魔曲デビルロード〜4の譜と7の器〜

■イベントシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 17 C

参加人数:14人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月15日〜12月15日

リプレイ公開日:2010年01月04日

●オープニング

 この歌は、貴方達、『人』の物語である。


 響き渡れ、この声よ。
 空を覆い、天を駆け、海を渡り、永久(とこしえ)を呼び起こせ。
 全ての生は、土の下より出で、
 全ての生は、土の下へと還る。
 生まれし時より、その魂は神に縛られ、
 その鎖は永劫に断ち切れぬ。
 
 呼び覚ませ、その因業を。
 腐り落ちても忘れぬその絆を。
 そして歌え。そして奏でよ。
 縛られしその魂を解き放て。


 それは、ブランシュ騎士団橙分隊によって、正式に冒険者ギルドへと依頼されたものだった。
『デビルロードの完全なる消滅もしくは機能停止』。つまり、無力化する事。だがどうすれば無力化できるのかは分かっていない。
 デビルロードには7つの塔がある。6つはデビルロード内の地上に。1つは空中に。存在する。そこから流れ出した黒い霧は、モンスターと共にドーマン領へとやって来た。その半ば以上を覆い尽くした霧は既にシャトーティエリー領まで入り込んでいる。
 ラティールも含めた3領地の地下には、かつて『地下帝国』が存在していた。そこに眠る秘宝を求めた者達の手によって迷路の如く掘り進められた地下だが、その一部にまで霧は入り込んでいるのだと言う。地下を通って避難させる事は困難かつ危険であり、結局ドーマン領から逃げた人達は、冒険者や騎士団の力も借りて、隣のラティール領、或いは他の場所へと移って行ったのだった。同時に、デビルロード内の探索も進められたが、その結果は過去の報告書を紐解けば、仔細分かるかもしれない。
 デビルロード内の塔には3人閉じ込められている。2人は橙分隊員。1人は老エルフ。今、こうして依頼文を読んでいる間にも、彼らの命は魂と共に徐々に『塔』に吸収されているのだと言う。特に、元々デビルとの契約で魂を奪われ、且つ呪いで生命も弱っていた老エルフ、シメオンは既に命無きものと思われていた。だが、彼と共に、『徐々に衰弱していく呪い』に掛けられていた孫娘、オデットが、まだ一縷の望みはあると告げた。
「デビルと契約を交わしたその事実は重大なる罪であるにせよ、彼自身はそれまでにも多く功績を残しています。又、その裏に何か事情もあったのかもしれません。罪の大小ではなく、我々は騎士として、このノルマンの民の1人を救いたいと言う事です」
 橙分隊長はそう話す。
 分隊員のほうについては言及しなかった。まずは一般人優先という事だろう。どちらにせよ、人の命を吸い上げた塔がどうなるのか、良い予感はしない。
「それから‥‥デビルロード内にあった赤い花の事ですが、多くが枯れていたようです。厳重に袋に入れて持ち帰った物を冒険者の方が調べたようですが、毒性のある花である事以上には分かりませんでした」
 デビルロードの。そして7つの塔の目的は『楽器』。真実求めているのは、『7つの魔器が揃うこと』だと予想された。勿論それが全て揃えばどうなるのか。デビルにとって有利になる事ばかりに違いない。
「魂でも楽器でもない、最後の抜け道が『宝石』であるらしいとは聞きましたが、全ての塔に存在する3つの選択には、『呪いという名の罠』が仕掛けられているとの事」
「そもそも、その3つの選択に正面からぶつかる必要は無いだろう。どこかに、こちらが犠牲を強いない、或いは最低限の犠牲で済むような方法があるのではないかとも考える。どちらにせよ‥‥」
 分隊長の隣に座っていた黒髪の騎士が、静かに呟く。
「犠牲になるのは我々でいい。デビルの真の狙いを解き明かし、必ずデビルロードを崩壊に導けるよう、尽力を頼みたい」


