滅び行くは、運命か
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:03月21日〜03月28日
リプレイ公開日:2007年04月06日
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●オープニング
1人の少年が、冒険者ギルドの前で立ち尽くしていた。
よく見ると、体が小刻みに震え、左手を押さえるように右手で掴んでいる。
誰も声は掛けない。都会の喧騒の中、背後を通る馬や馬車に姿をかき消されるような、小さなどこにでも居る、誰も気に留めない程度の子供のように見える。
少年は震えていた。
目の前の扉を見つめ、それが大いなる壁であるかのように。動かない。
動けないのだ、彼は。
●パリ 冒険者ギルド内
のんびりとした仕草で、男は資料に目をやった。
「なるほど?」
そして1人呟く。
「あの‥‥香草茶で宜しかったでしょうか‥‥」
控えめに受付嬢が声をかけると、男は柔らかな微笑を浮かべ。
「ありがとう」
受け取って香りを楽しんだ。
心なしか赤くなった受付嬢を笑顔で見送り、男は再び作業を開始する。笑顔には自信がある男だったが、最近それが発揮される機会が少なかったので内心激しく喜んでいた。とは言え、そんな内面を外に出してはいない。いつでも格好良い男でいなくてはならないのだ。
「ご機嫌ですね。何か良い情報は見つかりましたか?」
だが他のギルド員に声を掛けられた。どうやら隠しきれていなかったらしい。
「まぁ、半日篭った程度で何が分かるか‥‥。余程か図書室に出向いたほうが」
「ははは。でも、苦手なのでしょう? あの雰囲気が」
軽く言われて、男は顔をしかめた。
「苦手というほど苦手じゃないぞ? あの女史は」
「苦手なんですね。では、これ」
ギルド員に手渡された資料を見て、男は顔を上げる。
「最初からあったなら、先に出せよな。半日損した」
「俺だって探すのに時間かけましたよ」
笑って去っていくギルド員を見送らず、男は資料にゆっくりと目を通す。じっくりと、全てを読み漏らさないように。
そして資料を2度読んだ男は、立ち上がってそれを他のギルド員に手渡した。
●冒険者ギルド前
「どうしたんだい?」
突然背後から声をかけられ、少年は機敏な動きで振り返った。
そこには、少し驚いたような表情の、穏やかな雰囲気を纏った恰幅の良い男が立っている。
「‥‥なんでも‥‥ない‥‥」
かろうじてそう答えると、少年はひとつ深呼吸した。
「何でも無い。大丈夫だ」
もう一度、言い直す。
「ならいいけれども」
男は被っていた帽子を取り、ゆっくりと膝を曲げて少年の目線に合わせ、微笑む。
「表が怖いなら、裏から入るかい?」
「‥‥え‥‥?」
思わず息を呑んだ少年に再度穏やかな笑みを向けると、男はギルドの裏口へと彼を案内した。
●冒険者ギルド内
「依頼内容は潜入調査。正直、あの領地は詳しくなくてね。一緒に行って案内してくれる案内係と、調査協力係と、兼任で」
「はぁ。でも、情報屋‥‥ですよね?」
問われて、男はにこやかに微笑んだ。
冒険者達の依頼人である男は、『情報屋のフィル』と名乗っている。
「正直な話。あの領地は面倒で」
「1人もその場所を知らない冒険者が集まったら、どうするつもりなんですか?」
「その時はその時。行き当たりばったりで」
やはり笑顔を崩さない男に、「それでいいのか‥‥」と冒険者達が思ったかは定かではないが。
「まぁ馬車で行くし、迷ったりはしないだろうね。始めから『調査員』ですと言うと、相手が尻尾を出してくれないだろうから、その辺りは考えたい所だなぁ」
「‥‥調査員なんですね」
「ん? 何かおかしいかな? 情報屋で調査員」
実に眩しいくらいの笑みである。いろいろ突っ込むなと言わんばかりだ。
「ラティール領は、どうも最近きな臭い。領民の不満も高いという話だし、何か起こらないとも限らない。預言だの何だのと騒がしくなる前に、きちんと調査しておこうという話になったらしくてね。それで、潜入の仕方だけれども‥‥」
男はそこで、『旅芸人一座』『商隊』のどちらかを名乗るのが良いのではないかと提案する。
「あそこの領主と面識がある人は、一緒に潜入しづらいだろうしね。そうすると、商隊の護衛がいいのかなぁとは思うけど。まぁ、もっと良い案があるなら言ってくれないかな」
少年は1人、部屋の隅に座っていた。
