初めてのお使い〜師匠編〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月07日〜01月12日

リプレイ公開日:2007年01月15日

●オープニング

 それは、一月ほど前の話だった。
 パリ周辺を騒がせたセーヌ川付近の水害。今ではその騒ぎも収まりつつあるのだが、ここに1つの村があった。
 村民の大部分がドワーフで構成されているその村は、3方向を山に囲まれている。彼らの多くは手先の器用さを生かして職人として仕事を行っており、彼らが作製した商品を運ぶ商人達が時にはそれをパリまで持ってくるほど、洗練された物が多かった。
 しかし。
「‥‥元気出して、ドミル」
 それは長雨が止んでから数日後の事。突然、山の一部が崩れて村まで押し寄せてきたのである。幸い、村人が巻き込まれる事はなかったものの、何軒かの家は被害に遭い、一部の畑は埋め尽くされ、そして。
「でも、あなたがあの時山に行っていなくて、本当に良かったと思っているのよ。セーラ神に感謝しているわ」
 山が崩れたことにより、半数の洞穴も姿を消してしまった。それらの多くは、鉱石を採掘する為に彼らの先祖から掘り続けていたものだったのだが。
「‥‥生きがいだったんじゃ」
 ぽつりとドミルは呟いた。
「まだ、あちこち穴掘りの途中じゃったのに。明日はあっちとこっちを繋げようと、うきうきしておったのに」
「ねぇ、ドミル。‥‥また、掘ればいいじゃない。まだ様子を見たほうがいいと思うけど、冬が終わったら」
 妻が慰めたが、ドミルはしくしく泣いている。彼女は溜息をついて、古いワインを厨房から持って来た。そんな事で夫の機嫌が晴れるとは思わないが。
「‥‥もうすぐ、年が明けるわね。‥‥ねぇ、パリはとても賑やかで、お祭り騒ぎらしいわよ。私も行ってみたいけど、出産が重なってるし、向かいのおじいちゃんの病気も良くないそうだから、出れないわ。行ってみない?」
「‥‥パリ?」
 きょとんとした表情で、ドミルは妻を見つめた。
「パリにはいろんな人がいて、たくさんの職人もいて、たくさんのお酒もあるそうよ。美味しい食べ物もあって、みんな楽しそうだと聞くわ。私にパリの話を聞かせて欲しいの。それに、あなたの弟子になってくれる人もいるかも」
「わしに弟子? ‥‥わしに、弟子なんて出来るかのぅ‥‥」
 赤くなって椅子に座ったまま小さくなったドミルを、ほほえましく見ながら妻はコップにワインを注ぐ。
「パリは広いもの。きっといるわよ。あなたと趣味を同じくする人が」
「お前のほうが、弟子は必要じゃろ? わしは‥‥」
 村中の人々の健康管理をしている妻は、笑って否定する。
「私は大丈夫よ。最近、見習いをしたいという子が増えたから。ね、行ってらっしゃいな。パリに行けば、きっと楽しい気分になれるわよ」
 ドミルは、まだ何かを言いかけたが、黙って小さく頷いた。
 そうして彼らは、静かに年明けまでを過ごした。

