コイゴコロ〜ポールと気高き薔薇〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月28日〜11月02日

リプレイ公開日:2007年11月06日

●オープニング

 それは‥‥悪夢のような話だった。
 男は酒場で静かにワインを傾けながら、語り始める。
 男には、かつて愛した女が居た。幼い頃から傍に居て、将来さえ誓い合った仲だった。だが、女は別の男を選んだ。
「それ自体は構わなかったのさ‥‥。あいつが選んだ男だ‥‥。祝福もしてやった。女の笑顔が俺にとっては最高の宝物だったからな‥‥」
 自嘲の笑みを浮かべながら、男はワインを口に運ぶ。
「お前が幸せになるなら‥‥俺は喜んで身を引こう。そう俺が言った時のあいつの顔が忘れられない‥‥。涙を浮かべて‥‥今にも俺の胸に飛び込んで来そうな顔をしていたからな‥‥」
「それは切ないですね〜」
 独特の世界を酒場の隅で作り上げていた男は、それを破り捨てるような軽い声に眉を潜めた。
「おい。もう少し空気を読め。しんみりとした声を出せ」
「あ、すみません。ついうっかり」
「何が『ついうっかり』だ。冒険者の恋愛話を記録したいと言うから協力してるんだぞ?!」
「あ〜‥‥そうでした。でも‥‥そうですね。あの‥‥1つ言わせてもらうなら‥‥」
「何だ?」
「相手の女性が涙を浮かべたのは、貴方が諦めてくれてほっとしたからだと思いますよ〜。自分が好きな男性と結婚しようと思ってるのに、何とも思ってない男性に好意を抱かれても困」
 べしっ。向かい側に座っていた女の頭を男は勢い良く叩く。
「いた〜‥‥ぃ」
「俺の甘色の思い出をぶち壊すような事言う口はこの口か?!」
「ふにょはらひょ〜」
「‥‥男が若い女性に暴行を加えているわよ‥‥」
 ひそひそひそ。酒場内で囁く声に気付き、男は振り返ってくわっと口を開いた。
「違う! 教育的指導だ!」
「ひゃにゃひてくらひゃ〜」
「もういい! どうせ俺の事なんて誰もっ‥‥!」
 両手でつまんでいた女の頬を解放し、男は踵を返して外へと向かおうと足を踏み出し‥‥止まる。いや、固まる。
「‥‥思いっきり引っ張らないで下さいよね‥‥ほんと、もう‥‥」
 頬をさすっていた女が男を見上げて、それから目線に気付いて扉へと目をやった。
「‥‥? ポールさん、どうしました?」
「や、やば‥‥う、裏口‥‥」
 慌てて裏口を目で探し始めた男の元に、誰かがのしのし近付いて来た。
「や〜っと見つけたわよ〜。んもう、随分探したんだからぁ」
 甘ったるい声。でも低い。それを無理矢理華やかそうに上げている声。
「さ、ダーリン♪ 一緒にレスローシェまで新婚旅行に出かけましょ」
「‥‥『ダーリン』?」
 きょとんとした女に、来訪者はぐるりと顔を向けた。そして悪魔のような形相で女を見下ろす。
「‥‥ダーリン? この女は誰なのかしら‥‥?」
 男は答えない。だらだら汗を流している。
「ちょっとあんた‥‥ダーリンの何なの?」
 威圧感たっぷりの姿に、女も一歩下がった。
「え〜‥‥と。よ、ヨーシアと‥‥言います‥‥」
「そう。で、何なの?」
 顔を近づけられて、ヨーシアはひぃと悲鳴を上げた。
「ななな何って‥‥」
「おおおおお女だ! 俺の女だああああ!」
 突然。ポールが叫んだ。
「‥‥な‥‥なななななぁに言ってるんですかあああ!」
「だから俺の事は忘れろ! 生涯忘れろ! 死んでも忘れろ!」
「‥‥ダーリン‥‥?」
 どんっ。ポールはヨーシアを背中から突き飛ばすようにして押した。ヨーシアは目の前に居た巨体にぶつかり、更なる悲鳴を上げる。
「ちょっ‥‥邪魔よ! どきなさいよ!」
 巨体にも押しのけられ、ヨーシアは盛大に机におでこをぶつけた。
「ちっ‥‥。益々逃げ足に磨きがかかってるわね‥‥」
 限りなく低音で巨体は呟くと、くるりとヨーシアに向き直る。ヨーシアは額を押さえながら立ち上がったものの、巨体と目が合って慌てて後ろへ下がろうとして、今度は肘を机の角にぶつけた。
「‥‥」
「‥‥ヨーシアと言ったわね‥‥。聞かせて貰おうかしら‥‥? いろいろと‥‥」
 ゆらりと近付いてくる影を見ながら、ヨーシアは涙目でそれを見上げた。

