蟲笛奪還

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月26日〜05月31日

リプレイ公開日:2007年06月04日

●オープニング

 どこかで、水滴が落ちる音がする。
 不規則に、ゆっくりと、静寂が包む世界を嘲笑うかのように。
「‥‥」
 微かに、呻くような声が音に混ざって聞こえた。弱弱しく、ほとんど吐息だけに近い。それは、光の届かない空間の中に置き去りにされた、死せる物のようだ。無論死人が呼吸をする事はないが、この光満ちる世界の中から捨てられた、暗部のようだ。
「‥‥まだ生きているようだな」
 不意に闇の中、光が差した。小さな蝋燭が、どこからか流れる風に揺らめく。
「さすが一般人とは違う。しぶとい事だ」
「いかが致します?」
「さて‥‥」
 そこは、石壁に囲まれた小さな部屋になっていた。ひんやりとした空気の中、2人の男が静かに見下ろしている。
「餌にするのが妥当か‥‥」
「主は何と?」
「ご協力して差し上げろと」
「成程」
 含み笑いが漏れた。そして、丈夫な鉄の椅子に座っている男の脚を、軽く蹴り飛ばした。
「では、餌と致しましょう。我らが王。そして、王がお仕えする、あの御方の為に」
「ノルマンに、幸あれ」
 低い笑い声が辺りを不気味に埋める。蹴られた男は身動きひとつせず、首を垂れたまま薄い息を吐いた。

「失礼、ラルフ殿。分隊員は2、3置いていく。大事な演習だが後を任せても構わないだろうか?」
「了解した。預言の変異ならば急がれた方がよい」
「すまない」
 長い黒髪が揺れた。騎士の略装に白いマントを纏った女性は、それを翻し足早に歩き始める。後方では、黒分隊長ラルフと分隊員達が、何事も無かったかのように演習を続けていた。それよりも手前で、橙の留め金をつけた3人の騎士達が黙って敬礼をしている。
「それで、場所はどこだ」
「マルヌ川です。シャトーティエリー領、パーヴァント。小さな村ですが近くの森に古城が有る古い場所です」
「そうか。あの辺りは古い建造物が多かったな」
 素早く女性に歩調を合わせながら、両脇に男が2人並んだ。
「いかが致しますか。我々が参り、様子を確かめましょうか」
「いや、蟲笛については全面的に我らに任されている。早急に奪還し、不明となっている者達を救出せねばならない。‥‥今、パリ及び近郊で使える者は何人いる?」
「7名ほどかと。赤鷲騎士団からは20名ほど。地域の神聖騎士団『白の紋章』は、独自調査中だとの事ですが」
「ガストン。白の紋章副団長殿に、至急連絡を。最低でも10名は借り受けたい」
「承知致しました。独自に不明者の行方を掴んでいるかもしれません。その辺りも含めて」
「テオドール。赤鷲騎士団と共に来い。私は先に行く。フィルマン」
 呼ばれた男は、慌てて馬を用意している従者達の傍にいた。
「冒険者ギルドに連絡を。城にも」
「お言葉ですが分隊長。相手は、白の紋章でも名うての神聖騎士殿を川に投げ捨てた輩。しかもその時、団長殿も含めて6名で行動していた筈。私も共に参ります。充分なご用意を」
「充分過ぎるほど待った。準備も万全に整えてあるはずだ。これ以上、時間を無駄にするつもりは無い」
「罠かもしれません」
「分かっている。だが、飛び込まねば見えて来ない」
 鞍の用意された馬に飛び乗ると、彼女はそのまま走り去って行ってしまった。
「まったく‥‥。何でもう少し待てないかな、あの人は‥‥」
 後に残されたフィルマンは、軽く首を振ってから馬に乗り、周囲の分隊員達に指示を出してから命令された場所へと馬を走らせた。

 蟲笛。
 遠い昔、リブラ村にやってきた害虫の群れを追い払ったと言われている、銀製の筒のようなものの事だ。長さは片手の手の平に載る位。端には紐がついている。それがデビルによって盗まれ、2月の『虫の大量発生、襲撃』の際に利用されたのではないかというのが国の見解だ。ただ、あまりに古い物の為、使用方法は残されていない。もしも再度同じ事が起こっても、蟲笛が手元にあったとしても、デビルが使うように虫を操る事は出来ないのではないかとも言われている。
 ノルマンを襲い続ける『預言』という名の災厄の中で、阻止はしたものの解決されていない問題は幾つかある。この蟲笛もそのひとつだ。未だどこにあるのか行方が知れない。
 もしも今後、再びノルマンの空を無数の黒い影が埋める事になれば。そう。彼らは懸念している。預言が伝える最後の日。その日に合わせてデビルがそれを使わない保証などない。もしもパリに来るともなれば、被害は甚大だ。
 よって、蟲笛奪還はそれまでに達成しなければならない責務と言えた。

