●リプレイ本文
かつてその領地はひとつだった。シャトーティルユ家が治める領地内で何か大事があったという記録は残されていない。
だが今この現状が在るのは、どこかに最初の原因があったからだ。どこが始まりだったのか、冒険者達はまだ知らない。
●パリ
「こほ‥‥酷い埃ね」
ポーラ・モンテクッコリ(eb6508)は棚の奥に眠っている羊皮紙を取り出し、蝋燭で照らし出した。
「シャトーティエリー領がラティールとドーマンとで3分割したのは、先代なのね。今、シャトーティエリー領の領主は病で伏せていて‥‥息子のミシェルが領主代行。弟のエミールは娯楽町レスローシェの長。2人の妹‥‥かしら。エリアが亡くなったのは1年前なのね。享年25。閉じ込められていたって話だけど‥‥いつからなのかしら」
大寺院の奥に閉じこもっての作業はなかなか大変だった。そこに残っている記録は、歴史の裏までは教えてくれない。
「やっぱり現地に行かないと分からないかしらね」
ポーラは呟き、文献を棚に片付けてついでに清掃も行ってから、その部屋を出た。
一方パネブ・センネフェル(ea8063)は、冒険者ギルドに篭って今までの報告書を読み返しつつ、エリアの暗殺について調査をしていた。だがこの事について詳しく記録されている資料は見当たらない。ギルドとしても、エリアが殺されて指輪が奪われていたという事実は冒険者から聞いた話であり。
「寝耳に水、というやつか。騎士団から調査の派遣がされていたとしても、これは‥‥」
秘密裏に行われた、という事だ。しかしパネブが直接騎士団に話を聞くわけには行かない。何せ彼は冒険者であると同時に泥棒を生業としているのだから。
パネブも現地に向かおうと決めた頃、ラテリカは教会を訪ねてボニファスについて聖職者達に尋ねようとしていた。
「『来る、奴らが来る、殺される、呪いだ、みんな死ぬ』‥‥怯えてるですね」
ボニファスは毎日その言葉を呟き叫んでいると言う。その為、教会の保護下にある家に閉じ込めているらしい。残念ながらその家の場所を教えてもらうことは出来ず、彼女はボニファスの言葉をポーラに伝える事にした。
●ドーマン
アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)、鳳双樹(eb8121)、セリア・バートウィッスル(ec0887)の3人娘は、ドーマン領グリー村に来ていた。ここに来る前にパリ郊外のシメオンの小屋を訪れて地図を借り、その後ドーマン領領主の村を訪れてもてなしを受けている。
「『助手になるなら地図を貸そう。載っていない場所に入ったらきちんと描くように』ですか。アーシャさん、地図は描けるのですか?」
「大丈夫ですよ〜。まかせて下さい」
地図を貸す条件の『助手』を了承したアーシャだった。
「アーシャ先輩。悪い人には会えたんですの?」
「ダメでした〜。悪魔崇拝者に会いたいなら教会の紹介状が要ると言われました。セザールを届けたのは私達なのに‥‥」
「レノアさんにお願いしたサンワードの結果はどうでしたの?」
「それは出ましたよ。双樹さんが現物を見ていてくれて良かったです〜。でも黒髪の女は1つに限定出来なくてダメでした。ローランは方角から言うと、ラティールかドーマンにいるみたいなんですけど‥‥」
「迷宮内でばったり会ったら怖いですね」
と言いながらも明るく3人は会話をしている。
今回グリー村に来たのは、地下迷宮の入り口が山賊拠点跡とグリー村にあり、前回とは違う入り口から入ろうという事になったからだった。しかし。
「変ですね」
村人の姿が見えない。かつてこの村であった事を思い出し、アーシャは不吉な予感に囚われる。
「まさか、又?!」
山へ向かって走り出そうとしたアーシャを、慌てて双樹が止めた。
「村の中、調べてみませんか。誰かいるかも」
●ラティール
教会内は、優しい歌声が響いていた。いつの間にか集まってきた人々へと、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は優しく歌い続ける。メロディで語り続ける。ありふれたささやかな幸せのある日常、悲しみと向き合う強さ、良き心を。
「気付かないうちに操られていたのかと今は思うな。彼女の兄、ローランと会話した時に」
巡礼のクレリックに扮しながら、3人はこの地にやって来た。その道中にアリスティド・メシアン(eb3084)が告げる。
『貴方はエリザベートの兄ですね』
『‥‥彼女を知っているのか。ならば、彼女にティアラを』
攫われた子供達を追ってローランと対峙した時、パーストを以前使ってその正体を知っていたアリスティドは、彼に小声で話し掛けたのだった。返された言葉に応じて室内で見つかった装飾品を皆に分けた彼だったが、今はその行動が愚かだったと思いティアラは騎士団に預けている。
「リザ。辛い話になる。‥‥落ち着いて聞いて」
