【繊細な指】司教守護

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 64 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月28日〜06月01日

リプレイ公開日:2007年06月07日

●オープニング

 パリには教会が幾つかある。
「忙しい事でございますねぇ。年に数度ある事とは言え、今回はいつに無く慌しい気が致します」
 その中のひとつ。唯一王城の敷地内に存在する教会の控えの間で、神官の1人が口を開いた。数枚の仕立て上がった衣類を両手で持つ彼の後方では、様々な装飾品などを盆に載せて控える者達もいる。
「司教様。やはりこちらのお召し物が宜しゅうございますか?」
「いや、これで良い」
 そう答えた男が身に纏う高位聖職者用の正装は、そのあつらえ方は如何なものかと思わず問いただしたくなってしまうほど、華美な物だった。
「年季を感じさせない、ご立派なお召し物でございます。わたくしも長年お仕え致しておりますが、このように燦然と輝く儀礼衣に袖をお通しになられたのは、初めての事でございますね」
「最近、騎士団の者が襲撃されたようだな。知っておるか」
 不意に話を変えられて、神官は一瞬怪訝そうな表情をした。だがすぐに頷いて、手にしていた衣類を片付け始める。
「そのような話は多少は。ですが、騎士団は国の盾であり剣でございます。時にはそのような事もございましょう」
「だがブランシュ騎士団に属する者が敗れたとあっては、ノルマンの威信にも関わろう」
「負けたのですか?」
 僅かに面白そうな笑みを浮かべ、神官が問うた。
「敗れはすまい。だが、敵も諦めんだろう」
 目にも眩しい衣装から質素な衣類に着替えつつ、司教は呟く。
「神の御前で斯様な凶行、赦されまい」

 聖霊降臨祭。
 その日に向けて慌しく動き回っているのは、専ら城内とそれに関わる人々だけだっただろう。だが預言がこの日を指しているのではないか、という噂はちらほら立っている。それもあってか冒険者ギルド内も何かと多忙のようであった。
「護衛でございますか? はい、それは勿論結構ですが‥‥」
 ギルド員は及び腰で訪問者達を見つめる。
 受付に並ぶのは、神聖騎士が3人。それも見るからに地位の高そうな。
「えぇと‥‥どなたの‥‥。は? しきょ‥‥」
 思わず高音でその地位名を言いかけて、静かにと冷たく注意される。
「我々だけでお護り出来ればとは思うが、少々人手も足りん。準備期間も無いが、早急に冒険者を集めてくれたまえ」
「は‥‥」
「護衛だけでは無く、様々に手伝ってもらうこともあるだろう。では頼んだぞ」
 訪問者達は、がしゃがしゃ鎧の音を奏でながら去って行った。
 それを見送った後、後に残された革袋の中を覗いたギルド員は。
「‥‥」
 何とも言えない表情になって、依頼書を書き始めた。
 そこには、到底彼らが望むような高レベルの冒険者を雇えるだけの金貨は、入っていなかったのである。

●今回の参加者

 ea2113 セシル・ディフィール(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea8407 神楽 鈴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec0938 レヨン・ジュイエ(29歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ec1997 アフリディ・イントレピッド(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2472 ジュエル・ランド(16歳・♀・バード・シフール・フランク王国)

●リプレイ本文

 荘厳なる鐘の音が鳴り響く。皆がそれを見上げる中、レヨン・ジュイエ(ec0938)は静かに祈りを捧げた。
「お前達が護衛だと‥‥?」
 教会にやって来た冒険者達を見て、神聖騎士の1人が厳しい表情を見せる。
「セシル・ディフィール(ea2113)と申します。宜しくお願い致します」
 それへにこと微笑み、女性らしい仕草で彼女はお辞儀をした。
「南イングランドのアフリディ・イントレピッド(ec1997)と申します。お気軽にエフと呼んで下されば幸いです」
「‥‥ふん、イギリス人か」
「いけませんか? 神聖騎士様」
「まぁいいだろう。冒険者が多様な国から来ている事は分かっている」
 神楽鈴(ea8407)とジュエル・ランド(ec2472)も挨拶をしたが、神聖騎士はあまり興味が無いようだった。
「未熟者ではございますが、聖なる儀式を汚すことのないよう心を込めてあたります。聖なる母のお導きと、ご加護がありますよう」
「うむ。些か心もとないが仕方あるまい。頼んだぞ」
 レヨンにはそう言い残し、神聖騎士は去っていった。

