ボランティア
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月11日〜12月16日
リプレイ公開日:2006年12月19日
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●オープニング
ノルマンの大動脈とも言えるセーヌ川。それがもたらすのは、富や豊饒だけでは無かった。
長く続いた雨の所為だったのか、誰もがまさかと思ったセーヌ川の氾濫と、各地にもたらされた被害。それは、様々な物を失うこととなった。
命あれば儲け物だと言う人もいるだろう。
確かにそうだ。命さえ助かれば、又、希望を持って立ち上がることが出来る。生きて成すこともあるだろう。
だが、失われた多くの家屋、畑、親しい者の命。仕事を失う者も多い。体の一部を失い、不自由な生活を今後強いられる者もいるだろう。そして、再びそれらを取り戻すことが出来たとしても、傷ついた心を癒すには時間がかかるのだ。
一度失ってしまった物。何もかもを失った徒労感。絶望と恐怖を感じたその時の事を思い出すだけで。
災いがあったこと。
それを彼らの中から消すには、ただ時間だけが必要なのかもしれない。
だが今は。立ち上がる気力さえも。
それは、正式にギルドに持ち運ばれた依頼ではなかった。
依頼場所は、パリから馬車で1日弱の所にある小さな村。
「俺の‥‥故郷なんだ」
ぽつりと彼は呟いた。
「わがままな事を言っているということは分かってる。被害に遭ったのは、今も支援が行き届かず助けを待っているのは、その村だけじゃない。そんな事は百も承知なんだ」
でも、と彼はうなだれ、テーブルを見つめる。
「でも、あの村の辺り一帯を治めている領主は、本当に小さな家で、つまり貧乏な領主で。助けを求める為に金を出すことは出来ないと思う。何とかしたくても、人も金も無いんだ。国の支援を待つしかない」
「しかし、どうだろう。冒険者の中には、報酬が無くとも働く者が居ることは事実だ。しかし、先日ギルドから出した支援策に力を注ぎ、心身共に疲れきっている頃合だろうからな。それを又、体に鞭打って働けとは」
「分かってる。俺の頼みが本当にどうしようも無く、ただ人の善意だけで成せるものじゃないって事は。‥‥本当は俺が行ければ。でも、それは無理だ。俺達は‥‥優先すべき任務がある」
「そうだな」
かたと椅子から立ち上がり、彼は机の上に置いてあった冑を小脇に抱え、向かい側に座ったままの男に軽く頭を下げた。
「ギルドは今もばたついていて忙しいだろう。ギルドに出せとは言わない。酒場でも、どこでも、出せる場所に貼っておいてくれないか」
「了解した。気をつけてな」
頷き、彼はその小さな酒場を出て行く。その白い甲冑姿を、男は黙って見送った。
森の間に切り開いた、つつましいがのんびりした、穏やかな村のはずだった。
だが今は、辺り一帯泥一色に包まれ、畑も道も分からない。同じように壁の途中までを泥に塗りたくられた家や、半壊、全壊した家がぽつりぽつりと立ち並ぶ。中でも他より低い場所は、浅いが泥の池と化し、他より僅かに高い場所だけを残して、村は丸ごと泥に埋め尽くされていた。
その小高い場所に、テントが幾つか並んでいる。だがそのテントの数だけでは村人全員は入らなかったのだろう。外で毛布に包まりながら焚き火にあたっている者が複数見られた。彼らは目立った怪我はしていないようだったが、最早動く気力も無い。
恐らくテントの中にいるのは、病人怪我人等なのだろうが、彼らを癒す手段も無いように見える。
そうして座っている彼らが少しでも焚き火から目をそらせば、否応でも現実が目に入り、彼らは揃って溜息をつくのだ。家の中は、幾らすくっても一向に減らない泥の層が出来ている。そして来年の春までに、畑の泥を全てかき出すことなど出来るのだろうか。
更には今こうして座っていても。冷えと飢えが徐々にやってくる。
「‥‥領主様は何やってるんだ」
1人がぼそっと呟くが、誰も反応しなかった。領主がこの事態から逃げたとは、誰も思っていない。だが、希望の持てる未来など、今の彼らには見えて来ないのだ。
今はまだ、誰も何も言わない。だがこのまま音沙汰無く放置されれば。
