ちびブラ団危機一髪〜女の子編〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月23日〜05月30日

リプレイ公開日:2007年05月31日

●オープニング

「よぉ、久しぶりだな。姉ちゃん」
「ジル。目上の方には丁寧に」
「いえ、お気遣いなく」
「こちらがミミ。この子がアンリです」
「よろしくです」
「僕、すごく楽しみにしてたんだよ」
「では、宜しくお願い致します」
 パリ郊外。長閑な田園風景に囲まれた中に、ぽつんと古い建物が建っている。そこには家族を失った子供達が住んでいた。将来冒険者となるべく育てられているその『家』の子供達は、現在10人と少し。『家』には大人が2人だけおり、彼らが子供達を育てている。
 貧しい生活をしながらも成長している子供達の為に、年に2、3回パリから人々がやって来ていた。『慈善会』と呼ばれる、それなりに金や位を持った女性達で構成された組織だ。貧しい人々の為に演奏会などの娯楽を催したり、子供達の為に無料で一日教育をしたりする。災害に遭った人々の為に動く事もある。そんな彼女達が、今回子供達を遊びに連れ出してくれると言う。
「はい。確かにお預かりしました。さぁ、行きましょうね」
 馬車には女性が2人。御者席に男性が1人。子供達は3人だけだった。今回子供が3人だけなのには理由がある。この取り組みが『慈善会』にとっても初めての試みだからだ。だから、比較的子供にしてはしっかりしているが独り立ちするにはまだ早い年頃の子供達が選ばれたのだった。
 そして馬車は走り出す。滅多に遠出する事など無い、彼らの夢と高揚感を乗せて。

 新緑に包まれた森と草原の中に、春の柔らかい煌きを湛えた湖があった。
 子供達は大人の指示通りに小屋に荷物を下ろし、決して1人で行動しないようにと言い含められた後、湖へと飛び出した。
「アンリ。おっせぇよ!」
「ごめん〜」
 3人の中では一番年上のアンリだが、全体的におっとりとした印象がある。もたもたしていると、口の悪いジルに早速怒られた。
「あ、見て。あの子達、何やってるんだろう?」
 ミミが湖の側ではしゃいでいる3人の子供を見つけ、2人に振り返った。アンリ達3人よりも1、2歳ほど年下に見える。
「お。魚釣ってやがる」
「‥‥この魚、おいしいのかなぁ?」
 子供達の後ろにある木桶を覗き込み、何気なくアンリが女の子に声をかけると、彼女は驚いて悲鳴を上げた。
「びっくりしたぁ。えっと、誰?」
「僕はアンリ。‥‥んとね。こっちにいるのは『家』の友達」
 言われて、魚を突いて遊ぼうとしていたジルが顔を上げる。
「おう。俺はジル。でもまだこんだけかよ。俺にまかせてみな。もっとでっかいの釣ってやる」
「ジル。調子に乗りすぎ。私はミミです。魚釣れるのすごいのね。私達はパリ近くの『家』からここに遊びに来たのだけど、君達はこの辺の子?」
 座りながら名乗ると、女の子が首を振った。
「違うよ。あたし達もピクニックでパリからやって来たの。あたしコリル。みんなで『ちびっ子ブランシュ騎士団』やってるのよ。橙のイヴェットなの」
 女の子が名乗ると、竿を持っていた男の子達も頷く。
「俺はベリムートだ。黒隊長のラルフを名乗っているぞ」
「ぼくはアウスト。灰のフランをやってます」
 その言葉に、アンリ達は顔を見合わせた。
「ブランシュきしだんって‥‥何かなぁ‥‥。このお魚を釣る集団なのかな? それともお魚の名前がブランシュきしだん?」
「旨そうだけど名前長すぎねぇ? なぁなぁ。こいつ食っていい?」
「ちょっとジル。人が釣った物を勝手に食べたら泥棒だよ? そんな事しちゃダメだっていつも先生が言ってるでしょう? でも美味しそうだけどね」
 アンリ達の言葉に、コリル達はへなへなと倒れこんだ。
「え。あれ。何?」
「ブランシュ騎士団というのはですね‥‥」
 脱力から回復したアウストから説明を受け、ブランシュ騎士団という存在そのものを知らないアンリ達も納得する。とにかく、ノルマンで一番強くて格好良い、ノルマンの守護者達らしい。そんな集団ならば名前を名乗って敵と戦いたい気持ちも分かる。何せ、アンリ達はまさに、敵と戦う冒険者となる修行(?)をしている最中なのだから。
「じゃ、俺赤な!」
 残っている他の色を聞きだし、即座にジルが名乗りを上げた。
「私は‥‥茶色かなぁ」
 茶隊長は美形らしいと聞いて茶色にしたミミ。かなり色は気に食わないが。
 そしてアンリは紫を選び、新生ちびっ子ブランシュ騎士団が出来上がった。

