●リプレイ本文
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『黄昏、太陰、明時、光陰‥‥。
その譜は奏でるだろう‥‥麗しく弱きものを‥‥。
その器は謳うだろう‥‥世にも儚き歓びを‥‥。
全てが揃いしとき‥‥。
鎮魂歌が‥‥始まる。
‥‥新たなる‥‥』
「‥‥弦が‥‥!」
全てがその一瞬で動き始めた。
「下がってろ!」
ロックハート・トキワ(ea2389)の声に、シェアト・レフロージュ(ea3869)は頷き後方へと退避する。切れた竪琴の弦を直している時間は無さそうだった。デビルの行動を阻害する効果もあった楽器だが仕方が無い。だが確かに、歌を歌っている間、全ての時が止まっているかのようだった。塔の中から出てきた敵は動きを止めていたのだ。この楽器には、デビルの動きを完全に止めるまでの力は無いはず。ならば。
「まさか‥‥この『歌』が‥‥『魔曲』‥‥?」
話は少し遡る。
依頼を受けた冒険者達は、更なる同行者を求めてあちこち訪ねた。救助ともなれば人手は多くても過ぎる事は無い。
「デビルロードなら俺も行った事あるぜ! よぉし、俺の出番だな!」
「お前は呼んでない」
「酷っ!」
中には強引に同行を求める某レンジャーも居たが、あっさり置いて行かれた。
その一方で、予期せぬ事もあった。シェアトが以前パリで会った占い師が歌っていた『歌』を塔の門前で歌いたいという話をし始めた時だ。依頼人が突然告げた。
「『黄昏』「明時』『太陰』。その名は知ってる。先代のドーマン領主が出した『予言』だ。元々、ドーマンは『始まりの地』と呼ばれていた。『始まりの地にして終わりの地』。そしてラティールは『終焉の地にして誕生の地』。太陽が出て月が出るように、永遠に巡るものだと考えられていた時代の話だ。『予言』は『始まりの地より始まり、終わる』と告げていた。その時に、黄昏云々って話もあってな」
「『黄昏』‥‥」
アリスティド・メシアン(eb3084)が僅かに眉をひそめる。
「『黄昏』は場所を指している、と?」
「『明時』はドーマン。『太陰』はシャトーティエリー。『黄昏』はラティールだ」
「成程」
得心が行ったように頷くと、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が「はい」と手を挙げた。
「前に、3領地には『祝福の歌』と『黄昏の曲』があると言う話があったけど、その後にシャトーティエリーの館から『譜』を持って行ったのよね、爺が。『祝福の歌』が3領地の地下にある『迷宮の扉』を開く鍵を指す歌だとしたら、『黄昏の曲』は何なの?」
「その『譜』はラティールにあったやつだな。『器』はドーマンにあった」
「シャトーには元々それ絡みの物は何もなかったのか?」
尾上彬(eb8664)が尋ねる。
「あったさ。『人』がな。元々『曲』はひとつの曲だった。それを3つに分けたという話だ。『曲』と『器』と『人』が揃って初めて、ソレは完成する。完成してどうなるのかまでは知らないけどな」
「本当に、3つなのでしょうか。シェアトさんの聞いた歌には『光陰』という言葉も含まれて居ますが」
ミカエル・テルセーロ(ea1674)の問いに応える答えを依頼人は持っていなかった。
そして、皆は各々の仕事をすべく現地へと向かう。
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皆が行動する範囲は広い。そこで、伝令役を置く事となった。
アーシャ・イクティノス(eb6702)がドーマン村近くの野原にテントを置き、ペット達で周囲を固めて前方に広がる黒霧を見つめる。情報が錯綜しないように、行き違いがないように、効率よく情報が行き渡るようにするには伝令統括が必要だからと彼女がその本部の役割を果たす事となったのだ。
「初めてここを訪れた時から‥‥厄介ごとが多い地ですね。そういう巡りあわせでしょうか」
ふと溜息を零すと、どこからか笑い声が聞こえたような気がした。あぁそうだ。昔もそんな事があった。だが自分はあの頃とは違う。強くもなったし、大切な人も見つけた。その人と笑って過ごす為に。誰よりも強くなれる。
エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)も伝令の1人だ。ドーマン領主伝令兵の1人、レイ・レンと共に走り回る。
「飛脚で培った土地感とこの足で、走りには自信があるよ! ボクに出来る事なら何でも言って」
彼女の笑顔は、不安と混乱に陥った人々に明るく映ったし、冒険者も安堵したに違いない。
「ボクの役割で大事なのはきちんとお伝えする事だから、何が何でも目的地までは生き延びないとだよ! 走って走って走るよ〜〜!」
「うん‥‥頼もしいな‥‥」
救援の範囲は広範囲だったから、ウリエル・セグンド(ea1662)が主となって黒霧周囲からシャトーティエリー領の端まで、助っ人も用意して活動し回った。
「救援物資の運搬‥‥重傷人の運搬‥‥。運搬と救助は分けたほうが効率がいい‥‥」
「そうねぇ。霧が広がってるなら情報は逐一欲しいし‥‥お願いね、エラテリスちゃん」
「うん!」
「‥‥で、何やってるの?」
「あぁいややはり指揮役にはこの正装をだな」
ドーマン領に詳しい者達が作成した地図を死ぬ気で写しまくったジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)が、その地図を見ながらどのように進めるか相談中のラファエル・クアルト(ea8898)の背中に着物を押し当てている。
「御大将自らがこれを着込めば、彼らもこぞって働くぞ」
そんな彼らを少し離れた所で囲むようにして、実に彩り鮮やかな巫女服を着たむっきむきな男達が立っていた。
「ロックハートが自らの命を犠牲にする覚悟でもぎ取ってきた者達だ‥‥さぁ、彼らの期待に応えてこその男!」
はらはら涙を落とすこの男も、重装甲の上から巫女服を着ている。着ているというかよく分からない着ぐるみ状態というか。はっきり言って不気味だ。
「‥‥まぁ、いいけど」
救援活動と思えぬその異様な光景に、ラファエルは一応承諾した。
「わぁ‥‥すっごく似合ってますよ! きっとシェアトさんも大喜びしますね!」
「彼女には内緒ね」
「‥‥すっごく‥‥似合ってる」
「あんたが言わないで」
人手はこちらで確保出来た分だけに留まらず、付近の騎士団からも話を聞いて応援が駆けつけた。彼らと運搬、救助を分担しながら、霧の外部隊は馬車を何台も確保して仕事にあたる。しかし、アーシャが設置した『本部』は日に日に場所を動かす事となった。
「うぅ〜‥‥怖かったよ〜」
ドーマン領の高低差でうっかり高台に上がってしまったエラテリスが泣きながら帰ってきたりもしたが、概ね伝令との情報伝達は上手く行った。霧の外に関しては。
「‥‥中の人達、大丈夫でしょうか」
伝令役の1人で帰ってこないパール・エスタナトレーヒ(eb5314)を待ちながら、アーシャは呟いた。
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当然、霧の中が大丈夫なはずは無かった。
内部救助班は二手に分かれて中に入った。1班はデビルロード班と共に砦まで移動し、砦周囲から活動を開始し、2班はドーマン領主館がある村付近‥‥つまり伝令本部がある辺りから入る予定で動く。
「これがあれば‥‥調査も救助もやりやすいでしょう」
あらかじめ、エルディン・アトワイト(ec0290)がホーリーライトを4つ作り出し霧内に関係する班に手渡していた。1日の間周囲100mを照らし出す光球だ。アンデッドなども退けるし実に便利である。まぁそれを4つ作るのに依頼人が手渡した実を必ず1個は消費する計算だが。
「ふむ‥‥この辺りはしかし光が無くてもまだ見えますな」
ケイ・ロードライト(ea2499)とライラ・マグニフィセント(eb9243)はエルディンと共に領主館付近を歩いていた。
「そうさね。太陽の光も少しは入っているようだし‥‥」
とは言え、3人は目が良いほうとは言えないので光に助けられる部分が大きい。
「師匠ならどう考えるか‥‥霧は吹雪みたいなものですかな。なら動かずに待つのが得策と師匠は判断するでしょう」
砦にはドミルが居たと聞いているから、その周囲の山に横穴を掘って皆と避難しているかもしれない。そう、ケイはあらかじめ皆に伝えてある。
