託すもの 託されるもの
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月19日〜01月24日
リプレイ公開日:2007年01月26日
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●オープニング
「避寒しようかしら」
ある寒い日の午後。見た目にはそうとは見えないが実は保温効果抜群の服を纏った女性が、皆の前でそう言った。
「最近パリも騒がしいわ。予言か預言か知らないけれど物騒だし、お友達も皆暖かい所へお出かけになったと言うし」
「そ、それで‥‥次はいつ帰ってくるんだい」
恐る恐る、彼女の夫が声をかける。見た目通り少々温かさに欠ける服を着、少々寒そうに身を震わせながら。
「そうね。ジュールの騎士登用試験までには帰るつもりよ」
「え?」
寝耳に水という顔で、彼女の子供は顔を上げた。夫も慌てて両手を振る。
「い、いや、まだ早すぎないかい? だってジュールはまだ10歳で」
「あら、貴方の子供は9歳で騎士見習いになって、11歳で騎士として主君を持ったわ。‥‥まぁ、大した主君じゃないようですけれど」
「ま、まぁ、あれはあれで頑張ってるのだし‥‥」
語尾を口の中で呟きながら、おとなしく夫はフォークを動かすことに専念した。今は食事時。長いテーブルの席についているのは3人だけだ。
「‥‥お母さん。その、試験は‥‥いつなの?」
「3月くらいとおっしゃっていたようだけど。無事合格して、行く行くはノルマン最高峰騎士団、ブランシュ騎士団に名を連ねるのですよ、ジュール」
満足そうに言うと、母親も食事を続けた。その場を奇妙な空気が取り囲むが、最早そこに働く者達でさえそれに慣れてしまっている。
「‥‥3月」
そんな中、輝くような澄んだスープを見つめながら、1人少年は物思いにふけっていた。
マオン家では、その家の主であるジュールの母親が旅行に出かけてしまう事は珍しくない。一度出かけるとしばらく帰って来ないが、使用人のほとんどを連れて行ってしまう事と、夫を置いていくことが多い事でそれなりに有名である。
「え、置いていってくれるのかい?」
肩身の狭い思いをしている夫が、実に嬉しそうな声で尋ねた。
「えぇ。不自由な思いをさせて、万が一ジュールの試験に影響があったら大変ですもの」
だが今回は珍しく、使用人のほとんどを置いて行ってくれるらしく。いつも大変な思いをして留守番をしていた夫が喜んだというわけなのだが。
「ですから勿論。ジュールが見習いとして登用されなかったら。貴方の所為ですからね」
「え」
「ジュールは優秀な子よ。加えてわたくしの口添えもあるの。当然、4月には見習い。来年の1月には正式にノルマンの騎士団に」
「そ、それはさすがに早すぎないか」
「あら。貴方の子供は」
一方的な言い合いとなっている夫婦の会話も日常茶飯事だ。いつもはそれを聞きながら小さくなっていたジュールだが、その日は黙って聞いていた。
「ところでジュール」
突然、話を振られる。
「どうして最近、『ママ』と呼んでくれないの? 外では毅然とするべきよ。でも、お家の中は良いでしょう?」
「‥‥大人になりたいって、思った‥‥から」
「大人になっても『ママ』と呼んでいいのよ。呼んでちょうだい。ね、ジュール」
言い置き、彼女は部屋を出て行った。旅行に持って行くドレスを選ぶ為だろう。この母親は言い出すのも突然だが、それを実行するのも突然である。
ジュールは母親を見送った後、部屋に置いてあった鏡を手に取った。そしてそこに映る自分を見つめる。
ただ、見つめる。
2日後。母親は自分の母方の屋敷へと旅立って行った。そこにはたくさんの使用人がいるから、こちらから連れて行く必要が無いというわけである。
置いていかれた父親は晴れて自由の身を手に入れ伸び伸びとしたが、それはジュールも同じ事だった。
「お父さん。僕、行きたい所があるんだけど」
あまり自分の欲求を人に伝えなかった息子である。父親はきょとんとした。
「何だい? 息子よ」
「お兄さんの所に行ってみたい」
言われて父親は椅子から転がり落ちる。
「なななななななななにをいっているのだジュールよ」
慌てて起き上がった父親に、息子は今までにない強い眼差しを向けた。
「地方の領主様に仕える騎士になったお兄さん。お兄さんの事は憶えてないけど、会いたい」
「かかかかあさんに怒られるじゃないか」
「だから内緒ね」