やがてギルド員がやって来て、彼に出涸らしの香草茶を渡す。
「それで、どのような依頼を?」
「‥‥依頼、なのか分からないんだ」
彼は、小さな声で呟いた。
「でも、頼れと言われた。頼るのは‥‥怖い。知らない人間を、頼るのは」
「冒険者は、決して悪いようにはしないよ。君を必ず救ってくれる」
ギルド員の励ましに、少年は顔を上げて視線を出入り口のほうに向ける。
「簡単なことじゃない‥‥。でも‥‥」
「どんな困難も、冒険者達なら乗り越える。君が直面している問題も、必ず」
相手が子供だからだろう。強い言葉でギルド員は彼を勇気付けようとした。だが少年は微かに笑う。歳よりも、ずっと大人びた表情で。
「分かった。報酬はほとんど出せない。何が起こるかも分からない。パリと、パリ郊外を調べる仕事だ。幾つかはもう調べた。でも俺が知らない場所もあるし、調べ終わってない所もある。それと、俺が入れない場所もある。調べて欲しいんだ。『金の指輪』について」
●ギルドより冒険者へ
現在までに判明した事実と、冒険者から寄せられた情報を公開する。
『先日、通称『呪われし装飾品』を納めていた教会で、聖職者全員が殺され、装飾品全てが奪われる事件があった。翌日発見した者達が怪しいという報告が一般民よりあり、該当する冒険者には聴取を行った。冒険者の1人は装飾品の所持しているが、以前からの所持品である事は明白であり、調査の結果、同じく呪われていない事も判明した。現在所在が明確な物はその1点のみである為、今後も何かが起こる可能性を考え、冒険者には厳重な保管と、異変の兆しあれば速やかな報告を願う』
『情報屋を営む冒険者からの報告によると、『呪われし装飾品』に深い関与をしていると思われるボニファス、並びにピールなる行商人は、現在も逃走中である。ピールには1人、別の情報屋がついて様子を窺っていたが、先ほど遺体で発見された。残された、情報屋間に通じる暗号によると、ピールは再度ラティール領に入った様子。現在も留まっている可能性が高い。又、ボニファスの足取りは以前掴めていないが、パリ近郊に身を潜めているのではないかと現在捜索中である』
『宝飾職人ドミル氏によると、ボニファスに『呪われし装飾品』を売りつけた金髪の男と同一人物かは知れないが、金髪の宝飾職人を知っているとの事。現在パリ内に氏を保護し、特徴などを聞き絵にしてパリ内の兵士達に配布している所である。ギルド内にも保管してあるので、必要な者は申し出る事』
『ポムグレン村で死亡した旅芸人達の住処に、妙な巻物が残されていたと報告があった。しかし、調査に出向いたラティール領の兵士達によって運ばれた様子。又、旅芸人達は焼いて捨ててしまったとの事。彼らが死後向けていた指は、扉とは逆の壁側を向いていたようだが、その方向は森。更に行くとドーマン領の山があり、関連性は不明である』
●リシャールより一部の冒険者へ
『かつての仲間の内、ルイズは南方の教会。ジャンは北方の修道院に行ったと聞いている。ルイズは少しずつ回復して来ているらしい。心配しなくても、あいつらは大丈夫だと思う』
●リプレイ本文
「あら、久しぶりね」
女は妖艶に笑った。
冒険者達にとっての始まりは。この女からだった。
●パリ
「プーぺ‥‥こいつか」
デニム・シュタインバーグ(eb0346)、スラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)、エメラルド・シルフィユ(eb7983)の3人は、リシャールと共に騎士団の詰所を訪れていた。
教会に居た者が殺され、装飾品が盗まれた事。それを知っている者は限られているはずだというスラッシュの意見により、これを管轄している騎士団から情報が漏れているのではと考えたのだ。
「階下の者に任せた事が裏目に出たようですね」
だがそこには、平然と『階下』の騎士団詰所で働いている女性の姿があった。
「‥‥何を、なさっておられるのですか?」
こんな所にいるはずのない人物に思わずデニムが声をかける。預言で示された村周辺の人々を避難させる為、彼女達の一隊と行動した事があった。
「いろいろと。それよりもこれが資料です。私達は表から当たってみましょう」
裏からはよろしく、という事なのだろう。彼女が去った後、渡された資料の中から彼らは1つの名前を発見した。
「『人形』。そう呼ばれていた女だ。組織の長の女で、指輪の‥‥」
