魔曲〜大聖堂への道〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月15日〜04月20日

リプレイ公開日:2009年11月07日

●オープニング

 響き渡れ、この声よ。
 空を覆い、天を駆け、海を渡り、永久(とこしえ)を呼び起こせ。
 全ての生は、土の下より出で、
 全ての生は、土の下へと還る。
 生まれし時より、その魂は神に縛られ、
 その鎖は永劫に断ち切れぬ。
 
 呼び覚ませ、その因業を。
 腐り落ちても忘れぬその絆を。
 そして歌え。そして奏でよ。
 縛られしその魂を解き放て。


「オデット‥‥」
 パリから1日ほど歩いた場所に、小さな村があった。そこには村に見合った大きさの、小さな教会がある。
 教会の中に、アンドレという名の青年が立っていた。控えめの色を使った布を頭に巻き、巡礼者が着るような粗末な服を着ている。彼の目の前のベッドには、エルフの少女が眠っていた。
「‥‥悪化してるのか‥‥」
 生きているのが不思議な程、血の気が無い。呼吸も薄く、彼が初めて彼女に出会った時よりも、ずっと痩せて見えた。
「助けたいか?」
 体温も低い。その手に触れたアンドレは、不意に後方から声を掛けられて振り返った。
「誰だ‥‥」
「名乗る名など無い。その娘を助けたいかと聞いている」
 全身を黒衣に包み同じ色のフードを被った人物が、そこに立っていた。何時の間に尾けられたのかと緊張が走ったが、アンドレはそもそもバードである。隠密行動は得意ではない。
「呪いが解けるとでも言うのか? クレリックとして徳を積んだ冒険者でも解けなかった呪いだぞ」
「解けない呪いなど無い。解けないならばそれは呪いでは無いのだ」
「呪いではない‥‥?」
 少女を見下ろし、アンドレは小さく首を振った。
「有り得ない。この子を犠牲にするようなやり方を強要する相手だ」
 言うと、相手は衣の中からリュートを取り出す。そして、静かな音を奏で始めた。歌声は細く澄み、アンドレの中に染み渡るように広がっていく。
「‥‥ならば、大聖堂に行くといい」
「大聖堂‥‥」
「大司教であれば、呪いを解くことも出来るだろう‥‥。それに、お前が望む『魔曲』」
「‥‥あぁ、そうだ。大聖堂には‥‥楽器があると聞いた」
「取りに行くがいい。さすれば、娘も助かる」
 気付けば、アンドレは1人、少女を見下ろしていた。
「夢、じゃない‥‥か」
 だがどんな曲、どんな歌だったろうとふと思う。思い出せないのは夢だからでは無いのか。
 どちらにせよ、大聖堂には行こうと思っていた。この呪いには前提条件がある。だから大司教であっても容易に解けるとは思えなかった。それでも大司教というくらいだから、何とかなるのかもしれない。
 そして、アンドレは少女をゆっくりと背負った。