「なんかむかつくわ〜‥‥。あの態度は無いんと違う?」
「まぁ仕方ないんじゃない? 城の教会の司教に仕える神聖騎士だし」
 ジュエルの怒りをなだめながら、鈴は辺りを見回す。
「ふぅ‥‥言葉遣いに気を使うのは肩が凝るな。とりあえず雑用はまだ言われてないようだが、何から始める?」
 軽く肩を回して、アフリディも同じように周囲を見渡した。教会内はそれなりにばたばたしている。
「まずは教会内外の地図と警備予定表が要るやろね。連絡が速やかに伝わらんと話にならんから、把握しとかんと」
「有事の際、出来る限りミサを妨げずに対処できるよう、警護の方にも伝わるサインを予め決める必要もありますね」
「レヨン殿の提案も尤もだな。神聖騎士様も含めて話し合いをしようか」
「地図は写しを作るしか無いでしょうね。使えないようなボロ布か‥‥木板を探して描きましょう」
 セシルも話しながら、ちらとレヨンを見た。地図の原版を貸し出すなどとんでも無い話だ。写しを取る事さえ本来ならば許されない。だが同じノルマン聖職者のレヨンならば閲覧できるかもしれなかった。地図が無ければ仕事にならないと文句を言っても詮無い事である。
 とりあえず彼らは事前に出来る事を準備する為、行動を開始した。

「‥‥」
 地図の写しとしてレヨンが描いてきた物は、良い出来とは到底言えないシロモノだった。
「申し訳ありません‥‥。私は、絵は‥‥。いえ、これは私の力の無さが原因です。弁解の余地もない」
「いびつだね〜」
「も、申し訳ありません‥‥」
「あたいが描き直そうか。通路の配置が間違ってたら困るけど、合ってるなら見やすいように出来るよ」
「宜しくお願い致します」
 深々とお辞儀されながら、鈴は筆を手に取った。
「♪〜」
 鼻歌を歌いながら、さらさらと筆で地図を描いて行く。しかし筆で描く地図というのは、ペンを使うよりも大きくなりがちだ。
「あ。布足りなくなっちゃったよ」
「私も描きましょうか? それほど自信はありませんけれど」
 それを眺めながらセシルが横から声をかける。
「そうだね。何枚かあったほうが楽だろうし。ここの神聖騎士は内外の配置を把握してるだろうけど、ここに携わってない人達には分からないしね」
 そうして、世にもばらばらなサイズの地図が3枚出来上がった。

「雑用ですけど、警備当日はどうなってます?」
 一方ジュエルとアフリディは、神聖騎士達と話をしていた。
「当日に雑用をする必要が無いよう、今しているのだ」
「ならええんですけど」
「では、当日の警備を迅速かつ漏れなく行えるように、配置と時間を決めて行きませんか。それから、神聖騎士見習いのフリをしたいので、お仕着せがあると助かります」
「何故だ?」
「冒険者よりは教会内に居て自然な印象を受けると思うので」
 そうして2人は、必要事項を神聖騎士達と詰めて行った。
 最初は彼女達を見くびっていた神聖騎士達だったが、意外と適切な会話をするからだろうか。それとも細かい所まで気がつくからなのか。次第に高圧的な物言いも減っていった。
 2人は仲間の元に戻り、決めてきた当日の警備等を地図に書いて行く。聖堂内に入っても良いと言われたのはレヨンだけだったので、皆の警備場所は教会内とは言え聖堂の外になる。
「入り口はこことここ‥‥。窓は‥‥」
 雑事を行いながら皆は一通り教会内外を見回っていた。アフリディはミサの進路付近に不審物が無いかを注意していたし、レヨンは仲間内で自分しか入れないような禁域に入った時は、徹底的に不自然な点がないか確認していた。鈴はミサ当日に参加する一般人について心配していたが、聖堂内に入れるような一般人は居ない。特に、聖堂の外を警戒すればいいはずである。
「無いとは思いますが、事前に入り込んでいる可能性はありますよね‥‥」
 さり気なく気付かれないよう注意を払って、セシルは教会関係者の様子を窺っていた。レヨンは関係者を疑いたくは無かったが、関係者や信者を装い入り込む者がいるかもしれないと考える。
「日々のお勤めの中で注意しておきます」
「地図に描かれていないような入り口とかはありませんでした?」
「それは分かりませんが‥‥恐らくあったとしても、ほとんどの者は知らないでしょう。司教様ならばご存知かもしれませんが」

「今も街じゃ食う物に困った人達がたくさんいるんだぞ!」
「そうだ、そうだ!」
 聖霊降臨祭当日。
 突然教会の表扉を突き破るようにして、多数の人々が押し寄せてきた。
「こんな祭りをしても腹は膨れん!」
「外で農業祭やってるよ! 食べ物もらってきなよ!」
 入り口を押さえる警備兵達に混ざって、鈴も人々が教会内部になだれ込まないよう人を押していた。実際に料理を配っているかどうかまで彼女は知らないのだが。
「今、聖堂内は司教様だけ?」
「そのはずです」
「じゃあ、あたしも押してくる。聖堂に突入されたら大変だ。セシル殿は聖堂の前に」
 アフリディも扉へと向かう。
「あれが陽動やったらこっちがまずいわ。中、大丈夫やろか」
「聖堂内の窓は1箇所だけです。かなり高い所にありますし、外を見張っている人も居たはずですけれど‥‥」
 セシルはそっと扉に耳を当てたが、この騒ぎでは中の様子など聞き取れるはずも無かった。
「そろそろ陛下がお見えになるんじゃないかしら‥‥」
「それはまずいんと違う? 護衛は連れてるやろけど‥‥」
 扉の所では、まだ人々が兵士達と押し問答をしていた。これは当分帰りそうに無い。
「一般人を傷つけるわけにも行かないし‥‥と言うか、外である程度抑えてくれるんじゃなかったっけ?!」
 教会の外では、団長護衛の者達が農業祭を行っている。怪しい者達を追い返す役割も担っていると聞いていたのだが。
「一般人だからじゃないか?! 争っている間に本当の敵を逃すと困るからだろう!」
 鈴とアフリディは人々を宥めつつ押しやりつつを続けていた。だがこの中に、敵が混ざっていないとは限らない。注意を怠るわけには行かなかった。
「レヨンさん‥‥。何かあったら即避難誘導ですよ‥‥?」
 扉を眺めながらセシルは呟く。こちらから扉を開ける事は原則出来ない。中に居る者達の判断を信じるしかなかった。