 それは悪夢より酷い話だった。
 だって、悪夢なら覚めるじゃないか!
「た‥‥たたたたた助けてくれ!」
 勢い良く扉を開き、足をもつれさせながら飛び込んで来た男は、そのまま自分の足に引っかかって倒れた。
「‥‥だ‥‥大丈夫ですか?」
 派手な音がしたので、皆が振り返る。だが男はがばっと身を起こし、慌てて後ろを確認した。
「‥‥おや。確か貴方は‥‥先日冒険者登録した‥‥ポールさんでは?」
「そうだ。新米冒険者ポールだ。前にも説明したな?! 俺1人じゃ手に負えない事に巻き込まれてる、って!」
「えぇ。‥‥何でも、女装趣味のあるジャイアントに追い回されているとか。ご愁傷様です」
「他人事だと思って暢気だな! 俺は生きるか死ぬか、毎日戦ってるんだぞ?!」
「それで逃げ回っているうちに、すっかり筋力と持久力と敏捷力がついたから、この際と思って冒険者登録したんですよね? ところで剣は使えるようになりました?」
「悠長な事言ってるんじゃねぇ! 俺はなぁ! この半年間、奴から逃げる為に必死に勉強もしたんだぞ?! 図書館にも通った。罠についても学んだ。だけど奴は、悉くかわしやがる! せっかく‥‥あいつらから独り立ちして、俺は俺の人生を再スタートさせようと旅にでも出るつもりだったのによぅ‥‥」
「出ればいいじゃないですか」
「奴らの執念深さを知らないな?! 奴ら、毎日パリの門前で張ってやがるんだぞ?! そうじゃなくても、奴らは‥‥」
「奴ら?」
 とりあえずポールを立たせ、ギルド員は椅子を勧める。
「そうだ。『奴ら』だ。レスローシェに本拠地を構え、今、パリにも進出してきている‥‥恐怖の集団」
「‥‥それは、何です?」
 思わず話に引き込まれたギルド員が、ごくりと唾を飲み込んだ。
「『気高き薔薇組』。レスローシェにある酒場の名前だ。『可愛い子達が、貴方を接待します♪』とか書いて客を店内に誘き寄せるが、店員は全員女装ジャイアントと言う‥‥世にも恐ろしい場所。俺の知り合いが‥‥その罠に嵌まって逃げれなくなり、多額の借金を負わされた。詐欺店のくせに、接待料とか飲食代とか馬鹿みたいに高い。‥‥それで、知り合いは‥‥」
「‥‥えぇ‥‥」
「‥‥ギルドに助けを求めてやって来たけど‥‥願い叶わず‥‥。借金を返す為に、今もまだその店の厨房で働いてる‥‥」
「‥‥そうでしたか‥‥」
「だけどそれはそいつの自業自得だ! 俺は何もしてないぞ?! なのに奴は、仲間を呼び寄せやがった。このパリにも恐怖店を作る予定だって言いやがる。俺に、そこの店長になれって言いやがる。誰がなるか!」
 男の魂の叫びに深く頷きながら、ギルド員は彼の肩をぽんぽん叩いた。
 だがそこに‥‥丁度、依頼を出しにやってきた人が入ってきて、辺りをきょろきょろ見回した。
「‥‥どうかなさいましたか?」
「あぁ‥‥依頼を出しに来たんだが‥‥。その、これを表で預かっててね‥‥。冒険者のポールさんに渡して欲しいって」
 言われてポールは引きつった顔で木片を受け取る。そこには可愛い字で文章が綴られていた。
 曰く。
『女は預かった! こちらの要求を飲まなければ、子々孫々まで追い回すから覚悟しろ!』
 横から覗き見たギルド員が思わず嘆息したところで‥‥。
 ポールは床に突っ伏した。

