪れていた。屋敷と言っても仮住まいのつもりだから小さめである。忙しそうに出入りする人々に倣って順番を待ち、二人はオノレと面会した。
「温暖な季節が来てから何かと慌しくてな。様々な案件を同時進行となると我々だけでは人手も金も時間も足りない所だ。冒険者の補佐あってのこの地である事、改めて感謝の意を冒険者諸氏に伝えていただきたい。それで、他領主から投資してもらう方法とは?」
「はい。主に学者村関連になるとは思うのですが、植物学者や農学者もお集めになるなら、各領地のご領主に呼びかけ出資して頂き、農作物の品種改良を目的とした農業試験場併設はいかがでしょうか」
「植物学者や農学者か‥‥。それ専門の学者は極めて少ないだろうが、複数の学問を学んだ者なら居るかもしれないな」
「できるならパリの知識人、そして各領の若く有望な農民に呼びかけ、短期でいいのでラティールに留まって頂き、知識と技術を兼ね備えた農業技術者を育てるのです。自領の収穫はどの領主でも増やしたいと思っているはずですし」
「私は農業に従事しておりますが‥‥」
アニエスの説明を継ぐように、ブノワが口を開く。
「小麦、大麦、ライ麦‥‥。開墾を広げ作付面積に比例し収穫量はゆるやかに上がってはいますが、土壌改善や挿し木が精々で、交配等の研究は正直一領内の農業従事者としては限界を感じる事があります」
「交配か。それは考えた事も無かったな。これは確かに専門分野のようだ。研究には時間もかかりそうだが‥‥」
「えぇ。私自身、時間もありません。改善の道を模索しようにも日々の畑仕事に追われる者達には難しい話。そこで、どうでしょう。この土地に農作物の収穫と質を向上する専門家を集めて、よりよい作物を作ってみませんか? アニエスの話はこういう事なのですよ。結果、改良された種子や苗を投資した領主に還元すれば、出資した甲斐もあるというもの。始めこそ出資金も集まらないかもしれませんが、一度結果を出せば、それを広く宣伝すれば、次からは多くの出資金、人材が集まる事になると思われます」
「成程」
オノレは頷いた。
「つまり、農業の研究を行い、同時にその知識を他領にも広める。そういう事か。情報を外に出さず、不作の年の収穫量が増える事で自領だけが得をすれば儲けも大きいが、ラティールは領内における畑の面積があまり広くない。知識を生み出す場所として提供を続けるほうが儲けは大きいだろうな」
「何事も、始める際には多額の費用がかかりますが、この研究にはそれだけの価値があると思います」
食糧の質、量が向上するのは大変重要な事である。それを底上げする事で国が富めば、地方への還元もあるだろう。
●京都村、学者村
その場所は、計画通り建設が着々と進んでいた。
「ちょっとそこの子供達。こっちに来てみませんかな」
「うわ〜。ひとさらいだ〜」
「いやいや、私は錬金術師でしてな。若い層が錬金術や学問に興味を持つ事が、ラティール領の発展になると思いますぞ。あ、これ。ちょっとお待ちなさい」
「きゃ〜。さらわれるぅ〜」
「子供はまず、食べ物で釣るべきじゃないかしら」
笑いながら逃げていく子供達に手を振るフレイへ、シェリルが声を掛ける。
「成程。食べ物、食べ物‥‥」
おもむろに越後屋印の入った餅を取り出したフレイだったが、子供達には食べ物に見えなかったようだ。しかしフレイが根気強く追いかけていると、子供達もようやく話を聞く気になったようだった。
「まずは初歩的な実験ですな‥‥」
一方シェリルは、そのまま京都村へと直行していた。
「京都といえば神社仏閣よね。でも建立にはお金も掛かるから‥‥」
まず薬草園にお邪魔する。そこには薬草と香草が所狭しと植えられており、近々敷地を広げるという話もあるようだった。温泉を薬湯とした事が評判になっており、数日単位で入れ替わるので、他所から来て周囲に家を建て住んでしまった人まで居るということだ。
「ほ〜。これが『ラティール温泉』ですか」
少し離れた所で、シェリルは『無料治療所』を開店した。と言っても、ラティール内をぐるぐる回るつもりだから、青空の下での作業である。温泉を眺めていたフォックスがそれに気付いて、ひょいと覗き込んだ。
「何をやってるんですか?」
「見ての通り、無料治療所よ」
小さな傷から大きな怪我まで。教会に行って治して貰おうものなら庶民には払えないような大金を要求されるが、日中限定の無料所が出来たとあっては、当然人々も群がる。
「最近、腰痛が酷くてのぅ‥‥」
「肩が外れたー!」