 俺は知らないのだと、レスローシェの長は言った。『人』が何を示しているのか、知らないのだと。恐らくバードなのだろうし、もしかしたら冒険者が言うようにハーフエルフなのかもしれないが、真実は分からない。
 知っていそうな男、例えばシャトーティエリー領の領主代行などは、成すべき事があると領地を離れてしまっているし、更に詳細を知っているかもしれないドーマン領主は未だ混沌とした眠りについている。
「兄貴の事は放っとけ。すこぶる何考えてるか分からん奴だけど、あいつだって妹の事だけを考えてたわけじゃない。叔父貴も『お前に出来ると信じよう』って言ってたわけだし、色々知ってるんだろ。どーせ俺だけ知らねぇよ」
 と、レスローシェの長はいい歳をして拗ねていたが、既にシャトーティエリー領の領主の証は譲り受けているらしく、近いうちにパリに行き、世代交代のお伺いを立てるという事だった。恐らく近い将来、さぞ面白い領地が出来上がるのだろう。
「とにかくデビルロードを何とかしないと、俺の『素敵領地大改造計画』にも響く。俺に出来る事はやるから言ってくれればいい」
 新しくシャトーティエリー領領主代行になった男、エミールはそう言って『金銭面以外の助力』については約束した。
「後‥‥兄貴の罪の事だけどな‥‥。兄貴はパリで裁かれる気は更々ないみたいだ。どうせ死ぬならやるべき事を全部やってから、って事だろうと思う。あいつはあいつで、デビルロードを何とかする気なんだろ。教会のヤツラにバレると、あいつ1人の罪で終わるかどうか自信ない。連帯責任問われるんじゃないかな。‥‥さすがに、今、3領地で機能してる貴族が俺1人じゃあなぁ‥‥色々キツい。教会のヤツラに太刀打ちするのもキツいし、治めるのもキツい。誰か協力してくれないかなぁ〜」
「‥‥」
 と言ってました、と、無表情に彼の護衛であるジャイアント女性が冒険者達に告げる。
「私は『罪』について存じませんし、知る者は少ないほうが良いのでしょう。地下帝国については解決したとは言え、未だ主犯格の1人、ガストンは逃げ延びておりますし、デビルロードの影響もあります。少なくとも、それらが落ち着かない事には‥‥異端審問官が来るという噂もありますし、これ以上のダメージは抑えたい所です」
 そう言うと、彼女は冒険者へと依頼内容を話し始めた。
 彼女からの依頼は、冒険者ギルドを通していない。
 これは、内密裏の依頼なのである。


「本当に‥‥久方ぶりに見ますね。相変わらずお美しい限り」
 男はそう言うと、手に持っていた緑色の器を台座の上に置いた。
「‥‥奏でたければどうぞ? 私はここで拝聴させて頂きましょう」
「‥‥」
 男の対角線上に、女が1人座っていた。黒い髪が風に揺られて靡く。
「まだ、『時』は来ていない。他の器が集まらなければ詮無い事だ」
「『時』は『黄昏』から始まるもの。でしょう? 貴女は知っている。何せ、最後の『譜』の持ち主ですからね」
 女は黙ったまま立ち上がった。そのまま下方を見下ろす。その地上で、じっとこちらを見上げている顔があった。
「『双子の呪い』とはよく言ったもの‥‥。双子は永遠に切れず、永劫に縛られる絆を持ち、死して尚、片割れの礎となるしか無い。まるであの紅花のように、片割れから養分を吸い取り成長する‥‥」
「貴女も吸収すればいい。片割れから」
 男の笑いにも女は振り返らない。
 その眼下に広がる大地には、緋色の芽が咲いていた。

●今回の参加者

ミカエル・テルセーロ(ea1674)/ ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ ラシュディア・バルトン(ea4107)/ レティシア・シャンテヒルト(ea6215)/ デニム・シュタインバーグ(eb0346)/ アリスティド・メシアン(eb3084)/ アーシャ・イクティノス(eb6702)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ 尾上 彬(eb8664)/ ライラ・マグニフィセント(eb9243)/ エルディン・アトワイト(ec0290

●リプレイ本文


 覚悟なら、とうの昔に。
 青い塔を見上げながら、ミカエル・テルセーロ(ea1674)は小さく呟く。真剣な眼差しで強く見つめる彼の隣で、アーシャ・イクティノス(eb6702)が、すうと大きく息を吸い込んだ。
「シメオンさん、元助手が助けに来ましたよ〜。冷たい態度したら助けるのしぶっちゃいますよ〜」
「わっ‥‥。こんな所で叫ぶなんて、正面突破する気満々ですね‥‥」
「だって騎士ですから! 新婚ですから! 熱いですからっ!」
 しゅぼーと燃えたぎるアーシャの後方は。
「って言うか、何で俺まで連れてきたぁあああ!?」
「背中は任せる! もしも逃げたら‥‥分かっているな?」
「知るかぁあああ!」
「聖夜は、俺と2人っきりで食器洗いな」
「ジャイアント共の罠から華麗に逃げ回った俺の実力を知らないな?! 罠なんて張っても引っかからないからな!」
「‥‥」
 騒々しかった。
 以前来た時は敵が出なかったが、これだけ自己主張の激しい訪問だと、思い切り敵に知られている気がする。そう思いながら生温かくジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)と、彼に一方的に連れて来られたポールを見ていると、「あれ?」とアーシャが声を上げた。
「何か出てきましたよ?」
「‥‥えぇ。これだけ騒がしければ、寝た子も起こしますよね、えぇ」
「ん? もしかしてミカエル、怒ってるのか?」
「怒ってません! えぇ、怒っていませんとも」
 そう答えたミカエルの口から紡がれた言葉が、塔から出てきた敵を焼いて行った。


