お祝いとお呪いは表裏一体なのです

■イベントシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月11日〜01月11日

リプレイ公開日:2010年01月20日

●オープニング


 それは、まだ公にはされていない事であったけれども、知る人ぞ知るレベルの話というものは、時として狭い範囲に於いては誰もが知っている話であったりもする。
「わ、わたくしの陛下が‥‥わたくし以外の女と結婚なさる‥‥ですって‥‥?!」
 とある貴族のおうちでは、とある貴族のご令嬢が、ハンカチーフを握り締めてわなわなと震えていた。
「ゆ、許せませんわ!」
「今更何を。とうの昔に結婚相手を決めるという話が出ていた事は知っているだろう?」
「内向的なわたくしに立候補なんて破廉恥な真似、出来なくってよ!」
 と、ご令嬢は地団駄を踏んだ。
「こ、こうなったら‥‥呪ってやりますわ! 相手の女を呪ってやりますわ!」
 と、ご令嬢は部屋中に溢れ返っている人形のひとつを手に取り、もう片方の手に釘を持った。
「打ち付けてやりますわ!」
 棒で力任せに釘を打とうとして、ご令嬢は自分の手を釘代わりにした。
「誰の影響を受けたのか耳にしたくも無いが、相手を呪わしいと思うならば、招いてみてはどうだ? 騎士の娘が相手と渡り合えなくてどうする。今更だろうが正々堂々と勝負を申し込むのも騎士の努めと思う事だ」
 痛みにごろんごろんと床を転がっているご令嬢を見下ろし、男はけしかける。その言葉に、ご令嬢はすくっと立ち上がった。


「橙分隊が‥‥お祝いの席を設ける、か? しかしこのような時に‥‥」
 ブランシュ騎士団橙分隊員の一人、マルセルが眉を顰める。最近めっきり髪が白くなってきたと評判だ。
「事は国事である。我々は国を代表する騎士団の一員であるからして、個別にそのような席を設ける事も無かろう。正式に発表と相成った暁には、国を挙げての祝い事が連なる事であるだろうし」
「分隊長がな。冒険者に言ったそうだ。国の判断として動くべきである騎士の採用を、独自に展開したいとな」
「分隊長が‥‥? 確かに先日、入団試験は執り行われたばかり。他隊も人手不足に悩む事があると聞くのに、橙分隊に頂きたいとは言えない面はある。しかし独自に入団試験を行ったとあれば、それはそれで問題が」
「非常時だ。と言い切るほどでも無いか。だが一部の冒険者の精神は、我々に似通った所があるだろう?」
「優秀な者が多い事は事実だが‥‥」
「優秀かどうかは知らんが、このまま行くとかなり近い将来、橙分隊が消滅する事は目に見えている。それ自体は致し方ないと言っても、又、一から隊を作るのも国庫の負担であるしな。それに、国を挙げての祝い事の前にそういう残念な事で雰囲気を盛り下げてしまうのもどうかと思うが?」
「‥‥いや、待て、ギスラン。この事と、婚約祝いの席を個別に設ける事とに、何の関係があるのだ?」
「一度にやってしまえば、経費がかからなくて済むって事だろ」
 離れた所で大量のポーションを並べていた黒髪の男、テオドールが、話に割って入る。
「簡単な事だな。分隊長は、現在唯一の女性分隊長。王妃の座が埋まれば何かとそちら方面で動く事もある。円滑な関係を築く為に、婚前から友好を深めておきたい。冒険者で神職育ちの妃殿下となると、どこぞの養女に入っても苦労も多いだろうからな。ただ、まぁ‥‥分隊長は冒険者が好きだし、冒険者の目線から結婚前に皆と共に触れ合いたいというのもあるんじゃないか?」
「テオドール。その結婚の事だが、分隊長は誰か相手を見定めたか‥‥話は聞いたか?」
「今はそれ所じゃないだろ。分隊そのものの存続の危機だからなぁ」
 並べたポーションを箱詰めしながら、テオドールは答えた。
「あぁ、分隊員の分は向こうに分けてある。アルノー。フィルマンにもきちんと飲ませろよ」
 箱詰めを手伝おうとしたアルノーが、言われて袋を手にする。
「副長は、ポーションが不味いと言ってなかなか飲んで下さらなくて‥‥」
「ワインに混ぜればいい。それでも不味ければ脅してでも」
「古ワインで充分だ」
「『呪い』が人を殺すより先に、あの場所を何とか出来れば良いが‥‥」
 マルセルが嘆息した。
 橙分隊員は現在、まともに行動できるのはかつての半数に留まっている。数人の命は既に亡く、3名は呪われており、目下殲滅対象としているデビルロード内においては全く戦力を期待できない。塔に囚われの人々を助けてから日数が経過しており橙分隊だけで行動する事もあったが、隊としての限界を迎えようとしていた。
「だから、臨時で人を増やすという事だ」
 普段ならばそういった特例を認めないのはギスランのほうである。それに違和感を覚えながら、マルセルは曖昧に頷いた。


