魔曲〜旧聖堂での道〜
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 60 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月15日〜04月20日
リプレイ公開日:2009年11月08日
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●オープニング
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「‥‥壊れた」
穏やかな昼下がり。
1人の少女が、旧聖堂の裏手に腰を下ろしていた。彼女の前には建物の壁。壁と言っても土台の一部のようなもので、彼女が背伸びしても届かないような位置に小さな窓があった。
「‥‥どうすればいいのかな」
呟き、彼女は周囲を見回す。そこには、数匹の生き物が居た。ふよふよ飛んでいる者、少女のように座っている者、うろうろしている者。種族は様々。彼らの事を一言で言うならば、『ペット』。冒険者が連れてきたペット達である。だが彼らの主人の姿はそこには無い。主人が冒険に行っている間、ここに置いていかれたものあり、ここを気に入って連れてきて貰って放されているものあり、色々なのだが、さすがに主人との絆が低いものは居ないだろう。中には巨体のペットも居る。彼らは皆大人しくここに居たのだが、巨体のペットは時にはうっかり大変な事をしでかしたりもするのだ。
「壁、穴開いたね」
彼女は、近くに居た巨体のペットに声を掛けた。そのペットがうっかり壁を蹴って壊してしまったのだが、そこに開いた小さな空洞を少女は覗き込む。
「‥‥下まで、ありそう」
少女は、手持ちの壷の中からロープを取り出した。最近、芸を覚える為に持ち歩いているものである。巨体のペットに先を咥えて貰って、彼女はよいしょとロープを伝って空洞の中に入り、下へと降り始める。
が。
「‥‥」
しばらくすると、元々軽い荷物のような力しか掛かっていなかったロープから、完全に少女1人分の力が消えてしまった。
「あら。どうしました?」
ぎゃーすぎゃーすと騒ぎ始めたペットに気付き、彼らの世話をしていた者が走り寄ってきた。
「アンジェルさんはどちらに?」
とは訊くまでも無いようだ。壁に空いた穴は、女子供ならしゃがんで進めば容易に入れそうな大きさだったから。
「‥‥建物、傾かないでしょうか」
それも重要だ。倒壊でもしたら大変である。ペットの傍に落ちていたロープが穴の奥に続いているのを確認し、彼女は穴の中に向かって声を上げた。
「アンジェルさーん! いらっしゃいますかー!」
しばらくの後に、僅かな声が聞こえてきた。だが何度呼んでも、その声が何を言っているかまでは聞き取れない。
「どうしましょう‥‥。助けないと‥‥」
旧聖堂は元々人が来る事が少ないから、すぐに助け出すのは難しいだろう。彼女は立ち上がり、通りすがりの人に冒険者ギルドまでの言伝を頼んだ。
●
「『アンデルセンが博打で大穴を見つけたが自ら墓穴を掘って落ちた』と聞いたのだが」
どんな伝言ゲームだとは突っ込まず、冒険者ギルドから来た者を彼女は出迎えた。
「他の者は後から来ると思う。それで?」
「ここから、女の子が落ちたようなのです。返事はあるのですが、何を言っているのか聞き取れなくて‥‥」
「成程」
エルフの男は人間より華奢である。穴の中に入り込んで、声を上げた。
「そこに居るなら状況を教えてくれー!」
やはり小さな声が返ってくる。だがそこはエルフ。聞き取ったようで、そのまま穴から後退してきた。
「下は水溜りになっているようだ。真っ暗だが多少彼女は見えるようだな。道があると言っている。だが水の深さが分からない。彼女の体力が心配だ」
「はい。ロープで引き上げる事は出来ないでしょうか」
早速声を掛けロープを垂らしたが、彼女はロープを手にする気配は無い。
「おーい。ロープに掴まれー!」
再び後退してきた男は首を捻った。
「ラテン語で何か書いてあると言っている。私には馴染みの無い言葉なんだが」
「どんな言葉ですか?」
「『プリンシュパリティ、ラグエル』」
「‥‥!」
女性は固まる。
「知ってる人か?」
「‥‥天使様です‥‥」
大きく息を吐き、女性は簡単に説明をした。プリンシュパリティとは、上位天使の事。ここは旧聖堂であるから、その名が刻まれていても可笑しくないとは言え、プリンシュパリティの個人名はほとんど知られていない以上、その名が密かに刻まれている事には理由があるのではないかと。