「俺様は、赤隊長ギュスターヴ様だ!!」
「ジル。ご飯の時は座って食べる!」
 一緒に釣りをしたり、旅の途中らしいバード一座と盛り上がったりしてすっかり仲良くなった6人は、大人達も巻き込んで一緒に食事をしていた。おまけに同じ小屋で泊まる事になって、彼らは大はしゃぎ。大人達に怒られてようやく大人しく眠りについた。
 だが、そんな幸せいっぱいの彼らに、大きすぎる試練が訪れようとしていた。

「上手くいったようだな」
 冷たく落ちてくるような声に、はっとジルは目を覚ます。体はかなり揺れていて、すぐに馬車に乗っているのだという事が分かった。
「この中から、あの方に献上する子供達を選ぶか。男のガキなど目にも留まらんだろうが、向こうの組には負けられん」
「まあ、崖の上にある神殿跡で相談だな。あそこは森に囲まれて外からは見えない。場所としては最適だ」
「そうだな‥‥」
 今までこんなに冷たい声を聞いたことが無いとジルは思う。それだけに、その男の声がする度に震えを抑えなければならなかった。
「要らないものに用はない。もし捧げ物にならないならば、鳥の餌にでもするか‥‥」
「せっかく捕まえてきたんだ。生贄でいいじゃないか」
 不吉な会話だった。だが寝たふりをしながらも、同じようにミミと‥‥橙のイヴェットと名乗ったコリルが眠っているのは確認した。
 背中しか見えないが、この男達は昼間、一緒に盛り上がったバード達だろう。あの時は確か6人いたはずだが、今は3人しか乗っていないようだ。御者をしている者が1人と、自分達の近くに居るのが2人と。
 この距離で逃げられるだろうか。ジルはしばらく悩んだ。だが、逃げなければ殺される。そろりそろりと動いて2人の体に触れた。視界に僅かに水の光が見える。水に飛び込めば、動く馬車から飛び降りても怪我なく逃げれるかもしれない。
 だが。
「起きたか‥‥」
 恐怖をもたらす声がジルの動きを止めた。はっと顔を上げると、男がこちらへ目を向けている。
 瞬間、弾かれるようにジルは馬車から飛び降りた。大きな水音がし、馬車はそのまま通り過ぎた。

