アナスタシアの憂鬱
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月10日〜06月15日
リプレイ公開日:2007年06月18日
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●オープニング
大体いつもと変わらぬ冒険者ギルドの午後。
自称受付嬢アナスタシアは、暇そうにカウンターに立っていた。
「暇‥‥」
冒険者ギルドが暇なのは悪い事ではない。それだけ事件が少ないという事なのだから。しかしどちらかと言うと、彼女は暇を持て余すのは嫌いだった。
「暇ならこの仕事手伝えよ」
そんな彼女に同僚のハイエルが声をかける。しかし、アナスタシアはそちらをちらと見ただけで。
「嫌」
拒否した。
「お前暇だって言ったよなぁ? まさか、もう年だから細かい字が読めません〜なんて言うんじゃないだろうな」
「今、『とし』って言ったわね? 妙齢の女性に『とし』って言ったわね?!」
「お前、よく自分で『妙齢』なんて言えるよなぁ‥‥。図々しいとか少しは思えよな」
「‥‥そう。久々にセーヌ川に沈められたいようね‥‥」
怒りの炎を背負いながら、アナスタシアはゆっくりハイエルに近付こうとして。
「やぁ、麗しの君! しばらく会わない間にいっそ憂いを帯びて美しくなったじゃないか!」
後ろから巨大な声に呼び止められた。
「さぁ、今日も夏の太陽のように熱い君に、美しい薔薇を。受け取ってくれたまえよ」
「‥‥何か、用?」
ゆっくり振り返り、アナスタシアはカウンターの向こうに立っている人物を嫌そうに見つめる。
そこには、真紅の薔薇ばかりを集めて花束にし、それを彼女に向けて捧げている、派手な格好の貴族風の男が立っていた。
「何か用なんてつれないなぁ。ただ君に、この花の美しさを説こうと思って来ているだけじゃないか。この世に薔薇より美しい花など存在しないとも。色は純白より真紅がいい。特にこの華麗なる花びらの造形と言ったら」
「‥‥何であたしの周りの男は、変な奴ばっかりなのよ‥‥」
熱心に説いている男には、彼女の小声も聞こえない。この男は迷惑な事に声も大きいので、室内の注目を浴びていた。
「と言うわけなので、受け取ってくれたまえよ、アナスィ」
渋々受け取り、アナスタシアはそれをカウンターの上に置く。男も満足したように頷いた。
「それで、今日は何の用でしょうか」
得意の棒読みで尋ねる。
「あぁ、それは勿論、君をデートに誘いに来たのだよ」
しかし満面の笑みでそう返されて固まった。
「‥‥は?」
「男が花束を女性に贈るなんて、それしか無いだろう?」
当然のように告げる男だが、彼はアナスタシアに薔薇の花束を既に3回渡している。しかも薔薇が如何に素晴らしいかを毎回語った上で。勿論デートの誘いは今回が初めてだ。
「‥‥私は貴方の事は何も知らないし、貴方も私の事は何も知らないはずですけど」
「それはこれから知るのだよ、陽だまりの君」
「後、私明らかに貴方より年上ですけど」
「そんな些細な事を気にしてどうする。エルフを見たまえ! 奴らは恐ろしく年寄りだ! この前近所に越してきた娘に歳を聞いたら、何ともう50年も生きていると言ったぞ」
「‥‥エルフは成熟するのが遅いのよ‥‥」
呆れたように呟くアナスタシアだったが、男は大きく頷いた。
「だから気にする事はないとも。君は充分に大人の女性だし、実に魅力的だ。純白が似合う女性に興味は無い。毒々しい程に赤が似合う女性でなくては」
「‥‥いちいち、微妙に引っかかる言い方なのよね‥‥」
「しかし晴れた空の下で眩しく輝く明るさも持っている。いいじゃないか。健康的で実に素晴らしい。私の妻になかなか相応しいと思わないかね?」
と本人に聞き返す男。
「‥‥あまり思わないかな‥‥」
