橙分隊恋愛模様〜告白〜

■イベントシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月21日

リプレイ公開日:2010年03月10日

●オープニング

 ブランシュ騎士団橙分隊。
 恐らく全員独身者で占められている隊である。そして、このまま行くと解体の憂き目に遭うであろう隊である。
 分隊長が生きている間、或いは引退するまでの間はおいそれと解体される事は無いだろうが、隊員の犠牲が重なり、又、補充も無く活動している為、様々な弊害も出ているという事だった。その弊害にはひとつの原因があったのだが、今、この時点ではそれが解決されたかは定かでは無い。
「私も‥‥そろそろ40歳を迎えるな」
 内心を表に出さない分隊長、イヴェット・オッフェンバークは、その忙しい日々の中でふと呟いた。
「いえ‥‥まだもう少しお若かったように思いますが?」
 一応控えめに、最近何かと彼女に付き添うことが多い黒髪の男がそれへと返す。彼自身は最近40歳を迎えている。女性の歳を指摘してはいけないが、女性側から歳の話題を振られた際にどう返すのが良いのか。男性側は出来れば関わりたくない話題であろう。
「そうか。そうだな‥‥。だがな、テオドール。私は限界も感じている。分隊長としての責務を全う出来る時間はさほど多くないだろうな」
「‥‥そのような弱音をおっしゃるとは貴女らしくない」
 分隊内でも常識人の範疇として数に数えられる男は、ごく普通の励まし方をした。
「分隊長は女性ながらもまだ前線で戦う事が出来ていると私は思います。まだまだ我々を導いて頂かなくては」
「‥‥結婚、しようと思う」
「‥‥は?」
 それは唐突だった。時として彼らの分隊長は、過程をすっ飛ばして結論だけを言う。
 勿論、以前からそういう動きはあった。彼ら全員の主、ノルマン国国王を結婚させよう作戦の一環として‥‥独身揃いの分隊長を結婚させて陛下をその気にさせよう、という話があり、その作戦も実行されている。橙分隊ではそれに加わり独身揃いの分隊員達を結婚させて分隊長をその気にさせよう計画もあり‥‥その計画の中で出会い、恋愛を発展させた者もいた。残念ながらそれが彼女を奮起させる事は無かったようだが。
 そもそも彼女は結婚というものに余り関心が無かった。自分が家庭に入るという図もぴんと来ていなかったようだ。結婚し子供を持つ事で、将来の王妃の心の支えになれるだろうと言われた事もあったが、彼女は騎士の道を貫くつもりでいたのだ。元より、治めるべき領地も無ければオッフェンバーク家の後継者でもない。血を繋げる必要など無いという考えだった。彼女にとっての結婚の観点というのは、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。死ぬまで王と国と民に尽くす事だけを自らの道と見出していたはずなのだが。
「‥‥もしや、お疲れですか。マルセル殿もここの所不調の様子。お見舞いに行かれたとお聞きしましたが‥‥そういった事も、考えてみれば珍しい事ですね。マルセル殿に懇願されましたか」
「マルセルが懇願したのは、アルノーの事だ。後は‥‥橙分隊の事か。‥‥最近、過去の戦いを時々思い出す。あの頃真っ直ぐに駆け抜けたが故に、果たせなかった思いだ」
「‥‥いえ、結婚なさるとあれば大いに喜ばしい事ではあるのですが‥‥少々急すぎましたので。結婚なさったからと言って直ぐに騎士の道を止めるというわけでは無いのでしょうし」
「相手によるな」
「相手による!」
 テオドールは絶句した。男の意思で自らの意思を曲げた事など無いと思われた女が、相手に合わせるかもしれないのだと言う。これはどういう事だろうとぐるぐる悩んだ結果。
「‥‥それで‥‥お相手は?」
 と、聞くだけに留めた。
「‥‥まだ、決めていない」
「‥‥は?」
「決めかねている」
「はぁ‥‥。では、候補は居る、という事ですか」
 今まで貫いてきた道をあっさり違えてしまうかもしれないと発言している割には心もとない答えに、テオドールは思わず額を押さえたくなった。
「こういう事のお膳立ては‥‥私よりも副長のほうが得意なのですが、この際、はっきりとご自身の気持ちに決着を付けられてはいかがでしょう? そして、この先の人生の事も。‥‥部下としては、貴女が騎士の道を選ぶ事を望みますが、個人としては貴女がその選択を行うことで幸せになれるならば、協力は惜しみません」
「さて‥‥結婚する事が幸せに繋がるとは私自身、思ってはいないが‥‥」
 呟きながら、彼女は遠くを見つめる。
 その顔は、確かに少し疲れているように見えた。