 オデットは、シメオンという名の迷宮研究家の孫である。アンドレは元々シメオンとは同じ嗜好を持つ者同士、少々交流があった。珍しいもの、変わったものを見つけたい、探求したいという趣味が。
 だがオデットもシメオンも呪われ、オデットは眠り続けながら衰弱し、シメオンは行方知れずとなった。デビルに彼女を奪われる事を恐れたアンドレは、彼女を教会に預けて冒険者に守るよう頼んだ。だがそこでオデットに変異が表れ、危険を避ける為に別教会に移動させようとした所、教会の庭師に襲われた。庭師はオデットを見張るようデビルに呪いを掛けられており、それは冒険者の手によって後ほど解かれた。庭師の情報から、他にも呪われた人物が複数居る事が分かったが、その人物の特定には至らない。
 教会を移動したものの、オデットの状態はじわじわと悪化し続ける一方だった。病魔に蝕まれているかのように、緩やかな進行が続いているのだ。猶予は無い。彼女が死ねばシメオンも死ぬだろう。そうでなくともシメオンの為に犠牲にさせられた彼女を、死なせたくはない。何故このような事態になったのか、アンドレは詳しくは知らないのだが。
「大聖堂と言えば‥‥パリとルーアンだな‥‥」
「パリのあれが、大聖堂?」
 鐘の音が聞こえてきた。夕日に染まる尖塔を見ながらアンドレは頷く。
「他と比べてもかなりでかい教会だからさ」
「あたしは教会は無理」
 軽く言い放つと、女はアンドレの背中に回り、少女を見つめた。
 馬車を使ってパリまでやって来たアンドレは、教会近くで女と出会った。それは、彼が探していた人物でもある。偶然では無かった。彼は以前から、彼女が冒険者ギルドに顔を出したら自分に連絡して貰えるよう頼んでいたのだ。
「‥‥手間かけるけど、この子の事、頼むわ」
 女は冒険者らしいしっかりとした装備で、今から旅に出るような雰囲気を漂わせている。
「君はどこに行くんだ?」
「冒険者ギルドに、今回の事を頼んでくる。その後は誘われてるし、ちょっとダンジョンまで。でもあんた、自分が敵の的になるようにしてこの子との接触、避けてたんじゃないの?」
「ラチが明かなくなった。一緒に行動して守ったほうが早いかなと何となく」
「馬車使いなさいよね。パリで終わればいいけど、ルーアンまで行くなら‥‥まぁ船もあるけど、どっちにしても体に負担だし」
「分かってる。ルーアンは‥‥まだ行った事が無いな。どんな町?」
「さぁ? 城塞都市じゃなかった?」
 途中の道で女と別れ、アンドレは教会を見上げた。
 ここに『魔曲』に纏わる『楽器』があるのだとしても、バードである自分には見せてくれるかも怪しい。そして、背負う少女を助ける事が出来るかどうかも。
 冒険者は助けに来てくれるだろうか。
 アンドレは不安を抱えながらも、ゆっくりと教会の中へと入って行った。

●依頼内容
・パリとルーアンの教会まで同行する事。目的は公には非公開。受ける事を決めた冒険者にだけ内密に教える。
・目的は、教会内にあるとされる『魔曲絡みの楽器』と、オデットの回復。
・オデットは魂を一部取られている。リムーヴカース単体では呪いを解く効果が出ない。前提条件を解く必要があると思われる。
・『魔曲絡みの楽器』については、依頼人としては入手したいと考えている。
・ルーアンまでは、片道、船で1日半弱。馬車で1日半強。 

●今回の参加者

 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb3308 レイズ・ニヴァルージュ(16歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 ec2438 レイシオン・ラグナート(27歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 荘厳な気配を漂わせた室内で、彼らはそこに描かれた美しい色合いの芸術品を見上げていた。
 外からの光を映して柔らかな色と光を落とす様は、神々しさをも感じさせる。別の面では、巨大な壁画が粛々としてそこに在った。空から降り注ぐような圧迫感と重圧感を感じさせる中、重厚な音が鳴り響く。オルガンを弾く者が居るのだ。
 そこで来訪者達は、弾き終わってゆっくりと年輪を重ねた指を上げた者のほうを見た。頭を下げる者、礼を尽くす者、ただ見ている者の視線を一身に受けつつ、彼は口を開く。
「長旅でお疲れの事でしょう。どうぞ、中へ。薬草茶でも淹れて、ゆっくりと一休みなされませ」
 その言葉を受けて、来訪者‥‥冒険者達は、奥へと進んで行った。