 というわけで、冒険者ギルドに張り紙が張られた。
 堅苦しく書かれてあるが、簡単に言えば内容はこうだ。
「『王様の新しいお祝い事を勝手にお祝いして盛り上がったついでに、橙分隊に仮入隊しない? あくまで仮だから一員になるってわけじゃないけど、一緒に戦って能力に問題なかったら、ブランシュ騎士団員にどう? って推薦してあげるよ。本当は騎士団の一員になるにはいっぱい試験を受けたり資格があったりするんだけど、冒険者特例枠で推薦するよ』だそうです」
 受付員が『簡単に』説明をする。
「橙分隊はお忙しいそうなので、会場や準備などは、貴族のアルヴァレス家の方々がなさるそうです。パリ内のお屋敷は小さめらしいですが、お庭もあるので外でパーティも出来るとの事です。かなり寒いと思うのですが」
 

 そう。その屋敷では、アルヴァレス家のご令嬢が手ぐすね引いて、彼らの到着を待っていた‥‥。
 まぁ‥‥手練の冒険者達相手に、出し抜けるはずが無いのだが。

●今回の参加者

リーディア・カンツォーネ(ea1225)/ ウリエル・セグンド(ea1662)/ ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ デニム・シュタインバーグ(eb0346)/ 尾上 彬(eb8664)/ ライラ・マグニフィセント(eb9243)/ ククノチ(ec0828)/ エフェリア・シドリ(ec1862)/ マリー・ル・レーヴ(ec7161