●今回の参加者

 ea3120 ロックフェラー・シュターゼン(40歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea8341 壬護 蒼樹(32歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea8384 井伊 貴政(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2195 天羽 奏(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)
 eb8226 レア・クラウス(19歳・♀・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)
 ec2494 マアヤ・エンリケ(26歳・♀・ウィザード・人間・イスパニア王国)

●サポート参加者

ミケヌ(ec1942

●リプレイ本文

 愛。それは気高きモノ。愛。それは麗しきモノ。愛。それは‥‥。


「すまない。『気高き薔薇組』について話が聞きたいんだが」
 天羽奏(eb2195)が、少々高めのカウンターにギルド証を出した。以前、ラティール領現場監督のオノレから貰った商人セットには、一定の場所に於いて便宜を図って貰える裏書が記されたギルド証も入っていた。今回それを提出したのは、『気高き薔薇組』がレスローシェ産だからである。
「ねぇ〜。まだぁ?」
 渡された資料を繰っている奏に、マアヤ・エンリケ(ec2494)が爪を触りつつ訊いた。結構飽きている。
「まだ待て。‥‥これか」
 パリでの出店予定地、彼らの後ろに付いている支援者、その者がパリ内に所有している建物‥‥。
「っていうかぁ‥‥集合場所ってぇ、手紙に書いてあったんじゃない?」
「そこに人質を連れてくると思うか?」
「わっかんないけどぉ〜、その店の場所知ってるしぃ」
「なに?!」
「パリのギャル(死語)界じゃ有名だしぃ」
「そういう事は先に言え」
 
 皆は情報を集め、ヨーシアが『気高き薔薇組パリ亭(予定)』内に軟禁されている事、ポールと女装ジャイアント『ナナミ』が会う場所はそこから近い店の前である事が分かった。レア・クラウス(eb8226)がそこへ密かに張り込み、エックスレイビジョンで壁の中を透視して敵の配置とヨーシアの場所を確認する。こうして準備は整った。
「ま〜、ポールさんも逃げてばかりじゃなくて、正面から受け止めてみてもいーんじゃないかなーと思いますけどー」
 他人事だと思って井伊貴政(ea8384)がのんびり言い、「いやだあああ」とポールは泣き叫んだが、皆は非情にも彼を1人で約束の場所へ行かせる事にする。
 というわけで。

 『薔薇と冒険者達〜愛の劇場〜』。始まり、始まり〜。


 開店間近の『気高き薔薇組』前。
 ヴェールにスカーフ、そして銀の冠に手作り仮面をつけた娘が、扉の前で風に吹かれていた。トロイツカヤを手に握り、僅かに笑う。その口に薔薇を咥えゆっくり扉を開けた先で、彼女は獲物を発見した。
「見つけましたわ‥‥」
 バッと踊り出しそうなポーズを取ると、彼女の背後を薔薇の花びらが麗しく散りながら通り抜ける。
「よくも‥‥レスローシェではぼったくってくれましたわね‥‥。金の恨みは恐ろしいのですわよ‥‥」
 ゆっくり歩み寄りながら告げると、犯罪的香りのする膝丈のドレスを身に纏った男ジャイアントが首を傾げた。
「あんた誰?」
「レスローシェの店で詐欺られた客ですわ‥‥。よくもあたしを謀ってくれたわね‥‥」
「うちは女の客は入れないんだけどぉ?」
 黙。
「‥‥何と言ったのかしら?」
「女の客なんていないわよ。あんた誰?」
 多大に店の客層の幅を誤解していた女‥‥天津風美沙樹(eb5363)は、内心焦ったもののキッと女装ジャイアントを見上げた。
「男共の恨み真髄晴らします。ごっ‥‥」
「ご?」
「ご存知、皆様の『恨み屋仮面ミサ』ですわ!」
 一瞬、『素敵登場シーン演出をした美少女仮面達』(後述)の画が浮かび、彼女は反射的にそう叫んだ。
 口に出してしまえば、もう後戻りは出来ない。そう‥‥出来ませんよね?
「おほほほほー。覚悟なさい〜!」
 素ではあり得ないケタタマシイ笑い声を上げながら、ミサは短剣を左右に振った。
「ちょっ‥‥何すんのよ! 危ないじゃない!」
「危なくない武器なんてありませんわ〜!」
 攻撃を当てないようギリギリの場所で外しながら、彼女(?)を追い詰めていくミサ。
「きゃ〜。おねぇさま、たすけてぇ」
「あんた、うちの『薔薇の誓い』を立てた妹に何するのよっ!」
 突然。奥から別の彼女(?)が出て来て、ひょいとテーブルを持ち上げた。
「さいってぇ〜! 帰んなさいよ〜!」
 ぽいっ。どがっ。
「そっちこそ危ないですわ!」
「きゃ〜近寄らないでぇ〜」
 妹分とやらは、ひょいひょい椅子を投げつける。
「ちょっ、投げすっ‥‥」
 ばきっ。ミサの額に椅子の脚が当たって飛んで行った。
「‥‥女の顔に‥‥当てたわね‥‥」
「何よ! がさつな女ね! あたし達のほうがよっぽど女らしい女よ?!」
 抱き合う姉妹(?)に、美沙樹の『恨み屋怒りゲージ』がぐいーんと上がった。
「もう‥‥容赦しませんわよ?」

