ささやかな、されど切なる願いを込めて

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月12日〜02月16日

リプレイ公開日:2007年02月20日

●オープニング

「おばあ様、見て。『聖夜の雪』。たくさん作ったのよ」
 暖炉の火が静かに揺らぐ一室で。娘はベッドの中で身を起こして微笑を浮かべている老婦人に声をかけた。両手いっぱいに赤い造花を持ち、それをよく見えるようにベッド脇まで運ぶ。
「『慈善会』の皆さんで作ったのかしら‥‥?マリー」
「えぇ。冒険者さんが作って下さった劇が好評なのよ。さすが専門家さんの作った話ね。子供達だけじゃなく、大人まで魅了されていたわ。それで、もうすぐバレンタインデーでしょ。また劇をやってもらえないかって言われているの」
 その劇に使う小道具に、その赤い造花が必要なのだ。最もその劇は、それ以上に白い花を多く必要とするのだが‥‥。
「それで‥‥劇は良いのだけど、聖夜祭に結婚式を挙げるつもりだった人達の話‥‥しなかった?」
 マリーは造花をベッドの上にそっと置き、彼女の祖母を見つめた。
「えぇ、聞きましたよ。お友達同士で、2組。‥‥先日の災いで家を含めた財産を失って、式どころでは無くなったのでしたね」
「でも、村は何とか復興したらしいの。ただね。式を挙げるだけのお金も無い、ぎりぎりの生活をしているの。だから、『慈善会』で合同結婚式を挙げてあげたいなと思って」
「良い事ですね」
 老婦人は優しく微笑んだ。
「それでそれでね。‥‥ねぇ、おばあ様。私、冒険者の人達にもお願いしようと思っているの。お手伝いとかを。ほら、冒険者さん達は戦う以外にもいろいろ専門的な事をご存知でしょう? ギルドで聞いたのだけど、物を作って生計を立てている方もいらっしゃるようよ。だから、冒険者の人達が作った手作りの結婚式は、とっても素敵だと思うの。私も式を挙げたい〜って見ている人が思うような」
「あら。そんな事を言うなんて、マリーはバージルさんと結婚する事を決めたのかしら?」
「バージルとはそんなんじゃない、って言ってるでしょっ。‥‥もう」
 反論しつつ、マリーは祖母をじっと見つめる。いつも孫娘の心配ばかりで自分の事は何も言わない祖母へと。その瞳に、僅かな哀しみを滲ませて。
「‥‥ねぇ、おばあ様。おじい様が亡くなって、もうすぐ5年になるのよ‥‥? もう、いいでしょう? 結婚しても‥‥」
「いいのですよ、私の事は」
 だが彼女の微笑みは変わらない。
 いつも、何かを悟っているかのように、何かを諦めているかのように。

 翌日、マリーは冒険者ギルドを訪れた。
「合同結婚式‥‥ですか?」
「はい。もしもジーザス教の白の教義に仕えるクレリックさんが参加下さるならば、是非祝福をいただきたいと思っています。いらっしゃらなければ、近所の方にお願いしますけれども」
「しかし、合同ですか」
 少々興味引かれているらしい受付員は、メモを取りながらいつも以上に耳を傾ける。
「昨年のセーヌ河の災難で、村があちこち半壊したりしたでしょう? あの時、聖夜祭に式を挙げることを決めていた2組の村も、大変な事になってしまったんです。式を挙げるどころか、日々の生活もぎりぎりで。勿論、そんな人達がたくさんいる事は知っています。でも、だからこそ。希望にしてあげたい。何かしてあげたい。だったら、結婚式を自分達で作って、ささやかだけど一緒に祝ってあげられればと思ったんです。だから」
 その結婚式のお手伝いをして下さる方を探していますと彼女は告げた。
 受付員は何度も頷き、具体的な報酬や場所についての質問を始める。それに答えてから、マリーは辺りを見回した。
「そう言えば、冒険者の方は結婚している方はあまりいないようですね。結婚したら、引退するのでしょうか」
「そうですね‥‥。冒険者は死と隣り合わせの仕事をする時もありますから、恋人がいても、結婚まではしていない者も多いようです」
「死と隣り合わせ‥‥だからこそ、結婚すべきじゃないかって私は思うんです‥‥」
 膝の上に乗せて両手で握っていた赤い造花を、そっと見つめる。
「心だけじゃなく、形でも寄り添う事が出来れば、きっと無茶な事とかしなくなると思うんです。だから」
 受付員は、その呟きには曖昧に頷いた。
「‥‥もうひとつ、お願いしたい事があります」
 そして祈るように、彼女は囁く。
「祖母は体が弱くて家の外には出られません。だから、家の中で小さな結婚式を、祖母の結婚式を、挙げたいんです。でも、祖母も祖母の恋人もその気があるのかないのか分かりませんけど、結婚はしないと言い張るので。説得して欲しいんです。どうしても」
「‥‥その気が無いのに式を挙げさせるのには、何か理由があるのですね?」
 問われて、彼女は顔を上げた。話す事で打開出来るだろうと信じて。
「祖母の命は‥‥長くありません。そして、恋人は冒険者です。冬の間しかこのパリに留まってくれない、旅を続ける冒険者なんです。‥‥傍に、居てあげて欲しいんです‥‥。もう他に、あの人を繋ぎとめる方法なんて‥‥」