●リプレイ本文


「ようこそ、おいで下さいましたわ」
 冒険者達の前で、両開きの扉が開かれた。綺麗に結い上げた銀髪に派手な色合いのドレスを着たエルフが、豪奢な扇を持って皆を見回している。
「‥‥貴女ですわね‥‥陛下の婚約者は‥‥」
 そして、彼女は1人の女性に目を向けた。
「わたくし、アルメル・アルヴァレス。貴女に正々堂々と決闘を申し込みますわ!」
 と、びしっと投げつけたつもりの彼女の扇は、へろへろと飛んでかなり手前の床に落ちる。
「‥‥」
「‥‥いや‥‥あたしじゃないんだが‥‥」
 指差しされたライラ・マグニフィセント(eb9243)が、困ったような顔でアルメルを見返した。
「えっ‥‥違うんですのっ‥‥!? じゃあ‥‥貴女ですわね!」
 扇を自ら拾い再びそれをシェアト・レフロージュ(ea3869)が居る方向へ投げつけたが、それはファイゼル・ヴァッファー(ea2554)の方へと飛んで行く。
「‥‥」
「お‥‥俺?!」
「‥‥あの‥‥私はエルフですから、陛下のお相手は務まりません‥‥」
「それもそうですわよね! じゃあ誰なの!? 貴女なの!?」
「パーティが始まる前に決闘を申し込むのは、品がありませんの」
 ユノードレスを着たマリー・ル・レーヴ(ec7161)が、のんびりとした口調で柔らかく微笑みながら告げた。彼女はナイトである。ナイトに決闘を申し込んではいけない。断れようはずが無いから。
「あのぅ‥‥」
 そんな中、隅っこでリーディア・カンツォーネ(ea1225)がそっと手を挙げた。
「それ‥‥多分、私の事です‥‥」
「リーディアさん!」
 彼女の護衛役も兼ねてついてきたデニム・シュタインバーグ(eb0346)が、小さく声を上げる。
「‥‥でも貴女‥‥聖職者じゃないの」
 一応ドレス姿とは言えシンプルな装い、手に持っている聖杖、ヴェール姿。リーディアの姿はどう見積もっても想定していた姿ではなかったらしい。
「えぇと‥‥ですね。今はまだ聖なる母にお仕えする身ですけれど、近いうちに還俗するのですよ」
「でも貴女、庶民じゃないの。確固たる後ろ盾無くして玉座のお傍に座する事など、無理ですわよ」
「あ。それは、大丈夫なのです」
「アルメルさん。決闘を申し込むのでしたら、僕が代わりにお受け致します。‥‥まだ配属は決まっておりませんが、ブランシュ騎士団団員、デニム・シュタインバーグと申します」
 リーディアの前に立ちはだかり、彼はアルメルと対峙した。勿論武器には一切手を触れていない。
「あ、あの‥‥デニムさんっ。大丈夫ですから」
 その後ろから顔を出し、リーディアは慌てて首を振った。
「あの‥‥ですね。本当は後からお願いしようと思っていたのですけれども‥‥私、習いたい事があって来たというのもありまして‥‥」
「習う!?」
「はい。お祝いの席の空いた時間でいいんですけれど、宮廷での作法を習える場があればと思いまして‥‥」
「まさか、私からそれを盗み習うとでも!? ありえませんわ!」
 しゅんとしたリーディアだったが、心なしかアルメルの頬は赤くなっている。怒りの所為かもしれないが。
「その辺でやめとけ、姉上」
 館内から、橙分隊員の1人、ギスラン・アルヴァレスが出てきた。
「客を中に入れる事が先だ。ようこそ、我が家主催のパーティへ」
「‥‥」
 実に上から目線で、ホスト役は皆を歓迎する。
「驚いたな。姉だったのか‥‥。ギスランにそちらのご令嬢を紹介したらいいんじゃないかと思ってたんだが」
 呉服姿で、尾上彬(eb8664)がギスランについて行った。
「年増に興味は無い」
「でも美人じゃないか。ギスランより年上って事は‥‥人間で40歳近いのか。いやどう見てもあれは30歳そこそこだぞ」
「ただの行き遅れだ」
 どちらにしても、イイ歳をして落ち着きが無いという事だろう。
 そして、冒険者達は各々やって来た順に会場内へと案内された。


