魔曲〜7の器と4の譜と〜
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月10日〜12月15日
リプレイ公開日:2009年12月21日
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●オープニング
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バードギルド。
それは商店などが並ぶ建物の一角にあった。色使いも明るい玄関の飾りは、どれもこの商店街の職人達が手がけたもの。室内においても、そこにある家具や装飾品等ありとあらゆる物に、商店街の者達の手が加わっていた。それは、このバードギルドが人々の暮らしに密接に関わろうとしているからに他ならない。楽しい時も嬉しい時も哀しい時も怒れる時も、人々に共感し歌い奏でる為に。或いは人々を慰め労わり時には制止する為に。
バードギルドの理念はこうである。『常に、人と共に在れ』。
「おや、どうしました?」
又、このバードギルドでは、各地の歌を残す作業も行っていた。『歌』に大事なのは完璧な歌詞や曲ではない。それを歌う人の心や周囲の人に影響する表現だったりすると彼らは考えていたが、吟遊詩人達が各地を渡り歌を覚えてきても、それを伝えて行かなければ何れ、失われてしまう『歌』もあるだろう。だから残すのだ。そんな作業ももう何年も続けていたら、縁あって特殊な楽器がやってきた。その二つを保管して欲しいのだと言う。象牙のように滑らかな光沢を湛える乳白色の笛と、黄金を思わせる煌きを放つ黄色のリュート。但し同色の撥付き。それは、見る者達(主にバード)の心を奪うほどに美しく、一度は奏でてみたいという誘惑に駆られるに充分なシロモノであった。
おまけにそれには天使の名が付いているのだと言う。浪漫色満載の楽器は厳重に保管されたが、誘惑に駆られたギルド員がこっそり触ってみたいと保管庫に忍び込もうとする例が後を絶たない為、教会に頼んで見張りを付けて貰わなければならなかった。というわけで、正直ギルドとしては大変に喜ばしく有難い宝物であったものの同時に迷惑至極な物体でもあった。
「いや‥‥余り嬉しくない情報が入ってきたのでな」
ここのギルド長は暇があれば旅に行ってしまうような人だったので、管理は主に副ギルド長がしていた。彼女はこのギルドが設立された当初から副ギルド長を務めており、ともすれば見張りさえも楽器の魅力に取り付かれてしまうこのギルド内においては、冷静沈着で自己を律するバードとして有名だった。
「あの楽器が『魔器』であり、他に5つあると。そしてあれは『魔譜』専用の楽器であるとな」
「まぁ‥‥あの抵抗しがたい魅力は『魔器』と言うに相応しいでしょうけれど‥‥。でも魔法が掛かっている様子もありませんし」
「だが、お預かりした際にはクレリックにも同席して貰って一曲奏でてみたのだ」
「いっ、何時の間にっ! ずるいですよ!」
「しかし他と何ら変わる事は無かった。音色は確かに美しく名器であるとは思ったが、他にも更に美音を奏でるものもある。私にも室内に居た者にも、何ら変化は無かった。つまりあの楽器は、『魔譜』を奏でる時だけ『魔器』になるのではないか。そう思ったのだ」
「はぁ‥‥」
「『魔譜』は4枚あると聞いた。譜が4で器が7‥‥。可笑しいと思わないか」
「楽器は壊れるから、3つは代替品では?」
「全てに代替品があるならば、器は8であるべきだろう。そもそも『譜』が4枚ある事が納得いかん」
「何故です?」
「『魔曲』。そう呼ばれるものが4種も人の世にある事自体、納得できないからだ」
「はぁ‥‥でもそれは、マリオン様の希望ですよね?」
「マリオンさん。戻りましたよ」
不意にカウンター越しに声を掛けられ、副ギルド長は顔を上げた。
「あぁ、フランカ殿。すまない、いつも貴重な情報ばかり頂いて‥‥。それで、首尾の程は?」
立ち上がったマリオンに、フランカと呼ばれた黒髪の娘は頷いてみせる。
「えぇ。冒険者が得てきた情報を、少しこちらでも調べてみました」
「ではこちらへ」
3人は、一つの小さな部屋に入って椅子に座る。
「曲を奏でるには、歌と楽器と人が要りますね。その3つは全て、かつてシャトーティエリーと呼ばれていた領地にありました。その領地は3分割され、それぞれ3領地へとひとつずつ分けられました。歌‥‥つまり『譜』はラティールへ。『器』はドーマンへ。『人』はシャトーティエリーへ。でも、『人』は、長命のエルフ‥‥えぇ、私達のようなエルフであっても、いつかは消える命を持つもの。つまり、『人』は受け継がれていくものなのだと考えました」
