師匠と少年〜花嫁への贈り物〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月15日〜06月20日

リプレイ公開日:2007年06月27日

●オープニング

 爽やかな風が吹く、良い午後の時間だった。
「‥‥あ。ドワーフさんだ」
 胸当ての他はごく平凡な服を着た少年が、通りを歩いている小さめのドワーフを発見した。彼にとって、ドワーフはとても物珍しい存在だ。潰れそうなくらい大きな荷物を背負い、交差する通りをきょろきょろ見ている姿が子供のようで、彼は笑いながら声をかけた。
「こんにちは。何かお困りですか?」
「うむ。困っておるのじゃ。実はこの工房に行きたいのじゃが‥‥字が読めんのじゃ」
 ドワーフに見せられた木片を眺め、ふと少年は前もこんな事があったなと気付く。そして、髭に包まれたドワーフの顔を見つめた。
「む? 何じゃ?」
「‥‥あ、ごめんなさい。前にもドワーフさんに文字を読んで欲しいと言われたなぁと思って」
「おぉ。手紙を読んでもらったのじゃったな。冬に会っとるよ」
「えぇ?」
 少年は再度ドワーフの顔を観察する。だが、一度会ったっきりのドワーフの顔の見分けなど、つくはずも無かった。
「ごめんなさい‥‥。顔を忘れてしまって。でもドミルさんですよね?」
「そうじゃよ。なぁに、わしも人間の顔は今ひとつ分からんのじゃ。お前さんの名前は‥‥」
「ジュールです。ジュール・マオン」
「おぉ、そうじゃった。それにしても大体の人間はわしより背が高いが‥‥お前さんも背が伸びたのじゃ」
「はい」
 嬉しそうに頷き、ジュールは受け取った木片に書かれた文字を読んだ。
「あ。この工房、僕の先生のご自宅みたいです」
「ほぅ。お前さんの師匠も職人なのじゃな」
「先生は師匠になるのかな‥‥。僕は弟子じゃなくて見習い‥‥弟子と言えるのかな‥‥。あ、でも先生は職人さんじゃありません。案内しますね」
「それは助かるのじゃ」
 相変わらず重そうな荷物を背に担ぎなおし、ドミルは歩き始める。やはり持つのを手伝おうかと思うジュールだったが‥‥ある程度自分の肉体能力の限界を知っている彼は、結局言い出せず彼の隣を歩くことになった。