「リーディア殿‥‥」
 だきゅ。会場内で出された香草茶をのんびり飲んでいたリーディアは、ククノチ(ec0828)に抱き締められた。ククノチ曰く、リーディアは『癒され続けた大好きな茶飲み友達』であるらしい。
「あらあら‥‥」
 その姿を見て、シェアトもだきゅとした。前後から挟まれてリーディアは嬉しそうだ。
「改めておめでとう、リーディア殿。改めて‥‥寂しくなる・・・な」
「ククノチさん‥‥」
「でも、幸せになられる為に王宮へ嫁ぐのだから‥‥心からの、祝福を」
「はい、ありがとうございます。時々、一緒にお茶しましょうね」
「‥‥出来るだろうか」
「出来ますよ、きっと」
 にっこり微笑むその人に、ククノチは泣きそうな笑みを見せる。その優しさが嬉しかった。
「デニムさんは、合格おめでとうございます」
 リーディアの傍に控えていたデニムの手を取り、シェアトは姉のような微笑を向ける。
「ありがとうございます。まだ未熟ですが精一杯頑張ります」
「はい。無理はしないで下さいね」
 それからククノチの祝いの言葉が終わったのを見計って、彼女もおめでとうを告げた。
「シェアト姉さん。実は、その事で‥‥」
「どうかしましたか?」
「僕もリーディアさんと同じで‥‥正式な宮廷作法を学んでいないので、勉強をさせて貰いたいと思っているんです。ブランシュ騎士団として恥ずかしくないように」
「あぁ、その事なら‥‥」
 ライラが、前菜を運びながらその脇を通る。料理長に交渉して厨房を任せてもらったのだった。最も、自尊心の高い貴族お抱えの料理長。なかなか首を縦に振らなかったのだが、そこは天界渡りの料理法を教えるという事で何とか手を打ってもらった。厨房に入った理由は、アルメルがこっそり料理に何か入れる可能性を考えての事でもある。ククノチもリーディアへの挨拶が終わったら少し手伝う予定だった。
「アルノー殿に習ってもいいと思うさね。‥‥あ、アルノー殿。そちらのテーブルはゴブレット5つだ」
 アルノー・カロンは橙分隊員の1人である。一番年若く、分隊内ではこき使われているらしい。そして今はライラに‥‥ではなく、彼から申し出たのだった。庶民出のアルノーは、使用人が行うような事を手伝うのが好きなようだ。それ以前に、ライラとアルノーは‥‥。
「ふふ‥‥」
 シェアトが仲睦まじい2人を見て、微笑んだ。もうすぐ結婚するという話も出ている2人の事。互いに尊重し合っているのだから、きっと結婚生活も上手く行くだろう。
「リーディアさん‥‥おめでとう‥‥」
 全員にゴブレットが行き渡り、前菜やスープも出揃った。
 主役扱いのリーディアは少し高い場所に席を設けられ大慌てで断っていたのだが、『王宮では当たり前だから今から慣れろ』と言われてちょこんとそこに座っている。そうなると何となく近寄りがたいものなのだが、そこは皆、気にしない。王宮では色々と息苦しい事もあるだろう。だから楽しんで欲しいというのもある。
 ウリエル・セグンド(ea1662)がゴブレット片手に立ち上がった。そのまま段を一段のぼる。
「リーディアさん‥‥おめでとう‥‥」
「あ。ありがとうございます」
「‥‥乾杯‥‥」
「はいっ」
「おめでとうございますの」
 マリーは段を上がらず、優雅にお辞儀した。貴族の嗜みとして当然のその仕草は、まだまだ洗練されているとは言い難い。が、リーディアから見れば充分『先生っ』と呼べるに相応しかった。
「‥‥マリーさん。その仕草、もう一度見せてもらってもいいですか?」
「‥‥? はい」
「ちょっとまちなさーい!」
 だがそこに、アルメルの声が割って入る。今度は扇を投げなかった。
「作法を私に教えて欲しいと請うておいて、他の者から習うんですのっ!?」
「違いますの。貴女がいらっしゃるのなら、貴女から教えて頂きたいと思いますわ」
「べ、別に‥‥教えると言っては‥‥」
「宜しくお願いしますの」
 マリーに促され、アルメルはリーディアへと目をやる。壇上に居たはずのその人は、満面の笑みを浮かべてアルメルの傍に立っていた。
「よろしくお願いしますっ」
 そして、ぺこりとお辞儀する。
「‥‥それ‥‥」
「はい?」
「‥‥淑女のお辞儀の仕方は、そうではありませんわ。無闇に頭など下げるものではなくってよ」
「はい、気をつけますね」
 嬉しそうなリーディアと、困惑しているようなアルメルを少し離れた所で見つつ、ファイゼルは思わず呟いた。
「‥‥誰かに似てるよな‥‥あれ」


