何かを知り、何かを求めよ
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月27日〜03月06日
リプレイ公開日:2007年03月07日
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●オープニング
●某領地内 領主在住村
その日、1人のシフールが旅の支度を行っていた。
「うん? どこか行くのか? リン」
「はい、パリへ。冒険者の皆さんにお知らせしたい事もありますし」
「そうだな、行ってくるといい。我らが領地の守護者殿達がお見えになれば、この村を挙げて大歓迎の宴を開こうとでも伝えてくれ」
「はい、了解致しました」
リンはバックパックを背負ってから、声を掛けてきた彼の主人に一礼する。
「では行ってきます」
気さくな領主が治める小さな領土で伝令係を務めるリン=レンは、そう言って笑うと羽を羽ばたかせ空へと飛んで行った。
●旅芸人達が訪れた某村
「おい。大変だ!」
1人の村人が叫びながら広場に走ってきた。
「や、奴らが!」
「逃がしたのか?!」
殺気立った村人達に、慌ててその男は首を振る。
「領主様からわざわざ兵士まで借りたのに、逃がすわけないだろ! あいつら、死んでたんだ!」
「まさか。武器は全部取り上げたし、服だって替えて‥‥」
子供達を攫ってどこかに連れて行っていた旅芸人達。先日冒険者達に頼んで子供達を助けてもらい、旅芸人達も捕らえられた。そのまま村にあった牢屋に閉じ込め、然るべき日に見せしめにしようかと話していたのに。
「何でだ‥‥」
彼らは、倒れている4人の男達を見下ろした。
まるで救いを求めるかのように、片手を伸ばしたまま倒れている屍を。
●パリ 冒険者ギルド内
「ようやく結果が出ましたので、お伝えしたいと」
その日、1人の冒険者が教会で聞いた回答を持ってやって来た。神聖騎士である彼は、結果を1ヶ月も待たされた事で内心穏やかでは無かったかもしれないが、そんな様子は表に出さずこの件担当の受付員に話をする。
「なるほど、分かりました。では王宮のほうにはこちらから」
「いえ。先にお知らせしたと言う事でした」
彼が去った後、受付員は今聞いた話を木板に書き始めた。この件に関係した冒険者達がやって来た時、伝える為に。
他にも少し前に、情報屋を営んでいる冒険者からも報告があった。それらをまとめて、必要な時に使えるようにしなくてはならないだろう。
『金の指輪、腕輪、ペンダントについて調査の結果、教会では異変を認められなかったとの事。装着する事で異変を及ぼすとの考えから、厳重な警戒の元、装着を試みたが短時間の装着による変化は無し。数日に及ぶ試みも必要かと思われたが、今後の様子を見たい。これらの材質は金であり、その純度は高い。故に元は貴族用の装飾品であり、一介の行商人が売買出来る物では無いと考える。7点の内、1点は内側にラテン語で文字が刻まれていた。残り6点の内、2点にも文字が刻まれていたが、恐らく華国語とアラビア語であると思われる。現在もこの7点については教会で厳重に保管されており、余程の事が無ければ冒険者に対して公開される事は無い』
『ピールなる行商人は、別の領地で商売している所を目撃されている。単独で行動している模様。現在、専門の情報屋が1人ついて、後を追っている。ボニファスについて最近の目撃情報は今のところ無いが、ボニファスの居た村に向かっていた旅人が偶然村を出て来た男の姿を目撃しており、話によるとパリの方角に向かっていたとの事。かなり思いつめた暗い表情だった為、印象に残っていたようだ。その頃に村を出入りした者は居ない為、その男がボニファスだったと思われる。』
『つい先日冒険者達からもたらされた情報によると、通称『呪われし装飾品』が、冒険者にも渡されていた模様。ただ、いつ入手したかは不明。また、しばらく身につけたが異変は無く、数日後に『声』が聞こえたのでその方向へと攻撃したところ、手ごたえがあった様子。その冒険者は以前にも『声』を聞いたことがあるらしく、狙われていた可能性がある。そうした事、また教会からの報告も併せると、この『呪われし装飾品』が果たして真に『呪われている』のか、いささか疑問が生じる』