「そんな気弱でどうする! さぁ、私の手を取りたまえ。早速出かけようじゃないか」
「申し訳ありませんが、勤務中ですので」
だが、男の誘いに低い声が返事を返した。
「ハイエル‥‥。あんた、なに人の話盗み聞きしてるのよ」
「仕事中だろう。他のお客様にも迷惑だ。引き取ってもらえ」
「偉そうに言ってくれるわね。‥‥でもそういう事ですから、お誘いはお断りします。サイオンさん」
「分かったよ。じゃあ、また今度は仕事が終わる頃に来るとしよう」
「‥‥は?」
「ではさらばだ、炎のように暑苦しい君。また近い内に会おう!」
「暑苦しい?! ちょっと、暑苦しいって何よ!」
反射的に抗議したアナスタシアだったが、男は笑いながら去って行った‥‥。
翌日。
「ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」
いつものようにギルドに立ち寄った冒険者に、ハイエルが声をかけていた。
「そこにいるギルド員、アナスタシアなんだけどな。どうも最近変な男に付きまとわれて、困ってるらしいんだ」
「はぁ」
「名前はサイオン・パウンダー。それなりにでかい商人の家の1人息子だ。貴族並に派手な暮らしもしている上に、道楽で下らない遊びを思いついては使用人に準備させたりしているらしい。享楽的で堕落した男だ。まぁアナスタシアがその男と交際したり‥‥ということは無いと思うが、相手が一般人で金と権力もそれなりに持っている為に、下手な事も出来ない。アナスタシアは怒りっぽい性格だが、さすがに相手を殴れば後ろに控えているものがある事くらい分かっているのだろう。それに‥‥無いとは思うが、男運が悪い女だから、もしかしたらその下らない男になびく‥‥かもしれない。そんな馬鹿じゃないとは思うが、世の中何があるか分からないしなぁ‥‥」
「それで、結局何をして欲しいんです?」
いつまでも続きそうな説明に、冒険者が結論を急かす。
「まぁつまり、サイオンがアナスタシアを諦めるようにして欲しいんだよ。だからと言って暴力で収めるなよ。後が面倒だからな」
●リプレイ本文
●
その日冒険者ギルドの片隅で、『アナスタシアを見守る会』が結成された。メンバーは、ミカエル・テルセーロ(ea1674)、ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)、ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)、テッド・クラウス(ea8988)、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)、陰守森写歩朗(eb7208)の以上6名。
作戦はこうである。まず、ハイエルに依頼されたという事は言わず、アナスタシアが困っていると聞いたので協力しようと持ちかける。次に、サイオンの身辺調査を行った後、誰かがアナスタシアの恋人役をしてサイオンと対峙する。それから彼女の取り合いになるわけだが‥‥。
実は、ハイエルを焚きつけるか、そして決闘をさせるか、或いは何か違う方法で勝負を挑み(或いは挑ませ)決着を着けさせるか、ハイエル以外の者が行うかで彼らの間で意見が纏まらず、悩んでいたのだった。
「いろいろ実行すれば、どれかに引っかかるかもしれませんね」
テッドが悩んだ末に言い、皆は各々動き始めた。
●
「聞きましたよ〜。熱烈にラブコール受けてるそうじゃないですか。おめでとうございます!」
どこか笑いを堪えるようにしながら、ミカエルがアナスタシアに声をかけていた。
「それで、お相手はどんな方なんですか?」
対して、実に嫌そうな顔をしたアナスタシアだったが。
「まぁ、しつこくてうるさい男なんだけど‥‥悪い奴じゃないのよね。あたしに寄って来る奴ってああいうの多いから」
満更でも無いのかな? と思わせる答えが返ってくる。