 雪が薄っすらと積もる庭で、エフェリア・シドリ(ec1862)は1人、馬さんからとある道具を下ろしていた。その名は、『シーナの焼き肉道具一式』。パリの受付嬢、シーナ・クロウルが特別発注で作ってもらったものの中のひとつである。中でも豚丸焼き用の台は組み立て式で、実に秀逸な出来である。これがあれば、どこでも誰でも丸焼きが作れるのだ。素晴らしい。
「‥‥」
 それを室内から発見した男が、慌てて外に出てきた。
「君、何をやってるんだ?」
「ぶたさん、焼くのです」
「豚‥‥? この道具は君が持参したのか。寒いのに桶に水まで入れて‥‥。私がやろう」
「平気、なのです。‥‥ぶたさんと野菜、あるでしょうか?」
「それはあるだろうが‥‥」
 言いながら、男はなんとも言えない顔でエフェリアを見つめる。
「ところで君、その格好は‥‥」
「?」
「その蝸牛姿でパーティに参加しているのが、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだとは思わなかったな」
 まるごとかたつむりにふわふわ帽子を被ったエフェリアは、確かに会場内でも浮いていた。だが全く気にする事なく、使用人達が持ってきた食材を焼き始める。
「野菜も、焼くのです」
「魚ものせるか」
 一緒に焼き始めたその男‥‥橙分隊員の1人、テオドール・ブラントームが楽しそうにしている姿を、館内から橙分隊員達が見つめている。
「みなさんも、一緒に焼くのです」
 言われて男は館内に声を掛けた。冒険者達が出てきて一緒にわいわい焼いている中、橙分隊員達は彼をそっとしておいていた。
「リーディア殿。ここにおられたか‥‥。ウリエル殿と、シチューを作ってみたのだが‥‥」
「はっ。行きます、今行きます〜っ‥‥あ、でも皆さんと一緒に食べたいので、外で‥‥」
「‥‥結婚前に風邪を引いてしまわれると‥‥作った甲斐が無い」
 ククノチに言われ、リーディアは後で皆さん来てくださいね〜っと言って館内へ戻っていく。
「作った甲斐がない、でしょうか」
「ああ言わないとリーディア殿は戻って下さらない」
 ふふと笑い、ククノチも館内に顔を引っ込めた。後で焼きに行くからと言い残して。
「美味しいですね、さすが豚肉です」
「おいしいのです」
 1人、食べる量が違う事で有名な分隊長、イヴェット・オッフェンバークが、エフェリアの隣に立って器に焼けたものを入れていた。
「イヴェットーっ。こっちの肉も焼けてるぞ〜」
「頂きます」
「‥‥こっちも焼けた‥‥」
「頂きます」
「イヴェット様。野菜も食べませんか?」
「頂きます」
「箸で食べてみるのもオツなもんだぞ」
「結構です」
「イヴェット卿。野兎のパイが出来たのさね」
「有難う御座います。貴女の料理は何時も美味しいですね、ライラさん」
 館内から呼ばれ、イヴェットはエフェリアに新しいジュースを持って来た後、中に戻って行く。
 後に残された男達とかたつむりさんは、寒空の下、焼肉をつつき続けた。