リシャールは、暗殺者集団の他の子供達と共に、組織を抜け出し逃げたのだ。他の子供が女の指輪を奪って逃げ、結局その指輪を女に返す事で組織からの追っ手を防いだ。そして騎士団達が組織を壊滅させた。子供達は平和な生活を過ごし、それで全ては終わったはずだった。
「あのアクセサリーを元々持っていた女か。そいつだけが捕まっていないのは‥‥何かあるな」
エメラルドも呟く。
「騎士の中に、情報屋雇ってた奴が居たみてぇだな。こいつと似てるらしいぜ」
そこへスラッシュが戻って来て、一枚の絵を卓上に放り出した。
それは、金の髪をした男の絵。
●ラティール領
「こんな顔の男を見たことありません?」
可愛い中にも妖艶な笑みを浮かべて、リリー・ストーム(ea9927)が男に尋ねた。手に持っているのは、スラッシュが持っていた物と同じ金髪の男の絵だ。
「ね、セイル君」
彼女の後方にはセイル・ファースト(eb8642)が立っていた。情報収集はあまり得意ではないらしい。
「今日の化粧、どう思う?」
「‥‥別に、悪くないんじゃないか?」
「ここは『可愛いよ、リリー』って言うところですわよ〜」
化粧と服装で雰囲気を変えたリリーは、デート気分で町を回っていたのだが。
「‥‥」
セイルはスラッシュから前もってメイクを施してもらっていた為、どこか芸人風の顔立ちになっていた。
ともあれ2人はラティール領領主の町で情報を集めて回っていた。2人の主な目的は巻物。以前解決した事件で、後々発見されたという物である。何かの手掛かりが記されているのではないか。その為に入手しなくてはならないのだが。
「また入ることになるなんてね」
一方、神楽 鈴(ea8407)とアリスティド・メシアン(eb3084)は。商人風を装うフィルマンの護衛として、領主館の前までついて来ていた。まずは話をしてから中に招いてもらおうという事で、自分達が細工物を扱う商隊である事を告げる。
ラティール領にやって来た4人の冒険者は全員、ここの領主とは面識がある。むしろ捕らわれていた職人を脱出させている。出来る限りの化粧や服装の変更などを行って雰囲気を変えてはいるが、もしもそうだと知れれば穏やかには済まないだろう。
「‥‥届かないな」
屋敷を見上げて、アリスティドが呟いた。テレパシーで領主の娘、エリザベートに話しかけようとしたのだが、範囲内には居ないようだった。
「明日来い、だそうだ」
フィルマンが戻って来て、彼らにそう告げる。
そうして彼らは一旦宿へと引き返した。
●パリ
「有名みたいよ、それ」
生業を有効に活用したレシーア・アルティアス(eb9782)が、皆にそう告げた。娼妓である彼女にはお得意様がいる。裏世界に通じている客を選んで、危険な橋を渡らない程度に情報集めをしていた彼女だった。
「呪いの指輪。手に入れようとしている奴らもいたらしいし、殺された情報屋も裏で情報流してたってぇ話。おかしい話じゃないけどさ」
ピールを見張っていた情報屋は、複数の人間に情報を渡していたらしい。彼を雇っていた人間の何人かも、最近殺されているらしく。
「それは、ピールが誰かと通じているという事か」
エメラルドが思案した。
「後、ボニファスの事だけど」
ピールやボニファス。そしてボニファスにアクセサリーを渡した金髪の男。その3人に対して、彼らは有効な情報を持ってはいない。ギルドから、他の冒険者達から聞いた話だけだ。だがその3人がリシャールの探している『金の指輪』と関係しているのだから、調査しないわけには行かないだろう。恐らく、女、プーペが持っていた物と似た物を、ボニファスは受け取りばら撒いたはずなのだ。プーペ、そして3人の男。どれかの所在が掴めれば、事態は前進するだろう。
「匿ってる組織があるって話だぁね」
「地下に根城があるんじゃ、上からじゃ分からねぇからな」
パリ近郊の村や町は全て探索したと騎士団は言う。だが、何らかの裏組織が関係しているのでは容易に見つからないだろう。
「どうする? リック。リックには知り合いの情報屋はいる?」
デニムがリシャールに尋ねた。
「俺は情報屋は信用してない。あいつらを雇うのは情報を操作したい奴らだけだ」
だがそう言い放ち、リシャールは4人を見回す。
「俺の入れない場所、最後のひとつだ」
「フォーマルな場所だね?」
再度デニムが確認した。それへと少年は頷く。
「貴族の家か」
「僕が行きます」
「私も行こう」
デニムとエメラルドがそう言い、彼らは再び分かれて行動する事になった。
