帰って来た、素敵すぎるオモテナシ

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月18日〜05月23日

リプレイ公開日:2007年05月25日

●オープニング

 その建物は、一見酒場とは思えない上品な造りになっていた。看板さえも絵師に頼んで作ったらしく、流れるような文字と美しい蝶の絵が描かれている。建物を囲むようにして美しい春の花々が咲き誇っているが、それはきちんと計算された美しさだ。色の並び、形、高さ全てを計算して、ひとつの芸術品であるかのように見せている。
「店長はいるか?」
 その花に丁寧に手を入れていた初老の男は、声を掛けられ跪いた。
「こちらまでお越しいただけるとは。店長も喜びますでしょう。ご案内致します」
「うん」
 男の後ろにはジャイアントの女性も立っていたが、特に何も言わず2人は建物の中へと案内された。
「ちょっと! そんな言い方じゃダメでしょ! やり直し!」
 酒場の中も、シンプルながら上品な造りになっている。テーブルや椅子ひとつを取っても、その形の優美な事、この上ない。
「どうだ? 調子は」
 酒場内の中央に、数人の男女が立っていた。それへと男は声を掛ける。
「エミール様!」
「ん〜‥‥。なんかいまいち魅力に欠けるな」
 エミールの言葉に、跪いて礼を尽くしていた店長は、がばっと顔を上げた。
「そうなんですよぉ。この子達、覇気が無いって言うか、礼儀作法もちゃんと覚えられないし、もうこんな事ならレスローシェから連れてくるんだったわ」
 くねくねと動きながら店長(男)は、ほぅと溜息をつく。そして慌てて気付いたように、エミールに香草茶と菓子を用意するよう1人に指示した。
「そーいやお前さ。前に脱走した店員が居たって言ってたろ。そいつ誰か分かったの?」
 これ又慌てて用意された少々趣味の悪い豪華な椅子にどかっと座り、エミールが尋ねる。
「冒険者みたいですわ。もう1人の子共々。あの筋肉が痺れちゃうくらい素敵でしたのにぃ」
「『妖艶なる蝶』に来てた子達も冒険者だったみたいだな。あの日の2店で合わせた利益、悪くなかったからなぁ」
「ほんと。冒険者って何でも出来るんですわねぇ」
「そろそろ店を開きたい。冒険者を雇ってみないか?」
 言われて店長は目を丸くする。
「で、でもこのお店はレスローシェとは違いますわよ? 作法も必要ですし‥‥」
「冒険者って言うのは専門家の集まりだからな。誰かは引っかかるだろ」
「も、勿論エミール様のおっしゃる通りに致しますけどぉ‥‥少し、心配ですわ」
「この店をパリに出した理由。忘れるなよ」
 はっと我に返った店長から視線を逸らし、エミールは再度店員候補達を見つめた。
「‥‥やっぱ色気が足りないよなぁ‥‥」
「そうですか? 私は表に居たタケナカさんがなかなかの逸材だったと思ってますけど」
 背後から聞こえるジャイアント女性の声に、エミールは顔をしかめる。
「お前、趣味ジジくせぇよ。使用人は若いほうがいいに決まってるだろ」
「そうとも限りませんよ。特に女性は年下も好きですが、年上の紳士も好きですから」
「お前に女の気持ちを語られてもなぁ」
「坊ちゃんはお子様ですからねぇ」
「俺はもう27だ!」
「はいはい」

 というわけで。
 冒険者ギルドに一枚の紙が貼られた。いわく。
『使用人募集。
 今回、新しくパリに店を開く事となりました、『華麗なる蝶パリ亭』でございます。開店の際に手伝いをして下さる方を探しております。
 当店では、お客様に『貴族生活の一端を味わっていただく』という考えのもと、お客様をおもてなし致します。使用人としてお客様を席までご案内し、お茶をお出ししてくつろいで頂きます。その為、品のある方を募集致します。
 又、当店の宣伝などに走っていただく場合もございます。男女問いませんのでお気軽に面談にお越しくださいませ』