「そうだろうな。ただ、弾く事は楽器を奏でる事が出来る者ならば可能だろう。特定の『人』が居る理由は何だろうか」
「恐らくは、あの地には元々バードが居なかった事が根底にあると思いますね。かつて『地下帝国』があった場所として、その事を領外に漏らさないよう、旅人の出入りを極端に制限した過去もあります。伝承を伝える役目も持つバードはそれこそ天敵のようなもの。だから、領地内から決して外に出さない『バード』が居たのでは。そして、『譜』と『器』。どちらもあれば私達でも奏でる事が出来る『魔曲』でしょうけど、その『人』にしか伝わっていない何かがあるのでは無いかと思うのですよね」
「そうか‥‥。話によると、この器をデビル達が狙っているらしいのだが。デビル達がもし自分で奏でるのならば、『人』は必要ないのだろうか」
「そうですね。『譜』を求めているという話は聞きません。『譜』は内容を覚えれば必要ないものですしね」
「あの‥‥フランカさん。7つの楽器がある事はどう思われますか」
「『譜』を見た事がある人を知っています。一般人では分からないかもしれませんね。あれは‥‥」
少し笑って、フランカは告げた。
「複雑な『譜』なんです。最低でも3つ。3つの楽器が、それぞれ別の音を奏でるように出来ているんですよ」
●
オデットという名の娘が居る。
少し前まで呪いで生死の境を彷徨っていたエルフの娘だ。今は白教会にて留まり、少しずつ教会の手伝いもするようになったと言う。その回復力は目を見張るものがあり、少し前に来た冒険者も驚いていたようだった。
「『双子の呪い』と言うそうだな」
娘はそう、冒険者に告げた。
「片方が死ねば解ける呪いだそうだ。私はじいじの双子となっていたのだ。そう聞いた。でも私は完全には回復していないし、じいじはまだ生きているのだと思う。それからひとつ‥‥気になっている事があるのだ」
娘の声に、冒険者は耳を傾ける。
「私は少し前まで、ほんの些細な魔法しか使えなかった。その効力も弱いものだった。けれども最近‥‥その威力が増している事に気付いた。‥‥じいじは、凄腕の火使いだったのだ」
呟き、娘は声を顰めた。
「‥‥じいじから預かっている物は、確かにある。だがこれは写し。本物はどこかにあるはずだ」
その日、少女は残された宿屋をいつものように掃除していた。
両親を含めた故郷の人達を全員亡くし、養母も亡くした、周囲から見れば不幸な娘だった。だがそういった子供は少なくは無い。本人はそれを特別不幸な事だとは思っていなかった。自分のような者を支えてくれる人が沢山いる。それだけで充分幸せだった。
だが最近、少し何かが変わった気がする。例えば、そう‥‥。
「誰‥‥?」
「あらら。見つかってしまいました?」
振り返ると、そこには黒髪の女性が立っていた。朗らかに笑っている。
「実は、貴女に探して貰いたい物があって、来たんですよ」
「何?」
「少し、楽器を」
そう言うと、女性は彼女の前に一枚の絵を差し出した。
「この人、貴女のお父さん、よね?」
●リプレイ本文
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「‥‥アンジェル!」
ウリエル・セグンド(ea1662)の利き手が腰の柄に触れる。少女の前に立ちはだかった男に、女は微笑んだ。
「‥‥ウリエル‥‥さん?」
「黒髪のエルフ‥‥」
宿屋の扉を開けた所で彼らの目に飛び込んできたのは、アンジェルが見知らぬ女の手を取ろうとしている瞬間だった。黒いローブに黒髪のエルフ。怪しいとしか言いようが無い光景にウリエルが真っ先に飛び出したのだ。後に続いたアリスティド・メシアン(eb3084)はその女の横顔を見つめる。
「久しぶりの再会を喜ぶ‥‥という状況でもないみたいね」
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)の言葉に、女は被っていた帽子を取った。
「何か勘違いなさっているようですが、私は彼女に少しだけお手伝いをお願いしに」
「歌って、欲しいって‥‥『譜』を持ってるのかって‥‥『器』を探して欲しいって‥‥」
「出来れば僕達と一緒に居て貰えると安心なのだけれども。僕達もその用事と‥‥」
「貴女にきちんとした身元の保証があれば納得できるんだけど?」
