青薔薇村奇跡祭
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■イベントシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月18日〜01月18日
リプレイ公開日:2010年07月07日
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●オープニング
青薔薇の村。そう呼ばれる場所がある。
表向きは森中に覆い隠され、ジャパンであれば忍びの里と呼ばれる事もあったかもしれない。勿論ここはノルマンで、時折怪しげな者たちが行き交っていたとしても、たとえそれがノルマンで見る事は珍しいとされる、とっても長身な者たちであっても、噂の端に上るだけで終わっていた。例えば森の中から世にも恐ろしい、ひらりんドレスを身に纏った巨体が現れたとしても、人々は無言を通した。貫いた。そうしなければ、何か恐ろしい光景を見る事になる予感があったのである。
「あの‥‥すみません」
だが、その森道をやって来た者たちが居た。そして、入り口から声を掛ける。村内に居た、明らかに何か違う格好をしたジャイアント達が、ぎろりと振り返った。
「こちらに最近村を作ったとお聞きして‥‥。えぇと、怪しい者ではないんです。ただ、教会のような‥‥神に祈りを捧げる場所が無いとお聞きしていたので‥‥」
「‥‥ジュール、帰ろう」
のしのしと近付いてきた異形の者たちの姿を見ただけで、同行者は全てを把握したようだ。いや‥‥ここに辿り着く前から薄々分かってはいたのだが、神聖騎士の少年の護衛として付いてきた身としては、彼の意思を尊重すべきだ、と思っていたのである。
「でもリシャールさん。どんなに小さな祭壇であっても、そこに祈りの声がある限り神は必ず見て下さるものなんです」
「お前の熱意が、アレに通じると思うか‥‥? アレは、どう見ても神の教えに殉じる事が出来ないヤツラだぞ」
「あら〜‥‥カワイイ坊やたちね〜」
しかし逃亡を図るには既に遅かった。リシャールは野生の勘で一歩後退したが、ジュールは相手がどんな非常識な言動と格好をしていても動じていない。にっこり笑って彼らを見上げた。
「こんにちは。あらかじめご連絡も差し上げず突然訪問したりして、ごめんなさい。僕は『聖なる母』にお仕えしております、ジュール・マオンと申します。こちらにお祈りを捧げる場所が無いとお聞きしたんですけども」
「あるわよ。祈る場所なら」
中でもまだ小柄なジャイアントが、後方を指す。
それは村の中心部であった。石で作られた祠が薄っすら雪をかぶって白くなっている。中にはこの村の『守り神』たる『夫婦像』があるらしい。
「見たいなら、入ってみる?」
「はい」
「‥‥ジュール、待て。色々待て」
ジャイアント達の表情から色々悟ったリシャールが、ジュールの肩を引いた。
「俺は嫌だぞ‥‥。兄貴達や家族に顔向け出来ないような事態になるのは」
「よく分かりませんが大丈夫ですよ。とても親切そうな方々ですし」
と、若干年下の少年は笑顔を絶やさない。何となく、自分の『弟』達を思い出してついつい世話を焼いてしまったりもしているが、この笑顔が意外に曲者なのだ。と、彼は思っていた。
「リシャールさんはこちらに残りますか?」
「‥‥いや、行く」
ここに一人残されるほうが余程危険だ、とは言えない。さすがに女装ジャイアント達に囲まれた状態では。
今更ご紹介が必要かはわからないが、ここは、青薔薇の村。女装ジャイアント達の園である。
正確にはジャイアント限定の場所ではない。元々この場所は廃墟であった。そこに『彼女達』の楽園を築くべく冒険者達が協力したのは、もう1年近く前の話になる。今は冬だからその開拓模様はあまり見えないが、春になれば祠のある広場には椅子やテーブルが並べられ、憩いの場になるのだ。薔薇園も作られた。作られたばかりだが。そして、乙女趣味全開な飾り付けを施された家々が並んでいる。中には、聖なる夜は終わったというのに、未だそういった飾りつけで彩られた場所もあった。
「パリに‥‥相当巨大なツリーが出来たそうじゃない」
「店の子達が言ってたわよ。新しいデート場所になるらしいって」
「ゆ‥‥許せないわ! あたし達がこっちに移動した途端、そんなステキ場所を作るなんてっ‥‥!」
