呪われし血が、呼び寄せる

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 72 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月20日〜03月27日

リプレイ公開日:2007年04月02日

●オープニング

「次の子はまだかしら?」
 黄色の美しい小鳥が鳴く部屋で。美しい女性が淑やかな仕草で髪をかき上げた。
「お望みとあらば、いつでも」
 女性の前に控える男が、静かにそう告げる。
「そうね。‥‥じゃあ、次は金色。それとも深い闇色の羽がいいかしら。どちらでもいいわ」
「心得ました」
 深く頭を下げる男の頭上に、しなやかな指を舞わせると、金の光が彼女の周りで煌いた。

●パリ
 暖かな日差しが注ぐ昼間近のパリに、ゆっくりとした足取りで1人の男が入ってきた。
 男はフードを被り、ローブで身を覆っている。それらはどれも薄汚れており、華やかな春の始まりを思わせるようなパリの光景とは到底無縁の、これから冬を迎えるような、秋の木枯らしを思わせるような姿だった。
 杖をつきながら、男はゆっくりとパリを歩く。行きかう人々や馬車にも足を止めることなく、静かにゆっくりと歩いていく。
 そして彼は、ひとつの建物の前で立ち止まった。そこに掛かっている看板を見て、男は小さく頷く。

●冒険者ギルド
 夕刻近いギルド内に、1人の男が入ってきた。薄汚れたフードを脱ぎ、ゆったりとした動きで辺りを見回す。
「‥‥何か、不手際でも?」
 戸口の傍に立っていた案内役が、男の鋭い眼光を認めて声をかけた。随分年老いたエルフ。だが、全身を包む気配は一般人と思えない。
「何か、思い当たる事でもあるのか?」
 老いた声で。しかし、はっきりした口調で男は逆に尋ねた。どう答えたものかと思案する案内役の傍を通り過ぎ、男は奥からやって来たギルド員へと向き直る。
「すまんが、ワインを貰えんか。古くて構わんよ。わしのような年寄りには、古く濁ったくらいが丁度良いのじゃからな」

 ギルド内の相談用の一席で。
 年老いたエルフは静かにワインを飲んでいた。向かい側にはギルド員が2人。
「久しいな」
 ギルド員も共に初老に入った人間だが、言われて頭を下げた。
「お久しゅうございますな」
「パリまでお越しになるとは珍しい。もう20余年は経ちましょう」
「我らにとっては、大した年月ではないな」
「エルフにとっては左様でしょうな。しかし、あの頃はこのノルマンも‥‥」
「昔話をしに来たのではない」
 男は、静かにそう告げる。そして、飲んでいたワインをテーブルに置いた。
「何かと昨今、騒がしい国ではあるが、預言とやらが次に指し示すは4月だそうだな。それまで間がある。冒険者を貸してもらえんか」
「ご依頼でしたら、如何ようでも」
「ハーフエルフを2人。最低2人じゃ」
「ハーフエルフ‥‥ですか」
 ギルド員達は顔を見合わせた。
 この国におけるハーフエルフの地位は決して高くは無い。むしろ迫害の対象ともなりえる。だがその中にあって冒険者は別格であり、数多くの冒険者をギルドも抱えてはいるが。
「出来れば3人欲しい。1人はこっちで用意できない事も無いが、多ければ多いほうが良い」
「‥‥一体、何をなさるおつもりで‥‥」
「4人でも5人でも構わん。鍵が最終的にどれだけ必要なのか、不透明じゃからな」
「鍵、ですか」
「迷宮の扉を開ける『鍵』じゃよ」
 言われてギルド員達は僅かに身を乗り出す。
「だが、使い物にならなくなっては困る。他の種族も用意してもらわんとな」
「それはどのような意味でしょう」
「危険も大いに伴うという事じゃよ。何せ、死者の迷宮だ。共に潜ってもらう者には、覚悟してもらわんとな」
 そして男は古びた地図を取り出し、その場に広げた。それは、各地の迷宮が事細かに記された、彼専用の地図。他の者が触れるのを大層嫌い、滅多に人前に出さないのだが。
「場所はここだ。ここより潜る」
「‥‥これは、ドーマン領、ですな」
「シャトーティエリー領と呼ぶほうが、わしには馴染み深いがな」
「では、こちらに集合を。領主には?」
「わしから話をつけておこう。先に行って待っておる。良いな、ハーフエルフを2人以上、だ」
 最後に念を押し、年老いたエルフはゆっくりとフードを被りなおすとギルドの外へと出て行った。
 2人のギルド員は、言われた事を忠実に守りながら依頼書をひとつ作成する。その生涯のほとんどを、ダンジョン研究に費やしているエルフの為に。