「あっ‥‥危ないっ‥‥お嬢さん!」
 女達(?)の応酬に入って来たのは、3人の男達だった。とっさにその中の1人が飛び出し‥‥。
「あうっ」
 飛んできたテーブルに顔面をぶつけた。
「あ〜‥‥真正面過ぎですねー」
 貴政に後方から言われながら、壬護蒼樹(ea8341)は鼻をさすりつつ辺りを見回す。
 この日の為に、彼は花の香りまで身につけてやってきた。それもこれも‥‥女性ジャイアントとお近づきになる為! 勿論彼としては、それは二の次の話。まず第一は仕事‥‥なのだけど、やはり同種族の女性と聞くとドキドキするのが男心というものである。そうでなくてもジャイアントの冒険者なんて同族との出会いが少ないわけで‥‥。
「お嬢さん、大丈夫ですか?!」
 美沙樹からの攻撃を六尺棒で受け止め、背後に居る姉妹(?)を庇った。声も無く感動している彼女達(?)の正体など、この薄暗い室内では気付かない。そうでなくても前髪が視界を遮って‥‥。
「こちらへ!」
 颯爽と1人の女性(?)の腕を掴んで引き、そのまま逃げようとしたその時、丁度転がって来た椅子に躓いて2人は倒れこんだ。女性(?)を押し倒すような形で倒れていた蒼樹は、しばらく相手の体の硬さと‥‥。
(「こんな近くで‥‥どきどきします‥‥」)
 至近距離に、心が高ぶっていた‥‥。


 話変わって、ポールは道を歩いていた。
「この道は〜地獄へのみちぃ〜」
 哀しげに歌いながら。
「‥‥居たわね」
 そんな彼の姿を、頭上から見つめている2人の姿があった。怪しくもステキなマスカレード、真紅の色っぽいドレス、白と黒に輝くマント、そして右手には鞭‥‥なリリー・ストーム(ea9927)と。鮮やか過ぎな色合いのマスカレード、リリーとお揃いのドレス、その下には見えないけど禁断印の褌、そして右手には薔薇模様のダガー‥‥なレアと。
「今よ‥‥行くわ!」
 そして2人はポールがまさしく彼女達の真下を通る瞬間に、屋根の上でポーズを取った。
「お〜ほっほっほっほっ」
「お〜ほほほっほ〜」
 口元に手を当てながら、片足を屋根の引っかかりに掛けて高笑いする2人。
 が。
「‥‥」
「‥‥」
 2人が気付いた時には、ポールは遥か先に行ってしまっていた。
「‥‥行っちゃったわね‥‥レア‥‥」
「‥‥せっかくばっちり決まってたのにね‥‥。で‥‥どうやってここ降りるか‥‥考えてた? リリー」


