騎士修行見学

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月04日〜02月09日

リプレイ公開日:2007年02月12日

●オープニング

 その部屋は、ノルマン最高峰の騎士団1分隊の執務室としては、一見問題ないように見えた。
 よく磨かれた扉やテーブルや椅子。卓の上には汚れの無い美しいゴブレット。壁に飾られた紋章は騎士団を示す物で、その上に国王の肖像画を模写したらしき絵が飾られている。全体的には落ち着いた、品のある、清潔感を感じさせる、そんな印象なのだが。
 何故か、隅に置いてあるテーブルと椅子の上だけ、ごちゃごちゃと物が置いてあった。それも、到底ノルマンでは手に入らないような、ジャパン製らしき変な物がいろいろと。そして、仏像が乗った椅子の横で蓑を背もたれに掛けている男が、奥の席から立ち上がった女性へと振り返った。
「ほんと最近忙しくなりましたよね、うちの分隊も。預言と預言と預言とたまに行事と」
「そんな事より、いい加減それを持って帰れ」
 鋭い声が飛び、男は一歩退く。
「せっかく分隊長の為にジャパンから持って帰って来たのに。この仏像、馬に乗せても重かったんですよ、ほんと。それにこの前の預言で赴く時に、雪がひどいかもしれないからこれ着ると便利ですよとあれほど言ったのに」
 蓑を手にして揺らす男に分隊長は目を細めたが、先ほどまでペンを走らせていた羊皮紙を手に取った。
「おい、お前」
「ちょっ‥‥お前呼ばわりなんてひどいじゃないですか」
「人を騙すような奴は、『お前』で充分だ」
「『ジャパンで今一番流行ってる服ですよ』ですか? でも冬は大流行ですよ、蓑は」
 分隊長は顔色ひとつ変えずに男に近付く。そしてその場で紙を丸めて渡そうとしたが、男は続けて。
「それに分隊長、素直に信じて下さる物だから、面白くてつい」
 どすっ。
 音と共に男は笑顔のまま床に転がった。
「ひ‥‥ひどい‥‥。そんな‥‥力の限り突かなくても‥‥」
「人を騙すような男に用は無い」
「女ならいいんですか‥‥」
 剣の柄で腹をえぐられた男は、しばらく床でごろごろ転がっていたが。ややしてから立ち上がった。
「女は、武器のひとつだから問題ないな」
 立ち上がった所を見計らって分隊長は告げる。男は少々大げさに溜息をついて見せた。
「全く、女と子供には甘いんだから‥‥」
「それよりも、お前に任務を与える」
「はっ」
 すっと男は姿勢を正し、表情を改めて上司を見つめる。分隊長は涼しい表情でインクが乾いた羊皮紙を丸め、彼に手渡した。
「冒険者ギルドと、この手紙の宛て所に出向き、話をして来い」
「承知仕りました」
「しばらく休んでないだろう。お前に5日後から休暇を与える」
「‥‥は?」
「これは冒険者から頼まれた事だ。ノルマンの未来を担う若い騎士志望の少年に、騎士団の訓練などを見せてやりたいらしい。だが、さすがに預言などで騒がしい時期だ。1分隊総出で出るわけにも行くまい。だからと言って他の騎士団に任せるのは心苦しい。ならば、我が隊の代表としてお前が」
「分隊長。それ。それ頼んだの、女性でしょ」
 突っ込まれた分隊長だったが。微笑さえ浮かべて彼女は頷いた。それを見て、男は大きく溜息をついて肩を落とす。
「本当にもう、女子供に甘すぎですよ‥‥。どーりで、うちの分隊に女性がいないわけだ‥‥」
「部下ならば手加減はしないが」
「と言うかですね。私は一応、副分隊長ですよ? もっと下っ端に行かせればいいじゃないですか」
「分かった」
 素直に分隊長は頷いた。そして自らの席に行き、別の羊皮紙にさらさらと何かを書き。様子を見ている男に、それも手渡した。
「では辞令を出す。今日からお前を橙分隊の末番とする」
「はい?」
「任務が終わり次第、副分隊長に戻してやる。休暇を楽しむといい」
 休暇と言う名の任務と言うよりむしろ、苛めというか奉仕活動というか、そんな命令を受けて。
 男は情けない表情になって、受け取った紙を見つめた。