●ギルドより冒険者へ
 現在までに判明した事実と、冒険者から寄せられた情報を公開する。

『先日、通称『呪われし装飾品』を納めていた教会で、聖職者全員が殺され、装飾品全てが奪われる事件があった。翌日発見した者達が怪しいという報告が一般民よりあり、該当する冒険者には聴取を行った。冒険者の1人は装飾品の所持しているが、以前からの所持品である事は明白であり、調査の結果、同じく呪われていない事も判明した。現在所在が明確な物はその1点のみである為、今後も何かが起こる可能性を考え、冒険者には厳重な保管と、異変の兆しあれば速やかな報告を願う』

『情報屋を営む冒険者からの報告によると、『呪われし装飾品』に深い関与をしていると思われるボニファス、並びにピールなる行商人は、現在も逃走中である。ピールには1人、別の情報屋がついて様子を窺っていたが、先ほど遺体で発見された。残された、情報屋間に通じる暗号によると、ピールは再度ラティール領に入った様子。現在も留まっている可能性が高い。又、ボニファスの足取りは以前掴めていないが、パリ近郊に身を潜めているのではないかと現在捜索中である』

『宝飾職人ドミル氏によると、ボニファスに『呪われし装飾品』を売りつけた金髪の男と同一人物かは知れないが、金髪の宝飾職人を知っているとの事。現在パリ内に氏を保護し、特徴などを聞き絵にしてパリ内の兵士達に配布している所である。ギルド内にも保管してあるので、必要な者は申し出る事』

『ポムグレン村で死亡した旅芸人達の住処に、妙な巻物が残されていたと報告があった。しかし、調査に出向いたラティール領の兵士達によって運ばれた様子。又、旅芸人達は焼いて捨ててしまったとの事。彼らが死後向けていた指は、扉とは逆の壁側を向いていたようだが、その方向は森。更に行くとドーマン領の山があり、関連性は不明である』

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea8063 パネブ・センネフェル(58歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8896 猫 小雪(21歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

「そこでずっと1人で護ってて、大変じゃない? もしかしたら護るお手伝いが出来るかもしれないの」
 金の髪を持つ娘が語りかける。
「その向こうに何があるの? ねぇ、教えて」

●出発
「ボクは猫小雪(eb8896)だよ。みんな、よろしくね!」
「天津風美沙樹(eb5363)と申しますわ。宜しくお願いしますわね」
 皆はそれぞれに挨拶し、荷馬車に乗り込んだ。
 ドーマン領。かつて山賊共に脅かされ、そして今は地中に死者の眠る迷宮を抱える領地である。
「死者の迷宮ですか‥‥。成仏しきれぬ亡者が数多居るのでしょうか。‥‥痛ましい事です」
 静かに神木祥風(eb1630)が、今から向かう方角へと手を合わせた。
「でも扉の向こうに何があるのでしょうか。とても興味があります」
 対して少しわくわくした表情で、アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)が皆の顔を見回す。
「お宝‥‥という事は無いですよねー」
「ふんふん? あれ? なにこれ? うわぁ、きれ〜っ!」
 そんなアーシャの腕にはまっている金色の輝きに、小雪は目を奪われてそれを突いた。
「だ、ダメですよ、触ったら!」
「何で? 何かあるの?」
「これに触った人は、これをどんな手段を使っても欲しくなったりするんです。それに、この装飾品を巡って、人が殺されたりもしてるんですよ! 最近では教会からもごっそり盗まれてしまいました。類似品があるんです」
「わぁ‥‥そーなんだ‥‥。あ、でもどうして平気なの?」
 不思議そうに尋ねられ、どうしてでしょうねと答えながら、アーシャはパネブ・センネフェル(ea8063)のほうを見やった。今回体調が思わしくないらしいパネブは、非常に静かに馬車の隅で座っている。しかし彼のバックパックの中には、確かにアーシャの言う類似品が入っていた。他の誰も知らない事ではあるが。
「いろいろ不思議だね。私が前に囮になった時、私の事『いい人形』って言ってた人達がいたけど」
 そして、ミフティア・カレンズ(ea0214)が髪先を手でくるくる巻きながら呟いた。
「アーシャお姉さんが『鳥』さんなら、私にはお人形のアクセサリーでもつけるつもりだったのかな?」
「何の意味があるのかしらね‥‥。そのアクセサリーの文字は」
 だがその答えはまだ出ていない。
 やがて、荷馬車は目的地へと着いた。