相も変わらず嫉妬深い『彼女達』は、めらめらと嫉妬の炎を燃やす。とりあえず燃やす。
「よし。じゃ、ここにも作っちゃおっか」
「同じものじゃあ面白くないわよ。もっと違うものにしない?」
「ジャパンには門松というものがあるわ。ちょっと時期は外れちゃうけど、巨大門松もいいかもね」
「この際さぁ。『守り神』を超巨体にしたらぁ〜? んで入り口に飾るのぉ〜」
某人物達をモデルにした『夫婦』像を巨大にして入り口に飾れば、間違いなく一般人は逃げていくだろう。
「ん〜‥‥イマイチ捻りがないわよねぇ‥‥」
「あ。あたし、イイこと思いついちゃった」
「分かった。冒険者、よね」
「そそ。ついでにね‥‥」
ごにょごにょ。女装ジャイアント達が密集して何かを密談している様は、端から見れば非常に怖い。が、ここは青薔薇の村。誰もそんな事思いはしない。一般的来客者を除いては。
「‥‥お前‥‥この状態を正常な村だ、って言い張るつもりじゃないだろうな‥‥」
「楽しそうでいいと思うよ。村の人達一人一人にきちんと課せられた仕事があって、皆で協力し合って生活してて、それであんなに楽しそうなんだから、とても良い村だと思う」
「‥‥お前って、幸せな奴だな‥‥」
そんな少年二人に、村人達が近付いてきた。
「ねぇ、あんた‥‥神聖騎士って言ったわよね。実は‥‥ちょっとだけお願いがあるのよね」
「はい、何でしょう」
「この村を、正式に認めて貰いたいっていうのも‥‥このノルマンで生活する以上、無いわけじゃないのよ。神の教義に反する事は、あたし達自身が一番よく分かってるわ。こういう生き方しか出来ない事を理解してもらいたいってわけでもないけど、何って言うのかな‥‥このままでいいのかな、ってちょっと思ってもきてるわけ。同好の士だけで生活する暮らしは楽しいわよ? でも、そうじゃない人達と触れ合う事も出来るから、人生楽しいんじゃないかなとも思うのよね。辛いこともあるけど、でも、そういう楽しみも味わいたいじゃない?」
「‥‥僕は若輩者でまだ分かりませんが‥‥でも、そうですね。色んな人達と接する事が出来る生活は、とても楽しいものだと思います」
「これはクレリックの範疇だと思うんだけど、あたし達、そういう事も含めて『他人』を招待したいのよ。今のあたし達の素のままの姿で、他の人達と一緒に楽しみたいのよね。で、祭りをしようかなって」
「お祭りですか?」
「ま、時期外れよね。でもそれもいいんじゃないかなって。ちょっと食材かき集めるのは大変かもしれないけど、そこは『女の意地』よね」
「僕はまだ式の采配を取れるような身分ではありませんが、ご協力出来る事があれば、お手伝いしようと思います」
「ありがと。あんたにして欲しいのはね。もしも教会の奴等が目の色変えて飛び込んできたら、追い返して欲しいのよね」
「説明すればいいんですよね? 分かりました」
安請け合いしたジュールに、リシャールは眉を顰めた。
この展開は、どう転んでも教会の連中が出てきた時点でジュールの責任になるのではないか。そう、思ったのである。
「あ、でも、僕よりもずっと多くの経験を積んでこられた諸先輩方が冒険者ギルドには沢山おられます。この周辺の方々だけじゃなく、冒険者の皆さんもお誘いしてはいかがでしょうか。お祭りはとても楽しいものですから‥‥真冬でも、きっと楽しんでいただけると思いますよ」
そう続け、少年は微笑んだ。
●リプレイ本文
●
「‥‥」
その日、彼らはやって来た。
この村を、この祭りをより良きものにする為に。
「‥‥」
だが何故か、村の入り口ではバチッと火花が散っている。凡そ一方的に。
「な‥‥何ですって‥‥! 女と婚約したですって‥‥!」
「思えば、最初にポールさんの片思いに感じ入って薔薇に突撃してからもう3年か‥‥。時の経つのは本当に早いなぁ‥‥」
「いいえ、待ちなさい、ロックフェラー! 何であたしじゃないわけ!?」
「いやぁ、薔薇で、本当にいい仲間に出会えた。姉さん方と色々あったりはっちゃけたりしたけど、本当に楽しかった」
「何、遠い目してんじゃぁああ!」
「‥‥俺の婚約まで祝ってくれる、本当、いい縁に恵まれたなぁ、俺は‥‥」
「祝ってない! 祝ってないわよ!」
ずるずるずる‥‥。姐さんの一人は強制退場させられた。