●今回の参加者

 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

アンジェット・デリカ(ea1763

●リプレイ本文

 教会に刻み込まれた幾つかの名前。
 そして刻まれる事の無い名前たち。
 諦める、と言うのは、心から願った望みがある証拠。
 
「ここに居たんだね」
「あ、はい‥‥」
「‥‥君の望みは」

 あなたの望みは、何ですか?

●準備
 合同で行われる結婚式の準備が始まっていた。
「椅子は、このように並べると良いと思います」
 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が共に用意している村人達に声をかける。今回の式に参加するのは2組の恋人達だけではなく、彼らの村の人々も式の準備に追われていた。
「承知した。テーブルも運ぶでござる」
 アンリ・フィルス(eb4667)も大きな体を駆使して会場設置を行っている。小さな家の中は、すぐに物で埋まってしまった。
「こちらにも飾りをつけるわね」
 ポーラ・モンテクッコリ(eb6508)も壁に華やかな色の飾りをつけていく。ジュヌヴィエーヴは窓の開け方を工夫して、光の差し込み具合を何度か確かめた。
「お花。借りてきました」
 そこへ、シェアト・レフロージュ(ea3869)が白い造花を持って入ってきた。『聖夜の雪』と呼ばれる花を造花として作ったものだ。
「後は‥‥この蝋燭を置いて‥‥完成ですね」
「ドレスも出来たよ!」
 会場の準備が終わった頃、アンジェットが花嫁達のドレスを持ってやってきた。布で簡単に作った花をあしらった純白のドレスだ。決して良い材質の物ではないが、どこか優しい気配がする。
「ではこれで‥‥いいですね」
「あたしはビザンツ様式しか分からないけど、飾りに問題はないかしら?」
「大丈夫です」
 心配するポーラに、ジュヌヴィエーヴは微笑んだ。
「同じ慈愛神セーラ様に仕える身だもの。セーラ様はきちんと見て下さっていて、お赦し下さるわよね。ノルマンでも、どこでも、同じセーラ様ですもの」
「はい」
 そして2人の神官は、静かに祈りを捧げる。
 苦難を乗り越えてささやかな挙式を上げる2組の恋人達に、数多の幸福が降りますようにと。

●説得〜ポーラ
「結婚と言っても、愛情を表す一つの形なのだけれど、でも、永遠を誓うものだわ‥‥」
 部屋に入ってきたポーラは、ベッドの中で座っているアンヌに話しかけた。
 マリーのもう1つの依頼、アンヌとエルネストの結婚式を行う為に、2人を説得する必要があったのだ。
「正直な気持ちを、エルネストさんに伝えておくべきだわ」
「伝えましたよ。もう、十二分に」
 だが、その穏やかな微笑は変わらない。そこで、今度は呼ばれてやって来たエルネストに話しかけた。
「冒険者は、危険な稼業です。だからこそ、アンヌさんに会いたいから生き抜いて帰ってくるのでしょう?」
「ん? 何の話?」
「誓ってあげてください。アンヌさんの為に」
 言われて、エルネストは首を傾げる。
「結婚する事で、臆病になってしまう人もいる。でも、絶対に生き抜いて帰る事を誓える相手がいるからこそ、強い意志の力を持てるようになるのよ。守るべき相手がいる、そう言う人ほど強い力を持てるわ」
「結婚? 今回の式は、近くの村の人達の為のものだと聞いたけど?」
「貴方達の為に、私達が式を用意するわ」
「いらないよ」
 しかし、あっさりと彼はそう告げた。
「大体、私と彼女はエルフと人間。結婚なんて無理だろう。君達セーラ神に仕える人達は、それについてどう考えているんだい?」
「それは」
「君達の、そして私達の愛する神の為にも、これでいいのだと、そう思っているよ」