 冒険者ギルドに小さく張り紙が張られた。
 橙分隊主催で、今までの戦いで喪われた魂の鎮魂を兼ねて、旧聖堂にてささやかなパーティが開かれるらしい。鎮魂は勿論大事だが表向きの理由なので、こっそり遊びに来てね、と付け加えられている。ペット王国と化した事もあるその場所は、基本的によく飼いならされたペットならば入る事が可能であり、戦いに疲れた心身を癒すべく穏やかな時を過ごしましょうという意味合いのものであるようだった。
 が、ギルド員には伝えられている。この会が、橙分隊が開く最後の会になるかもしれないと。そうならなかったとしても、今預かっている分隊挙げての仕事が終われば、一先ず分隊員の半数が国外へ出かけることになっていた。その前にアルノーという前例を見て冒険者から彼女を‥‥と企む者も居たとか居なかったとかいう話だが、そういう諸々の思惑も含んでの会になるだろうという話である。
 結局の所、いつものパーティとはそう変わらない。
 唯一つ、分隊長の想いを除いては。

●今回の参加者

ロックハート・トキワ(ea2389)/ ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ デニム・シュタインバーグ(eb0346)/ エーディット・ブラウン(eb1460)/ カイオン・ボーダフォン(eb2955)/ 鳳 令明(eb3759)/ リディエール・アンティロープ(eb5977)/ アーシャ・イクティノス(eb6702)/ 尾上 彬(eb8664)/ ライラ・マグニフィセント(eb9243)/ エフェリア・シドリ(ec1862

●リプレイ本文


 荘厳な鐘の音が、聖堂へと流れ込む。
 祈りの言葉が紡がれ、その場に居る者たちは神へと鎮魂の思いを捧げた。
 奏でるは魂の平穏さ。歌うはこの世の平和。そして魂導きし天の使いへの感謝の言葉を。
 この世を守る為に散って行った多くの者たちの為に。
 そして生き残りこの世を守ると誓った者たちの明日の為に。
 祈り、歌い、奏で、そして。


 誓おう。
 君の為に。


「橙分隊の皆さんには本当にお世話になりました。今回は感謝を伝えたくて、参加させて頂きました」
 デニム・シュタインバーグ(eb0346)が、居並ぶ騎士達に騎士の礼を取った。
 全員で祈りを捧げる時間は終わりを告げ、デニムは祭壇へと向かう。この季節に祭壇を飾る花は少ないが、それでも集めたであろう冬を彩る花が、その場所を優しく包み込むようだ。その中から1本を取り、剣を捧げるように祭壇の上へと置く。
「‥‥多くの方がこの戦いで散っていきました。でも、皆さんが己を省みず、国の為、民の為に戦ったことで、本当に多くの人が救われたのを、僕はこの目で見てきました」
 その横に、橙分隊では最も若い騎士、アルノーが立つ。場所を譲ろうとしたデニムに笑顔で気にしないでと伝え、彼も祈りを捧げた。
「貴方と初めて会ってから、もう随分経ちますね。あの時ドラゴンを退けようと一人盾になった貴方の雄姿。今思えば間近で見る事が無かった事も残念に思います。‥‥あの時、貴方ならきっと立派な騎士になるであろうと思っていました」
「と、とんでもないです。これから、僕もブランシュ騎士団の一員として働く事になりますが、皆さんの事は以前から騎士の模範、目標とし、邁進してきたつもりです。皆さんには言葉で、あるいは行動で大切な事を教わりました。本当に、ありがとうございます」
「これから共に戦う機会も増える事かと思いますが、少しだけ先輩である私で良ければ、何なりと相談して下さい」
「はい! 宜しくお願いします」
 深く礼をしたデニムだったが、そこに鋭い声が飛ぶ。
「分隊長を差し置いて先に個別で祈りを捧げるとはどういう事だ。新入り共」
「申し訳ありません、副長。すぐに」
「副長‥‥。ギスラン様、昇進なさったのですか。おめでとうござ」
「戯言を言うな。目出度くない」
 不機嫌そうなギスランに一礼してその場を離れたデニムは、聖堂内に居る者たちを見回した。彼が師匠と仰ぐ人物はこの場に居ない。それは分かっていた事だが。
「ユリゼさん。‥‥フィルマン様のご容態は‥‥」
「えっ‥‥?」
 聖堂の隣室はささやかなパーティ会場である。そこでライラ・マグニフィセント(eb9243)が自宅で作り持って来た、ノルマンディ風舌平目のクリーム煮と鶏のクリーム煮、ラングスティーヌの香り煮を人数分よそって並べている隣で香草茶を淹れていたユリゼ・ファルアート(ea3502)は、びくりとして振り返った。
「あぁ‥‥大丈夫よ。元気元気」
「ですが副長の座を降りたと‥‥。ギスラン様が新しい副長にお就きになったそうです」
「‥‥そう‥‥。ん、でも騎士を辞めるわけじゃないし、大体アレが副長というのが可笑しな話だったのかもしれないし」
「ご負担になっていたのでしょうか」
「それよりもギスラン様のほうが心配。ご無理なさってないといいけど」
「痩せ我慢は体に悪いのさね。ユリゼ殿。デザートはミルリトン・ド・ルーアンとタルト・ノルマンディを持って来たのだが、これに合う茶はあるだろうか?」
「あ、はいはい。‥‥味見してもいい?」
「勿論」
「うん。‥‥ほんといつもライラさんのデザートは格別よね〜。じゃあ‥‥ちょっとブレンドしてみようかな」
「僕も給仕を手伝いますね。どれを運べばいいでしょうか」
「デニム殿は騎士なのだから、今日くらいはどんと構えていればいいのさね」
「どんと‥‥」
「あぁ、ライラさん。私‥‥痩せ我慢してないからね?」
 ユリゼの声に、ライラは微笑を浮かべ頷いた。
「相手を信じ、信じられる事。それが出来るようになったならば、もうユリゼ殿は心配ないのさね」


