●リプレイ本文
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「マイケルが放置しているという事は、もう脅威は無いんじゃないかと思うんだけど、探す?」
「‥‥まだマイケル読みなんですか‥‥」
パリにて、ミカエル・テルセーロ(ea1674)とレティシア・シャンテヒルト(ea6215)は、捕縛済の妖虎盗賊団と会っていた。とは言え、牢屋の檻越しである。
「ガストンが貴方達と手を組んだ‥‥或いは元よりそうだったのか‥‥。その理由、ご存知ですか?」
微笑みながら尋ねたが、顔に似合わぬ凄味があった。盗賊達は無言を貫こうとしたのだが、『魔法で強制的に教えて頂いてもいいんですよ?』と『優しく』言われ、1人が渋々口を開く。
「持ちかけて来たのは、ミシェルからだ。こっちは頭に言われてナズルを追っていた。頭は地下帝国の秘宝も探してたから、シャトーティエリーと組むのは一石二鳥だって言ってたけどな」
盗賊団とミシェルの間を繋いだのはジブリルである。それは彼女本人が生前レティシアにそう告げていた。ジブリルがそう動いたということは、背後にローランの思惑があったという事だろう。つまり、彼の主人の。
だが彼らにはまだ分からない事が幾つもあった。地下に待ち構えていた女性の事である。彼女はデビル魔法は一切使わなかった。しかし、ローランの主人を知る者には覚えがある顔だったことは間違いない。恐らく人であろうが、ローランの主人によく似た顔立ちと雰囲気を持っていた。勿論デビルである彼の人ほどの重圧感は無い。そして彼女の振る舞いは、まるで自分が盗賊団を従えているかのようでもあった。ローランの主人の影武者であったのではないか。そう考えるのが早い。実際、他にも影武者は居た。鏡が居並ぶ館に居た女性がそうだ。
「ナズルって言うのはシャーの事? ‥‥まぁそれよりも、地下にあんた達と一緒に居た女性が何者だったのか、知ってる?」
「あの偉そうな女か。ハーフエルフを使って地下帝国を地上に作ろうとしていた女な。頭は逆にハーフエルフを毛嫌いしてたけど、そこはまぁ‥‥うまくやったらしくてな。頭は女の後ろに居るデビルを利用する気だったらしいが、デビルは結局出てこなかった」
「その女の正体は知らないの? 例えば‥‥ローランという名の男が一緒に居たり、とか」
「さぁな。ガストンはよく一緒に居たけどな」
デビルが出てこなかったのは、彼女が元々関与していなかったとも考えられるが、終盤関与する前にデビルロード内に捕らわれたからとも考えられる。どちらにせよ、今現在は脅威ではない。
「じゃあ‥‥『麗しの方』は、どちらの事を指していたのかしらね」
今となってはどうでもいいことかもしれないが。
「では、ガストンが潜伏しそうな場所など心当たりは無いですか?」
問われて、彼らの潜伏先となっていた幾つかを盗賊は告げる。地図を片手に場所を照らし合わせ、2人は地上へ上がった。
「バーニングマップで検索をしてみます。ただ、盗賊団が潜伏先として使っていた場所は足がつきやすいとも考え、そこに居ない可能性もありますが」
「そうね。よろしくお願いします。‥‥私は、器の透視をし‥‥」
言いかけて、レティシアの動きが一瞬止まった。
「‥‥ここ、騎士団の領域内よ? 何してるの?」
「君の追っかけを」
「‥‥堕ちたものよね‥‥元領主代行が、変態行為に及ぶなんて‥‥」
「ミシェルさん。‥‥弟さんが苦労している時に遊んでいる暇があったら‥‥お手伝いなさるとか! ‥‥して下さい」
「一時期、ラティールで『冒険者の追っかけ』をするのが流行ったと聞いたものだから」
「それ、大分前よね。貴方、時代遅れよ」
「‥‥君達には、まだ話していなかったね。楽器も引き取りに来るならば、私の話も聞いて行かないか?」