「アウスト‥‥」
 怖気づいて、仲間を捨てて逃げた自分がどうしても許せないと思った。
「脱出できたんだね!」
 湖の集落に戻った時には、既に夜は明けていた。先に別の場所で同じように脱出して大人達に報告していたアウストと出会い、互いの情報を交換する。
「冒険者に頼もうよ! パリにいる友達に手紙を出すから、ジルも」
 気丈にそう言うアウストに黙って頷く。
「でも冒険者が来るまで待ってたら、助けられないかもしれない。だから行くよ」
「‥‥俺だって、冒険者だ‥‥」
「ジル?」
「俺も行く。ミミとコリルを助ける。アンリのペットが多分その辺にいると思うから、そいつに頼む」
「うん、分かった。ジルもがんばってね」
 バックパックを背負い、アウストが手を振った。それを見送りながら、ジルは拳を握り締める。
 そうして2人は、大人達には何も言わずに彼らの仲間を助けるべく行動し始めたのだった。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8078 羽鳥 助(24歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb8113 スズカ・アークライト(29歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●ジル探索
 駿馬やセブンリーグブーツを使い、歩くよりも遥かに速く湖に着いた一行は、早速集落を訪ねて神殿跡の位置を尋ね回った。
「こちらの方角ですね」
 僅かに集落から伸びる車輪跡を見つけ、アニエス・グラン・クリュ(eb2949)が馬と共に後を追う。
「二手に分かれて‥‥向こうが城。こちらが恐らく」
「方角から言っても間違いないみたいだな。ん、銀河。どうだ?」
 羽鳥助(ea8078)が犬に手紙の匂いを嗅がせるが、時間が経って匂いが消えてしまったのか、そもそも匂いが薄かったのか。愛犬は反応しなかった。
「とにかく急ぎましょう。子供の足でどこまで行っているのか分からないけれど、迷子にでもなっていたら大変だわ」
「そうですね。ジルさんが無茶をしないか心配です」
 レティシア・シャンテヒルト(ea6215)と鳳双樹(eb8121)が皆を促す。一行は森に入り、神殿跡目指して坂を上り始めた。

「神殿に着くまでにジル君を保護できるといいんだけど‥‥」
 目の良いスズカ・アークライト(eb8113)が、辺りをきょろきょろしながら呟く。
「そうだね。彼が飛び出してから、既に1昼夜以上経過している」
 テレパシーで呼びかけながら、アリスティド・メシアン(eb3084)も上を見上げた。広がる葉の合間から見える空は、徐々に明るさを失いつつあった。その中で双樹の鳥が飛んでいるのも見えるが。
「神殿跡には人は居ないみたいです。ジルさんはまだ森の中ですね‥‥」
 上空から探させても姿はなかった。
 一行は急ぎ足で目的地を目指す。森の中の道は馬に乗って走れるほど良い状態ではなかった。アニエスが追った車輪の跡も、辺りで雨が降ったのだろう。森に入る前に途切れてしまっていた。
「馬車を降りて馬に乗せて進んだのでしょうか。でも、車のほうは辺りにありませんでした。あの道を更に進んでも、神殿跡には着かないでしょうし‥‥」
 一瞬不安が過ぎる。だが、ジルを探すほうが先決だった。
「コリルさんも、どうか無事で‥‥」
 日が翳っていく中、アニエスはそっと祈った。

 反応があったのは、神殿跡付近だった。既に一夜経過し、羽鳥が罠を警戒しながら先頭を進む中、アリスティドのテレパシーに引っかかったのである。
「ジルか? おし、よくやったな」
 羽鳥が最初に近付くと、少年は泣きそうな顔になった。
「不安だったんだろ? でも後は大丈夫だからな。俺らとバトンタッチ。ちゃんと合流出来たと報告してくれ。な?」
「駄目だ! 俺は逃げたんだ。あいつら助けないと。俺だって冒険者だからな!」
「足手まといになるわ」
 それへ、レティシアがさらりと告げる。
「やりたい事よりも、自分の能力で出来る事を考えて」
「でも‥‥1人で帰すのは危険です」
 双樹はさらに、冒険者として力を貸して欲しいと告げた。
「逃げたんじゃないだろう?」
 ゆっくりと膝を曲げ、アリスティドはジルと目線を同じくする。
「君の働きが僕らに繋がる事になった。重大な功績だ。部下を信じて待つ事も、隊長の務め。君が待っていてくれることが、僕らに力を与えてくれるんだよ」
「どちらにしても危険な事に変わりは無いと思います」
 少し考えていたアニエスが、荷物の中から一枚のマントを取り出した。
「焦らないで。私も皆が心配ですよ? ‥‥気持ちは同じです。でも、信じてますから」
「これ何?」
 マントを受け取ったジルに、アニエスは微笑んだ。
「ギュスターヴ隊長の、重大な任務ですよ」