「あれ? 姐さんどうしたの?」
「全くもって、時が経つのは早いですなぁ‥‥」
売られた火花を買おうとしていたロックフェラー・シュターゼン(ea3120)の隣で、ケイ・ロードライト(ea2499)が腕組しながらうんうんと頷く。
「しかし、感慨に耽っている場合ではありませんぞ! 我ら一同、この『青薔薇の園』を人々が普通に集える場所にする第一歩として、様々な事を行う計画を立てましたからな」
びらん。ケイが巻いてあった布を広げた。『祝! 青薔薇の園一般開放記念祭!』と書かれてある。誰が書いたかはヒミツだが。
「よ〜し、盛り上げるぞ〜。義父さんのお祝いもね〜」
「あたしは認めないわよ〜!」
退場した向こう側から怒声が上がったが、気にせずウィル・エイブル(ea3277)は伸びをする。
「ご安心下さい。我らは世界共通万国胸奥、並べて慈悲深きセーラ様の使徒。教会から糾弾の手が伸びるような事はさせませんよ」
柔らかな笑顔を作ってエルディン・アトワイト(ec0290)も頷いた。一人の『娘』が、その笑顔に釣られるようにささーっと近付いたが、エルディンはささーっと同じ速度で後退して行く。
「世話になった姐さん達の為だしな、俺らみたいな人間が広く世界に出る足掛りになるだろうとも思う。漢一匹桃代龍牙(ec5385)、ここは一つ魂を震わせて行こう」
「刻むぜ! 魂のビート!」
龍牙の後方で、尾上彬(eb8664)は既に燃えていた。
「‥‥お祭りって聞いて来たけど、凄い熱気に包まれた村だね」
そんな彼らの中で一人紅一点、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)がきょろきょろと辺りを見回している。一見見た目だけでは少年に見えない事もないので、『お姉さま方』からは特に指摘も無かった。
「‥‥やっとついた‥‥」
唐突に、森の視界が一部開ける。がさごそと、ジャイアントにしては多少背の低い男が草木を掻き分けて出てきた。
「あらぁ、太一じゃない」
「お世話になったお姉さん達のお手伝いをしようと思ってたら道に迷って‥‥。とにかく恩返しの為にも、頑張るよ」
あらゆる森の中の自然物を被った文月太一(ec6164)の姿である。
とにもかくにも、ここにこうして、手伝いと盛り上げとこれからのお祝いの為に、冒険者達が集ったわけで‥‥。
「ジュール君。よく聞いて欲しいんだ」
「はい? 何でしょうか」
「ここの人達は真面目なのかもしれないけど、君の求めているものとはいろいろ違うんだ――!!」
「‥‥えぇと‥‥?」
「具体的に言うと、宗教観の違いと言う根本的な問題がっ!!」
村から少し離れた所で、デニム・シュタインバーグ(eb0346)が必死になってジュールを説得していた。隣でリシャールも頷いている。二人の意思は一つだ。ここからこの少年を退避させる事。それに尽きる。
「つまり‥‥」
「デニムさ〜ん!」
「デニム殿〜、置いていきますぞ〜!」
「御飯先食べちゃうよ〜」
「デニム、ジュール、リシャール! 勢い良く燃えるぞ〜!」
「そういえば此方ではどのような食事が出るのでしょうか」
「楽しみだね〜☆」
「姐さん達。料理の支度なら手伝うぞ」
「あぁ、ご飯だ‥‥ぐるぐるきゅー‥‥」
「‥‥」
当たり前のように村の中に入っていく彼らの背中を見つめつつ、デニムは何となく言葉を失った。
「と、とにかく‥‥!」
「行きましょう、二人とも。僕、ご飯の支度手伝ってきますね!」
「あ、ちょっ‥‥!」
止めようと上げた手は、空しく放置される。その後ろから、リシャールがぽんとデニムの肩を叩いた。
「行こうぜ、兄貴。‥‥色々ともう無理な気がしてきた」
「‥‥そうだね‥‥」
溜息をつき、デニムも立ち上がる。
「あ、そう言えばリック。ジュール君と二人で居るのは初めて見るけど、随分仲が良いんだね。それは嬉しいんだけど、どうやって知り合ったのかな?」
「あぁそれは、最初にラティールに向かう馬車の中で‥‥」
そして、二人はゆっくりと話をしながら、村の中へ入って行った。
●
まず、彼らが考えたのは教会対策である。
と言っても‥‥。
「『阿留加那歌舞伎団(アルカナかぶきだん)』の立ち上げ興行を行いますぞ!」
であった。
「ジャパンに歌舞伎というのがある。歌舞伎の影響を受けた舞台の町としても良いんじゃないかと思うんだ」