「では、その相手の方と結婚も考えてお付き合いする、とか‥‥?」
「そんなわけないじゃない」
「まぁ、好みって言うのもありますしね。良かったら追い払うお手伝い、致しましょうか?」
「どういう風の吹き回し?」
変な顔をした彼女にやんわりと笑いかけて煙に巻き、ミカエルは1つの案を話し始めた。
一方、ハイエルの元にはシャルウィードと森写歩朗が居た。
「アナスタシアさんのことが好きなのですか?」
森写歩朗の直球に、ハイエルはげんなりとした表情を見せる。というのも、少し前までいたジラルティーデが、
「俺のアナスタシアに纏わり付く悪い虫を追い払って欲しい、と?」
とからかい半分に尋ねて去っていったからである。
「話を聞いた感じじゃ典型的な『エセ貴族』って感じだな。ああいうのには、『決闘』って言葉はどうだろうね。で、決闘はあんたがお相手する、って言うのは」
シャルウィードにも焚き付けられて、ハイエルは難しい顔をした。
「百歩譲って、俺がアナスタシアを好きだったとしても、だ」
「譲るなよ。男だろ。正直になれ」
「‥‥とにかく、俺は剣なんて使えない。決闘なんて無理だ。大体なぁ‥‥。アナスタシアには好きな男がいるんじゃねぇかって思うんだよな」
「前の、元恋人か?」
「あいつじゃなくて。何か最近、時々ぼーっとしてるからさ」
ジラルティーデは貴族風の姿で、サイオンの家、パウンダー家の使用人との接触を試みていた。古くから居る老女が使用人を仕切っているらしいが、とにかく彼女に見つかっては大変だと使用人が言うので、落ち合った場所はかなり屋敷から遠い所である。
だが、『とある高貴な出のご令嬢とサイオン氏に縁談の話が持ち上がっている』という口実で呼び出したものの、使用人の反応は今ひとつだった。
「あの人に縁談話なんて持ち上がるのは初めてですよ。何せ‥‥変わってますからね」
「まだこれは水面下の話で、パウンダー家に正式な話はしていない。秘密裏に身辺調査を行いたいのでな」
「まぁいいですけど」
サイオンの最近の行動や性格、趣味嗜好。更には過去、現在の女性関係を尋ねるジラルティーデ。とにかくサイオンという男は、幼少時より貴族のように贅沢な暮らしをしてきた余り、道楽に明け暮れているらしい。しかもその道楽の内容がどうにも子供っぽい。つまり。
「まだ子供なのだな‥‥精神的に」
「ばあやさんがね、何度も恋人を作らせようと躍起になってましたけど、サイオン様が全然その気がなかったみたいで」
彼の道楽は、金を使って何かを作らせるだとか、使用人を使って無茶な事をさせて楽しむだとか、いたずら好きな子供と変わらない。女性関係にしても、老女が連れて来た女性に対して自分の趣味を話すばかりで、女性が去ろうとお構いなしなのだと言う。
「今現在、女性に声を掛けているという話を聞いた事は?」
しかし答えは『無い』。
「‥‥あの男、本気でアナスタシア嬢に惚れてるのか怪しいな‥‥」
この事は内密にと使用人に口止めして帰しつつ、ジラルティーデは呟いた。
●
「ん? この花‥‥あんたが?」
美しい花束をアナスタシアに渡し、森写歩朗はちらとハイエルの方を見た。
「清楚なイメージにしてみました。貴女にお似合いかと思って」
「えっ‥‥」
絶句するアナスタシアを置いて、何故か掃除を始める森写歩朗。彼が来てから冒険者ギルド内は幾分綺麗になったようだ。暇さえあれば掃除している上に、時折甘い食べ物を作って持って来る。始めは仲間達に配るだけの予定だったが、受付の女の子達が欲しがるので、何だかんだで量が増えていた。
彼が花束を渡した理由はハイエルを焚き付ける為でもあるのだが、どちらかというと打撃を受けたのはアナスタシアの方だったようだ。
「それにしても、同じ事を繰り返しているのではと思って女性関係を調査してみたんですけど‥‥。ジラルティーデさんもおっしゃっていた通り、本当に親しい女性が出てきませんでしたね。女性に止めさせるのが効果的だと思ったのですが」
