●リプレイ本文
「兄は、とても美しく、器用で、花を育てるのが大好きな人だったの。私の自慢の兄だったわ。なのに、どうして‥‥」
●departure〜出発
吐く息の白さで身も凍える早朝。
パリを出る門の横手に、1集団が集まっていた。
「じゃあ、パネブ殿はあたしの馬に乗るといいのさね。あたしがブーツで歩いて手綱を引っ張ってやるのさ」
ライラ・マグニフィセント(eb9243)が声を掛けたのは、パネブ・センネフェル(ea8063)だ。
「しかし、馬車も宿も自腹たぁ、えらいケチくさいもんだな」
思わずこぼしながら馬に荷物を載せる。その横で、アリスティド・メシアン(eb3084)と彼の弟子ラテリカが、神楽鈴(ea8407)の馬に高価そうな箱を載せていた。見た目は大きくないが、意外と重い。
「みんな荷物いっぱいだもんね。軽くしといて良かったよ」
必要最低限の荷物のみを搭載していた鈴の言葉に、アリスティドも頷いた。
「それにしても遅いな」
アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)から馬を借りたセイル・ファースト(eb8642)が、呟きながら城の方角を見やる。予定では、もう1人来るはずなのだが。
「もう待てませんよ。行きましょう」
だが、ジル・ブレイ・ブローズ(eb9317)が空を見上げて言った。日が昇ると同時に出発予定だったが、もう随分時間が経っている。
「仕方ありませんね。ではジルさんは、アーシャさん、パネブさんと同じ班に」
オルフェ・ラディアス(eb6340)が指示を出し、馬に乗る者は騎乗した。
「ところでこの格好さ‥‥。おかしくないか?」
唐突に、馬上からセイルが皆に尋ねる。
「あら。モテモ‥‥情報収集要員としてバッチリの格好ですわ」
セイルにメイクを施し、ガラの悪さを抑えて格好良く見せる服を持参して無理矢理着せたリリーが、にっこりと微笑んだ。
「‥‥お似合いですよ」
アーシャも応じておく。そんな彼女に、見送りのレットとコータが近付いた。
「それにしても困難な依頼を引き受けたものだ。でも、戦闘中に狂化したっていいじゃないか。ドレス着て戦うわけでもないし、男っぽくなったほうが頼もしいと思わないか」
足をぽんと叩かれ、アーシャは頷く。そんな皆を見ながら、イレクトラもライラの傍に寄った。
「良い仲間に恵まれて安心さね。見送りしか出来ないが無事を祈るさね」
母親に見送られるのは何とも気恥ずかしい。ライラは、嬉しいような帰って欲しいような表情で手を振った。
「お師匠さま。みんなも。頑張ってくださいです」
重い箱を持って来たラテリカの明るい励ましを受け、一行は動き始める。
朝日が、彼らの後押しをするように眩しく輝き始めた。
●mansion〜領主邸
問題は、パリを出発してしばらくの後に発生した。
「す、すまん‥‥。忘れてたわけじゃないんだ。ただその、あれこれ用意していたら‥‥」
馬車を借りて目的地に行く検討もしていたが、馬車を借りてそこで寝泊りするよりも安宿に泊まったほうが安上がりだという結論に達し、一行は馬とセブンリーグブーツで移動していた。しかし道中、まずジルが。次いでセイルが食糧を忘れて来た事に気付く。ちなみにジルは宿泊セットも忘れてきていたが。
「わたくしは暑がりなんです」
そう言って寒さに耐えていた。一方保存食のほうは。
「大丈夫です。大目に持ってきていますから」
ユーフィールド・ナルファーン(eb7368)とオルフェが渡し、事なきを得たが。
「先行き不安だね」
空を仰いで鈴が呟いた。パリを出た時は晴れていたが、いつの間にか辺り一面を灰色の雲が覆っている。
何となく一抹の不安を感じながらも、一行は目的の領地に入った。
領主宅がある町は、その領地の中央あたりに位置している。
まずは領主に話を聞くべきと、一行は領主邸を訪れた。幾分高台に位置し、領地の大きさの割りには豪華な造りをしているその屋敷は、美意識を疑うくらい派手である。