 その場所の名は、ルーアン大聖堂。
 彼らの目的地である。



 アンドレの依頼を受けて集まった冒険者達は、パリの教会に向かった。
 全員がクレリックであるが、レイズ・ニヴァルージュ(eb3308)は全員がクレリックの格好での旅は目立つだろうと、レンジャー見習い風の格好をしている。教会内ではその上からローブを羽織り、頭に巻いた布をしっかりと押さえた。彼はキエフから少しだけ里帰りに来ている。ハーフエルフはいつでも、彼の国との違いに苦しめられる事になるが、愛犬を馬車に残して教会を見上げる彼の姿は幼いながらも凛としている。
 彼は、オデットが残したと言う資料を前もって見に行っていた。モンスターの事について細かく書かれた資料であるが、その研究は彼女が行っていたものであり、やはり彼女の呪いに直結するような内容は書かれていない。その資料を預かっていたベッケルにオデットの居所を知っているのかと尋ねられたレイズは、罹患中であり教会で治療して貰うつもりである事を告げた。見舞いに行きたいから場所を教えてくれと頼むのを、落ち着いたら連絡すると真摯に諭し、外で待っていた愛犬と共に屋敷を去ったのだが。
「僕のような経験浅い者にはそうと知れなかったのですが‥‥レフが警戒していたようでした。あのお屋敷、何かあるかもしれません」
「わんこ達の嗅覚の鋭さは並じゃないですからね〜」
 パール・エスタナトレーヒ(eb5314)がレイシオン・ラグナート(ec2438)の隣で手綱を取りながら言った。シフールが御者を務めている姿は、傍からでは『御者台に誰も乗っていない?!』ように見える可能性もあったので、レイシオンが御者のフリをしている。
「毒や病、吸血鬼化‥‥。どの兆候も無かったとなりますと、やはり呪いを掛けた張本人を探すほか無いのでしょうか」
 パリの聖堂で診て貰ったのだが、高位のクレリックが留守だった事もあり、新しい情報は入らなかった。改めて呪いを解く術もない未熟な身である事を痛感しつつ、ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)は小さく息を吐いた。
「そうねぇ‥‥。アンドレちゃん。話せる範囲でいいんだけどぉ、もっと細かい事情聞いていい?」
 ポーレット・モラン(ea9589)が、オデットを抱えるアンドレのほうへと目をやる。
「ルーアンには多少コネもあるしぃ、詳しい事が分かれば大司教サマにも提案しやすいと思うのよねぇ〜」
「やっぱり、大聖堂が楽器を持っているとして、それが緊急事態だとしても、簡単には貸してくれないか?」
「ん〜‥‥『魔曲絡みの楽器』については〜、厳重な管理ができるヒトじゃないと難しいと思うけどぉ〜‥‥何とか頼んでみましょうか〜?」
「出来るか?」
「ポーレットさんが一番適任だとは思いますが、この事とオデット嬢の為に我々聖職者が集まったのですから」
 レイシオンの静かな声に、アンドレは5人を見回した。そして告げる。
「黒衣の人物に会ったんだ‥‥」
 楽器を取りに行けばオデットが助かるだろう事を告げられたと話し、それを聞いたレイシオンが、以前オデット絡みで行動した際に『アナエル』という天使の名を冠した楽器があると聞いたと告げた。それを教えた人物は黒衣の女性であったとも。
「アナエルってハニエルと同一視される天使様じゃなかったかしら〜?」
 ん〜、と口に指を当てながらポーレットが首を傾げた。
「もしも天使様の数だけ楽器があるとするならば‥‥。楽器か『魔曲』の譜が解呪の鍵となっている可能性があるようですし、例えば『当たり』の楽器などでなければ解く事が出来ない可能性もありますよね‥‥」
 ジュヌヴィエーヴはそっと十字架を握る。もし、その楽器が本物であっても『外れ』だったら? パリの大聖堂には『楽器』は無いという事だったし、このまま適合する『当たり』の楽器を探すだけの旅にならないだろうかと不安が過ぎる。
「彼女に音楽の才能は?」
 レイシオンの問いに、アンドレは首を振った。分からないという事らしい。
「呪いを解く前提条件が、器や譜そのものでは無いかと思いましてね」
「弾ける人が呪われるという事ですか?」
 レイズが香り袋をオデットの首から提げながら振り返った。少しでも安らいでくれるようにとの気遣いである。
「弾ける人なら、バードの人はみんな呪われちゃいますね〜。すっごく特殊な形で、弾き方を教えて貰った人しか弾けないとか言うならわかりますけど〜」
 明け方にパリを出た馬車は、既に陽射しをいっぱいに浴びながら森の合間を縫って走っている所だった。
 ふと、ポーレットが羊皮紙をアンドレに差し出す。
「アタシちゃんが書こうとも思ったんだけどぉ、やっぱり本人が書くのが一番だと思うのよねぇ〜。だからアンドレちゃんが手紙を書いて欲しいの。大司教様と面会したい事と、明かせるだけの事情と、アナエルの竪琴を譲り受けたい事と、入手した場合の用途とかかしら? 出来るかぎり書いてほしいのよね〜。あ、ラテン語が出来るならラテン語でね〜」
 ジュヌヴィエーヴがパリで紹介状を書いてもらっていたが、用意は多いほうがいい。
 アンドレが書いた手紙に署名を書いてもらい、その後に白クレリック全員の名前も連名で記す。それを何度か読んで確かめた後、ポーレットは周囲を見計らって飛び上がった。シフール便の伝令風にカバンを提げて自らの羽根で彼の地を目指す。
 それを見送りながら、他の皆は馬車で進んだ。