「おや、いらっしゃい」
「ドミルじゃ。よろしくなのじゃ」
 扉を開けたのは、涼しげな顔をしたエルフの男だった。
「パリに来てまだ日も浅いのに、結構な評判ですね。特に花の文様が素晴らしいと。先日、私の従姉がペンダントと指輪を見せてくれました。良い意匠です」
「そんなに褒められると照れるのじゃ」
 素直に喜びながら、ドミルは室内へと入る。
「しかしそろそろ故郷へ帰ると聞いていましたよ。このような小さな工房が貴方の役に立てば幸いですが、何か大きな仕事でも?」
 古ワインを器に注ぎ、エルフはそれをドミルの前に置いた。あまりこの辺りでは見慣れない形をしている。
「これは面白い器なのじゃ。材質も‥‥土じゃな」
「昔ジャパンで修行していた事がありまして。華国もそうですが、あちらの器はなかなか趣き深い」
「先生は、いろんな物を作ってこられたそうですよ」
 少し離れた所から、ジュールが弾んだ声を出す。
「だから、この工房を開いたそうです。普段はお忙しいからあまりここにいらっしゃいませんけど」
「竃も煤を被っているでしょうね。使って頂けるなら、竃の精霊も‥‥喜ぶ事でしょう」
「わしらにとって全ての精霊は大事じゃが、火の精霊は特に大切にしないと駄目なのじゃ。わしらの命なのじゃ」
 室内の様々な設備を念入りに見、ドミルはふーむと唸った。
「良い炉なのじゃ。この細工道具も綺麗じゃな。瓶も大小揃っとるし、鍛冶道具も‥‥ふむ。これは軽い」
「お気に召したならば私も貸し出す甲斐があると言うもの。‥‥ジュール。私はしばらく出かけるよ。ドミル殿の世話を頼む」
「はい、分かりました」
 男は頷き、奥の部屋へと去って行く。それを見送り、ドミルはうーむと再度唸った。
「手伝って貰えるかと思ったんじゃがのぅ」
「‥‥お手伝いがいるんですか?」
「6月は花嫁が多いのじゃ」
 腕組みをしながら、ドミルは首を傾ける。
「結婚式ですか?」
「良い季節じゃから、みんなウキウキするらしいのじゃ。それで、もう20個も指輪を頼まれているのじゃ。式までに作らないといけないのじゃ。後12個あるのじゃが‥‥こんなに沢山同じ時期に作った事無いのじゃ‥‥。模様に悩むのじゃ‥‥」
「模様?」
 荷物の中から小さな箱を取り出し、中をジュールに見せた。宝石が散りばめられている物ばかり、しかし色とりどりの指輪が8個入っている。
「後12個は、お金が無いから宝石無しでと言われとるのじゃ。じゃから模様勝負なのじゃ‥‥。時間をかければ浮かぶのじゃが、時間があまり無いのじゃ‥‥」
「あ。だったら、冒険者さんに頼みませんか?」
「それはいい考えなのじゃ!」
「じゃあ僕、ギルドに行って頼んで来ますね」
 互いに冒険者には世話になっている身である。笑顔でそのまま飛び出そうとしたジュールだったが、ふとドミルの荷物の脇に挟んである汚れた羊皮紙に気付き、それを手に取った。
「‥‥ドミルさん」
「何じゃ?」
「この手紙、出されたのが結構前の日付で、結婚式の招待状みたいなんですけど‥‥」
「おぉ」
 ぽむ。うっかり忘れていたという表情で手を叩く。
「娘がもうすぐ結婚するのじゃ。わし、その指輪も作らないと駄目なのじゃ」
「えぇぇ?!」
「来月の最初くらいに結婚するらしいのじゃ。うーむ‥‥間に合うかのぅ」
 どこか暢気な調子で呟き、ドミルは自分の道具を荷物から取り出していた。

●今回の参加者

 ea2499 ケイ・ロードライト(37歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5242 アフィマ・クレス(25歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea7372 ナオミ・ファラーノ(33歳・♀・ウィザード・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

諫早 似鳥(ea7900

●リプレイ本文


「ドミル師匠! お久しぶりですな。ついに、穴掘り修行の成果を披露する日が参りましたか!」
 ばーんと工房の扉を開き、ケイ・ロードライト(ea2499)が駆け込んできた。片手にスコップ。もう片方の肩にツルハシを担いでいる。
「おぉ、久しぶりなのじゃ! じゃがパリで穴堀り出来る場所は無いのじゃ!」
 感動の再会を果たした師弟だったが、今回の依頼は弟子の期待する物とは少し違っていた。
「そうですか‥‥指輪の意匠を考えろと」
「わしも早く穴掘りしたいのじゃ。村に帰ったら思う存分掘りたいのぅ」
「ドミル殿、初めましてさね。ケイ殿からお噂は聞いたさね」
 その後ろから入ってきたライラ・マグニフィセント(eb9243)がドミルへ一礼し、自己紹介を述べる。
「それで‥‥将来、大切な人の為に装飾品を作りたいのだが、弟子にしては貰えないだろうか?」
「2人目の弟子なのじゃ!」
 ぴょんとドミルは飛びあがり、ライラの両手を持って踊りだした。
「大切な人の為に何かを作るのは、良い心がけなのじゃ。でも今回は時間が無いからほとんど教える事は出来ないと思うのじゃ」
「そうすると、ライラ殿は私の弟弟子になるのですかな。こういう時は妹弟子と言うのですかな?」
「まぁ時間が無いのは間違いなさそうね。早速始めようじゃないの」
 ナオミ・ファラーノ(ea7372)は既に工房内に入り、材料や施設の点検を始めている。作業台の上には1つだけ作りかけの指輪が置いてあった。
「これ、ドミル氏の娘さんの?」
「皆が来る前に作ってしまおうと思ったのじゃ」
「父に作ってもらった世界で1つの指輪‥‥。最高じゃない」
 言われて嬉しそうに笑うドミル。
 一方、工房では無く住居のほうから訪ねてきたシェアト・レフロージュ(ea3869)は。
「少し見ないうちに、本当に大きくなられて‥‥」
 出迎えたジュールをぎゅうっと抱き締めていた。
「シェアトお姉さん〜。通行の邪魔になってますよ〜」
「あ‥‥アフィマ! アフィマも久しぶりだね」
「そういえば神聖騎士になったんだって? 何かプレゼントしないとね」
 ひょいと顔を出したアフィマ・クレス(ea5242)の後ろからアニエス・グラン・クリュ(eb2949)もやって来て、ジュールに礼をする。彼女は両手に短めの長さの木板を何枚も積んで持っていた。
「ごめんなさい。初日だけ‥‥別の件でどうしてもやりたい事があるのですが、場所をお借りしても宜しいですか?」
「それは大丈夫だと思いますけど‥‥。何かあるのですか?」
「子供達が結婚式の遊びをすると聞いたんです。どうしても、彼女達に木の指輪を贈りたくて」
「何だか楽しそうですね」
 アニエスの言う『結婚式ごっこ』は、ジュールとは境遇も環境も違う子供達の間で行われる。経済的に恵まれた彼には、そのような指輪を子供達が用意も出来ないことなど思いつかなかっただろう。
 ともあれ3人も工房に入り、ドミルと会って話をする事になった。