 数日後。
 ドミルは村の人々に見送られながら、パリまで走る商人の馬車に乗って村を出発した。
 彼にとっては初めてとなる大きな町である。簡単に迷子になるかもしれない彼に商人は、まず冒険者ギルドを訪ねてみるといいと教えた。金を払えば実に親切にしてくれるだろうから、初めて行く者には最適だと。
 そうしてドミルは、あまりに巨大すぎる町の景色にあんぐり口を開けながら、冒険者ギルドの前で馬車をおりた。
「‥‥どうかなさいましたか?」
 扉を開け、背中に大きなパックパックをかつぎ、ドワーフの中でも小さな体を揺らして歩きながら、手近な卓にちょこんと座った彼に、受付員が声をかけた。そこでドミルは、簡単に事情を説明する。
「そういったご依頼でしたら、お引き受けいたしますよ。冒険者といえど千差万別。それぞれに得意な分野も違いますし、経歴も違います。まだ冒険者となって間も無い者には、うってつけのお話かもしれませんね」
「‥‥冒険者っていうんは、何じゃ?」
 尋ねた彼に、受付員も簡単に説明をした。
「もし宜しければ、宿の紹介も致しますよ。冒険者が泊まるような安宿ですが」
「寝る所があれば何でも良いのじゃ。飯と酒が美味ければ、言う事はないぞ」
「でしたら、冒険者が集う酒場を紹介致しましょう。こちらは、なかなかのお味だと評判ですよ」
 頷いて、ドワーフはとりあえずその卓で待つ。しばらくして、先ほどの受付員が羊皮紙に依頼内容を書き、持ってきた。
「わし、字は読めんのじゃ」
「では読み上げますね。『初めてパリに来たので、パリのあちこちを観光したり祭りを体験したりしてみたい。帰ったら村の人に話せるような内容が良い。また、村の皆に持って帰るお土産を買いたいが、何がいいのか分からないのでいろいろ教えて欲しい』‥‥お土産を買う相手は、何人くらいですか?」
「嫁と、子供が5人と、向かいのじいさんと、後、嫁の兄弟とその家族と、それから‥‥あぁそうじゃ。嫁に最近見習いが出来たそうなんじゃ‥‥」
 指折り数え始めた彼は、靴も脱いで足の指も合わせて数えた。受付員は、彼の計算が終わるまで黙って待つ。
「‥‥これだけじゃ」
 やがて指を折ったままの姿で彼は言い、受付員もそれを見て。
「17人ですね」
 こっくりと頷く。
「お金は大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ。わし、結構貯めておったのじゃ」
 言って、金貨の入った袋の口を開けてテーブルにばら撒こうとしたので、慌ててそれを止め。
「パリでは、泥棒に気をつけてくださいね。そんな事をしたら、あっという間に盗られてしまいますから」
「ふむ」
「では、後は‥‥。『弟子になりたい人も募集』ですね」
「穴掘りの弟子、って入れて欲しいのじゃ」
「穴掘り、ですか」
 土をばりばりスコップで掘る姿を想像しながら受付員が尋ねると。
「そうじゃ。山を掘るんじゃ。わしの村では鍛冶が盛んじゃから、昔からみんな掘っておった。わしは村で一番穴を掘っておるんじゃ。わしの生きがいでの。でも最近、村の若いもんはあまり掘ってくれんのじゃ。‥‥パリはたくさん人がおるから、もしかしたら、一緒に掘ってくれる人がいるかもしれんのじゃ。そしたら、いろいろ教えたいんじゃ」
「‥‥え〜と‥‥『採掘業の弟子』ですね?」
 またもやこっくりと頷くドワーフに、受付員は、うーんと唸る。
「どうでしょうか。鍛冶の弟子というならばともかく、この辺りで簡単に採掘出来そうな山もないですし、冒険者が村に移住するとは思えないですし」
「わしは宝飾職人じゃよ。鍛冶師も細工師も、鉱石や宝石掘るのは仕事のひとつなのじゃ。わしの技術、伝えていければと思っておるのじゃ」
「念の為お尋ねしますが、ドミルさんの村は、ドワーフの村ですよね。この技術をドワーフ以外に流出しても構わないのですか?」
「気にせんよ、わしは」
 あっさりと彼はそう言った。
「いい物作れるなら、誰でもいいんじゃ。そして一緒に楽しく掘れるなら、それこそ誰でもいいんじゃよ」
 嬉しそうに言う彼に、受付員も微笑して。
「分かりました。では、冒険者が依頼を受けた時には、宿のほうに連絡を致します。数日かかるかもしれませんが、構いませんか?」
「急いでおらんでの。いつでも良いのじゃ」
 そう言って、ドミルはよいしょと椅子を降りた。人間用に作られている椅子は、彼には少々高さがある。だが特に文句も言わずに降りた後、彼は受付員に手を振りながら、言われた宿へと向かって出て行った。
「あんなに純朴で、大丈夫かな‥‥」
 人を疑う事さえ知らなそうな依頼人に一抹の不安を覚えながら、受付員は依頼書を壁へと張り付けた。
 