「‥‥すみません、宜しいですか?」
呼ばれて顔を上げた受付員だったが、目の前には誰も居ない。
「下です。リン=レンと申します。冒険者の方にお伝えして頂きたい事があって来たんです」
言われてカウンターの向こう側を覗くと、確かに床にシフールが立っていた。蹴られては大変と慌ててカウンターに座るよう勧めると、彼は頷いてカウンターの上に両膝をついた。そして祈るような体勢のまま口を開く。
「昨年の話になりますが、冒険者の方々には大変お世話になりました。我が領主からも、改めて冒険者の方々にお礼を申し上げたい、ひとまず領内は落ち着いたので、気が向いたらいつでも遊びに来て欲しい、との事です。こちらを、領内の為に尽力下さった冒険者の方々にお伝えいただけますか」
受付員は彼の言う領地の名を聞き、過去の資料から該当する依頼を出して来た。そこに書かれている冒険者の名前を復唱し、リンは頷いて「お願いしますね」と念を押す。そして。
「後、件(くだん)の村と洞窟、そして山賊達が根城にしていた山について、どうやら繋がりがあるようだとも。地下に無数の道が出来ていて、古いもの、自然に出来たと思われるもの、比較的新しく掘ったものがあり、混ざり合っていました。我々の領地は山が多く、全てを探索も到底出来ませんが、もしかしたら山賊達の拠点と村は地下で繋がっていたのかもしれません。そして、他にも何かあるのかもしれません。もしも興味がお有りでしたら、探索を手伝っていただけないでしょうか。今は平穏ですが‥‥昨年、ただの山賊騒ぎに終わらなかった事を考えると、少し気になるのです」
「では、こちらは依頼ですね?」
「はい。ただ、我々の領地は町と呼べるだけの大きさも活気もある集落の無い、小さな領地です。領主様が村に暮らしているくらいですから。なので‥‥あまり、報酬は出せないんです。それでも宜しければと」
「報酬だけが目的では無い冒険者は大勢居ますから、大丈夫だと思いますよ」
穏やかに答えて、受付員は依頼内容を書き始める。それを眺めながら、リンは羽を動かしてカウンターから離れた。
「では、僕はしばらくパリに居ますので、冒険者の方々にはそうお伝えください。領地にいらっしゃる時は、いつも通り馬車を用意しますから」
「分かりました」
一礼して、シフールはギルドを出て行く。それを見送ってから、再び受付員は依頼書を書き始めた。
●リプレイ本文
●パリ
日の翳り始めたパリ内の、とある路地。
オルフェ・ラディアス(eb6340)は情報屋と情報を交わしていた。彼も情報屋。互いの情報を交換する事で彼ら独自の情報網を築き上げているのだ。
「では、ボニファスは一体どこへ?」
数点のアクセサリーを置いてどこかに逃亡したボニファス。村を出た後パリ方面に向かったらしいと聞いたが、パリに入ったという情報は無い。
「あそこの領主は近隣にも手を伸ばしてるらしいからな。それでも捕まってない所を見ると、むしろパリ近辺と見たほうがいいだろう」
「そうですね。では引き続きお願いできますか」
ボニファスにアクセサリーを売りつけた金髪の行商人については、やはり分からなかった。そこでオルフェは次の情報屋の元へ向かう。ボニファス、ボニファスからアクセサリーを買い取ったピール、そして大きな鍵を握っていると思われる金髪の男。誰か1人でも捕まえない事には大きな進展は無いと思われた。ピールに対しては1人情報屋が張り付いているが、とりあえずオルフェはそれを後回しにして、パリ内を動き回った。
●パリ〜教会〜
パネブ・センネフェル(ea8063)、乱雪華(eb5818)、アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)の3人は、以前アクセサリーを大量に納めた教会に向かっていた。それら装身具に文字が刻まれていると聞いたからである。しかも、様々な言語の。
パネブはアラビア語、雪華は現代語の簡単な言葉ならほとんど分かる。その言葉に何か理由があるのではないかと考え、3人は小さな教会の扉を開いた。
「誰もいませんね」
雪華が歩きながら辺りを見回すのを、パネブが手で制す。察したアーシャが剣の柄に手をかけ、気配を殺すようにしながら進むパネブを、緊張した面持ちで見つめた。