●迷宮へ
 今回の依頼人シメオンは、かつての山賊拠点跡で寝泊りしていたらしい。炊事もそこでしていたらしく、煙が上がっていた。
「お久しぶりですわね。あれから、何か情報を入手されたのね。事前に教えて頂けるところまでは全て聞いておきたいわ」
 皆が彼に挨拶した後、美沙樹が早速尋ねる。彼女とパネブは、以前シメオンと今回入る迷宮内で出会っており、顔見知りであった。
「その前に皆に紹介しよう。今回2人しかハーフエルフが集まらなかったと聞いたのでな」
 シメオンに言われ、奥から1人の男がやって来る。
「セザールだ、宜しく」
「前に会った時の弟子とは違うようだな」
 以前会った時、顔は見なかったが若い男を連れていた。しかしその男とは声が違う事にパネブが気付き、指摘する。
「あれは弟子ではない。セザールもな。まぁ手伝いじゃよ」
「あの、シメオンさんは、ハーフエルフの狂化はご存知ですよね。私は言葉遣いや行動が男っぽくなるだけで人畜無害なんです。ですから安心してくださいね」
 横からアーシャが声をかけた。
「ボクも無害だよ〜っ」
 その後ろから小雪も顔を出して笑う。
「アーシャお姉さん。強調したら怪しいよ? でもみんな良い人だよね♪」
「そうです。みんないいひとなのです。‥‥な、何ですシメオンさん。その目は。信じていませんね?」
「何も言っておらんだろうが」
「‥‥暴走するかもしれないです、はい」
 1人で少しいじけているアーシャの後方では、美沙樹や祥風が迷宮に下りる準備をしていた。
 そして彼らは迷宮へと降りて行った。

●選びし扉
「地上を彷徨う亡者を、輪廻の輪へと導くことも私の使命ですから」
 襲い掛かってきたスケルトンへピュアリファイを使い、祥風が呟く。だが彼へ魔法は温存するようシメオンが告げた。
「扉の向こうに‥‥何があるのかご存知なのですか?」
「予測は出来る」
 お前さんの仕事はあの奥にあるかもしれんと言われ、祥風はそちらを見つめる。そこには、炎のように見えるものと、古めかしい扉。
 彼が皆に告げた情報とは、こういう物だった。
 かつて、この迷宮で暮らしていた人々が居たらしい。彼らは独自の町をここに作り上げ、どの国にも属さない新たな場所として人々を受け入れ、規模を大きくしていった。やがて彼らは、この場所こそが『選ばれた地』であり、『選ばれた国』であると叫び始める。そしてその『国』は種族によって住み分けが行われ、階級をつけられ、『国民』は窮屈な生活を強いられる事となった。
 そしてその中で。
「ハーフエルフこそが至上の民であると、彼らは位置づけていた。彼らの『国』の紋章が飾られた扉。それがあれだ」
 シメオンが指す指の先で、レイスがぼんやり光るその上方で、確かに古い紋章が扉の上に刻まれているのが見える。
「至上の民なの? 所変われば、ってヤツだね〜」
「それで、何をどうすれば良いのでしょうか?」
「うんうん、ボクらが鍵なんだよね。‥‥生贄? にゃはは‥‥」
 扉を開ける為にはハーフエルフが3人必要。その為に彼らはここに居た。
 いつ何が起きても大丈夫なように祥風が高速詠唱の準備をし、美沙樹が剣を構える。ミフティアがヘキサグラムタリスマンを胸に抱えて見守る中、3人のハーフエルフはシメオンと共に前に出た。
「さぁ、開けてもらおうか。死者殿」
 レイスは震えるようにゆっくり動く。扉の前から‥‥脇へと。
 それに応じるかのように、扉が軋むような音を立てながら僅かに動いた。ほんの僅か。少しの隙間が見える程度に。
「内部を調べます」
 祥風が用心深く扉に近付き、ディテクトアンデッドで扉の向こうを調べた。
「近くには‥‥居ないようですね」
「‥‥罠、じゃないだろうな」
 隙間を見つめながらパネブが呟く。だが依頼人が進むというのだから付いていくしかない。
 皆は細心の注意を払いながら重い扉を開き、暗闇へと進んだ。