龍牙の説明は、村人達には今一つ分からなかったようだ。エルディンが付け足す。
「女形というのがあるんですよ。『女性の格好をし、女性のような嗜好であるのは役になりきっているためです。見た目で判断してはいけません』と、教会の人達には言うつもりです」
「成程ねぇ‥‥」
「アルカナ団はタロットカードをモチーフにしようかと。私は『隠者のケイ』ですぞ」
「はい、は〜い! じゃあボクは『あるかな仮面☆』さんしか無いよね!」
「アトラクションは必ず2人組みで行ってもらうようにしようかな〜。その方がある意味人気でるかもしれないし〜」
「二人組みでしたら、私はアイドルユニットを‥‥」
「おれも、おれも〜」
「ん〜‥‥」
ウィルの思惑通り、二人ずつになって催し物を考え始める中、ロックフェラーは一人図面を描いていた。
「お、何してるんだ?」
彬が声を掛ける。見れば何となく想像がつく形ではあるが。
「守護神巨大像は素晴らしい、作りたい! って思うんだが‥‥でも、時間無い!」
「あれはかなり時間が掛かるだろうな」
「ならば、今回は祭り用巨大やぐらでファイアァァァ! これはどうだろうと思うんだ。今、設計図を描き中〜」
「むしろ、けも達が炎を囲んで踊り狂う‥‥とかどうだ?」
「それは見事だ、さすがだ尾上さん」
「ふむ。けもですか。こういう形のはいかがですかな?」
「ケイさん凄い〜。渋い作りだね〜。イブシ銀って言うんだよね? こういうの」
「いやいや、それほどでも」
「‥‥破壊的な香りがするんですが‥‥」
「何を言っているんですか、デニム殿。こういう時はもっと繊細かつ奇抜にですね‥‥!」
ガリガリガリガリ。
「まさか‥‥これを造れと言うのか‥‥? 勿論俺は出来る限りの範囲で裁縫に力を入れるけどな、でもな。人体構造上、この造りは間違っているかもしれないと真っ先に思ってしまうぞ」
「頑張れば、何とかなるんじゃないかな? ボクは、けもには尻尾が付き物だと思うんだよ!」
ガリガリガリ。
「あれ? ちょっと太くなりすぎたかも?」
「おれは、耳もあるといいと思う」
「四つ耳に‥‥」
「尻尾も二又とか‥‥」
「待て待て。むしろ、けも達が狂い踊る余興には、一体だけが目立ちすぎるのは良くないと思うんだ。むしろ素朴さを売りに‥‥」
「つんつるてん‥‥」
「それ、けもじゃなくて布オバケ‥‥」
「‥‥で、何の動物になったの?」
村周囲の罠などをマイルド仕様に交換してきたウィルが戻ってきた時も、まだ『けも談義』は続いていた。どう見ても、『何かの動物』には見えなかった。
とにかく、やる事は決まった。
一、炎櫓を作る
一、舞台を造る
一、けもを作る
一、神輿を作る
翌日から、大掛かりな作業が始まった。
周囲の木を切り倒し、必要なものを作成しては運び、設置していく。この数日で村の大きさは以前よりも一回り大きくなった。『娘達』も日頃はか弱さを売りにしているらしいが、自分達の事とあっては見ているだけにも行かない。力仕事を手伝い、作業は大いにはかどった。
龍牙は細かく村人達やロックと相談を重ね、舞台設定を作って行った。本番に失敗は付き物とは言え、出来れば失敗無しに終わらせたい。まぁ失敗しても何とかなるだろうが、舞台のほうで失敗が無ければ、演者達も心置きなく出し物を披露できるはずだ。歯車をせっせと作って設置している舞台の前では、ロックと彬が櫓の部品を運び込んでいた。組み立てているとケイが丸太の一部を持ってきて、薪にする為に割り始める。出店などをする為の『土産物屋』の計画も立てた。今はまだ村独自で作る事は出来ないだろうが、やはり来て貰ったお客さんの為にはお土産の一つや二つあったほうが良かろうと考えたのだ。
「俺も、姉さん達とけも仮面と覆面、それからメンズサイズのドレスなんか作ろうかと思ってるけど、ちょっと今は時間足りないよな」
「計画だけでも立てておいて、とりあえず薔薇店の馴染み客を誘っておきますかなぁ」
汗を拭いつつ言うと、ウィルが丁度パリから来たという商人達を案内してきた。頭の上に葉や草が載っているが、その辺りは気にしない事にする。
「お絞りとお水お持ちしました〜」
汗だくで働く男達の為に、ジュールがせっせと冷えたタオルと水を運ぶ。
「あ、ジュール君。向こうは僕が運ぶから」
