●リプレイ本文
●1日目
橙分隊は、避難先に馬車を入れて物資を下ろした。
「ここに下ろせば宜しいですか?」
木材を運びつつ、デニム・シュタインバーグ(eb0346)は騎士に尋ねる。その後ろで、せっせと自らの馬の荷を固定していたグラン・ルフェ(eb6596)は近くに居た騎士から寝袋を借りていた。彼は野営準備を忘れた人の為に毛布などを複数用意していたが、肝心の寝袋を忘れていたのである。
「首尾よく終わって欲しいもんだな」
一応手伝いながら、パネブ・センネフェル(ea8063)は遠くを眺めた。風が強くなって来ている。
「ノルマンは思ったよりも切迫した情勢のようですね」
寝袋をぐるぐる巻きながら、グランもそれに答えた。
まず避難先にしか必要の無い物資を下ろし、それから避難をする人々の元に行く手筈だったのだが、既に他の5人はそこへと向かっている。先に避難する人々に声をかけ、落ち着かせようという事なのだが。
「‥‥無事だといいですねぇ」
風に煽られながら、彼らは5人の行く末を案じた。
「きゃあぁぁあ〜〜っ」
「おおお〜っ」
その頃。喜八が動かす空飛ぶ絨毯に乗っているミフティア・カレンズ(ea0214)、ルーロ・ルロロ(ea7504)、ラファエル・クアルト(ea8898)、エーディット・ブラウン(eb1460)の4人は大変な事になっていた。
「堪能する暇が〜ないで〜すぅ〜っ」
少しでも早く到着する為に絨毯で飛ぶのはいいが、強風に煽られて今にも回転しそうな勢いである。
「‥‥は、吐きそう‥‥」
「耐えるのじゃ!」
『ラファエルさん‥‥行ってらっしゃい。無事のお帰りをお待ちしてます』
意識が飛びそうなラファエルの脳裏に、パリを出る時見送ってくれた愛しい人の姿が浮かんだ。
(「ごめんなさい。無事‥‥帰れないかも‥‥」)
「もっと〜ゆっくり〜‥‥こほっ‥‥飛んでほしいです〜。低空で〜」
「でもスリルがあって楽しいかも♪」
そうして絨毯組が着いた村には、既にウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)と、同行した副分隊長の姿があった。何故か副分隊長は満面の笑みである。
「村長さんに話はしたのだね。村人を5班に分けて、それぞれ班長さんをつける段取りもつけているのだね」
「真面目な事を言っとる割には顔が赤いぞ?」
ルーロに指摘されて、彼女はちらと副分隊長を見やった。だが特別それ以上何の会話も無く。
「?」
とても密着した状態で木臼に乗って飛んできたとは思っていなかった彼らは、2人の間を流れる微妙な空気に首を傾げた。
●2日目
夜明けと共に、3人と橙分隊は出発した。
随分軽くなった馬車と馬は、風の流れを見ながら進む。そして日が僅かに西に傾いた頃、先を走っていた騎士が戻ってきた。
「‥‥大規模な戦闘?」
「我々の行く道を開いている黒分隊が、戦闘中のようです」
「加勢しますか?」
「いえ。我々は我々の任務を」
分隊長が言い、彼らは戦闘に巻き込まれないよう距離を保ちつつ戦場を通り過ぎた。馬車から覗くパネブの視界に、左手に持った剣を天高く突き上げている騎士の姿が見える。恐らく黒分隊長だろう。
間もなくして、一行は目的地帯に着いた。そこからは班ごとに行動である。とはいえ冒険者達の担当する村は近い。3人はすぐに村で待機していた5人プラス1人と合流した。既に村人達は避難の準備をあらかた済ませている。
「思ったよりも、落ち着いてるみたいですね」
その様子に感心したグランに、馬車の荷物をせっせと馬に移し替え始めたミフティアもこくりと頷いた。
「猟師さんが多いみたい」