応対した兵士達に連れられて通された部屋も、呆れるくらい金銀宝石色とりどりで。
「‥‥ひとつくらい無くなってもばれないな」
泥棒を生業としているパネブが思わずぼそりと呟いてしまうほどだった。
やがてやって来た領主は、実に上機嫌で彼らを出迎えた。そして、この屋敷を拠点に動くと良いだろうと自ら話を進めて行く。
「朝晩の食事と宿の心配をせずに済むのは有り難いけれども、正直この部屋は‥‥居心地が良いとは言えないな」
それぞれ男女分かれて与えられた部屋に入り、アリスティドは控えめに感想を述べた。
「まぁ、仕方ないですよ」
思わず苦笑しながらオルフェも応じて、彼らは荷物を下ろす。その中には、重い豪華な箱もあった。
「わたくしは留守番をしようと思います」
夜も更け、皆は翌日からの行動計画を話し合った。だがジルが、その箱を守る為に留守番をすると言い出し。
「3班に分かれるんだし、1人でも抜けると痛いよ。とりあえず聖遺物箱は部屋に置いておけるんだし、見張る必要はないんじゃないかな」
「飯を借りた恩という事でどうかね」
鈴と、貸した本人では無いライラが言い、ジルもひとまず頷いた。だが、アーシャ、パネブ組を2人だけに出来ない理由は、それだけでは無い。
「狂化中は高揚しているので、はっきりと憶えているわけでは無いのですけれど」
パリを出た後、皆にアーシャが告げた事があった。
「以前セイルさん達と一緒に山賊の残党を倒しに行った時、今回のアクセサリーと多分同じ物だと思われる指輪を見つけたんです。戦闘時は狂化してしまいますから、その時も同じように狂化したんだと思うんですけど‥‥」
言葉を濁したアーシャに、パネブが後方から声をかけた。
「『声』が聞こえたか」
「そうです。よく分かりましたね」
敵を殺して指輪を奪えと。そんな声が聞こえてきて、それが正しい事のように思われて。それを実行しようとしたのを、セイルが止めたのだと言う。
「では、指輪などを目にした時に、アーシャさんが影響を受けないとは限らないわけですね」
デビルが背後にいるのではないか。目的のアクセサリーは、デビルが作製した物ではないか。それらを考え、あらゆる準備はしてきた。だが、絶対などと言う事は言えないのだ。
もし背後にデビルが潜んでいるのであれば、尚更。
●investigate〜調査
アクセサリーを身につけて事件を起こした女性5人について、皆は詳しく領主から話を聞く事にした。もしかしたら誰か生きているかもと考えたのだが、全員墓の下らしい。
「指輪が2個、腕輪が1個、ペンダントが2個ですね」
「全員分の墓掘り決定だね」
領主から聞いた話について分かりやすいようメモを取りながら、鈴は皆を見回した。
「じゃ、必ず日が暮れるまでにこの町に戻ってくる事。単独行動はしない事。アクセサリーを手に入れたら、しっかり手順を踏んで魔力を弱めて持って帰る事。情報収集はしっかりと。昼食はしっかり取る事。以上、他に注意点は無いよね?」
「アクセサリーを手に入れたら、すぐに戻って来たほうが良いと思われます」
鈴の言葉に加えてユーフィールドが言い、皆は頷いた。
「みんな。気をつけて調査にあたろう」
ライラの言葉と共に9人は3班に分かれ、それぞれの道を進んだ。
オルフェ、鈴、セイルのA班は全体の動きと情報の統括を担っている。情報屋でもあるオルフェは、情報を聞き出したり纏めるのが得意だ。それ故情報に関しては、他人が気付かない事にも気付く事が出来る。
「あの人が怪しいですね」
女性の1人が居た町に行き、市場や酒場で聞き込みをする中で、素早く彼いわく挙動不審の男を見つけた。
「うん。なんかきょろきょろしてるしね」
対人鑑識は鈴のほうが上手である。素早く見て取り声を潜めた。セイル1人だけが分からず、きょろきょろしている。
「ちょっと。変な動きしない!」
「すまねぇ」
小声で怒られ、セイルは大きな体を縮めた。
「では、話をしてきましょう」
3人は、酒場の片隅でこっそり酒を飲んでいる男に近付き、辺りを取り囲んだ。驚いて彼らを見回す男の前の席に、静かにオルフェが座って微笑む。