 酒場内は混沌としていた。
「貴様、危ない物を振り回すな! 彼女達が怪我するだろう!」
 床にばたばた倒れている家具を乗り越え、ロックフェラー・シュターゼン(ea3120)が華麗に美沙樹の攻撃を拳で受け止めて‥‥一喝した。‥‥斬られて血が出てたけど。
 ともあれ「憶えてなさいよ!」と去ったフリをして裏手に回った美沙樹から目を逸らし、ロックフェラーは奥から続々出てきている女達(?)へと向き直った。そんな彼の背中を彩るは、悪魔の呪いと噂されるマント。不幸を倍増させてくれる、漢に相応しいマントだ。
「話を聞いてくれ! (店長にするための)いい男を捜していると聞いた」
 開けっ放しの扉から、ひゅうぅぅと音を立てながら風が入ってきて‥‥彼の声が聞こえづらい。
「俺に(店長)やらせろ! 『気高き薔薇組』は(他に同じものが無い、という一点だけは)最高だ! 俺にあんたらの全てを委ねてリードさせてくれ、そしたら(パリの酒場界の)最高の高みにまで登らせてみせる!」
 ひゅうぅぅぅ‥‥。
「‥‥あーあ‥‥。言っちゃいましたねー‥‥」
 周囲の只ならぬ気配から、我が身の危機を感じ取った貴政が、さりげなくその場を離れて美沙樹と同じ裏手へと回る。
 その裏手には、思わず抱き締めたくなるほど可愛い花売り娘姿になっている奏と、面白がってついてきたマアヤも居た。
「もっと濃いメイクのほ〜がいぃと思うけどぉ」
「花売りはこれくらいでいいはずだ!」
 断固としてそこは譲れない。男としては。
「それでぇ、エジキの2人はぁ、もう押し倒されちゃったわけぇ?」
「んー‥‥多分まだですねー。でもいいセン行ってると思いますよー」
 他人事だと思って、のんびりしている人々。
「そうか‥‥。『今夜は帰ってこなくていいからな』と激励した甲斐があったな。人の心が、かくも美しく思えた事はなかった。2人の決断には感動したものだ」
 妖しげに可愛すぎる花売り娘が、大仰に頷いて見せた。
「ここですねー」
 そして、4人はヨーシアが捕らわれている部屋へと踏み込んだ。


「きっ‥‥来たぞ!」
 とある店の前。ポールは彼を追い回しているジャイアントと会っていた。
「あら‥‥。やっとあたしのモノになってくれるのね♪ ダーリン♪」
「だっ‥‥誰がなるか!」
「何ですって!」
 ザクッ。追い詰められるポールの額に、突然タロットカードが刺さった。
「きゃ〜! ダーリンが!」
「お待ちなさい!」
 駆け寄るナナミは、突風に煽られてきゃぁと声を上げる。そんな彼女(?)が顔を上げると、いつの間に来たのか薔薇を咥えて華麗なポーズを取っている娘が立っていた。一瞬彼女の背後に薔薇が飛び散ったように見える。同時に、箒に乗った娘が鈴の音を響かせながら、踊るような足取りで華麗に地上に降り立った。降り立って2人を見て‥‥「あ」と言った。
「ちょ、ちょっとリリー。カード、ポールに刺さっちゃったんだけど」
「気にしちゃだめよ、レア。大事の前には些細な事気にしちゃダメ」
 ひそひそ会話を交わして、それから同時に武器を手に取りポーズを決めた。
「薔薇‥‥それは至上の美」
「薔薇‥‥それは孤高の愛」
 そしてあっけに取られている2人の前で、仮面娘達は互いの背中を合わせる。
「美と愛の倒錯仮面少女」
「エクセレント☆ローズ華麗に参上!」
「ファンタスティック☆ローズ華麗に参上!」
 ぱちぱちぱち‥‥。彼らを遠巻きに眺めていた人達からぱらぱらと拍手が起きた。
「さぁ! 良い声でお泣きっ! おーほっほっほっ」
 そんな観衆をモノともせず、エクセレントリリーは鞭を振り上げた。
「きゃっ! いった〜い! 何するのよ!」
「悪い子たちは、私たちが調教して差し上げるわ‥‥覚悟しなさい‥‥うふふふふ‥‥」
 それを見ながら、ダガーの刀身を舐めるファンタスティックレア。
「う〜‥‥痛い‥‥頭割れる‥‥中身出る‥‥」
 額を押さえながらぶつぶつ言うポール。
「醜い貴方達が薔薇を名乗るなんて、片腹痛いのよっ!」
 どかどかとブーツで踏みつけると、ナナミはしくしく泣き出した。
「酷いわ‥‥おねー様ったら‥‥」
「おねーさま?」
「お姉様!」
 がばっ。突然ナナミは起き上がってリリーにしがみついた。
「あたしを弟子にして下さい! その衣装と鞭に、ナナミ、めろめろですぅ」