「そこで転んだのー」
「飼い犬に噛まれたんじゃ」
幾ら超越級の力を持つ僧侶と言えど、一日に治せる数には限りがある。だが危篤状態の者を助けてしまってからは、彼女の就寝中も人が押し寄せるような有様となった。
「墓の下のじいさまを生き返らせてくれー!」
「骨を持ってきたぞ! うちの娘をー!」
「隣のばさまと向かい隣のじさまの体じゃ。ちと腐っておるが、生き返るのじゃな?!」
「‥‥」
蘇生も出来る場合と出来ない場合がある。更にあちこちの墓が掘り返されるという事態にもなり、しばし混乱が続いた。
そう。教会が蘇生する際に多額の金を要求するのは、きっとこういう理由もあるのだろう。シェリルはラティールに居る間、さんざん追い掛け回された。無料で治療する事で支持者を集めて寺院建立を、と思っていたシェリルだったが、全員の希望を叶えられるわけではないから禍根を残す事となった。勿論、各地で喜びの声も上がっていたのは間違いない。
「‥‥温泉、茶屋、からくり屋敷、能舞台、寺院‥‥ですか。そのうち五重塔まで建つかもしれませんね」
すっかり花も散ったアーモンドの木の下で、フォックスは優雅にペンを持っている。ぶらぶらラティール内を歩いて、食べ歩き&旅日記を書留め、後で復興主導者にでも渡しておこうと思っているのであった。
「キエフに居る婚約者にも、見せてあげたいものです‥‥」
呟いた所で、ふと彼は立ち止まった人に気付いて目を上げる。
「‥‥あぁ、地元の人ですか? 良ければラティールがどのような歴史を持ってどのような場所なのか、後、美味しい店や食べ物があれば教えて欲しいのですが」
「地元の人じゃあねぇが、色々知ってはいるぜ。いや、あんたが身に付けてる香り。それ、このラティールの薔薇園のものだろ?」
「そうらしいですね。お土産として売っていたので買ったものですよ」
正確には、1点限定品である。
「何だそりゃ。怪しいなぁ」
「貴方ほど怪しくは」
相手は晴天にも関わらずフードを被っている。
「女性が案内して下さると大変嬉しいのですが、まぁ仕方ないでしょう。さっと店など教えて貰えませんか」
「何だと。勝手に人を使うな」
文句を言う男だったが、フォックスはさっくりと領内を案内させた。
●地下
「古いもの、たくさん、探すのです」
『ラティール地下に入ってお宝ゲットしよう作戦』遂行メンバーが、学者村に集まっていた。
「今回は、つるはし持参、なのです。釣り道具もあるのです」
エフェリアは、鼻先まですっぽり作業用兜を被っている。軽量兜とは言え、充分重そうだ。だが突っ込むべき所はそこではなく、『まるごとかたつむり』を着ている所かもしれない。
「‥‥地下で何を釣るのか、聞いてもいいでしょうか‥‥」
ミカエルがぼそと呟いたが、エフェリアは気合充分頷く。
「地下に、池があるかもしれないのです。古いお魚、釣れるかもしれません」
「私はスコップを持参いたしました」
リュドミラも真面目な表情だ。
「さて、何か思わぬ掘り出し物が見つかるといいんだけどねえ。」
アシュレーはスクロールを取り出している。ライトの魔法で探索を楽に進める為だ。
「わんこの楽園を探すのじゃ〜♪」
そんな一行の傍を、ぷら〜んと令明が飛んで行った。
「わんこの楽園、楽しみですね〜っ」
そのすぐ後を、目をきら〜んと輝かせたヨーシアなる読み物書き屋がついていく。
「‥‥えーと‥‥ですね。とりあえず、ここの地下は危険な可能性が高いので、充分注意して下さい。ついて来てくださる兵士の方々も、宜しくお願いします」
ミカエルがまとめ役として挨拶し、一行は以前降りたのとは違う別の場所から地下へと降りた。
元々この辺りには地下迷宮が広がっている、とされる。だがその規模は不明だ。隣領の地下迷宮はあらかた調べ尽くされているはずだが、この地では入り口自体見つかったのが最近なのである。森の中に人知れずあったり、瓦礫で埋まっていたりしたそれらは、この地の再興計画と共に整備が進んだ事によって次々発見されたのであった。
「‥‥池なのです」
地下は当然暗い。エフェリアは羊皮紙を取り出して内部の絵を描きたいと思っていたが、簡易な絵ならともかく詳細な絵をこの場で描くのは難しそうだった。内部地図も描きながら進んでいたエフェリアは、時折壁を叩いている。隠し通路など無いか探しているのだ。先を進んでいたアシュレーが角でライトの光を顎の下から照らし、『み〜た〜な〜』などと言って遊んだりしていたが、反射的にリュドミラが剣を抜き、あわやという事態になったりもした。そんな風に進む中、一行は見つける。