 一方で、祭壇では一人一人個別の祈りがまだ捧げられていた。
 ロックハート・トキワ(ea2389)は少し離れた所から祭壇を見つめる。己で選び、己を賭し、そして力尽きた者達を思う心はあった。だがこの場で彼らについて多くを語る必要は無いだろうと思い、祭壇に祈りを捧げ終わったファイゼル・ヴァッファー(ea2554)へと目を移した。
「‥‥ん? 何だ?」
「‥‥いや、別に」
 そう。ここは楽しむ事を重視したほうがいいだろう! 主に見守ったり見守ったり茶化したりするほうが! それも鎮魂の一種だ。
「歌を捧げても宜しいでしょうか?」
 リディエール・アンティロープ(eb5977)が聖職者に尋ねる。了解を得た所でカイオン・ボーダフォン(eb2955)もやってきた。
「彼らは先に行っただけさ。僕達は彼らの残した希望の芽が芽吹くのを見守りながら歩いていくんだ。そしていつか再び会える」
「‥‥そうですね‥‥」
「その気持ちと貴方達への感謝を込めて歌い、奏でます」
「ご一緒しますね」


 吹き抜ける風に 今は亡き友を重ねる
 舞う風は一陣 我が身をすり抜けてゆくけれど
 風が運ぶ希望の芽は この道の先に芽吹いている
 だから行こう この道の先へ
 友と築いた希望を抱いて
 かけがえのない 絆と共に


 重厚とは言えないが、二人の歌がしばし聖堂内を包み込んだ。
 歌い終わった所でカイオンはイヴェットへと目をやる。
「皆さん。祈りの時間は終わりとしましょう。失われていった命の為に、明日への糧となる為に、これからは楽しむ時間を」