教会内の一室で、アリスティドは娘の手をそっと握って話しかけていた。領主の娘である事が分かると危険なので、エリザベートはリザと名乗るよう言われているらしい。
「前にも言ったね。屋敷が燃えた時に。『もしかしたら、君のお兄さんはこの事に関与しているかもしれない』って。‥‥この前、君のお兄さん、ローランと会ったよ」
彼は出来る限り客観的に、その事実を述べた。彼女の兄が、デビルと行動を共にしているかもしれない事。この町で起こった事、彼女の父親の事も、ローランが作った装飾品が絡んでいるのだと言う事。
「‥‥兄と駆け落ちした女は、怖いくらい綺麗で見ているだけで心が冷えそうで恐ろしかった。‥‥分かってた‥‥あの女が、兄に悪い事を吹き込むんだろうな、って。でも、何も出来なくて私‥‥」
泣き出すエリザベートの傍で落ち着かせるように背に手をやると、彼女はそのままもたれ掛かってきた。やがて落ち着いた彼女の手に、アリスティドはそっとブラッドリングを置く。
「‥‥君の心が挫けないように、お守り」
「‥‥私、に?」
「次はもっと可愛らしい物を贈りたいな」
アリスティドの笑顔にしばらくぼぅっとなったエリザベートだったが、慌てて枕の下からコインを取り出して渡す。
「航海の無事を祈るお守りです。陸ですけど、どうか無事で」
「ありがとう」
「私、待ってます」
「ティエリーの領主を訪ねる事、そこに彼女を連れて行ける事、言わなかったのか?」
扉の外で壁にもたれて待っていた尾上彬(eb8664)の言葉に、アリスティドは曖昧な笑みを見せた。
「喪った命は2度と帰らないんだ‥‥。彼女なりに精一杯、足掻いてみちゃどうかと思ったがね」
彬が言うのは、彼女の父親の事だ。かの領内で裁判を待っているとも、死刑が決まって執行を待っているとも言われているその人の。
「まぁ、ここに別件で来ていた他の冒険者に頼むしかないな」
彬はそう言ってその場を後にした。だが、その意図が正確に果たされる事は無かったのである。
●ドーマン
グリー村を隈なく探し回ったが村人は見つからなかった。
「‥‥こんな入り口、前は無かったですよ」
結局3人は村の裏にある山に入り、迷宮への入り口へ向かおうとして‥‥別の入り口を発見してしまっていた。
「これ、最近掘られたんですよ!」
「人が掘ったみたいです」
しげしげと見つめた双樹の言葉に、後の2人も頷く。
「ここから入るですの?」
双樹が用意したランタンを持って穴の中を覗き込んだセリアが、2人を振り返った。3人のバックパックの中には、ドーマン領主から貰ったポーションが何本か入っている。
「行きましょう」
3人は新しい入り口から中へと入って行った。
●シャトーティエリー
「この事は我々の問題。冒険者にはあまり介入して戴きたく無いですな」
領主館に通されたアリスティドと彬は、領主代理の補佐役と名乗る男との面会を許された。
「しかし騎士団の紹介状があるなら仕方ありませんな」
「この女に見覚えは無いですかね」
袂から黒髪の女の似顔絵が描かれた紙を出し、彬は男の様子を窺う。
「さぁ‥‥知らんな」
「ラティール領主と対面が叶わない事は残念です。しかし、この領地も狙われている可能性がある。その大元がお亡くなりになられたエリスさんの指輪かもしれないと言うのが冒険者ギルドの一致した見方です」
一連の事件について説明を述べ、ラティール領主との面会を申し出たが、厳重な監視下に置いているとの事で断られた。ノルマンに居るただの騎士団の紹介状では話にならないと言う事か。
「こそこそと何を嗅ぎ回っているのか知らんが、我々の問題は我々で解決する。これ以上、シャトーティルユ家に関わらないで頂こう。エリス様の事は、残念ながら当家の汚点。何も話す事は無い」
「どうにも解せないんだが、ラティールが酷い有り様になって、何人もの人間が変わり果てた上に死んでいるという話は耳に入っているんだろう? それの原因が、領主家にあった装飾品である事も」
「まだラティール領主の詳細な調査は終わっておらん。全てはその後だ」
結局ほとんど話も聞いてもらえないままに2人は部屋を後にする。
「あれはもう、操られているんじゃないか?」
彬はそのまま下働きに姿を変えて、館内を調査する事にした。
一方レティシアは、酒場内でパネブに会っていた。会ったのは偶然である。
2人は情報を交換し、更にレティシアは女性バードと伝承知識の交換をした。
「地下帝国の伝承なら知ってるわよ」
様々な伝承を尋ねたが、明確に返って来たのはこれ1つだった。
「『地下帝国は、ハーフエルフを至高の存在として崇めた地下の国。ハーフエルフで無ければ開かない魔法の扉が散りばめられ、身分の低いジャイアントやパラを閉じ込める扉も沢山あった。彼らは時にはモンスターをペットとし、地上に国を作るべく彼らを閉じ込める塔を作って時を待った。だが結局約束は果たされず、彼らは滅んだ』」
