お仕事体験してみたい

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月18日〜12月21日

リプレイ公開日:2006年12月26日

●オープニング

「お坊ちゃん‥‥。本当に、行くんですかい?」
 馬の世話をしていた男が、車と馬を繋ぎながら不安げに少年を見つめた。
「お坊ちゃんは、そんな雑事なんて覚える必要ないんですよ?」
「だって、誰も教えてくれないんだもの」
 少年はふてくされた様子で馬車に乗り込もうとし、ふと繋がれた馬に近付いてその体を撫でた。穏やかな目をしたその馬は、おとなしくなされるがままになっている。
「‥‥はぁ。知りませんよ、坊ちゃん」
 溜息をつきながらも、それ以上少年に対して何も言えない立場の男は、黙って御者席に乗り込んだ。
 本当に、こんな恵まれた環境で育っていながら、何が不満なのだろうかと男は思うのだ。何不自由無い生活。時折少年の父親に困らされる事はあるようだが、それくらい無ければ理不尽だというものだ。将来も保障されている。金も権力も持てる立場に立つことが出来る。自分達のような使用人をたくさん使い、贅沢な生活をし、女性だってよりどりみどりだろうに。
 まぁ仕方ないだろうなと男は思う。あの母親の子供なのだから、わがままなのは仕方がない。これまでは大人しすぎたのだ。
 そんな思いに浸っている男の後方で。1人馬車に乗って外を眺めている少年は、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。

 そもそも事の発端は、10日ほど前に遡る。
「だめですよ、坊ちゃん。そんな事を坊ちゃんにお教えしたら、あたし達殺されちまいますよ」
「そうですよ。坊ちゃんは、そんなことしなくていいんですから」
 突然厨房にやって来て、料理をしたいから教えてくれと言い出した少年を、使用人達は慌てて部屋から追い出した。実際に教えたからと言って殺される事は無いだろうが、仕事を失うことは間違いないだろう。
 だが少年は諦めなかった。
「はい? お洗濯‥‥ですか? えぇ、そこの井戸の水を桶に汲んでですね‥‥って、ちょ、お坊ちゃん!」
 井戸の水を汲もうとした少年を洗濯係の女は止めつつ、大慌てで手に持っていた桶をひったくる。
「井戸に落ちたらどうするんですか! そんな危ない事をしてはダメです!」
「でも僕、馬から落ちる事とかあるよ? だからだいじょ」
「ダメです!!」
 真っ向から拒否されて、さすがに少年も落ち込んだのだが。
「馬の世話ですかい? 確かに騎士様になれば馬のお手入れも必要でしょうがね。でも世話係をお連れするんでしょ? だったら、坊ちゃんがいちいち世話する必要なんてないじゃないですか」
「でも、自分の馬ともっと親しくなれて、とても良い事なんだって前に冒険者の人が」
「冒険者と騎士様は違うんですから。そんなことする必要なんてないです」
 
 その後も、庭師や掃除係や武器防具保管係や本読み係や警備係にまで、少年は「仕事を手伝ってみたい」と、しつこくめげずにアタックしていたのだが。
「‥‥冒険者ギルドまで、馬車を出して」
 遂に、厩で馬の世話をしていた御者の男の所にやって来て、そう告げたのだった。
「家にいる間は駄目なんだって、よく分かったから」
「駄目に決まってますさ。坊ちゃんは何もしなくても騎士様になれるんだから、それでいいじゃないですか」
「それじゃ駄目なの!」
 初めて聞く大声に、さすがに男も動揺し。渋々馬車の用意をしたわけなのだが。

「こんな事したのがバレたら、ご主人様にこっぴどく叱られるんだろうなぁ‥‥。やっぱ逆さ吊りの刑かなぁ‥‥」
 馬車を厩まで走らせて預けつつ、男は憂鬱な表情でギルドの看板を見つめていた。
「でももし‥‥。そうだ。もしかすると、俺がご主人様に褒められる、ってこともあるぞ。‥‥よし」
 男は何か思いついたらしくにんまりと笑い、つい先ほど少年が入って行った冒険者ギルドの扉を開いた。