 ルーアン。
 其の地についての詳細は、他の記録係の記録が詳しいだろう。ここでは敢えて記述は控える。
 一行は出来る限り目立たぬよう旅をしていたが、そのまま真っ直ぐ宿に向かった。ペットは犬しか居なかったが大聖堂内に連れて入るわけにはいかない。宿に預けようかという話にもなったが、馬車で聖堂に行く際の番犬役として連れて行く事になった。とは言え厩舎はあるだろうから滅多な事は無いに違いない。
 宿内で旅姿を解き、皆は聖職者の格好に改めた。先にルーアンに着いていたポーレットから連絡があり、面会の許可が出たという事で、馬車に乗り込み大聖堂へと向かう。
 奥へと入るのに諸々の手続きが必要だったのはアンドレとパールだけで、パールは無理に奥まで入るつもりは無いと告げた。指示されたオルガンの見える広間でちょこんと立っていると、教会に勤めている者がパンを持ってきてくれたので有り難く頂く。
「帰り着くまでがお仕事ですからね〜。しっかり気を張ってないと」
 もぐもぐ。食べる事もお仕事です。
 そんなパール以外の一行は、大司教とお付の者と共に奥へと入った。
 事情はポーレットからも、アンドレが書いた手紙からも大まかに読み取れたと大司教は頷き、ベッドに寝かされているオデットへと視線を落とす。
「此方へ来ることが彼女に呪いを掛けた者の望みだとしても、彼女に罪はありません。どうか、大いなるお慈悲をお願い致します」
 真っ先にレイズが深々と頭を下げた。何よりも先に、オデットの解呪を第一に、と強く願う。
「私からもどうか。彼女のように他にも呪われた方がいらっしゃるかもしれません。その鍵が、楽器か譜かもしれないのです。ただ‥‥その呪いを解く事で所在が呪いを掛けた者に知れると思われます。そうすれば、この聖堂に攻撃を仕掛ける者、又は奪いに来る者が現れるかもしれません。このままにしないほうが良ろしいかと思われます」
 ジュヌヴィエーヴも膝を折った。
「オデット嬢が此処に来た時点で、いえ、その前から既に、この場に『アナエル』がある事を魔の者は知っております。一箇所に置き守る事は意味を成さないかと。動く人の手に委ねてはいかがでしょうか」
 だが何処にあろうとも何れは見つかってしまうだろう。レイシオンは心の中で呟く。これらは恐らく呼び合うもの。楽器が天使の名を冠していようとも、『魔曲』と呼ばれるものの一端であるならば、必ずタダでは済まない。
「その、『アナエル』なんだけどね〜」
 先に大司教から少し話を聞いていたのだろう。ポーレットが口を開いた。
「ここにあるのは、『ハニエル』なんですよね〜? 大司教様」
 『ハニエル』という名の天使には数多くの別名があるらしいと言うが、楽器には『ハニエル』と付いているらしい。
「楽器にはラテン語で『ハニエル』と書かれておりましてな。何時からこの大聖堂にて管理してあったのか、記録も残されておりませんが」
「その楽器はどんな形なんだ?」
「金を思わせるような、黄の色をしたリュートにございますな」
 ともあれ楽器の事は後で、と大司教はオデットの手を取り首に右手を当てた。彼女の全身を隈なく見た後で、背中を指す。
「この模様に見覚えは?」
「以前は無かった‥‥」
 そこには黒い小さな痣のようなものが出来ていた。花の形か紋章のようにも見える。
「デビルが体内に一度は入った可能性もありますな。この衰弱の程からは未だ生きているのが不思議なほど」
「‥‥彼女の祖父にも多分同じ呪いが掛かってる。どちらかが死ねばもう片方も死ぬ呪いだと」