「‥‥何? 使用人になる店員って」
「あぁ、それですか」
 尋ねられた受付員は苦笑して、仕事の手を止めた。
「近いうちに開く予定の酒場らしいですよ。一般人にも豪華な気分になって欲しいとかいう店で、使用人風になってもてなすらしいです。酒場と言っても、昼間は酒を出さず香草茶と簡単な食事のみらしいですけれどね。暴れたり店員に難癖つけるような客は品が無いということで即追い出し、酒場とは言え、穏やかさを保つ‥‥らしいです。酒場の入り口は1つだけれども、中は2つに区切られていて、男性店員と女性店員もそれぞれ分かれるそうですよ」
「へぇ〜‥‥」
「後、冒険者も募集するのは、それなりの理由があるのだと言っていました。興味があるなら、行って聞いてみてはどうです?」

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea9960 リュヴィア・グラナート(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1789 森羅 雪乃丞(38歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3499 エレシア・ハートネス(25歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●王子様ごー
「さて、私の王子様‥‥。今回はどこまで通用するか、張り切ってやってみましょうか」
 その日、1人の娘が風に吹かれて店を見上げていた。勿論彼女は『王子様』を求めてやって来たのではない。
「ステキお店のパリ支店へようこそです〜♪ ‥‥あら? ユリゼさん?」
 いきなり扉が外に開いて、ユリゼ・ファルアート(ea3502)のおでこに激突した。中から笑顔で出て来たエーディット・ブラウン(eb1460)が、うずくまったユリゼを不思議そうに見下ろす。
「何をやっているんだ。開く時はもっと丁寧に」
 背後から、麗しい男性にしか見えないリュヴィア・グラナート(ea9960)もやって来る。
「ユリゼさん〜。店員さんは、表から入っちゃ駄目ですよ〜」
「そうね‥‥よく分かったわ‥‥」
 マイペースなエーディットの言葉に、自分の額を押さえながらユリゼは頷くしかなかった。

●作法と準備と
「だめよだめ。もっとたおやかに! もっと上品に!」
「ひゃぁぁ」
 がしゃーん。かくかくした動きで食器を並べていたラテリカ・ラートベル(ea1641)が、うっかりそれを床に落とす。
「だめです‥‥ラテリカは、こんな事も出来ない子です‥‥」
「大丈夫よ。要は慣れ。にっこり笑ってやれば誰も少々のミスには気付かないわよ」
「そうでしょうか‥‥」
「お姉さんの言う事は多分大体間違い無いわよ」
「はい。頑張るですね!」
 きらきら目を向けるラテリカに余裕の笑みを見せて、ガブリエル・プリメーラ(ea1671)は颯爽と去って行った。
「私もお手伝いしますね」
 一方エレシア・ハートネス(eb3499)は、エーディットと一緒に皆が着る衣装の準備を行っていた。これらの衣装は、皆の個性や希望に合わせた物だが、提供者は依頼人である。
「それにしても、まぁ見事に女と優男ばかりが集まったものねぇ‥‥」
「‥‥ですが、使用人としておもてなしするのでしたら、そのほうが役に立つかと思いますが‥‥」
 嘆息する店長と柔らかな物腰で話をするのはリディエール・アンティロープ(eb5977)。一見女性にも見えるが、れっきとした青年である。その後ろで占い道具と借り物の化粧道具のチェックをしているのは、森羅雪乃丞(eb1789)だ。だがそんな彼らにささやかな不幸が訪れるとは、この時2人は想像もしていなかった事だろう‥‥。

●素敵宣伝
「失礼、お嬢様。麗しい貴女にお似合いの、一輪の花を」
 妖しげながら上品な笑みで、リュヴィアが道行く女性に花を差し出した。
「え‥‥あ、はい。ありがとうございます」
 何事が起こったのかと女性がリュヴィアを見上げるが、流し目を返されて彼女は一瞬くらっと倒れ掛かった。
「危ない。お怪我はありませんか?」
「だ、だだ大丈夫です‥‥」
「それは良かった。美しい貴女が怪我などしようものなら、私は自分を罰せねばならない所だ」
「そ、そんな‥‥」
「もしも宜しければ、『華麗なる蝶パリ亭』に遊びにいらっしゃいませんか。誠心誠意込めて、もてなしさせて戴きます」
 ぽうっとなった娘に微笑を返し、リュヴィアは次のターゲットの元へと去って行った。
 そんな彼女の宣伝は、『華やかな蝶のような男性が花を配る店』として噂が噂を呼ぶ事となった。