やがて、パネブは嗅覚を刺激したものを見つける。僧侶達が出入りする部屋。その中に。
「何かありました?」
用心深く探るパネブに声をかけながら、2人が近寄って来た。
「来るな。見ないほうがいい。死体だ」
「えっ」
言われてその部屋を確認しようとした2人は、すぐにそれを諦める。彼女達はハーフエルフ。どんなきっかけで狂化するか分からない上に、雪華は大量の血を見る事でも狂化する。ここで2人が狂化してしまったら、それをパネブが止める事は出来ない。
「この‥‥教会の人でしょうか‥‥」
離れた所からアーシャが声をかける。
「アクセサリーは?」
ふと気付いた雪華の声に、パネブは奥の扉を見つめた。誰かがいる気配も殺気も感じない。だが、開いたままの扉の向こうで箱が転がっているのが見える。念の為そちらに向かったが。
「盗られたな」
空になったが重い箱を持ってきて2人に見せた。
「デビルは触れることが出来ないはずなのに‥‥」
呆然とそれを見下ろすアーシャに、雪華も頷いて呟く。
「デビルでは無いのかもしれません。クレリックさん達の死因は何でしたか?」
「鈍器と刺し傷だな。モンスターじゃないとは言い切れないが」
「人間かもしれないですね」
3人は教会内に生存者がいない事を確認し、教会に誰か訪れなかったかを近くの家に訪ね回った。3人は3人共に胡散臭かったが、雪華の活躍ぶりが知られていた事もあって、前日に見慣れない男がやって来たようだという話を聞くことが出来た。男は頭からすっぽりフードを被っており顔もよく分からなかったらしいが、パリを出て東に向かったらしい。
翌日。3人とオルフェは得た情報を交換しながら、リンが用意した馬車に乗って旅立った。
●ドーマン村
ドーマン領。パリの東北に位置する小さな領地である。かつて山賊達に苦しめられ、次いで残党からも被害を被った領内だが、今は落ち着きを取り戻しているらしい。
「お疲れ様ですわ。宴会楽しみですわね」
先にこの領内に入っていた天津風美沙樹(eb5363)が一行を出迎えた。羽毛があしらわれた艶やかなドレスを着て。
「宴会が先ですか? とっても楽しみですけれど♪」
「アーシャさん。先に、お話を聞かないと」
つい浮かれてしまったアーシャに雪華が声をかける。
とりあえず彼らを大歓迎した領主が、皆を広間に案内した。それほど大きくは無いが皆が入るには充分である。
「皆さん、どんどん飲んでくださいね」
笑顔でリンがワインを持って回った。アーシャは一応ハーフエルフである事を気にしたが、「何者であっても恩人である事に変わりはない」と領主は笑って、くつろぐことを勧める。この領内に来るのは初めての者も居たが、皆平等に酒や食事を振舞われ、丁重だが気さくな態度でもてなされた。
宴会後、領主や村人達から情報を引き出した一行は、部屋に集まって情報を交換し合う。
「不審な人物は最近見ていないそうです。ただ、山の多い領地ですから、どこに何が潜んでいてもおかしくはありませんね」
オルフェが地図を見ながら思案する。
「先に、山賊の拠点跡から地下道について調査してみたのだけど、まだ建物も残っていましたし隠れていてもおかしくないですわね」
美沙樹も頷いた。
「あ、そうだ。雪華さん。私の持っている腕輪に何か書いてあるか、見てもらえませんか?」
ふと気付いたアーシャが、腕にはめているものを取って雪華に見せる。彼女は用心深くそれに触れないよう内側を覗き込んだ。
「‥‥小さいですけれど何か書いてありますね。スペイン語でしょうか。形が崩してあって‥‥読みにくいですが」
「何でしょう」
皆が覗き込む中、雪華は首をかしげた。
「『鳥』‥‥ですね。後は崩し過ぎていて読めません」
「鳥。それぞれに動物の名前が書いてあるのかしらね?」
それを確認しようにも、既に他の装飾品は奪われている。
ただ1つを除いては。
「‥‥契約が済んでから、刻まれるのか‥‥?」
それぞれの部屋に戻った後、パネブは金の指輪を取り出して内側に刻まれたものが無いか確かめた。そして指にはめてみる。だが、変化は無い。
そして翌日。
●地下へ
エメラルド・シルフィユ(eb7983)がグレー村にたどり着いたのは、準備を整えた一行が、探索に向かおうとしている頃だった。
「‥‥宴会は間に合わなかったか‥‥」