●今回の参加者

 ea2499 ケイ・ロードライト(37歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb7804 ジャネット・モーガン(27歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●ご挨拶
 その日、大荷物を背負ったドワーフが、左右に体を揺らしながら酒場シャンゼリゼにやって来た。
「ようこそパリへ。貴方の心を温めるものを探すお手伝いに参りました」
 アリスティド・メシアン(eb3084)に声をかけ、一礼する。
「ビザンツ教会のポーラ・モンテクッコリ(eb6508)よ。よろしくね」
「ごきげんよう。タロン神を奉じますパール・エスタナトレーヒ(eb5314)と言います。パリでの挨拶はしふし」
 何かを言いかけたパールの言葉に被せるようにして、ジャネット・モーガン(eb7804)が前に進み出た。
「下々の者を助けるのも世界一高貴なる私の役目! 私が来たからには不自由はさせないわ」
 高らかに宣言した彼女に、依頼人はきょとんとする。
「私はケイ・ロードライト(ea2499)と申しますぞ。ドワーフさんがお客様なら、飲み比べは必須イベントですな。早速飲み交わしましょうぞ」
 そして、最後のケイの言葉に彼は目を輝かせた。
「よろしく頼むのじゃ。わしはドミル。村に持って帰るパリの話と、土産と、穴掘りの弟子をお願いしたいのじゃ」
 ぺこりとお辞儀し、彼は荷物を近くの卓の上に置いて、人間用の椅子によじ登る。
「一緒に酒を飲むのは友達の証なのじゃ。さ、飲むぞ」
 皆を手招きし、皆も席についた。

●宴会
 夜も更ける前から、歓迎の宴が始まった。
「『しふしふ〜』というのは、シフールの間で始まった、時や場面を選ばないそれは優れたご挨拶ですー」
 ドミルと一緒になって飲んでいるのは、パールとケイだ。パールはドミルに、冒険者間謎挨拶を土産話として持って帰るよう勧めている。
「リズム良く発音するのが大事らしいです。さぁ、ドミルさんも一緒に。しふしふ〜♪」
「しぃふしふ〜」
「しふしふ〜♪」
「しふしっふ〜」
 幾つかの酒を土産に持ち帰ることを勧めたアリスティドは、少し離れた所に椅子を置いて竪琴を爪弾いている。吟遊詩人としての歓待もするべく、流行歌や陽気な曲などを奏でていた。
「チキンを持ってきたわ。後、ケイさんが持って来たベルモットも開けてしまうわね」
「宜しく頼みますぞ」
 ケイお勧めのイギリス原産シードル酒は残念ながら無いが、幾つかの酒と料理を運びつつポーラは辺りにも目を配った。うっかりドミルが財布を落とさないよう、注意である。
「至高の存在たるこの私にとって、酒は天敵なのよ。それよりも貴方の話を聞かせてちょうだい」
 正面の席に座っているものの酒に手を出さないジャネットにドミルが酒を勧めたが、彼女はそう言って断った。一同の中で酒飲みに自信がある者は確かにいない。一応依頼人の身を守る者達としては、全員酔い潰れてしまうわけにも行かず。
「それは残念じゃのぅ。わしの家族は6人なのじゃ。隣に親戚も住んでおっての‥‥」
 少し寂しそうなドミルだったが、楽しく彼らと話を続けた。
「何かご要望の歌があれば披露しますが、いかがですか?」
 宴も進み、周りに集まっていた他の客からお捻りを貰っていたアリスティドが、ドミルに声をかける。
「楽しい歌が良いのじゃ」
 楽しげにそう答え、アリスティドも頷いた。
 その頃、カウンター近くで酔っ払いに絡まれていたポーラが、聖典を取り出して説教を始めたり、その後方でやはり酔っ払いにナンパされていたウエイトレスが、「銀トレイスマッシュボンバー!」と言いながら持っていたトレイを振り下ろしていたりしたが、実に宴は陽気に和やかに進み、彼らの初日のもてなしは無事終わったのだった。