 そしてその日。
 1枚の依頼書の中に、2つの依頼が記入された。

 ひとつは。
『冒険者さん達のお仕事を体験させてください』
 そしてもうひとつは。
『貴族のお坊ちゃんを適当に納得させ、騎士の仕事が冒険者の仕事と比べてどれだけ素晴らしいかを説いて、騎士になることを勧めてあげてください』


「何で2人の依頼人と2つの目的が、1個の依頼になってるんだ?」
 首を傾げた冒険者に、受付員が軽く溜息をつきながら声をかけた。
「どっちか片方だけでも、両方目的を達成しても、報酬を出すのは片方の依頼人だけだからだ。まぁ、報酬を出すほうの依頼人は可哀相だが、いろいろ事情もあってな‥‥」
 それ以上聞いてくれるなという顔をした受付員に、冒険者は怪訝そうな表情のまま、曖昧に頷くのだった。

●今回の参加者

 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5242 アフィマ・クレス(25歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 eb3933 シターレ・オレアリス(66歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

「初めまして。ジュール=マオンです。冒険者の皆さんにお会いできて、とても嬉しいです」
 ギルドの卓のひとつで。10歳の少年は目を輝かせながら一同にお辞儀をした。そして顔を上げてから2人の娘に笑いかける。
「お久しぶりです。‥‥こんなに早く、また会えるって‥‥思ってなかったです」
「ちゃんと自分の思い、話せるようになったんだね。あれからどう? お母さんとは」
 人形を片手で持ちながら、アフィマ・クレス(ea5242)が言った。その隣に座るシェアト・レフロージュ(ea3869)も微笑む。
「えっと‥‥。あまり変わらない‥‥かな?」
「でもジュールさん、初めて会った時よりもずっと、目がキラキラしています。何も言わずにお家を飛び出したんですね? 帰ったらお母様にごめんなさいと、でもこんな体験をしたよと言えるように、一緒にいろいろ体験しましょうね」
「はい!」
「若い歳でござるから、いろいろ体験してみて自分なりの道を探すのがいいと思うでござるよ」
 向かい側で、腕を組みながらうんうんと頷いていたアンリ・フィルス(eb4667)の言葉に、少年はもう一度はい、と答えた。
「それじゃ。『ジュールと一緒。お試し冒険』をやってみよ〜」
「え?」
 きょとんとしたジュールに、皆は笑ってアフィマが開いた羊皮紙を覗き込んだ。そこにはアフィマ作『ジュール用お試し依頼』の内容と日程が書かれている。
「薬草を取って‥‥教会に、寄付‥‥」
「冒険者の仕事を体験してみたいんじゃろう? 冒険は、まずお主がわしらに依頼したように、ギルドに依頼があった後、あのような依頼が書かれた壁にずらりと並べられるのじゃ。それを冒険者が選び、まずここでこのように‥‥相談用の卓に座って相談をするのじゃな」
 シターレ・オレアリス(eb3933)が、分かりやすいように冒険者の仕事の手順を話し始めた。
「ちゃんと相談しないと、後で大変な事になったりするからね。例えば今回は『薬草を取ってくる』だよね。今は冬で、近くの森に行く予定だけれど、どうやったら薬草を取れると思う?」
 アフィマの問いに、ジュールは戸惑った表情を見せたが。皆の顔を見回してから、何かを考えているかのように目線を下ろす。
「まず実行してみるという手もあるでござるよ。後、分からなかったら他の者に聞いてみるといいのでござる」
「その為の仲間じゃからな」
「‥‥はい。そうですよね、仲間なんですよね」
 妙に感動した風に少年は言い、彼らに疑問を述べた。
 冬の薬草はあっても、雪に埋もれていたらどうするのか。見つからなかったらどうするのか。どうやって森まで行くのか。危険はないのか。
「私達は冒険者ですから‥‥時には、危険と出会うこともあります。危険を恐れて何も出来ない事も、危険だと分かっている事に作戦もなく飛び込むのは‥‥良い事では無い‥‥と言われています。でも私達は自分がやりたいと思う依頼を受けていますから、ジュール君も自分の望みで決めて良いのですよ」
 穏やかに言われて、少年は頷く。
「少し怖いけど、楽しみです」
 そう言って笑う少年に、彼らは冒険の準備の話を続けることにした。