アンジェルを守るように集まった3人に、女は頷き名乗った。フランカ、と。バードギルドの客人格であると。そして彼女は告げる。フランカがアンジェルの父親を知っている事。アンジェルの父親はシャトーティエリー出身者であり、成人前に森の村へ兄弟を連れて移った事。その手助けを自分がした事。彼にはセザールと言う名の弟が居た事。
「‥‥急にそんなに沢山明かされても、困るわ」
「こちらも色々事情がありまして」
「でも何故、そんな内部事情まで知ってるのかな」
「悪魔が力を持ったら困るでしょ」
余り答えになっていなかった。
ともあれ女を置いて別室に行き、今回の目的や事情をアンジェルに話す。
「‥‥あの人と一緒に行くか‥‥? 自分に関わる可能性があるなら、知りたいだろうし‥‥」
「ウリエルさん達と‥‥一緒が、いい」
そう言って真っ直ぐにウリエルを見上げた少女に、ウリエルもうんと頷く。
「呼ばれてる気が、って言ったけど‥‥。どこかで特別な楽器とか‥‥歌とか‥‥そんな伝説や、話、聞いたこと、あるか?」
「父は‥‥歌って、くれたの」
アンジェルは音痴である。楽器も上手くない。幼少時から父親と歌っても上手く歌えなかったと言う。だから父親は、彼女にひとつだけ忘れてはいけない歌を教えた。それを彼女は3人の前で歌ってみせる。どうやら場所を指す歌のようだった。
「故郷の村、かしらね‥‥」
そこは、最早誰も居ない廃墟。
ミフティアが行ったサンワード、フォーノリッヂの結果では、黒衣の女性だけ分からなかった。黒衣の女性など腐るほど居ると言う事だろう。楽器についても分かるものと分からないものがあった。ただ、譜だけはハッキリ告げた。ラティール、シャトーティエリー、デビルロード入り口、パリ内。だが指定された位置は道路のひとつであり所持者が移動していると思われた。デビルロードは内部という事だろう。後の二つは分かる者には分かる場所であったので手分けして向かう事になった。ミカエル・テルセーロ(ea1674)がバーニングマップを使いながら、呟く。『道よ』と。
だがその前にオデットである。シェアト・レフロージュ(ea3869)がムーンフィールドを張り、ミカエル、ユリゼ・ファルアート(ea3502)、レイズと共に中に入った。
レイシオン・ラグナート(ec2438)が以前見たオデットに記されていた痣の絵を見ながら、ユリゼが出来ればまだ体に残されているか見せて欲しいと頼む。応じた彼女の背には黒い痣が花開いていた。レイズが息を飲む。以前見たものよりも大きくなっているからだ。
「つまり、呪いは解けていない‥‥」
唇を噛んだミカエルへと、オデットは目をやる。
「畢竟、じいじは生きている」
そう信じると告げる彼女に、ミカエルも強く頷いた。
「そうだね。へこたれている場合じゃない」
痣の形は、デビルロードに咲く赤い花とは違って見える。大きくなった事で細部まで見やすくなった痣をユリゼが再度丁寧に描き写した。
「‥‥どこかで、これに似た物を見たような‥‥?」
シェアトも首を傾げる。ユリゼとミカエルも同意見だった。次に見ればハッキリと分かるだろう。
「後、資料を預けたお屋敷についてだけど‥‥。あそこは貴女とどんな関わりがあるの?」
ユリゼの問いにはシメオンの知り合いと答えた。
「これが‥‥『黄昏の譜』。シメオンさんの持ち物で地図などは?」
オデットから渡された譜の写しを貰って見つめたミカエルだったが、歌の内容しか読めなかった。そこには複雑な旋律が並び踊っている。シェアトも受け取り最低でも3人で合奏する事で出来上がる曲であると理解した。だが初級者にはまず弾けないだろう。彼女のように卓越した演奏技術があっても、即興で合奏できるような甘いものではなかったから。更に加えて歌うとなると。
「私が聞いた歌は、この譜よりも緩やかなものでした。譜によって、違うのでしょうか‥‥それに‥‥」
その譜は、途中で途切れているように思われた。曲としてはあまりに突然な終わり方をしている。
「私の力は増している。日に日にだ」
教会に預けたまま去ろうとした一行へ、オデットが声を掛けた。
「戦力になれる。デビルロードヘは連れて行ってくれ」
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調査魔法の結果分かった楽器について。
ドーマン領主の妻曰く、黒色の楽器を昔、シャトーティエリーに預けたとの事。魔法によると場所は領主館付近。代わりに1人のハーフエルフを預かり彼女は村で暮らしていたが、2年前に出て行ったらしい。何者なのか妻娘は知らない。