「昼間から蜂蜜酒とは豪勢ですね。宜しかったら、その腰に下げている袋の中身について。少しお話をしませんか」
物腰は柔らかく、だが有無を言わせぬ圧力をかけて、オルフェは男を見つめた。
一方、アーシャ、パネブ、ジルのB班は、A班同様酒場や市場で聞き込みを行っていた。
亡くなった女性が、身につけていたアクセサリーと共に埋葬されたのかどうかは、実際に彼女達の家族に聞いてみないと分からない。勿論、彼女達の名前や住んでいた場所や家族構成に至るまで、領主から情報を得てはいるが、いきなり行って「アクセサリー欲しいので掘り起こします」と言うのはさすがに気が引ける。まずは、それを言うに値する確かな情報が必要だ。彼女達が何故、急におかしくなってしまったのか。それをどういうルートで手に入れたのか。
「最近の調子はどうだい」
市場から仕事帰りの男達が酒場にやって来た。それへとパネブは素早く近寄り、親しげに声をかけてワインを頼む。勿論自分は飲むつもりは無い。雑談を交えつつ欲しい話題に持って行こうという作戦だ。
「あんたハーフエルフかい。ここじゃあその耳は隠す事だね。領主様は、ハーフエルフと流れ者がお嫌いだからね」
カウンター内で酒を用意している女性に声をかけたアーシャは、開口一番そう言われ、思わず自分の耳に触れた。
「でも、わたくし達は領主邸に宿泊してますよ」
「冒険者はテント張ったりして野宿するらしいけど、やめといて正解だよ。兵士に見つかったら、領主様に突き出されるからね。でもハーフエルフを泊めるなんて」
よほど、あんた達が気に入ったんだろうね。女性はそう言い、仕事を再開した。
実は、領主邸のある町に残った者達が居た。アリスティド、ユーフィールド、ライラのC班である。この町でも1人女性が亡くなっているので、他班と同じように情報収集と女性の家に向かう。
「‥‥領主の家に泊まってる冒険者ってのは、あんた達の事かい」
女性の家には、彼女の両親が住んでいた。
「成程。領主が気に入るわけだ」
何故かアリスティドとユーフィールドを見てそう言い。
「あの一家は、綺麗なもの好きだからねぇ」
母親もそう呟いた。
「その割には充分悪趣味な御殿でしたが」
とは言わずに、
「娘さんについて、お話を聞かせていただけたらと思いまして」
出来るだけ穏やかにアリスティドは尋ねた。
そして3人は、両親と共に彼女の墓を訪れる。彼女は罪人として処された。きちんと調べられる事無く『悪魔』として死を迎えた娘を思うと、領主を赦しきれないのだと言う。
「似た指輪を持っていた男が、同じように狂気じみた事をやっていたのさね。娘さんも、多分買い付けた指輪の所為なのさね」
「その指輪も、墓荒らしにあって盗まれたと聞きます。娘さんを死に追いやった指輪を2度と悪用される事がないよう、私達が責任をもってパリまでお預かり致します」
神聖騎士のユーフィールドが言う事だからだろうか。両親も信用し、彼らはまず墓に祈りを捧げてから土にスコップを入れた。
やがて棺が掘り起こされ、ユーフィールドがヘキサグラム・タリスマンを発動させる為に祈り始める。
「結界が張られました」
「じゃ、蓋開けるよ」
ライラが重い蓋をゆっくりと持ち上げた。そして。
●present〜贈物
夜明けと共に町を出、夜更けまでに町に戻る。それを彼らは3班に分かれたまま繰り返した。
「こちらの領主は、領民にあまり慕われていないようですね」
ちらと内装を見ながら、オルフェが言った。
「人々から搾り出した税金を無駄遣いしてるし、当然だよね」
「息子も嫌気が差して出て行ったと聞いたのさね」
「そんな事よりさ」
彼らは用意された贅沢な食事を落ち着かない部屋で食べ、その後1部屋に固まって話をしていた。そんな生活を毎日続けているわけだが、相変わらず慣れない。
「結局、どこまで分かったんだ?」
「ジャッシュの指輪と同じ黄金の指輪が1個。ペンダントが2個。今のところ成果はこれだけさね」
「それは分かってるけどな」