 一方、ラテリカは。
 どすん。
「きゃっ‥‥。ごめんなさい」
「あぁ、ゴメンよお嬢ちゃん」
 『街角ドッキリはぷにんぐ☆』作戦を決行中であった。
「あの‥‥。ラティ、あのお店で働いてるんです。宜しかったらいらして下さい」
 うるうる上目遣いで男を見上げ、お誘いをする。道の角を曲がった所でぶつかって客をげっと。というのが作戦内容であった。勿論いきなり言われては怪しむのが人の常である。ところが今回の彼女は、あらかじめリディエールに借りた秘密アイテムがあった。身につけた女性をより色っぽく見せる、ブリーシンガメンである。
 そうして可憐な少女を装いながら、確実に獲物を捕獲して行くのだった。

「あら、ごめんなさい」
 一方『酒場ドッキリはぷにんぐ☆』決行中のガブリエルは、目当ての男に軽く肩をぶつけてよろめいていた。こちらは不特定多数ではなく、依頼人からの裏依頼の為の作戦である。依頼人から頼まれた4人の人物。彼らから情報を引き出す事が今回の裏依頼である。その4人の中の1人、情報屋の男は、一目見てガブリエルを気に入ったようだった。
「君、さっき歌っていただろう? もう一度歌ってくれないか?」
「恥ずかしいわ。でもお望みでしたら‥‥」
 宣伝を兼ねて、彼女は自らの美声を生かして歌っていたのだった。
「♪さぁ、お帰りなさいませ 扉を開けると貴方様が御主人様 日頃の喧騒今忘れ 優雅なひと時をお届けします♪ いらっしゃいませ御主人様〜♪」
「お、いいねぇ。姉ちゃんどこの店の子だい?」
 横から別の男が割って入り、彼女はすかさず店の名を挙げる。そうして目的の男には再度話しかけて印象を残し、彼女は店へと戻って行った。

「明日開店の『華麗なる蝶パリ亭』です〜。宜しくお願いします〜」
 エレシアが控えめに声をかけながら木板を手渡す。
「貴方も貴族気分を味わいましょう〜♪ 楽しいお店ですよ〜♪」
 隣でエーディットが、『スマイルは無料』とばかりに笑顔を振り撒いて同じ物を配る。2人は店の周辺でそれを配っていた。
 一方、近くでは路地に『開店記念につき無料サービス中』と書かれた板を置いて、雪乃丞が占いを行っている。既にそこには長蛇の列が出来ており、店前の賑わいに道行く人も足を止めるほどになっていた。
 そして準備は整ったのである。

●情報をげっと〜
「お茶の用意は終わってませんか?」
「今蒸している所です。もうしばらく待ってください」
 開店初日。衣装の準備や着付けや宣伝に専念していたエレシアでさえも引きずり出されるような賑わいを見せた。香草茶には詳しいリュヴィアやリディエールが茶係りとして厨房で動くも間に合わない。
「お帰りなさいませ、お嬢様。貴女様をずっとお待ちしておりました」
 一方そんな喧騒とは裏腹に、ユリゼは優雅さを精一杯表現しながら店の扉を開いていた。
「あら、あなたがユーズさん?」
「はい。ユーズでございます」
「招待状、拝見致しましたわ。面白い趣向ですこと」
 実は、貴族の奥様方達に招待状を送っていたユリゼだった。この店の持て成しが、本当の上流階級の人達に通じるのか。それを何時如何なる時でも構わないのでお聞かせ願いたいと、上品な紙とインク、香り付けまでして送ったのである。これらの知識に長けた物は生憎居なかった為、代理で依頼人に仕えているメイドさんが選んでくれた。
「このように早くにお会いできました事、大変光栄に存じます。どうぞ、お掛けくださいませ」
 貴族同士は横の付き合いもあるから他の奥様とも来ると思ったが、裏依頼ターゲットの1人である貴族の奥様は、同じくターゲット1人を含めた使用人を3人ほど連れてきただけだった。
「ごめん、リディ‥‥リドエルさん。私の持ってきたオリジナル香草茶、用意してもらえない? 後、ラティちゃん担当の人も来たよ」
 あらかじめ似顔絵を用意してもらって、ターゲット4人の顔は把握済である。
「失礼致します、奥様。私はアルマースと申します。ご用件がございましたら、何なりとお申し付け下さいませ」
 本来ならば1組の客には1人の店員がつくのだが、さすがに貴族相手でそれはいけないと思ったのか、店長に言われてリュヴィアも貴族の前に姿を見せた。ちなみに特別室である。
「あら、あなた上品な顔立ちね。出自は貴族なのかしら?」
 だが一目で気に入られたらしい。又リュヴィアが上辺だけではない思いで美しさや趣味の良さを褒めた為、更にお気に入りになってしまったようだった。
「明日も来るわ。今度もあなたがお相手してちょうだい、アルマース」