舞台に居る『娘達』のほうへはデニムがそれを運んだ。何気なく舞台下と上でのじりじりした攻防はあったが、デニムはそれをかわして逃げ切り走ってくる。
「最悪荷物に詰め込んで逃げようって言ってもなぁ‥‥」
そんな一同を離れた所で眺めていたリシャールは、後ろからべしっと殴られた。
「いて」
「少年! サボってないで働きなさい!」
「何やってるんだ、エラテリス」
「私は『アルカナ仮面☆』! 断じてエラテリスという名の娘ではない!」
「お前も働けよ」
●
「はい。只今わたくし、ヨーシア・リーリスは、謎多き森の奥に潜む村、『青薔薇村』にやって来ております。今からこの秘境の村に足を踏み入‥‥きゃー!」
「‥‥あれ? ヨーシアさんだったよね。何やってんの?」
「‥‥わ、私にはモンスターの知り合いは居ません〜!」
「俺だよ。ロックフェラー」
ぱかっ。『けも』の頭部を取って、ロックフェラーが顔を出した。
「ん? 何、義父さん。お客さん〜?」
「そうらしい」
「私は、パリでこのチラシを見たんですよ〜! 『来たれ勇者! 秘境の村青薔薇の郷へ! 熱き魂、燃え上がれ拍子、今必殺の阿留加那歌舞伎団見参! 君も立ち上げ公演を見に来ないか!? 随時村人募集中!』」
「これは酷いチラシですねぇ」
「イイ広告じゃないか」
「イイ広告だよね」
「薔薇組と星組の事を入れるべきだったな」
「少々地味でしたかな?」
「余り派手にしたらお客さん引いちゃうから、ボクは、これでいいと思うよっ」
「ケイがこれを撒いてくれたのか。これは相当な数の客が見込めるな〜」
「あ。お姉さん〜! お客さん第一号さんが来たよ〜!」
「‥‥あの、ヨーシアさん。後ろにいらっしゃる黒服の方は‥‥?」
どこから湧いて出たと突っ込みたくなるくらい、何時の間にか村の入り口に冒険者達が集まってしまった。だがデニムの指摘に、一同は一斉にヨーシアの後方を見る。後方待機していた聖職者は、こほんと咳払いをひとつした。
「え〜‥‥私は、パリから派遣された教会の者でして‥‥」
「それはそれは遠い所から、ご苦労様です」
皆の反応は素早かった。あっという間だった。さっと皆の前にエルディンが足を進め、聖職者と挨拶を交わす。その隙に、皆はクモの子を散らしたように去り、祭りの準備に取り掛かった。
「あの‥‥えっと、私はどうしたら‥‥」
「勿論、お嬢さんもご一緒にどうぞ。私がお二人ともこの村をご案内しますよ」
にっこりと微笑み、エルディンが二人を誘導し始める。
全てはこの村の為に。熱き魂と叫びと自由獲得の為に。
昼が過ぎ始めた頃、村の中に人々が入り始めた。村の中には屋台が並び、簡単な食事を取れるようにしてある。薔薇が咲く予定の薔薇園の前に並んだ椅子は多めに用意され、舞台前にはゴザが敷かれた。この季節、少々薄ら寒いが、傍にある炎櫓に火が点れば恐らく凄い事になるだろう。
ドドン。
夕刻が近付いた頃、突如櫓の上から太鼓の音がした。皆が振り返る。
「よし、点火だ!」
彬が火をくべた。その上でロックフェラーが鍛え上げた上半身を夕陽に晒し、太鼓を叩き始める。
「‥‥感傷に浸っている場合か、俺! 皆の気持ち(婚約おめでとう)に報いるんだったら弾けて弾けて弾けきり! ここにいる皆とここにいない仲間達と! そして薔薇のお姉様方のために最高の祭りにするのが俺の役目ぇ!! テンション最高潮に上げて行くぞオラァァァ!!!」
何か叫びながら太鼓を激しく叩いていたが、周囲の人々には何を言っているのか聞こえなかった。
「ロック、お前は神になるんだ! 神になれ! 炎の神にな!!」
「俺が! 俺が火の神だ!! 鍛冶ゴッドだ!!!」
彬がどんどん薪を入れていく。客達はさりげなく退いていた。
「ようこそ皆様」
舞台に魔法の光が灯る。そこに、たぬき耳と尻尾を付け巫女装束を着た小柄なジャイアントが現れた。
「ようこそ皆様、宵闇の郷へ。今宵始りますは悲劇の話、愛のもたらす奇跡の神話。語るは我等が亜留加那歌舞伎団、愛を歌うは咲き誇る薔薇組に、語り舞うのは我等星組薔薇を照らす薄明かり」
くるりんとたぬきが一回転する。
「今宵は皆様、楽しみますよう、初めての舞台、楽しまれますよう」
「私、この度進行役を努めます『隠者のケイ』ですぞ。たぬき君、ありがとう」
その横に、外套を着てランタンを持ったケイが現れ、太一に頷き返した。太一はぐるりんぐるりん回りながら舞台の袖まで行って、回りすぎて倒れる。