白と黄はバードギルド。緑と紫はデビルロード入口。赤は不明。そして青は。
「‥‥発掘、する?」
「天使も堕ちる時があると言いますが‥‥」
レイシオンは、廃墟となった神殿跡地の地面を見つめた。この神殿跡地を地下から抜けるとかつてのラティール領所有別邸近くに着くのだが、魔法によると場所は神殿と別邸の間だった。
「神殿が崩壊したと同時に楽器も埋もれてしまったという可能性はありますが、ここについてはパリでも文献を調べてきました。この場所が朽ちた背景は分かりませんが、100年は前の事のようです」
「別邸には地下があったわよね」
ぞろぞろと地下を通って地上に出ると、館前には門番ではなく管理人が居た。名乗ると中に通してくれたので、言われるままに地下へと降りる。
「何となく、えぇ何となくだけど。力任せの便りが家かギルドに届いている気がしたの」
「男装もよく似合うね」
レティシアの怒りに似た炎は、あっさり受け流された。地下にあってずっと開ける事が出来なかった扉が開いている。そこにミシェルが立っていた。彼はあっさりとこの奥に『青色の器』があると告げる。幾つかの扉を様々な物を使って開けた後の最後の部屋に、それはあった。名は『アナエル』。神殿があった頃はそこに保管されていた物らしい。
「‥‥呼んでる、気がする?」
ウリエルがアンジェルに尋ねたが、彼女は首を振った。
楽器を手に、皆はそのままアンジェルの故郷へと向かう。
「歌には目印が幾つか入っていましたが、見事に何もありませんね」
「バーニングマップを使います」
ミカエルが地図を広げた。レイシオンは村跡を一周して、ごく一般的な構造の村であった事を理解する。教会を中心に作られている。ならば恐らく教会の内部も奇を衒った形になっていないだろう。
「歌からすると‥‥この辺りでしょうか」
「間違いないと思います」
教会があったと思われる場所から少し離れた家跡に入ると、真紅色の小さな卓がぽつんと置かれてあった。
「‥‥楽器? これが?」
「でも魔法では赤色の楽器の場所は出なかったんですよね?」
ともあれ、小卓を担いでパリに戻る事にした。側面に鍵穴のようなものがついているから、鍵が必要なのだろうと思われる。
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パリを出る前に、レティシアとレイシオンはある教会に行っていた。
「ある人に語った呪いの話を聞きたいの。双子の呪いは3領地に昔から降りかかるものなの?」
「その呼び方は知らないけれど‥‥」
呪いの事を知ったのは、自分の身に降りかかった異変からだった。ジブリルはベッドに横たわっている。背中に黒い痣がある事を教会の者が告げた。彼女自身相当具合は悪いらしいが、神職であった者の矜持なのか微笑んでさえ見せる。
彼女は呪いのカラクリは知らないのだ。彼女がある神父に教えたのはシャトーティエリー家の事、自分の事。宝石の意味もローランに教わった事であり、身代わりはその場で望む事で叶えられるのだと言う。
「誰かの為に死ぬ事、その人がどう受け取るのかよく考えてみて欲しいわ」
「ローランは力を喪った。だから私が与えてあげたい。糧となり、寄り巫しとなり、土壌となる」
「本当にローランは、それを望んでいるの?」
「あれをくれたのは貴女ね」
彼女は微笑んでいる。
「有難う。もう充分だわ。だから‥‥貴女は行って。生きて」
荘厳な鐘の音が鳴った。レイシオンが顔を上げる。祈りの時間だ。
「彼女は間も無く命を天へと還す事になるそうですね。‥‥その前に、デビノマニに協力をしようと言う事でしょうか」
「あの男がデビノマニかどうかは知らないわ。けど‥‥」
レティシアは教会を振り返った。これと似たような事がかつて、同じ場所であった。その時に逃げ出したハーフエルフは今、どこに居るのか。
「双子の呪い‥‥。貴方は、お相手から何を得られたのでしょう。何を差し上げたのでしょう?」
ラティール教会で、シェアトは椅子に座りベッドのシーツをそっと直した。そこにはドーマン領主が眠っている。テレパシーに反応は無かったが、子守唄を歌う。そして、かつて自称占い師から聞いた『歌』を歌い始めた。彼女が知り得る、今回の事に関する『歌』はこれひとつしか知らない。
「けれど‥‥世には多くの歌が溢れ、生まれています。どうか捕らわれず‥‥多くの歌を聴いて下さい。まだ貴方は生きて‥‥」
歌いましょう、廻る命を。奏でましょう、たゆとう時を。想いを持たぬ歌は無し、意味を綴らぬ譜はあらず、
「私も‥‥捕らわれぬよう‥‥そう、望みます」