「最悪、暴動が起こる可能性があるな」
支援が遅れている場所は、他にいくらでもあった。それぞれの場所に向けて国の支援は続いている。だが、その範囲は広い。該当場所の領主達もがんばっているのだろうが、限界というものがあった。
「それを未然に防ぐためにも、俺達が頑張らないと。陛下のご命令だ。‥‥俺達は、陛下の御為、国の為、人々の為に存在するんだから」
自分の故郷の事など言葉の端にさえ乗せずに、彼は毅然と街道を進んだ。
僅かな人の為ではなく、沢山の人の為に。
それが、彼の選んだ道だったのだから。
●リプレイ本文
がたごとと馬車は走る。8人の冒険者とパリで買い集めた様々な物を乗せて。今回の広範囲に渡る災難でパリ内も物資は不足していたものの、何とか事足りるだろうという数は揃えた。
「これは、ひどいですね」
ぼろぼろの馬車を丈夫に補強したコルリス・フェネストラ(eb9459)が、時折跳ねる荷台の上で辺りを見回す。
「3日で私達が出来ることを、がんばってやろうね」
ジャンヌ・バルザック(eb3346)はそれへ、強く頷き言葉を返す。
村に行く途中では、水が通り過ぎた後なのか木が倒れ、土壌がむき出しになっているのが見えた。やがてそこも通り過ぎ、馬車は小さな村へと到着する。
話には聞いていたものの、村の中は酷い有り様だった。一面泥の海。他よりも多少高い場所は水が引けて泥も薄いが、僅かにでも低い場所は救いようが無いと思えた。そして他よりも高い場所にあった為に難を逃れた場所に、幾つかのテントが見える。
「心から、お見舞い申し上げます」
2台の馬車がやって来た事は分かっているのだろうが、誰も村人はこちらを見ようとしなかった。それへとウェルス・サルヴィウス(ea1787)が聖書片手に近付いて、彼らへと挨拶をする。
「あんたらは‥‥?」
そこでようやく一行が、見知らぬ人々だと気付いたらしい。1人が彼らへと尋ねた。
「各地で酷い被害が出ているようで、支援が行き届いていない所もあると聞き参りました」
「私達は冒険者ですの」
ステファ・ノティス(ea2940)とシャーリーン・オゥコナー(eb5338)が応え、村人達は顔を見合わせる。
「こんな所まで、パリから来なさったのかい?」
「困った人を助けるのが、冒険者の務めですから」
パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)も後ろから言って、一行は彼らを安心させる為に笑顔を見せた。
大凧が空を舞っている。村人達は、それを口を開けて見守っていた。
「井戸は何とか大丈夫みたいです」
少し高い所にあった井戸は、外側は途中まで泥に埋もれているものの、中は泥まみれにならずに済んだらしい。それでも清浄な水とは言い難かったが。
「やはり水を溜める必要がありますの」
大凧を使ってフレイハルト・ウィンダム(ea4668)は桶や樽などを運び、村のあちこちに置いていた。8人の中でも力のあるジャンヌもそれを手伝う。コルリスは運んできた木板で桶や樽へ水を注ぐための樋を作り、シャーリーンがクリエイトウォーターで水を樽や桶へと入れて行った。
「もっと大きな桶を作れるといいですよね」
「でも泥を入れる為の樽も欲しいね」
さすがにその辺の木を切り倒して作成するのは時間がかかる。女3人が集まって考えていると。
「あの。家を壊してもいいみたい」
持って来た毛布などを配っていたはずのパトゥーシャがやって来て、1軒の家を指した。それは既に半壊している家で、そこから直すのは大変だからという事らしい。
そして彼女達は壊れた家から木材や使えそうな物を運び出し、新たに泥や水を入れる器を作ることにした。
村人達の中に怪我人は多く居たものの、運良く死人は出なかったらしい。
ウェルスとステファは村人達が避難している場所で、1人1人の手当てを行っていた。
「本当に助かったよ。あんた達が来なきゃ、飢えか寒さか怪我で死んでただろうからね」
リカバーで治しつつ彼らの話を聞く2人に村人達は感謝の意を述べながらも、未だに連絡も無い領主の愚痴をこぼした。
「領主様がいらっしゃらないのは、事情があるのでしょう。神が決して私達をお見捨てにならないように、領主様も決して」