「では、まずはこの初舞台を飾る‥‥幕落としをご覧あれ!」
ケイが手を向けた方向に、イギリスにある冒険者学校の制服に羽織を着た少年のような人物が立っていた。魔弓を構え、しっかりと見定めて矢を放つ。一瞬矢が光り輝き、次の瞬間、櫓から舞台まで伸びていた紐を見事に切り落とした。優雅に観客向かって礼をした少年? の後方で、舞台の幕がゆっくりと落ちて行く。
「只今見事なお手並みを披露しましたるは、我ら亜留加那歌舞伎団の一人、『あるかな仮面☆』! 皆様、盛大な拍手を!」
おぉぉ〜という声と共に、拍手が起こった。その拍手の向こう側で熱熱という声が聞こえていた気もしたが、殆どの客は気付かなかった。
「さて。続きましては〜! アイドルユニット『ベイビーズブレス』の二人が歌い踊りますぞ!」
巫女装束と天女の羽衣を着てエルディンが飛び出してくる。
「いえ、はとこのエルディーヌです」
エルディーヌさんだそうです。
「それじゃ、『ベイベーズブレス』のショーを楽しんで行ってね♪」
「行ってね〜」
ひらりんとたぬきも戻ってきて二人は舞台上を、所狭しと踊り回った。時折二人の傍で火が上る。龍牙がファイアーコントロールで火を操り演出していた。観客達も最初は引いている者が居たが、そもそもこの村を当たり前のようにジャイアント女装住人が闊歩している上に、拷問にしか見えない太鼓叩きや火くべに夢中になっている者が居たりとかで、ある程度感覚が麻痺してしまったようである。
「♪らんらら〜」
「♪るんるる〜」
くるくるくると回った後に舞台の中央で決めポーズを取った二人は、そのまま司会者『隠者のケイ』の所へ向かう。
「は〜い、ケイさん。次の司会かわりま〜す」
「いやいや、進行役は私が務めますぞ」
「そんな事言わずに〜(はぁと)」
「いやいやいやいや」
「くるくるる〜」
進行役の取り合いとなった二人の後ろで、太一はくるくる回り続けていた。
「お二人は次のショーの準備をするべきですぞ!」
「そう言わずにその椅子譲りやがれ!」
「あ〜れ〜」
体当たりされた『隠者のケイ』は舞台から転がり落ちて行った。
「では、気を取り直しまして〜、みなさーん、あるかな仮面☆ さんを呼びましょうー!」
笑顔をたたえ、エルディーヌさんが舞台下の子供達に手を振る。だがその顔は床で揺ら揺らしている炎に照らし出されてちょっと怖かった。それを間近で目撃してしまった可哀想な子供が泣き出す。
「あ〜あ‥‥エルディーヌさん泣かせた?」
「いけませんな! いたいけな子供にそのような仕打ち!」
「ち、違いますよ!」
「一体誰かね!? 子供を泣かせるなど悪逆非道な振る舞い! 誰が許しても私、『あるかな仮面☆』は許さない! とうっ」
ひらり。羽織が風を受けて舞う。舞台の上に立っていたあるかな仮面☆ さんは、エルディーヌさんの悪逆非道な仕打ちを指摘したびしっと後、晴れやかに飛び降りた。中身の人であるエラテリスは高い所が大の苦手である。だがあるかな仮面になる事でそれを克服しようと試みた。
「危ないっ!」
だが少々高すぎた。危うく舞台に顔面衝突する前に、鮮やかな勢いで騎士が飛び込んでくる。炎の中、真紅のコートが翻った。
「大丈夫ですか!? エラテ」
ぼぐっ。思い切りアッパーカットが入る。
「私は『あるかな仮面☆』だ! 全く、兄弟揃って間違えるとは何事か!」
「す‥‥すみません、つい‥‥」
せっかく舞台の袖から助けに入ってお姫さま抱っこまでしてしまったデニムだったが、舞台の上で正座させられ謝らされた。
「さて‥‥出し物だったな、お嬢さん」
「えぇ。続きましては、『呂美夫と寿理越斗』です〜」
「由緒正しき家柄の呂美夫と寿理越斗。されど、彼らの家は先祖代々の仇敵同士。愛し合う二人に、未来はあるのか!?」
「ちょっと、『隠者のケイ』さん!? 司会は私が」
「いえいえ、私が」
「だからこの私」
「ですから」
「は〜い、始まるよ〜」
二人の前に出た太一が、ひらひらと観客に向かって手を振る。
そうして、歌舞伎団の目玉劇が始まったのであった。
●
内容は、呂美夫が彬。寿理越斗が『娘の一人』で始まった。太鼓の盛り上がりに合わせてデニムが横笛で雰囲気を出したり、途中、鮮やかに『あるかな仮面☆』さんが寿理越斗を助ける為に攫おうとして重くて無理だったりしたが、悲恋物として真面目に話は進んだので省略。