 日程と内容と作戦の話の後に、皆でエチゴヤに向かう。
 野宿は冒険の一環であり避けて通れない事だから、そんな経験など無いであろうジュールに教える為、エチゴヤで品定めである。
 森は野外だ。防寒着、寝袋は必須。保存食も必要だ。毛布もあるといいだろう。当然テントが無くては冬の森を越すことは出来ないが、それはシェアトとシターレが持って来ている。
「ん〜‥‥。お姉さん、遅刻かなぁ‥‥」
 未だ来ない最後の1人を思いつつアフィマが呟く横で、買い物を終えたジュールにシターレが、
「自分の荷物は自分で持つようにするのが、冒険者の基本じゃぞ」
 とバックパックを背にかけてやりながら頭を撫でてやっていた。
「じゃが、仲間が助け合うのは当たり前じゃ。重くて歩みが遅くても大変じゃから、そんな時は遠慮なく言いなさい」
「はい、大丈夫です」
 どこか嬉しそうに笑って、ジュールはバックパックを背負った。
「そう言えば前も思ったんだけど、アフィマ。人形といつも一緒なの?」
 何故かアフィマにだけそんな話し方の少年に、彼女は人形を少し上げて見せる。
「そうよ。あたしの愛用の人形で名前はアーシェン。結構口が悪いの」
「御主人サマヨリ、ズットマシ」
「なんでよっ」
「ダッテ、御主人サマ、クチドコロカ頭モ顔モ」
 ばきと人形を殴るアフィマを、目を丸くしてジュールは見つめた。
「その人形‥‥魔法の人形? 生きてるの?」
「違うわ。道芸の一種よ。見てどうだった?」
「びっくりした。でも‥‥面白いね」
 腹話術と声色を使って演じてみせたアフィマは、人形繰りの利点を話す。彼女の冒険者以外の仕事は人形使い。冒険者とは、冒険だけが仕事ではないのだ。
「拙者は用心棒をやっているでござるよ」
「私は‥‥吟遊詩人です」
「冒険者というのは、それ固有の仕事ではないのじゃよ。様々な能力、知識、技術を持つ者達が集まって、1つの仕事を行う。だからこそ高い成果を上げたり出来るものなのじゃ」
「‥‥冒険者の人は、いろんな事を知っているな、っていつも思います。でも‥‥1人じゃなくて、みんなでやるから。いろんな事を知ってて、いろんな事が出来るんですね」
 そうして準備も終わった一行は、ひとまず宿に戻って眠り、翌日パリを出発した。

 予定表によると、初日は相談と準備。2日目が森で薬草摘みと野宿である。
「あ‥‥そっちじゃないです〜‥‥。左の〜‥‥」
 森も深くまで入れば一面雪だ。とは言え、充分歩ける深さである。それでも足を取られるジュールをかばいつつ、一行は奥へと入り込んだ。
 ジュールの薬草知識を聞いてみようという企画だったが、彼自身は本で読んだだけで実物は見たことが無いらしい。そこで、出来る限り憶えている特徴から探すことになった。本ばかり読んでいるが目は良いジュールが、崖に生えている草の中から薬草らしきものを発見し。
「これでござるな」
 がしがしとクライミングで登ったアンリが、豪快にそれを根っこから引き抜いた。
「‥‥落ちないでしょうか‥‥」
 不安げに見上げるジュールに、信じて祈りましょうね、とシェアトがその背に手を添える。しかしアンリは登ったのと同じ勢いで降りて来て、ジュールに薬草を手渡した。
「もう少し上に、いろいろあったのが見えたでござる。一緒に登るのはどうでござるか?」
「え?」
 高くは無い崖である。しかし、少年の目には途方もない高さに見えるのだ。
「あの‥‥。ロープは、持って来てないです‥‥」
 さすがに不安を覚えたシェアトが言い、『アンリの背中にジュールをロープで巻き付けて崖を登ろう作戦』は実行されなかった。
 その後シターレの先導で先を進んだが、特にモンスターと遭う事も無く夜が更けた。