 粛々とミサは続いていた。国王他重鎮達も参列し、定められた通りに進んで行く。
 レヨンは司教の準備を傍で手伝う事は許されなかったが、近くに控えて細かな手伝いを行いつつ不測の事態に備えていた。扉の外が多少騒がしい事には気付いていたが、ミサが中断するような騒ぎでも無い。
 ふと見上げると、ジュエルが扉の近くで飛んでいるのが見えた。警備の配置を交替したのだ。
 その間にもミサは続いている。厳粛な空気の中、言葉が発せられている。

「だ〜か〜ら〜! ノルマンとみんなの無事を祈ってるんだってば! 暢気に遊んでるわけじゃないんだよっ」
「聖霊が降りて後をつつが無く暮らせるようにする日なんだから、祈りなさい!」
 適当にあしらっていたのでは、いつまでも解決しない。扉の所で説得しつつも彼らの攻防は続いていた。
「ミサはもうすぐ終わりますね‥‥。終わる瞬間気を抜いてしまいがちですから、気をつけないと」
 近くに居る騎士に話しかけつつ、セシルは聖堂の扉を見つめる。
 その刹那、表の扉から悲鳴が聞こえてきた。振り返ると、人々が雪崩のように倒れてしまっている。
「鈴さん! アフリディさん!?」
 悲鳴はまだ続いていた。何かの拍子に誰かがバランスを崩して倒れたところを、他の誰かが押したに違いない。
「むぎゅ〜。死ぬ〜」
「皆さん、落ち着いて! 後ろの方からゆっくり体を起こしてください。慌てないで! 押してもだめです!」
 慌てて人々に指示を飛ばしながら、セシルは一瞬後ろを振り返った。この隙に、何かが起こっていないだろうか。不安が過ぎったが、目の前の人々を放っておくわけには行かない。
「大丈夫ですか? アフリディさん」
「ん〜‥‥。どこかやられたみたいだ‥‥骨折れてるかな‥‥。でも動ける」
「とりあえず離れて下さい。二次災害は困ります」
 人々の下敷きになりかけている鈴とアフリディを引き抜きつつ、他の人々にも声をかけて行く。
「いたた‥‥。もう駄目‥‥死にそ‥‥わっ!」
 よろめきつつ壁にもたれかかろうとしていた鈴は、人々の中から突然飛び出してきた男を反射的にかわして壁に背をぶつけた。
「セシル! そいつ止めて!」
「止まって!」
 叫んだものの、人も多い中で魔法は使えない。何か投げて気を引こうかと辺りを見回した時、ナイフを持って聖堂へ向かっていた男の動きが止まった。
「‥‥何たる暴挙‥‥。神聖な儀式を穢すつもりですか?」
 何時の間に聖堂を出てきたのか、そこにはコアギュレイトを唱えたレヨンが立っていた。

「こっちやこっち。ここに寝て。次の人はここに座って。あ〜、違う。その隣」
 教会内は怪我人でごった返していた。人々はすっかり意気消沈し、怪我をしなかった者達も大人しく引き下がって帰っている。
「いたいよ〜いたいよ〜」
「大げさやわ。ちょっとここ切ってるだけやないの」
 怪我が酷い者から順番にリカバーを唱えるクレリックや神聖騎士達に混ざって、ジュエルは忙しく飛びまわっていた。人々が順番に待てるように整理を促し、人々と会話をしているのである。
 セシルは怪我の軽い人達に応急処置をしてまわっていた。レヨンはリカバーフル稼働。中傷を負った鈴とアフリディは、早い段階でリカバーを受けて休息を取った後、やはり怪我人を運んだり後片付けをしたりしていた。
「結局、敵はこの怪我人達と1人で飛び出したマヌケな男だけやったの?」
「教会内では、そのようですね」
「でも暴動は怖いな」
 アフリディが外を眺めながら呟く。
「そうですね‥‥。こんな事がもっと大規模に町中で起こったら‥‥大変です」
 今回は死者が出る事は無かったけれども。
 皆は寝転がったり座ったりしている人々を見渡した。中にはここを守っていた兵士達も含まれている。
「‥‥こんなくらいじゃ済まないだろうね。たくさん死傷者が出るかも」
「避けなければいけませんね。そのような事態は、何としてでも」
 レヨンの強い言葉に皆は頷く。その為に彼らに出来る事が、必ずあるはずなのだ。