 数日後。
 上流階級の人々が住まうパリの一角で、男は優雅に茶を楽しんでいた。
「きゅ、急なお越しで‥‥満足の行くおもてなしも出来ず‥‥」
 やたらと頭を下げる、この家の仮主人に男は笑みを向ける。
「いいえ、お気になさらず。ブランシュ騎士団に属すると申しましても、しょせん『下っ端』ですから」
 にこにこ笑いながら『下っ端』を強調して告げる男に、仮主人は慌てふためいて「いえいえ」と繰り返しながら頭を下げた。
「冒険者ギルドには、既に話をして来ました。私は今休暇中ですので、のんびり過ごしたいと思っておりますが、どこか良い場所はお持ちですか?」
「そ、それでしたら、避暑用の屋敷がパリ郊外にございまして‥‥。森に囲まれ、近くには池などもありますが、この季節は管理する者以外に人もおらず、不便かと存じますが‥‥」
 何故かとても必死な仮主人に、男は穏やかな表情を向ける。そして実に友好的な笑みを浮かべ、腰を上げた。
「では、そこをご子息の修行の場としましょう。私が来たからにはもう心配は要りません。必ずや、ご子息を立派な騎士にして見せましょう」
「は、はい。どうぞ宜しくお願い致します」
 へこへこ仮主人が頭を下げていると、扉が開いて少年が1人、部屋に入ってきた。
「君がジュール君だね。私は、ブランシュ騎士団橙分隊下っ端、フィルマン=クレティエだ。よろしく」
「は、はい。ジュール=マオンです。ぼ、僕は‥‥その、細いし力も無いし、お、教えていただけるだけの‥‥その、能力もありませんけどっ‥‥がっ、がんばりますので、お願いします!」
 真っ赤になりながら深々とお辞儀をした少年を見下ろし、男は笑顔のまま頷く。
 だが。その場に居た者は誰も気付かなかったが。
 男の目は、笑っていなかった。

●今回の参加者

 ea0346 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ec0887 セリア・バートウィッスル(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ミフティア・カレンズ(ea0214)/ ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)/ 天津風 美沙樹(eb5363