 ナオミとドミルが炉を使い、美しく輝く銀板を作り始めたその横で、皆は指輪の意匠について話し合っていた。
「宮廷図書室で参考になるような本を漁って参りましたぞ」
 とは言えお持ち帰りは出来なかったので、それで得たヒントを元にケイは話し始める。
「指輪を『樹』に見立てて4つのパターンを作り、これを他の案と組み合わせれば12種類以上作れそうですな。『真っ直ぐな樹は天界と地界の結びつきを』。『うねる樹は豊穣を』。『渦巻く樹は無限の豊穣を』。『絡み合う樹は豊穣と再生』をそれぞれ意味し合うとか」
「私は‥‥いろいろ盛り込んだものを考えていたのですけど、いざ自分がと思ったらシンプルな物だったので‥‥」
 シェアトが自分の趣味も踏まえて出した案は。
「幸せと愛情の証ですから、精霊の祝福がありますようにと『地・水・火・風』の精霊を象徴したもの。‥‥例えば『地は植物の枝』『水は雫や水の流れ』『火は炎の揺らめきや金を一筋使用』『風は翼』。これらと‥‥出来れば花嫁さんの生まれた月にまつわる精霊や誕生花、花嫁さんが好きな花を組み合わせてみたら‥‥と思ったんです」
「番いの鳥は如何でしょうか? オシドリに燕に鳩。ハート型の葉を咥えさせたりとか。‥‥結婚式の指輪と言うと、対ですよね。1組に2個必要かと思っていたのですが‥‥」
 金属を熱いうちに打っている2人のドワーフを見ながら、アニエスは首を傾げる。
「そうすると‥‥26個になるのかね?」
ライラも呟き、皆の視線が集中してドミルは顔を上げた。
「13で間違いないのじゃ。それで、花婿の指輪は頼まれてないのじゃ。後、花嫁以外の式出席者の分もあるのじゃ」
「え?」
「後から指のサイズも教えるのじゃ」
 そのまま作業を再開するドミル。
「じゃあ‥‥とりあえず、同じ組の人達のデザインは統一するようにする?」
 デザインの組み合わせでそれに纏わる話を作り上げようとしていたアフィマが言い、皆は更に案を練り上げるべく意見を出し合った。