そう言って、少年も早速旅の準備を始める。父親はしばらくそれを見つめていたが。突然あわあわし始め、家を飛び出した。
「ぼぼぼぼうけんしゃのしょくん! いや、皆さん! 息子を止められるのは君達しかいない! 頼む、止めてくれ!」
ギルドに入るなりそう叫んだ男は、即座に受付員に連行された。
「お静かに。そして、分かりやすくお願い致します」
「うちの息子が、うちの息子に会いに行くと言うんだ。‥‥いや、病気で先立った前の妻の息子に、今の妻の息子が。それが何て言うかつまり、今の妻と折り合いが悪くて家を出て行った息子なんだが、日に日に弟は兄に似てきて。あぁ、顔がね。それが今の妻も嬉しくないみたいで、上の息子とも絶縁というかマオン姓も名乗れないでいるし、何ていうか、あぁ!」
頭を掻きむしる男に、受付員は古ワインをそっと手渡す。それを飲んで多少落ち着いたのか、男は依頼内容を話し始めた。
「つまり、上の息子と会わせないで欲しいのだよ。もしも会って影響受けて、騎士登用試験を受けないなんて言い出したらと思うと夜も眠れな‥‥いや、もう地の果てまで逃げるしか」
「はぁ」
「頼む。どうか頼んだぞ」
受付員の両手を堅く自分の両手で握ると、男は来た時と同じように慌しく出て行った。
そして後に残された受付員は。
「‥‥で、誰だったんだ‥‥?」
名前も名乗らず去って行った男を見送り、首を傾げた。
●リプレイ本文
夕焼けが広がる空の下、足早にパリを出る者が1人いた。それを見送りながらヴェールをそよがせてシェアト・レフロージュ(ea3869)は少年の背に優しく手を添えた。
「大丈夫ですよ。お兄様はきっといらっしゃいますから」
「う〜っ、冷えちゃったよ。早く家に戻らない?」
隣で同じように見送っていたアフィマ・クレス(ea5242)は寒そうに身を震わせて足踏みする。それもそのはず。彼女は防寒用の物を何一つ身につけていない。
「お兄様が来たら、家族揃って話をするのがいいと思いますよ。一度皆でじっくり腰を据えて」
黒髪をなびかせながらアヴリル・ロシュタイン(eb9475)も言った。成人女性なのだが目線はほとんど少年と変わらない。もっともそれはアフィマも同じ事なのだが。そして、その事が少年をより安心させるようだった。
そもそもこうして寒空の下、見送りに出ているのには理由がある。
全ては1人の少年と、その家族の為に。
4人の女性がマオン家を訪れた時、その家の仮の主は非常に喜んだ。
「あれ‥‥どうなさったんですか?」
そして、部屋でいろいろ荷造りをしていた息子のジュールは、入ってきた一同を見て首を傾げた。
「くりきんとんを持って来たのさね。皆で食べながら話をするといいのさね」
「わ〜。これがくりきんとん。ありがとっ」
ライラ・マグニフィセント(eb9243)が持って来た物体を、皆は興味深く見つめる。そして、今ひとつ現状を把握出来ていないジュールと共に、テーブルでお茶と一緒にそれを頂く事になった。
「それで、ジュールはどうしてお兄さんに会いに行きたいのかな」
スプーンを動かしながら、早速アフィマが問う。ジュールはきょとんとしたが、父親が目を逸らしたのを見て察したようだった。
「お兄さんに会って‥‥いろんな話をしたいんです。お兄さんは騎士なので」
「私もナイトですよ。ジュール様は騎士を目指しているのですか?」
アヴリルの言葉を聞いたジュールは彼女へと向き直る。
「勿論ですよ。マオン家は元々ノルマンに仕える騎士の家系だったのですから」
しかし答えたのは父親。
「じゃあさ。お父さんは、どうしてジュールとお兄さんを会わせたくないの?」
「そ、それは‥‥」
言いよどんだ父親は、女性4人の注目を浴びて小さくなった。多少顔を赤くしつつ。
「‥‥こうしませんか?」
黙ってお茶を飲みながら話を聞いていたシェアトが、静かに口を開いた。
「お兄さんに、お手紙を書いてみては。お兄さんは騎士をなさっているのですから、お休みも急に取れるか分からないですよね‥‥? ですから、まずお手紙を書いて、お話したい事、会いたい気持ちなどを綴られてはいかがでしょう」
「手紙‥‥ですか?」
「えぇ。私も一緒に書きますから」
ふわりと微笑まれて、ジュールも頬を赤く染めながら頷いた。
「それじゃ手紙を書いて、それをお兄さんの所に届けて、ここに来れるようなら来てもらおうよ。ジュールが行くのがお父さんは嫌なんでしょ? だったら、これでお父さんとジュールの願いは両方叶うよね」
「えっ」
虚を突かれた父親だったが、確かに出した依頼は、『息子が会いに行くのを止める』である。間違ってはいない。