「この地下にその人が居るのだろうか」
「それは有り得ません。天使様が地上どころか地下に御坐すはずがありません」
閉じ込められているという可能性も過ぎったが、それは無いだろうと彼女は首を振った。上位天使が地上に降りる事はほぼ有り得ないとされている。
「では、この場所がその人を祀る場所だったとかかな」
「それも無いと思います」
「とりあえず、私も降りよう」
あっさり男は言って自分のロープを繋ぎ合わせ、近くの木に括り付けた。
「彼女の事も心配だ。水が無い場所があればそこに避難していよう。後から冒険者が来るようであれば、そのように伝えて欲しい。何時間か待っても来なかったら声を掛けてくれないか」
「分かりました」
「横穴は狭いが縦穴はそれなりの広さがありそうだ。高さもそれなりだな」
ロープの強度を何度か確かめた後、男は穴の中へと消えていく。
後を託された娘は、不安と戦いながらも花が咲き始めた旧聖堂の庭の中で、静かに佇むのであった。
その光景を、少し離れた所で1人の人物が見守っていた。
全身黒の衣とフードに身を包んだその人物は、木と茂みに潜むようにして見つめている。
「‥‥やはり、この時期に開いたか‥‥」
呟き、手に持っていた棒杖で軽く地面を叩いた。
「封印は解けた‥‥。騒がしくなる」
そして、その人は空を仰ぐ。
遥か遠くの空を、一匹の何かが飛んでいった。
●
黄昏より出で、暁に落つる。
其の命は、太陰の間に力を蓄え、広がり、辺りを覆い尽くすだろう。
陽が覚める前に、全てに等しく優しき静寂が訪れる。
其れが。
●リプレイ本文
「伝承に曰く‥‥。他の天使達を監視し、死せる者を天国に運び、光の世界に復讐し、終末の笛を吹く‥‥」
「週末の笛?」
「休みの日限定の‥‥楽器‥‥」
「平日は音が鳴らないんでしょうか‥‥」
「‥‥っていう天使らしいって聞きました! ちょっと陰を感じる天使ですよね?」
「でも、とても‥‥」
仄かな灯りに照らし出された蒼い波の光沢がある台の上を。銀の髪を持つ詩人はうっとりと見つめた。
「綺麗な色の‥‥天使様だと思います」
●
「何かすごい所を見つけたデス〜。今度遊びに来るデス!」
ラムセス・ミンス(ec4491)は大きな体を穴の中に入れて中を覗き込んだ。
「ってか、いきなり?! いきなりジャイアントの兄ちゃんが入るのは不味くねぇっ?!」
「僕、まだ子供デス〜」
「違う! そうじゃない! 謎のダンジョンってのがわくわくするってのは俺も一緒だけどもっ!」
レオ・シュタイネル(ec5382)がう〜んとラムセスの服を引っ張る。
「穴に‥‥落ちる?」
「落ちたくないデス〜」
アンジェルの保護者の一人のつもりであるウリエル・セグンド(ea1662)に言われて、何とか穴から這い出てきたラムセス。その向こうで同じく保護者であるアニェスとククノチが、シェアト・レフロージュ(ea3869)に色々託したりしていた。
「『ラグエル』について占ってみたけど、『蒼き光の上、白き光を放つ』みたい。‥‥無事かどうかは、見ないわ。信じてるから」
「アンジェル殿に会ったらこれを。‥‥そして、待ってると伝えて欲しい」
「はい。必ず」
答えながら、シェアトはペットを穴の傍に待機させているリーディア・カンツォーネ(ea1225)へと振り返った。
「先立って中を進む方と連絡を取りたいのですけれども‥‥。お顔を確認したいので、リシーブメモリーを使わせて貰っても宜しいでしょうか?」
「あ、はい。どんと来いですよ」
「‥‥エルネストさん‥‥。パリにいらっしゃっていたのですね」
呟き、シェアトはテレパシーを放つ。
「うー‥‥緊張‥‥」
そんな彼らの後方で、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)が手をにぎにぎしていた。短くは無い冒険稼業で初めての探索である。実は戦ったことも無いのだ。
「でも、助けてあげないとねっ」
「‥‥あの、お返事がありました。アンジェルさんとエルネストさん、少し先で待機して下さるそうです」
「ほぅ‥‥それは重畳じゃの」
ガラフ・グゥー(ec4061)が頷き、天津風美沙樹(eb5363)が彼女の背丈よりはやや短い程度の木の枝を横穴に突っ込んだ。折れないようにこれを縦穴に入れようと四苦八苦している。
ともあれ、救出&探索隊の全員が揃った。皆はあらかじめ隊列、緊急時の対処などを話し合い、ゆっくりと縦穴を降りて行った。