 有名な橙分隊を救出する作戦、もうお前達に託すしか! と巧み(?)な話術と土下座で巫女レンジャーなる者達を連れ出したジラルティーデだったが、爽笑の男達が巫女服で後方に立っている様は何となく嫌なものである。そんなここは、黒の塔前。
「ほんと、あの門通るのギリギリだったよな。お前はここで待ってろよ、アイリス」
 ペガサスを塔前に待機させたファイゼル・ヴァッファー(ea2554)だったが、不意に背中に衝撃を食らってもんどり打った。
「なっ‥‥いきなり何するんだ、アナスィ‥‥」
「別に? 何となくムカついただけよ」
 女心を行動で示したアナスタシア、イコールアントニナは、あっさりと回し蹴りした足を引っ込めて、同行者達へと振り返る。
「テレパシーに返事は無いね。‥‥ここからだと届かないほど遠い場所に居るのか、それとも‥‥」
「テレパシーが届かない場所、か? 意外と、上の赤い塔の中に転移してたりしてな」
「今は見えないけどね」
「何、あんた達、あたしの事無視?」
「ちょっ‥‥アナスィ! 踏んでる! 俺の背中踏んでるから!」
「まさか、無視だなんて。行動力のある素敵な女性だなと思ってね」
 アリスティド・メシアン(eb3084)が微笑む。その隣で尾上彬(eb8664)も、とりあえず頷いておいた。ここで突っ込みを入れると自分に災難が降りかかる気がしたのである。自分が傷つくほうが楽だと考える彬であるが、余計な傷は必要ない。
「ふぅ‥‥なんかアナスィ、パワーアップしてるよな。とりあえず、上ってみるか?」
 ようやく起き上がったファイゼルが、開いたままの黒門を指差した。


「みんな‥‥ありがとう。本当に」
 黄色の門は大きく開いていた。ユリゼ・ファルアート(ea3502)が改めて、同行者達に礼を言う。
「きっと無事です。そう信じて参りましょう? ね、リゼ」
 サクラ・フリューゲル(eb8317)が、にこと微笑みながらユリゼの傍に寄った。思いつめた風な彼女が不安だったのだ。
「だな。やっぱり頑張ってる人は、報われるべきだろ」
 ラシュディア・バルトン(ea4107)が、うんうん頷いている。
「とりあえず皆、離れないよう、離されないよう、注意しようさね」
「そうですね。僕は、盾となって皆さんを護ります。‥‥フィルマンさんたちがいれば、同じ事をしたはずですから」
 荷物持ち兼護衛ライラ・マグニフィセント(eb9243)と、皆の盾となるべくやって来たデニム・シュタインバーグ(eb0346)、それから何かを思うように時折ふと空を仰ぐシェアト・レフロージュ(ea3869)。黄の塔にやって来た人物は、若干他と比べると多めだった。それに加えて巫女レンジャーも居る。尚、全ての塔組には橙分隊員も一人ないし二人ずつ付いて来ていた。
「天使様の名の付いた、楽器の効果なのですが‥‥」
 塔内に入る前に、シェアトが皆に告げる。
 この依頼に参加している者達の何人かが手分けして、楽器と譜の探索を行った結果、青の楽器と新たに赤色の何かが見つかった。譜は、『黄昏』の本物と写し。冒険者達が試しに楽器を使って『黄昏』を奏でてみた結果、音が聞こえている間は、月魔法を増幅する作用がある事が分かった。その場に居たミカエルやユリゼが使う魔法では変化が見られなかった為そう判断されたが、他の魔法ではどうなのかは分かっていない。又、演奏者も演奏しながら魔法を使う事は出来るはずだが、それは試されていない。そして歌詞を歌っても居ないし、回数も3回で留めてある。
 それが、人ならざる身によって作り出されたものである事は想像できた。つまり、人である身がそれを奏でる際に、何も犠牲にしていないとは限らない。同じ人が繰り返し奏で続ける事で‥‥予期せぬ何かが起きる可能性も考えられたのだ。
「で、緑と紫はこのデビルロードにあるのか‥‥。デビルの手に渡っていたら奪還は難しいだろうけど、やらない道理はないよな」
 だが先ずは黄の塔である。一行は門を見上げてから、そこを潜っていった。