「副分隊長殿。ではこちらの物資管理はお任せいたしますぞ」
副分隊長を表向き立てる言動を見せていたルーロの言葉に、副分隊長は村人達の視線を感じつつ重々しく頷く。リーダーの下、統制が取れている所を見せる事で、彼らに安心感を持たせようという試み。
「は〜い。では皆さん、今から念のため道中の説明をします」
ラファエルが村人達の前に立って、出発前の最終確認を始めた。
「道中は列の前・中腹・後ろに分かれて私達がガードします。調子が悪そうな人がでたらすぐ言ってね」
モンスターに遭遇した場合の説明などもしつつ、協力が必要な事も訴える。村人達はまかせとけと口々に答えた。
そうして一行は村人50人余りを連れ、村を出発した。
●3日目
老人や子供を馬車に乗せ、皆は各々自分が担当する村人達の顔を覚えて移動中に声をかけたりしていた。勿論、村人達を班分けして班長に様子を見て貰ったりはしているが、避難をするというのは精神的にも堪えるものだ。少しでも負担を軽くし、万が一戦闘になった場合に混乱しないよう努める必要があった。
一行の先頭は、パネブと副分隊長。最後尾はルーロとデニムとエーディット。後の皆は側面を守って行く。時折パネブが先行して様子を窺ったり、ルーロとウィルフレッドが交代でブレスセンサーを使って辺りを警戒したりした。ミフティアはフォーノリッヂを使い未来の予知をしたが、大した情報を得ることは出来なかった。
ルーロがウェザーフォーノリッヂで見立てた天候は曇り。吹雪などは無いようだが、やはり風は強い。彼らは物資に入っていたロープを持って歩きながら進んだ。
野営時は、念の為にテントを張ったが夜中前には壊れてしまった。皆は飛ばされないよう地中に1人ずつ穴を掘り、毛布に包まり寝袋に入る。冒険者達が交代で見張りをしつつ、夕飯後には場を和ませる為にデニムが竪琴を弾き、それに合わせてミフティアが踊った。ミフティアは村でも踊りを人々に披露していて、今日はまるごとやぎさんの格好である。
「‥‥やっぱ音楽はいいわね」
「ワインもあるのだね。冷えないように飲むといいのだね」
「凍えそうな人には、俺が添い寝してあげますよ♪」
「じゃあ、そこのじいさんはどうじゃ? 年寄りは冷えるでのぅ」
「え、遠慮しますよっ」
わいわい焚き火の前で楽しげに歓談する皆の近くでは、揺れる木に登ってエーディットが周りに何か異変が無いかを警戒していた。
「木の上は危ないんじゃないか?」
同じように歩哨していたパネブが木を見上げ、声をかける。
「だ〜、だいじょ〜ぶですよ〜‥‥」
揺れながらほんわり答えるが、あまり大丈夫そうではなかった。
●4日目
それは、突然の事だった。
「た、たすけてくれ〜っ」
前方から、1人の少年が転がるように駆けて来たのは。目的地まであと少しという所での異変に、皆は身構える。
「ど、ど、どらごんがっ‥‥!」
目的地のほうを指差しながら、男は叫ぶ。
「避難先にドラゴンが来たのだね?」
ウィルフレッドが確認し、少年は頷いた。すぐさま皆は後退しようと動き始めるが、ふとミフティアの表情が変わった。
「蝶がひらひらしてるよ?」
指輪に描かれた蝶が羽を動かすのに気付き、皆を見回す。だが既に一行は殿を前に動き始めようとしていた。
一方、先頭になったルーロ達3人は。
「あれは〜‥‥何でしょうか〜」
エーディットとルーロは、遠くからやって来る何かに気付いて動きを止めた。ルーロは慌てずブレスセンサーを唱え、ミフティアと同じ指輪を確認する。指輪に変化は無い。だが。
「体長は13m。数は1」
「あれは多分〜ドラゴンです〜」
「この距離で避けるのは無理です!」