「シェアト」
声を掛けられ、彼女は振り返る。そこには羊皮紙を持ったアリスティドが立っていた。
「約束、したね」
教会前に、彼女は佇んでいた。シェアトが気を利かせてそのまま中に入っていき、アリスティドはエリザベートの頭にそっと布を被せる。雨がしとしと降っていた。
「お忙しい事は分かっているんですけど‥‥どうしてもお会いしたくて」
「いつでも会いに来るよ」
そう微笑んだアリスティドに、彼女は羊皮紙を差し出す。それを開いてざっと目を通しオデットが持っていた物と同じ物と把握した。
「ミシェルさんから必要なら渡せばいいと言われました。これが、私が保管する最後の『遺産』です」
「うん、有難う」
少し複雑そうに笑ったアリスティドは、だが教会の中に入ってから彼女を見つめる。
「僕の望みをまだちゃんと言っていなかっただろうか。君との未来は君1人の我が儘じゃない。その夢、共に叶えて行こう?」
目を見開いた娘に差し出した指輪に、ようやく彼女は笑った。
「私も、同じ物を用意していました」
●
オデットの資料を預かっているというベッケル子爵の館を神隠しのマントを使って近くに潜り込んだユリゼは、魔法を使用する。ミラーオブトルースは地上では少なくとも引っかかる所は無いようだった。とは言え、彼女が単身館内に潜り込むのはマントを使っても厳しいと思われる。見張りや兵士に会わないようある程度進んだ所で隠れながら地下を魔法で見た。
「‥‥オデットさんは、確かモンスター研究者よね。子爵はそれを絶賛してて‥‥本人もモンスターに興味があった」
大きく息を吐きながら、ユリゼは皆に報告する。
「地下ではモンスターを飼っているようだったわ。でも趣味のいい飼い方じゃなかったけど」
言いながら、ユリゼは眉を顰めた。
「それで‥‥楽器は3つ?」
気を取り直して、彼女は皆を見回す。
黒色の楽器がシャトーティエリーにある事は分かっていたが、取りに行って探すまでの時間は無く、結局この場に集まっているのは。
「これも、かもしれません。少なくとも、『譜』はこれを指しましたから。中に入っているのだと思います」
ミカエルが、小卓を指した。鍵が無いから壊して取り出すという手もあったが、真紅色というのが気になる。
「それで、弾いてみるの?」
バードギルドは冒険者達に楽器を使う事を許可した。元々彼らが持ち運んだものである。断る理由は無い。
「部屋は借りておいたわ。ギルド長にも立ち会って貰ってからがいいと思うし」
そこにはバードが3人居た。皆、その楽器を使って『黄昏の譜』を奏でる事を望んでいる。だが何が起こるかわからない。
まず、写し、本物、両方を通常の楽器で合奏してみた。繰り返し2、3回弾いてみたが、特に変化は無いようだ。
その後、写しを3つの楽器を使って弾いてみる事になった。
「‥‥」
それは、誰でも気付けるほどの違いである。音が違う。だが奏者達は半分も弾かないうちに気付いた。自らの中に湧き上がるものに。
「‥‥歌う?」
とりあえず、弾き終わっても周囲に変化は無かった。だが脈々と自らの中に息づく感覚が3人の中に渦巻いている。
「‥‥私がある方から聞いた『歌』を奏でても宜しいでしょうか」
あまり良い予感はしなかった。周囲に居る者たちには分からなかったが、3人は声を交わさなくても知っている。
「通常の楽器との差を知りたいのです」
「‥‥シェアト。とりあえず歌うのは止めたほうがいいかもしれない。奏でるだけで」
言われて彼女は弾き始めた。その後方で、レティシアがそっとテレパシーを放つ。宛てたのはミシェル。内容は何でも良かったのだが‥‥。
「‥‥信じられない」
「やっぱり、そう?」
シェアトの演奏は続いていた。
「ごめん、みんな。今からスリープ掛けさせて貰えるかな」
よく分からない風の皆の承諾を得てから、アリスティドはスリープを掛けた。彼が同時に最大でかけられる最高人数は5人。この室内には8人居た。だが見事にシェアト以外の6人が眠ってしまう。その少し後に奏で終わったシェアトが立ち上がり、2人で皆を起こして回る。
とりあえず彼らが体感した結果を話し、今後これらをどう保管するかで彼らはしばし悩むこととなった。
「お会いしたいと思っておりました」
バードギルドの前で。レイシオンはフランカと偶然会った。
「単刀直入にお聞きしたい。貴女は、人でしょうか」
「エルフに見えない?」
「黒髪の、ですか。手にする者次第で本質が変わるかもしれないという力を、貴女はどう使うつもりなのですか」
「私は、使わないわ」
彼女はそう告げ、黒衣姿で微笑んだ。