「えぇ。パーヴァントでは確かに最近虫が多いようだと。畑の若芽が食われて困るという報告がありましたが、まさか本当にあの村に蟲笛が‥‥?」
「神聖騎士が6人、行方が知れなくなっている。内1人は、あの村に流れ着いた。死体の損傷から言っても、比較的近い場所から投げられている。虫が大量に襲い掛かって来たら困るから、冒険者の力を借りたい。そういう事だ」
 冒険者ギルドで、ギルド員とフィルマンが話をしていた。
「探索範囲も狭いとは言えない。他の者達の安否も気がかりだ。もうすぐ『聖霊降臨祭』もあるし、それまでにはカタをつけたいな」
「では、早急に冒険者を集めましょう」
「舟と馬車は用意した。川を上るか、陸を行くか。どちらでも構わない。我々は先に行くから集まり次第来て欲しいと伝えてくれ」
 足早に騎士が去って行く。それを見送ってから、ギルド員はふと外を眺めた。
「‥‥無事に、終わればいいんだが‥‥」
 預言の影が見える度に、いつも心の片隅で不安が立ち昇る。だがその不安こそが敵の思う壷なのかもしれない。
 人の心は、いつまでも続く不安に耐える事が出来ないのではないか。そして耐える事が出来なくなった時、人はどうするのだろうか?

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea2554 ファイゼル・ヴァッファー(30歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3781 アレックス・ミンツ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5413 シャルウィード・ハミルトン(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

ラファエル・クアルト(ea8898)/ ウェンペ(ec0548

●リプレイ本文

●団結
 パーヴァント村には幾つものテントが張られていた。この小さな村にやって来た騎士達と冒険者の数は45名。彼ら全員が泊まれる家など無い。その一角で、ミカエル・テルセーロ(ea1674)が話をしていた。
「多数の場の探索を分担して同時進行で行わなければ、救出速度にも難が出るでしょう。当たりの場所に潜む相手は数の暴力である可能性も高いです」
「神聖騎士団の6人編成チームが敗れたならば、それに備える必要があるだろう。幸い行動する人数は揃っている。ならば、編成もベストの選択をするべきだ」
 少し離れた所で天幕を支える柱に寄りかかっていたナノック・リバーシブル(eb3979)も口を挟んだ。彼らが説得を試みているのは神聖騎士団『白の紋章』。ハーフエルフに優しいとは言えない集団だ。テッド・クラウス(ea8988)は必要な時以外は接触しないようにし、耳を隠して行動している。ナノックもそれに倣って頭からフードを被っていた。
「もし敵が2月の預言の時に出た蟲うじゃうじゃだったら、エライ目に遭うだろ〜な〜。9人だけじゃ倒せないんじゃないかな〜」
「いいだろう」
 ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)の脅しに嫌な顔をした神聖騎士の1人が、低く応じる。
「橙分隊長がお前達の作戦を許可したならば仕方あるまい。我々も仲間の救出及び蟲笛奪還を最優先にすべきだと考える」

「齧られた跡がいっぱいですね〜」
 村では皆が探索及び村防衛の準備を行っていた。大勢が動く為には念入りな準備が必要だ。冒険者だけの時のように迅速に動く事は出来ない。しかも個人行動は非常に危険だ。そんなわけでエーディット・ブラウン(eb1460)が見ているのは、村のすぐ外にある畑だった。近くではアレックス・ミンツ(eb3781)が騎士達と一緒に運んできた木と石を柵にする為に積んでいる。
「小さい虫みたいですけど‥‥数は結構いるみたいですね〜」
「遠くにも畑はあるようだ。後で見に行かないとな」
 アレックスの言葉にエーディットも頷いた。