●神殿跡探索
 翌日、彼らは神殿跡に入り込んでいた。
 敵の月魔法を警戒し、とにかく突入時に夜にならないよう、夜間は行動を控えるようにしていたのだ。
「足跡‥‥ないなぁ‥‥。罠もなし。入り口は‥‥っと」
 瓦礫と柱だけの神殿跡を探し回る。やがて、床に隙間を見つけた羽鳥は、罠を調べた後引っ張ってみてから辺りを見回した。
「あ。アリスさん〜」
「どうした?」
「これこれ」
 ちょいちょいと明らかに重そうな床扉を指す羽鳥。
「‥‥埃、かぶってないか?」
「でも他に無いんだよなぁ。こっち持って。開けてみよ〜っ」
「離れた所に入り口あるとか? どいてどいて。2人じゃ無理でしょ?」
 2人の男が四苦八苦しそうな予感を感じ取ったのか。スズカがやってきて扉に手をかけた。
「双樹さん〜!」
「はい。入り口ですか?」
 というわけで。4人掛かりで重そうな扉は開いたのだった。まぁ3人でも開いただろうが。
「暗いなぁ‥‥」
 軋んだ音を立てて開いた扉の下には、埃を被った階段が続いている。光を当てても誰かが通ったような気配は無い。
「外れか?」
「周囲に入り口らしい物はありませんでしたよ」
 空飛ぶ箒で辺りを探索していたアニエスも帰って来て、暗い穴を見つめた。
「‥‥ジル君が逃げたから、場所自体を変えたのかもしれないわね」
「そうだとしたら、打つ手がありません‥‥」
 彼らは、レティシアの傍にいるジルの方へ目を向ける。ジルが他に何かをバード達から聞いていれば良いのだが。

「冒険者には、れいせーさが大事なんだよな」
 ジルに嫌われても厳しく行こうと決めていたレティシアだった。だが彼が一番懐いたのは、優しい言葉をかけてくれた誰かではなく。
「冷静さ、ね」
「俺は結構冷静な方だぞ。大人は俺を子供扱いするけどさ。もう子供じゃねぇっつーの」
「そう?」
 少し笑ったレティシアに、ジルは大仰に溜息をついて見せた。
「言ってくれてありがとな。俺が大人みたいに何でも出来ない事は分かってる。足手まといだよなぁ。そういうの、言われないと気付かないんだ、俺」
「大人だから何でも出来るわけじゃないよ。言われても気付かない人もいる。冒険者が何でも出来るように見えるのは、自分の役割をこなしているから。分担しているから。1人で何でも出来る人なんて居ないのよ」
「そっか。俺、やっぱ待ってるべきだったんだなぁ」
 そう言って彼は笑う。冒険者を目指す彼にとって、その言葉が彼の成長に大きな影響となる事は、確かだった。

●地下突入
 地下は一本道が続いていた。
 最初のうちは埃とカビの臭いが強かったが、徐々に道が開けるにつれて気にならなくなった。出来る限り音を立てないよう移動するが、そんな芸当が出来るのは羽鳥くらいのものだっただろう。それでも極力音を立てないよう、注意を払いながら彼らは道を進んだ。
 ジルはアニエスに借りたパラのマントを身につけている。子供が見つかったとき、それを使って姿を隠し近付く為だ。
 音がする度サウンドワードでレティシアが相手を見極めるが、それの正体は鼠ばかり。本当にこの先には何も無いのではないかと誰もが思い始めた頃。僅かな灯りが前方に見えた。
 一行は身を低くし、ゆっくり歩き始めた。だがすぐに、灯りがまったく動かない事に気付く。どうやら灯りは道の脇から漏れているようだ。
「‥‥いない?」
 充分警戒して、彼らは壁に取り付けてある扉を開いた。鉄の扉はギギギと音を立てて開くが、中に居たのは。
「ミミ‥‥」
 古くて壊れかけたベッドの上に、1人の少女が眠っていた。呼ばれて目を覚まし、皆を見回す。
「魔法にかかっている‥‥という事は無いみたいね」
「ジル‥‥。この人達は?」
「冒険者。助けにきたんだからな、俺達」
「冒険者さん。‥‥もう1人、女の子がいるんです!」
「コリルさんですね?」
 アニエスが彼女に近付き、強い眼差しで見つめた。
「はい。連れて行かれてしまったんです!」