「調べるには充分でしょうけれども、やはり全て回収したいですね」
真剣な表情で言うユーフィールドに、皆も頷いた。
「分かっているのは、後の2点は家族の反対に合っていると言う事です。彼らは怪しいと思います」
「ハーフエルフが嫌いだから、追い返されただけですよ。違う班の人が行けばきっと大丈夫です」
この領地に来て以来、何かとつらい思いをしたアーシャだったが、努めて明るく言う。
「今までの情報を整理すると、5人の女性の内、3人は行商人からアクセサリーを購入したと言う事。残り2人は他の村の男性から貰ったと言う事。その行商人は商隊を組まずに1人で行動している事。‥‥贈った男性が同一人物かという確認はまだですよね?」
顎に手を当てて考えながら話していたオルフェが顔を上げ、皆を見回した。
「まだです。ただ、片方の女性に渡した男性の名前はボニファス。まだ行っていない村に居るようです」
「じゃ、あたい達が明日その村に行くよ。B班が断られた家にはC班が行って、C班は‥‥断られたんだっけ?」
「今日は忙しいから今度にしてくれ、と言われたのさ。怪しいと言えば怪しいけど、どうだろうか」
皆の意見を求めるようにライラが言い、皆はそれまでの経緯を含めて考え込む。
行商人については、領地で商売をした商隊の記録について、パリからシフール便が領主邸に届いていた。ラテリカが商人ギルドで聞いて送ったらしい。そこで、まだこの領地内に残っている商隊と接触し話を聞いたりしたのだが、そこから聞けた話は『最近高価は宝飾品を売って儲けている個人の行商人がいる』ということだった。
「名前は‥‥うん、ピールだ」
鈴のメモは、薄い冊子に出来そうなくらいになっている。それをセイルが横から見つつ、聖遺物箱をちらと見た。
タリスマンを発動し、清らかな聖水をかけた後魔力のかかったマントなどに包んだりして持ち帰ったアクセサリーは、全てその箱に保管されている。あまりにあっけなく、拍子抜けしたくらいだ。
「価値なんて分からないけど、どうなんだ? 高いのか、これ」
別に欲しいわけでは無いが。何となく気になる。
「それなりの値段にはなると思います。指輪は飾りはありませんが純金ですし、ペンダントも装飾性に優れていると思いますよ」
ユーフィールドの鑑定眼は、貴族にも通じるものだから確かだろう。
「でも、あの裏に彫ってある文字。あたしには読めないんだが、誰か読めるかい?」
再度開けて手にとって確認するつもりはないのだが、やはりライラも気になる。だが、文字については皆も気付いていた。そして誰も読むことは出来ず。
「デビル語ですよ、多分」
ジルがそう述べるに留まる。
話も一応まとまり、明日で全て集め終わるだろうと予測を立てて話を終えたその時、部屋の扉がノックされ兵士が1人入って来た。
「アリスティド様。お嬢様がお呼びです」
「‥‥何時の間に、仲良くなったんだ‥‥?」
思わずセイルがそう呟く。「このナンパヤロー」とまでは言わなかったが、誰かの心ではそう呟かれているかもしれない。
「まだ会ってないよ。少し気になる事があったから、話をしてくる」
そう言い残すと、彼は部屋を出て行った。
そして後に残された一同は。
「‥‥一目惚れとかされてしまったのでしょうか」
「アリスティド殿は歌が上手いからな。夜毎、その歌を聞いて聞き惚れたのかもしれないのさね」
「でも、ここの子と結婚はしたくないよね。この家だし」
女性陣が素早く話を広げ始め。男性陣は複雑な表情でそれを見守った。
「貴方も綺麗な顔立ちなのね」
その日、領主一家と晩餐を過ごした一同であったが、アリスティドを見て領主の娘が顔色を変えたのを彼は見逃さなかった。その後、何度か声を掛けたそうにしていたのも気付いていたが、その理由を彼も聞きたいと思っていた。
「ご用件は、このローブ、でしょうか」
月明かりの下、金の髪が風に揺られて舞う。それに一瞬見とれた娘は、慌てて頷いた。
「えぇ。それは兄が貴方に?」
「‥‥お兄さんと言うのは、こちらを出て行かれたと言う」