「うん、沼だね」
「澱んでいるようです。モンスターが出没するかもしれません」
リュドミラは警戒したが、何か出るには余りに小さい沼であった。
「水底でどこかに繋がっているかもしれませんね‥‥って、エフェリアさん。本気で竿用意してるんですか‥‥」
「古いお魚、釣れるかもしれないのです」
ちゃぽん。糸が沼に落ちて行った。
「‥‥」
「‥‥」
「先ほど拾ったこの石ですが、僅かに光を反射しているようです。地上で確認いたします」
「はい。そう言えばここは、少し広い場所ですね。何かあるかもしれません」
「そうだね。面白そうな物は無いかな」
アシュレーとミカエルとリュドミラは、エフェリアがちょこんと座って釣りをしている間、辺りをうろうろする。そして。
「‥‥お魚、釣れたのです。古いでしょうか」
「‥‥お魚‥‥では無い、ですよね‥‥?」
「魚拓かと思われますが」
「魚拓をどうやって釣ったのか、そちらのほうを知りたいです‥‥」
「釣り道具一式で、釣れたのです」
「何故ここに魚拓があるんだろうね」
ともあれ、一行は先に進んだ。
結局、幾つかの『がらくた』と鉱石、謎の魚拓とぼろぼろの絵画、そして壁面に描かれた猫頭の人の絵をエフェリアが描くという成果で終わった。鉱石の中には宝石も混ざっており、切り取って研磨すれば価値も出るだろうと言う事で、アシュレーが簡単に確認する。後は持ち帰った石造りの家具のようなものを修繕したりして、皆は一見『がらくた』の品定めを始めた。
●動物王国
「にょにょ〜♪ ここがネコ男爵の支配するらちーるか〜」
令明はヨーシアを連れてラティール内をぶらぶらしている。彼からヨーシアを誘ったのだ。ひとしきりもふもふして楽しんだヨーシアは、以後彼の後をついて回ることになった。
「わんこの地位を向上するのじゃ〜♪」
「お〜」
猫より犬が好き! とヨーシアも同意し、2人は野良犬を探す。見つけた犬にはインタプリティングリングを使ってテレパシーで話掛け、状況を聞きだした。水場に連れて行って洗い、丁寧に櫛で梳く。
「きれいになったにょじゃ〜。次は健康を改善するのじゃ〜♪」
「はい、リーダー」
「ヨーシア君、質問どうぞなのじゃ」
「どうやって健康を取り戻すんですかっ!」
「いい質問なのじゃ〜。早速川に行くのじゃ〜」
魚を釣り、焼いて犬に与えた。令明の指示通りヨーシアも釣りをし、余った魚を持って家々を回る。野良犬の里親探しの為だ。
「わんこラブをひろめていくのじゃじゃ〜」
「わんこ王国ができるといいですねぇ‥‥」
夢は広がる。そうして2人は、『ラティールにわんこ王国も!』と旅を続けるのであった。
「お久しぶりですね、ミロさん」
「お前‥‥」
棲家に咲いた花を持ち、エレインはミロの家を訪ねた。お土産として、ラティール土産のしおりと猫人形を贈り、温泉饅頭と温泉茶は歓談の際にとテーブルの上へ広げる。何だこれは、という話から始まって、まず簡単にラティールの話をしてあげたエレインは、その後彼が世話をしている動物達を見せてもらう事にした。
「どの子も優しい目をしていますね。ミロさんの愛情が伝わっているのですわ」
「‥‥お前ほどじゃない」
「私は、ミロさんの姉のようであれれば、と。最近は何かありましたか?」
近況を聞くエレイン。動物達が増えてきたのでパリ郊外の屋敷に引っ越すという事を告げられ、エレインはラティールの再興計画と猫屋敷の話を簡単にした。無理に引き込むつもりは毛頭ない。興味を持ってくれれば幸い、彼の世界が広がればと彼女は願う。
「そこに動物園を造る、か‥‥。お前はどう思う」
「私は、ミロさんの選択を見守っていきたいと思います」
「‥‥恋の匂い‥‥恋の気配がするわ‥‥」
庭先で話していた2人だったが、不意にその庭に潜む人物を発見した。
「‥‥レムリィさん?」
「それでどこを好きになったの? どれだけ好きなの? 式はいつ? あたしは呼んでくれる?」
という内容を遠まわしに尋ねたつもりで、レムリィは直球を投げかける。
「‥‥いえ、あの‥‥」
「連れて行け」
「きゃ〜ちょっと〜。女の子に暴力はんた〜い」
ミロにとってのお邪魔虫は連れ去られた。
そうして2人は、穏やかな時間を過ごす。
●シャトーティエリー
「‥‥反応ないわ」
レティシアは、領主館での面会の前に、テレパシーを送っていた。ラティール遺産を持っているはずのシャトーティエリー領主代行、ミシェル宛である。
「オノレさんからも一報入れていただいたんですけれどね‥‥」
