アナスタシアポイント〜7種制限〜
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 44 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月22日〜01月27日
リプレイ公開日:2007年01月30日
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●オープニング
冒険者ギルドの受付嬢アナスタシアは、推定年齢30歳。『お嬢さん』と言うには少々苦しいお年頃である。
1年ほど前まで冒険者としてあちこち駆け回っていたらしいが、何故それほどまでに好きだった冒険者を辞めて、好きでも無いギルドの受付員を仕事にしているのか。それは本人の口からも語られていない。
その日、アナスタシアはいつも通り淡々と依頼の話をしていた。相手は比較的若い冒険者達。何らかの依頼を受ける為だろう。真剣な表情で、その話に聞き入っている。受付員が、実は彼らの味方としてサポートしてくれるような相手では無い事に、彼らはまだ気付いていない。
「‥‥もう少し愛想良くしたほうがいいって、前の秘密依頼の時に言われたんだろ」
冒険者達が去った後、隣の席で別の依頼書を書いていた受付員の男が、彼女にそう言った。
「うるさいわね。愛想なんてセーヌ川に桶ごと突っ込んだわよ。あんたこそ、もう少し綺麗な字書いたら? 昔倒したバイパーだって、それよりマシな、のた打ち回りようだったわよ」
「もう少し分かりやすく言えよ」
「もう一度、セーヌに沈めて欲しいのかって聞いてるのよ」
2人はしばらく睨み合ったが、依頼人がやって来るのを見て素早く表情を変えた。
この2人は、大体いつもこんな調子である。もはや日常茶飯事である。他のギルド員達も止めに入ろうとしない。下手に止めに入ると、矛先が自分に向いてしまうからである。
「毎日つまらないわね‥‥」
依頼人も去り、アナスタシアは溜息をつくようにして呟いた。
彼女はいつも退屈している。他人の冒険話もつまらない。自分が体験しないと、面白くない。自分の目の前で何かが起こってくれないと。
「‥‥この際、パリにモンスターでも来てくれればいいのに」
誰かに聞かれたら、それこそ異端として吊るし上げられてもおかしくない言葉である。ましてや今は預言でピリピリしている時期。だが、だからこそ。
「デビルとかフロストウルフとか精霊とか、いろいろ面白そうな話出てるのに、あたしがそこに行けないなんて」
そういう話を聞くからこそ、動きたくなるのだ。戦い続け、探索をし続け、血沸き肉踊るような冒険ばかりをして来た彼女は。
カウンターを離れ、アナスタシアは壁の依頼書を見始めた。依頼人が指定した日付を過ぎてしまった依頼書を、壁から剥がす。その羊皮紙は削って何度も再利用されている為、前の字が見えて読みにくくなっていた。
「ジャパンの紙でもあればいいのに」
呟いた所で顔を上げる。その時扉が開いて、ギルドに冒険者達が入って来た。
彼女は少し笑った後、その冒険者達へと近付いて行った。
「貴方達。少し変わった冒険をしてみない?」
アナスタシアは以前冒険者達を誘って、最近見つけたという迷宮に遊びに行っている。
迷宮内でモンスターと1対1で戦うという宴を催し、参加者には『アナスタシアポイント』なる点数をつけていた。その点数を集めると様々な景品と交換と言いつつも、まだワイン引き換え券と肩たたき券しかあげていない。
そんな彼女が今回言い出した変わった冒険と言うのは。
「迷宮に入って探索をしてもらうのだけど、持ち物を制限させてもらうわ」
「武器はひとつまで、とかそんなヤツか?」
「そういう制限も面白そうだけど、今回は違うわ。持って行ける数の制限よ」
彼女は平然とそう言い放つ。
だが。
「‥‥保存食とかどうするんだ。それに迷宮なら、ランタンや寝袋だって‥‥」
「数というか種類ね。5日分の保存食は1種類だから1よ。ランタンや寝袋は別。油も1個だろうが10個だろうが1種類だから1ね。そうやって1人、7種類までとさせてもらうわ」
「ペットは数に入るのか?」
「ペットは数に含めないわ。でも、ペットに乗せた荷物もきちんと数えさせてもらうわよ。後、モンスターが居る迷宮だろうから、小さいペットとか連れてきて食べられても知らないし、大きいペットに戦わせて自分は楽するなんて下らないこと、しないでよね。冒険は、自分がやらなきゃ意味がないのよ」