 宴も佳境になってきた所で、橙分隊の仮入隊試験が始まった。
 とは言え、試験と言っても何か特別な芸をしたり特訓を受けたり知恵と技を尽くして何かを解決したりするわけではない。
「我々は今、デビルロードという場所の掃討に向けて活動中だ。仮入隊を果たした者達にはその任務に従事して貰う事になる。後始末も含めてだが、期間としては長くても3ヶ月程度になるだろうと目算している。その期間の働きを見て、ブランシュ騎士団として相応しいと思われる人物のみを、団長に推薦するという形を取るつもりだ。その際、橙分隊への配属を希望する者には、その旨を伝える」
 テオドールが説明する。
 ブランシュ騎士団は、ハーフエルフ、前科がある者、血縁者に前科がある者が居る者が団員になる事は出来ない。又、他に仕える王や主君が居ない事、ナイトである事が求められる。現在ナイト職に就いていない者は、所属後には洗礼と騎士の誓いを立てる事になるだろう。
 この試験は、志願者達の実力だけではなく、強い信念、思いの強さを測られる。
「遊歴して参りましたの。故郷はお祝いムードで楽しいですわ」
 微笑しながら、マリーは簡単に自己紹介した。
「私もノルマン人として、ノルマンの皆様の為に命を張れる人間になりたいと思うのですわ」
 イヴェットの手をぎゅっと握りながら、マリーはきらきらした双眸で熱く語る。
「私はノルマンが大好きですもの! どんな辛いことにも耐えてみせますわ」
「貴女はまだうら若い」
 その手を握り返しながら、イヴェットは彼女を優しく見つめた。
「貴女に辛い修行など似合いませんよ。我が隊はご覧の通り男ばかり。そのような中に貴女のような見目麗しい女性を入れる事など、恐ろしい話です。ご両親に何と言ってお詫び申し上げれば良いか‥‥」
「両親にお詫び‥‥ですの?」
 遊歴していた彼女は知らない事だったかもしれないが、イヴェットは事の他、女性と子供に甘い。橙分隊に分隊長以外の女性隊員が居ない理由は、その辺りにあると言われていた。部下として配属されても、部下である前に女性として扱ってしまうからだろう。そして彼女は、極端に男女差別が激しい。最近はマシになってきたようだが。
「私は、私の意志でノルマンの為に力を尽くしたいのですわ。‥‥いけません?」
 きらきらと上目遣いにマリーはイヴェットを見上げた。ユノードレスに虹色のショール、ムーンティアラという姿の彼女は、元々の魅力もあって充分に色気がある。本人が自覚しているかは分からないが、イヴェットの隣に立っていたテオドールが軽く苦笑した。
「貴女はとても魅力ある女性です。このようなパーティの場であれば、真っ先にダンスのお相手をお願いしたいと思うでしょうね。‥‥いかがですか?」
「‥‥イヴェット卿は相変わらずだな‥‥」
 少し離れた所でそれを見ていたライラも苦笑する。一通り調理も終わり給仕も大体終えた彼女は、アルノーから贈られたドレスを纏って彼の傍に座っていた。
「ダンスをなさるのでしたら、音が必要ですね」
 いそいそとシェアトが竪琴を取り出す。
「デニムさんもいらっしゃいますし、賛美歌、恋歌、色々奏で歌いましょうね」
「はい、是非。パーティに合った明るい雰囲気の曲がいいでしょうか」
 結局、マリーはダンスに誘われ談笑に付き合わされて終わった。分隊員の間でも、即戦力を求めているという事もあったから、マリーを仮入隊させる事は危険だという結論に至ったようだ。もしも彼女が怪我でもしようものなら、即座に付き添いを付けて後退させる事は目に見えている。
「いつか、もっと力つけたら認めてもらえるって。な?」
 しょぼんとしているマリーをファイゼルが慰めたが、ふとイヴェットと目が合って動きが止まった。
「‥‥違うぞ。ナンパしてるわけじゃないからな!」
「何も言ってませんが」
「俺は、イヴェットが女性と楽しく過ごしている時間を邪魔したりしないし、ほんと、楽しんで欲しいって思ってるよ」
 歩み寄りながら、ファイゼルはイヴェットを見つめる。
「俺も‥‥体験入隊しようかと思ってもみたんだけど‥‥この事でライラにも相談に乗ってもらったんだけどさ」
「そうなんですか?」
「‥‥まぁ、大した事は言ってないさね」
「あ。ライラには感謝してる。‥‥で、正直まだ悩んでるけど、国よりイヴェットを優先してしまうから騎士には向いてないよなっ」
 明るく言うファイゼルだったが、
「1人程度は分隊長の身代わり役が居てもいいとは思うがな」
 それを聞いていたギスランが答えた。
「そりゃ、盾は進んでなるつもりだけどっ。‥‥って言うか、ギスランが今回アルメルに協力してるのって‥‥死期悟ってじゃないだろうな」
「お前も死期を悟ってみるか?」
「とっても遠慮するっ」
 ファイゼルは少しだけ逃げて行った。
「‥‥俺も‥‥希望、だけど」
 ウリエルが立ち上がり、ぺこりとお辞儀する。
「俺も‥‥旅を続けていたけれど、永住を決めた‥‥。守りたいものが増えたから‥‥」
 決意を促され、彼はぽつりぽつりと落とすように話し始めた。
「その人達を、ノルマン自体を守りたい想いを‥‥抱くようになった。‥‥守るための、決意を持った人々の集まり‥‥。力になりたいから」
「それは、ナイトにならずとも出来る事ではないのか?」
「‥‥もし、無理ならば‥‥冒険者のまま、協力する‥‥」
「ナイトというものは、時には非情かつ冷酷にならなければならない。自分だけではない。多くを守る為に切り捨てるものがある。お前が今、守りたいと思う人々が居るならば、ブランシュ騎士団に入るべきではないな。私情で個別に守りに行く事は不可能だ」
「‥‥不可能‥‥」
「貴方は恐らく、優しい人なのでしょう」
 イヴェットが静かに告げた。
「そして多くの冒険者はこう言います。『1人を助ける事が出来ないならば大勢を助けることも出来ない』。『大勢の為に1人が犠牲になると言うならば助けに行く』。‥‥我々ナイトに出来ない事だから、冒険者が行うという事なのでしょう。貴方はそれを背負うことが出来ますか。貴方が守りたいと思う人を貴方の手で守る事が出来ない世界に、身を投じる事が出来ますか」
 返事は無い。表情には出ていないが、迷っているようである。
「アルノー卿も‥‥昔、故郷の村を冒険者に託したのだったな」
「えぇ。ノルマンが水害に見舞われた頃でしたね」
「川が氾濫した時ですか?」
「大変だったのだな」
「たいへん、だったのです?」
「それで、どうしましたの?」
「冒険者の皆さんに依頼を出して、忙しい中それを受けて下さった方々が再建に力を貸して下さいました」
「災いがあった時は、ブランシュ騎士団は真っ先に動くだろうからな‥‥。あたしはその動きを妨げないよう、支えていきたいのさね」
 2人は信頼し合っている表情で頷きあった。
「俺も、ウリエルと同じ心持ちだな」
 ウリエルの隣に立ち、彬が軽く手を挙げる。
「この地に生きる人達を守りたいと誓った。誓いは俺にとって生きる理由でもあるな」
「お前はジャパンの忍者だな。忍者は主君に仕えると聞くが?」
「故郷か‥‥」
 苦笑しつつ、彬は頷いた。
「出身、職業‥‥障害ばかりだとは思うが、俺を甦らせ生きる理由を与えてくれたこの地を守る為に、この命を使い果たしたい。それに‥‥幾ら何でも死にすぎだ、橙分隊」
「言われるほどではありません。戦線離脱した者が多い事は確かですが」
「代わらせろとは言わないが、これ以上はな‥‥」
「では、貴方に問います。貴方は、国の為に死ねますか」
 言っている事は、ジャパンにおける侍や忍者に求められる事と同じかもしれない。彬は軽く首を振った。
「この地の為に生き、死のう」
「分かりました。仮入隊を認めます」
「早っ!」
 遠くから声が上がる。
「今回、入隊希望して頂いた冒険者の方には改めて礼を。騎士の道とは過酷なものです。ですが冒険者の方々には今後も門戸を開く事でしょう。又、機会があれば他の試験も受けてみても宜しいと思います」