「はーい。これ、『幸福の賽銭箱』だよ〜。ここにお金入れると、ちょっぴり幸せになれるかも?」
合間の休憩時間にウィルが箱を持って練り歩いたり、一体何の動物か分からないが住人たちが『けも』と呼ぶ何かを被った者たちが櫓を囲んで踊り狂ったりしていたが、その頃になると観客達もすっかり麻痺‥‥いや、慣れ、屋台で買った軽食などと共にその場の雰囲気を楽しんでいるようだった。
「さて、最後は神輿の登場となりますぞ‥‥! 皆さんもご一緒に、担いでみて下さ‥‥」
いよいよ舞台も盛り上がり佳境とばかりに『隠者のケイ』が声を張り上げた瞬間。
「あ」
「あ」
「あ‥‥」
「あ〜あ、義父さんって裏切らないよね〜」
櫓が落ちた。
正確には、龍牙がある程度炎をコントロールしていたものの、太鼓とロックフェラーが乗っていた床は炎による相当なダメージを被っていたのである。いよいよそこから世紀の大脱出! という前に、漢は炎の中に落ちていったのであった。
「『漢、ロックフェラー。永遠に、安らかにここに眠る‥‥』」
「って、何を堂々と書いてるんじゃああああ!!」
「あ、蘇った」
炎の中から、ロックフェラーが飛び出てくる。ヨーシアが小さく舌打ちしたような気がしたが、ちょっと髪とか服が燃えてチリチリになっていたりするが、この際それは気にしないことにした。
「さすがだな、ロック! よし、神輿を担げ! 神々の使徒、その名は『阿留加那歌舞伎団』! 黙示録を超えて、今降臨せり!」
「ナイスタイミングだ、尾上さん!」
別に彬が何かしたわけではないが、二人の漢は勢いと熱い魂でもって舞台脇の神輿をがしっと担いだ。重い。
「さ、さすがに二人じゃ重いか‥‥!」
「二人とも、まだ持ち上がらないの〜?」
「早くもちあげてぇ〜」
ウィルと『娘』が二人乗っていた。持ち上がるはずがない。
「あ。あるかな仮面さんもどう〜? 一緒に神輿の上で何かしない?」
「うっ‥‥上!?」
思わず動揺が顔に出た『あるかな仮面☆』さんだったが、意を決して‥‥。
神輿担ぎに参加した。
「お、重‥‥!」
「俺も担ごう。場所は‥‥この辺りがいいな」
龍牙がやって来て、神輿飾りの上に座っているウィル達が見やすい位置に陣取った。
「あ。では僕もお手伝いします」
「僕も‥‥」
「ジュール君はいいから! むしろ、エラ‥‥いえ、あるかな仮面さんも余り無茶は‥‥」
「私に不可能はない!」
神輿を男共が担ぎ上げると、当然『あるかな仮面☆』さんはとても身長が足りていなかった。気合で担いでいる気持ちになってみる。
「おれもおれも〜。みんなで担ぐの楽しいよね〜」
太一がのほほんと言って、観客達を見た。そのまま神輿は、炎燃え盛る櫓跡の前を通り過ぎ、観客席の周囲を回るようにして動き始める。
「おには〜そと〜。ふくは〜そと〜」
ウィルは先ほどの賽銭箱を持ち、箱の表をぱかっと開けた。揺ら揺ら揺れる神輿の上で落ちそうになっている『娘』二人には構わず、箱の中身を掴んで投げ始める。観客達がわぁっと集まってもみくちゃになった。担ぎ手達も巻き込まれ‥‥。
「痛い、痛い!」
「気合だ! こんな時こそ気合だ!」
「あぁ、ベストポジションが!」
「皆さん、落ち着いてください!」
「倒れる〜!」
あっという間に、神輿は横転した。
炎櫓跡地に。
「ぎゃああああ!」
「しまった!」
倒れる寸前にひらりと身をかわして神輿から逃げたウィルとは違い、素体が重い『娘』二人は逃げられなかった。鮮やかに炎の中にダイブする。
「お二人とも! 大丈夫ですか!?」
「しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」
デニムとロックフェラーが駆け寄ると、『娘達』はそのまま二人へと倒れこんだ。
「うわぁ! 熱い! 炎の神、容赦なく熱いよ!」
「龍牙さん!」
「分かってる!」
龍牙が炎を操作する。エルディンがひらりと舞台を降りて一行の元に駆け寄った。
「全くもう、私が居なかったら、この火傷はどうするつもりだったのですか?」
「気合で何とか」
「気合で何とかなるよな」
「そうよ、エルディーヌ! あたし達に何とかできないことなんてないわ!」
炎に包まれていたように見えた『娘達』の火傷は、全く大した事が無かった。