●
水路の水は浅い。だがどこで突然深くなるか知れない。美沙樹が多少短くした木の枝を前方の床にとんとんと当てながら進む中、隣をジャン、その後ろをウリエル、シェアト、3列目をリーディア、レオ、最後尾をラムセス、ガラフという隊列となった。途中で合流できた2人は真ん中に入れておく。リーディアが寒さ対策に、アンジェルに替えの服と『まるごとわんこ』を着せた。本人はタダで貰えないと一度は断ったが、わんこを見る目は僅かに輝いており、結局もこもこに着替えて心なしか嬉しそうになった。そんなアンジェルの頭をぽんぽんとウリエルが撫でる。だが若干動きづらそうでもあるので、そこはしっかりサポートであろう。
「とにかく罠には注意しないといけませんわね」
美沙樹以外にも罠に関しては心強い者も多い。背丈を生かしてラムセスが天井など上方を確認。美沙樹が下方を確認。ウリエルは自分が仕掛けるならと意識しながら罠を探し、ガラフがブレスセンサーで何か居ないか時折確認しながら飛行で水面を目視した。ジャンは明るいとは言えないランタンの灯の中、マッピングを。レオとシェアトは真ん中を歩きながらも横手などを確認している。
水路は迷路のように入り組んでいた。所々、深く抉られたかのように深い場所もある。
「あれ? 天井に何かあるデスよ?」
ラムセスの言葉に、その肩に乗ったレオが注意深く天井を検分した。
「これ‥‥何か出てくる仕掛けになってるっぽいな。床か壁に何かないか?」
「‥‥! 水の中に何か突起がありますわね。踏むと作動すると思われますわ」
「二重‥‥三重の罠になってる‥‥可能性もあるから‥‥」
ウリエルが作動突起をかわしながら辺りを見回す。
「しかし‥‥この迷路は踏破に時間がかかりそうじゃな‥‥」
ラムセスのもう片方の肩に乗りながら、ラムセスが出したライトを手で持ちつつガラフが呟いた。
壁や天井には絵や文字なども一切なかった。最初に縦穴を降りたときに書いてあった『ラグエル』の文字。その場所も他に何も刻まれてはいなかったのだ。リーディアが思いつく限りの宗教関係の伝承を思い出そうとしてみたが、該当するものは無かった。
複数に分かれた水路など、とっても方向音痴なウリエルは見ただけでクラクラするが、戻る方法は確保しなければならないだろう。ジャンのマッピングだけが頼りである。更に、途中で大きな段差にでも出くわした。水が静かな滝のように流れ落ちている。ロープを使って上り下りが必要な場所は1箇所に留まらない。
幾ら浅いと言えども水は大人の足首から、場所によっては膝辺りまである。水路を避ける為の道などは脇に設置されておらず、体力を恐ろしく消耗した。防寒着を着ていても同じ事である。皆の体調を注意深く観察しながら、リーディアが時折休憩を促した。稀に水が無い場所もあり、そこを見つけた時は仮眠を取る。火を点け少しでも温まった。
そうして進むこと3日。体力の無い者は勿論の事、体力のある者も疲労を強く感じ始めていた頃。
それは起こった。
●
「リーディア!」
「ひゃああ!」
突如、それは上から降ってきた。レオがとっさにリーディアを庇うように体当たりし、水の中に盛大に倒れそうな所でラムセスにぶつかる。
「うわぁ‥‥これ、刺さったら痛いですよね」
「痛いという次元の話じゃないですわよね」
水路の中に振ってきたのは格子状になった鉄製の扉、とでも言うべきだろうか。ガラフならば通り抜けられるが他の者はそうは行かない。
「切るか、解除のスイッチを探すか‥‥」
「‥‥悠長にはしていられない、な‥‥」
だが前方で、ウリエルが短刀を抜く。ばさばさと音を立てながら巨大な蝙蝠が群れを成して飛んできたのだ。彼らにとっては大した敵ではない、が。
「イタイ! イタイデスー!!」
突然ラムセスが騒ぎ出した。はっと見ると、彼の首から肩にかけて黒いぶにょぶにょした物体がへばりついている。膝をついた彼の肩へとレオが小柄を突きたてようとしたがラチがあかない。
「ジェル‥‥ジェルでしょうか。今、癒しますからっ」
背が高いことが仇となった。今の衝撃で天井から落ちてきたのか。だが魔法を直接撃つわけにも火で燃やすわけにもいかない。レオは小柄を仕舞い一気に後方へと下がって距離を保ち、狙いを定めた。1本、2本と当て、3本目を番えた所で、後方からの嫌な気配を察知する。
「レオ! どくのじゃ!」