「無味無臭の霧で毒も無いように思われますが‥‥長時間居ると蓄積するかもしれません。急ぎま‥‥今、何かが」
エルディンの声で、即座に皆は身構えた。慎重に何かが動いた場所へと向かう。畑を越えて村の家々を回ったが、中には誰も居なかった。
「領主館内に避難しているかもしれないな」
「館内から地下に降りれる場所があったはずです」
「遅いぞ、お前ら」
不意に上方から声を掛けられる。見ると屋根の上に小柄な男が立っていた。
「‥‥シャー殿、でしたか」
この辺りは庭のようなものと言う男に従って館内に行くと、不安そうな村人達が身を寄せ合っていた。聞くと、動ける男達は霧の濃いほうへと出かけたらしい。村には馬車は無く、シャーが『暗くても平気だから』と応援を呼ぶべく素早く伝令本部へと走って行った。エルディンが全員の体調などを確認して回ったが、まださほど日数が経っていないようで軽症である。食糧も村内にしっかり蓄えられており、領主不在とは言えここは悪い状況ではないようだった。
「砦側がどうなっているか気になるのさね。食糧や衣類が不足しているなら届けなければな」
「ここはシャー殿と応援の方に任せて、奥へと進むというのも手ですな」
馬車はすぐにやって来た。本部との距離はかなり近いから、村人全員を避難させるのに大して時間も掛からない。空いた馬車に荷物を詰め込み本部からの情報を確認して、3人は奥へと進んで行った。
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この砦には、最近悉く災難が降りかかる。
砦まで進んだ救助1班とデビルロード班は、その惨状に沈黙した。デビルロードから黒い霧と共に何かが出てきた事は明白だ。そこまで伸びるのは色濃く変化した大地。砦周辺には死闘を物語る肉や骨の破片が散らばり、どれが人の物でどれがモンスターの物なのか判別も付かない。砦内はもぬけの空で、中でも死闘があった事が窺えた。霧は濃く、光球が無ければ手が届く範囲でさえも見る事は出来ない。
ミカエルがバーニングマップで名を知る者達の居場所を突き止めようとしたが、分かった者は極一部。分からないと言う事はつまり、地図内に居ないという事だ。
「デビルロード内、と言う事ね」
ポーラ・モンテクッコリ(eb6508)が呟き、分かる者に対してはレティシアがクレアボアシンスを使用して状況を確認した。場所によっては彼女の記憶が不明瞭で確認できない所もあったが、突入組は先を急ぐ。
一方救助調査班は、近くの村へと向かった。リード村。かつて燃やされた村だ。
『誰か居る?』
ガブリエル・プリメーラ(ea1671)がテレパシーを放つ。だが応えは無い。ブレスセンサーやインフラビジョンでも確認は出来ない。
砦から離れるほどに霧は少しずつ薄くなっているようだった。光球から出る事無い範囲で皆は少しずつ移動しながら探索を続ける。村でも戦いの跡が見えたのが、彼らの不安を強くした。既に手遅れだったのだろうか。僅かにでもそういう気持ちが芽生え始めた頃。
「敵か!」
幾つかの足音と金属が撥ねる音が聞こえた。セイル・ファースト(eb8642)が、ヴィルジール・オベール(ec2965)が打った刀『陽皇』を手に駆け出した。一瞬の鋭い光を放った後に、音が止む。
「助かった。礼を言う」
「間に合って良かったよ」
セイルが刀を納めると、レジストデビルを掛け直していたサクラ・フリューゲル(eb8317)が駆け寄ってきてお辞儀した。
「ご無事でほっと致しましたわ。分隊長様」
「お怪我は?」
リーディア・カンツォーネ(ea1225)が尋ねたのは橙分隊長イヴェットへというよりは、その後方に居た村人風の装いの者達に対してだ。そこには20人ほどの者達が居た。全員がリード村の者であるらしい。だが騎士はイヴェットしかいない。バーニングマップで示された場所よりもかなり西であったから、まさしく移動の最中だったのだろう。敵はインプやアンデッドのようだったが、幾ら分隊長が強くとも1人で20人を無傷で守りきる事は難しかったようだ。
「イヴェット様。今ここで起きている事を正しく報告するのも義務だと思います。貴方を知り係わり合いになった人たち全てが悲しむ事になるので、一緒に来てください」