そもそも今、ミシェルは何をしているのか。デビルロードに単身乗り込むような愚かな事はしないだろうが、楽器や譜も集まった今現在、領地内に残る事で迷惑を掛けるという理由を差し引いても、何の為にふらふら出歩いているのかよく分からない面もあった。
「妹の事があってしばらくして‥‥ガストンがやって来た。ガストンは私を扱いやすいと考えたのだろう。最初は領地の様々な問題点を指摘し解決する案を出すに留まっていたが、その内内部に切り込んできた。両親を屍状態として私が実権を握る事を言い出したのも奴だが、地下帝国や遺産の事も頻繁に聞きだそうとするようになったな。私は奴を信頼し‥‥その背後に居るデビルに与する形を取った。叔父上は勘付いていたようだが、あの人は予知者だからな‥‥。『冒険者の手を借りねば解決はしない』と言っていた。私が素気無い態度を取れば、君達がエミールを頼るであろう事は予測していたよ。領主となる者には味方が多いに越した事は無い。私が敵対する態度を示すほど、デビル達は警戒を怠り君達はエミールに頼る」
「そうかもしれないわね」
ユリゼ・ファルアート(ea3502)が説明に対してそう答える。そして、ちらとエルディン・アトワイト(ec0290)へと目をやった。
「‥‥ガストンに罪を被せて貴方を無実にするという計画中に堂々とパリにいらっしゃるのは、ひっじょーに困るのですが?!」
と、酒場に入るなりミシェルに詰め寄りかけたエルディンである。
「そう。エミールも入れない場所に君達を案内しようとやって来たのだが、仕方ない。帰るとし」
「ささ、こちらのワインでも一杯どうですか」
ころりと態度が変わったエルディンの傍から、アーシャ・イクティノス(eb6702)がにょきと顔を出した。
「ミシェルさん! このピアス、どこに使うのですか〜〜〜〜〜!」
その手の平には魅了のピアスがのっている。この事が気になって気になって夜も眠れないアーシャである。それを見たミシェルは僅かに目を細めた。
「場所は幾つかあるけれども‥‥君達が望んでいるのは、『器』だろうからね」
一緒にワインを飲みながら、アリスティド・メシアン(eb3084)が向かい側に座る。その傍にデニム・シュタインバーグ(eb0346)が立った。元は彼がリシャールから預かったものである。リシャールからすれば、唯一の母親の形見というべきものだった。
「ガストンの居場所に心当たりはありませんか? ミカエルの魔法では場所が特定出来なかったので‥‥。シャトーティエリーの館でパーストを使うしかないかなとも考えていました。器も譜もありますから」
「その方法は勧めない。人が簡単にデビルの魔手に嵌るのは何故か知っているか。強い力に弱いからだよ。その効力に魅入られ溺れる」
「それは‥‥分かっているつもりですが」
人がどれだけ修行しようとも到達できない領域に、魔器は誘ってくれる。一度踏み込めば、その魔力には抗い難い。
「では‥‥」
「皆、待たせたな」
突然、扉が開いて声がした。冒険者達以外の客達もその声に振り返ったが‥‥。
「‥‥凄い荷物ね。どうしたの?」
ユリゼがそちらに寄って、彼が背中に背負っている物の方向へと回りこんだ。
「あぁ、ちょっと重くてな」
皆の傍まで行きどっこいしょと巨大な袋を下ろした彼は、汗を拭う。
「これは豪勢だな」
尾上彬(eb8664)が音で気付き、にやと笑った。
「え、まさかセイルさん‥‥」
「あぁ。男に二言はねぇよ。じゃんじゃん使ってくれ」
セイル・ファースト(eb8642)の笑顔が輝けるほどに眩しいと、奢ってもらう立場の人たちは思った。それにしたって持って来すぎじゃないかとは誰かが思った。庶民にとっては雲の上を掴むような大金を袋の中に詰め込んできた男は、まるで聖なる夜にプレゼントを配る使者のようにも見える。神々しい。有難う、セイル。君の献身は忘れないとも!