領地の成り立ちなどは、伝承で伝える内容が無いくらい平凡なものだと言う。少なくとも領民達は不平不満も無く、凡々と生きてきた。
「‥‥そんなはず無いのよね‥‥。伝承の無い土地なんて。そんな事、あると思う?」
レティシアは離れた場所で男共と会話しているパネブをちらと見やる。開放感溢れた酒場内が一瞬籠の中のように思えて、レティシアは立ち上がった。
パネブはさりげなく黄金の指輪をちらつかせながら、情報収集を行っていた。
「‥‥それで、閉じ込められていたと聞くんだが、暗殺されたのは‥‥どこか知ってるか?」
軽く酒を奢りながら、領主館出入りの商人に仕える使用人を捕まえ、話を聞く。
「ありゃ悪魔に体を乗っ取られてたって話だよ。あの娘がね」
「噂か?」
「勿論。だから‥‥大きな声じゃ言えないが、娘を殺したのは領主家じゃないかって話だ。あの屋敷の地下には大きな牢が沢山あって、そこに居たんじゃないかってね」
エリアが死んだ後の領主継承順に変化は無く、当時地下の番人をしていた者達の事は当然不明であるらしい。恐らく番人の事を知るのはごく一部の者だけだろう。
「そう言えば‥‥あの屋敷の持ち主は、ラティール領主だったらしいな。一応知らせとくか」
パリで聞いてきた『黒髪の女とローランが居た屋敷』の情報について皆に知らせるかと、パネブも酒場を出て行った。
ポーラの目の前には、頑丈な鉄の扉があった。
「ここに呪われた領主が‥‥」
シャトーティエリーにある白の教会はかなり大きい。その中で奉仕活動と引き換えに情報を集めていたポーラは、『処罰を待つ領主』の話を聞いてその場所にやって来ていた。
領主の家系図、出生、死亡の記録には特に不自然な点が無いように思えた。現在寝込んでいる領主の先代が他の2兄弟に領地を分け与えた経緯も、『兄弟は平等であるべき』という考えからだったらしい。先代は立派な領主だったらしいが、特別な何かをしたという記録は無かった。
「貴族なら、後ろ暗い部分があって当然だと思うのよね‥‥」
エリアが死んだと言う事以外、何も無い。
「中に入らせて貰ってもいいかしら」
教会の者の許しを得、ポーラは領主が捕らわれている場所へと入って行った。
●迷宮
「騎士セリア、参りますの!」
セリアの剣が向かってくる男の攻撃を掻い潜って、その胸を切り裂いた。
「てめぇら、容赦しねぇぞ!」
「アーシャさん。あまり遠くに行かないでください〜」
狂化して敵に突っ込んで行くアーシャの後ろから双樹が声をかける。勿論アーシャにはそんな声は聞こえていない。仕方なく双樹は後を追って距離を空けながら敵と対峙した。
人間ばかりの敵は3人の相手では無かった。だがこれが初めての敵では無い。
「この先には何かあると思いますの」
「ですよね。‥‥あれ。この壁、何か描いてありますよ」
アーシャが見つけた絵を、3人は見つめた。
「この迷宮は歴史がありそうですの。この猫ちゃんにも理由があると思うですの」
その絵は、頭は猫だが体は人のようだった。2足歩行で手に冠のような物を持っている。
「何でしょうか‥‥ひゃあ!」
アーシャがその壁に触れた途端、壁がひっくり返った。慌てて残された2人も壁に触れるが、セリアが触れた所が再びひっくり返る。
「え‥‥あれ。アーシャさん。セリアさん!」
「大丈夫ですの〜。えーと‥‥出られるですの」
すぐに別の壁からセリアが出て来た。しばらく待つと、アーシャも更に違う壁の向こうから出て来て手に持っていた物を置いた。
「兜や盾が幾つか置いてありましたよ。でも結構壊れていたので、これだけ持ってきてみました。後で分けましょう」
中は小さな部屋になっていて扉もあったらしいが、双樹とはぐれてはいけないので戻って来たのだと言う。
再び奥へと歩き出した3人は、複数の音に気付いて足を止めた。目配せをして、出来る限り音を立てないようにそちらへと忍び寄る。
そこには10人近い人間が居てつるはしを振るっている。壁を掘っているのだ。
「‥‥あ。この人達、村人ですよ」
中に見覚えがある顔を見つけてアーシャが呟く。3人はすぐに驚く彼らに事情を説明した。話を聞いた村人達も諦めたような表情で話し始める。
脅される事にも怯える事にも慣れてしまった彼らは再び強制的に連れ出され、ここを掘るよう命じられたのだと言う。
「監視者が定期的に回って来ます。どうか逃げて下さい。そしてこの事を領主様に報告を」
「でも‥‥」
「この奥で化物を飼っているんです。3人だけじゃきっと‥‥」
村人にとって脅威でも冒険者にとって脅威ではない敵はそれなりに居る。だが敵はそれだけでは無いと3人は直感した。
3人は村人達を励ましてから即座に戻り、領主にこの事を告げたのである。
●
ラティールに戻った彬達は教会を訪れた。
去る前と違った穏やかな空気の流れる教会で、彼らは一先ず落ち着いた事を知る。
本当に些細な‥‥だが優しい歌が人々の心に染みている事に安堵しつつ、彼らはパリに帰るのだった。