傍でジャンが不安げに館を見つめていた。領主館のある町に入るのは一苦労だったが、エリザベートに書いてもらった代理委任状と手紙を見せ、これは正式な依頼だからと説得。レティシアはレムリィに変装を手伝ってもらって姿を変えており、時間は掛かったものの何とか入る事が出来た。だがテレパシーに反応が無い為、直接領主館へ行くしかない。
「これ、ラティール土産です。それからエリザさんからの手紙と委任状と‥‥」
2人は更に待たされた後、ミシェルと面会する事が出来た。手紙の内容は、時候の挨拶と今までのお礼から始まり、漸く身辺が落ち着き自分で立つ決意ができましたので、預かっていただいていた両親の遺産(形見)を引き取りに使いを向かわせた、という事らしい。ジャンが頼んでそのように書いてもらったものだ。彼がせっせと渡す物を出している間、レティシアはミシェルの様子を窺っていた。だいぶ前に会ったっきりだが、その時と比べると痩せて顔色も悪くなったように感じる。
「この本に記載のある物を引き取らせてもらいに来ました。どうでしょうか?」
ジャンはミカエルが購入した写本を取り出し、中を見せた。
「これは、援助だと思っています。ラティール民の支持率上昇という要素は援助の理由にはなりませんか」
レティシアも横から口を開く。だがミシェルは薄く笑い、そんな物に興味はないと告げた。名目上、支援の形を取るという手についても、レスローシェが既に後ろ盾になっているからとそっけない。
「どちらにせよ、今の形は長く続かないだろうな」
「ラティールはどんどん再興しています。支援するのは悪くない話だと思います」
ジャンが食い下がったが、ミシェルは首を振った。
「欲しいなら奪いに来ればいい。今までも散々血で血を洗ってきたのだ。今更だろう?」
「悪魔が交渉を持ちかけて来ているの。遺産を所持する事で危険があるかもしれないわ。‥‥体には気をつけて」
結局交渉は決裂した。だがレティシアの最後の言葉に、ミシェルは頷く。
「君達にも、神の恩恵を」
●結果
パリでの販売は、盛況なうちに終わりを迎えた。
パリで巴が作り上げた饅頭などは評判も良く、ラテリカが『猫男爵出迎えテーマ曲』を歌い、雪華が軽業を、彬が綱渡りを披露して道行く人を注目させ、様々な巫女や猫耳な人々が客を出迎える。そこに並ぶのは、ラティール土産のジャパン風菓子や、木彫りの人形や‥‥ユリゼが作った『温泉化粧水』もあった。ラティールから持ち込んだ一点ものの残りもあったが、冒険者手作りのもの、絵なども飾られ、売れ残りそうなものは多少値下げしてでも売り払い、結果。
「売上は‥‥355Gになりました」
結構な金額を稼ぐことが出来た。土産品の売上から材料費、そしてこの売上からお付の者への給金、その他もろもろを差し引く。これらの計算はエリザベートには出来ないということで、冒険者が使った材料費などを支払った残りは持ち帰る事となった。300G程度でも残れば、当座の資金としては充分である。また近いうちに足りなくなるだろうが、それまでに他の方法や遺産や集めた『がらくた』を整理すればいいのだ。
エリザベートは皆に礼を言って、馬車に乗って帰って行った。
●
「こんにちは。どうかしら? あれから」
「あ、お姉ちゃんだ!」
夕暮れ時。ローブを着た女性に子供達が駆け寄って来た。
「あのね、あのね。綺麗な花が咲いたんだよ!」
「こ〜んな大きな花になったぞ!」
「うそだぁ。これくらいだよ」
「そう。きちんと咲きましたのね。良かったですわ」
子供達の背を手で支えながら、リリーは微笑んだ。
以前、彼女はラティール内で種と球根を配って回った。それが今、この地に根付き、花を咲かせ若木を育て子供達に笑顔をもたらしている。
この平和な地で。子供達が夢を持って伸びやかに学び、遊び、育つ。それはこの地に関わった者として、一人歩きを始めた伝説を作った張本人としても、この上ない喜び。果樹園を造る事もオノレには提案してみた。温泉水の有効活用にもなるかもしれない。アーモンドの木にせよ果樹園にせよ、育つには何年もかかるだろう。だが人の子とてそれは同じ事。健やかに、伸びやかに、慌てる事無くじっくりと育って欲しいと願うばかりだ。
「あの木の実、いつになったら食べれるの?」
「貴方達が大人になってからかしら。でも、急いでも良い事などありませんわよ」
「どうして〜?」
子供達に囲まれながら、彼女は共に彼らの家へと歩いていく。その背に、暖かく沈む陽の光を浴びながら。