「‥‥となると、やっぱあれだよな。『彼氏』登場、しかねぇよな?」
今回の依頼を聞いた瞬間、『げぼく返上!』を夢見たファイゼルの言葉に、テッドも頷く。
「後は、サイオンさん自身が自分の言動を省みて‥‥分かってくれればいいのですが」
迷惑行為を行っているのだと自分自身で気付けば、彼が今後こういった事を起こす事も無いのにと思う。
2人の男が見つめる先で、アナスタシアはまだ呆然と花束を持って立っていた。
「髪型は‥‥そう、そんな感じでいいと思いますよ」
普段のアナスタシアは、赤毛を頭の上のほうで横に二つに分けるような‥‥『無理矢理若作りをしている』ように見える髪型だ。どちらかというと服装も色も派手めを好む一方で、アクセサリーは小粒である。そこでミカエルが出した案というのが。
「普段のアナスタシアさんが好みなら、ちょっとイメージを変えてみたらどうでしょう」
というものだった。
「服は‥‥こちらのほうがいいと思いますけど。素朴で」
「‥‥すっごく格好悪い気がするけど‥‥仕方ないか」
おとなしく従う彼女が返って不気味でもあるが、ミカエルが持ってきた『海の儚き泡』を使って、化粧も服も変え、髪を首の後ろで1つに束ねて束ねた先を前に持ってくると、なかなか地味な女性が出来上がった。立ち振る舞いはその姿と合っていないが。
「後は‥‥もう少し清楚感のある動きが出来るといいですよ」
「清楚っ‥‥」
「‥‥? どうしました‥‥?」
そのまま黙り込んだアナスタシアを覗き込むが、さすがのミカエルにも彼女が何を考えているのかは今ひとつ分からなかった。
●
遂に、目標物がやって来た。変わらず巨大な薔薇の花束を抱えている。
「やぁ、アナ‥‥」
「こちらは今掃除中です。また後ほどお越しください」
しかしギルドに入ってすぐに、森写歩朗の鉄のガードに阻まれた。仕方なく裏に回って入ってきたサイオンに、今度はテッドが話しかける。
「花のプレゼントは注意したほうがいいですよ。仕事柄、貴族の方と接する機会も多いのですが、貴族の嫌われる男性というのは行動パターンが決まっているようです」
「ほぅ?」
少し興味を示したらしいサイオン。畳み掛けるようにして、テッドは話を続けた。
「まず、相手の迷惑も考えず何度も現れ、その都度花を持ってくると言う事です。しかも、相手の好きな花ではなく自分の好きな花です。そしてこれ又相手の迷惑を考えず、長時間に渡りその花を相手になぞらえて話すのです。相手がどんなにうんざりしているのかも気付かずに。真に相手を想うなら、しつこく付きまとうなんて論外ですよね」
「確かに尤もな事だな、少年」
「‥‥そういえば、最近ここにも出るらしいですよ。相手の気持ちに気付けない方が。間違われないうちに、早くお帰りになったほうがいいのでは?」
「大丈夫だとも。私はそのような輩とは違うからね」
「‥‥」
テッドの熱弁も全く意味も無く終わる。少なからず落ちこむテッドの後ろから、シャルウィードがぽんと肩を叩いた。
「ああいう貴族って言うのはな‥‥。自分が間違ってるなんて思わないもんなんだよ。正面切って間違いを指摘したら指摘したで」
言いながら、ふぅと彼女は溜息をつく。
「『決闘だ』何だと騒ぎ出す。ろくでも無い連中さ」
彼女の溜息には理由がある。彼女の家も『貴族』で『騎士』だからだ。中に居た頃は気付かなかった事も、今は見えてくるのだろう。テッドも騎士ではあるのだが、貴族も騎士も家と個人の事情は様々だ。
「しかし、どうする? 『押しの一手』は弱そうだぞ?」
もう1人の騎士、ジラルティーデも近付いてきて、彼らは少し離れた所で今から始まる「劇」を見守った。
●
「今日の君は‥‥今にも折れそうな薔薇の茎のようだ。だが、そこには棘がある。君は今、どんな棘を抱えているのだろうか」