「虫を操る‥‥そんな事の出来る笛があるとは知りませんでした」
「厄介だよなぁ。でも今回は、預言で騎士団が狙われてるって噂もあるしな。まさか分隊長になってるとは思わなかったが」
「? お知り合いですか?」
 教会の扉を開きながら、メグレズ・ファウンテン(eb5451)はシャルウィード・ハミルトン(eb5413)に振り返った。
「いいや。復興戦争の時、よく名前を聞いたんだよ。イヴェット・オッフェンバーク。どんなゴツイ奴かと思っていたが」
 まぁ背は高いけどなと言いながら、シャルウィードはメグレズを見上げる。高いと言ってもジャイアントのメグレズより背の高い者など人間には居ないだろうが。
「この人ですね」
 教会内の奥に、その遺体は保管されていた。時期的に腐食具合は控え目だが、そろそろ埋葬してあげるべき状況である。軽く一礼して、メグレズは遺体にデッドコマンドを使用した。
「‥‥どうだ?」
「死亡原因が刺し傷なのは間違いないようですけれど、実際は餓死寸前だったようですね。『水』と。『水が欲しい』と」
「つらいな、それは」
 遺体には縄か鎖で縛られたような痕がある。騎士団も分かっていて罠に飛び込んでいるのだと言っていた。この遺体は『餌』なのだ。彼らが食いつく為の。

●古壁
 準備が整い、彼らは4班に分かれて行動を開始した。
 川を中心に探索する1班、東の古城中心に探索する2班、北の古塔と北西の廃村を探索する3班、村に残り、村周辺の探索をする4班。
「そう言えば、リブラ村にも古い城壁があったな。古城や城壁に纏わる伝承やらは聞いたことが無いか?」
 ナノックはアイギスに乗って地上を移動する班の者達から離れないよう索敵や調査を行っていたが、古壁までは特に何事も起こらなかった。
 城壁には古い文字が刻まれているが、古代魔法語を変えた文字のようにも思える。だが念入りに見て回る内にミカエルは崩れた瓦礫の中に文字を見つけた。
「この紋章に覚えがありませんか?」
 その言葉に近くに居た神聖騎士が顔色を変える。
「白き鷹と棒杖。我らの象徴だ。‥‥若木が5本。ここまでは6人で行動していたようだ」
 その若木の絵は横倒しになっており、それが指す先に古城が見える。
「ナノックさん。パーヴァントで聞いた伝承なんですけれど、かつてこの辺りには『地下帝国』があったそうなんです。彼らは地上も自分の物とする為に、ここに城と城壁、塔を築いたと」
「『帝国』は野望を達成出来たのか?」
「それは‥‥この有り様ですからね」

●廃村
 ファイゼルとメグレズは、数年前に全滅したという廃村に来ていた。
「‥‥死体です」
 必要があればデッドコマンドを使おうと思っていたメグレズだった。だが見つけた死体は新しい。
「‥‥何でオークが死んでるんだ?」
「アンデッドです」
 デッドコマンドで読み取り、メグレズは辺りを見回す。死体は幾つも転がっていた。
「村人がアンデッドになったのか? 悲惨だな」
「気をつけて! まだ居ます!」
 デティクトアンデットで小屋の陰に潜んでいる事を察知したメグレズが叫び、皆は武器を構えた。

●兆候
「崖がありますね」
 川の上流。テッドとシャルウィードは川岸を歩きながら辺りを探索していた。
「罠張るならこの辺りだろうな。油断するなよ」
 ペットの能力も駆使しながらの探索だ。恐らくその崖から遺体を落としたのだろうと見当を付けつつ、シャルウィードは遠くを眺めた。
「城が見えるな‥‥。結構近い」
「古城が当たりでしょうか。でも、それ自体が罠かもしれませんね。それに、もしも蟲が集められているとするならば、洞窟などの閉ざされた空間である可能性も高いと思います」
 テッドには懸念がある。蟲笛がデビルによって改造されているのではないかと。ただ蟲を操るだけではなく、何かしらの付加能力があるのではないかと。
「洞窟だ」
 川から北の方角にそれはあった。
「入りましょう」
 先の見えない暗闇を覗き込み、テッドはランタンを手にした。