「‥‥って、何やってるんだ‥‥? リリア」
「はっ。こっそりテーブルの下から実況してたのにバレてしまったわ!」
「何時の間にもぐりこんでたんですか〜。お久しぶりですねっ、リリアさん。お会いしたかったですよ〜。セイルさんのお金で、レスローシェの執事喫茶を貸しきるつもりなんです。良かったらご一緒にどうですか〜?」
アーシャも一緒になって潜り込み、楽しく趣味の会話に没頭した。父親が大変な事になっていると言うのに、いつまでも変わらない娘である。
「じゃあ‥‥シャトーティエリーに向かって出発する?」
ユリゼが皆に尋ね、大盛り上がりの2人の娘を引っ張るようにして、皆はリリアが用意した馬車に乗り込んだ。
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ガストンの潜伏先は、デビルロードだった。毎度のバーニングマップは、デビルロード内に目的物がある場合はその入り口を指す。その場所を告げたのはミシェルだが、ガストンの主人であるデビルはローランと同じだろうと言う事だ。
「まぁ‥‥ガストンは、デビルロードに入ったついでにさくっと捕まえる事にして‥‥」
楽しい打ち上げ会の前に、もうひとつする事があった。
「‥‥何で兄貴が一緒に居るんだ」
「打ち上げ会にお誘いされてね」
「‥‥散々人に苦労掛けといて、打ち上げには参加するのかよ‥‥」
「お誘いしてないから大丈夫よ」
肩を落としたエミールをレティシアが慰める。それを遠目に眺めているフィルマンの笑みにユリゼは気付き、何となく脇腹を突きたくなったりしたが、止めておいた。黄の塔から救出した時は不調なようだったが、デビルロードを出てからは概ね一般的な生活はこなしている。だが彼がそれ以上の日常を送る事が出来ない事を、ユリゼは知っていた。容赦なく突っ込みを入れて倒れてしまったら困る。そして、こういう感じは実に居心地が悪かった。
「‥‥早く、呪い解かないとね」
「ユリゼさん。フィルマン様には馬車で待って頂くのはどうでしょうか」
目ざとくデニムが気付き近付いてくる。
「そうね‥‥。うぅん、でも、本人が大丈夫と言ってるから‥‥」
その言葉が当てにならない事も知っているが、ユリゼは首を振った。
一行は、そのままミシェルの部屋へと向かう。途中両親が居た部屋を見かけた彬は、十字架が飾られている扉に向かって一瞬黙祷を捧げた。あの頃、ミシェルに仕えたままであったなら、色々と違う経緯を辿ったかもしれない。全ては終わった事だが。
ミシェルの部屋は、すっきりと整頓されていた。ミシェルが机の裏側にある何かを引っ張ると、天井の一部が開く。そこに梯子を掛け、天井裏から彼は木箱を持って降りてきた。古いが綺麗な意匠が施された、女性が小物などを入れる箱で、アーシャにピアスで開けるよう促す。
「開くのは扉だけじゃなかったんですね〜‥‥」
「『扉』だよ」
中には黒塗りの笛があった。それをレティシアに渡している間に、彬が梯子を上りきってしまっている。
「お‥‥。ここ、抜け道だな。どこに繋がっているんだ?」
「君が知る必要はない」
「随分冷たいな」
「君はこれ以上ここに関わる必要はない」
「彬。その辺に妹との恥ずかしい肖像画とか転がってない?」
「どれどれ‥‥探してみるか」
「2人とも‥‥酷いね」
「アリスほどじゃない。うん」
「人の頭の中覗くなんて、そこのバード2人は相当好色な事やってんなって思うけど、そこんとこは突っ込まれた事ないのか?」
「‥‥アリス。ちょっとそこの弟に、魔曲と器使用超越的ムーンアロー唱えてもいい?」
「殺人者になったら庇いきれないから止めたほうがいいと思うよ」