●説得〜ジュヌヴィエーヴ
「余計な口出しである事は理解しています」
 2組の挙式を挙げる小さな家に、エルネストはやって来ていた。それへとジュヌヴィエーブは声を掛ける。
「ですが、少しだけ話をさせて下さい。‥‥アンヌさんの傍に、居てあげてもらえませんか?」
「君もその話か」
 苦笑する男へと近付き、彼女は真摯な表情でその横顔を見上げた。
「勿論、アンヌさん自身がそう口に出すことは無いでしょう。でも、心の奥深くに願いがあるはずです。貴方を思えば思うほど、『貴方の傍に居たい』と。だからこそ封じなければならなかった願い。それは、貴方も同じでは無いのですか?」
「それで、結婚という話?」
「かつて聖バレンタインは、結婚を禁じられた者達を不憫に思い、彼らを祝福していました。ですからその日だけは、私もそれに倣いましょう」
「ありがとう」
 素直に男はそう答える。
「君達が、私達の事を思って話してくれるのは嬉しいよ。でも、全てじゃない」
「全てを理解する事は、神ならざる身には叶いません」
「彼女が本当にそう言ったのか。マリーは『傍にいてあげて』と言うけれども、アンヌは? 君はその心を聞いたのかい?」
 言われてジュヌヴィエーヴは正直に首を振った。彼女は確かに本人から深く話を聞いてはいない。
「でも、それはアンヌさんが口に出す事が出来ないだけです。口に出せない我侭を、どうか叶えてあげてください」

●説得〜アンリ
 ジャイアントとエルフ。2人の男はパリ郊外の森に来ていた。
 アンリは、エルネストとアンヌの思い出の場所や思い出の花が咲く場所に行って、その話をしようと思っていたのである。しかし、彼らが初めて会った場所も、エルネストが毎年摘みに行っていた花畑も、パリからは遠く挙式までに帰って来れなくなってしまう。
 仕方なく、アンリは手近な所でどこか似た場所へとエルネストを連れ出していたのだった。
 さすがに近所では、『一緒に依頼をする』という名目で連れて行くのは少々無理がある。アンリはノルマンでは実力者として充分の噂があるし、エルネストも身のこなしからしてそれなりの経験を積んできた事は見て取れた。
「初めて会った場所も思い出深いでござろうが、他にもアンヌ殿との思い出の場所はござらんか?」
「そうだな。随分昔の話になるよ」
 この時にはアンリの意図も分かっていただろうが、素直にエルネストは思い出話をする。慎ましい生活をしていたアンヌの話。花が好きで、よく話しかけては大事に育てていた話。
「彼女に結婚の話が出た時はつらかったな。その後一緒に、こうやって森に来た。彼女は森は怖かったはずだけど、頑張ってくれたんだろうね」
「人を想う気持ちには、種族も年齢も無いでござる。かつて心に宿った想いは、今もエルネスト殿の中にあるはずでござろう? そして、アンヌ殿の中にもあると見受けるでござる。今こそ心を裸にして、心の切なる想いに応える時ではないでござろうか?」
「私はずっと思っていたんだ」
 僅かに咲く白い花を摘みながら、エルネストは呟いた。
「マリーはそう言うけれども。アンヌは本当に『留まって欲しい』と思っているのだろうか。彼女が何も言わないのは」
「2人には思い出して欲しいでござるよ。今も心の中に大切に仕舞いこんで生きている意味も、あるのでござろう? ずっと昔に感じた心を思い出して、大切な思い出と共にアンヌ殿に伝えて欲しいでござるよ」