とりあえず霧の外まで出てから体調を見て治療して貰おうと考えた壬護蒼樹(ea8341)が、その腕に力をこめる。
「霧の外も混乱しています。外で、救助活動を行って頂けないですか」
「より危険な場所に赴き人を守る事が我々騎士の役目ですから」
「でも」
蒼樹が尚も説得しようとしたが、春日龍樹(ec4355)が首を振った。
「やめとけ、兄者。まずは生存者の救出が先だ」
「そうですね。皆さん馬車に乗ってください。霧の外まで避難しましょう」
デニム・シュタインバーグ(eb0346)が、用意された馬を引いてくる。彼の心の内にも、騎士としての強い思いが息づいていた。『民の盾となり正義を貫く事こそが騎士の本分である』と。だからイヴェットが言う事に強く頷く。リシャールが彼の傍らでその作業を手伝った。
又、リディエール・アンティロープ(eb5977)が村人達にも聖水で浸した布を手渡す。万が一、この霧に有害な物が含まれていた場合を考えて、皆は各々布などで鼻や口を覆っていた。今の所村人達も毒に侵された様子は無いが念の為である。アナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)も、馬車を囲むようにしてクリエイトエアーをかけた。出発するまでの僅かの時間でも負担を軽減できればと。
「あの‥‥。他の方はどうなさっていますか?」
村人だけではなく冒険者達の体調なども確認しながら、リーディアがイヴェットに尋ねる。光球ごと全員で本部めがけて進もうとしたのだが、イヴェットは他の場所へ行くと言って聞かなかったのだ。彼女の口は重かったが、ややあってから口を開く。
「私は分隊長である前に騎士だ。部下を犠牲にしてまでも自分が残る意味などとは思う。だが、残ったからには全力で守る」
「私はインフラビジョンが使えますから、光球が無くてもある程度動きに支障はありません。御供します」
即座に歩き始めようとした彼女に、リディエールが間髪を容れず告げた。
「俺も目はいい方だ」
「ブレスセンサーがあると人を探しやすいのね」
「テレパシーだって必要でしょ?」
残った者達に次々言われ、彼女は苦笑した。
「頼りにしている」
20人を避難させた者達が、新しい光球を2つと他班の情報を持って帰ってきた。その途中で『俺ごとで構わん。お前達のトラップコンボを、巫女の誇りを見せてやれ!』と叫んでいた某巫女騎士が見事に吹っ飛ばされている場面に遭遇したりもしたが、一応伝令役だったりする彼らからも情報を得て、1班は二手に分かれる。途中2班と合流し、村以外の探索に移った。
「‥‥アルノー卿!」
「おぉ、師匠‥‥ご無事で‥‥」
ケイが想像していた通り、一部の者達は山中に隠れていた。領内の天然洞穴の場所を全て把握していたドミルが、橙分隊員のアルノーと共に、砦に居た一般人を避難させていたらしい。途中襲撃に遭う事もあったらしく全員無傷ではなかったが、生きていた事が探索者を安堵させた。
「でもバーニングマップで分かったのは二人だけよね‥‥。後の橙分隊員はどこへ?」
ガブリエルの問いにアルノーは逡巡したものの、
「橙分隊は12名が砦に詰めていました。砦での戦いで3人が命を落とし、6人がデビルロード内へと向かいました。他の騎士団の者もおりましたから、総勢10名ほどだと思います」
そう、告げた。
砦で死闘があった後、散らばる敵を追って騎士達も霧内へと散開した。アルノーは事前に緊急の際は砦内の一般人を守る役目を与えられていた為、その任務を全うしたらしい。
魔法の結果では、地下に避難していた者は居ないようだった。ドーマン領主やシメオン等他の者達も領内では引っかかっていない。砦で失われた命の大半は騎士や兵士達であったが、ドミルと共に詰めていた職人の一部も命を落としていた。
山中に居た者達を救助したら、後は木こりなど村に住んでいない者達を探す事となった。同時に霧の調査も行う。途中、馬車に天幕を張って身動きが取れない人を運んだりなど、霧内でも休息所を設けたりもしたが、霧は日を追う毎に濃度を増して行った為、長い間留まる事は出来なかった。
「濃くなっても‥‥一見、影響は無いように見えますね」
建物や自然や人などにどう影響が出ているのか。デニムは注視していたが少なくとも外見上は何ら変化無かった。勿論同行者にも。