「後、透視や千里眼を使った事はあっても、頭を覗いた事は無いわ」
「それも充分‥‥」
などと言う会話を繰り広げながら屋根裏探索に乗り出す人々が居る一方で、デニムはリシャールを迎えに行っていた。
「お疲れ、リック。‥‥初めまして、アンジェルさん。僕はノルマンに仕える騎士、デニム・シュタインバーグです。長旅で疲れてませんか?」
「馬車で2日もかかってないのに長旅も何も無いだろ」
「アンジェルさんはまだ少しお小さいのだから、そんな事言っちゃ駄目だよ、リック」
「‥‥この前13歳‥‥に、なった」
「誕生日を迎えられたのですね。おめでとうございます」
にこにこしているデニムに、アンジェルはそれ以上言う事を止めた。その目線がデニムの前髪辺りで揺れている。
「‥‥? どうかしましたか?」
「‥‥何でも、ない」
とりあえず目的は果たせたので、皆は打ち上げ会場へ移動する事にした。
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移動には、『レスローシェ行、上お得意様御用達馬車』が用意された。
簡単に言うと、乗っているだけで恥ずかしいくらい派手な色合いと飾りと形の馬車である。
それに乗って着いたレスローシェでは、真冬だというのにお祭り騒ぎになっていた。黒い霧が迫っているというのに、お祭り騒ぎになっていた。人々が馬車を囲むようにして手作りの花吹雪を飛ばしたり、踊りを見せつけ合ったりしている。更には店の宣伝合戦も始まった。とにかく賑やかで、馬車は非常にゆっくりとした速度で進んでいく。
「‥‥楽しそうだ。‥‥前に来た時よりも明るくなっている気もするな。お前が領主になったからか、それとも‥‥不安に対する空騒ぎか?」
「地方査察官殿から見て、どう見える」
問われて、改めてセイルは町の光景を眺めた。人々の表情には色がある。ただの馬鹿騒ぎではないし、喜怒哀を伴いながらも彼らはこの催し物的日常を楽しんでいるようだった。
「良い民に恵まれたな」
「お前にさっき尋ねられた答えは、ここにある」
「『この3領地を、再生に向けてどう立て直していくつもりなのか』か? 確かに活気は大事だが、3領地全部がこうなるのもなぁ‥‥どうなんだ?」
「平穏な時期が増えれば、人は旅に出ようと思うだろう。楽しみたいという欲求も増える。だから、名産品も無いようなこの場所を活性化するなら、観光地化するのが一番なんだよ」
「『学者村』はどうなっていますか?」
ラティールを再興すべく尽力した者の1人として気になっていたのだろう。ミカエルがそっと尋ねた。
「あぁ‥‥黒い霧が出てくるまでは順調に進めてたんだけどな。やっぱ、不安があるのにあれこれ進めてもなぁ‥‥又やり直しになる可能性もあるから、被害は抑えようって思って途中で止めてる。ドーマンの奴等が居るから人手があるうちにやりたい事も色々あるけどなぁ‥‥」
「皆さんがご無事ならそれで。後から幾らでも挽回は出来ますよ」
最初に馬車が到着したのは、『羊と執事亭』。アーシャ熱烈希望の酒場である。
「‥‥いきなりここか」
「わぁ‥‥カッコイイ男性がいっぱいですよっ! リリアさん!」
「私、左から3番目」
「えっ‥‥選ぶんですかっ? ‥‥」
意気揚揚と入っていくアーシャとリリアの後に、皆は続いた。ずらりと居並ぶ老若男達が一斉にお辞儀する。勿論羊と言うからには羊がどこかにあるわけなのだが、頭に羊の被り物をしている者は殆ど居なかった。羊の毛を使った衣装を着ていたり、腕に白いバンドを巻いていたり白い帽子を被っていたり。そして、うやうやしく持ってきたメニュー表には可愛らしい羊の絵が描かれていた。