穏やかにステファが言うと、村人達もそれ以上は言わなかったが。
「やはり、村人達の側に立って真摯に受け止め、希望をもたらす話をしなくてはなりませんね」
一通り見て回ってから夕食の鍋を作り始めたステファの横で、テントを張っているウェルスが静かに告げる。
「‥‥彼女が、良い話を持って帰って来てくれれば良いのですが」
日が沈み始めた村の中で、2人は村の外の方へと目を向けた。1人、領主の館へと出向いたチサト・ミョウオウイン(eb3601)の事を思って。
チサトが村へとやって来たのは、既に日も沈んだ頃の事だった。
「領主様は‥‥かなりお忙しいようです」
村人の領主に対する不安と反感は誰もが感じていたのだが、それを払拭する為にと領主宅へ行ったチサトは、幾つかの策を提示したらしい。資材提供も持ちかけたのだが、ある程度を確保するのに時間がかかる事、領主自ら他の領地に出向いており、他の者を勅使として派遣しようにも、人手も足りない事などを告げ。
「今日、明日は無理との事です。‥‥少しでも早く、村の人達の不安を除ければと思ったのですが」
領主の実情も分かるだけに、無理は言えない。
「では仕方ないな。私が何とかしようか」
ほぼ一日大凧でふらふらしていたフレイハルトが、突然言葉を挟んだ。
「今日はまだ落ち着いたとは言えないだろうから、明日にでも」
自信たっぷりに言う彼女に、皆は様々な心の声が入った目を向けたが。フレイハルトは軽く笑ってテントを出て行った。
翌日ジャンヌとシャーリーンの提案で、一同は村長の家に怪我人達を移す作業を行った。
村長の家は比較的被害が少ない上に、村で一番大きい。それでも泥の被害はあったが、既にそれらは冒険者達によって撤去され、毛布や衣服も中に運んである。村長も自分の家を使うことに異存は無かったらしい。とりあえず少々狭いながらも怪我人達は家の中で過ごすことが出来るようになり、怪我の無い人達や怪我を治してもらった人達も、全員テントと毛布と寝袋で夜を過ごすことが出来るようになった。
それでも家の中と比べれば快適とは言えない状況である。前日に引き続き村人達の治療や様子見に当たるウェルスとステファを除き、皆は泥との戦いに入った。
「えいっ」
皆がそれぞれにスコップ等の道具を使って泥をかき出し、半壊した家から作った入れ物に泥を移している中で、チサトはウォーターボムを屋根に向けて撃っていた。勢い良く飛んで行った水爆弾は、途中で力を失ってそのまま落ちてくる。それによって、家や道の泥を洗い流そうという作戦なのだが。
「大丈夫?」
畑だった場所に落ちている流木にロープをかけて動かそうとしているコルリスが、疲れきっているチサトに声をかけた。
「はい‥‥何とか」
笑顔を向けつつ、想像以上の泥の量に一休みをする。どちらにしても魔法を使い続ける事は出来ない。
その頃シャーリーンは。
「何をしてるんですか?」
畑の所で泥を手にとってしげしげと見つめている彼女を発見し、パトゥーシャが声をかけた。
「泥の性質を見ていますの」
「性質? 泥にも違いってあるんですか?」
ひょいと覗き込むと、シャーリーンは頷いて立ち上がる。
「良い泥なら肥料になるかもしれないと思いましたの。植物の成長に向くものもありますの。‥‥でもこの泥は、悪くも無いけれど良いとは言えないんですの」
「もし良い泥だったら、このまま畑はそっとしておく‥‥とか出来ました?」
「これだけ深い層だと駄目ですの。きちんとある程度取り除かないと、肥料の意味もないんですの」
「そうですか〜」
言いながら、パトゥーシャは広々と広がる泥の畑を見渡した。この泥を運ばないで済むなら‥‥と思ったとか思わなかったとか。
汚れた樽や桶や器は、たちまち泥で盛りだくさんになった。それを馬車に積んで、平穏を取り戻したセーヌ川や支流まで運ぶ。労力や時間を考えるとそこまで運ぶのは大変な事だったのだが、村周辺に捨てて後で底なし沼にでもなると困る。
「あ、フールなプティング。あれ見て」
お呼び下さいと言われたのでフレイハルトの事をそう呼びながら、ジャンヌは村の中を指差した。
それを、綺麗な水で絞った布を差し出しながらステファが出迎え。