●森の中
 一本道は、しばらく進むと外に出る扉へと繋がっていた。注意を払ってそこを開くが、出た場所は‥‥。
「外‥‥?」
 森の中だった。しかも地面にある扉以外、辺りには何も無い。空を仰ぐといつの間にか辺りは暗くなっていて、後しばらくすれば星も見えるだろうという時間だった。
「光が見えるわね」
 だが、森の奥に。僅かな光が見えた。
「バード達は、こちらの扉から出入りしたのかもしれません。そうすると、あの光の場所に彼らが居る可能性が高いです」
 アニエスの言葉に、皆も頷く。とにかく、この場所から離れる必要があった。だが光の方角から目を逸らすわけにも行かない。どちらで敵と鉢合わせしても、夜戦うのは不利だと彼らは考えていた。
 翌日。
 交替で警戒しながら夜を過ごした彼らの前では、とりあえず動きは無かったように思えた。
「いるな‥‥。どうする?」
 コリルの衣類を、アニエスが前もってパリで家族から借りていた。それを羽鳥の愛犬に嗅がせた所。
「屋敷とはね‥‥」
 スズカが感心したように呟く。森の中には古いながらも使われているらしい細い道。そしてその先に古い屋敷が建っていた。コリルは間違いなくその中に居る。
「さて、ここが最終決戦場かしら? 人間の屑には、腕の1本や2本や3本は覚悟してもらわないといけないわね」
「スズカさん、1本多いです‥‥」
「見張りは‥‥バードではないみたい」
 サウンドワードで、聞こえた声を解読する。どうやら見張り同士が話しているようだ。彼らはゆっくり近付いたが、入り口に屈強な兵士のような男が2人、立っていた。裏手にも回ってみたが、そこにも見張りがいる上に窓が高い場所にあって、素早く全員が入るのは不可能だと思われた。
 3人のバードにはまだ一度も会っていない。ならば中にいる可能性が高いだろう。その上ここに兵士が居るという事は、中にもいるかもしれない。そうすると見張りに異変があると気付かれては困るわけで。
「1人はスリープで眠らせるとして、あと1人はどうする?」
 レティシアのファンタズムも、羽鳥の空蝉の術も、相手までの距離が近すぎて発動までにばれてしまうだろう。
「1人は、声を出す前に気絶させるしか無いですね」
 アニエスの言葉に、皆は頷いて即座に行動を開始した。1人がアリスティドのスリープで眠ったと同時に、スズカがチャージングでもう1人に詰め寄る。同時に双樹が飛び出して相手の口を押さえる。もがく敵に再度スリープを唱え、彼らは眠りについた見張りを跨いで扉を開いた。