「素敵な予感ですね〜♪」
 パーティ会場の脇には、元々聖職者達が着替えたりする小部屋があった。その部屋でエーディット・ブラウン(eb1460)が楽しそうにドレスを両手で持っている。いや、抱えている。
「イヴェットさんに綺麗な衣装を見立ててあげるですよ〜♪ 告白や結婚の約束をするなら、相応しい恰好をしないとですから〜♪」
「‥‥ちょっと待って下さい。私がいつ」
「は〜い。後ろ向いて下さいね〜♪」
「‥‥オッフェンバークさん、結婚、でしょうか?」
 その隅で、エーディットが連れて来たゾウガメさんの上でつるつると遊んでいたエフェリア・シドリ(ec1862)が、まるごとかたつむり姿で2人を見上げた。
「最近結婚式、たくさんあるのです。きっと良いことなのです」
「とっても素敵な事ですね〜♪ エフェリアさんも飾ってあげるのですよ〜」
「服、着替えたほうがいいでしょうか?」
「その姿も可愛らしくていいと思いますよ〜♪ でも、リボンだけでも〜」
 大きなリボンがかたつむりさんのしっぽのような部分に巻かれた‥‥。
「プレゼントにも最適ですね〜♪」
「最適でしょうか」
 そう言いながらもイヴェットの衣変えは着々と進んでいる。
「‥‥その、着飾ってどうこう言うのは少し違うと思うのですが‥‥」
「着飾るのも武器のひとつなのです〜。軽くお化粧もして、美しさを際立たせてあげるですね〜♪ 会場までは、レースで可愛く飾ったゾウガメでお送りしますよ〜?」
「‥‥」
 色々言いたい事はあったようだが、イヴェットはエーディットに全部任せる事にした。


「あ〜、美味しいです〜。ライラさんのお料理本当に美味しいですね〜。皆さんの恋愛模様もとっても美味しいです〜」
「‥‥」
 アーシャ・イクティノス(eb6702)が山盛りのチキン(主にイヴェット用)を合間に食べつつ、楽しそうに皆をみていた。勿論じっくり見つめるのは礼儀に反しているからチラ見である。でもチラ見でも思い切り凝視しているようにも見える。
「‥‥ん。美味いな」
「‥‥ロックハートさん。何やってるんですか‥‥?」
 隣に座ったのは、一見少女のような男である。着物姿が実に可憐だ。だがそろそろ年齢的にも女装が合わなくなってくる年頃ではある。
「釣りだ。気にするな」
「釣りは川か海でやるものじゃないですか?」
「丘釣りだ。気にするな」
「気になりますよ〜」
「それにしても、イヴェット様が結婚‥‥ですか」
 2人の前に座ったリディエールが穏やかに微笑みながら、香草茶の入った器を手に取った。
「確かに橙分隊はその手のイベントに事欠きませんでしたけれど、イヴェット様はあまり乗り気ではなさそうでしたのに」
「そうですよね〜。ファイゼルさんと彬さんのアタックぶりを見守るのも楽しいです」
「何だか感慨深いものがありますね」
「彬さんが優勢に見えるけどどうでしょう?」
「どなたを伴侶に選ぶのだとしても、ご両人に幸福がありますように。そう、祈りたいと思います」
「ふむ。‥‥そこは見守ろう。限りなく。己の技術の全てを持ってして」
「これから何が起こるかはわかりませんが、しかし、それぞれの往く道にどうか幸多からん事を。 僕もそう先ほど祈ってきました」
 結局給仕の手伝いをしているデニムが、皆の前にデザートを置いて行く。
「‥‥それで‥‥ロックハートさんは何故、女性物の着物を‥‥?」
「気にするな。全力で楽しむ為のものだ」
「にょにょ〜。ここに女装している人がいるにょ〜」
 そこへ、ぱたぱたと鳳令明(eb3759)が飛んできた。
「ヨーシアどにょ。さっそく記事にするにょにょ〜」
「了解でっす」
 令明とヨーシアは『わんこ楽園の会』を作っている。それを広める為という目的も含めて、先日共に世界各地の旅に出ようという話になった。ヨーシアは一般人だからこの世界を旅して回るのは危険だが、月道なども使いつつ危険地帯は通らないようにして旅をするつもりである。
「たいちょ〜。この美味しそうなデザート食べてからでいいですか〜」
「甘いもののゆーわくには負けるにょ。にょにょ。『お砂糖』というヤツを書くために、甘いものをたべるにょ〜」
「実物2割増で書くのが丁度いいものなのですよね。うん、おいし〜」
「ヨーシアさん。そのクリームも一緒に食べると絶品なのですよ〜」
「ありがとうございます。では一緒に‥‥。あぁ、冒険者の方々っていつもこんなに美味しい物を食べているんですねぇ‥‥。うぅ、涙が‥‥」
「‥‥これも食べるといい」
「あ、ロックハートさん! それリディさんの分っ! あげるなら自分の分じゃないんですかっ」
「ふふ‥‥気にしないで下さい。沢山食べて下さいね」
「たくさん、食べるのです」
 ちょこんとカタツムリが座った。座ると着ぐるみに呑まれている。
「あぁっ‥‥! ナンですか、このかわいい物体は!」
「‥‥踊り子に手を触れるな」
「踊るのです。ホーリー・ハンドベル、あるのです」
「わんこの着ぐるみもあるにょ〜。着るかにょ〜?」
「随分賑やかだな」
 特にめかしこんでいない姿で尾上彬(eb8664)も隣の卓に座った。皆が集う卓はもう満員も満員だったので。
「彬さんもお茶、飲む?」
 香草茶を注いで回っていたユリゼが声を掛けた。
「俺も飲もうかな〜」
 ファイゼルもやって来て器を差し出す。
「‥‥ロックハートは女装か‥‥」
「お前も着るか? ぱりきゅ」
「やめてくれー!」
 反射的に叫んだファイゼルだったが、ふと気付いて彬へ目をやった。
「で、それ、着るのか?」
 彬の手には何故か巫女装束が。
「‥‥いや、何時の間にか持っていたんだ。何を言っているか分からないと思うが、禁断の指輪も気付いたら持って来てたんだ」
「女同士の禁断の愛というわけだね。そうして騎士達に危険物として連れ去られるんだな。お茶ちょうだい」
 盛り上げ役として歌い奏でていたカイオンも休憩として椅子に座る。
「あ、私も後から盛り上げ役として横笛吹くわね。猛特訓したんだから」
「綺麗な女性とご一緒できるなら大歓迎だよ」
「僕も竪琴を持ってきました」
「私も歌わせて下さいね」
「大合奏で盛り上げるのもたまにはいいかもね。後でみんなで歌い踊り狂うか!」
 香草茶とデザートで楽しんでいると、扉が開いてエーディットの声が聞こえてきた。
「お待たせしました〜♪ 真打登場なのですよ〜」