 その頃リーディアは、アルメルの『これでもかスパルタ教育』に遭っていた。
 ‥‥というわけでもなかった。
「聖職者は姿勢がいいものなのね。その様子ならば立ち方も問題ないですわ」
「本当ですかっ‥‥? アルメルさんの教え方がお上手なのですよ〜」
「ほ、褒めたって何も出ませんわよっ」
「‥‥」
 食後の香草茶をずずと飲みながら、ウリエルがその2人を眺めている。アルメルが何かリーディアにとって不利益な事を行うならば、そっと釘でも刺しておこうかと思っていたのだが、その心配は無さそうだ。
「あの。僕にも教えて頂けませんか」
 そこへ、デニムがやって来た。
「‥‥武辺者でして、その辺がまったく疎いんです‥‥」
「よろしくてよ」
「俺も教えて貰えないか? いつまでも箸って訳にもいかないからな」
「あらあら‥‥。私は女ですわよ。紳士の作法を教える立場ではございませんわ」
 だが男性陣に教えを請われるのは悪い気はしないらしい。何だかんだで教え始めた。
「正式な会見の際、御座に対して会した方々がこのようにお並びになりますから‥‥」
「はい。では僕はこういう風に入って‥‥」
「そこで一度御剣を下ろすのですわ。‥‥何故お后が下座にいらっしゃるのかしら?」
「はっ。つ、つい‥‥」
「とっとと上座に行きなさい。よろしくて? 剣を頂く事はあまり無い事ですけれども、作法はきちんと覚えて頂きますわよ」
「はい、覚えますっ」
 真剣に言いながらも、リーディアは頬を緩ませる。
 習いたいという気持ちはあったが、建前でもあった。彼女に教わる必要は無かったのである。だが、自分が嫌われていると打ち解けたいと思っちゃう性質のリーディアは、腹を割って話せるようになりたいなと思っていたのだ。
「ふふ‥‥頑張って下さいね、皆さん‥‥」
 シェアトがそれを見つつ、自分はアルヴァレス家お抱えの楽師達から、貴族好みの歌などを聞いている。
「では、私からは歓びの歌を‥‥」
 一息吸い込み、シェアトは澄んだ声を高らかに響かせた。