冒険者の間では、ペットは居て当たり前である。冒険中も町の中でも、いつも一緒という者も多い。
「後、猫は駄目よ。猫を連れてきたら‥‥容赦しないわよ」
何を容赦しないのかは分からないが、軽く脅してからアナスタシアは冒険者達を見回した。
「前に途中まで探索した迷宮だけど、ミノタウロスが出て来て面白かったわ。ホブゴブリンも居たから、奴らの住処かもしれない。罠もいろいろあるかもね。でも、ただ迷宮を探索して踏破なんてつまんないでしょ。何でも持って歩けるなんて便利な考えじゃ、冒険だってつまんないわよ。だから、持ち物を制限するの。吟味できて楽しいでしょ?」
彼女は実に楽しそうに笑い、皆にその冒険を勧めた。
●リプレイ本文
●進入
「ここまでは探索済みです」
両開きの扉の前で、テッド・クラウス(ea8988)が告げた。前回アナスタシアの誘いに乗ったテッドとクレー・ブラト(ea6282)が迷宮内の説明をした限りでは、ここまでに罠は無い。そしてモンスターに出会うことも無かった。
「ここからが本番ですね。頑張りましょう」
バックパックをかつぎ直して、アルル・ベルティーノ(ea4470)が明るく言う。今回アイテムの持参種類を1人7つと制限されてしまった為、各自分担して1種類を大量に持っているのである。必要な時には皆に分けてもいいが、それまでは持って来た者が持ち運ぶということで。
「バックパック破れないかな〜‥‥」
8人分の毛布と寝袋をバックパックに無理矢理詰めてきたファイゼル・ヴァッファー(ea2554)がぼやいた。むしろ詰めきれずバックパックの上に積んで固定したりもしているのだが。
「敵の攻撃と、壁や床から飛び出る刃に気をつける事だな」
迷宮に入る前、森で適当な木の棒を取ってきたキサラ・ブレンファード(ea5796)がその切っ先を向けたので、慌ててファイゼルは飛びのいた。
「‥‥ひげ面のてるてる坊主が2個もついてる‥‥」
そんな彼女の後ろに回っていたサラサ・フローライト(ea3026)がバックパックの両端についている物を見て、ゆっくり口を開く。だが。
「?‥‥雨が降ったら嫌だろう?」
「雨‥‥」
「天井に桶でもぶら下げといて、ロープに引っかかって水が降ってきたら面白いよね」
それへ、アレーナ・オレアリス(eb3532)が冗談か本気か分からない言葉を発し。
「指輪を20個も持ってくる貴女のほうが面白いわよ。足の指にもはめる気?」
後方からアナスタシアに突っ込まれていた。
そして。
「‥‥そろそろ進まないか」
一番後ろで皆が動くのを待っていたデュランダル・アウローラ(ea8820)が、静かに皆を促した。
●罠
扉の向こうもやはり誰もいなかった。
罠対策用の棒を持ったキサラとテッドが先頭を歩き、殿をファイゼルとデュランダル。間に他の4人を挟んで、狭めの広間を通り過ぎる。
「前回の事で、警戒されとるんやろか‥‥」
あまりにも静かなのが逆に不気味だ。小声で呟きながら辺りを見回すクレーに、傍を歩いていたアルルもそっと頷いた。部屋を抜けた所でブレスセンサーを使い、反応が無いのを確かめてからサラサへと振り返る。サラサは持ってきたスクロールに地図を描いていて、罠なども書き加える予定だった。
しばらく道と広間が続く。そしてまた扉。
「随分広い迷宮ですね‥‥。何かの遺跡でしょうか」
テッドが感心したように呟いた。遺跡と呼べるような飾り気は無いが扉がある事から、人工的に改造された部分がある事は確かである。
扉を開ける前に再度ブレスセンサーで確認したアルルが、そっと口に指を当てた。複数の息遣いを感じる。皆は戦闘態勢を取ってから扉に罠が無いか確認し、それを開いた。
扉の向こうはやはり狭めの広間。そこには誰も居ないが、奥のほうに何者かの気配があった。
「相手は10体。1体だけ少し大きめですね」
「それで‥‥どの道の向こうかな」
アレーナが道の数を数えながらアルルへ振り返る。ランタンで照らし出した先に見える道は、全部で4本。丸めの広間から出る道は、来た道を合わせると5本になる。
「こっちは少し登り道になってるな」
「こっちは‥‥少し下ってる」
「近付いてきます!」