●リプレイ本文

●挨拶
 ギルドからの依頼を受けた冒険者達は、パリ郊外のマオン家別宅に集まっていた。
「クレティエ卿にはお初にお目に掛かります。アニエス・グラン・クリュ(eb2949)と申します」
 膝を折って騎士式の挨拶をするアニエスの横で、セリア・バートウィッスル(ec0887)もお辞儀した。
「他国騎士なんですけど、参加して良かったんでしょうか? ノルマン騎士団の訓練と聞いたのですけれど」
「非公式だし問題ないよ」
 軽くフィルマンは返す。それへデニム・シュタインバーグ(eb0346)も近付いて一礼した。
「ジュールさんが受ける騎士修行を僕も受けたくて参加しました。精一杯頑張ります!」
「あの。私は戦闘になると狂化してしまうので、それを克服したくて参加しました。お願いします」
 アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)も真剣な眼差しで心意気を述べる。だが、ふとデニムが疑問を口に出した。
「‥‥しかしフィルマンさん、副分隊長なのになぜ下っ」
「少年。騎士にはいろいろあるものだ。分かるね?」
 穏やかに凄まれて、デニムは慌てて頷く。
 一方、少し離れた所では。
「ジュール殿、余計なお節介だったら申し訳ない。どの道に進むにしても、騎士たる騎士に触れてもらいたかったのさね」
「いえっ、感謝しています。ライラお姉さんがこの機会を作ってくれたんですね」
 フィルマンがマオン家に来る原因を作ったのが、ライラ・マグニフィセント(eb9243)である。それは当の本人の口から皆に伝えられていたが、フィルマンは『貴女の事は知っていますよ』と意味深な笑みを浮かべただけだった。
「ジュールさんも、ライラさんも、デニムさんも無理しないで下さいね」
 こちらに向かってきたデニムも含めて心配そうに声をかけたのはシェアト・レフロージュ(ea3869)。
「シェアト姉。そんなに心配しないでも大丈夫さね。思い切り胸を貸してもらいに行ってくる」
「まぁ、怪我をした際の手当ての仕方なども学ぶといいだろう。それも修行になる」
 静かに彼らを見守っていたレーヴェ・ツァーン(ea1807)が口を開いた。
「そうですね‥‥。でも皆さんが怪我をしないようにと思ってしまいます」
「心配をする事自体も自身の修行と言えるだろうな」
 そんな彼らの後方からひょいとパトリアンナ・ケイジ(ea0346)が現れた。
「誰か、このおじさんのオンリーワンになってみたいと思いませんか?!」
 女性ばかりで癒されまくっているパトリアンナの叫びに、軽く女性陣は一歩後退する。
「特に若い方は、僕の遺産がごっそりでございますよ? ねぇ?」
「えーと‥‥」
 そんなパトリアンナの肩を、ぽんとフィルマンが叩いた。
「落とすなら、少し親しくなった頃が最適」
 謎の助言をして、彼は修行参加面々のほうへと去って行った。

●修行
 騎士訓練という名の騎士修行は、まず走る事から始まった。
 修行参加者は皆、ファイターとナイトなだけあってさすがに基礎体力はしっかりしている。だがジュールは早々にバテてしまっていた。
「ジュールさん、もう少しです。頑張りましょう!」
 初対面だが少年に対して親近感を持っていたデニムが、ジュールの後方から声をかける。
「上まで上がったら休憩ですよ。ファイトです」
 一旦先を行っていたアニエスも戻って来て励ました。2人はジュールと年が近い事もあって、励まし合ってこなして行こうと思っていたのである。だが。
「そんな甘ったれた事でどうする! 走れる奴は走れ!」
 声が飛んできて、慌てて彼らは走り出した。
「仲間を励まし合って助けるのは、騎士道とやらじゃないのかね?」
 先に目的地に到着したライラが水を飲みながら首を傾げる。
「修行だからでしょうか〜‥‥」
「特訓だからですの〜」
 アーシャとセリアがそう答え、そんなもんかねとライラは到着した面々を見やった。
 次の訓練は、整列と武器の構えである。ナイトにせよ神聖騎士にせよ様々な行事の際には決まった型があるのだ。武器によって待機時の持ち方も違うし、構えも違う。それは実戦用とも異なっており、ジュールの型というのはどちらかと言えばそう言った儀礼用に近かった。
「国によって違うようですの」
 教わりながらセリアが剣を構える。混ざり合って少々おかしな事になっているようだ。
 その後、歩き方の練習などもさせられて、皆は丘の上をぐるぐる歩いた。
「よし。初日はこんなもんだな」
 間違いに対する注意は容赦なかったが、冒険者達にとっては比較的楽な修行が終わり、皆はまた走りながら館へと帰って行った。