●死者の王
 ミフティアが扉の守護者であるレイスに語りかけたが、何の反応も返さなかった。迷宮に入る前に、サンワードで質問をしていた彼女だったが、これも情報は得られていない。
「アーシャお姉さんと同じアクセサリーは近くに無くて、私達を探している人も居なくて‥‥。少し気になったんだけどな。何も無いのかなぁ‥‥」
 妖精を肩に止まらせて語りかけながら、彼女は辺りを見回した。
「皆さん、大丈夫ですか? 心身への疲労は大きな負担となります。ホーリーフィールドを張りますので、少しお休みになりますか?」
 祥風がハーフエルフ達に声をかける。死者の迷宮では皆、張り詰めているだろう。いつ狂化するか知れない彼女達に注意を配り、護る事も自分の役目だと彼は考えていた。
「でも、どういった仕掛けなのかしら。レイスが黙って通すなんて」
 後方を振り返りながら美沙樹も思案する。
「奴らは守護者じゃからな。この『国』の『秩序』を守るための」
「それは昔の話ですわよね? 死後も守り続けて‥‥死者が『秩序』を? おかしな話ですわね」
「縛られとるんじゃよ、この場所に。奴らが望んだ『地下帝国』にな」
 暗くひんやりとした道には、全く他に気配が無い。アンデッドさえ姿を見せないのに、まるで死の界へと続く道であるかのように。
 そして彼らは長い通路の果てに、1つの広間へと出た。
「うわ〜‥‥気味わる〜」
「何か出そうだね〜‥‥」
 長い年月の間に積もった埃が、彼らが歩くたびに大きく舞い上がる。壁も床も天井も所々剥がれ、近いうちに崩れてもおかしくない様相を見せていた。床に転がるのは何かの残骸。だが奥に見えるのは。
「王‥‥」
 はっと皆、その呟きの主を見つめる。
「‥‥アーシャ」
「え? え、いえ、何か声が聞こえてきて‥‥」
 怪訝そうな表情の皆に慌てて弁解するアーシャ。
「どのような声ですか。死者の声が?」
「‥‥分かりません。でも聞こえたんです。『王の再来だ』って」
 瞬間、ディテクトアンデッドを唱えた祥風が皆に注意を促した。
「気をつけてください。来ます」
 それは、一瞬の事だった。今まで彼ら以外の何者も存在しなかったその広間に、不意に何かが浮かび上がり始めたのは。
 素早く臨戦態勢を取った一行だったが、それは動かない。ただ何かを‥‥待っているかのように。
「‥‥聞こえます。『我らの王‥‥ここに‥‥』」
 呟くアーシャ。以前狂化の際におかしくなった現場を目撃した事があるパネブが、素早く彼女に近付いた。皆もアーシャからおかしくなったら気絶させて欲しいと頼まれている。
「『王として‥‥のこって‥‥』」
「惑わされてはなりません」
 祥風も傍らにつき、彼女に声をかけた。
「確かにこの『国』の王はハーフエルフだった。だがこれは‥‥」
 シメオンも辺りを見回す。
 そんな中、ミフティアは気付いた。1人、気付く。それは彼女だからこそ気付けたのかもしれない。彼女の大切な人も、同じように銀に輝くから。
「セザールお兄さん。月魔法‥‥使えるの?」
 一瞬の輝き。最後尾に立っていたセザールだったが、ミフティアに気付かれて彼女を見つめた。
「使えるとも。『可愛い人形』さん」
 笑う。その笑みが恐ろしく醜く歪んで行くのを彼女は見た。この世のものではないように、ぐにゃりと曲がって溶けていく様を‥‥。
「ちょっと、何してるんだよっ」
 悲鳴を上げたミフティアを庇うように小雪が前に出る。美沙樹は、不意に出て来たアンデッドかアーシャかセザールかどれに対応するか一瞬悩み、剣先をセザールへと向けた。祥風だけが油断なくアンデッドに注意を払う中、皆は笑みを浮かべるセザールと対峙する。
「何をしたのかしら。貴方は、いえ、シメオンさんも。貴方達の目的は何なのか、はっきり聞きたいわ」
「目的はいろいろと」
 シメオンが口を開く前に、セザールが答えた。
「ここが本当に、呪われた血を呼び寄せる場所なのか。ハーフエルフを掴んで返さない場所なのか」
「何?」
 シメオンが顔をしかめる。
「お前は、何を知っていると言うのだ‥‥?」
「貴方が邪魔なんですよ、先生」
 それへ、セザールが変わらない笑みを向けた。
「だからここに閉じ込めてあげます。ハーフエルフが3人揃わないと扉は開かない。2人ならば永遠に」
 それが死を意味する言葉なのは理解出来た。とっさにアーシャと小雪を庇おうと美沙樹とパネブが前に出る。セザールの短剣が鈍い光を放ち、その切っ先が不意に自分に向けられた。そして首を迷わず切り裂こうとしたその刹那。
「‥‥温存しておいて正解でしたね」
 動きが止まったセザールを見ながら、祥風が緊張した声を出した。とっさにコアギュレイトを高速詠唱で唱えたのである。
 そうして男を気絶させ、一行は素早くその場を離れた。広間に現れたアンデッドは結局動かず彼らを見送り、探索もほとんど終わっていないようなものだったが、それどころではない。
 帰りもやはり扉の前をレイスがぼんやり見張っていたが、気を失っていても問題ないらしく彼らをそのまま通した。