 ゾウガメに乗せられてやって来た『真打』は複雑そうな表情だった。それを見守る橙分隊員達は更に複雑そうな顔である。
「‥‥その‥‥」
 そして珍しく言い澱んだ。皆に注目されて、珍しく若干頬を赤くしている。長い黒髪は結い上げられて大きな飾りがついているし、ドレスは淡い橙色で背中が大きく開いていた。鍛えているからどうしても広くなりがちの肩を隠す為に掛けられたショールは薄く、肩が透けて見えている。
「‥‥歳甲斐もない格好で申し訳ない‥‥」
「歳なんて関係ないだろ」
 ファイゼルが真っ先に動き、青色の外套をイヴェットの肩に掛けた。その行動に彼女の表情が緩む。
「ありがとう」
「‥‥そのドレスも似合ってるけどさ。でも‥‥」
「何です?」
「後で、話す」
 ファイゼルが離れた後は、ユリゼが近付いた。そのままゴブレットを手渡す。
「ライラさんが用意した料理、たっぷり召し上がって下さいね。まずは食前茶を」
「ありがとう。貴女もテーブルへ」
「はい。‥‥イヴェット様。やっぱり可愛い女の子や素敵な女性が幸せでいてくれるのが一番ですから。決着はつけても、答えは出さなくても良いんだと、思います」
「‥‥私が今日決着を付けようとしている事を皆が知っているのか‥‥お聞きしても?」
「皆、心配してるのさね」
 椅子に腰掛けたイヴェットの横から料理を出しつつ、ライラが微笑んだ。
「私の事よりも‥‥皆さんに幸せになって頂く事。それが私の何よりの幸せです。ライラさん。ユリゼさん。どうしようもない男達ですが、それでもあの者達が貴女方を思っている心に偽りは無いと、私は思っています」
「‥‥その、アルノー卿との事だが‥‥。以前、イヴェット卿は」
「えぇ、申し上げました。結婚はまだ早いと思っていますが、それでもあの者を貰って頂けるならば感謝のしようもありません。貴女がその事で幸せを手に入れるならば反対する理由も今はありません」
「‥‥イヴェット卿‥‥」
 思わず言葉に詰まったライラからユリゼへと目を移し、イヴェットは言葉を続ける。
「あの男も本当にどうしようも無い男です。貴女に多くの苦労も掛けた事でしょう。呪いは解けましたが、その為に貴女が奔走した事も分かっています。これからも同じ事を繰り返すかもしれない男です。それでも?」
「‥‥その時になってみないと分かりませんけれど‥‥。でも恋愛って、迷いながら進むものなのかもしれません」
「先日、副長を正式に辞しました。あの男が騎士の座も降りたとしても?」
「最初に会った時は騎士ではありませんでした」
「では、修練を積むために各地に移動したとしても?」
「冒険者も各地を飛び回っていますから」
「そうでしたね」
 イヴェットは微笑み、ユリゼも微笑した。そして扉のほうへ目をやる。
「遅くなりましたが来たようです」
 言われてユリゼも振り返り‥‥歩き出した。
「何で来てるのよっっ、もう‥‥。まだ調子は良くないんでしょ?」
 言いながら男へと近付いていくユリゼの背中を見、そしてイヴェットは2人の男へと目を移した。
 一方でライラは真っ直ぐアルノーの元へと向かっている。
「あぁ、ライラ。このデザートの作り方を‥‥」
「アルノー卿。今、イヴェット卿と少し話をしてきたのさね。それで‥‥」
 神妙な顔をしているライラに、アルノーは真っ直ぐ向き直った。
「その、もう一度確認したい。‥‥あたしは‥‥。あたしは、アルノー卿の生涯のパートナーになりたいのさね‥‥」
「僕も生涯、貴女だけです。何度でも誓います」
「‥‥いや、その‥‥。そうではなくて‥‥」
 赤くなっているライラに不思議そうにしていたアルノーだったが、壁からにょきと出ている幾つかの顔にぎくりとしつつ、慌ててライラを覗き込んだ。
「‥‥なんで冒険者はいつも目ざといんだろう‥‥。ライラ。もしかして、結婚の事?」
「‥‥ある意味、これまでと似たような関係かもしれないけれど‥‥。あなたが大義を果たした後に帰ってくるべき場所を護りぬくから」
「本当は、分隊長が結婚するまでは、と思っていました。でも近いうちにきっと‥‥。ライラ。僕の義父に会って貰えますか? そして、貴女の母君にきちんとご挨拶をさせて下さい。それから‥‥。アルノー、と。呼び捨てして貰えるととても嬉しいです」
 そう言って笑う男に、ライラはしっかり頷いた。