「私の自慢の兄だったわ」
この娘の名はエリザベート。アリスティドが今着ている、煌びやかな仕立のローブに刺繍してあった名前である。彼は商隊に、エリザベートという女性を連れていた商隊が無かったか、その家族が居なかったかなどを尋ねていた。このローブ自体、そもそも山賊に商隊が襲われて盗まれた物だったからである。もしも家族が居るならば返そうかと思ったのだが。
だが、その名が領主の娘と同じ名だと聞き、偶然だろうとは思ったが話を聞いてみたいと考えたのである。
「兄の誕生日に、仕立てて贈った物なの。でも、兄は」
娘の説明によると、ある日、兄の元に美しい顔立ちの女性が現れ、一緒に駆け落ちをしてしまったらしい。勿論、あちこち捜索させたが彼は見つからず、既に2年になると言う。
「兄はきっとこのローブの事は憶えているわ。とても喜んでいたもの。だからお願い。冒険者なら、あちこち行くでしょう? 兄に会ったら、私にだけでもいいから会いに来て欲しいって伝えて」
娘の言葉に頷くと、彼女は嬉しそうに頬を染め足早に去って行った。
だが。
「‥‥指輪を持っていた女性は‥‥じゃあ、誰だ?」
この領地に来る発端となった、山賊を影で操っていた男、ジャッシュが指輪を奪った相手。つまり、ジャッシュが持っていた指輪を元々所持していた女性が、今、アリスティドが着ているローブを身につけていたのだと彼は考えていた。だが、確証は無かった。そして、もしもこのローブを男性が着たまま山賊に襲われて殺されていたのなら?
月が照らし出す影が、彼を捕らえるかのように深く長く伸びようとしていた。
●sign〜形跡
翌日、A班はある村にやって来ていた。
「ボニファスはやはり逃亡したようですね」
「追っ手がかかると思って逃げたのか、それとも大ボスなのか、どっちだと思う?」
「入ってみれば分かるだろ」
ボニファスは村でも結構有名な男だったらしい。あちこちの村や町に彼女を作っていたという話もあった。2個のアクセサリーの出所は、恐らくその男で間違いないだろう。
3人は、用心深くボニファスの家に入った。村長からの許可は勿論得ている。
「どう?」
「やっぱ居ないな」
「だろうね」
1人暮らしの男の家である。すぐに探索は終わって、鈴とセイルは適当にその辺の椅子に座った。
「あ、この酒ジャパンのだよ。飲んでみる?」
何も無い所でつまずく癖を持つ鈴だが、何かある所では大丈夫なのか、そこそこ散乱した部屋の中から酒を見つけて持って来る。
「‥‥ちょっと待って下さい」
だが、1人棚や箱を細かくチェックしていたオルフェが不意に振り返った。
「ボニファスは、この領地を1歩も外に出た事が無いという話ですよ? ノルマンでジャパン製の酒を手にするなんて簡単に出来る事ではありません。市場を見回しても、パリならともかくこの辺りで手に入れようと思ったら、それこそ大金をはたいて商人ギルドに頼むか、商隊を確保するか」
「商人」
鈴の目が、一瞬きらりと光る。
「1人で国を跨いで旅する商人だって言ってたよね、確か」
アクセサリーを女性に売りつけた行商人ピールの事を言い、鈴は酒を持ち上げて見せた。
「え? つまり、何だ。ボニファスがピールから酒とアクセサリーを買ったって話か?」
「かもね」
「ピールと接触する必要がありますね。もう、この領地には居ないでしょうけれども」
そう言いながらひとつひとつ箱を開けていたオルフェの手が、ふと止まる。それに気付いた2人も立ち上がり、彼の傍に寄った。
「‥‥間違いありませんね。ボニファスは、他にも所持していたようです」
3人の視線は、1つの古びた箱の中に注がれていた。
煤けて汚れた木箱の中で、それらを寄せ付けぬほどに眩く輝く金色の姿に、彼らはしばし言葉を失う。
先日棺の中から取り出した時には、魔力を失ったかのようにくすんで見えたペンダントだったが、どうだろう。今、彼らの前に姿を現したそれらは。
「‥‥タリスマン、使うか」