 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は、3塔から少し離れた所に立っていた。隣にイヴェットとミシェル、橙分隊員が2名、巫女レンジャーが2名居る。囲まれている。
「えぇ、確かに言ったわ。デビルロード攻略の可能性は高めるべき、って。一緒に行こうっても言ったわ。リシャールの言葉も伝えたわ。貴方の事は、マイケルとも紹介しました。でもね、ちょっと‥‥積極的過ぎない? 貴方らしくないかも」
「肩の荷が下りたんだよ」
 と、ミシェル改めマイケルは告げた。
「デビル達をシャトーティエリーに足止めする役目からは解放された。今度は駆逐しなければね。その後、騎士団の方々にご足労をお掛けする事になるでしょうが」
「一人で出来る事には限りがある。何でも一人で抱え込む事は、引いては失敗を招く元となるだろう。その結果が今のデビルロードであると思い知ったか?」
 分隊長の言葉に、マイケルは笑みを浮かべる。
「デビル一体ならば抱え込む自信があったのですが、二体以上では」
「とにかく、勝手な行動は厳禁よ。一緒に行動するなら。それに‥‥後に残される人の事も、考えて欲しいわ。3領地の血筋が無鉄砲で突っ走るタイプだって事は分かってるけど、そうやって弟一人だけに押し付けても、同じ事の繰り返しになるかもしれないし。無意味な自己犠牲を選ぶとは思わないけど、そういう事は騎士の人たちに任せておけばいいの」
「‥‥無意味な自己犠牲‥‥」
 分隊員の一人がぼそっと言ったが、レティシアは大きく頷いた。
「他の方法。デビルの近くに居た貴方なら、何か知っているんじゃないの?」


 黒い霧を何とかする。この事については、サクラがレジストデビル、ホーリーフィールド、祈りの結晶を試してみた。だが赤い花咲く丘の上‥‥つまり真上の逆さになった赤い塔が全く見えないほど、丘の周囲が一番濃い霧に覆われており、そこから出ている事は間違いないように思われた。その霧が外のドーマン領、そして他2領地を覆おうと迫っており、霧を通ってモンスターやデビルが動き回っている。これを先ず改善する為にどうするのかと言うと、根本の問題である赤の塔を何とかしなければならない。デビルロードを封じる為の策が見つからない以上、敵の手に乗ってそれを打ち砕く事が今取れる一番の手ではないか、というのが橙分隊の考え方だった。
 次に、塔の中に居る人を奪還する。出来れば既にデビルの手に渡ったと考えられる楽器を奪う。代替品として挙げられている宝石を冒険者達は大量に用意した。その話も聞いて騎士団のほうでも幾つか用意したらしい。一塔に対して、塔と同色の宝石を20個。7塔あるから合計140個以上にものぼったが、実際は紫色が不足していた。皆で手分けして宝石を大量に持ち運ぶ姿は、宝石専門商隊のようでもある。光の当て方で異なる色を出す宝石に関しては、実際に置いてみて分かった事だが‥‥。
「駄目、かな」
 こちらの都合でこの色! と決め付ける事は出来ないようだった。尚、金塊は反応しない。
 レティシアが多くの護衛と共に3塔の間に立ち、3塔間のテレパシーによる連絡係を引き受けた。距離としては多少心もとなかったので思わず譜を見ながら魔器を弾こうかと思ったかどうかは‥‥定かでは無い。だがもしそうしていたならば、丘の上に立った状態で、7塔全てとテレパシーによる交信が出来たかもしれなかった。
 まず3塔で、天盤を使って塔の中、及び他塔と交信できるかが試された。同時に動かさなくても天盤の所に居れば、片方の塔が動かすだけで他塔との交信は可能だった。又、ラシュディアが天盤の所に書かれていた細かい文字を読み取り、より詳細な動かし方を他塔にも指示する。そうする事で、かつてシメオンが行ったように、塔同士ではなく、ある程度任意の場所にも声を届ける事が出来たのだ。それはレティシア相手に実験され、天盤側からは短時間ならばその場所の光景を見る事も出来た。範囲としては、赤い花咲く丘までが限度のようだ。よって、遠い塔との交信は不可能かもしれなかった。
 思わず夢中になって様々に動かしているラシュディアをせっついて、黄の塔は一番最後に内部との交信を試みた。
 反応はすぐにあった。フィルマンに対し、ユリゼが内部の構造や状況を尋ねる。同様の事は、他の塔でも行われた。黒の塔ではギスランの反応があったが、青の塔では何の応えも無かった。
「‥‥シメオンさん! 聞こえませんか?!」
 水盤には、交信相手や場所が映る。だが青の塔では何も映し出さなかった。
「ミカエルさん、やっぱり‥‥」
「いいえ、諦めません」
 立ち上がり、ミカエルは頂上へと向かう。
「オーラセンサーには反応があった気がするんだが‥‥。というか、そもそも俺はじいじとそんなに面識無かったかも‥‥」
「ジラルティーデさん、そんな事よりロープ、しっかり持ってて下さいよね!」
 いちにさんしと準備運動をするアーシャが、悩む男に声を掛けた。アースダイブで床下を探ろうと言うのである。重量の関係でポールがミカエルのロープを持つ事になった。
 頂上には楽器用の台座があるだけだったが、色の違う床に当たりを付けて床の中に潜っていく。呼吸は出来ないので時間との勝負だ。ミカエルよりは泳げるアーシャがすいすいと動いて、床下に埋もれている台座を発見した。もう一方は何も無く、そのまま潜ってもひとつ下の階に出るだけである。
「つまり、人が座る椅子はこの床を通るわけでは無いと思われます。椅子一つ分の空間は床下すぐにあるのですが、椅子も見当たりませんし」
「やっぱり転移か」
「どこに移動しているのかは‥‥アリスティドさん達の結果次第でしょうか。とりあえずアーシャさん」
「はい、宝石嵌めるんですね」
「罠の事ですが‥‥」
 発動する呪い。これはフィルマンもギスランも同じ答えを返してきた。椅子に座ると同時に『祝福する相手を選べ』という声がした事。それを声にする間も無く思い浮かべただけで景色が変わり、暗闇に放り出された事。前もって呪いがある事は聞いていたが、ギスランはその際、とっさに最近恋人にフラれた橙分隊員を思い浮かべたとの事。尚、その橙分隊員はその後、デビルロード内にて戦死している。フィルマンは前もってアントニナにという話だったのでアントニナを思い浮かべた。
「椅子に普通に座った場合、罠は発動した‥‥。ただ、アナスタシアさんには自覚症状がありません。ギスランさんの相手は既に亡くなっていますし、シメオンさんとオデットさんは時間的な事を考えると、シメオンさんが椅子に座る前から呪われていました。つまり、椅子に座る事で呪いが発動したかは分からないんです」
「そうですね〜‥‥。難しい事はよく分からないんですけども、でも宝石は人と違って犠牲にするものが少ないですから、呪いってありそうですよね」
「20個でも作動するかもしれない。それでもやりますか?」
「はい。呪いなら、慣れてるんです」
 今まで精神的に背負ってきた重みから完全に解放されたわけではないが、アーシャは頷く。
「もしも声が聞こえたら、迷わず僕を」
 二人の決意は堅い。後方で、ロープを『ぶ〜めら〜ん』と振り回している某巫女騎士と某ポールの事は気にしないでおく。