「まぁ‥‥最初はアーシャとリリアの趣味の店は仕方ないと思うんだ」
日本酒を頼んだ彬が、持参の蜜柑片手に笑う。
「そうだね。‥‥レティシアは興味ないの?」
「無い‥‥と言えるような言えないようなやっぱり言えるような言えないような。そんな事より、次の店で待ち合わせをした人達のほうが気になるわ。先に餌食になってないといいけど」
「そう言えばこの町、高級仕様のお店が多いって聞いたけど‥‥やっぱりそうなの?」
ユリゼの問いに、レティシアは深く頷いた。その隣でフィルマンはジュースを飲んでいる。
「‥‥王子様としては、どの男が執事だといいのかな」
「王子様は、女の子が好きなの!」
「浮気じゃないですよっ、女のロマンです〜。本気で愛してるのは夫だけなんだから〜」
執事群の中央からアーシャの声が上がった。一軒目から出来上がってしまっては、後が大変だろう。
ともあれ、皆は次の店へと移動した。セイルの大袋姿は嫌でも注目の的であるが、まぁ襲撃された所で奪われるような事はまず無いだろうから気にしない。
「‥‥やっぱり、もう餌食にしてたわね‥‥」
次の店の名は、『興行師エンターティナー』。寸劇を見せる事で客を楽しませる酒場であるらしい。だが客寄せの男性が、巫女姿になっていた。店の門構えとは明らかに合っていない。そして彼の背後には巫女服姿の男達が‥‥。
実はレティシア。前もって巫女レンジャー達と、『家』の大人達、即ち元冒険者達を、魔曲用楽器を使用したテレパシーで呼び出していたのだ。その際、ジブリルの遺体を引き取りに行ったのだが、残念ながら既に灰になっていた為、灰だけを貰ってきた。尚、彼女はシアンも呼んでおり、その際ミシェルにもテレパシーを放つつもりだったのだが、先に遭遇してしまったのだからここは招待しなくても仕方が無い所だろう。
「じゃ‥‥」
貸切状態の店内に入った一行は、中で待っていた橙分隊長に挨拶し、テーブルを繋げて席に着いた。
「悲しき地下帝国の鎮魂と‥‥3領地の新しき未来を祝って」
「乾杯〜」
セイルの音頭に従って、ようやく本来の打ち上げ会が始まる。
「セイルさん、お金持ちですからね〜。査察官だからきっと給料がいっぱいなのです。じゃんじゃん飲んじゃっていいですよ〜」
アーシャの声に、巫女レンジャー達も嬉しそうだ。
「みんなにもお世話になったわ‥‥。ありがとう。本当にお疲れ様」
レティシアが、巫女レンジャーと大人達に一言ずつ言葉を掛けて廻る。
「じゃ、1人ずつ‥‥酒が入って前後不覚になる前に、卒業式を始めるわ」
「卒業式?」
すくっと立ち上がり、レティシアは前もって用意しておいた花束をテーブルに置き、巫女達を1人ずつ呼び出した。
「卒業証言。あなたがこれまでの一連の戦い、探索、そして心和ませる存在として頑張ってきたことを評し、この戦いから卒業し、新たな道を進む事を祝福します。今までありがとう」
レティシアの隣で、エルディンが祝福の十字を切る。花束を渡した所で、
「はい。ここ、泣くとこだから」
とか、
「はい、拍手」
とか、観客達に注文を付けたが、全員分の花束を渡し終えた所で、では思い出を振り返りましょうと歌いだす。
「皆で焼いた薬草園〜」
「薬草園〜」
「皆で襲った領主館〜」
「領主館〜」
どこで練習してきたのか謎だが、彼らはうるうるしながらレティシアに合わせていた。それを感動の演出と取るかは人それぞれだろう。
「今思えば、随分物騒な事をしてきたものです‥‥が、どうですか、ワインを一杯」
エルディンがエミールの傍に行き、ワインを勧めた。エミールは嫌そうな顔をする。
「男についで貰いたくないぞ」
「まぁそう言わず‥‥。これからしばらく、長い付き合いになるのですから。ね?」