「あの‥‥」
 椅子を勧められて蒼樹はちょこんと座った。
「同じジャイアントですし‥‥その、詐欺とか止めて欲しいなぁ、って‥‥」
 少なくとも1分は女性(?)を押し倒していた蒼樹は、心なしか青い顔をしている。「女性‥‥ですよね?」と聞けばそうだと答えるし、彼の頭の中は混乱していた。
「そうだ。詐欺は良くない! 俺が店長になった暁には、店の健全化を推し進める!」
 両脇を姉妹(?)に固められつつ、ロックフェラーは叫んでいる。
「ボスに言っとくわぁ〜。そ・れ・よ・り・も♪」
「な、何だ‥‥」
「あっちに行って遊びましょうよぉ〜。姉妹で楽しませてあげるわ♪」
「今日は遠慮する! 俺はこの店を建て直す(?)事で燃えている! それはもう、他の事など頭に入らないくらいだ!」
「えぇ〜。さっきアナタ言ったじゃない〜。体を委ねろって〜」
「言ってない! 言ってないから!」
「もう、照れちゃってぇ〜。さ、行きましょ」
「違う! 誤解だ! ちょ、ちょっと待ってぇ‥‥」
 ずるずるずる。ロックフェラー氏は連れ去られた。
「‥‥あ‥‥」
 止めようと手だけ伸ばした蒼樹は、ふと気付いて外を見る。
「ヨーシアさんは助けましたよー」
 貴政が手を振っていた。美沙樹やマアヤと共に、小柄な人間の女性も立っている。
「‥‥あら? 帰るのかしら?」
 店員に声を掛けられて、蒼樹は少し照れたように笑った。
「はい‥‥今日の所は。また‥‥貴女とお会い出来たら嬉しいです」
 結局最後まで女装と気付かなかった(気付こうとしなかった)蒼樹の笑みに、店員はよろめく。
「何て素敵な笑顔なの・・・!」
「それじゃ、又‥‥」
 そうして、蒼樹は店員達の心に素敵な思い出だけを残して、去って行くのだった。


「ごめんなさい! ほんとごめんなさぁいぃ。ただの花売りの娘なんです。ちょっと通りかかっただけなんです」
 一方、うっかり逃げ帰れなくなっていたのは奏だった‥‥。ヨーシアを逃がす為に見張りのジャイアントに体当たりをしたまでは良かったが、うっかり別の店員に見つかってしまったのである。他の皆は逃げ出し、彼女達(?)が嫉妬するほど愛らしい奏はうっかり捕まってしまっていた。
「あら? アナタ‥‥もしかして、男の子?」
「えっ?!」
「あぁら、やっぱりぃ?」
「うわぁああ‥‥触らないで! いや〜! 助けて、おかあさぁん〜!」
 錯乱する奏の目の前で、店員が後ろに倒れこんだ。
「‥‥ロックフェラー」
「逃げるんだ!」
「でも、お前を置いて逃げるわけには」
「俺の事は忘れろ! そして強く生きるんだ!」
 店員を蹴り倒したロックフェラーだったが、姉妹(?)が慌てて走って来るのが見える。
「すまない。そしてさようなら。明晩も帰ってこなくていいからな!」
「えぇ?! 奏さん、ちょっと酷くないか?!」
 そんな彼の言葉を背に、強くなる事を誓って逃げる奏だった。

 そうして、冒険者達は彼らの任務をやり遂げた。
 ヨーシアを助け、ポールを魔の手から救い、パリに恐怖をもたらすであろう『気高き薔薇組』の野望を阻止する事が‥‥出来たかもしれない。
 その為に、多大な犠牲を払う事になったかもしれないが、誰もがやり遂げた達成感に満ち溢れていた‥‥。多分。
 
 そう。皆の愛と勇気が、悪に打ち勝ったのだ!
 ありがとう、冒険者達。君達の勇姿は、未来永劫語り継がれる事だろう!

『薔薇と冒険者達〜愛の劇場〜』ヨーシア・リーリス著。

『完』