それぞれが魅了されていない事を確認し、念の為木箱ごと運ぶ。3個全てに聖水をかける事は出来ないので、そのまま彼らはそれを持って家を出た。
「置いて行ったのは、懸命でしたね。‥‥他にも所持しているのかもしれませんが」
「でも置いてったって事は、ボニファスは魅了されてないんだろうね。それに、これを悪事目的でばら撒いた奴なら置いていかないだろうし」
「分かりませんよ。敢えて、置いて行ったのかも」
「なぁ。どこに行ったとか、分かるような手掛かりは無かったのか?」
アクセサリーばかり増えて、一向に事件の全容が見えて来ない。見えては来ているのだが、解明されない。だがセイルの言葉にオルフェは首を振った。
「村の人の話では、私達が領主邸に着いた日の翌日までは居たようですから、最初に訪れていれば会えたかもしれませんが」
「そんなの無理だよ。5人の女性が居た町や村以外を先に回ったりする?」
「しませんよね」
苦笑を返しつつ、そのまま村を出ようとした彼らの後方から、突然呼ぶような声が聞こえて来た。
「ぼ、冒険者さん〜。思い出しましたよ、ボニの事で!」
息を切らして走ってきた村人は、振り返って待つ彼らに追いつくと、手振りも交えて叫んだ。
「ボニは、2、3ヶ月前に3日だけ来ていた行商人からアクセサリーを買ったんです。いや、貰ったと言ってました。あいつは口が上手いから、騙して貰ったんだろうと思ってましたけど」
「その行商人の名前は、ピールと言いましたか?」
「いえ。名前は分かりません。けれど俺も見ました。この辺じゃお目にかかれないくらいの綺麗な顔をした金髪の若い男で」
「言葉に訛りは? 他に特徴は」
「訛りなんて分かりませんけど、その男は元々鍛冶屋で、趣味で細工を始めたんだってボニが。鍛冶屋の割には華奢な男だったと思います。後は‥‥そうだ!」
村人は何かを思いついたのか、皆を見回して告げた。
「一度だけ近付いた時に、薔薇の匂いがしました。都会で流行りの香料をつけてたのかな」
同じ頃、B班は一軒の家を訪ねていた。
「えぇ。娘の形見は埋めずに保管してありますよ」
「お預かりしても良いでしょうか」
「実は2つあるんです。1個は一緒に埋めたので、そちらで良ければ」
母親に言われ、彼らは墓地へと向かう。彼女はついて来なかったので、今まで通り祈りを捧げた後、スコップで土を掘り返した。
「‥‥ありませんね」
「騙されたのか?」
再び棺を戻し、彼らは再度家に向かう。
家では母親が、ワインを用意して待っていた。
「掘り返された跡は無かったのですが、棺の中にペンダントは入っていませんでした」
「何か知ってるんじゃないのか」
尋ねるアーシャとパネブに微笑みかけ、彼女はグラスにワインを注ぐ。それを黙ってジルが見つめ、ふと何かに気付いて口を開いた。
「その腕の物は、高そうですね。是非見せてください」
「腕?」
はっと気付いて、2人も母親の腕に目を向ける。母親は微笑んだまま、片腕を顔の辺りまで上げて見せた。
「‥‥金の、腕輪」
「貴方達、これを取りに来たの? これは私の物よ‥‥。渡さないわ」
微笑みながら告げる母親に、3人は後ろへ下がって間合いを取った。この人は黒の神官だったジャッシュとは違う。危険は無いと思いたい。だが。
「‥‥万が一、私に何かあったら宜しくお願いします」
剣を引き寄せ、アーシャは臨戦態勢を取る。パネブが後ろで頷き、袖の中に隠しておいたナイフを手の中に滑らせた。
「貴女は、その腕輪に魅了されているだけです。娘さんと同じように滅ぼされてしまいますよ! 今なら間に合います。その腕輪を捨ててください」
「それは駄目よ」
母親の表情は変わらない。どこか恍惚とした笑みで、彼女は手を横に向けた。
「もうすぐここは燃えるの。貴方達と一緒に」
それは唐突だった。彼女がそう言うと同時に、玄関の扉と付近の壁が燃え始める。とっさに逃げようにも、他に窓が無い。
「今すぐ火を消して下さい! 娘さんの為にも、呪いに屈しないで!」
「アーシャ。斧は無いか」
「ありませんよ、そんな物〜」