●気配
「雨が降りそうですね〜」
 炊き出し用の鍋を手に、エーディットが空を見上げた。
「雨が降れば蟲の動きは鈍る。敵の気配が読みづらいという欠点もあるが」
 よろめきながら鍋を置こうとする彼女を手助けしつつ、イヴェットが口を開いた。
「遠くの畑のほうが、酷い状態だったな。でも食い荒らされていると言うよりは、本当に通りすがりと言った感じだった」
 他の騎士達も近くに腰を下ろす中、アレックスは見てきた状況を述べる。だが片手には何故か小さな鍋を持っていた。
「その鍋に入れて食べるですか〜?」
「いや、これは村人に頼まれた。この村には鍛冶師は居ないのか? どの家の道具も酷いものだ」
 鍛冶師として気になるのだろう。彼の言葉にイヴェットは笑みを浮かべた。
「どこかに良い鍛冶師が居ないか、パリに戻ったら聞いてみるとしよう。尤も、貴方のほうが腕は立つかもしれないが」
 本日の食事当番はエーディットともう1人の騎士だ。彼女作の料理のお味は秘密である。
「分隊長殿。もしも時間があったら、訓練の相手をさせてもらえないだろうか」
「そうだな‥‥。丁度、この剣の手入れをしてくれる者を探していた。見てくれるか?」
 言われてアレックスは剣を受け取った。よく手入れされた逸品である。
「良い剣だ」
「ありがとう。では、食事の後に訓練を始めようか」

●古塔
 廃村でアンデットを撃退した3班は、古塔に来ていた。入り口らしい鉄の扉は堅く閉ざされ、小さな窓がある場所は高い。
「‥‥不死者の類はいないようですね」
 デティクトアンデットで中の様子を探る。不死者は居ないが、別の生物がいるような音が中から聞こえていた。
 メグレズは到底無理だが、ファイゼルならば窓から入れるだろう。ファイゼルはメグレズの肩から窓へと飛び乗った。
「暗いな‥‥」
 下からたいまつを受け取って中を見下ろす。瞬間、殺気を感じて彼はたいまつを中へと落とした。
「うわあっ」
 石壁の窓の中で槍を構える事は不可能だ。だが、とっさに下から跳んできた何かを狭い空間でかわせるのは彼くらいだろう。そのまま外に落ちてしまったが。
「何が居ました?」
 かろうじて地面に激突する所をメグレズが支える。その時、不意に鉄の扉を中から叩く音がした。
「‥‥モンスターがうじゃうじゃ」
「うじゃうじゃ‥‥」
「『かつて何かを閉じ込めていたという噂の塔』だったよな。冗談じゃねぇぞ。『今もたくさん閉じ込めてる塔』だ。こいつらが出てきたら‥‥」
「私達だけでは倒せませんか?」
 メグレズの問いにファイゼルは首を振る。
「村に連絡しようぜ。あの鉄扉の錠前、どう見ても新しい。あいつらが捕まったのは最近だ」
「‥‥村に来ると思いますか?」
「来ないと思うか?」

●古城
「円陣形だ。死角を補え」
 ナノックの指示で素早く皆は円を組んだ。
 城内の広間だった。ミカエルの前では火柱が立って蟲を焼き尽くす。
 バイブレーションセンサーを使って城壁でも古城の外でも生命体が居ないか探していたミカエルだったが、頻繁に使える魔法でもない。蟲の襲撃を知った時には避けられる距離ではなかった。
 ナノックの霊剣が鈍い光を放って蟲を両断した。大小様々な蟲が、彼らの周囲を取り囲み襲ってくる。
「どこかに操っている者がいるはずです!」
 城内に出たという事は、敵は近くに居るということだろう。ナノックはアイギスに乗って上方へと飛んだ。高い天井の所々は壊れ外が見える。蟲を次々と斬り落としながら、ナノックは壊れた場所から外に出た。屋根に人が立っているのを見たからだ。
「デビルではないか‥‥」
 石の中の蝶に反応は無い。だがそんな所に全うな人間が立っているはずもない。ふわりと浮かんだ相手に、ナノックはチャージングで詰め寄った。

 蟲の大群はかなり数を減らした所で、急に通路へと飛び去って行った。
「‥‥罠でしょうね」
 後を追えば恐らく大変な事になるに違いない。ミカエルは魔法を唱えた。
「蟲とは別の通路にも敵はいますね。こちらに向かって来ています」
 その時、天井を仰いだミカエルの視界に白い姿が映った。アイギスだ。
「ご無事ですか?!」
 勢いよく下りてきたその背に乗っていたナノックは、1人の男を床に放った。
「デビル魔法を使って来た。デビノマニでは無いだろうが」
 瀕死に近い男を念入りにロープで縛り直す。衣服を漁って怪しい物も全て取り上げたが銀製の筒は見つからない。
「敵だ!」
 騎士の1人が叫び、皆は武器を構えた。