「毒でも無いようですし、一体何なんでしょうか‥‥」
リーディアも首を傾げる。闇の中を動くモンスター達は居たが、目に見えて多いわけではなかった。その多くを既に騎士団が壊滅させたからかもしれないが。
ともあれ、彼らは広がる霧内で救助活動を続けた。
結局真相は、外からでは分からないだろう。
デビルロード内から流れ出ている限りは。
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「皆、大丈夫かしら?」
「えぇ‥‥何とか」
ポーラの声に、一行は頷いた。
デビルロード内は、一見異様な光景になっている。門に入ってすぐは霧に覆われていたが、しばらく歩くと視界が開けた。霧は上方を雲のように覆い広がり彼方まで続いている。川を越えて丘の上に上ってもそれは変わらなかった。だが、赤い花咲く丘の上から見た上空は、黒い霧が渦巻いている。その更に上方には‥‥逆さになった塔があったはずだが。
この丘を遥か遠くで囲むようにして6本の塔が建っているはずなのだが、薄っすらと霧の影響があるのだろう。全てを見通すことは出来なかった。以前来た者達は、前回と違う点に他にも幾つか気付く。例えば川辺には『罠』が居なかった。アンデッドの大群も居なかった。代わりに頻繁にデビルに襲撃され、時にはそれがオークなどである事もあった。そして丘の上の赤い花は、数えるほどしか無い。よく見れば、その殆どが枯れているようだった。
「枯れて種を蒔いたのかもしれないわ」
ユリゼ・ファルアート(ea3502)が慎重に探すが、この花に毒がある事は明白だったので長居は無用だ。持ち帰るなら帰りになるだろう。
「で、これが『黒の塔』か?」
黒塗りの門を前に、ロックハートがそれを見上げた。
「皆さんにご報告です〜。橙分隊員1名と分隊長と一般人30人を発見、救助したそうです〜」
かなりボロボロになったパールがぱたぱたと飛んできて、皆に告げる。デビルロード内は、上空も危険だ。
「ここから先は、一緒のほうがいいね。おいで」
アリスティドに手招かれて、パールはその懐を借りた。
「そうか‥‥イヴェットは無事だったか‥‥」
まぁ分かっていたけどなと呟いた彬に、背後からそそそとレティシアが近付く。
「聞こえたわ‥‥私の耳には確かに聞こえたわ‥‥『初恋から始めましょう』って言う台詞フラグが‥‥」
「そんな事より敵が出てきたみたいだぞ、レティ」
黒の門は既に開いていた。中から出てくる敵を外で待ち構えて討つが、数はせいぜい10体ほど。彼らの敵ではなかった。
「鳥の意匠が‥‥無いね」
「柱の石は‥‥黒と青と‥‥緑と黄が光ってるわね。かなり明るい色で、黄が鈍い色」
そして門と塔の間には、巨大な絡み合った樹の幹のような根のようなものがあった。それには触れないようにと過去に来た者が告げる。その中にはデビルが封じられているのだ。
4階まで上って黒塗りの扉を開き、7階まで上がって水に浮かんだ盤状のものを見つけた。そこには柱と同じ7色の玉が埋め込まれている。更に9階まで上がるとそこが塔の天辺のようだった。端には一切の柵も壁も無く剥き出しの屋上部分に強い風が吹いている。そして中央部分に黒塗りの台があった。台は不思議な形に大きく窪んでいる。
「これは‥‥何だ。棒でも入れるのか‥‥」
「‥‥横笛、ですね」
静かにシェアトが呟いた。
「それに、こことここの床の色が違う」
ロックハートの指摘に皆はそれを見下ろした。
「何かが出てくる仕掛けか‥‥何かが下にあるのか」
何かの鍵となる仕掛けは無いか皆で探すが、ロックハートでも見つける事は出来ない。
「この窪みにリュートを入れるのが『鍵』というのが一番近そうですね〜」
「いや‥‥」
パールが飛ばないように押さえながら、アリスティドは周囲を見回した。
「この塔は2回来ているけれど、ここはもう‥‥『終わった』ような気がする」
「確かに何も無さ過ぎるな」
彬も頷く。塔内に敵は一切出なかったし、門の前に罠も無かった。
そのまま彼らは7階に降りて水盤に触れる。『天盤』なる他の塔とテレパシー出来る物の候補は他に見当たらなかったのだ。四苦八苦して操作したが、結局どこかの塔と繋がっているかも分からなかった。
塔を降り、待っていたミカエルとレティシアと合流し、皆は青の塔へと向かう。