ここで母親を倒しても、一度燃え上がった炎が消えるはずも無く。パネブが逃げ場を探して天井に目を向けた時。
不意に、ぼこっと壁に巨大な穴が開いた。
「急いで」
ウォールホールを冷静に唱えたジルが素早くそれを抜けて外に出てしまい。
「‥‥一緒に、逃げましょう」
最後の説得とアーシャが母親に声を掛けたが、母親は微笑んだままその場を動かなかった。
「すぐに閉じますよ。早く出て下さい」
穴の外からジルの声が聞こえて来て、アーシャも仕方無く身を翻す。最後にパネブが母親を見張りながら同じように穴を抜けようとして、ふと気付いた。
扉の近くに、ほとんど燃えかけている松明らしき物が転がっている事に。それは既に火に包まれているが。
この場には、4人しか居なかった。そして誰も松明も棒も持っていなかった。勿論火を点けれそうな火打石やランタンや、そんな物はこの部屋になかった。そして考えてみれば、母親は呪文の1つも唱えなかった。パネブには魔法の事はよく分からないが、魔法が使えるならば、こんな煩わしい事はしないのではないか。
「あんたはもしかして」
母親は何も言わない。ただ静かに、片手を横に向けているだけだ。
パネブは素早く穴を抜け、その後すぐに家全体を火が覆い尽くした。
「‥‥まさか、最後にこんな事になるなんて」
「嘆くのはまだ早い」
落ちこむアーシャを促し、パネブは歩き出した。母親が指し示していたであろう、方角に向かって。
●gift〜与えられしもの
そうして彼らはパリに帰って来た。
「じゃあ、これはあたしとユーフィールド殿で持って行くのさね」
ギルドに聖遺物箱を提出した一行だったが教会に持って行ってくれと言われ、計7個のアクセサリーを入れた箱は、ライラとユーフィールドに託された。
「いろいろ気になる事はありますが、これを調べて貰う事で何か分かるかもしれませんね」
ユーフィールドの言葉に皆も頷くが。
「結局、ボニファスに売りつけた行商人は、ピールではありませんでした。ピールの行方は、多分追えると思いますよ。調べておきます」
頼れる情報屋が、気になる点のひとつについてそう述べた。
「ボニファスも、遠くまで逃げれたとは思わないよ。問題は、売りつけた金髪の奴だね」
何故かアリスティドを見ながら言う鈴に、思わず苦笑しつつ彼は自分の竪琴を見つめる。
「しかし、幾つあるんだろうか。こんなのが他にもぼこぼこ出てきたら、預言騒ぎに拍車をかけちまうね」
「では、早速これを持って行きます。教会ですから、結果は私を通して皆さんにお伝えしたいと」
ユーフィールドが馬に箱を載せ、ライラもその横を歩いて行く。
それを見送る皆の後方で、パネブがアーシャに声をかけた。
「‥‥墓地そのものが偽物だったとはな」
「そうですね。あれには驚かされました」
B班が最初に掘った墓地は、それ自体が偽物だった。母親が指していた方角にも墓地があり、村の人の話ではそちらの墓地が正しくて。
「人為的な物だった、か。扉を燃やす為に松明を使ったこともそうだ。だが、誰が何の為に?」
「こっちが気付かないうちにやったんだろ? デビルじゃねーのか?」
話を聞いていたセイルが声をかけ、アーシャも曖昧に頷く。
「そうですね。‥‥『声』も、聞こえましたし」
「え?」
「でも一瞬でした。『逃がすな』。それだけ」
呟くアーシャの表情は明るくない。ハーフエルフである事の抑圧を解放する為なのか、戦闘中に狂化した時は弾けるような言動を見せる彼女である。今回は戦闘も無く、いろいろつらい目にも遭ったので、鬱憤が尚更溜まったのかもしれない。
「そういや、あんたのほうが彼女の近くに居たな」
何かを思うように、パネブがアーシャに指摘をした。ちなみにジルはもっと後方にいたのだが。
1人、また1人と別れて行く彼らを見ながら、パネブは1人夕陽を見つめる。このからくりを、解く為に。
だが、この時彼らはまだ気付いていなかった。
既に、彼らは狙われていたのだと言う事に。
金の色をした装飾品は。
確かに、彼らが背中に負うものの中に。与えられていたのだと言う事に。