「皆さんの働きぶりに、何とかしないと、と思われたみたいですよ」
泥を運ぶ村人達を見ながら微笑んだ。馬車を降りたジャンヌも嬉しそうな笑顔を見せながら、村人達に駆け寄る。
「怪我治ったばかりだよね? 手伝うよ、頑張ろうね!」
彼女の笑顔に、村人も照れたような笑いを見せた。
「始めは動く気力も無かった人々が、少しでも笑顔を見せてくれるようになったのですね」
怪我人の体を拭く為に水を温めていたウェルスも、その様子を見ながらステファへと話しかける。勿論、クレリックであるステファとウェルスは、不安にさせない為に出来る限り笑顔を村人達に見せていたのだが、それでも村人達は感謝しつつも希望の色は見せなかったのだ。
畑はまだ泥で埋まっているが、目に見えて家や家周りの泥が無くなって来たことで、活力が沸いてきたらしい。何よりこうして村を助けに来た人々が居て、嫌な顔を見せずに彼らの為に働き続ける姿に、心打たれる物もあったのだろう。
このまま村人達が自らの手で再興する為に動くことが出来れば。皆がその気持ちになれれば。冒険者達の仕事も終わるのだが。
その日の晩、皆は持って来たワインを振る舞って焚き火の前に集まった。
フレイハルトが楽器を奏でながら、場を盛り上げて行く。
「ところで領主様というのは、こういう声じゃなかったかね」
楽しそうに笑う者もいたが、逆に酔って領主の悪口を喋り出す者もいた。そこへフレイハルトが不意に、男の声で話し始める。
「『私達は、国の為人々の為に存在する。領地に赴くより多くの民を救う騎士として、彼らの元には駆けつけれない。だが彼らならきっと分かってくれると思う』」
「アルノー‥‥じゃないかい?」
1人の村人が声を上げた。それへと意味ありげに笑い、フレイハルトは声を戻して告げる。
「さて。この想いに、君たちはどう応えるかな」
アルノーに会ったのかと尋ねる彼らに、隣にやって来たチサトが頷いた。
「故郷の村を助けて欲しいと。領主様が助けなければならない場所は他にもたくさんあります。だから、と‥‥おっしゃっていました」
彼女達は村人達にここに来るまでの経緯や、領主の現状を話し。
「そうだね。結局、どんなに嘆いても他所の人に助けられても、あたし達の土地である事に変わりはないんだ。最後にはあたし達自身で、何とかするしかないんだね」
やがて力強くそう告げた村人は、どこか沈んだような他の村人達を励ましながらテントへと帰って行った。
果てが無いと思えた泥との戦いも、いつの間にか先が見えるようになってきた頃。
村長が一同の元を訪れ、改めて感謝の意を告げた。そして、後は自分達でやると決心したように言う。
「では、最後に直す所がありましたら、遠慮なく仰ってください」
怪我人もすっかり元気を取り戻し、食糧や水の心配もとりあえずは無く、何軒かの家も片付いて随分未来も明るくなってきた。いつまでも頼っているわけには行かないのだという村長に、コルリスも頷きながら最後の仕事を申し出た。
やがて一同は馬車に最後の泥の樽や桶を積み、まだ畑に泥が堆積している事を気にしながらも村を離れることになった。助けを続ける事はいくらでも出来たが、確かにいつまでも手を貸し続けるわけにはいかない。
「それでは皆さん、がんばってくださいね」
心配そうに見ながらも、皆が口々に村人達に別れと励ましの言葉を言い、神の加護を祈る中。
村の外から馬車が走って来て、入り口付近に停まった。
「領主さん‥‥ですね」
馬車を降りた人物を見、チサトが少しほっとした様子で皆に教える。
「良かった。これで‥‥この村も、何とかなりますね」
皆は、足早にやって来る領主と付き人、そして村人達の様子を見守った。
領主は冒険者達の村人達、それぞれに感謝の言葉を告げつつ、村人達の為の物資を運んで来たことを告げる。真摯な物言いの領主に、村人達も頷いた。
「そう言えば‥‥どうして依頼人さんの声が分かったの?」
パリへの帰り道。
不思議そうにパトゥーシャがフレイハルトに尋ねた。
「それは勿論」
マスクの下の目を細めて、彼女は笑う。
「依頼人を待ち伏せつかまえて、故郷の話を聞いたからだ」
軽やかな音を立てながら進む馬車の上で。
一際明るい笑い声が響いていた。