アルルの声に、皆は確かに足音を聞いてそちらへと構えた。それは、上がりも下がりもしていない道からやって来て、叫び声を上げながら切りかかって来る。
「‥‥ホブゴブリンの家やね、ほんま」
クレーが敵の姿を見て呟いた時、アルルのウインドスラッシュとサラサのイリュージョンが発動した。動きを止めた3体を除き、後の7体へ皆は斬りかかる。だが、1体1ならばまず彼らの敵ではない。さくさくと倒して行く8人だったが、ふと耳慣れぬ音を聞いた。
カタン。
「‥‥かたん?」
丁度目の前の敵を倒したファイゼルが顔を上げたその先には。
ゴロンゴロン。
「逃げろ!」
坂道からごつごつした岩が転がって来た。慌てて避ける皆の脇をすり抜けて岩は転がって行く。
だが、狂化を避ける為に敢えて目を閉じバックアタックで戦っていたデュランダルがとっさに踏み入れた道は、下り坂だった。しかも。
「あ‥‥」
皆が見守る中、デュランダルは無言でつつーと下り坂を滑って行った。そして。
バタン。
「‥‥」
何かが開く音がし、その後を追うように岩は下り坂を転がって行った‥‥。
「だ、大丈夫か?!」
最も近くにいたファイゼルが腹ばいになり、道に向かって手を伸ばした。少し先に穴が開いており、その空いた穴の縁に手をかけているデュランダルが見える。
だが。
ガタン。ゴロンゴロン‥‥。
「また来ました!」
「今度は‥‥2個かな」
「ちょっ、やばいだろっ」
あせったファイゼルの体が道の上に乗り、つるっと滑った。そして、転がって来た岩は固まっているホブゴブリンをはねた後、坂になっていない道に行って途中で止まり。その後方から転がって来た岩は同じように坂道を転がって行った。
「‥‥油が塗ってあるとはね」
坂を上ってもう転がって来ないか確認するのは危険である。皆は油坂道に入って滑らないよう用心しつつ、ロープを穴に向かって投げた。岩の大きさよりも穴は小さく、岩が落ちることは無かったらしい。だが、穴の中では更に大変な事になっていた。
「とりもちがぁ〜っ」
「‥‥燃やすか」
「ブライトに‥‥ファイヤーウォール使わせる?」
ふよふよ飛んでいる鬼火ペットを指して、恐ろしい提案をしたキサラに乗じるサラサ。
「早く上がって来ないと燃やされるよ〜」
穴に向かってアレーナも声をかけた。
ややしてから、オーラパワーやナイフでとりもち地獄をそれなりにぶった切った2人が、最初は引っ張られ、後は自分でロープを使って上ってきた。
「‥‥服が汚れた」
少々乱れた白髪を揺らして、デュランダルは何事も無かったかのように呟く。防寒服のみを着ていた彼は、運が良かっただろう。だが。
「ちょっとべたべたしてますけど、大丈夫ですよっ。元気出していきましょ〜」
ねばねばのドラゴンスケイル姿のファイゼルへとにっこり微笑み、アルルが励ます。
ともあれ、ぬるねば地獄を脱出した一行は、途中で止まっている岩を動かしながら用心深く進んで行った。
●隠部屋
迷宮内では昼夜の区別は無い。だが適度に休憩と野営を行い、一行は迷宮の大体を回った。
敵の強さは大した事が無い上に逃げていく敵は追わなかった為、戦闘にかかる時間も短い。途中でランタンを落として壊したりなど些細な事はあったものの、それ以降大した罠も無かった。
「‥‥隠し通路だな」
あまりに何も無いので、キサラが壁を叩き始める。だがそんな事をして再度迷宮一周するわけにも行かない。
「ん〜‥‥何や、疲れたわ‥‥」
伸びをして、クレーが壁にもたれかかった。
「壁にも仕掛けがあるかもしれないから危ないですよ」
「ここ、調べたんとちゃう?」
テッドにそう答えつつ、クレーはサラサが何か唱えているのを見た。
「‥‥スライムの音、らしい」
しばらくの後、静かにそう告げる彼女に2人が首を傾げた&武器を構えた時、近くの壁を見ていたデュランダルが不意に壁を押した。彼は埃がそこだけほとんどついていない事に気付いたのである。
そして。くるりと回った壁のその向こうには、様々な色のスライムが。
「ファイアートラップ行きます!」
素早く懐から巻物を取り出したアルルが叫び、皆は集合しつつも後退した。部屋の中でうにょうにょしていたスライムは気付いてこちらにやって来ようとしたが、そこを吹き上がる炎に焼かれた。炎は他のスライムにも移って行き、壁向こうの狭い部屋を埋める炎は徐々に広がって行く。