ずーんと落ちこむエメラルドを慰めつつ、皆は二手に分かれる事にする。山賊拠点跡から地下へ下りる班と、村を囲む山で見つかった新たな洞窟から入る班と。
「大した収穫は無かったが、町や村の人に話を聞いた限りでは、あの領主の評判はかなり悪いな」
エメラルドは単身ラティールの町に向かい、情報を集めた後にこちらにやって来たのだった。
「かなりの贅沢ぶりだが、それを庶民に還元する事をしない。その上ラティール領は、シャトーティエリー領に税を一部上納しているからな。尚更取り立ても厳しいのだろう」
「上納するのは、このドーマン領も同じだという話ですわ。」
ラティール領領主は、派手好きで浪費家。ドーマン領領主は、宴会好きだが質素倹約を心がけていると言う。隣同士の領地がそれでは、人々の不満が募るのも無理はない。
「刑罰も厳しいしな。近いうちに何かあってもおかしくない」
「様子を見たほうがいいですわね」
話しながら山賊の拠点跡に着いたエメラルド、美沙樹、パネブは、美沙樹の案内で地下へと下りて行った。
●地下迷宮
雪華、アーシャ、オルフェの3人は、グレー村の人々から話を聞いて、山中の洞窟へと入っていた。
「先に入った人がいるようですね」
村人の話では、3日ほど前にも1人の冒険者がやって来たらしい。1人で探索するのだというので大量の油を提供したらしいが。
雪華の持つスクロールに地図を書き込みつつ3人は動いた。もしも山賊拠点跡から続いているのだとすれば結構な距離になる。だが期待するだけの長さはなく、彼らは古い梯子のかかった穴を下りて先を急いだ。
「‥‥人がいます」
先を進んでいたオルフェが用心深く角の向こうを窺って、2人へと振り返る。2人は頷いて武器を構えた。
再度、角の向こうを見つめたオルフェの視界に犬と人間の影が入る。その主を見てオルフェは緊張を解いた。
「お1人は危ないですよ」
ゆっくりと男に近付くと、彼は振り返って驚いたように皆を見つめて答える。
「何か手掛かりは無いかと探していたのですが‥‥。ここは、随分入り組んでいるようです」
以前共にラティール領へ行き、アクセサリーを集めて回った仲だ。その上、その黒髪で童顔の神聖騎士は、収集した7品を確かに教会に預けた人物で。
「実は先日、パリで‥‥」
教会の者達が殺され、全ての装身具が奪われた事を話す。
「あの箱を開けたんです! デビルじゃなかったんですよ。もしかしたら、パリに向かったというボニファスが盗んだのかも」
「置いて行ったけれども惜しくなったと言う事でしょうか? でもそんな危険を冒してまで‥‥」
「雪華さん! 甘いです。仮説ですが、このアクセサリーを装備している人に見えない何者かが取り付く。そんな気がします。それが操って人に悪いことをさせるのですよ、きっと」
「つまり盗ませたという事ですよね? ボニファスに憑いた何かが?」
女性2人の会話を聞いていたオルフェが、では、と口を挟んだ。
「ボニファスは一度アクセサリーを全て置いて行っているのですから、村を出た時には取り憑かれていなかった、という事になりますね。かなり悲壮な表情をして村を出たようですが、危機を感じたのかもしれません」
「私は一連の事件を知らないので分かりませんが‥‥」
雪華は、皆から視線を通路の奥へと向けて、ゆっくり呟く。
「『呪われていない』と言われたアクセサリーを盗んだ賊は、どうしてあの教会にアクセサリーがあるのを知っていたのでしょう。何故、全てのアクセサリーに文字が刻まれていないのでしょう。言語が幾つも使われている理由は。あのアクセサリーが存在する意味は。アクセサリーを装備している人に何かが取り憑くのならば、そして憑かれた人が盗んだとするならば、他にもまだアクセサリーが存在する事になります。それだけたくさんの物をばら撒いておきながら、統一性が無い。その理由」
「この迷宮は」
不意に、神聖騎士が静かに口を開いた。
「所々の壁に読めない文字が刻まれています。古い壁、新しい壁、様々です。この迷宮も統一性がありませんね」
●迷宮の扉
一方、拠点跡から入った3人は。
「ここは墓場ですわね!」
アンデット達に襲われていた。とにかく下へ下へと降りていたのが悪かったのか。その場所が昔の墓地に当たるのか。
「皆、無事か?!」