「手紙を書くなら、あたしが馬で届けに行くさね。伝言があるなら伝えるし、返事を書いてくれるなら預かって帰るさね」
そうして、ジュールはシェアトと共に手紙を書く事となった。
ジュールが兄宛。シェアトが兄の上司宛に手紙を書いている間、3人は父親と話をしていた。
「お母様がお兄様を嫌っているのは、私の家も同じような事があるので分かるのですが、会わせたら騎士登用試験を受けないかもしれないと言うのは、論理が飛躍し過ぎだと思うのですが」
アヴリルの一番上の兄はハーフエルフ。何かとあったであろう事は想像がつく。しかしそう指摘された父親は肩を落として下を向いた。
「その‥‥ジュールは昔から騎士にはなりたくないと思っていたようで‥‥。こっそり日々の事を書いた巻物を読んでしまったのだ」
「‥‥こっそり見たのだな」
「だって息子の事は気になるじゃないか! どうしても騎士にしなくてはと言うのもあって‥‥」
それで、ジュールが何かに影響を受けて道を外さないように友達や先生を選び、騎士になるべく教育を受けさせてきたらしい。勿論その中には、『騎士は騎士でも地方領主の騎士である兄には会わせない』というのも含まれており。
「過保護じゃない?」
「ジュール様はもう10歳でしょう。自分でいろいろ選べないと騎士になっても困りますよ?」
そこで父親は、とても怖い母親の話を3人にして見せた。この3人の中で、母親がとんでも無く困りものだということを知っているのはアフィマだけだったが、父親もジュールを縛り付けている要因である事が判明し、思わず溜息が出そうになる。
ともかく父親の事は置いておいて、彼女達はジュールの部屋へと向かった。
ライラが手紙を携えてパリを出た後。
マオン家では夕食の準備が整えられていた。豪華な食事を食べる事が出来なかったライラだが、その分とお土産分は父親が先渡し分として余分に金をあげていた。
「本当は‥‥ジュールが望む道を歩かせてあげたらとは思うのだよ」
でもマオン家の主人である彼の妻には逆らえない。何故なら彼の実家は、元々貧乏貴族。マオン家に養子として入る事で、実家の借金を尻拭いしてもらったようなものなのである。
「お父様も‥‥ご苦労なさっているのですね」
「じゃあ、あたしが余興に人形操りを披露するね。テーマは父親。お父さんも一緒に見てよ」
食後、一部屋に集まった皆の前で、アフィマが人形を手に一礼した。
「アーシェン、がんばって」
人形を応援したのはジュールだ。
「父親とは、どうあるものかしら。ねぇアーシェン」
「『子供ニトッテハ尊敬スベキ人ダヨネ。父親ノ背中ニ男ラシサトカ学ブッテイウシ〜』」
「そうそう。アーシェンも、あたしのような立派な人を見習って大きくなるのよ。あ、あたしの背中見れないか。いつも手の上だもんね」
「『ウン。背中ハ見レナイケド、オ腹ハ見ルコトガデキルヨ。ダカラコンナニ腹黒クナッチャッタ』」
人形の服をぺろんとめくると、そこには黒く塗った腹が。
皆が笑う中、アフィマは再度皆に一礼して父親へと向く。
「お父さんがいつまでもお母さんに振り回されてたら、ジュールだって強い気持ちを持てないんじゃないかな。‥‥今の弱い立場のままの自分でいいの? 手本になれなきゃ、手本になろうとしなきゃ、お父さんだって変われないよね」
「ジュールさんは初めてお会いした時と比べて、とても伸び伸びとされるようになったと思います。‥‥ジュールさんの成長。お父様にもお母様にも真っ直ぐ見ていただきたいんです。ご家族全員で旅行に行けるように、お父様も頑張ってみませんか?」
続けて諭すシェアトの『旅行』という言葉に、父親は激しく反応した。旅行に行きたい〜っと叫ぶ父親を放っておいて、皆は何か言いたげなジュールを見る。
「ジュール様は、お父様がおっしゃるように、騎士にはなりたくないとお考えですか?」
穏やかに尋ねるアヴリルに、ジュールは口を開いた。貴女は騎士になりたくてなったのかと。
「私は‥‥」
「僕は騎士になりたくないって思ってました。戦うのも嫌だし、怖いし‥‥僕はこんなに細いし剣も重くて。本を読むのは好きだったから、何となく学者になりたいなって思ってて」
でも。冒険者達と出会い、様々な話を聞き、体験もして。自分がどれだけ何も知らず暮らしてきたのか。何の意志も持たずに生きてきたのか分かったのだと言う。
「僕がお兄さんに会いたいのは、どうして騎士になったのか。答えが知りたかったんです。まだ‥‥迷っているから」