冒険者達だけならば逃げることは出来ただろう。しかし50人余りを連れて回避は不可能。
「皆、退避じゃ! 迎撃班は前に出るのじゃ!」
エーディットがミストフィールドを前方に張った。少しでも相手の到着を遅らせるために。
「えぇ?! ドラゴンの挟み撃ちですか?!」
あまりの事態に一瞬おろおろしたグランだったが、横手に逃げようと皆を先導し始めた。だが、同じように動いたのは近くにいたラファエルだけで。
「‥‥デビルか」
ミフティアの説明を受けた副分隊長は、少年に向けて剣を突きつけた。傍までやって来たミフティアの蝶は激しく羽を揺らしている。
「しばらく後はまかせる」
突然笑いながら姿を変えた少年と相対した副分隊長に、近くに居た冒険者達は頷いた。すぐさま村人達の護衛と避難と、そして後方の迎撃の為に動き始める。
体勢を立て直した後の彼らは迅速だった。村人達も不安そうにしていたがすぐさま彼らの指示に従い、少しずつ離れて行く。
一方、迎撃に残った3人の内デニムは、ルーロからレジストコールドを貰っていた。一旦避難に加わったグラン達も、ウィルフレッドからレジストコールドをかけてもらい、迎撃に参加しようと駆け寄る。
「ウインドレスじゃ〜っ」
山のように巻物を持って来たルーロだったが、馬車に預けてある荷物から引っ張り出す余裕は無い。だがブリザードドラゴンの目撃情報がギルドに出ていた事から、ここに現れたドラゴンがブリザードドラゴンである事は間違いないように思えた。まずブリザード効果を弱める。そうしている間に、ドラゴンは巨体を揺らして彼らの目前に姿を見せた。
「下がってください!」
デニムが叫び突進する。案の定、ドラゴンはブリザードを唱えた。だが駆け寄るデニムを守るレジストコールドの膜がそれを寄せ付けない。
そして戦いは始まり、デニムは迷わず槍を突き下ろした。それは堅い鱗の間を縫うように刺さるが深くは無い。
後方からは援護の攻撃魔法が飛んだ。だが全て鱗に僅かな傷をつけるもののかすり傷に過ぎない程度。グランも数本矢を放ったが、堅い鱗に弾かれて肉まで刺さらない。
デニムは確実に自分の攻撃を当て、相手の攻撃を盾と槍で防いだ。それはあまりに体格差のある戦いだ。見る者誰もが目を疑うかもしれない。今にも潰されそうな小さな体が、しっかりと相手の牙を止めている姿は。だが、ドラゴンは不意に魔法を唱えた。獰猛そうな目が僅かに光り、デニムを水球が襲う。精霊魔法に太刀打ち出来ない彼はまともに食らい、痛みに歯を食いしばった。
デニム1人が前線にいるのは危ないと、ラファエルがチャージングで駆け寄る。それは僅かながらにドラゴンの身に刺さり、次いでデニムの攻撃も受けてドラゴンはぎろりとラファエルを睨んだ。そして標的を彼へと変えて牙を剥く。
「危ない!」
ラファエルには、その攻撃を避けるだけの力量は無い。血を流してよろめき後退しようとした彼にドラゴンが更に追い討ちをかけようとした時、デニムの槍が突き刺さった。ドラゴンは怒りに満ちた咆哮を上げ、突然翼を羽ばたかせる。
「死んだらだめです〜〜っ。ファイアーボムです〜っ」
翼から巻き起こった竜巻に煽られて空中へと舞い上がり、そのまま地上に落下した2人から何とか標的を変えようと、エーディットの魔法が飛んだ。
「鱗、堅すぎですよっ」
狙いを定めて矢を放ったグランも悪態をついたが、やはり彼らの攻撃ではドラゴンは振り返りもせず。
「こっちに標的を向けてはダメじゃ。村人達に向かっては困る」
転倒したデニムに牙を向けたドラゴンとの攻防を見つつ、ルーロは注意を促した。