部屋からこちらに脱出してきたスライムを倒しつつ様子を窺う一行。炎が沈静化するのに時間はかなりかかったが、燃やす物を失って消えた後の部屋に、生き残りは一匹も居なかった。
皆はその部屋に罠を確かめながら入り、再び壁を叩きながら回ると一箇所が動いた。その奥は階段になっているが大して段数は無く、僅かに光が漏れているのが見える。
そうして一行は迷宮の外に出た。
●帰還
堅く閉じてある蓋を壊して外に出た皆が見たものは、森に囲まれた小屋だった。
「あの狸親父、こんな所から繋がってたわけね」
ぼそりとアナスタシアが言い、皆の視線を集める。
「お知り合いですか?」
「まぁね」
彼女の言う事には、そもそもこの迷宮を教えてくれたのが小屋に住む老人らしい。
「モンスターを何とかしろって話?」
老人は孫娘らしき少女と住んでおり、2人は。
「ダンジョンとモンスター研究をする為に、ここに暮らしてるらしいわよ」
物好きですねという感想は誰も言わなかった。テッドはどういう迷宮なのか気になっていたが、アナスタシアが小屋に近付こうとしないのでそれ以上行動できず。
そして、ダンジョンに通じる道の蓋を壊してしまったので、こっそり帰ろうとアナスタシアが言い、仕方なく一行はパリへと帰る事にした。
酒場の片隅の1卓を占拠して、アナスタシアは皆に1つずつ袋を手渡した。報酬である。
「他にも隠し通路とかあったかもしれないけど、他の場所からも入れる事が分かったし、まぁまぁの出来ね」
「またスライム部屋になってるかもよ?」
笑いながらアレーナに指摘されるが、アナスタシアは大した事ないと言い放った。
「‥‥鍛え直す修行にもならなかったな」
今回、武器や防具に頼らず自らを鍛える為に参加したデュランダルだったが、特に大した敵も出ず不完全燃焼気味だ。
「前にミノタウロスは倒してもーたし‥‥。あんなんゴロゴロされたらかなわんわ」
「でも面白かったぜ。次も期待してるからなっ」
「そうですね。いろいろありましたし」
「意外と作動系の罠は少なかったな」
皆の会話を頷きながら聞いていたアナスタシアは、おもむろに小さな木板を配り始めた。
「じゃ、点数行くわよ。全員3点。面白かったデュランダルとファイゼルがプラス1点で4点。スライム一網打尽のアルルも4点。後は悩むけど、まぁ3点かな。それから、クレーが前1点だったから足して4点。テッドが5点だったから8点か。3点の3人にあげたのは『肩たたき券』だけね。これ2点だから。後、4点の4人にあげたのが『ワイン引き換え券』と肩たたきね。ワインは4点扱い。言っとくけど点数は減算方式で、4点持ってても2点使ったら残り2点になるから」
せかせかと説明しつつ、彼女は酒場のカウンターに預けてあった荷物を持って来る。
「で、テッドの8点だけど。10点も近いから説明しとくわ。6点は毛糸製アイテムで、これ」
袋の中から毛糸の靴下と毛糸の手袋。丸めた毛糸のマントと毛糸の敷物。そして何故か毛糸の褌を取り出した。
「どれか1個ね。あ、褌は使ってないわよ。一応言っとくけど。で、数はこれだけしか無いから無くなったら終わり。それから10点は指輪ね」
別の袋の中からこれも5種類の指輪を出してテーブルに置く。
「右からピグマリオンリング、マジックプロテクションリング、夜闇の指輪、火霊の指輪、ブラックリングね」
「10点以上はあるんですか?」
「そうね。15点をスクロールと武器。20点を防具にしようかとは思ってるけど、そこまで集めないでしょ。あたしも計算面倒だしね」
何故彼女は冒険者をやめたのだろうとテッドは思う。ギルドの受付をしているよりも、余程か楽しそうなのに。
だが楽しそうに笑う彼女の後ろで、悲劇は着々と訪れようとしていた。
「この子‥‥迷い込んだみたいだ」
いつの間にか姿を消していた『猫スキー』サラサが、ひょいと猫を抱きかかえて卓までやって来た。
「あ、可愛いですね」
猫スキー達がそこに集まる中。
「かっ‥‥」
一瞬硬直したアナスタシアは。
「最低っ! 信じられない! あ〜、もぉっ!」
いきなり立ち上がって両腕を掻きむしりながら走り去って行った。
後に残された冒険者達は景品の荷物に一瞬注目したが(中から武器らしき柄も見えていたので)、きちんと冒険者ギルドに届ける事にする。
そうしてアナスタシアは、2度とその酒場に近付かない事を胸に刻んだらしい。
どんな人でも弱点はあるものである。