 一方修行不参加組は、食事の用意をしていた。
 避暑用の館だけあって使用人はほとんどおらず、パリの館から連れて来た使用人達と掃除などに追われていたが、料理だけは何としてでも作らなくてはならない。
「滋養のあるものにしたいですなぁ」
 急いで用意された食材を見ながら、ひとつひとつ吟味していくパトリアンナ。その横に、市場でいろいろ買ってきたシェアトとミフティア、付き添いで行ったレーヴェが帰って来て台にそれらを並べ始める。
「パンを分けていただけますか?」
「いいですよ。どうぞどうぞ」
 パトリアンナは夕食。シェアトは菓子作り担当になっていた。それにくっついて手伝いをするミフティアと、簡単な手伝い程度ならばと隣に立つレーヴェの応援も受けつつ、彼女は幾つかの菓子を作り上げて行く。
 対してパトリアンナは、使用人達も驚く素晴らしい家事能力ぶりを発揮。
「さぁ、食材たち。僕の下であがけ!」
 不思議な言葉を叫びつつ夕食の支度をする。だが彼の腕から作り出される料理の香りに、使用人達も引き寄せられるように厨房に集まってきた。
 食堂のセッティングも行い、素晴らしい晩餐の支度が整った所で修行組が帰ってくる。
 そうして一同は、「残したらどうなるか知りませんよ」というパトリアンナの視線を感じつつ、美味しい夕食をたいらげた。

 夕食後、美沙樹が居合いの立会いを行った。
 世の中には様々な流派があり技がある。それらをジュールに見せる為の趣向でもあった。皆も各々技を披露し、シェアトは頼まれて魔法を見せる。
「月魔法って綺麗ですよね」
 技には感嘆し、魔法には嬉しそうに笑ったジュールだったが、そんな余裕も無い訓練が翌日から待ち構えていた‥‥。

 翌日の訓練は。
「泳ぐ‥‥のですか?」
 池の前で皆は寒そうな波紋を広げている水面を見つめた。
「さ、寒いというか、冷たいというか、厳しいですよ?」
 思わず口にしたアーシャの頭をぽかと叩いて、フィルマンは皆を見回す。寒いなら体が温まるまで走れと言われて、走る者は走り、皆は寒中水泳に挑んだ。
「‥‥湯を用意しよう」
 帰って来た皆を見てレーヴェは踵を返した。桶に湯と薬草を入れ、布を浸して皆に渡す。慌てて毛布を大量に運ぼうとしたシェアトは躓いて転んだが、落ちた毛布を皆は拾った。
「昨日のスープを出しましょうか。こんな事もあろうかと思って、大量に作っておいたのですよ」
 パトリアンナの運ぶスープを飲んで、ほっと一息つく。そこへお菓子も用意されて、皆は震えながらも憩いの時間を過ごした。

●模擬戦
 ウィルフレッドが用意した訓練用武器は、マオン家が買い取った。それを持参している者もいたし、使用後の処分にも困るからである。
「先輩。宜しくお願いしますの」
 1対1の総当りで模擬戦を行う。大した怪我をしないよう、尖った武器の先には木片を当てたり、武器を棒にしたりした。セリアの相手のアーシャも棒である。2人の実力には少々差があり、アーシャが優勢だった。これは次のアニエスとデニムも同じ事だったが、アーシャの場合は戦闘時の狂化というハンデを乗り越える目的がある。結局気持ち的に余裕がある戦いでは狂化を引き起こすことは無かった。
 ライラはフィルマンと戦い、技の組み立ても考えて戦うといいと助言される。
 訓練不参加組も見学し、シェアトは汗拭き用の布を用意してはらはらしながら座っていた。レーヴェは怪我をした者に簡単な手当てを行う為に待機していたが、パトリアンナは寝転がりながら見ている。
 模擬戦を行うには、それぞれ力の差もあった。強い者はその場を動かずに対処するというハンデをつけることもあったが、武器を弱いものにする以外は特に制限なくフィルマンは戦わせた。実際の戦闘時の戦い方と、騎士としての戦い方と両方を教えて行く。
「さぁ、来い! 来ないならこっちから行くぞ!」
 結局強い相手には狂化してしまったアーシャをレーヴェが峰打ちで止める。我に返ったアーシャは落ち込んだが、理性があるならマシなほうだとフィルマンに言われた。
 アニエスは気圧されぬよう臨む。彼女よりも強い者ばかりだったが、それでも気持ちで負けてしまっては決して勝てない。目を逸らさず相手の動きを探り、自らの体勢のバランスを考えて動く。彼女に対しての助言は、考えるより慣れろ、だった。
 戦いが進むにつれ白熱して行ったが、冷静さを保つようにという指示は常に飛んでいた。レーヴェは、彼よりも人間で言えば少々年上風のその男に目を向ける。命令慣れした男だ。するほうもされるほうも。それが騎士というものかもしれない。
「あぁ、そうです。おんまさんの世話をしてこなくては」
 そんな中いきなりパトリアンナは立ち上がり、厩へとのんびり去って行った。