 一方で、黒の塔。
 入る前にギスラン相手にテレパシーを投げかけたが、それに対して反応は無かった。だが天盤では話が出来る。とにかくギスラン、フィルマンが居る場所は暗くて比較的狭い空間のようだ。椅子はあるがそれ以外は水盤があるだけらしい。水盤の中に手持ちの杖を突っ込んでみると比較的浅い入れ物のようだった。食事は出てこないが空腹は感じない。時折気付けば眠っている。壁天井床は全て触ってみたが、どこから空気を供給できているかも分からないくらい密閉されているように思えたという事だ。
 アリスティドは頂上でムーンアローを唱えた。対象はギスラン。だがそれは真っ直ぐ床を抜けていき、返ってこない。そこで今度は1階に降り、再度唱える。それはやはり床の下へと吸い込まれていった。
「‥‥すみません。僕が使える最大級のムーンアローを唱えさせて頂いたのですが‥‥」
「大概アリスも鬼だな。射程の事があるとしても、ちょっと痛くないか?」
「大丈夫だよ。騎士の方は装備も上等だから」
 ムーンアローは届いていたらしい。それに対する文句は特に返ってこなかった。
「地下に降りる階段とかありそうだけどなぁ」
 ファイゼルが壁をぺたぺた触る。だが見つける事は出来なかったので、地下へ降りる階段指定でムーンアロー。
「‥‥でもこれ、どうやって行くんだ‥‥?」
 光は確かに壁の中に吸い込まれた。だがどうしてもその先に行く手段が見つからない。仕掛けも無い。彼らは結果を皆に伝えた。もしも全ての塔の構造が同じなら、地下に行けるかもしれない。急ぐ必要があると思われる青の塔へと、黒の塔メンバーは向かった。
 青の塔では宝石を嵌める手段を取る寸前だった。ムーンアローも同じように動いたので、橙分隊員に頂上は任せ、彬、アーシャ、ファイゼル、ミカエルが壁を通り抜ける事にした。アリスティドとテレパシーで状況を確認しながら、4人は階段を下りていく。ランタンの光が無くては真っ暗で目の前さえも見えない状況だった。行き止まりで再度アースダイブを試みたが石壁ではないらしい。アリスティドに伝えて、ミカエルと護衛でアーシャが地上へ戻り、そこから頂上へ。分隊員に2階分降りてきてもらってアースダイブを掛け、一気にミカエルも1階へと駆け下りた。6分という時間はあまりに短い。必死で地下へと戻ると、石を嵌めたという連絡が来た。
「壁が光ってるな」
「押すか引くか何かして下さい!」
 ぜーぜー言いながら、階段を下りたばかりのミカエルが叫ぶ。それは予感だった。石を置いた時に椅子が頂上に戻れば問題は無い。だが戻らなかった場合。それ以外に何か方法があるのではないかという。
 そして、彼らは向こう側へ倒れた壁の向こうで、それを見た。
 壁に押しつぶされている、その人を。