何とか撃退して、リカバーで皆を癒しながらエメラルドは軽く頭を振った。
「この先も出るようなら、引き返したほうがいいかもしれないな」
「3人じゃあな」
3人とも弱くは無いし、多勢に向いていないわけでもない。だが。
「アンデットを作った者が居るなら、3人で対峙するのは危険ですわ。悔しいですけれど」
「いや‥‥待て。誰かいる」
帰ろうとした2人をパネブが制した。確かに、通路の向こうに灯りが見える。3人は用心しながら進むが、すぐに金属がぶつかり合う音に気付いて走り出した。
「助太刀しますわ!」
2人の男が、スケルトン相手に戦っている。その間に美沙樹が入り、小太刀を奮った。
「負傷しているなら下がってくれ。私達が何とかする」
「心配無用」
老いた声がし、突然スケルトンを炎が襲った。その後も立て続けに魔法が飛び、敵はただの骨と化す。
「怪我をしているのか。治そう」
若い方の男は軽い怪我をしているようだった。それを癒しながら、エメラルドは2人の男を交互に見た。2人ともフードにローブ姿だが、師と弟子だろうか。
「まぁ助かった。礼を言おう」
老いた男が言い、床に置いてあったランタンを取る。
「こんな所で何を?」
「わしらは、この奥にあるという扉に用があるのだよ」
「扉?」
「見たいならば来るがいい。もしかすると手を借りるかもしれん」
言われて3人は彼らについて行った。フードを取らない2人が怪しくも思えたが、見かけよりも気さくなので様子見である。
やがて彼らは行き止まった。だが奥に扉が見える。古めかしく重々しい彫刻が為された扉。だが。
「守護者がおるのだよ」
扉の前で、ぼんやりとした青白い炎が揺らめいている。どう見てもアンデットだ。
「レイスに見えるが」
若い男が低く呟いた。
「如何にも。さて、今ここに居るのは人間が4人、エルフが1人か。『人間の扉』ならば良いが」
「何だ? それは」
尋ねたエメラルドに軽く手を振り、男は扉へと近付いていく。皆も後ろをついて行ったが、一定以上近づいた所で炎が大きく揺れた。こちらを認識したらしい。
「入れてもらえないかね? 守護者どの」
一際大きくなった炎が、脅すように揺れる。だが攻撃は無い。
「倒すのは駄目なのかしらね?」
柄に手をやった美沙樹だが、前に立つ老いた男はそれを制し、しばらくレイスと対峙した。
「違うか‥‥。ん?」
ふと男は何かに気付き扉の上方を見上げる。そこには、何かの紋章のようなものが刻まれていた。
「ご老体。あの扉は一体何なのだ? レイスが威嚇だけでその場を動かないというのも変な話だが」
結局全員でその場を離れ元の場所に戻ったところで、エメラルドが男に尋ねる。
「あれはな。種族の扉なのだよ。同種族が3人。最低でも3人居なくては、通して貰えないのだ」
「何故そんな事を知っている?」
怪訝そうに見つめるパネブに、男は僅かに笑みを浮かべた。
「わしは、長年あちこちのダンジョンを調べている学者じゃからな。それに以前、エルフの扉を開いた事があるのだよ」
「あの扉の向こうに、何かがあるのですわね」
「それを探究するのがわしの仕事じゃ。この扉が何の扉か判明すれば、種族によってはお前さんら冒険者の力を借りねばならんだろうな」
「あの守護者とやらを倒さないのは何故だ?」
エメラルドの疑問に男は大きく頷く。
「倒しても扉が開かんからだ。そして、しばらくするとまた違うのが現れる」
「‥‥厄介だな。だがそうまでして、あれが守っているものとは一体‥‥」
皆の視線の先で、青白い炎が揺れている。だが男達は梯子に手をかけ、上へと上り始めた。
「あ。名前をお聞きしていない。私はエメラルド・シルフィユ。神聖騎士だ」
「わしはシメオン。エルフのしがない学者じゃ」
「天津風美沙樹と申しますわ」
「憶えておこう」
そして男達は去り、3人も地上へと帰る事にした。
●謎
結局、2箇所から入った地下迷宮が繋がっていたのかどうかは分からなかった。ただ、思うよりも広範囲に広がっているようだ。
そして地下で起こった出来事を領主に報告し、皆はパリへの帰途についた。だが。
「教会について探っていた冒険者というのは、お前達か?」
冒険者ギルド前で、彼らは兵士に呼び止められた。
謎だけを残し何かが進んで行く。それを止める術は、あるのだろうか。