「イヴェットどにょはわんこ派‥‥テオドールどにょはにゃんこ派‥‥。もっとわんこ派を探すにょ〜」
「楽しみですね〜。‥‥はぁ、でもあちこちらぶらぶでちょっと妬いちゃったりするかも」
「お砂糖だらだらにょ?」
「だらだらですよね〜」
「ふっふふ〜。ユリゼさん、ほんとに愛されていますね〜。ボケのフィルマンさん、ツッコミのユリゼさん、お笑いコンビができそうですし。アルノーさんとライラさんも周りの空気が和やかで、ぴったりのお二人だと思いますし〜」
「まだ覗き見ですか〜? アーシャさん」
「覗き見じゃないのですよ〜♪ そっと見守っているのです〜♪」
「ジャマしてはいけない、でしょうか?」
「邪魔してはいけないのです〜♪」
「絵、描くのです」
「それはいい案ですね〜♪」
「あ。ヨーシアさん」
 振り返ったアーシャが、ヨーシアへと声を掛けた。
「誰か来てますよ?」
「はい?」
 同じように振り返ったヨーシアが固まる。
「ヨーシアー!!」
 そこには、全くお呼ばれでない男が仁王立ちしていた。
「‥‥お祝いムードな中に何しに来たんですか、ポールさん」
「何をしに来た。お笑い巫女レンジャー」
「お前が人の事言えるのか! 赤い奴! そんな事よりヨーシア。俺は来た。来てやった。お前を引き止めに来た! そんな羽と一緒に行くなよ!」
「羽じゃないにょ〜」
「俺と結婚しろ!」
 あらゆる全てを飛ばした男に、女は一瞬黙った後。
「嫌です」
「少しは考えてから答えろよ!」
「私の『わんこ楽園物語』を邪魔しないで下さい。さ、隊長いきましょ〜」
「行くにょ〜」
「あらあら〜。ポールさん、気落ちしないで下さい〜。きっと次の素敵な恋が待ってるですよ〜♪」
「そうですよ〜。きっと私みたいに素敵な相手と巡りあえますから〜」
 エーディットとアーシャに慰められながら、ポールは床に突っ伏した。