 テントを張り、焚き火を用意し、テントの中に寝袋を敷く。そして水を温め、途中で仕留めた野兎を開き、持ってきた野菜等と鍋にして煮込んだ。持って来た保存食も出したが、何故かジュールはその味を知っているようで、美味しくないですけど我慢なんですよね、と笑った。
 野宿には見張りが必要だが、女性にそんな事はさせられんとシターレが主張し、アンリも自分がやろうと言った。さすがにジュールに見張りの体験まではさせられない。
 テントに入った女性陣は、手に入れた薬草などを丁寧に袋に小分けする。
「今日は、凍えるほどに澄んだ、青い月が出ていますね‥‥」
 テントから出て空を見上げながら、シェアトがムーンフィールドを唱えた。月光に照らし出された結界が光を反射して、いつもよりきらきらと光を放つ。
「綺麗な魔法ですね‥‥」
「魔法は便利でござる。魔法を使う者を守るのも、拙者達前衛で戦う者の仕事でござるよ」
「‥‥騎士は、魔法が使えますか?」
「神に仕える騎士ならば、他者の為に魔法も使えよう。国と王に仕える騎士ならば、自らを高めてその身で人を守る為、オーラを使う事が出来よう」
 2人の言葉に、ジュールはシェアトに倣って空を見上げた。凍える空気の中、一面に広がる星が見える。
「‥‥僕にそんな事‥‥出来るのかな」
 呟く少年の肩にふわりと毛布をかけて、振り返った彼へとシェアトは微笑んだ。
「あせらなくていいんですよ‥‥。少しずつ、少しずつ。‥‥お家でのお手伝いの事も、まずお世話をして下さる人に『ありがとう』って言ってみたらどうでしょう。冒険者の一番の報酬って、そんな笑顔や言葉なんです。‥‥きっとそれは、どんなお仕事をされてる方も、同じですから」
 ジュールはじっとシェアトを見つめる。少し、そのまま動きを止め。
「‥‥そうですね。僕、忘れてました。皆さんにも、『ありがとう』って。こうして冒険を考えてくれて。体験させてくれて。守ってくれて、ありがとう、ですね」
 皆にお辞儀をし、彼は笑った。それを見ながら、アフィマの人形が。
「御者サン、ワガママジュールト付キ合ッテ、大変ネ」
「え?」
「彼にも感謝してあげてよ。帰ったら、怒られるのは彼かもしれないんでしょ」
 言われて気付いたように、彼は目を見開いた。そして頷く。
 凍りつく寒さの中で、穏やかに夜は過ぎようとしていた。

 3日目。
 結局はぐれゴブリンに出会ったものの、アンリの巨体に驚いて逃げられた為に、戦い方や戦闘の回避の仕方を教える事は出来なかった。
 そして教会に出向いた一同だったが。
「え〜‥‥。こちらは、毒草ですね」
 半分は薬草、半分は毒草ということでジュールは落ち込んでしまった。
 実は分かっていたがジュールが喜んでいたので毒だと言えなかったシェアトも、一緒におろおろする。
「すみません‥‥。依頼は失敗ですよね‥‥」
「半分は薬なのでござる。失敗ではないでござるよ」
「ですけど‥‥」
 ずーんと落ち込むジュールに、シターレが優しい目を向けた。
「失敗とは言わんぞ。これは、経験と言うのじゃ。失敗も成功も、人は積み重ねてこそ成長できるもの。それを糧にする事のほうが大事じゃ。さ、立ちなさい。いろいろな道を学びたいというならば、心の持ちようひとつで見える世界も変わるものじゃよ」
 尊敬する先生を見るような眼差しで、ジュールはシターレを見上げ。小さく頷いた。
「で、どうだったでござるか? 初めての冒険は」
 脇からアンリも尋ね、ジュールはそちらを今度は見上げる。そして。
「楽しかったです! いろいろ知る事が出来た事も嬉しかったですけれど、皆さんと一緒に冒険できて、とても」
「家で知識を貯めるだけではなく外に出て実践することで、それが生きた知識になるのでござるよ。体を鍛えれば心も自然鍛えられるのでござる」
「はい!」
 明るく返事した所で、アフィマが声をかけた。
「じゃ、打ち上げパーティしよっか〜」
「初冒険おめでとうパーティじゃな」
「美味い酒を飲むでござるよ」
「ジュールさん。お疲れ様でした」
 皆の笑顔に、ジュールも自然笑みを浮かべる。
 そして皆は、酒場へと足取りも軽く歩いて行った。

 余談。
 家に帰った少年と御者は、少年の母親と相対したが負けたらしい。
 だが少年の心に宿った決意が実るのは、そう遠くない出来事だろう‥‥。