●観光
「下手で恥ずかしいのだけれど、これを服の下に入れてみたらどうかしら」
 朝。前日宴が終わった後、苦手な裁縫を頑張って作った手作りの品を、ポーラが手渡した。革袋に紐がついていて、首からぶら下げると良いようになっている。さりげなく袋にジーザス教の文様が入っていたりしたが、ドミルはそれを大いに喜んだ。
「良い出来なのじゃ。大事にさせてもらうのじゃ」
 いそいそと首からかけて服の中に入れると、満足そうに頷く。
 2日目からはパリ観光である。彼らはまず、コンコルド城前の広場に向かった。かなりの数の警備兵が立っており、随分と物々しい。
「パリに来たなら当然、ここは見るべき場所ですね」
 アリスティドの説明によると。
「聖夜祭や、新年を迎えた際には、あのバルコニーから陛下が演説なさいます」
「ふむふむ」
 頷きながら、ドミルは城を見上げた。
「これがあのコンコルド城なのじゃな。美しいのじゃ」
 うろうろと見回るも、一定以上先は警備兵によって止められる。どうやら預言云々の話もあって、警備が通常よりも厳しいらしい。
「もっと間近で見たいのぅ」
「では、大聖堂にご案内ですー」
 パールがぱたぱた回りながら飛んで少し疲れたのか、アリスティドの肩にちょこんと座った。
 教会は、コンコルド城からも遠くは無い。美しい様式の建物は、やはりドミルを魅了したようで。
「これだけ近くで見れるのは感動なのじゃ」
「セーラ神のお庭であるというのがややネックですけどね〜。タロン派の大建築物もパリにあれば、うきうきご案内したのですけどー」
「わしはどっちでもいいのじゃ」
 皆で教会の周りをぐるぐるしたり、中に入って天井を見つめたり。ドミルは大層感動したらしく、あちこちうろうろし回っていた。
「基礎、外装、内装、屋根も含めてドワーフさん達の技術無くして作り得ないものです。どうですか? 今後の創作活動に役に立ったでしょうかー」
「んむ。後3日くらいここで寝泊りしてもいいのじゃ」
 それは困ると皆は止める。まず、教会の者に怒られる事だろう。
「そうだわ。パリと言えば街を流れる川。高貴なる私が話をつければ、誰でも船の1つや2つ貸す事でしょう。これに乗って優雅な観光も結構な事よ」
「川から眺める大聖堂も素敵よね」
 一行は停車場へ行き、小船を借りようとした。ジャネットによる『高貴なる説得』によって船を借りた彼らだったが。
「‥‥も、申し訳ないが、私は遠慮させていただく」
 1人、観光の最中も顔色が悪かったケイが、ここに来て遂に、体調の不良を訴えた。
「大丈夫か?」
「問題ありませんぞ。私はここで、次の観光の計画を練っておりますからな」
 努めて明るく振舞う彼だったが。
(「2日酔いで頭が‥‥」)
 前夜、潰れること承知でドミルに付き合って飲み続けた彼は、本当ならば家で唸りながら寝ていたい所だったのである。だが騎士の名誉にかけて、そんな事は出来ない。
 結局ケイを残した一行は舟で川を巡り、パリ観光を満喫した。

●お土産
「あたしが案内するのは、パリの市場よ。人も店も並大抵の数ではないから、驚くと思うわ。荷物に気をつけてね」
 ポーラは露天が並ぶ広場と市場に一行を案内した。
「不逞の輩が現れたら、私が裏に連れ込んで少し話をつけてあげるわ」
 ジャネットの心強い言葉と共に彼らは人で溢れ返る市場へと入る。
 ドミルが相変わらず大きいパックパックを背負い歩いているので、万が一盗られたりしないよう皆で囲むようにして歩いた。
「お土産は、見ていれば面白そうと思える物があると思うわ。それで良いと思うの」
「土産物をここで買うのなら、形に残る物が喜ばれるかもしれないわね」
 ポーラとジャネットの言葉にドミルもふむふむと頷く。
「無難な所では、大人の方々にはワインや発泡酒として、お子さん達には寒い時期ですし、毛編みの帽子や手袋なんてどうでしょう?」
 パールはそう言って、露天に並ぶ物を指差した。パリはノルマンでも流行の最先端を行く町である。目新しいデザインも豊富だ。
「装身具や細工菓子も良いと思うよ」
 アリスティドは更にデザイン性に優れた物を勧め。
「ここに気に入る土産物が無ければ、冒険者街も案内しますぞ」
「冒険者街っていうんは何じゃ?」
「冒険者達が暮らしている通りよ。あたし達も家を借りているわ」
 一通り市場を回る。人混みに目が回りそうじゃと言いながらも、ドミルは嬉しそうにあれこれ見回った。中でもやはり気になっていたのは宝飾品関係のようで。
「あら。それが気になるのかしら。予算の関係で苦しいなら、せめて奥さんだけでも良い物を買ってあげなさい。高貴な私の目で、指輪でも見繕ってあげるわよ」
 ジャネットが目を皿のようにして棚を見つめた。
「これなんてどうかしら」
「こっちもいいですよ〜」
「‥‥これも良いですぞ」
 ナイトと神聖騎士の美的感覚対決が、一瞬ばちっと火花を散らす。
「‥‥この変わった細工が良いのじゃ。珍しいのじゃ」
 そしてドミルは、少々いびつな形の子供が描いたような絵が彫られたペンダントを選び、嬉しそうに笑った。