 一方。
「本当に来てくださったのね」
 情報屋を出迎えたガブリエルは感激した様子を見せた。
「嬉しい‥‥御主人様‥‥」
「いや、君の美声をもう一度聞きたくてね」
「そんな‥‥」
 恥らう娘にすっかり虜になってしまったのか、男は様々な酒を注文した。彼がやってきたのは夜だったのである。
「‥‥御主人様が情報屋? 危なくないんですか?」
 親しくなるのも早い。堂々とガブリエルの腰に手を回して、男は饒舌に話をし続けた。
「まぁ時には危ないが何て事はないさ。今日だって仕事をしてきたんだからな」
「心配ですわ。もしも万が一の事があったらと思うと‥‥」
 丈の長いスカートのメイド服に髪を結い上げた姿は、実に大人の魅力満載である。さりげなくうなじを見せていたりする辺りも魅惑的で。
「俺もあのメイドさんに接待してほしい〜」
 とか他の席から言われていたりした。
「じゃあ、今日の記念にこれを預かってくれないかな」
「‥‥これは?」
「俺が返してくれと言うまで預かって欲しい。何、大した物じゃないよ」

「最後の1人が来ないな‥‥」
 店内を覗きながら、雪乃丞が呟いた。
「そうですね〜‥‥」
 その後ろから半分体を見せて、エーディットが答える。
「ラテリカさんはフリル満載、ガブリエルさんは大人っぽさ満載、エレシアさんは飾りよりも本人の魅力満載、ユリゼさんは小物で気品高く、リュヴィアさんは細めの線で格好良く、リディエールさんは、可愛い男装系女の子服。‥‥森羅さんは、普通のお着物ですね」
「なんだ? ちゃんと俺は皆のメイクをしただろ? 女は色っぽく、男役は色男っぽく」
「でもお客さんは男の方が多いのです〜♪ さぁ、張り切りますよ〜♪」
「なに? 別に俺はこれでも色男ぶり発揮してるだろ? なぁ、ちょっと‥‥」
 ずるずるずる。雪乃丞は、裏の支配者エーディットさんに連れて行かれてしまったのだった。

「香草茶でございます。どうぞ」
 リディエールは、ブリーシンガメンを自ら身につけ、ターゲットの1人である貴族の使用人に茶を運んでいた。女性に見える男性にも効果があるのか実験も兼ねてみたのだが。
「うぅ‥‥悲しいお話なのです‥‥。でもラティも不幸なのです‥‥。今日は先輩店員の割った皿をラティの所為にされてしまったのです‥‥」
 『不幸自慢作戦』決行中のラテリカとの会話に夢中で、使用人は振り返ってもくれないのだった。ちなみに不幸自慢作戦とは、ある事ない事不幸を話しまくって相手の不幸自慢を聞き出し、密かに欲しい情報をゲットしようという作戦である。
「‥‥情報屋さんもアパタイトさんがお相手ですし‥‥私はどうしましょうか‥‥」
 厨房に戻ると、そこには無料スマイルを浮かべたエーディットが立っていた。
「リドエルさん。それ、貸して欲しいのですよ〜♪」
「あ、分かりました。どなたにお使いですか?」
 金色に輝く首飾りを外しながら尋ねると。
「見てのお楽しみです〜♪」
 にっこり返された。