 そして、黄の塔。
 エックスレイビジョンで頂上の床下の状況は確認した。柱の宝石も見た。テレパシーで他塔の状況を逐一聞きつつ、その事をフィルマンにも伝える。
「タイミングとしては‥‥どうなんだ? 頂上の床下にあった台座に宝石嵌めると同時に鉄壁が光ったのか?」
「光っている間しか壁を動かせないのかね? そうなると‥‥ミカエル殿には又苦労して貰う事になるな」
「僕が背負って走ったほうが速いでしょうか?」
「デニム殿とならば、あたしのほうが速い気もするのさね」
 三人が手順について相談しているのを聞きながら、天盤の所に居るユリゼにサクラが近付いた。
「青の塔が一段落するまで待ちます?」
 サクラの問いに、ユリゼは微笑を浮かべてややしてから頷く。その両手が少し震えているのに気付き、サクラは彼女をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。誰も犠牲になる事なく‥‥きっと、助け出せますから」
「うん‥‥ありがとう。平気よ」
 頂上ではシェアトがパーストを試していた。その手には黄金色の魔器がある。それを奏でながらフィルマンが塔に吸い込まれた日を指定して過去を見ると、彼女の視界に恐ろしいほど大量の情報が流れ込んできた。
「‥‥今の、は‥‥」
 思わず床に両膝を突き、改めて情報を分析する。大量過ぎて思い出すのに時間を要したが、椅子と宝石の台座が同時に沈んだ事、フィルマンが地下に居る事、沈むと同時に柱の宝石が光った事、そして門が‥‥。
「あの、模様‥‥」
 気付いて、彼女は階を降りた。ユリゼを誘い門を見に行く。
「小さいですけれど、少し光って見える模様‥‥。これと似た物がオデットさんの背中に‥‥」
「え‥‥? でも、少し似てるけど、こんな模様じゃ‥‥?」
「他の門もです。他の門の所にも似て非なる模様が‥‥合わせると、オデットさんの背中の痣に‥‥」
「え‥‥シェアト姉さん!?」
 不意にその場に崩れ落ちたシェアトを、慌ててユリゼは支えようとして失敗した。天盤を触ってそれを見ていたラシュディアの指示で降りてきた皆がシェアトを助け起こした時には、彼女も意識を取り戻している。
「シェアト姉さん! 無理をなさっていたのでは‥‥」
「いえ‥‥少し、魔法を使いすぎただけで‥‥大丈夫ですよ」
「少し休んだほうがいいさね。テントを作るから、中で横に」
 言えなかった。魔器を使った結果具合が悪くなった、とは。
「‥‥レティシアさんから連絡です。シメオンさんは‥‥」
 デニムの声に、テントを作りシェアトを寝かせていた皆は、そちらへ振り返った。