嫌そうな顔のままのエミールに、エルディンは小さな袋をテーブルへと置いて見せた。
「まず‥‥司祭職の件ですが、お引き受けしようと思います。ただ、既に別の教会にも席がありますので、そちらを外れるつもりもありませんが‥‥まぁ、そちらはお休みを頂くと言う事で‥‥」
「いいのか、そんないい加減な話で」
「まぁ許して頂けるでしょう。しばらくこの3領地の司祭職に専念し、支えて行きたいと思います。まず、領内の教会関係者全員の洗い出しを認めて頂けますか。セザール逃亡の裏には聖職者の協力があったと推測しておりますので」
「好きにしろ。俺が望む事はひとつだ。『俺に迷惑掛けるな』以上」
「貴方こそ随分杜撰な管理で‥‥それで宜しいのですか?」
言いながら、エルディンは小袋のほうへ目をやる。
「これはレティシア殿が掛け合い貰ってきたものですが‥‥ジブリルの遺体、灰と骨の一部です。デビル加担者が燃やされる事は仕方のない事なのでしょうね‥‥。ですが、これをラティールに埋葬できないでしょうか。彼女の行動がどうであれ、領民は彼女を慕っていたのでは? 表向きは殉職者として埋葬する事で、領民の心の支えになれば‥‥」
「任せる。ジブリルの事は‥‥兄貴の事もあるしな」
「ミシェル殿の疑いを晴らす策は、近いうちに実行致しましょう。ガストンの身柄拘束も手ですが、逆に証言者は居ないほうが楽かもしれません」
と、黒い笑いを見せたエルディンだったが、エミールは特に何も言わなかった。
「どちらにせよ、ガストンは拘束したほうがいいのでしょうね‥‥後顧の憂いを除く為にも。エミール様。僕もお話が」
すとんと逆側にミカエルが座る。エミールがにやと笑った。
「何だ。レジスの事か?」
「違います! ‥‥デビルロード解決と、荒れた領地内が整うまで、僕に手伝うような事があれば遠慮なくおっしゃって頂けますか。僕を領地内で使っていただければ」
「頭脳が揃うのは助かるな」
「じゃあ、私からもね」
ミカエルの向かい側に座ったユリゼが、真っ直ぐエミールを見つめる。
「この痣‥‥見覚えない?」
羊皮紙に描かれた絵は、オデットの背中に広がっている痣だ。こちらに来る前にパリで確認してきたが、広がりは止まっていた。
「‥‥ん〜‥‥どこかで見たな‥‥」
「どこっ!?」
「そんなすぐに思い出せるかよ」
「思い出したら連絡頂戴」
「卒業っ! おめでとー!」
寸劇をする為の舞台では、まだレティシア一味が感動の万歳三唱をしている。
「僕も、きちんとお話しないといけないと思っていました」
折り目正しくデニムも座り、その隣にリシャールも腰掛けた。
「僕はリックの次兄ですから‥‥エミールさんがちゃんとリックの事を大事に思ってるのか、『家』の方々の前に、僕が見定めないと、と」
「兄貴‥‥。俺はもう『家』は卒業したけど、でもあちこち行ってみたい所もあるし、この人は忙しいんだから、さ」
「リック‥‥。でも、口実なんだ」
「ん? 何が」
「弟の叔父さん、つまりは‥‥そう呼ぶのを許して頂けるなら、僕にとっても叔父さんに当たる人と、お話してみたいと思っていただけなんです」
「俺と話して何か得るもんでもあるか?」
「リックを大切にして欲しいと思うのは勿論なんですが、エミールさんはリックの新しい家族でもありますし‥‥」
何時の間にかリシャールの傍に『家』の大人達が集まっている。デニムは彼らに会釈して続けた。
「もし僕がブランシュ騎士団になっていなければ、貴方に仕える道もあったかと思います。でも騎士団の一員になったからには、その使命を全うしなくてはいけません。僕も、この地を含めて、皆を守れるように頑張ります。だから‥‥」