 巡る時を重ね 追いぬいて行く若木たち
 花を付け 実を結ぶ 宿した夢 恋心
 光差す未来に 祝福を 喜びを
 見届け ゆるり共に生きる時に 感謝を‥‥


 庭に置いたままの焼肉道具の前で、イヴェットが1人肉を焼いていた。普段は自分で調理などしないが、楽しいらしい。
「お‥‥イヴェッ‥‥」
 声を掛けようと庭に向かったファイゼルの前で、彬がイヴェットに近付いていた。
「前の続きなんだが‥‥いいか?」
「はい?」
 もぐもぐ食べながら、イヴェットは小首を傾げる。
「傍に居たいとは望んだが‥‥俺は気が長いんだ。立場もあるだろうし‥‥惚れた腫れたより前に、人としてな。付き合っていきたいと思ってな。‥‥そうだな、イヴの気持ちは今、どこにあるんだ?」
「今ですか? このお肉、美味しいですよ」
「確かに美味しそうだ。俺も貰うかな〜‥‥と、箸はそろそろ卒業するつもりだったんだ」
「無理に変える必要は無いのでは? 自分の色を自分の色のまま出しつつ他人と協調する事が大切かと」
「そうかな。まぁ、他人と協調は大事だよな」
 肉を焼きながら、彬は先日の事を思い出した。いつも、彼女と話す時は屋外である。
「‥‥もし、気が向けば、だが‥‥故郷の話を聞かせてくれないか? どんな家に育って、どういう子供だったか、もな」
「そうですね。気が向けば」
 とだけ答えて後は食べ続ける彼女と、何かとぽつぽつ話題を振る彬を見ながら、ファイゼルは立ち止まっていた。
「‥‥ファイゼル殿? どうしたのさね」
「あ‥‥あぁ、ライラか。ん〜‥‥どう、って言うか」
「‥‥遠慮せずに傍に行けば良いと思うさね」
「そうだな。俺だって‥‥」
 庭を見つめながら、ファイゼルは思う。
 生涯のパートナーになりたいと、ずっと思い続けてきた。何度もフラれ、その度に少しずつ距離を縮めながら接してきた。恋愛には興味が無いと。結婚に夢など無いと、彼女はずっと言い続けている。そんな彼女を支え続けたいと思ったのだ。
 例え、一番傍に居るのが自分でなくても‥‥。
「いやいや、絶対俺が!」
「決闘はしないで欲しいですの」
「するか!」


 そして、宴は終わりを告げた。
「絵、かけたのです」
 パーティの様子をエフェリアが絵にしていた。
「カンツォーネさん。結婚、おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます。ほわぁ〜‥‥素敵な絵なのです‥‥」
「すてきな絵、でしょうか?」
「はい、とても」
 皆がたちまちその絵を囲み、楽しげに過ごす人々が温かく描かれたその光景に、各々礼を言ったり褒めたり突っ込みを入れたりする。
「では、そろそろ帰りますね。アルヴァレス家の皆さん、ご招待ありがとうございました。色々教えて下さった事も、とても嬉しかったです」
 アルメルはそっぽを向いていた。
「リーディア殿と‥‥仲良くして頂いて嬉しかった‥‥。ありがとう」
 そっとそれへククノチが声を掛ける。
「べ、別にっ! 私はそういうつもりじゃ」
「‥‥素直になったほうがいい事も‥‥あるから‥‥」
「うるさいですわよっ!」
 冒険者達が簡単に後片付けの手伝いをしてくれた事もあって、屋敷内は綺麗に片付いていた。彼らを見送った後、アルメルはパーティ会場に戻り、橙分隊員達に挨拶してまわる。
「‥‥ギスラン。‥‥図りましたわね?」
 最後に弟の所に行き、彼女はそう尋ねた。
「いい后だろう。お前は年を取って狭量に成り過ぎる。少しは見習って嫁に行け」
「その婚約者を殺したのは誰だったかしら? あぁ、嫌ですわ‥‥又、相手を探さないといけませんのね‥‥」
 そうぼやくと、彼女は冒険者達が去って行った扉のほうを見つめる。
「‥‥でも、そうですわね‥‥。冒険者とは、皆ああいうものなのかしら? 今度また、機会があったら‥‥お会いしたいですわね」