 大司教は頷いた。魂の一部が奪われている可能性もある事を示唆した後で、その呪いを掛けた相手がデビルであるならば聖職者としては断固戦わねばならないだろう事を告げる。だがそれとは別に、と、彼は楽器がある場所へと皆を案内した。
「目にも眩しい楽器ですね‥‥」
 目がちかちかになりながら、レイズはしげしげとそれを見つめる。
 そこには、『黄金で造りました』と言っても過言ではないほど眩い光を放った『黄色』のリュートのようなものがあった。
「この隣にあるものは?」
 楽器の隣にも同じ色の小さな葉のような形のものがある。
「撥‥‥か? 四弦のリュートに撥‥‥。撥と言えばジャパンの琵琶なんだが‥‥」
「ジャパン製の楽器に天使様のお名前が‥‥? 不思議ですね‥‥」
 珍品をじっくり見つめていたジュヌヴィエーヴは、裏側に確かに『ハニエル』と書かれているのを確認した。
「ジャパン製じゃないとは思うけどな。しっかし趣味の悪い楽器だな、これは」
 珍しい物好きのアンドレだが、バードとしては許せない範囲の物であるらしい。
「こんな楽器持って歩いたら目立つわよねぇ〜。金で出来てるのかしら?」
 それは大事に片付けておいた、というよりも飾っておいたという風に置かれている。それを布で包んで大司教はレイシオンに手渡した。
「恐らく信者の貢物でしょう。魔法が掛かっているわけでもない、珍しい楽器と言う扱いでしたが」
 今の今までこれが狙われた事も無かったのに、何故急に。と言うのが教会側の思いだろう。
 楽器を持ってオデットの前に立っても触れさせてみても変化は無い。これが鍵だとするならば、この楽器を置く場所、又はこの楽器を使って何かをする‥‥そうする事で解呪できる可能性はあると大司教は告げた。
 楽器で何かをする、といえば‥‥『譜』。それしか考えられない。
「『譜』を探して『楽器』でその内容を弾いたら呪いが解ける、とかですかね〜」
 一通り話を聞いて黄金の楽器を見せられたパールが、片手に違うパンを持ちながら述べた。
 結局大司教に出来た事は、オデットの苦しみを少しでも軽くするよう癒すくらいだったが、彼女の背にある痣が呪いの一部であり、体内に収まりきらなくなったから出てきたのだろうと告げた。恐らくこれが全身に広がった時が、彼女の死。
「『譜』を探す‥‥。それしか方法が無い」
 アンドレは強く言ったが、果たして本当にそうなのだろうか。
 誰かに誘導されているのではないだろうか。
「これでますます‥‥貴女の掌に乗せられた感も無きにしも非ず、と言った所ですね‥‥」
 レイシオンが小さく呟いた。ある程度手札が揃わない事には乗り続けるしかないのだろう。最終的に、『魔』を滅ぼす為には。
 そうして一行はルーアンを離れた。オデットと楽器をどうするのか。そして譜を見つけて奏でた時どうなるのか。空を覆う黒い雲のように、先行きはようとして見えなかった。


「宜しかったのですか、あの男の事」
 去って行った旅人達を見送りながら、クレリックの一人がそっと囁く。
「あの男自身も‥‥重度の呪いを受けていたようですが‥‥」
「癒し慈しむ事が私達の役目ではありますが、その全てが心身共に癒すとは限らないでしょう。痛ましい話ですが、彼はその呪いを受け入れる事で、生きようとしている。自らの役目を誇りに思い他人を生かす為に生きる者に、何を言えましょうか」
 そうして彼らは祈る。
 この先の深く険しいであろう道を歩む者たちの為に。