「使える奴を放ってはおかねぇよ。安心しろ」
「出来れば戦いの場所には連れて行って欲しくないと言うのが僕の願いです。今はもう治まったようですが、長い間『薬』に苦しめられてきています。それに‥‥リックのお父さん、祖父の方が関わっていたと知るのは悲しい事でした。けれども、リックは僕が思うよりもずっと成長していて、リックに絡み付いていた因縁も、これでようやく解れたかなと思います。‥‥僕からのお願いは、ひとつです。リックをどうか、宜しくお願いします」
「‥‥兄貴‥‥」
「分かった」
エミールの返事に、デニムは笑みを見せる。
そして、皆の視線がふと一点に向けられた。左にエリザベート。右にアンジェルを座らせて楽しそうにしていたアリスティドは、視線を受けて苦笑する。
「‥‥エリザ。‥‥良いね?」
「はい、アリスさん」
アリスティドは立ち上がり、皆が空けてくれた真正面の席に着いた。
「貴方からのお誘い‥‥承諾しようと思います」
「そうか。それは助かる。色々言った甲斐があったな」
「自分達や、いつか誕生する子供。そして同様の人々。その為にもなるなら、それは苦労ではありません。エリザベートの一生をここで共に過ごします」
「お前には、新生ラティール区域を統治してもらうぞ。何れな。まぁ‥‥難しく考えるな。お前はどうせエルフだ。勉強する時間くらいあるだろ。エリザベートには、幸せになって貰いたいって思ってたしさ。ガキが生まれたらガキにその跡を継がせるつもりだしな」
「では、この一生をラティールで」
微笑むアリスティドに、エミールは大きく頷き息を吐く。一番気にかけていた事だったらしい。
「じゃ、俺達もそろそろ結婚するか、リリア」
「場の勢いで言われてもな〜」
「場の勢いがなきゃ、何時言うんだよ」
「いいわよ、別に。でもアーシャはイスパニアに行っちゃうのよね‥‥寂しくなるわ」
「リリアさんっ‥‥!」
ひしっ。特殊な趣味で結ばれている娘2人は抱き合っている。彬が、ぽんとエミールの肩を叩いた。
それを、少し離れた所でユリゼが見ていた。そして、ゆったりと椅子に腰掛けているフィルマンへと目を移す。
「フィル‥‥。はい、これ」
ネクタルを渡すと、彼はふと笑った。
「ポーションよりはずっと飲みやすいでしょ? 薬湯もちゃんと飲むのよ?」
「‥‥ユリゼは‥‥お母さんだなぁ‥‥」
「違うでしょ。‥‥あ、そうだ。貴方はギスラン様には‥‥痣はまだ、現れてないの?」
「ん? 見る?」
迷い無く脱ぎ始めたフィルマンに、ユリゼは慌ててその服を押さえる。
「脱がなくていいからっ!」
「戦うのに不自由になったからって言っても、そんなにすぐには太りはしないよ」
「そういうことじゃなくて!」
慌てるユリゼの頭を、フィルマンがぽんぽん撫でた。そこに少し違和感を感じて、ユリゼは顔を上げる。
「‥‥ねぇ、フィル‥‥」
「ん?」
「‥‥アナスタシアさんが危なくなったら‥‥私に、頂戴」
「‥‥ユリゼ。その言い方‥‥そそる」
「‥‥は?」
ユリゼのほうへ僅かに体重を預けたフィルマンに、ユリゼは不安げにそれを見つめた。
「‥‥自分の事だけしか考えてなかったかな、って思って‥‥。そういうのが、嫌なの。だから‥‥」
「ユリゼを失くしたら、俺も困るよ。‥‥」
「‥‥フィル?」
すぐに寝息を立て始めた男に、ユリゼはそっとそのまま横にして寝かせる。
「‥‥私も‥‥困るわよ」
そして、そっと呟いた。
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宴会は続く。エルディン希望のエルフ美女だらけ店なども廻りつつ、皆はそのひと時を楽しんだ。