●最後の1人
 ばーん。
「よくお似合いですよ〜♪」
 エーディットいわく、『スタンダードで襟が長めのメイド服』を着せられた雪乃丞は、更に喉仏を隠す為とリディエールから貰ってきたブリーシンガメンを付けられていた。
「俺はこの前の女装で懲りたんだ! もうやらないって言っただろ」
「だめですよ〜♪ メイドさんが足りませんから〜」
「お前もエレシアもメイドだろ!」
「よくお似合いです‥‥雪乃丞さん‥‥」
 エレシアにも背後からぼそっと言われ。仕方なく男雪乃丞、戦場に出る事となった。
「えっと‥‥。別に構わないんだけど‥‥、とりあえず、店の扉を開けてお客様を入れてあげてくれない?」
 それを見たユリゼにそう言われ、彼は覚悟を決めて扉を開いた。
「‥‥」
「‥‥」
 そこには1人の女性が立っていた。最後のターゲットの1人、薬師である娘だ。
 が。
「‥‥間違えました」
 くるり。彼女は踵を返した。
「ま、待ってくれ! 間違ってないから!」
「‥‥」
「こ、これは‥‥そう、余興! 余興ですわ! お嬢様にこうして欲しいと言われて、ゆ、柚羅つい‥‥」
 前回女装したとは言え、占い師としての格好で服の丈も長かった為、誰にも気付かれなかった。しかし今回のスカートは膝丈。その上痩せ型でも童顔でも背が低いわけでもない彼が、それなりに体にフィットした服を着たらもう。
「‥‥そう。変態なのね‥‥」
 と言われても仕方が無い事だろう‥‥。
 そうして彼の心に更なる傷を残したものの、娘も店内に足を踏み入れたのだった。

「貴方と居ると安らいだ気持ちになれるわ」
 出された香草茶を飲み、娘はぎこちない笑みをリディエールに向けた。
「私、いつも裏表ある人とばかり接しているの。‥‥つまらない人達ばかりよ」
 茶の後に酒を運んで飲ませながら、彼は話を聞き続ける。
「この前も、変な薬草の売買をさせられたわ。あんな物、何に使うのかしら」
「私も薬草師なんです。何かしらお役に立てれば」
「人の善意は信じないの。取引と契約だけよ。取引しましょう。私は一日だけ、あなたが欲しいわ」
「は‥‥?」
 思わぬ事を言われて動揺するリディエールに、彼女は一枚の木片を渡した。
「これと交換。あなたもその薬草、一度見てみたいんでしょう? それを持ってある方の家に行けば、通してもらえるわ」
「‥‥分かりました」
 頷き、彼は穏やかな微笑を浮かべる。
「ではそのように。それで、私は何をすれば宜しいのですか?」

●イケニエ
「情報、纏めたわ。結果から言うと、貴族の奥様と使用人さんは絡んでいないようね。奥様は私も噂だけ聞いた事がある方だったけれど、高価な物を買う事があっても薬草には興味ないみたい。使用人さんも同じね」
 依頼人に、ユリゼがさくさくと報告をしていた。最もこんな短期間で全てが分かるとは言えない。だが引っかかったほうから調査していくほうが早いだろう。
「大掛かりな薬草の取引。これに引っかかったのは、やはり薬師さんね。それから情報屋さんがこれを」
 ガブリエルとリディエールが、それぞれ貰った物をテーブルの上に置いた。
「やっぱりそうか。この情報屋、貴族お抱えだな」
 ガブリエルが貰った金貨を手にし、彼はにやりと笑う。金貨には小さく字と紋章が彫られていた。その貴族というのが、薬草の取引を行った張本人らしい。
「じゃ、その札も預かっとく。まさかお前1人で行くんじゃないだろ? 危ないからな」
 言われてリディエールも頷いた。
「じゃ、お疲れ」
 報酬を貰い、皆は酒場を出た。実に清清しいほどの青空が広がっている。
 が。
「発見したわぁ〜」
 彼らの後ろから、不吉な声が聞こえてきた。
「あなた♪ 私とでぇとしてくれるって話だったわよね」
「えぇ? 『最近彼が居なくて困っている人が居るから、一日付き合って欲しい』とは言われましたけど、あの‥‥」
「それ、あ・た・し♪ じゃ、いきましょ〜」
 ずるずるずる。
 ひらひらピンクのドレスを着た男に、リディエールは拉致されて行った‥‥。

 教訓:旨い話には裏がある。