●敵は
「2階だ」
 羽鳥が緩やかに繋がっている階段を見上げる。彼らは急いで階段を上がった。ジルやミミも一緒に行動している為危険性は高いが、最早どこかに置いていく事は出来ない。
「2人‥‥」
 階段を上がったところで、部屋の前に2人の男が立っているのが見えた。格好を見ればすぐに分かる。バードだ。
「双樹さん、行くわよ」
「はい!」
 狭い廊下を再びスズカ&双樹コンビが突撃した。慌てて楽器を構えるバードの1人に、鮮やかなチャージングが決まる。その後ろから跳ぶように羽鳥がもう1人の懐に飛び込んで。
「うりゃ」
 スタンアタックで相手を気絶させ、素早く楽器を奪い取った。
 気絶しなかったほうには、アニエスの月桂樹の木剣が2本飛んできた。3人も相手にしては魔法など唱えられようはずもなく。たちまち捕らえられてロープで巻かれ、床に放られた。
「気付かれたわ」
 だが。室内から聞こえた音に魔法を使ったレティシアが、皆に注意を促した。彼らは息を潜めて一気に扉を開け、室内の光景を見る。
 中には女が1人、男が2人居た。1人は楽器を持っていて、それを奏で始める。とっさにレティシアがその音楽をメロディと判断し、逆効果のメロディを歌うが。
「レティシア?!」
 彼女の歌声は、やがて人の声とは遠く離れた、高音でありながら可憐な鳴き声へと変化した。
「ふふ‥‥バードの声は特別ね」
 それは、レティシアだけではなかった。羽鳥も、アニエスも、室内に入って僅かの時間の間に、変貌してしまったのだ。変わらなかった3人は、呆然と3羽の小鳥を見つめた。
「黒と金‥‥あなた達も飼おうかしらね」
「7羽同時に、でございますか?」
 女の側に居た男が尋ねる。落ち着いた金の髪が光を反射した。
「飼うのは1羽でいいわ。後は魂を取っておいてちょうだい」
 女は立ち上がってベッドへ近付く。バードのメロディは続いていた。スズカと双樹はその効果を受けて動けず、レジストメンタルを自分にかけて居たアリスティドは、近付いてきた金髪の男を見つめ、僅かに口を動かした。
「貴方は‥‥」
 それを聞いた男の動きが一瞬止まり、彼は女へと振り返る。
「主よ。魂を引き出すのでしたら、この者達を一度人の姿にお戻し下さい」
「そうね」
 女が答えた瞬間、小鳥は3人の人間に戻った。だがバードの歌は続いている。打つ手が無いかと思われたその時。
「デビルよ。俺が相手をしよう」
 彼らの間を、黒い影が風のように抜けて行った。初撃を女はかわしたが、素早く窓へ近寄り外へと飛んで行く。金髪の男も、後から入ってきた者達に対してバードを盾にし、女とは別の方向の窓で何かを唱えてからやはり外へと飛んで行ってしまった。
「大丈夫か?」
 鳥から人になった女性陣が慌てて衣類を直すのから目を逸らし、男が皆へと振り返る。
 そして彼は自らの名を名乗った。ブランシュ騎士団黒分隊長その人の名を。

●帰還
 黒橙分隊の混合隊は、子供達を連れて湖へと戻って行った。何でも合同演習中にパリで事件を聞き、やって来たらしい。コリルはベッドで眠っていたが、特に何か魔法をかけられた様子は無く。
「良かったですね‥‥。信じて良かったです」
 きょとんとした表情でアニエスに抱き締められていた。
 その後、彼らは屋敷内の調査を開始した。裏には馬車が置いてあり、コリルが着ていた服もそこにあった。他にも女物の装飾品が同じ部屋から見つかり、アリスティドが皆にそれを分ける。黒分隊長ラルフは、必要無いなら城に届けておいてくれと皆に告げた。
「石の中の蝶は反応しませんでした。何故、デビルだと‥‥?」
「あのような奇怪な魔法を使う人間は居ないだろう」
 アリスティドの問いに、ラルフはそう答える。彼も頷いて自分が手にした水晶のティアラを見つめた。
「それにしても‥‥恐かったわね」
「びっくりしました。あんな事があるんですね‥‥」
 結局室内に居たバードは盾となった時に死に、2人のバードは尋問されたが何も知らないを繰り返した。死んだバードが中心となって『麗しの主』の為に人を集めていたらしい。目的は分からないが、主の為ならば何でもするのが彼らの方針のようだった。勿論冒険者達はその『主』をもう目撃しているが。
「鳥になったら無力だよなぁ‥‥。でも、みんな無事で良かったな!」
「もっと、自分を精神的に鍛えなくてはいけませんね」
「そうね‥‥。油断もあったのかも」
 小鳥になった3人も思いを述べながら屋敷を後にする。
「‥‥どうすれば、倒せるかな」
「あのデビルを倒すつもり?」
 アリスティドの呟きに、レティシアが眉をひそめた。
「正面から挑んでも、倒せないと思うけど」
「そうだね」
 だが、だからと言って放置するわけには行かないのだろう。

 時として、風はあらぬ方向から吹いてくる。
 裏の無い偶然が、この世にどれだけあると言うのだろうか。