「‥‥約束したね。君に歌を」
アリスティドが、エリザベートに歌を歌う。いつも貰うばかり、飲み込むばかりだった。だから、今度こそきちんと。これからは沢山の言葉を。
「私‥‥本当に嬉しかったんです。貴方がエミールさんに、はっきりと承諾するって言ってくれて‥‥」
「エリザ‥‥」
男は、どこか楽しげな笑みを浮かべた。
「まだ、敬語?」
「えっ‥‥」
「結婚しても、敬語なのかな?」
「で、でも‥‥アリスさんは年上の素敵な男性で‥‥」
「アリス」
「‥‥は、はい‥‥」
「‥‥少しずつ、かな」
笑いながら、アリスティドはそっとエリザベートに口付けた。
「彬‥‥」
「レティ‥‥遂に‥‥」
などと見ている人達の事は気にせず、彼はエリザベートを抱き締める。
一方で、その月夜には別の話もあった。そちらも覗き見どころか堂々と見られていたわけなのだが。
「本当に‥‥酒は飲まないんだな。日本酒持ってきた。飲むか?」
庭に出て月を眺めている女性の傍に行き、彬は酒瓶を軽く持ち上げて見せた。
「‥‥遠慮しておきましょう。ジャパンには月見酒というものがあると、アレが言ってはいましたが」
「温泉に入ってとかな。ラティールには新名所としてあるし、疲れたら一度行ってみるといいと思うんだ」
「考慮しておきます」
「うん」
少し離れた所で彬は酒をゴブレットに注ぐ。そして、イヴェットを見つめた。
「‥‥綺麗だな」
「私には余り美的感覚は無いそうなのですが、今夜の月は綺麗かもしれませんね」
「うん、ベタかもしれないが‥‥いや、ベタだったか‥‥」
1人呟き苦笑しつつ、彬はゆっくり近付く。
「見てると‥‥どうにも好きになりそうなんだが、傍に居ていいか?」
「‥‥」
見つめ返す女から目を逸らし、彬は勝手に1人喋り始めた。
「理由は、笑われるかもしれないけどな。‥‥何故か、小さな女の子に見えるんだ‥‥」
「‥‥誰が、です?」
「イヴェットが」
「‥‥そう、ですか‥‥」
そして、女は再び空を仰ぐ。
「‥‥久しぶりに‥‥聞きました。昔、言われた事があったので」
「そ、そうか‥‥」
「私はそう言われないよう、努力してきたつもりでした。騎士として生きる事は苦では無かった。でも‥‥変わっていなかったのですね」
「いや‥‥貶しているわけじゃないぞ?」
「いえ‥‥有難う御座います」
イヴェットは丁寧に礼をすると、その場を立ち去った。
「‥‥彬、フラれたのかしら‥‥?」
そっとレティシアが遠くから呟いているが、その心はまだ分からない。
ラティール教会。
真新しい墓の前で、エルディンが祈りの言葉を捧げていた。その傍にそっと立っていたレティシアが、墓を見つめている。
養生していたシアンには、彬が仕えるのはどうかと尋ねていたし、シャーにもお誘いをかけた。シャーは気ままに生きたいから時々戻ってはくるが、という事だった。シアンはついていくのを迷っているようだ。アンジェルはエミールと少し話をしたようだったが、自分が片恋をしている相手が居る場所を思っているようで、今はまだと断った。アリスティドがそっと、いつでも選択はできると告げる。もしその時機会があれば、自分達の子供の姉のような存在になってもらえると嬉しいとも。
そんな中での、ジブリル埋葬だった。今はまだ彼女が亡くなった事を公表しないらしい。民を動揺させたくないのだろう。
「ジブリル‥‥」
そして、レティシアは自分が使える最大限のテレパシーを空へと放つ。
その場所が空の向こうにあるのかは、誰にも分からない。ただ、ジブリルを指定して報告をしただけだ。そこに居るかもしれない。或いは居ないかもしれない。
ただ、青い空だけがこの地の上に広がるのみである。