彼のほうに近付いていたガラフも同時に気付いた。今度こそ稲妻を飛ばす。横滑りに避けたレオの脇で、昆虫の中身をぶちまけたような嫌な臭いがした。だが敵は動きを止めていない。巨大蜘蛛の不気味な目と視線がぶつかったが、レオは迷う事なく矢を放った。
「無事で、良かったですわ‥‥」
巨大蝙蝠はウリエルと美沙樹の2人が動くだけで充分だった。狭い所では魔法も使いづらく、ジャンはしょんぼりしている。ジェルに止めを刺したのは前方側に居たエルネストであったらしく、重傷の傷を負ったラムセスをリーディアが癒していた。
「他に、合流する道はあるでしょうか‥‥」
ほぅと肩の力を抜いたシェアトが、3方向に分かれている水路を眺める。
「それは、探してみるしかないですわね」
「僕、ここに残りますね。やっぱり事件現場には誰かが残っていないといけないと思うんです!」
「一人は危ないデス〜。僕も残るのデスー」
「じゃあ、こっちは俺とガラフのじいちゃんで探してくる」
「気をつけて下さいね」
「俺達は4人で‥‥途中二手に分かれるかもしれないし‥‥」
「私も‥‥行く」
だが、今まで大人しく従っていたアンジェルが声を発した。
「駄目だ‥‥。危ない」
「呼ばれている、気がするから」
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何に呼ばれているのか。とは、誰も問わなかった。
1時間掛けて探し回った結果、格子を天井へと上げる滑車を発見し、ラムセスも加わって鎖を引っ張る。無事合流出来た皆は、再び進み始めた。
デビルが出るのではないかという警戒もしていたのだが、結局この地下水路に巣食うモンスター達には出くわしたものの、ある程度以上の知能を持った者には会わなかった。ジャンのマッピングもかなりの量に達し、どことどこが繋がっているかを確認するだけでも一苦労するようになってきた頃。
彼らは、少し広い場所に出た。
そこも、ふくらはぎまでの高さの水が通っている事に変わりはない。だが中央に平たい地面があり、壁には幾つもの松明が掛けられていた。湿って火が点かないものもあったが、幾つかに火を灯すと、揺れる水面が天井にゆらゆらと波を描く。その天井が降り注いだかのように、真下に置かれていたクリスタルの台座が蒼く色を波打たせた。
そして、その上に。象牙か真珠を思わせる乳白色の光を湛えた楽器が。あった。
「こっちはマントが沢山ありますわ」
壁に沿って置かれた箱の中には、綺麗に畳んで片付けられた布が複数入っている。
「‥‥『ラグエル』‥‥と、台座に書いてありますけれど‥‥。ま、まさか、この台座がラグエル様なんでしょうかっ!」
「普通‥‥楽器のほうだと思う‥‥」
リーディアのボケにウリエルが突っ込んだ。
「魔法は掛かっておらぬようじゃの」
ミラーオブトルースをガラフが掛け、シェアトはそっと両手を胸の前で祈るように合わせる。
『ラグエルの名を冠するあなたは器と呼ばれる者ですか?』
だがそのテレパシーにも応えはない。
「天使って美人かなって思ってたんだけど、これじゃあなぁ」
「充分綺麗な方だと思いますよ?」
「シェアト。それ、マジで言ってる?」
「でも、僕も綺麗な楽器だと思うデスー」
「あの‥‥皆さん、どうしましょう。ラグエル様、お持ち帰りして教会で調べたいと思うのですが‥‥」
リーディアの発言に、皆は顔を上げた。
特別部屋として作られた場所ではない。だが、大切に保管されていたようにも思えるこの場所。他に文字や絵が残されているわけではなかったし、最近誰かが来たような気配も魔法に引っかかる事もなかったのだが、かつての旧聖堂同様、忘れられた場所だとしても、ここへの道が今、開かれていた事には何か意味があるのだろう。
皆の同意を得て、リーディアがその楽器を手に取った。白き笛。その笛からは、どんな音色が流れる事だろうか。
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そうして皆は、無事に地上へと帰ってきた。
「やっぱり太陽の下って気持ちいいですね! 探検とか探索とかは勿論楽しいんですけれども」
うーんとジャンがひとつ伸びをする。その背中には、奥地で頂いてきた物のひとつ、尺杖がしっかり輝いていた。
ペットを見張りに置いてきた者たちは彼らの労を労い、とりあえず持ち出したマントなども含めて楽器を教会に提出した。
「あれが‥‥呼んでた‥‥のかな?」
「‥‥分からない」
ウリエルの問いにアンジェルが首を振る。だが、呟いた。
「でも‥‥きっと、ひとつじゃない。もっと沢山‥‥そんな気がするの」