「でも、人に言われたから『じゃあこっちにします』って言うのは無しね。本当に自分で決めないと、意味が無いと思うよ」
言われて、そうだねと少年は笑った。
そして。
ライラがパリに帰ってきた。
その間、シェアトの愛猫とライラが置いて行った子猫と遊んだり、シェアトの奏でる音楽を聴いたり、皆で話したり、シェアトが使用人に母親について尋ねてみたり、皆はのんびり過ごしていた。
「すまないね。残念ながら、すぐに休みは取れなかったのさね」
預言などの話はかの領地にまで当然届いていて、万が一の為の対策などに追われてまとまった休みは取れなかったらしい。
「でも、ちゃんと手紙は貰ってきたのさね。少し話も出来たしな」
そう言って、彼女はパックパックから羊皮紙を取り出した。それを受け取りながら、どこか不安そうにどうでした? と尋ねるジュールに、ライラは笑って見せる。
「なかなかの御仁だったのさね。からっとした性格で、それなりに男前だったのさね」
彼女の言う男前の基準は『海の男』なのかもしれないが、それを聞きながらジュールは手紙を見つめた。
「‥‥どうですか?」
脇から尋ねたアヴリルに曖昧に頷く。
「‥‥『託す』って」
「何を?」
「敷かれた道に抗うならば」
『夢を託そう。父、母が君に託すのと同じように。だがそれを重荷と感じてはいけない。夢も希望も心でさえ。人から人へ託されて行くものなのだから』
「‥‥自分が叶えられなかった夢を果たしてくれ〜、って事かな? 少し勝手だよね」
結局押し付けているだけなのだろうか、この家族は。10歳のこの少年に、自分が叶えられなかった夢を。
「お母様は‥‥本当にお兄様の様子を全く知らないのでしょうか」
何かを考えるように、そっとシェアトが呟いた。彼女は使用人に、母親が使用人を連れて毎回旅に出ている理由と、行き先を尋ねていたのである。もしかしたら、母親は兄の様子をこっそり見に行っているのではないかと。本当は、兄に対する思いがあるのではないかと。
「兄上殿は、おっしゃっていたよ。義母の思いに応えたくて騎士になった。でもパリで騎士になるといろいろと周りもうるさいから、地方に行ったと」
「やはり思いがすれ違っているようですね。きちんとお兄様も入れて、家族全員で話し合うべきです、お父様」
こっそり聞き耳を立てていた父親に、アヴリルが振り返る。慌てて父親は数回頷いた。
「3月に騎士の試験だっけ? ジュールは、どうしたいの」
改めてアフィマに訊かれ、ジュールは皆を見回す。
「僕は‥‥」
ジュールは結局、兄と時々手紙のやり取りをして交流を深めたいと望んだ。ライラも、兄上殿は喜ぶと思うのさねと答えて、ジュールの笑顔を引き出した。
そして父親から報酬を貰い、マオン家を去る時が来た。
「ジュールさん。道を選ぶ事を諦めないでくださいね。3月までまだ時間もありますし、私達も‥‥いるんですから」
腰を落として、歌を奏でるように励ますシェアトに、ジュールは抱き上げていたイチゴをゆっくり手渡す。それを受け取りながら、ふと彼女はある事に気付いた。
「‥‥髪の色‥‥染めましたか‥‥?」
光を浴びて部分的に茶色く輝く髪を触りながら、少年は頷く。
「多分、元々金か茶色なんだと思います。母が、黒髪だから」
物心付いたときには、既に黒く染められていたらしく。
「じゃ、帰るね。お母さんにジュールの気持ち。言えるといいね」
「頑張ってくださいね」
「言えなかったら、アーシェンに言ってもらおうか?」
笑うアフィマに、ジュールは首を横に振る。
「うぅん。僕から言うよ。それに、今度は僕から‥‥会いに行きたいかも。アフィマの家族の話、今度聞かせて」
「あたしの家族かぁ」
「シェアトさんとライラさん。お2人は姉妹なんですか?」
突然訊かれて、2人は顔を見合わせた。
「違うのさね。シェアト姉と呼ぶのは敬愛の印さね」
「じゃ、僕も呼ばせてもらってもいいですか?」
言われてシェアトは一瞬目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「勿論ですよ」
「ライラさんもお姉さん。アヴリルさんもお姉さん」
「あたしも一応、ジュールより年上なんだけど?」
「アフィマはね‥‥友達」
笑って彼は手を振った。
「弟が出来てしまいました」
アヴリルも同じように微笑み返し、手を振る。
そうして、4人の娘は少年に見送られて去って行った。
「僕は‥‥神聖騎士になりたいなって思ってます」
少年が伝えた決意が花開くかどうかは。
まだ分からない。