「‥‥繋がった」
塔の門前で、レティシアが呟いた。テレパシーを掛け続けていたのだ。
「何って?」
青塗りの門もやはり開いていた。中に入って柱を確認したが、光っている石の色は変わらない。来襲も無い。
「‥‥ドーマン領主、なんだけど‥‥」
彼女は僅かに唇を噛み締めた。
「意識がはっきりしてないみたい。急ぎましょう」
塔内はやはり静かだった。造りは黒の塔と変わりない。4階部分の青い扉を開いた先で、皆は壁に打ち付けられた男を見つけた。ドーマン領主だ。下ろしてからポーラがリカバーを掛けたが一向に良くはならない。ミカエルが天使のポーションを使用した後だというのに、だ。
「これが『罠』じゃないわよね?」
思わずユリゼが言った。デビルロードに入ってから、3人のバードが定期的にテレパシーを放っている。デビルロード内に居るはずの10人の騎士達宛てに。だが一度も応えが無いのだ。不安が募っていた。
「一旦、連れて外に出ますか〜?」
「俺が背負って行こう。そんな時間は‥‥無い気がする」
青の塔も黒の塔同様に、天辺には窪みがある台があった。だが、それは違う形をしている。竪琴では無いかとバード達が言った。床に2箇所違う色があるのも同じだ。水盤もあった。
これ以上は分からないと、一行は次に緑の塔へと向かう。
緑塗りの門は、やはり開かれていた。前の2塔と構造も状況も同じだったが、ただ一点違ったのは‥‥。
「何も、無いですね〜」
屋上には何も無かった。色が違う床が3箇所ある以外には。
自然、皆は無口になっていた。何も起こらないのは何も無いのは、既に『終わって』しまっているからだ。全ての塔が『終わって』しまったらどうなるのか。
次は黄色の塔だろうと皆が動き始めた時、定期的にリカバーをかけ続けていたポーラが声を上げた。
「気付いたみたいだわ」
領主は衰弱している事に変わりはなかったが、テレパシーに応える事はかろうじて出来るようだった。それでもきちんとした会話にはならない。
「‥‥一応纏めてみるわね。シメオンは死んでいて、領主は呪いが掛かってる。その呪いは他の人と繋がっていて、どちらかが死ぬともう片方の呪いが解ける。橙分隊員とは会ってないけど、塔の天辺に行けたなら多分‥‥」
「多分?」
「死んでるか呪いが掛かってる。騎士ならそれ以外の道は取らないだろう、って」
「‥‥他の道があるのか?」
「3つの選択があるという話だったね‥‥」
「1つは宝石よ」
不意に、彼らの上方から声が掛かった。見ると、緑の門の上に誰かが立っている。ロープを使って降りたのを見てから、ミカエルが声を上げた。
「アナスタシアさん! 無事で良かったです」
「但しそれは罠で呪い付き。塔の色に応じた宝石を4個置くと発動。20個置くと罠は発動しないみたいだけど、確認した事はない。そこの領主の話だと、一応20個で条件は満たされるらしいけどね。2つ目は魂。人の命よ。これは1人分でいいみたいね。少しずつ塔に吸われるって話。3つ目は知らないわ。それから呪いは2つ目の時も掛かるみたい。6つ塔が条件を満たしたら最後の塔が降りてきて、それの条件も満たしたらデビルの勝ち、らしいけど?」
「黒い霧が出ているのは‥‥塔の条件が満たされつつあるから?」
「塔の条件を解除するには?」
「そんな事まで知らないわよ」
ともあれ一行は黄の塔へと向かう。
黄塗りの門は閉まっていたが周囲から襲撃があった。シェアトがそこで歌を歌い、変化が生じる。弦を切った楽器を手に下がったシェアトを守るように皆が奮迅した後、黄の門は大きく開いた。
構造は変わらなかったが敵襲はあった。それらを退けて水盤の所を通った時、僅かに声がした気がしてユリゼは立ち止まる。
「‥‥声が、聞こえるわ」
水盤を覗き込み、ユリゼは耳を澄ます。その水面にぼんやりと知った顔が映って揺らいだ。
『やぁ、ユリゼ‥‥久しぶり』
その顔は、よく知った笑みを見せる。
『君に、頼みがあるんだ』
屋上は黒、青の塔と同じ状態になっていた。
ここまで来て、冒険者達は何か感じ取っただろうか? この場所の法則、或いは真の目的を。
「必ず‥‥助けるから」
水盤の所で、ユリゼが呟く。
彼らの上空では、黒い霧がうねるように濃度を増して、ゆっくりと降りつつあった。