だが、リシャールを1人で行動させる事は絶対にしない。それはスラッシュとデニムが決めていた事だった。リシャールが抱えているものは自分が背負うとデニムは宣言している。友達の為にと、強く。そしてスラッシュは。
「薬使うのは減らせ。禁断症状で苦しいなら、俺の腕を噛もうが引き裂こうがいいからよ」
ギルドの前で震えていたと聞き、2人は薬の症状が出たのだと考えていた。
「‥‥何か、いつも心配ばかりして貰ってる気がするな」
だがそうでは無いのだと少年は笑った。人を頼るという事が、信用するという事が、恐ろしかったのだと。
暗殺者だった少年の心には、未だ消えない闇が揺らめいているようだった。
●領主館
「これは素晴らしい」
領主の前に通された一行は、宝飾品の数々を広げていた。商人役のフィルマンは目立つ派手な化粧を施されて、派手な衣装を身に纏っている。腰に帯剣はしているが、飾りばかりが大きい実用的とは言えない物のように見えた。他の皆は地味な格好をし、目立たないようにしている。
「ボニファスに売りつけた男は、この男で間違いないようだね」
金髪男の絵を、アリスティドはこの町に来る前にボニファスが居た村に行って見せていた。ボニファスがアクセサリーを貰った現場を発見した男に。
「こちらも持って回りましたけど、この町には来ていないようですわね」
リリーも得た情報を話していた。
「でも、気になるね」
鈴がちらと外を見ながら呟く。
「エリザベートがいないなんて。どうしたのかな」
アリスティドのテレパシーも変わらず届かない。使用人達にも聞いて回ったが、「出かけているらしい」と言うだけで、それも定かでは無いそうなのだ。ここ2日、姿を見た者はいないらしい。
「いろいろ確認したかったけどな。‥‥どうする。領主の部屋に何か無いか見に行くか」
「兵士がいたよ」
「でも、巻物を探す必要はあるだろうな‥‥。牢にも職人がまだ捕まっているかもしれない」
アリスティドの呟きに、皆も頷いた。
「それは確認する必要がありますわね」
「じゃ、商談に行くか」
話が纏まった所で、フィルマンが皆に声をかける。リリーとセイルは屋敷内を探索する事にし、鈴とアリスティドがフィルマンの護衛としてついて行く事になった。
しかし。
「お前‥‥どこかで見たことがあるな」
ばれたら尻尾を出すかもしれないと堂々としていたのが逆効果だったのか。部屋に入った3人を見て、領主がアリスティドに声をかけた。
「このような立派なお屋敷に招いて貰ったのは初めてだよ。パリの貴族様だってこんな素敵なお屋敷持ってないよね」
すかさず鈴が部屋を見回して褒める。領主はその一言にすっかり気を良くして、フィルマンと話を始めた。
●パリ
指定された場所は、貧民街の一角だった。
「こちらに最近お世話になっている女性についてお話を聞かせて頂きたいのですが」
普段使い慣れない言葉を駆使して、エメラルドが貴族に話し掛けた。デニムは無邪気な坊ちゃん風に装い、明るく頷く。
「失礼ながら、奥様がいらっしゃるのに離縁をお考えだと。私は『白』の教会から遣わされた者ですが、教義に反するお考えはいかがなものかと‥‥」
エメラルドの指摘は見事に貴族を慌てさせた。言われた通りにするから見逃して欲しい。愛人で終わらせておくと念を押し、彼は2人の言うように女を向かわせると告げた。
だが女は彼らの言う場所には現れず、情報屋を使って別の場所を指定してきたのだった。
罠が考えられた。しかし4人とリシャールは女と対峙する。そして女はリシャールに向かって親しげに話しかけてきたのだった。
「指輪は無いわよ」
だが、あっさりと女は告げる。
「固執してたんじゃないの?」
女の過去は聞いている。怪訝そうにレシーアが尋ねたが。
「えぇ、命より大事な物だと思っていたわ。でも、突然声が聞こえなくなったのよ」
「声」
呪われた装飾品を身につけた者は、時折声が聞こえると言う。
「そしたら、どんどん指輪が気持ち悪くなってきて。だからあげたわ」
「誰にあげたんですか?」
思わず声を荒げそうになるのを抑えつつ、デニムが問うた。
「それもあるけどな。誰から貰ったんだ?」
「くれたのは前の恋人よ。殺した女が高価な指輪を持ってたから盗んだって言ってたわ。殺し以外の仕事をしたからロクな事にならなかったって話よね」
「その殺した女って言うのは、名前は知ってるのか」
「知ってるわよ。だって、その女、そこそこ有名だもの」
プーペは笑みを浮かべる。