●蠢くもの
 何度かセザールをコアギュレイトで止めたり気絶させたりしながら、彼らは地上に帰ってきた。
 セザールはしっかり縛り上げて、詠唱も出来ないよう口も古布を噛ませておき、とりあえず彼をパリまで連れて行くことになった。ドーマン領の領主に引き渡しても、逃げられてしまいそうだったからである。しかるべき所へ引き渡せば、一応安堵できることだろう。
「近くに‥‥いるみたい」
 だが帰りの荷馬車の中でも、ミフティアはいつもの明るさを失ったような表情で呟いた。迷宮を出た時と帰り道に、サンワードで情報を得たのである。彼らを探している者はいないか。冒険者6人、シメオン、セザール。それぞれを尋ねたところ。
「デビル‥‥ではなさそうですね」
 聞こえてきた変な声がセザールのテレパシーによるものだと分かって憮然としつつ、アーシャはセザールを見下ろす。彼は今、荷馬車の真ん中で横向きに寝かされていた。アーシャの言葉は、セザールの事を指してである。
「何が近くにいるの?」
 ミフティアの隣に座っていた小雪が尋ねた。
「この人を探してる人」
 迷宮を出た時も、そして今も。セザールを探している人物が近くに居ると言う。
「どれだけ近いかは分からないけど」
「用心したほうがいいな」
 パネブがぽつりと呟いた。
 もしも。今まで彼らは聞いてきた『声』が、テレパシーによるものならば。その真意はどこにあったのだろうか。

 そして彼らはセザールを騎士団に引き渡した。
 これが氷山の一角でない事を祈りながら。