 独身者の中でも、リディエールはギスランの事を少し気にしている。同じエルフであるという事もあるが、浮いた噂も聞いた事が無い。
「どなたか、気になる方などはいらっしゃらないのですか?」
「特には。‥‥お前は結婚したそうだな」
「ご存知でしたか‥‥。はい。とても大切な方です」
「相手がな。まぁ有名と言えば有名だろう」
「ギスラン様。容態はどうですか? アレの代わりに副長になられたそうですけれど‥‥無理をなさらずに」
「お前はソレの相手でもしているがいい」
 やって来たユリゼにもその言い様だった。
「私は‥‥。少し、お話を聞いてみたくて」
「ギスラン様‥‥。私ではいけませんか‥‥?」
 そこへ着物を着た少女っぽいものが来た。
「変態と人間に興味は無い」
 一刀両断された。
「‥‥テオドール様〜‥‥」
 ふらふらと少女っぽいものが去るのを不安げにユリゼは見送る。


「貴方に一言、話したいことがあります」
 皆が歌い踊り笑う中、ファイゼルはイヴェットに声を掛けられていた。
 2人は誰も居ない聖堂へと入り、静寂が包み込む中、イヴェットは祭壇を見つめる。
「あの、さ‥‥」
 ファイゼルから先に口を開いた。元より沈黙には余り慣れていない。
「歳の事とか、気にするなよな。急ぐ事は無いんだからさ」
「今日、私が決断をするであろう事、貴方も聞いているのですね」
「‥‥いや、さ。俺はいつまでも待てるから」
「貴方に想いを告げられ、傍に居て私を守る‥‥或いは添うような日々は‥‥。思えば、私のこの人生の中でも初めての事でした。私は何度も貴方に冷たい言葉を投げかけたかもしれません。今は申し訳なかったと思っています」
 女は素直に謝罪の言葉を告げた。だが、男が望むのはそんな言葉ではない。
「私は、余り考えないようにしていました。そのように添われても、私には貴方を結婚の相手として見る事は出来なかった。貴方のひたむきさは‥‥そして私に殉じ従うような素直さは‥‥どこか、違うような気がしていました。そうですね。‥‥例えるならば、貴方は『弟』のような存在。そう、最近気付きました」
「弟‥‥」
「貴方には感謝しています。それでもこの短くない時期を私と共に過ごしてくれた事。そして私に恋愛という言葉を思い出させてくれた事を」
「‥‥そっか‥‥」
 イヴェットの表情は穏やかだった。それは、あまり知らない顔だ。その知らない顔で、彼女は謝罪と感謝の言葉を述べた。素直に。率直に。
「俺じゃ‥‥ないかぁ‥‥」
 思わずそこに座り込みそうになったが、ファイゼルは笑顔を見せてイヴェットを見つめた。
「‥‥分かった。幸せにな」
「‥‥」
「相手、居るんだよな? だから、好きな奴が出来たから‥‥わかったんだよな? 俺じゃない、って」
「‥‥まだ‥‥はっきりとは」
「行ってこいよ。俺は‥‥いつでも。必要な時は駆けつけるからさ。好いた女の願いはいつでも受け付け中だぜ♪」
「ありがとうございます。でも‥‥」
「気にするなよ。な?」
 笑顔で送り出され、イヴェットは振り返ったもののそのまま聖堂を出て行った。
 それを見送り、ファイゼルは大きな息を吐きそこにしゃがみこむ。
「あ〜‥‥やっぱ‥‥きっついよなぁ‥‥」
 聖堂内で試練に耐える男を、壁に掲げられた聖印が静かに見下ろす。