●襲撃
「皆さんは絶対に家から出ては駄目ですよ〜」
 エーディットが外に出ている村人達に声をかけて回る。アレックスは武器を持って村の外に出、北を眺めた。
「途中で食い止められる分は食い止めると言っても‥‥」
 夜は近い。少し前にファイゼルがペガサスに乗って急を知らせてきた。塔に閉じ込められていたモンスターが扉を破壊して外に出たと。伝えるとそのまま戻って行ったが、彼らだけで何とかなるなら知らせに来ることは無かっただろう。
「来たですね〜‥‥」
 目の良いエーディットが傍に来て、森の中を見つめた。遠くから吼えるような声も聞こえてくる。
「あいつらが全滅していないことを祈ろう」
 先陣を切って、オーガが森から出て来た。次いで、オーク、ゴブリン、バグベア‥‥統制に欠いた動きではあったが、明らかに村を目指している。
「不利になったら一旦ミストフィールドをかけるですよ〜。頑張ってくださいです〜」
 敵へと走って行く味方の背に声をかけながら、エーディットも魔法を撃つべく敵を見つめた。

●救出
 満身創痍とはこの事だろう。
 ポーションは既に尽き、神聖騎士達はリカバーを唱える余力も無い。数え切れないほどの倒した死体の山の中には捕らえられた神聖騎士達の無残な姿もあったが、ただ1人、団長だけは見当たらなかった。死後も操られて攻撃してきたかつての仲間に神聖騎士達は憤りをあらわにしていたが、今は座り込んでしまっている。
「今から引き返して立て直す余力があると思うか」
 誰もが無傷では無かった。ナノックの問いにミカエルは小さく首を振る。
「蟲が‥‥来ました」
 敵が来て立ち上がる。死人が出るかと覚悟した瞬間、明後日の方向から声が飛んできた。
「あちらへ!」
 不意に蟲の動きが揺れ、たいまつの方向へと一部が飛んで行く。その先にテッドの姿があった。
「地下がこっちにある! 急げ!」
 近付いてきたのはシャルウィードだ。突然の援軍に、皆は奮い立って導かれるまま地下へと避難した。
「洞窟に蛹や幼虫を飼ってる場所があった。数は少なかったけどな。焼き払っては来たが、その洞窟がここの地下と繋がっていたんだ」
「地下に居た敵は倒しました。ただ、蟲笛は‥‥」
「蟲はまだ動いています。どこかに操っている敵が」
 彼らは地下を隈なく探し回り、隠された通路を発見した。そしてその最奥に古い牢を見つける。
「団長!」
 神聖騎士の1人が駆け寄った瞬間、その体が血に染まった。両壁から突如出て来た槍に、体を貫かれたのである。
「お探し物はこれですか?」
 椅子に座った団長の後ろに立っていた闇色のフードを被った男が、彼らに銀色の筒を見せた。
「でも残念ながら、貴方がたにはここで団長と共に死んでもらいましょう。村に残っているブランシュ騎士団共々ね」
「盾を!」
 意図を感じてテッドが叫ぶ。冒険者達は誰も盾を持っていなかった。しかし騎士達が素早く彼らの脇に立って盾を構える。直後、他の壁からも槍が突き出て彼らに襲い掛かった。騎士達が盾で止めている間に冒険者達が槍を武器で折って行く。だがミカエルの目は牢を見ていた。男が、紐に火を点けている姿を。
「盾を連れて行け!」
 飛び出そうとしたミカエルを引っ張り、その前にシャルウィードが飛び出した。2人は牢の中に入り、シャルウィードが男に斬りかかっている隙に、ミカエルは団長を包み込もうとしている火を操って男にぶつけた。逃げようとしていた男は慌てて火を消そうと転がりまわったが、そこにシャルウィードの渾身を込めた一撃が突き刺さった。
「しっかり捕まってください」
 テッドが団長を背負ったが、引き摺ってしまうのでナノックが手を貸す。牢を閉じて外に出たところで、再度ミカエルはマグナブローを唱えた。牢中を埋め尽くす炎の中、男はやがて動かなくなった。

 村の周囲も、モンスターの死体が埋め尽くしていた。
「皆、無事か?」
 誰かの問いにぱらぱらと手が上がる。
「帰ったら宴会だな‥‥」
 誰かの呟きに笑いが漏れた。
 結局牢前で死んだ者以外、死者が出ることは無かった。牢内に居た男の死体から蟲笛らしき物を手に入れる事も、団長の救出も出来た。騎士団が持参したポーションは全て使い尽くし、疲労困憊で皆は地面に倒れこんでいたけれども。
 彼らは、勝ったのだ。