 アニエスは、自分の指に合わせて木の指輪を丁寧に作り上げていた。子供達用の指輪に1つずつ丁寧に、花の模様を彫って行く。
「凄いですね」
 細かく花びらを付けていく手先の動きに、ジュールは感心したようだった。
「この指輪をはめる子達は‥‥自分だけの装飾品の類、何も持ってないと思うんです。だから思い出に残ればいいなぁと」
「結婚式‥‥。僕にはよく分からないですけど、アニエスさんは好きな人がいて、結婚したいって思ってますか?」
 隣に座って、ゆっくりと開いていく花を見つめる。
「好きな人‥‥ですか? います。けど‥‥」
 彫る手を止めて、アニエスは天井を仰いだ。
「それが『憧れ』なのか『目標』なのか、自分でもまだ掴めていないんです」
 子供という歳を卒業して間も無い2人が結婚について語るのはまだ早いのだろう。恋の形さえ見えていないかもしれないのだから。
「だからもう少し。自分の内だけでこっそり育むつもりです。結婚は‥‥まだ、先の話だと」
「僕にとっても結婚はすごく先の話だけど‥‥。一番好きな人と結婚するのが正しいのかな? どう思いますか」
「生涯に唯1人、死が2人を別つ時まで共に生きる事を誓う相手ですから‥‥。一番好きな人とがいいんじゃないかなと思いますけれど。‥‥迷ってますか?」
「‥‥まだ先の話だから、よく分からないです」
 笑ってジュールは立ち上がる。
「早く大人になりたいなとは思ってますけど。‥‥大人になったら、自由に言えるのに」


 作業の途中でライラが港に買出しに出かけた。食事の準備をする為である。港では新鮮な魚や塩漬け肉を。市場では季節の野菜を購入して戻り、早速鍋に入れて煮込む。
「これはこれは美味しそうな匂いがしてきましたなぁ」
 工房の裏でへっぴり腰のジュールと共に薪割りを行っていたケイが厨房に入って来て、鍋を眺めた。
「それにしても、気が付けば男手は私とジュール殿だけなのですよ。何か男手が必要な事はありますかな?」
「じゃあ、明日は買出しに付き合ってもらうのさね。指輪が完成する頃には、甘いものでも作っておくのさね」
「おお。それは楽しみですなぁ」
 その日の晩は、ライラ特製ごった煮だった。だが見た目とは違い、味はなかなかである。
「明日は‥‥私も手伝いますね?」
 一日がかりで意匠に取り組んでいたシェアトがそっとライラに囁き、ライラは笑いながら頷いた。


「『薔薇は情熱的な愛を表し、2人の愛の強さを象徴しています。雫は波紋を呼ぶということ、絡み合う樹は豊穣と再生を意味し、あなた達の幸せが多くに伝わっていくことでしょう』‥‥と」
 木板にがりがりと文字を書いていると、ジュールがそれを覗き込んできた。
「それ、アフィマが考えたの?」
「デザイン案を元に、その言葉が表す意味を組み合わせたのよ。指輪だけでも記念にはなるけど、それ用のメッセージやストーリーがあったら、作るほうも貰うほうもいいと思うのよね。これは『絡み合う樹』と『薔薇』と『雫』」
「そうだね。アフィマは‥‥どんな指輪が欲しいと思う?」
「あたしぃ?」
 手を止めて、アフィマはジュールへ目をやる。
「ん〜‥‥。そうだなぁ‥‥。実用的なの」
「じつ‥‥ようてき?」
「仕事で使えるようなやつね。幾つか持ってるけど」
「そっか。‥‥僕も、ライラお姉さんみたいにドミルさんの弟子になろうかな」
「ジュールはお師匠さんいるじゃない。先生2人持ったら大変だよ?」
「そうだね」
 明るく笑い、再度文字を書き始めたアフィマの手をジュールは見つめた。