「イヴ。この季節、やっぱり雪見庭はオツなものだぞ」
 聖堂から廊下へと出た女は、春になれば花が満開に咲き乱れる庭に男が立っているのを見つけた。
「この格好では限りなく寒いのですが」
「これに着替えるか?」
 巫女装束を差し出され、イヴェットは首を振る。
「遠慮しておきます。寒い事に変わりはありません」
「じゃ、これだな」
 そう言って冬の花を集めた花束を差し出され、女はそれを受け取った。
「‥‥やっぱり笑顔が綺麗だな。ずっと、笑っていて欲しい」
 外套を女に掛けながら言うと、女はその顔を見上げる。
「貴方に、聞きたい事があります」
「何でもどうぞ」
「貴方は何故、私を好きだと。そう、思ったのですか」
「一言では言い難いんだが‥‥」
 少し考え、彬は軽く目線を上げた。
「思えば、結構前から見てきた。騎士としても女性としても魅力的だとは思っていたな。でも‥‥昔、結婚を決めた相手が居たと聞いた。それを今でも引きずっているんじゃないか。そう、周りの分隊員達に思われていたみたいだった。だからその時から、少し見方を変えたのかもしれないな。本当は、無理をしているんじゃないか。自分はもう恋をしないと決め込んでいるんじゃないか。だから、外からの声も壁を作って撥ね退けて、一生を剣に捧げると誓ってるんじゃないかってさ。そう思ったら‥‥小さな女の子のようにも見えて‥‥。いや、これは俺が勝手に思っていただけなんだが」
「当たっているかもしれません」
 だがイヴェットはそう答える。
「あの頃、私には余裕が無かった。相手もそうです。そしてあの人には仕えるべき相手が居たけれども、私には心を賭してまで守りたいと思うものがなかった。だからその恋を捨てる事になった時、私は決心しました。陛下に、国に、民に。この心を捧げようと。そうする事で、騎士である事で、私は自分を保とうと、自分を高めたいと考えたのです」
「そうか‥‥。無理、してたんだな。心のどこかで」
 頭を撫でられ、イヴェットは軽く目を伏せた。
「‥‥とは言え‥‥もう私も35歳ですし‥‥余り子供扱いはして頂きたくないのですが‥‥」
「あぁ、すまん。いや、子供だとは思っていない。本当に‥‥大切で、傍に居たいと‥‥。俺は、愛する相手が居る事がこれほど幸せだと思った事は無い。イヴェットはイヴェットだ。騎士の道が疲れたらフィルを働かせろ。どの道を選んでも変わらず傍に居る」
「‥‥貴方が言っている事は‥‥さほど珍しい言葉ではないのに‥‥何故でしょうね」
 そして、女は顔を上げる。
「心に響きます。‥‥貴方に守って頂く人生も悪くありません。私が守っても構いませんが」
「月並みな男と女として、寄り添い合えればそれでいいさ」
「はい」
 女は微笑んだ。それは、本当に幸せそうな笑みだった。


「はにゃ〜。楽しい〜?」
 ハニャーと言ったかどうか分からないが、アーシャのペットの埴輪は、以前フィルマンにプレゼントした埴輪と遊んでいた。 
「スーさん‥‥馬さんも楽しいのです‥‥」
 その脇でエフェリアのペットが雪の中走り回ろうとして、猫は丸くなっている。それをゾウガメが口でくわえ、甲羅の上に乗せた。
「うわさなにょ〜。でびるろ〜どをぬけると、空に島が浮いているさむい世界にでるみたいだにょにょ〜」
「へぇ〜、そ〜なんですかぁ」
 令明の二足歩行猫の手を持ち上げたりしつつヨーシアが話をメモしていた。
 皆、外である。どう見ても寒い。
「あ。成立したみたいですね〜♪」
 彬と共に動物ランドへやって来たイヴェットに気付き、エーディットが笑顔で手を叩いた。
「祝福ラッパでお祝いしてあげないと〜♪」
「わぁ〜‥‥おめでとうございます〜」
「結婚式、いつでしょうか?」
「おめでとうございます」
 ユリゼも言いながら、ふと心配げな表情を見せる。それは、もう一人の相手が長い間頑張っていた事を知っているからでもあり、又、イヴェットが無理に結論を出したのではないかという心配でもある。
 そうしてお祝いムードが高まる中、少し離れた所でその光景をカイオンが見つめていた。彼はリュートを手に、それをただ見つめている。何も言えずに。何も言わずに。
「‥‥どうした?」
 テオドールに尋ねられ、彼は笑う。
「皆の笑顔を見てると僕は嬉しいんだ。生きる術だった歌が幸せを運ぶ。こんなに嬉しい事は無いですよ」
「? ‥‥そうか」
「だから、イヴェットさんが笑っている姿を見るのも嬉しい」
「‥‥そうだな。本当に‥‥あんなにきちんと笑っている姿を見る事が出来るとは‥‥思っていなかった」
「無理、していませんかね。大丈夫、ですよね」
「今は多少ぎこちないかもしれないが‥‥」
 その声に、カイオンはリュートを下ろし、目を閉じた。


 今は、無理でもいい。
 いつか本当に笑える日が来たら、僕も風になって祝福に行くよ。


 さようなら、僕の女神様。


 君に、幸あれ。