花束を差し出す男をちらと見やり、アナスタシアは僅かに溜息をつく。
「‥‥真紅には飽きました」
「確かに今の君には少々豪華すぎるな。だが」
「待てぃ!」
地味な格好でカウンターに立つのを嫌ったアナスタシアは、後ろのほうで作業をしていた。場所を聞いたサイオンが入り込み、更にその後ろから‥‥ファイゼルが。
「俺が、アナスィの彼氏だ!」
ばばばと2人の間に割り込み、堂々と宣言する。が、心なしか顔が青ざめていた。
一瞬その場を沈黙が流れる。内心冷や汗をだらだら流していたファイゼルには、その沈黙‥‥というより背中が痛い。背中の向こうに立っているアナスタシアが‥‥。
「あんた‥‥何言って」
「ほ〜。君が彼女の男か!」
「いて、いて、いてっ!」
だが、サイオンに花束の先をぐりぐりと押し付けられる。『新しい獲物を見つけた』と言わんばかりのその表情に、一瞬ファイゼルは後悔した。
「とにかく、そんな嫌がらせしてもなぁっ! 俺と彼女はお前の知らないことを互いに知り合ってるし、これからも知り合ってく。お前の出る幕じゃねぇ」
「‥‥ちょっとそこの『げぼく』‥‥?」
後ろからひんやりとした声が聞こえて来て、ファイゼルはゆっくり振り返る。
「そっ‥‥れは、昔の俺だろ? 追っ払うから合わせろって」
後半は小声で伝え、再度サイオンへと振り返ったファイゼルの背中に、見事な蹴りが入った。
「‥‥だっれが、あんたの女よ‥‥。首折るわよ‥‥」
「ちょ、待てって!」
背後に燃え上がる炎を昇らせながら、アナスタシアはきょとんとしてるサイオンを睨んだ。
「サイオンさん? あんたも帰って。もう2度と来ないで貰える? あんたのおかげでね‥‥あたしは『げぼく』にまで心配される羽目になったのよ‥‥。分かる? この苛立ちが‥‥」
「分かるとも」
あっさりとサイオンは頷く。
「いや、君の新しい一面が見れて嬉しいよ。後、この『げぼく』を時々貸して貰えるなら、少なくとも君が嫌がる事はしないと約束しよう」
「は?!」
声を上げたのは『げぼく』ファイゼル。
「いいわよ。あたしを誘ったり花持ってきたりしないなら」
「ちょっと待てぇ! 俺の人権は?! 俺、『げぼく』の前に冒険者だし!」
「そう言えばそうだったわね」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥これは意外な展開で幕を閉じたな」
真面目な顔をしながら、頬がぴくぴく動いているジラルティーデ。
「ぷっ‥‥ははは。裏目に出たな、ファイゼルは」
耐えられないというように笑い出すシャルウィード。
「‥‥ファイゼルさん‥‥気の毒になってきました」
依頼は一先ず解決したのだろうが、新たな犠牲者を生み出してしまった事に顔が曇るテッド。
「どうですか? 上手く行きました?」
その場に居なかったミカエルがひょっこり顔を出して、3人3様の光景に不思議そうな表情を浮かべた。
そして、ハイエルからの依頼は無事(?)成功を収める事が出来たのである。
●
「‥‥あの」
1人の嘆きは置いておいて皆が帰る準備を勧めていると、アナスタシアが地味な姿のまま近付いてきた。
「‥‥ありがとう」
「はい?」
最後の最後まで掃除と菓子ばらまきと、合間に受付嬢達の話し相手になっていた森写歩朗だったが、アナスタシアに声をかけられて首を傾げる。
「自分は何もしていませんが」
「花。‥‥お礼、言うの忘れてたから‥‥」
近くに居た他の冒険者達は信じられないものを目の当たりにしていた。
アナスタシアが恥じらっている。恥じらいとは到底無縁そうな30歳受付嬢アナスタシアが。
「花、嬉しかった。‥‥気をつけて帰って」
しかも相手の心配までしている。
彼女をよく知る冒険者達が呆然とする中、アナスタシアは早足で違う部屋へと去って行った。後に残された森写歩朗は、驚く周りの人々に再度首を傾げながら、冒険者ギルドを後にするのだった。