 冒険者街の案内は、すっかり体調も回復したケイが務めていた。
「冒険者は、冒険以外にも職業を持っているものなのですぞ。それら生業に関連し、看板を掲げ店を開いている冒険者もいるのです」
 冒険者達が住む冒険者街にパリの民が足を踏み入れる事はあまり無い。一風変わった雰囲気が漂うからだろうか。たまに、冒険者達が溜め込んでいる宝や金を目当てに泥棒がやって来ることもあるらしいが。
「大体見つかってしまうわね」
「不届き者には至高なる私の拳をお見舞するわ」
 偶然彼らの知り合いと会ったり、それぞれの家を紹介して通ったり、大きい家ばかりだとドミルが感心したりしつつ、冒険者街を通り過ぎる。
 日も西へと大きく傾き、その光を反射する旧聖堂の尖塔が見えてきた。
「あれは何じゃ?」
「‥‥今は、いろいろな相談場所となっています。普段はあまり人も踏み込まない場所ですが」
 静かに皆、光を受ける町並みを見つめる。美しいこの街を、この国を守る為に、こんな平和な時間がある一方で、確かに冒険者達は戦い続けているのだ。それを彼が知る必要は無いのだけれども。
「冒険者は、今も世界の各地で戦い続けています。でも戦うだけではありませんぞ。様々な技能を身につけた者も居るからこそ、我々は必要とされているのです」
 日が暮れパリに光が灯り始めるのを、彼らはしばらく見続けた。

●弟子
「穴掘りの弟子入りを志願しますぞ」
 最後の日。ドミルを見送る前に、ケイがそう告げた。
「故郷で穴掘りの手伝いが必要なら、私がなってあげても良いわよ。下々の技という物を憶えて損はないわ」
 ジャネットも名乗り出る。ドミルは驚いたように二人を見比べたが。
「これをあげるのじゃ」
 大きな荷物から小さめのつるはしを2本出して、それぞれに手渡した。
「これで練習すると良いのじゃ。でも、お前さんは多分性に合わない気がするのじゃ」
 ジャネットに対してはそう言い、それを聞いて彼女の眉がぴくりと一瞬上がる。
 ケイはドミルに、穴掘りにはどんな勉強が必要かを尋ね、それに対してはパールが横から口を挟んで教えた。概ねそれは間違っていないようで。
「穴掘りは、山の知識がいるのじゃ。後、石工と鉱物の知識もいるのじゃ。細工もするなら、鍛冶と綺麗な物を見る知識がいるのじゃ。でも、何よりそれを好きになる事が大切なのじゃ」
 そう言いながら、ドミルは再び荷物の中から革袋を取り出した。そして。
「お前さんの白い髪によく似合うと思うんじゃ」
 ポーラに銀の髪留めを手渡す。
「これは、お前さんの目と同じ色で、よぅ似合うと思うんじゃ」
 パールには、茶と桃色の宝石が美しいブローチを渡し。
「男にこのブローチはどうかとも思うんじゃが、お前さんにはよく似合うと思うんじゃ」
 アリスティドには、薔薇を宝石と布であしらったブローチを渡した。そして、次に荷物の中から、細工の細かいトレイを出し。
「酒場の娘さんが、こんなやつで殴っておったんじゃ。こーきなお前さんにも、ぴったりだと思うんじゃ!」
 何故かジャネットにそれを手渡していた。
「それで、ケイじゃったかの」
 がさごそと縄はしごを取り出し、ドミルはそれと手に持っていた指輪を地面に置いた。
「これを受け取るのじゃ。村に来る時は忘れずにの。穴掘りに縄はしごは必要じゃし、この指輪があれば少しは酒にも強くなるじゃろう。楽しく酒盛りをするのじゃよ」
 そう言って笑い、彼はケイにそれらを手渡す。
「又、手紙を出すのじゃ。そして、一緒に穴掘りするのじゃ」
「今度は是非、奥方とお2人でパリへ」
 感動しているドミルに、アリスティドが声をかけた。言われてドミルは少々赤くなったが。すぐに頷いて皆の手を順番に握った。
「とても良い土産話も出来たのじゃ。酒も、毛糸の靴下も、細工物も買えたのじゃ。パリは本当に良い町で、お前さん達も最高に良い冒険者達じゃ。又、遊びに来るでの」
 馬車が迎えにやって来て、彼はそれに乗り込んだ。そのまま席に座って、見送る皆へと手を振る。
 やがて馬車はゆっくりと走り出した。

 そうして弟子を持つことが出来た小さなドワーフはパリを去って行った。
 新たなる希望を胸に。