●合同結婚式
 ジュヌヴィエーヴとポーラが前に立った。
 彼女達の前では、今から夫婦になろうという2組が静かに待っている。
「神は‥‥」
 ジュヌヴィエーブの声が流れる中、シェアトは竪琴を用意し、彼らの為に賛美歌を歌うべく横手で待機していた。アンリも椅子に座らず奥の壁際に立っている。
 間もなくして誓いの言葉が述べられ、彼らは永遠の夫婦となった。それを祝い、シェアトが楽器を奏でながら歌い始める。誰でも知っている歌を皆が合わせて歌い、夫婦となった4人は皆に囲まれて祝いの言葉を受けた。
「素敵でしたね」
 慎ましい式だったからこそ、参列者達の表情は豊かだった。皆が苦労をして来たからこそ、素晴らしい時を過ごせたのだろう。
「あの苦難を乗り越えての佳き日だもの。きっと、これからも強く生きていかれるわよね」
「えぇ。今、この国には不安になる話も多いですが、そんな時こそ希望を抱いて行く事を忘れないようにしたいですね」
 2人の神官が話す前向きな言葉を聞きながら、シェアトは手にしている布を見つめた。

●説得〜シェアト
「アンヌさん、お綺麗ですよ、とても」
 ベッドの上で。アンヌは少し恥ずかしそうに笑った。その顔を隠すように薄布のヴェールがかけられている。光を通すと薔薇の模様が浮かび出る、華やかな一品だ。
「後は‥‥こちらのバラの香と、ドレスです。ドレスは‥‥そっと、お体に当てるだけでも、と」
「‥‥私は、主人の事を忘れた事も、あの人の事を忘れた事も、ありませんよ」
「‥‥はい。どちらも大切になさっているのですね」
 シェアトは、預かった大切なドレスをベッドの上に広げた。白の輝きがアンヌの周囲を埋め尽くす。そこへ、エルネストが入ってきた。そしてアンヌの姿を見、「綺麗だね」と微笑む。
「エルネストさん。忘れられない贈り物をしたい。いつか、そう仰いましたね。結婚という形でなくても、お2人が想いを伝え形にするのは、罪になるのでしょうか?」
「私達は、神の祝福を受ける事の出来ない、受けるに相応しくないと烙印を押される者達だよ」
「‥‥」
 何か言いかけたシェアトは、一瞬の後に口を閉ざした。それは、彼女の心の痛みでもある言葉。
 だが、それを穏やかに見つめていたアンヌが口を開いた。
「皆さん、ありがとう。エルネスト。ありがとう。こうして少しでも傍に居てくれる事に、私は充分感謝しているのですよ」
 部屋の隅に立っていた3人とマリーは顔を見合わせる。
「でも、せっかくですもの。こうして皆さんが、私達の為にここまでして下さった事。それを感謝致しましょう。エルネスト。皆さんに、優しい歌を歌っていただきましょう」
 言われてエルネストは皆を見回した。そしてアンヌを見つめる。彼女の傍らには先日摘んだばかりの白い花。それは2人を繋ぐ絆の花。
「繋ぎとめるのではなく、繋ぎ合う。えぇ、シェアトさん。貴女がおっしゃる通り、私達は離れていても繋がっています。それが同じ形で無かったとしても、愛の形は人の数だけあると。私は貴女達冒険者の皆さんに、以前教えていただきましたからね」
 そう笑う老婦人の姿は、数十年前の若い娘の頃をどこか彷彿とさせた。

●ささやかな、されど
「ありがとう、これ」
 夕刻。アンヌの家を離れた皆は、合同の式が行われた家の片づけを行っていた。大体は終わっているが、まだ神の象徴が壁に掛けられている。
「とても素敵な式だったわ」
 そこへ訪れたエルネストに、ポーラが声を掛けた。アンヌとエルネスト。正式な儀式も聖句も何も無く。ただ2人の為に歌った賛美歌だけが、彼らの『式』だった。
「良かったのでござる」
「これからも、アンヌさんも大事になさってあげて下さいね」
 言われながら、エルネストは椅子を拭いているシェアトにヴェールを差し出した。
「あ、はい‥‥。少しでも、お役に立てて良かったです」
 受け取るシェアトのヴェールの上に、エルネストは1本の白い花を置く。
「‥‥君の望みは。‥‥いや、君の願いが叶う事を、ここに託しておくよ」
 顔を上げた彼女に笑いかけて、彼は静かに去って行った。

 諦めた思い。
 されど切なる思い。
 あなたが望む思いは。あなたの奥底に仕舞いこんだ気持ちと。
 本当に同じものですか?