だが戦闘は長くは続かなかった。立ち上がりながらも一撃を受けたデニムだったが、もう一撃は盾で受け止める。そしてそのまま着実に傷を与えられる攻撃を繰り返した。ラファエルは後退し、デニムもぼろぼろである。だが、ドラゴンもあちこちから血を流していた。
不意にドラゴンが咆える。それでもデニムは怖気づかなかった。魔法が飛んできても、それによる深い傷を受けることになっても槍を振るい続け。
「ま、まずい?!」
どさりと倒れ伏したデニムを満足げに見やり、ドラゴンはゆっくりと遠距離攻撃をしていた者達に向かって動き出した。
「村人達が離れるまで、ここで耐えるしかないのだね」
「みんな‥‥無茶しちゃだめよ」
今にも倒れそうなラファエルも立ち上がり武器を構えようとする。慌ててそれをグランが止めてポーションを手渡す。
「これ飲んでください。そして後退を」
そして皆が覚悟を決めてドラゴンと対峙したその時。
突然、彼らの前に飛び出た男がドラゴンに斬りかかった。一瞬の後にドラゴンから血が噴き出る。憎悪に満ちた目で睨みつけるドラゴンと隙なく対峙した男だったが、ドラゴンは不意に動き始めた。来た方向でも向かっていた方向でも無い、別の方角へと。
「‥‥逃げた?」
振り返りもせず去っていくドラゴンを呆然と見送っていた皆だったが。
「あ。デニムさんが〜」
まだ倒れたままのデニムに駆け寄った。
「意識はあります!」
「待っておれ。確かわしの荷物の中にエクストラがあったはずじゃ」
「いや、運んだほうがいいだろう」
刀を仕舞った副分隊長が声をかけ、皆はデニムを馬車まで運んだ。
「デニム君、だいじょうぶ? だいじょうぶだよね?」
不安げに声をかけたミフティアに何とか笑みを返しつつ、デニムは頷く。それへと副分隊長がサーコートをかけた。
「頑張ったな。お前は立派に守った。誇ればいいぞ」
「そうよ。あたしなんて、怪我しに前に出たもんだし‥‥」
「あそこで標的を向けることが出来ただけ立派ですよ。俺の矢なんて‥‥」
「それを言うなら、あたしの魔法だって全く効かなかったのだよね」
「まぁ、今回は特別中の特別じゃったからな。撃退出来ただけ良いのではないか? ん?」
「結果が良けりゃそれでいいだろう。避難先に行くまで油断は出来ないけどな」
普段冒険をやっていても、これだけ大きなドラゴンとは滅多にお目にかかれない。それだけでもある意味貴重な経験をしたわけである。
そうして彼らはその後短い行程を進み、避難先の村へと着いた。
●5日目
仮の避難先である村は既に人々を受け入れる準備を整え、大量の食事作りに追われていた。
他の行程を進んだ橙分隊でも、やはりモンスターに襲われるなどしたらしい。怪我人や病人などを受け入れる家に彼らを運んだり、まだ終わっていない準備の手伝いをしたり、まだ不安に駆られる人々を和ませるために音楽と踊りを披露したり、冒険者達はそれぞれに働いた。
そして彼らは橙分隊と共に村を去った。
村人達は他の班も含めて誰1人として命を落とすことはなく、その後ブリザードドラゴンが戻ってくる事もなかった。風が止む事もなかったが、それでもひとつの危機が去った事は間違いない。
後の警戒は他の騎士団が行うという事を分隊長は説明した。そして、人命が損なわれる事なく済んだ事。巨大な敵を撃退した事。人々の心を穏やかに保つよう努力してくれた事に感謝の意を述べた。
「貴方達冒険者の働きは、人々の心の支えにもなっている事でしょう。今回それを間近に見、感じました」
私達が見習うべき所もあるようですねと告げる彼女に、皆は笑って応じる。
一行の進む道の先に傾き始めた陽が見えた。それは久しぶりに見る美しい夕焼けだ。騎士達が、パリに戻ったらワインでも飲むかと彼らを誘い、皆は楽しげに歓談しつつパリへの道を進んだ。