「どっかの領主の娘よ。気が触れておかしくなって、閉じ込められてたらしいわ。名前は」
●領主館
「‥‥エリザベート」
娘は、地下牢で静かに座っていた。地下牢と言っても以前職人が捕らわれていた場所ではない。屋敷の外。庭に立てられた小屋から下りた先に、それはあった。
「貴方達は確か‥‥」
その場所を見つけたのは偶然ではない。使用人の一人から、こっそり助けて欲しいと言われたのだ。
「旦那様は最近おかしいんだ。日に日におかしくなっていく。前はこうじゃなかったのに‥‥」
自分に忠告した娘を、地下牢に閉じ込めた。それを知っている使用人は一部だけだった。
リリーとセイルが頼まれて彼女を救い出し、事情を尋ねた。それによると、領主は最近金のアクセサリーに固執していて、偽物を作って本物とすり替えようとしていたらしい。それはこの2人も予測していたので頷いていたが。
「手に‥‥入れた?」
「商人がやって来て‥‥。最近の事です。それを買って身につけてから、父はそれを一切私たちに触れさせようとしませんでした。それどころか」
エリザベートは顔を覆い、小さく首を振る。
「母を‥‥殺してしまったんです‥‥」
「常軌という話ではありませんわね」
「リリー、戻るぞ。領主がアクセサリーを付けてるなら‥‥」
殺してしまったのは、1人や2人では済まないかもしれない。
「あの。アリスティドさんは‥‥ここに?」
「来てますわよ。でも一緒に来るのは‥‥」
危ないわよ、と言いかけて、リリーはにっこり微笑んだ。
「守ってさしあげますわ。行きましょう」
娘の表情で察して、リリーは彼女の背をぽんと叩いた。
●パリ
プーペが伝えた、指輪を元々持っていて正気を失った女性の名前は、エリア。指輪を売った相手は、貴族の家に出入りしていた詩人だと言う。そしてそのエリアという女性は。
「シャトーティエリー領領主の娘だった‥‥か」
冒険者ギルドに、その資料が残っていた。
シャトーティエリー領は、ラティール領、ドーマン領から税の上納を受けている領地である。元々そこは1つの領地だった。それを先代が兄弟に分けた事により、3つの領地が出来上がったという。
「娘さんが殺された‥‥その事で、領主は行動を起こしたのでしょうか」
「さぁ? でも暗殺者が殺したって言うのはきな臭いわよ」
「面倒を抱えない為に‥‥自分の娘を殺したと言うのか?」
だがその娘にも、指輪を渡した人物がいたはずなのだ。諸悪の根源が、どこかに今も尚。
どちらにせよ、誰かがシャトーティエリー領に話を聞きに行く事になるだろう。騎士団か、他の誰か、或いは。
「後は、ボニファスと‥‥金髪の男だったな」
葉巻を咥えながら、スラッシュが視線を外へと向けた。未だ行方は掴めないが、こちらも恐らく誰かが動く事になるのだろう。今よりも規模を大きくして、恐らく騎士団か、何かが。
「ピールは見つかったのでしょうか」
ラティール領に向かっている冒険者達の身を案じつつ、デニムも呟いた。
●炎上
「お父様!」
エリザベートが叫んだ。
彼女の父親は、剣を掴んで兵士達に指示を出している所で、娘へと振り返る。
「誰が出て来いと言った!」
兵士達の向こう側では鈴やアリスティドが同じように武器を手にしていたが、フィルマンは両手で箱を持っていた。
「これ、見覚えがあるよ。あたい達が、教会に納めた時と似た箱だよね」
鈴の指摘に、領主は顔を真っ赤にしてわめき始める。恐らくこの箱は、彼らがかつてデビルが触れないようにと聖遺物箱に入れて教会に納めた、その箱と同じ系統の物。つまり教会にあったものだろう。
「盗んだの、あんた達って事だね」
「証拠があるのか!」
「持って帰れば分かりますよ」
フィルマンが微笑む。
「えぇい、それを返せ!」
セイルとリリーは素早く目配せをして、兵士達に当て身を食らわして行く。その隙に、鈴が領主の首元へ刀を当てた。
「旅芸人の住処から奪った巻物があるはずだ。それを渡してもらおうか」
セイルが声を落として言うと、領主は不意に笑い出した。そんな物はとっくに燃やして捨てたと。
「どうしてそんな事を?」
尋ねた瞬間、領主は弾けるように壁際に寄りランプを手に取った。
「お前達も燃えてしまえ!」
「‥‥この絵を」
燃え行く屋敷を見つめながら、アリスティドが娘に絵を見せた。
「‥‥間違い、ないんだね」
頷く娘から目を逸らし、彼は再び屋敷へと視線を移す。
バーストで彼が見た光景。その真実が伝えた物は。