「殺したな‥‥」
「殺しちゃいましたね‥‥って、彬さん! 壁押したの彬さんとファイゼルさんじゃないですか〜!」
「じいさんー! 大丈夫かー!?」
 ファイゼルが倒れている壁を踏まないように部屋の中に入った。同時に、頂上の床が揺れたようだというテレパシーが飛んでくる。皆で鉄製の壁を持ち上げ、倒れている人をそこから助け出そうとしていたその時、不意にどすんと音がした。
「うっわー! 何か壁の上に乗った! お、重っ‥‥」
「み、ミカエルさぁん〜‥‥は、はやくしてくださいぃ〜」
「これ‥‥もしかしなくても、宝石の載った台座か‥‥!」
「ちょ、ちょっともう少し待って‥‥」
 皆、あわあわになっていた。だが何とか引っ張り出して狭い部屋を出る。その人は、かなり痩せ細っていたがシメオンだ。無理やりポーションを飲ませたが意識は戻らない。そして問題は、この状態ではシメオンがアースダイブで壁を越える事が出来ないという事だった。
「よし‥‥。壁、掘るか!」
 ポールが持ってきたスコップ片手に腕まくりするジラルティーデ。勢い良く壁に突き立てたが跳ね返ってきて、スコップの柄が顔に当たった。
「俺に対する‥‥挑戦状か!」
 がっつんがっつんと頑張る壁の向こう側では、シメオンを床に下ろした面々がその姿を見つめていた。
「息が‥‥もう‥‥」
 呼吸をしていない。ミカエルが床を叩いた。
「もう少し‥‥もう少し、待っていて下さったら‥‥!」
「教会に連れて行こう。すぐに。な?」
「じいさんの事は、もういいわよ」
 壁の向こうから、アントニナの声が聞こえる。
「充分に生きたわよ。自由気ままにね。それに、この塔は魂を吸い取る。教会に連れて行っても、魂は多分戻ってこないわ」
「アナスタシアさん!」
「その魂を取り戻せる可能性が無いとは言わないけど」
 吸い取られた魂はどこに行くのか。勿論デビルの事だ。回収するに違いない。
「つまり、大元のデビルを倒せばいいかもしれないな。デスハートンで取られたと思えばいい」
 彬の言葉に、皆は頷いた。


 魔器は、アリスティド、レティシアも其々持ってきていた。譜は写しのみを持参している。
 アリスティドが天盤での交信の際に魔曲を奏でる事で範囲が広がるか試してみようかと皆に尋ねたが、シェアトが首を振ってやめたほうがと言ったので、それは実行されなかった。
「そういや天盤触っていない塔との交信は可能なのかな」
 すっかり手足のように使いこなしているラシュディアが、他塔へ向けて動かす。緑、白、赤と反応は無く‥‥。
「ん‥‥? 誰か、居るのか?」
 反応があった紫の塔向けて、ラシュディアは話しかけた。
 一方、数人を残して他の全員で黒、黄の順に塔を回り、青の塔同様の方法で皆は地下へ突撃をかけた。黄の塔ではやはり青同様壁の下敷きになった人が居たりしたが、そこは難なく助けるとする。
「本当に‥‥心配、したんだから」
 思わずそれへと飛び込んだユリゼが、そのまま男を押し倒した。
「‥‥大胆だなぁ‥‥」
「ち、違っ‥‥フィル?」
「あぁ、うん。大丈夫」
 男は笑って変な反応を返す。先に塔に入って弱っているはずのギスランが平然と出てきたので、皆は忘れていたかもしれない。
「アナスィ‥‥どうした。具合悪いのか?」
 皆の後方で、アントニナが突然座り込んでいた。
「何か急に‥‥疲れた、かも?」
「『双子の呪い』か。そう言えば、塔に片方が入っている間は、進行が遅くなるんだったか?」
「では、ギスラン殿は?」
 その答えは、少し後に出る。
 白の塔では大量の敵が出てきたからだ。それを幾らブランシュ騎士団の一人だからと言っても少々尋常とは思えない速度で皆以上の数を屠った。その姿は、鬼気迫るものがある。
「ギスランは、鬼畜通り越して鬼になったかぁ」
 オデットの『双子の呪い』の予測はこうだ。『片方が死に近付けば、もう片方に力が注ぎ込まれる』。同じ事を、ジブリルもレティシアに告げていた。
「だが、この力は魂か命を削っているのだろうな。デビルの呪いであるならば」
 逆手にとって、使えるだけ使い倒してやるがとギスランは話す。
 尚、緑の塔では納められているはずの楽器を取り戻す事は出来なかった。楽器が何処に行ったのか‥‥それはシェアトがパーストで確認していたが、デビルが既に所持しているらしい。
 白の塔でも、皆は宝石を嵌めこんだ。宝石ははめ込むと同時に一瞬輝き、嵌めこんだ宝石をばら撒きながら台座は床下へと消えて行った。それはそのまま地下に行ったのだろう。ばら撒かれた宝石は、多少光を失っていた。
「声は‥‥しましたか?」
 その問いに、橙分隊員は頷く。『祝福』相手は同じ橙分隊員にしたから大丈夫との事だ。
 そして。