●騎士とは
 全ての修行を終え、皆はのんびり憩いの時間を過ごした。
「お尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
 シェアトが用意した香草茶を飲みながら、果物のコンポートやパンプディングをいただく。
 そんな中、アニエスが尋ねたのはブランシュ騎士団への加入方法だった。
「まず欠員が出なければ補充はしないな。登用試験も無い。様々な条件を加味してもっとも優秀な人材に団長もしくは分隊長が声をかける」
「その、条件とは何でしょう?」
「そうだな。まず、言動が騎士として優秀であると他者からも認められる。これは最低限の条件だ。戦功が著しく、近い親族に謀反人等がいない。家柄の良い騎士で、御前試合などで成績優秀。この辺も重要かな。後、所属している騎士団等からの推薦を受けたり、何かの弾みで、分隊長や幹部に目を掛けられたりって事もあるか」
「は〜‥‥大変ですの。あ、私も皆さんに、騎士としての心得を聞いてみたいですの」
 セリアの言葉に、ナイト達は少し考え込んだ。
 一方少し離れた場所では、ジュールがテーブルに突っ伏していた。
「お疲れ様でした」
 その背に毛布を掛け、近くの席にシェアトが座る。
「誰かと一緒に訓練って、嬉しい事も少し落ち込む事も沢山あって‥‥。でも、一緒に励ましあったり喜んだり。素敵ですよね。技術だけじゃない、何かしたいっていう気持ちが大切で‥‥」
 そっと菓子を差し出し、優しく微笑む。
「自分の出来る限りの事を‥‥ね。デニムさん」
 ちょうどやって来たデニムに声をかけると、顔を上げたジュールが少し笑った。
「シェアトお姉さんは、月の光みたいですよね」
「えっ‥‥はい?」
「太陽みたいに眩しくないけど‥‥見上げると、そっとそこに居てくれるような」
「そうですね」
 デニムも座ってジュールに話しかける。
「ジュールさんは今、すごく迷われているとお聞きしました。悩んだ時は、何を自分はやりたいのかなと考えて行くと答えは見えてくると思います。騎士や神聖騎士になったその選択肢の先を」
 言われてジュールは真剣な表情でデニムを見つめた。そして彼は小さく告げる。その思いの行方を。

 のんびりした時間も終わり、皆は共に館を出てパリへと向かった。
「騎士と騎士ではない者の違い‥‥。忠誠を尽くす相手がいるか否か、ですか」
「居なくても、探している者であってもナイト」
「騎士とは何でしょうね」
「他の理由は自分で探すものなのだろうな」
 冒険者達が話しながら歩く中で、ふとフィルマンは足を止めた。寄る所があるのだと言う。
「あぁ、そうだ。金色のあれ。美味しかったよ」
 そして思い出したようにライラに向かってそう言うと、彼は去って行った。
「‥‥金色のあれ?」
 事情を知らない者達の疑問は残ったが、結局過酷な訓練になったのはジュールだけで、他の者達にとってはそれなりに有意義な時間となった。その経験は、自分達の思い次第で糧として生きていくものなのだろう。
 最も、寒中水泳だけは今後も遠慮したいものだが‥‥。