 ナオミはリングを置く為の飾りを簡単に作ると、出来上がった意匠の絵を見ながら丁寧にそれを素材に写して行った。
「ここはどうするの?」
 時折ドミルに尋ねながら順調に作業を進めて行く。ライラも邪魔にならないよう手伝ってみたものの、やはりドミルの美的感覚は感心するところがあった。鍛冶師としての腕はナオミのほうが素晴らしいが、彼が滑らせるようにして作り上げる指輪の文様ひとつひとつの細やかさは、これだけの注文を受けるに相応しいと思える。
「‥‥あたしも旦那様のいるご身分ですからね。お客様の気持ちは分かるつもりよ」
 その小さな輪の中に美しい世界を描きながら、ナオミはそれへと語りかけるように口を開いた。
「素晴らしい日になるように、幸せを運ぶように。この指輪がそれを担うのよ」
「わしらの仕事が人をちょっぴり幸せにするなら、わしも幸せなのじゃ」


「この花は鉢に植えましょうね」
 ジュールと2人で散歩がてら花を摘み、それを部屋に飾ったシェアトは、皆へ香草茶を淹れる準備をしながら振り返った。
「ジュールさんのお師匠様にご挨拶をしたかったのですけど‥‥お留守のようで残念です」
「僕も先生に冒険者さん達の事、紹介できなくて残念ですけど」
 主にアニエスと掃除を行っていたジュールだったが、工房には入らないようにしている。香草茶を淹れる手伝いをしながら、ジュールはシェアトを見上げた。
「そういえばまだ、お師匠様のお名前をお聞きしていませんでしたね」
「ベルトラン先生です。エルフさんで‥‥神聖騎士団『白の誓約』の次期団長に近い人‥‥みたいです」
「偉大な方なのですね。お師匠様はお優しいですか?」
「はい! とても良くしていただいてます。甘やかされてるだけかもしれないですけど」
「そんな事ないですよ。ジュールさんは‥‥ふふ。本当に成長されましたから」
 茶を淹れ終わり、2人は皆にそれを配って回る。
「普段は‥‥どんな修行をされているのですか?」
「僕は見習いなので、先生と一緒に教会に行ってお勤めをするだけなんです。魔法の勉強もしましたけど‥‥神の教えを自分のものにするのって難しいですね」
「急がないで。‥‥慌てないで下さいね。ジュールさんはジュールさんのまま。充実した良い日々を送ってくださいね」
 穏やかに歌うように、彼女は言葉を紡ぐ。見守る者として、いつまでも。


「師匠! ワインとベルモットは準備いたしましたぞ!」
 予定の半分以上が完成し、皆は工房に集まっていた。輪の部分だけは全て作り上げ、まだ未完成の指輪も部分的に彫るだけであるらしい。ナオミもドミルも体力を消耗してどことなく元気が無かったが、それでも酒盛りには参加するだろう。
「そういえば師匠。世には精霊の力を注ぎ、鋼を鍛える魔法炉があると聞きます。師匠は何かご存知ではないですか?」
 バッカスの指輪をはめてドミルの労をねぎらいつつ酒盛りを始めたケイだったが、エルフの工房が珍しかったのか、実はあちこち見て回っていたのだった。酔いが回って気になっていた事を口に上らせると、ドミルはいつもと変わらぬ表情で頷いた。
「わしらはいつも火の精霊の力を借りて、金や銀を打っているのじゃ。穴掘りの時は土の精霊の力を借りているのじゃ」
「何と。では精霊の姿を見たことがお有りだと?」
「あるのじゃ。でも普段は姿を見せないのが精霊の礼儀というものなのじゃ」
「なるほど!」
「魔法炉の事はよく分からんのじゃ。でも、古い場所とか悪魔が居そうな所にはありそうなのじゃ」
 一方、ワインを飲もうか迷って結局飲まなかったジュールは、ベルモットを飲んでいるライラと話をしていた。
「へぇ‥‥すると、あの母親殿も少しは丸くなられたのだな?」
「はい。母は今、『華麗なる蝶』というお店に夢中らしくて‥‥。いつも外のものに夢中になるのが母らしいんですけど、でも、父ともたまに一緒に行くんです。だから‥‥」
「それは安心だな。ジュール殿が夢への第一歩を踏み出したように、父親殿の夢も少し叶ったのかもしれないのさね」
「はい!」


 そして、12個の指輪が彼女達に贈られた。
 全ての指輪にはアフィマが作った小さな木板が添えられ、指輪の意匠と相まって彼女達の心を掴んで離さなかったという。