「俺の名前‥‥? 俺は‥‥」
 一瞬様々な偽名が思い浮かんだが、彼はそれを振り切って答えた。
「ラシュディアだ。そちらの名は?」
 相手はセザールと名乗る。一人で来たらしい。会話するうちに相手が弱っている事に気付き、ラシュディアは紫の塔に入る方法等を尋ね、天盤を緑、白の塔へと向けた。その内容を皆に告げ、再度セザールとの会話を続ける。
 皆は紫の塔へも向かったが、その周囲も敵に取り囲まれていた。
「大丈夫か? イヴェット」
 分隊長の前に出て守るように動くファイゼルと、付かず離れずの位置で同じように守っている彬。彬のほうは、そうと知られる事が無いよう振舞っている。
 敵の数は多く、そしてデビルの中には外見の割りに強い者が何十匹と居たが、こちらも20人を越える者たちで構成されている。薬品などの力も借りつつ皆はそれを倒し、閉まっている門に触れた。だが門は開かず、そこに文字が刻まれている事に何人かが気付いた。『祝福を受けし者のみに開かれるだろう』。
 試しにギスランが押すと、簡単に門は開いた。だが、冒険者達はその門の向こうに行く事は出来ない。何かの膜で遮られているかのように、向こう側は見えるのに進むことが出来なかった。ラシュディアの話で、セザールが呪いの相手にドーマン領主を選んだ事、紫色の魔器を持っている事が分かる。だが彼はまだ3種の選択は行っていないらしい。
 橙分隊員が何人か入っていって、皆はしばらく外で待機した。
 その一方で、シェアトはその場に座り込んでいた。赤の塔に届くようにと思いを篭めて、彼女は魔器でひっそりと他塔の頂上から『譜』を奏でていたのだ。
「シェアト姉‥‥無理は禁物だ。あたしが背負うから休むのさね」
 彼女の様態は余り良いとは言えない。サクラのリカバーも功を成さなかった。
 紫の塔のほうは、天盤の所でセザールが倒れていた。宝石はどちらにせよ足りない。セザールを一先ず塔の外まで運んできたが、一旦デビルロードを出ようという事になって、皆はそこを離れた。尚、シェアトの症状は黒い霧を抜けた辺りから回復し始め、教会にセザールを連れて行った頃にはすっかり元気になっている。
 そして。


 シャトーティエリー領。
 そこで、エルディン・アトワイト(ec0290)はパリから来た異端審問官と対峙していた。
「まず、金色のアクセサリーの事ですが‥‥。あれは」
「それではない」
「‥‥左様ですか‥‥。では、領内の‥‥デビルの件ですね?」
「ところで貴殿は何時からこちらの司祭職に?」
「私は代理ですので」
 しばらく互いの立場について睨みあいもあったが、エルディンは臆する事無く話し合いを続ける。
「領内にてデビルに加担した者は逃亡或いは捕まっております。、現在の領主代行エミール殿はその対策に奔走しており、彼らを捜索するにあたっては教会に協力致す事でしょう」
「そのエミール殿がおられないようだが」
「パリへ行っております。戻ればきちんとした釈明も可能ですが」
 そして彼は告げた。
 今現在も黒い霧は広がり、領民は不安に襲われている事。教会は責任を追及するのではなく、むしろ窮地に立たされている3領地を救うべきだろうという事。行方不明者の捜索、家族や家を失った者への救済など、それこそ慈愛の神を奉る我ら白教会の役割ではないだろうか、と。
「では、必ずやデビル加担者を捕らえた際には引き渡し願おう。ローラン、そして元領主代行、ミシェル殿もその疑いありとの事だが」
「ミシェル殿にも必ず釈明はして貰いますので」
 デビルを倒す為に加担していたフリをしていた、とは言わなかった。その自信は全く無かったのだ。
 一先ず帰っていった異端審問官を見送りながら、エルディンは考える。最も確実な、彼の身の潔白を証明する方法を。


「それで、どうするの?」
 レティシアが、ミシェル改めマイケルに尋ねていた。
「異端審問官が来ていたみたいだけど」
「君達が引き渡したいというなら、今は抵抗したい所だね」
「出すもの出してくれれば、引き渡さないわよ」
 物騒な事を言うレティシアだったが、勿論出すものとは、情報の事である。
「フィルマンさん。体調は余り良くないのですか?」
 酒場に戻ってきた所で、改めてデニムが聞いていた。その隣でユリゼも不安げにしている。
「呪い‥‥解かないとね」
「デビル倒せば解けるんじゃないか? な? イヴェット」
「そうですね‥‥ですが‥‥」
 肉皿を大量に積みながら、イヴェットは少し考えているようだ。
「まだ、紫の塔の攻略が終わっていません。楽器を嵌めないならば、後一人か二人は橙分隊から人を出す必要があります。橙分隊員は数を減らしている上に使い物にならない者が増えれば‥‥」
 呟き、彼女は冒険者達を見回す。
「‥‥既にブランシュ騎士団の登用試験に合格している者も居るようですが、冒険者の方々は、仮入隊という形でも納得するものでしょうか?」
「‥‥何の話だ?」
「今後、橙分隊の戦力はあまり期待できないとだけ、覚えておいて下さい。勿論我々も全力は尽くします」
 そう答えると、分隊長は肉を平らげ始めた。