「そうだな。俺達は炎の神の使徒! 『阿留加那歌舞伎団』だからな!」
「こんなすてきな『阿留加那歌舞伎団』に、皆さんも入ってみませんか〜?」
太一がのほんと観客達に自己アピールをした。
返事はない。皆、唖然としていた。
●
長くて短い戦いは終わった。
朝日が昇り、村に泊まった者たちの為に立てたテントから、客達がぞろぞろ出てきて朝食を食べ、帰って行く。その中には、パリから来た聖職者の姿も含まれていた。彼らの表情は一人一人違う。だが皆の見送りを受けると、それぞれに頷き、或いは手を振り、または握手をして、去って行った。聖職者も何も言わなかった。ただ一言、『また来ましょう』とだけ言い残し、複雑そうな笑みを浮かべていた。彼の立場としては大っぴらに認めるわけには行かないが、と言った所か。
そして、この村の為に尽力した者たちも、帰宅の徒につくことになった。
「姐さん達、ひとつ、聞きたいんだが」
これからの村の方針としてどうするか。ケイは土産物について言及したが、龍牙は歌舞伎団について問うた。
「これから、ここを歌舞伎の影響を受けた舞台の町としても良いか? ここを今後どうして行きたいか、それによって宣伝ややり方が変わる。年に一度の大掛かりな舞台の町にする、というのもありだ。姐さん達はどうしたい?」
「そうねぇ‥‥。これからここに、どんな人達が住み着くかにもよるけれど‥‥」
村人達は一様に笑顔で、冒険者達を見つめている。
「歌舞伎団は悪くないわね。1ヶ月に1回くらい、やってもいいと思うわ。冬はさすがに抜きかしらね」
「俺たち星組は、薔薇組の姐さん達がしたいようにできるよう尽力するよ」
「ありがとう、龍牙。それから‥‥」
「うわあああああああん」
いきなり、『娘』の一人が泣き出した。
「ちょっと、ユキさん‥‥」
「いいじゃない。泣かしてあげれば。今まで我慢してたんですもの」
「ケイ、ロックフェラー、ウィル、デニム、彬、エルディン、エラテリス、龍牙、太一‥‥。みんな、ありがとうね」
そして、彼女達は握手を求めたり、或いは抱き締めたり(ちょっと苦しい)して、別れを惜しんだ。ユキはまだ泣いている。
「又、ここにいつでも来て頂戴。貴方達が尽力して作ってくれたこの場所を。あたし達は失ったりはしない。いつでも思い出せば貴方達の心に在るような、そんな場所にしてみせるわ。今まで、ありがとう」
日が大きく南へと昇る頃。
冒険者達は、パリへと帰って行った。
季節は巡り、人も営みも移ろい行く。
半年後、彼女はその村を訪れた。
「青薔薇の郷なのに‥‥赤薔薇なんですねぇ‥‥」
「綺麗に咲いてるでしょ。あたし達の自慢。これを永遠に咲かせる事が、あたし達の使命でもあるのよ」
「ですって。沢山の人が住めるような場所を作るのって‥‥素敵ですよね。生き甲斐があるのって」
「そうだな」
半年前にこの村を訪れた娘に手招きされ、共にやって来た女性が薔薇を手にする。
「誰かが誰かの為に懸命になり、そこに新たな結果が生まれる。蒔いた種がこうして芽吹き花となる。素晴らしい事だ。‥‥娘さん。これを1本頂いても?」
「いいわよ〜」
「確かにこれは、一つの結果。そして続いていく未来の途中でもある。‥‥この1本の花から、新たに又、芽吹くだろう。大事に育てよう、ありがとう」
女性が微笑み、薔薇を1本切り取った。その横で、この村を宣伝していた娘も薔薇の花を手にする。
「そうですね‥‥。例えば、全く知らないような場所で。この花の種が飛んでいって芽が出るような‥‥そんな事もあるかもですよね」
それは無いだろう、とは誰も言わなかった。
そして、彼女も又、薔薇の茎に手を伸ばす。
ここに、一つの終わりと始まりがあった。
この世界の中には、冒険者達が携わった出来事のその後が分からない。そんな事も沢山あるのだろう。それらは良い結果を生み出しているだろうか。それとも悪しき結果になってしまったのだろうか。それさえももう、確かめる事さえ出来ないかもしれないけれども。
だがどんな些細な事でも彼らによって救われた人が居る事を、忘れてはならない。
多くの人が、歩み続ける事が出来ている事を、伝えてはいないけれども、確かに今も忘れず、貴方達に感謝している事を。
どこか、心の隅で憶えていて下さい。
今も、歩き続けている冒険者達。貴方達へ。